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幸福雑音

女性向け二次創作サイト。 イベント参加情報もここに載せています。 オフは忍たま、オンでは青エク中心。

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勝燐プロポーズ。ただしみんなの見てる前。相変わらず鉛筆書きクオリティですみません。

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☆ss「エチュード」 雪燐で志摩燐「アラベスク」の続き、子ども産んでます

ますますパラレルワールドっぽい展開になりますが、ついてきてくれる方はどうぞ。



 

真夜中にベルが鳴る。雪男は携帯を耳に当てる前に電話の主を確かめる。
「兄さんから?」
 雪男は頭にクエスチョンを浮かべつつ通話状態にした。
「もしもし、兄さん?」
『雪男。助けてくれっ。』
「どうかしたの? 落ち着いて話してみて。」
『廉造が。廉造が。腹が痛いってのたうちまわってる。正露丸も効かないし、バファリンも効かないし。すげえ痛がるもんだから、さっき救急車呼んだ。』
 切羽詰った燐の言葉に反して、雪男の中の動揺はあっという間に沈静化した。なんだ。あの男のことか。腹が痛いって。のたうちまわってるって。いい気味だ。五年経った今でも雪男は雪男だった。
「大丈夫だよ。兄さん。救急車呼んだんなら、そこまで心配することないよ。」
『そ、そうか?』
 雪男の言葉に少し安心したように、電話の向こうの燐の声は張り詰めたような状態から回復したようだ。しかし燐の背後から、あの軟弱な志摩廉造のうめき声が聞こえたらしく、またも燐は廉造と叫んで電話口から遠ざかった。
 しばらくしてごめんと再び電話に現れた。
「通話は切ってないよ。大変だね。」
『れ、廉造死なないよな?』
 死んだらそれこそ、自分にとってはおめでたいと思う雪男だが、それをけして口に出さない。
『あっ。なんかサイレン近づいてきたっ。俺ちょっと隊員さんに事情伝えないと。え、えーとな。雪男。頼みがあるんだ。俺、廉造に付き添って病院行くから。これから、うちに来てくれないかな。』
「え? 兄さんのうちに?」
『るんとらんが寝てるんだ。頼むからちょっと留守番頼めるか?』
 そういえば兄には志摩との子どもがいた。それを今頃思い出す。
「琉云君と爛君だね。今から行くから。とりあえず鍵の場所だけ教えといてくれない?」
『ごめんな。』
「謝らないでよ。それより早く救急車に付き添ってあげて。」
 燐はもう一度ごめんと言うと電話を切った。雪男は早速着替えにかかった。
 
     *   *   *
 
 車を走らせて、正十字学園町からさほど離れてない燐と廉造の住むアパートに駆けつける。既に救急車は病院に向かっている。雪男は燐に教えられた鍵の隠し場所の植木鉢の下から鍵を取り出す。
 そして狭い玄関に上がりこむ。靴は子ども二人分だけ。それに雪男の靴が加わる。
「病院は中央か……。」
 残されたメモには搬送先が書かれてあった。
「志摩君はたぶん盲腸だろうね。あいつがそんな死ぬような病気に罹るもんか。」
 なにせ悪魔である燐を孕ませた前科のある男だ。その深い業故に呪われた生をこれでもかというくらい生きながらえるに違いない。本当に苦々しいことだ。
「盲腸我慢して腹膜炎こじらせて死ね。」
 昔なら言えなかった毒を今では吐き出せる。悪魔落ちした過去は後悔ばかりではないということか。
 それにしても兄の取り乱しようは凄かった。後見人であるメフィストに電話せずに、一番に雪男に助けを求めてきた。メフィストは今は燐のアパートの別棟に居を構えている。だからメフィストに頼んだほうが手っ取り早い。でも真っ先に頼ってくれた。それが嬉しい。反面、あの男のためなら、そんなにも心を乱すなんてと、余計に志摩が憎たらしく思えてきた。
 滞在が長引くかもしれないと思って持ってきた荷物を居間に置く。部屋の中を見回して兄の生活を想像してみる。
「家族四人でこれは狭いかも。」
 今はまだ大丈夫だろうけど、同時に二人の子どもを授かった世帯としては、これから子どもが成長するにつれて、この家では手狭になってしまう。つくづく志摩廉造の甲斐性の無さに呆れる。自分ならこんな狭い住居に兄と子ども達を押し込めたりしない。
 雪男は台所に行ってとりあえず水を一杯飲んだ。まだ取り込んでいるだろうから、兄への電話は朝方にしたほうがいいだろう。そして雪男自身の騎士団への休みの届けも朝でいいだろう。さぞやまた騒がせる兄弟だと思われても構わない。
あのことがあってからは、雪男にとっては、何もかもがついでの人生だ。それじゃあいけないのだろうけど。それがいい。
「こんなことを言ったら、しえみさんに叱られるな。」
 まだ叱ってくれるかは分からないけど、しえみにまで見捨てられたら、本当に自分には兄しかいなくなる。
それにしても家の中が静かだ。あれだけ燐が大騒ぎして、志摩がのたうち回っていたのに。その痕跡がまるでない。そういえば子どもは何処だろう? 本当なら家に入った途端、自分のほうに泣きついてくることを想像していたのに。
「僕も家に入ってから暢気なものだな。」
 兄の生活している家という生々しい場所から漂うなんやかんやから、雪男は極力感受性を閉じていた所為だろう。そしてやっと残された子どもという、燐が助けを求めた要点に思考が向いた。
「こっちかな?」
 建てつけの悪い襖を開ける。襖の向こうには真っ暗闇で両親がいないのに、一つの布団に寄り添うようにして小さな双子の子どもが寝息を立てている。
「可愛い……。」
 どちらも幸いにして母親の燐に似ていた。これでどちらかが志摩に似ていたら、兄の子どもとは思っても、心乱されて仕方なかっただろう。自分達兄弟が似てない双子だっただけに、それが一番の不安だった。
 近寄って枕元に座り、小さな頭を撫でてみる。
「どっちがどっちだったっけ?」
 目の色がわずかに違うはずだが、眠っていてはよく分からない。それは起きてからどうにかする。
「兄さんは今頃、病院でまだ慌ててるかな?」
 少し横になろうと思ったが、目を開けた子どもと目が合う。起こしちゃったと後悔しても遅い。
「おじちゃん。誰?」
「えーと……。」
 はじめましては、まだだった。
「僕は君のお母さんの弟で、君の叔父さんの奥村雪男と言います。はじめまして。」
 子どもは少々雪男を警戒するようでいて、どこか信頼しようとするように布団の上に座った。
「しま らんといいます。るんおきて。おじちゃんきてる。」
 傍らの寝ているもう一人を爛は起こす。琉云は頭をぐらぐら揺らしながら起き上がる。
「るん……です。ぐう……。」
 雪男は小さな身体を慎重な手つきでまた布団に寝かせてやる。それから爛と向き合った。
「るんはらんのおにいさんなのですが。すみません。いつもはこんなんじゃ、ないんです。」
「今日は夜中に来ちゃってごめんね。今日はお父さんがお腹痛いから、お母さんが病院に付き添っているんだ。で、叔父さんが来たんだよ。」
 爛はにこっと笑う。
「ずっとあいたかったです。おかあさんはおじさんのこと、あたまがよくてすごいやつだと、いってました。」
 そんなことを言っていたのかと、少し鼻の奥がつんとする。こんなスレからしになった今でも、兄は自分の子どもに自分をそうやって伝えてくれる。
「あくしゅしましょ。」
 雪男は右手を差し出そうとした。しかし戸惑う。
「どうしました? おじさん。」
 すっかり忘れていた。悪魔落ちしたという烙印を。右掌にこびりついたように浮かぶ、青黒い十字架の痣を。
 子どもはそんな雪男の掌に小さな手を伸ばす。そして痣に触れた。
「これはなんですか?」
「これは――。」
「痛くないですか?」
 痛くないわけがない。この右掌の痣を見るたびに五年前の記憶がぶり返す。そして胸が締め付けられる。
 
――兄さん。おいてかないで。
――どうして僕じゃないんだ?
――なんで志摩君なんだ?
 
 目の前には兄によく似た子どもがいる。でもこの子の父親は、あの憎い志摩廉造。それでも昔の兄そっくりの眼差しで、心配そうに自分を見つめてくる。
「これはね。おじさんが、君のお母さんを大好き過ぎたから、出来ちゃった傷なんだ。」
 こんな子どもに何を言ってるんだと、自分が嘲笑いたくなったが、子どもは雪男から目を逸らさなかった。
 
 




いまだに引きずる雪男です。双子との交流は彼の傷を癒せるんでしょうか?
痣についてはネイガウスのように身体の一部を欠損させようとしたのですが、どこもあまり都合がよくなかったので、なら痣でいいやという判断です。何か罪の痕みたいな物が見えたほうが良かったので。

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☆ss「カノン」勝燐

何故燐はいつも、ほんの少しだけ寂しそうな顔をするのだろうと勝呂はふと思った。同年代に比べて理性的で硬派過ぎる自分に物足りないせいかと思ったりする。でも燐は違うと言う。
「今のままの勝呂が良い。」
 力強く言われれば言われるほどに、それで良いのかなと迷う。でもなかなか自分の元の性格は変えられそうにない。代々宗派を纏めてきた寺の跡取り息子が自分の一番の前提であるし、それを嫌だと思ったことはない。息をするように当たり前のことだった。
 その自分にとっての当たり前を崩されそうになっている。目の前に罪の無さそうな顔をして、自分にとろけそうな笑顔を見せている男の恋人がいる。どうしてこうなったか、別にそんな言葉に逃げるつもりはない。自分だって望んだんだから、こうなっているに決まっている。
「そうなんか。」
「そうなんだよ。勝呂の真面目なところすごく好き。」
 好きと口にした瞬間、燐は頬を染める。そんな表情を見る限り、勝呂の今の性格を好いてくれてるのは本当みたいだ。それに少し安心する。
「この前みたいに、もう誘うようなことは言わんのな?」
「えーと、あの時は……。」
 自分に対して手を出してこないのかと燐に問いかけられたことがある。あの時はいきなりだったし、まだ早いと思ったから正直にそれを口にした。それっきり燐は何も言ってこない。
「あの時はあの時だ。ちょっとあの時は気になってただけ。勝呂君が我慢してないかなあー? とか。」
「我慢て……。あんとき勉強しとったんやぞ? お前、勉強しとってもそないなこと考えとん?」
「いやいやいやいやいやいや。」
 焦ったように否定すればするほどに、燐の考えが透けて見えてくる。勝呂はそんな燐の額を手の甲でノックするように叩いた。
「わあったわ。」
「いや、ほんとに違うから。」
「はいはい。」
 燐はうーっと唸っている。勝呂に呆れられたかもしれないという焦燥感でいっぱいになっている。勝呂としては呆れるというよりは、そんな姿がいじらしい。これも惚れた贔屓目というか、弱みというやつだろうか。
「お、俺は……。勝呂がキスしてくれるだけでいいんだ。他ももうちょっととか、思ってるわけじゃないからな!」
 念押しするように言われても、全然説得力がない。勝呂は噴出しそうになるのを堪えて、燐を手招くと抱き寄せた。燐はうっとりと勝呂の胸に体重を寄せている。
「あのな、勝呂。」
「どないした?」
「今日は雪男、いないんだ。」
 何を言い出すかと思えば、弟の不在を仄めかす燐に勝呂は首を傾げる。確かに今日の塾の雪男の授業の時間に別の講師が来ていた。
「雪男は任務で泊りがけらしいんだ。」
 勝呂のシャツの布を掴んで燐は勇気を振り絞ったように言う。
「だから。今日、勝呂泊まりに来ないか?」
 心臓が大きく跳ねる。この学園における寮生活の規則は割りと緩い。他の生徒の部屋への出入りも咎められることは、あまりない。(男子が女子寮に忍びこんできたり、その逆があったりする以外は。)ましてや燐の生活する旧寮は寮監が不在で実質、奥村兄弟しか住んでいない。勝呂が上手く寮を出さえすれば、燐の部屋に入って泊まるくらいは容易いことだった。
「駄目か?」
「なんや? 奥村先生が留守やったら、寂しいんか? お前は。」
「さ、寂しいわけじゃねーよ。」
「ならそれで泊まりに来い言うんは、なんか企んどるやろ。」
「企んでるというか。雪男いたら、お前を部屋に呼べそうにないし。」
 真面目な勝呂が好きだと言った舌の根が乾かないうちに、勝呂を不真面目な方向に燐は誘っている。まあ自分達の歳相応の願望だろうと勝呂は判断した。燐は自分の返事をいかにもドキドキと待っている。この間手を出さないと言ったばかりなのに、泊まりの誘いに乗ると思っているのだろうか。でもなんだか、この誘いに乗らないと勿体無いような気もする。
「お前やっぱキスだけじゃ物足りんのやろ。」
「………。」
ドキドキが行き過ぎて顔が熱病みたいに紅くなる。燐も勝呂も。
「すまん。ちょっと言い過ぎた。」
「勝呂が気にする必要無いから。」
 勝呂は燐の肩を掴んで言い聞かせるように告げる。
「わかった。泊まりに行くわ。そんで先生がおらん間、あんじょう俺が勉強教えたるわ。」
「ええええ!」
 燐の口から悲鳴のように不満の声が出る。
「なんか文句あるんか?」
「文句なんかねーけど。」
「ほんならええやろ。」
 なんだか結構きつい灸を据えたような気分に勝呂はなってくる。
「ちゃんと寮の鍵は開けとけよ。」
 燐はうんと、泣き笑いのような顔で頷いた。
 



お泊り編に続くかもしれない。とんだ肩透かしを食らった燐でした。勝呂はなんとか失言を誤魔化せたと思ってます。

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イラスト・燐(画像クリックで見れます)

イラスト・燐カラーでないので分かりにくいですが、実は穿いていない。

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雪雪燐イラストです。朝食前の風景。

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イラストアップ(画像クリックで見れます)

勝呂テスト。大きい画像ですので別窓表示になります。鉛筆書きですが、ぼちぼちイラストも上げていきます。

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☆ss「バーレスク」志摩燐 「アラベスク」の幕間劇

 

あらゆることで奥村先生にはかなわんと思うとった。
 
『俺、子ども欲しい。』
 
 正十字騎士団熱海支部の与えられた個室で志摩廉造は頭を抱えていた。
『燐は奥村先生があんなんなってるのは知っとるはずなのに。子ども作ったら火に油注ぐやん。しかも俺ら十五歳やん。』
めんどくさいのは勘弁な男だと自覚している。しかし、そのめんどくさいことの最上級である奥村燐に結婚を申し込んで、燐はあっさりそれに乗ってきた。祓魔師の資格を取ることさえまだ途上の身なのに、ただの気休めの自分のプロポーズは食いつくように受け止められてしまった。そんな言い訳、悪魔になった弟に通用するはずがないが。
結婚を前提にした二人旅行の帰りに帰るに帰れない事情が勃発した。ほとぼりが冷めるまで滞在すると言えば聞こえはいいが、実は強制的に軟禁されている。帰れない事情と言うのは、正十字学園にて燐の弟である雪男がまさかの悪魔落ちをした。しかもサタンの力を吸収しているらしい。
志摩は割と軽く考えて行動しがちな性格であるのは自覚しているが、自分が取った行動が予測不能な事態を引き起こしたことに、それを聞かされたことに背骨が抜け足が竦んだ。自分はここまで軽はずみな男ではなかったはずだ。ただ憎からず思っていた奥村燐を元気付けるだけの言葉だったのに。
 
『燐、結婚せえへん?』
『俺でいいの?』
 
 旅行だって新婚旅行と銘打ったのは自分だが、ほんのままごとのつもりだった。だから自分の冗談まがいのプロポーズで、世界が滅ぶなんて思いも寄らない。燐も雪男もいちいち本気過ぎる。あくまで自分は半ば冗談半分だったのに。
本気と嘘気のボーダーがぶれてきている。大体二人で旅行する前まで手だって握ったこともなかったのに。なけなしの誠意のつもりで、旅行中布団だって別にした。二人で観光地を歩いて、いつもの堅苦しい学園生活から抜け出して、にこやかに過ごして、それだけでいいなんて高を括っていた。
甘い言葉を囁いても、具体的な行動に出なかった自分の言葉をここまで本気にするとは。燐は本当の意味で世間知らずなのだろう。まして子どもがどうやって出来るかわかっとんかこいつと目の前で真剣な目をする燐の頭を、ふざけ半分で小突きたくなる衝動にかられる。
 
目の前の窓からは、のどかな熱海の海がひねもすのたりのたりと波打っている。その向こうで悪魔と化した奥村雪男が、兄を求めて大暴れしているとは思えなかった。
「なあ燐。現実逃避しとる場合やないんや。若先生が悪魔落ちしたのは俺らの所為なんは確実なんや。それに子ども言うて、どうやったら出来るんか知っとるんか? 男同士やで。まあやることはやれるけど、出来るかどうかは分からないで。ほんで、もし出来てもうたら、俺、若先生に殺される。」
 燐はそんな泣き言を聞き入れずに言う。
「俺達結婚したんだから、子ども作っても別にいいじゃん。俺、ちゃんと知ってるんだから。エロ本でやってるようなことするのは、本来エッチじゃなくて子ども作る為の行為なんだろ?」
「俺が変な教材与えてもうたんか。そういや……。知っとるのは別にええんやけど。いやようないわ。」
 カソリックの教会の支部なのに、何故か畳敷きのこの部屋には志摩と燐しかいない。但し書きさえなければ、ただの民宿の一室のようにも見える。しかし壁一枚隔てた部屋には、カソック姿の祓魔師たちが待機している。監視されている中で、サタンの息子と交情したとなれば、すぐに騎士団上層部に報告されてしまうだろう。
「燐。男同士のセックスはなあ、見るとやるんじゃ全然違うんで。それに言っとくけどなあ、結婚イコール・セックスイコール・子作りも違うと思うんやけど。」
 横目でチラリと燐を牽制するようなことを言ってみる。燐はむっと息を詰まらせている。
「違うのか?」
「たぶん違う。」
 しばしの沈黙。畳の上で胡坐を掻いていたのを、燐は正座に座りなおした。今まで見たこともないような、真剣で覚悟を決めた顔だった。
「何、急に畏まっとるん?」
 そのまま三つ指をついて志摩に向かって燐は頭を下げる。
「よろしくお願いします。」
 頭を下げたまま、燐は動かない。これが燐の覚悟の程なのかと廉造は唾を飲み込む。今は自分達のいる一見穏やかな空間の外の世界は、とてつもないクライシスを迎えている。だけど燐が望んでいるのはただ一つの――。
 まだ手を繋いだこともない。チューもする暇もなかった。そんな男の気休めのプロポーズでも、燐は真剣に受け止めた。世界が崩壊したって、弟が大魔王になったって。
考えれば考えるほど、廉造の心は怖気づく。それでも身体は動いてくれた。
「燐。顔上げてええよ。」
「え?」
 顔を上げた燐の唇に廉造は唇を重ねた。
「ふざけ半分も気休めも、もうやめるわ。こっから俺本気になるけど、ええ?」
 
     *   *   *
 
 奥村雪男は朦朧とした意識で面会室に通された。まだ詠唱と薬剤の後遺症で身体が上手く動いてくれないけれど、念には念を入れて、がっちりと手錠を掛けられている。分厚いガラス越しに、へらへら笑う憎い顔があった。
「志摩……廉造。」
 ガラスを叩き割って首を締め上げたいけど、雪男にそんな力が残っているわけがない。手錠の掛かった手を十センチも上げられずに、虚ろな眼差しを向けるしかなかった。
「若先生が何を言いたいんか、よう分かる。今更顔出して、俺はどうするつもりなんかな? ただ報告するしかあらへん。」
 へらへら笑っていたのが止まる。しかし雪男の口から出るのは怨嗟のか細い声だった。
「貴様……よくも、兄さんを……。」
「言い訳はせえへんよ。」
 志摩はガラス越しでは見えなかった両手首を上げる。彼の手首にも雪男にされているものと同じ手錠が掛けられていた。そして、袖を捲り上げられた腕には、おびただしい注射痕があった。
「燐と一緒に先生に面会した後、俺もこの本部に隔離されとる。悪魔を孕ました前代未聞な男やと上層部のお偉いさんに言われたわ。」
「自業自得だ。兄さんを穢した報いだ……。」
 志摩はやっぱりなと言うように椅子の背もたれに寄りかかる。
「やっぱり祝っては貰えんな。」
 雪男は無言なまま志摩から視線を外す。志摩はそんな雪男から目を逸らさない。雪男からすれば何が可笑しいか分からないが、口元が笑うように上がっている。
「俺の身体はなんやかんや調べられとる。当たり前や。何百年前なら火炙りになっとるようなことをしたんや。しかも燐は男として生まれ育ってる。幾ら悪魔やからと言っても説明つかんわ。」
 雪男は相変わらず無表情なままだ。眼鏡が下にずれているので、志摩の顔もぼんやりとしか見えていないのだろう。
「子ども出来て、燐は喜んどったけど。ええことばかりはないわ。ひょっとしたら、俺ら、ずっと逢えなくなるかもしれへん。俺、子どもの顔も見れへんかもしれへん。あいつも、子どもも、どうなるかわからん。でもあいつは嬉しそうやったんや。わかる? 先生。」
 志摩の目から一粒の涙が零れた。
「俺が出来るのは、お偉いさんの言うこと聞いて、俺の身体をサンプルとして提供するくらいや。それで燐と子どものことを、悪いようにしないでくれと、お願いするしかない。ほんま情けないけど。それしか出来へん。」
「それが……君の覚悟?」
 志摩は頷く。雪男は気だるそうに顔を上げた。
「じゃあ僕も、こんな所で死に掛けている場合じゃないな。」
 志摩の顔が上がる。そこには雪男のさっきまでとは打って変わった強い光を宿した目があった。
「先生。もう無茶はやめてな。」
 自分の言葉が再び雪男を暴走させるのかと恐れる。
「相変わらず小心者だな。君は。もともと僕は考えなしな君らとは違うんだよ。」
「悪魔落ちしたあんたに言われとうないけど。」
「あれは一回こっきりの若気の至りだよ。」
「若気の至りで世界滅ぼすんかあんたは! 精精盗んだバイクで走り出すんが普通の十五歳やろうが。」
 雪男はにやりと笑う。
「世界を滅ぼすきっかけは君が作ったんだよ。」
「それ言われるとどうしようも無いんやけど。」
 少し落ち着いた様子の志摩を見て、雪男は傲岸に笑い声を上げた。
「実の兄が懐妊したって言うのに、こんなところで燻っている場合じゃないよね。僕はこれから騎士団に対して申し開きするつもりだよ。平身低頭して這い蹲って縋り付いて媚びへつらって、君の言うところのお偉いさんの靴の裏でも舐める覚悟だよ。その代わり、絶対に兄さんと子どもの安全を確保してやる。まあこの身体も含めて取引する材料は幾らでもあるからね。」
「先生あんた……」
 雪男は眼鏡をずり上げて志摩をまっすぐに見る。
「やっと分かり合えたね。僕ら。」
「分かり合えたんかな?」
 雪男の豹変振りにまだ頭がついていかない志摩だったが、雪男はそんなことにも全然構わず、早速監視している祓魔師に合図を送る。そして監視人が差し出す書類に片っ端からサインを始めた。監視人はその変わり身の早さに半ばひいている。
「罪状は全部認めた。全ての刑罰も検査も喜んで受けよう。」
 雪男のよく通る声が面会室に反響する。ここまで堂々としていて生気に溢れた罪人がいるだろうか。でもこれは自分達の未来にとって素晴らしい予兆だ。志摩にとってもこの面会は賭けだった。自分だけでは到底、燐も子どもも、自分も守れそうになかった。どうしても雪男の手が必要だった。雪男を悪魔落ちさせたのは自分自身だけど、そんなことを言ってる余裕はない。
 あと六ヶ月だ。それにはどうにか間に合いそうだ。面会室をあとにした志摩は安堵で膝が崩れ落ちた。
 




志摩と雪男の和解編でした。一番パニックに陥っているのは外野です。よく考えてみれば私らの作品って、原作のパラレルワールドを幾つか書いているような気がします。アラベスクの志摩燐ルートが一番イレギュラー過ぎますね。

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☆ss「キリエ」藤本とメフィスト 獅燐風味

藤本獅郎は息子達の通う中学校へ保護者向けの進路相談の為に足を運んでいた。最初が長男の燐。しかし三者面談にも関わらず、燐は教室に姿を現さなかった。仕方が無いのでとっさに思いついた就職先の幾つかを教師に提案し、ついでに日頃の燐への対応について教師を労った。
「いやあ。すみませんねえ。あの馬鹿息子ときたら捻くれたもので。」
「奥村君についてはこちらの力不足で……。」
 諦め顔を通り越して無表情に教師は言った。確かにそうだなと内心では思う獅郎だったが、この教師は燐を責めない分だけましだと思った。幼稚園の頃のことを思えば、こうしてスルーしてくれるだけでも有難い。例えそれが見て見ぬふり、触らぬ悪魔に祟り無しの方針だとしても、数ある正解の中で比較的無難な対処をしてくれているこの教師には、獅郎としては労うのに十分なことをしてくれたと思っている。
 獅郎は一礼して席を立つ。次は弟の雪男だった。
「本当に雪男君はうちのクラスの誇りですよ。進学は正十字学園の特進科で良かったですね。」
 こちらは打って変ってのにこやかさだった。教師はおうちが教会なのでさぞや環境的なものが雪男君の資質に影響しているのでしょうねと、諸手を挙げての褒めっぷりだった。
「兄のほうは全く逆なことを言われましたよ。兄の担任の先生にね……」
「あ……。燐君ですか。えーと……」
もしこの教師に当たったのが燐だったとしたら、この教師は今どんな顔をしているのだろうか。想像が容易すぎて胃の辺りがムカムカしてきた。隣に座っている雪男も顔では笑っているが、親にだけは分かった。これは相当、この教師に対して怒りを覚えていると。ライトブルーの瞳が鈍く光っている。教師は誤魔化すように再び雪男を絶賛し始める。
 この後は聞きたくも無いお世辞の羅列に終始しそうなので、適当なところで獅郎は雪男を促して教室を後にした。雪男の次に当たる親子に会釈をして廊下を歩く。
「兄さんは来なかったですね。」
「来れないんだろう。まあしょうがないさ。」
 獅郎はカラカラと笑う。
雪男はこのあと委員会の仕事があるからと廊下の曲がり角のところで別れた。獅郎は滅多にこない息子の学校の片隅に取り残される。
「いつ来ても無駄に疲れるなあ。」
 そこらへんの奥様方と保護者同士の親睦でも深めにお茶でも誘おうかとも思ったが、奥様がたは娘息子の進路ばかりに夢中だし、お茶をしたとしても燐の悪評を聞くか雪男への褒め殺しになりそうなので、廊下を行き交う少し身奇麗にした人妻の美しさを目に留めるだけだった。
「シングルファーザーって、まだまだ市民権を得てないなあ。誰か俺に構ってくれよ。」
 シングルでなおかつファーザー(神父)。この取り合わせはちょっと悲しい。どうしてカソリックは独身男じゃないと駄目なんだろう。
「構って欲しいなら、私が構ってやりましょうか?」
 思わずそこらへんにある自販機を投げたくなる声が聞こえてきた。しかし如何せん公立の中学には自販機が置かれているはずがない。
「おいおい。メフィスト。お前みたいな天上人がこんなちんけな中学校になんの用だ?」
「こんなちんけな中学にも、名門正十字学園の受験生はいるものですよ。ちなみに貴方の息子さんでしたけどね。貴方は保護者としてここに来たのでしょうが、私は進路の受け入れ側の立場で今日この中学に足を運んだわけです。」
「そうかい。用事はまだ終わってるわけ、ないよな?」
「もう終わってますよ。受験生はいるけど少ないですからね。」
 メフィストの返答を聞いて、獅郎は頭を掻いた。今日のお茶の相手はこの胡散臭い悪魔になりそうだった。
 
 男二人が向かい合ってのお茶は気まずいというか、美味しいと思わなかった。お茶もお菓子も。
「私達の末弟は未だに炎を発現させてないのだな。」
「一生出さなくてもいいだろうが。ああいうの。」
 そしてこの話題である。サタンの息子の燐の話。
「大丈夫です。貴方が死んだら、この私が責任を持って彼を引き受けます。」
 責任を持つということは、燐を対サタンの兵器にするということだろう。それだけならいいが、この男のことだから燐を体のいい玩具にしかねない。昔の自分ならさして気にしなかったけれど、燐を育てていく内に簡単に死んでこの男に任せてたまるかと思うようになってきた。でもそんな意地も、意味が無くなる日も遠くないのは、獅郎だって予測がついている。
「貴方にしては姑息なやり方でしょう。大人しい弟まで巻き込んで、私が直に彼の全てを支配する構図を防いだ。雪男君が祓魔師を目指さなければ、私が貴方亡き後、燐君を引き取って私のやり方で思う存分やれたのですが。そこだけは残念でしたねえ。」
「お前をヒギンズ教授にしないさ。精精足長おじさんが似合ってるぜ。」
「今に貴方は私をプロフェッサー・ヒギンズにしなかったことを後悔しますよ。親に対しての子どもというのは、ものすごく残酷なことを平気に言いますからね。例えそれが愛の裏返しでも。」
 嫌な予言だった。嫌がらせにしては獅郎の胸を抉り取りそうだった。だからこの悪魔に一矢報いたくなる。
「あと五年したらな。俺はあいつを……」
 これは遺言になるかもしれない。死ぬ前の告白にしては、生臭くて聞くに堪えないかもしれない。でも自分の胸の内を無いことにはしたくないので、敢えてこの悪魔に言ってしまおう。なのにメフィストは水を差すように言葉を紡ぐ。
「そうそう。カッコウの雛を育てるのは勝手ですけど。」
「何が言いたい?」
「貴方こそ。先に貴方が言葉を発したのですから、先に貴方が言いたいこと言って下さい。」
「俺はあいつを大切だと思っている。たぶん育ての親として俺は失格だ。あいつを、いつまでもまともな社会に解け込めさせることは出来なかった。あいつにそれを強制出来なかった。何故なら――。」
 メフィストは残った紅茶を派手な音を立てて啜り上げる。
「では。私の言いたいことです。カッコウの雛を育てるのはアホなモズの勝手ですけど、その雛が育ったからといって、交尾をするのは流石に駄目です。」
 悪魔の癖にと獅郎は苦笑う。でもそれは道理だった。
「貴方の燐君への思いはそのまま墓の中に持って行きなさい。吐き出したい時は懺悔室で神様にか、美味しい店で悪魔にでも愚痴りなさい。」




こうやって書くと良い奥さんっぽく思えてくる。というか愛人? 二号?
またカップリングが増えてしまいましたが、うちのサイトでは最初の青エクカプは獅燐を考えていたので、やっと出すことが出来て感無量です。燐はファザコンというより、本当はお父さんが好きだったんだよ! でも本人は気付いていないから、結局結末は第一話になってしまうわけですが。勝呂に対しての思いも、雪男に対しても、根っこには獅郎がいます。

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☆ss「カバティーナ」青エク 雪燐「トスカ」の翌朝

「雪男。起きろよ。」
身体を揺さぶられて薄目を開けると、制服に着替えた燐がベッドの脇にいた。そんな燐の姿がはっきりと目に映るほど、もう夜は明けきっていた。
「兄さん……。」
 昨夜、激昂して泣き崩れたあと、兄を床の上に残したままベッドに倒れこんだのは覚えている。そのあと、あまりにも急激に神経を高ぶらせたせいか、反動でそのまま熟睡してしまったらしい。朝になって兄に起こされたことも含めて、今までだったらありえない醜態を晒してしまったと後悔した。
「兄さんに起こされるなんて初めてかも――。」
 言いかけて気がついた。燐の目が赤くてねむそげに伏せられている。
「もしかして、寝てないの?」
 燐はいやと否定するが、どう見ても十分な睡眠を取ったような顔には見えない。
「あんまり眠れなかったけど、雪男が心配するほどじゃないから。ちょっと早いと思ったけど。一人で手持ち無沙汰だから起こしちゃっただけだし。」
 そう言って、はいっと雪男の分の弁当を手渡してくる。弁当を作って着替えて本当にやることがなくなったから、自分を起こしたんだろうと雪男は推測した。燐は雪男の顔を見つめている。自分も見つめ返す。
 昨夜のことを思い返してみると、普通の兄弟仲ならお互いに当分の間は避けたりされても可笑しくないのにと雪男は思う。このへんが兄のトンチンカンで不器用なところだ。
 弟の顔をかなぐり捨てた男に組み敷かれて、暴力的な言動を取られて恫喝的に愛してると言われた兄。それなのに一夜明ければ懲りずに自分からそんな男の手の届く距離に近づいてくる。兄の頭は防衛本能が仕事をしないのだろうか。しかしそれも違うと雪男は判断する。
「ありがとう。起こしてくれて助かったよ。兄さん。」
 普通に答えるとなんだか安堵したような表情をされた。やはり少しは警戒された上での接近だったということか。
 雪男が上半身を起こしたところで、安堵したように笑うと燐はベッドサイドから離れようと身体の向きを変えた。
「!」
 雪男は燐の腕を掴んでベッドに引きずり込む。壁をくりぬいた構造のベッドなので、一旦引きずりこめば燐はなかなか脱出出来なくなる。
「蒸し返すようで悪いんだけど、夕べ勝呂君と何をしていたの?」
「何をって?」
 今までのやりとりから油断していた燐は、突然の質問の意味が分からなくて雪男に訊き返した。雪男は至極冷静な態度で質問に補足する。
「心のネジが緩んだように時間にルーズになるのは、それなりの理由があるからだよね? 真面目な勝呂君までが兄さんに毒されたとなると、疚しい事情を考えるのも当然じゃないか。」
「疚しいって……。ただ離れるのが寂しくて、俺が駄々こねただけだよ。」
 ぶっきらぼうに答えてはいるが、言葉の端々に甘さが潜んでいる。初心な兄が恥らっている様を見て、雪男の執拗な独占欲がなおさら膨れ上がる。
「駄々をこねて、それで?」
 壁際に追い詰められて腕を押さえ込まれた燐はろくに抵抗する気配がない。雪男のことより昨夜の勝呂とのことに酔いしれているのか、この朝初めての穏やかな笑みが口元に浮かぶ。
「ギリギリまで一緒にいてくれて、俺を門限破りしてたまるかって言って、この部屋まで送ってくれた。俺が引き止めてたんだ。勝呂は悪くない。」
 今まで見たことのない兄の甘やかな笑みに、何故か吐き気を催した。だからささやかに皮肉を吐き出す。
「そうだね。兄さんは甘ったれだから。」
 燐は顔を歪めて唇を噛んでいる。これで良いと雪男は溜飲を下げた。
甘やかさないと言ったのは自分だが、まさかその甘え心が他に向かうとは思わなかった。でも予測してしかるべきだったと雪男は臍を噛む。
 子どもの頃からいつも周りには反抗的だが、人恋しさを滲ませていた。それをどれほどの人が気付いていたかは、分からない。でも気付く人間は気付く。そして絆されるのだろう。兄の危うい気配に。
 自分だってその毒に当てられている。そうでなければ兄弟仲を越えて愛したりはしない。それは兄が危うければ危ういほどエスカレートしている気がする。エスカレートさせたのも自分だろう。兄に父の死を突きつけて、拘束し監視し、行動を極端に抑制しようとした。豹変した弟に対し、精神状態が不安定になっていたので、同じ塾に通う勝呂に惹かれてしまった。
 まったく自分にしては失態の数々だろう。もう子どもでもないのだから、兄が色気づくのを計算に入れてなかった自分に笑えてくる。友達さえ作れた試しのない兄が恋人なんてと、侮っていたのかもしれない。でもまだ挽回出来る。次の兄に対して尋問する言葉を選ぶ。
「こんなことを訊くのはどうかと思うけど、身体を見せるようなことはしてないよね?」
「身体を見せるって?」
「セックスとか。」
 燐はたちまち真っ赤になる。そして必死に反論し始める。
「そんなの、出来るわけねーじゃねえか。尻尾のこともあるし……。」
「暗いところならある程度誤魔化せるかもしれないじゃないか。そういう体位もあるし。」
「体位って……。」
 ますます顔に血を上らせて燐は雪男から目を逸らそうとする。どうやら本当に身体の交渉は無いようだと雪男は確信して、燐には気付かれないようにほくそ笑んだ。
「キス、だけ。」
「は?」
「キスだけは、してくれる。デコとかほっぺたとか。……く、く………くちびるとか。」
 思わず腕に力を込めそうになったが、すんでに脳がやめろと命令する。雪男の腕はその命令になんとか従った。大きく息を吐いて、そうかと呟く。
「それを僕に信じさせたいなら、一つして欲しいことがあるんだけど?」
「何をすればいい?」
 雪男は燐の腕から手を放すと、結ばれたネクタイを緩めて抜き取った。
「服を脱いで僕に兄さんの身体を見せてくれないか? 何の痕跡も無かったら、とりあえず信じてあげるから。」
 手を伸ばす雪男に燐はされるがままになるしかなかった。信じて貰う為に。





どんどん状況がやばくなっているような気がします。とりあえずもう少し続きます。

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☆ss「アラベスク後編」 志摩燐 未来捏造

注意。何故か子どもが生まれてます。










「お父さーん。」
「パパー。」
 ちゃぶ台の前で新聞を読んでいる若い父親に、まだまだ幼い男の子の双子が駆け寄ってくる。二人とも母親似の黒髪に青い瞳の気の強そうな顔をしている。若い父親・志摩廉造の向かい側で、十五歳のころより顔の彫が深くなった僧形の勝呂竜士が頬杖をついていた。
「なんか信じられへんな。」
「燐はアレやから子ども産めたんよ。かわええと思わん?」
「アレやからかあ。ほんまや。男同士で生まれたとは思えんほどかわええなあ。」
 皮肉げな口調とは裏腹に勝呂の目は細められている。
「午後からしえみも出雲も来るらしいわ。」
 志摩は頭を抱える。今日はさぞかし皮肉を浴びせられる日らしい。子猫丸は燐と一緒に買い物に出ている。
 双子は二人の背後をぐるぐると回っている。いつもは来ないお客さんが珍しいのか、きゃっきゃと高い声ではしゃいでいる。
「こら。るん、らん。お前らお客さんおるのに失礼やろ。」
「るん。らん。お前らが、れんとりんだからか?」
「ろんもそのうち作るがな。」
「お前はアレ以上にアレや。」
 その間にも双子は二人の背後から離れない。しかも不思議そうな顔をし始めている。とうとう、るんが口を開いた。
「お父さんもおじさんも、ない。」
「何がや。」
 勝呂の問いに、らんが答える。
「しっぽがない。」
 どう答えたものかと悩む。しかしこれもいい機会かもしれないと思い、志摩は無邪気そうに自分を見つめている子ども達に向かって真顔を見せた。
「お母さんは悪魔やから、しっぽがあるんや。」
「おい。人が気を遣ってアレいうて伏せとったのに。」
 勝呂の声に双子はびくりと反応する。勝呂は慌ててごめんと謝った。
「坊。いつかは言わなあかんことやろ。」
「いつかが早すぎるわ!」
「まあそれはおいといて。」
「おくな!」
「坊。燐はな、それを教えて貰うのが遅かったから苦労したんや。早いに越したことはないんや。」
 そこまで開き直られてしまえば、勝呂も他人の家庭に口は出せない。双子達は見た目は母親似なのだが、中身は悪魔である燐の気の強さと攻撃性、が緩めの性格の志摩で中和されたのか、どことなくのんびりとした雰囲気を漂わせている。幼少時の荒んだ燐のようになる気配はない。それでも悪魔の血統はこの穏やかな子ども達にも受け継がれている。時折、子ども達の身体からちらちらと青い炎が見えていることもある。
「まあええわ。お前の教育方針に今日のところは目をつむったる。」
「奥村先生には内緒な。……るんらん。お母さんが悪魔ってことはやな、お前らもちょびっと悪魔なんやで。」
「お父さんも悪魔?」
「お父さんはちゃう。」
 新聞を側に置くと、志摩は双子のるんとらんを膝に乗せて語り始める。
「これは遠い昔のお話や。」
「まだ五年前や。」
 すかさず勝呂が突っ込んだ。構わずに志摩は続ける。
「お母さんとお父さんは同じ学校の生徒やったんや。お母さんはぶっちゃけ悪魔やったから、それを知ったお父さんは、お母さんがこわあなって一時は避けとったんやけど。お母さんのほうがほっとかんでなあ。思い出しても、あの頃からお父さんは愛されとったんや。」
「いやあいつ。他のやつらにも同じようにしてたぞ。」
「いろいろごたごたがあったんやけどな。ある日、お父さんは口が滑って言ってしまったんや。」
 
『なあ、燐。俺ら結婚せん?』
 燐は牛乳を噴出す。気管に入ってしまったのか、げほげほと咳き込んだ。
『お前はめんどくさいのが嫌だったんじゃ。友達はともかく、結婚したらお前、俺の旦那だぞ? ますます面倒なことになるんだぞ?』
 燐は口では志摩を諫めている。しかしその目は何かの期待に輝いていた。
『俺、なんかもう耐えられんのや。味方の正十字騎士団の連中も、敵のサタンも、お前の身体目当てやろ。いっつもこっつもどこでもなんぼでも、そんな目で見られとるお前が本当に可哀想で。それに俺もお前がそんな目で見られるのが嫌なんや。』
 志摩の言う身体目当てとは対サタンの兵器だということを言っているのだろう。サタン側からすれば物質界攻略の鍵としての肉体。しかし志摩の言葉はかなりいやらしい意味で聞こえる。
「俺はお前をどちらにも渡したくないんや。祓魔師になるんでも、これだけははっきりさせときたい。なあ、燐。結婚言うのはな、神様に対する誓いでもあるんや。お前が俺のプロポーズを受け入れることによって、その誓いはお前を守る盾になるんやないかと俺は思う。」
 無茶苦茶な理論だが、そんなことは問題じゃない。燐はもともと結婚願望が無意識的に強かった。エロ本に関心があったのは、夫婦生活に対する憧れがあったから。そして料理への傾倒も幸せな家庭への願望の投影でもあった。
 それはあとから考えて分かったことであって、志摩がそれを全て計算してやったわけじゃない。とにかく口約束でも、今の燐には励ましになるかと思って口にしたプロポーズだった。
 
「で。それを奥村が真に受けて、お前らそれからすぐに結婚したんやったな。誰にも内緒で。そんで熱海に新婚旅行に二人で行ったそうやな。その後、奥村先生がそれを知ってあっさり悪魔堕ちしよったんや。」
 当時を苦々しく勝呂は思い返している。
「そうなんや。旅行がお終いの頃に子猫さんに連絡取ったら、今帰ってきたらあかん言われて。休職中のネイガウス先生に正十字騎士団の熱海支部に閉じ込められて。そんときに出来たのが、るんとらん――。」
 勝呂の釈杖が志摩の後頭部にヒットする。
「おまえなあ。騎士団支部で何さらしとったんや。」
「そやかて坊。半年くらいなんも出来んと、じっとせい言われたら。やることは一つしかあらんやろ。」
 痛いと泣き声を上げる父親の頭をるんとらんが交互に撫でている。
「ほんでな、ほとぼり冷ましとったんやけど。半年たったら理事長にもう帰ってきてもええよと言われて帰ってきたら、奥村先生は牢屋に繋がれとって。そんとき初めて俺らがいなくなったあとの町の様子を教えて貰えたんや。なんや理事長が全部単独で終わらせた言うて。俺心の中で、燐の兵器化計画意味無かったやんと突っ込んだで。」
「それは俺も同感やった。」
「そんとき、燐のおなかはちょっと大きくなっとたから、奥村先生えらい泣きよったけど、それでも俺らのこと許してくれたんや。騎士団の人らもそんな奥村先生は危険やないとみなして、位はちょっと下げるくらいで許してくれはって釈放されたし。つまり、めでたしめでたし言うことや。」
 父親の長い告白が終わったが、るんとらんはとっくにそんな話は聞いていなかった。しかしそれでもいい。
「今はこうやって普通のアパートで親子揃って暮らせるんやからなあ。」
 しみじみと志摩は幸せそうに言うが、まだ生々しい五年前のことを鮮明に記憶している勝呂は、自分の記憶力を呪った。あのときの雪男の恐ろしさは今でも骨身に染みて、時々夢に見て跳ね起きることもある。だが目の前のこの男はそんなことは露知らず、子作りをしていたわけだ。そこで生まれたのがるんとらん。悪魔の炎は受け継いでいるが、愛らしい双子。母親の孤独と不幸を受け継ぐことなく幸せに育っている。
 それにしてもと思う。
「お前ばっかり幸せになりよって。えげつないなあ。」
「そうでもないんよ。坊。」
「?」
「この子らなあ。」
 急に深刻そうになった志摩に勝呂は心配になる。
「どうしたんや。この子らなんかあるんか? もしかしてサタンからの干渉があったんか?」
 志摩はきょとんとしてなにそれと問い返す。
「この子らなあ。お父ちゃんがこれだけ京都弁喋っとるのに、全然真似して喋ってくれへんのや。哀しいやろ。」
「阿呆!」
 



大真面目にアホ後編でした。アラベスクだけ別世界ですのであしからず。また真面目にシリアスに戻ります

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☆ss「アラベスク 前編」 メフィストと雪男 未来捏造 志摩燐要素あり

未来捏造です。雪男が悪魔堕ちしています。大真面目にアホを目指してみました。




 

人類は青の炎に包まれる。まあそれは大げさすぎる表現かもしれない。それを引き起こしたのは誰もが恐れたサタンの息子。しかしその息子は後天的に悪魔になった弟の方だった。
 
     *   *   *
 
 シルクハットに白い特徴的なスーツ。縦じまのタイツ姿の胡散臭い男が自分めがけて飛んできた自販機をひょいと避ける。絶妙の間を取り、破損した破片や衝撃の弾幕からも上手く離脱した。
「このへんに顔見せるなって言いましたよね? フェレス卿――?」
「雪ちゃん。こんな時だからこそ君に顔見せにきたんだよ。」
「僕には奥村雪男って名前がある。」
「それを言うなら君のお兄さんは今は、志摩燐っていうんだよね?」
 黒いカソック姿の雪男の分けた前髪から覗く額に、びきっと青筋が走る。そして彼が纏う青の炎の青がより白に近くなった。
「君は言葉も道理も通じる子だと思ってたんだけどねえ。しかも医者になるって聞いてたから、こんなふうな展開をパクられるとは、本当に寝耳に水だよ。」
「前からあなたの声を聞くたびにこうしたくて堪らなかったんですよ。悪魔になってようやく吹っ切れました。」
「吹っ切れるんなら、違う方向でしょ。もっと早くお兄さんに手を出しておくべきだったね。それか、お兄さんを諦めるか。あっ。その選択肢はありえないのか。」
 メフィストは辺りを見回す。雑然としているようで法則的な正十字学園町の大通り。正十字学園のお膝元であるこの町は本来なら活気に溢れているはずが、祓魔師の迅速な働きによって住民全員が避難しているので、人っ子一人歩いていない。
 ここには祓魔師の誰もが警戒していた奥村燐がいない。代わりにノーマークな上、将来を嘱望されていた弟の雪男がまさかの悪魔堕ちをした。それを唆した藤堂もいない。彼はとっくの昔に自分の所業に見合った罰を受けている。だからこの物語からはすでに部外者の二軍にすら入っていない。解雇状態である。
 そんなことはどうでもいい。とにかく雪男は悪魔堕ちした。魔障を受けていない一般人ですら分かり易いほど、その姿は変わり果てていた。
「兄さんは何処です?」
「気になるかい? でも、当分こっちには帰ってくるなって言ったから、こっちには帰って来れないな。あっ。彼は君と話したくないわけじゃないんだよ。ただ今は新婚旅行中だからね。邪魔しちゃ悪いでしょ。留守中に弟がグレたくらいのこと、後見人の僕がどうにかしなくちゃねえ。」
 新婚旅行という言葉に、雪男の炎は揺らめいている。
「君のお兄さんは結婚願望が強いからねえ。君もずっと一緒にいたんだから、彼の料理に対しての熱心さが何の裏返しか、気付かなかったのが運の尽きだね。単なる男特有のスキル強化の凝り性とは違ったでしょう。君のお兄さんはずっと家庭に入ることを夢見てたんだ。」
「なんで寄りによって志摩君なんだ。」
 メフィストは愉快そうに笑う。
「失礼な言い草じゃないか。志摩君はねえ。何処に嫁がせても恥ずかしくないと、君のお兄さんの料理を絶賛したんだって。」
「見てきたようなことを言う。」
 そこで雪男ははっとする。
「見てたんですね。」
 始終自分達の行動を盗み見ていたのだろう。だから兄に対する雪男の気持ちも知っていながら、見てみぬ振りをした。平等に同じように、志摩と燐のやり取りも見過ごした。雪男はメフィストに憎悪の全てを向ける。
 メフィストに指を差すと、狙いを定めたように青い炎が一筋の軌道を描いてメフィストを取り囲む。
「あなたが唆したんだ! 兄さんも。志摩君も。そして僕が悪魔堕ちするように仕向けたんだ!」
 だったらどうなんですと言わんばかりにメフィストは不敵に笑った。足元の炎を一瞥するとやれやれと肩を落とす。
「本当に君は未練たらしい子だな。青い炎で何をするかと思えば、これって悪魔封じの結界陣じゃないか。悪魔になったくせに祓魔師にしがみつくんじゃないよ。」
 雪男の耳には何も聞こえていないようだった。己さえも消し去りかねない強力な結界を青い炎で作り出し、メフィストを焼き払おうとする。
 メフィストはその炎を見入ることなく、頭に浮かべた燐と志摩の幸せそうなデレデレ顔に微笑む。
「生まれてくるのはきっと双子だね。今まで散々、兵器として扱って悪かったよ。罪滅ぼしに、おじさんちょっと頑張っちゃおうかな。」
 大通りが青い炎に包まれる。そういえば燐が生まれた部屋も青い炎でぼんやりと明るかったっけ? 末期の走馬灯にしては幸せな部類だと思う。走馬灯とは幸せな時間の振り返りだ。
「燐君。おじさんは熱海のお土産楽しみにしてるよ。」
 呟いた刹那――。眼前に炎を纏った雪男自身が飛び出してきた。
 続くかもしれない。





メフィストと雪男のアルマゲドンです。世紀途中救世主メフィスト伝説。

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☆ss『トスカ』勝燐前提の雪燐「ノクターン」の続編

明かりの消された部屋の中、いきなり二本の腕に抱きしめられた。
「ゆ、雪男?」
「他に誰がいるんだい?」
 深夜の十二時。消されていた照明に安堵して部屋に踏み込んだら、弟が暗闇の中で待ち構えていた。自分と勝呂のドアの前の会話も聞かれていたかもしれない。ぐるぐると考えているせいで、今の状況が頭の中に入ってこない燐だった。
 たぶん雪男は怒ってる。でも門限までにはぎりぎりだけど帰ってきたのだし。だがしかし、雪男にとっては門限を守ってようが関係なかったような気もする。
 
「た、ただいま……。」
「………おかえり。遅かったね。」
 雪男の腕の中で燐はびくっと震える。
 弟に抱えられた小さな頭の中で、燐を自分を混乱させているこの場の状況の解消法を探していた。しかしながら燐は勉強も含めて、あらゆることの脳の中の蓄積が少なすぎた。顔は見えないが、自分を掴まえている腕の力の入れ方からして、雪男はかなりキているのだけは分かる。謝るか言い訳をするか、この二者択一が燐の考える限界だった。その二択でさえも、言い訳の選択肢を取り下げたほうがいいだろう。とにかく弟の冷たい感情の篭らない怒声を浴びせられるのだけは、今は避けたい。せっかく勝呂のお陰で心はあたたかく帰ってきたのに。
 怒鳴られたとしても、自分が非難されるだけならギリギリだけど慣れている。しかし、ドアの前に勝呂がいたことはたぶん知られているに違いない。だからその雪男の口から勝呂まで非難するような言葉が出てきたっておかしくない。
 
 雪男はこの学園に来る前に、義父に甘やかされてきた自分のことを矯正するつもりだと以前言ってきた。そしてその為なら、あらゆる日常の夾雑物を排除するつもりだとも言った。
 確かに弟にそう言わせる原因は燐にあるかもしれない。サタンの息子である証拠の青い炎を纏っているのも燐だし、だから社会的にも生命的にも排除するべきだとも言われた。
よく考えてみれば、雪男はそんな、兄のとばっちりばかりの人生だったかもしれない。自分が知らないところでそうなっていたとは言え、こればかりは知らなかったことそのものが罪悪でしかない。生まれたそのこと事態が取り返しがついていない。それが自分だから。
 
『お前と奥村先生がややこしいことになっとるのは塾の仲間なら勘付いとる。こうやって回りくどいことせんでも、なんなら俺のこと盾にせえや。変なことして余計に自分の状況おかしくするな。』
 
 そういうふうに勝呂は言ってくれたけど、それだって自分の正体がまだ知られてないから、ただの頭の悪い手のかかる男だと思われているからだ。優しい人間は義父にしろ勝呂にしろ、そんな自分をほっとけなくて手を差し伸べてくれる。
「勝呂君と一緒にいたんだね?」
「あ、……。…うん。」
 ここは正直に頷いておく。雪男は相変わらず燐を拘束している。余程心配させてしまったのかと燐は痛感する。しかしその心配が怒りや苛立ちに代わるのも時間の問題だろう。燐は目を瞑る。
 
「どうして他の男に縋ろうとするんだ。兄さんは。」
 搾り出すような声が頭上から降ってくる。刹那に床に投げ出された。衝撃から身体を庇ってる隙に、雪男が燐に覆いかぶさる。完全に身体の上に乗られて喉に雪男の大きな手のひらが載せられる。その手のひらは燐の首を今にも絞めてきそうだった。
「ゆっ……雪男!」
「外でっ。僕の見てない所でっ。男を誘って。ふしだらだ、兄さんは! そうやって勝呂君に優しくされて、僕に心配かけて満足なのかい?」
 この弟に直接的に暴力を振るわれたのは、今日が初めてだった。そしてこんな泣き叫ぶような声を聞いたのも初めてだった。
「兄さんは優しくして貰えれば誰でもいいんだ。兄さんがヒトの優しさに慣れていないのは僕も知ってる。でも自分が人とは違うものだと自覚すれば、そういう甘えを控えるかと思っていたのに――。やっぱり本性は隠せないんだろ。父さんが死んでもう僕と二人きりだとばかり。なのに。見境がないったらないよ。
僕がどんな気持ちで祓魔師になって、兄さんの教師になって監視者になって、それがなんの為か分かってる? 兄さんの前で感情を殺してきたのが、何を望んでのことなのか考えたことないだろ!」
 暗がりの中で上から雪男の罵声が降り注ぐ。これこそ「知らなかった」の罪悪だろう。喉に掛かった手に少し力が加わる。
「お前、俺を恨んでたのか?」
「違うよ! どれだけ頭が悪いんだ!」
「だって、俺がいなかったとしたら、お前はそこまで苦しんでないだろ?」
 雪男の指にさらに力が篭る。
「もう一回、『俺がいなかったら』って言ったら、本当に殺してやる。」
 なんでわからないんだと掠れた声で呟くと、雪男は燐の身体の上に突っ伏して嗚咽の声を上げた。
「……愛してるんだ。兄さん。」
 とうとう雪男の感情が溢れ出した。
 
 好きな人に頭を撫でられて良い子良い子にされたかったのは、燐ばかりじゃない。雪男だって燐に頭を撫でられたくて、甘えたくて、自分のやってきたことが報われたくて仕方なかった。なのに燐は最近出来た友達――いや、恋人のところに逃げ込もうとして、弟から目を背けていた。
 雪男は燐の上でまだ泣き崩れている。燐はゆっくりと腕を上げると、雪男の背中をおずおずと擦ってやる。雪男は燐のシャツに顔を擦り付けるようにして声を殺そうとしているが、涙も嗚咽も止められない。
「雪男。ごめん。本当にごめん。俺――。」
 今まで隠してきた弟への不誠実を懺悔する時だった。
「俺はお前を大切な弟だと本当に思ってる。」
「兄さん――。」
 そこは二人しかいない寮の部屋で、まるで生まれる前に二人でいた母親の胎内のようだった。そこには二人が共有するものしかない。どちらかの許しがなければ、この部屋のドアを外から開けることさえ叶わない。雪男が望んでいたのは、そんな世界が実現されること。
 一緒にそれを燐が願えば、すぐさま叶えられる。だけど――。
「雪男。俺は、それでも勝呂のことが好きなんだ。」
 嗚咽を止めた雪男が乾いた笑い声を低く上げている。
 
「やっぱり兄さんは悪魔だ。残酷だよ――。」
 
 弟との閉じられた世界はきっと、優しくて幸福だろう。
 腕の中に弟を抱きしめながら燐は、違う男の名前を口にした。





結局、燐は勝呂に傾いてしまいました。なんで、やっぱり燐はファザコンなので老けたほうがいいのか? 雪燐に未来はあるのか? 奥村先生の明日はどっちだ。





 

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☆ss「ノクターン」 青エク 勝燐


時刻は昨日と今日をあと十分で入れ替える頃合だった。
 珍しく遊び過ぎたと勝呂は思った。夕方から学園の外に出て、ゲームセンターやらコンビ二やらを適当に燐と歩いていたら、気がつけばこんな時間になっていた。本当に勝呂らしくない。中庭まで帰ってきたのはいいが、そこで燐は急に花壇の縁に勝呂の服を引っ張って座り込んでしまった。
「もう帰らんとあかんやろ。ここもう学校やし、寮監に見つかったらやばい。」
「もうちょっとだけ。」
「お前のその根性は不良やな。」
 いつものように窘めてはいるが、いつものように妥協出来る状況ではない。それなのに勝呂の腕は燐にしっかりと掴まえられている。その間にも時計の秒針は一回りしてますます状況を切迫させる。それを燐も自覚してるらしく、誤魔化すような笑顔の頬の辺りが引きつったようにひくついている。だけど燐は頑として動こうとしない。
「どうしたんや。ちゃんと門限守らんと、奥村先生に怒られるんと違うんか?」
「勝呂。急ぎすぎ。まだ大丈夫だから。」
 幾ら理事長権限で設定した門限が緩かろうと、常識的に考えて深夜のこの時間に外に出ている学生はいてはいけないはず。燐はそれを分かってるはず。それでも今の燐は、真面目な性格だと知っている勝呂を巻き込んでまで、強情に寮の部屋に帰ろうとしない。
「奥村先生と喧嘩でもしたんか? だから帰りたくないんか?」
 ひとつ当てずっぽうを言ってみた。幼稚だが想像が容易なことだった。燐と雪男の兄弟の関係のややこしさは塾のメンバーなら誰でも知っている。それでもなんとか、彼らなりに兄弟関係を保っているようだから、誰もあまり気にしていなかった。しかし実は、かなり燐には思うところがあるのではないのかと勝呂は思い付いた。
「お前その歳で反抗期かい。しかも奥村先生はお前の弟さんやろ? 普通は逆やで。溜めこんどるもんがあるなら、また放課後に聞いたるから。今日のところは帰りい。」
 頭を撫でて燐の手を取る。燐の青い目は重たそうな瞼に半分隠されている。
その寂しげな表情に勝呂が心動かされないわけがない。だけど今は時間が悪い。
自分と燐のことが奥村雪男に知られているかは分からないが、学校関係者でもある奥村雪男の心証を損なうことは、勝呂にとっても燐にとっても好ましくない。人情では幾らでも燐に付き合ってやりたい。でもその安易さで、燐や自分を取り囲む状況を悪くしたくない。
 ここはきちんと燐を部屋に帰すべきだ。雪男が兄を探しにここに訪れる前に。
「奥村……。いや。……燐。」
「もうちょっと。もうちょっとだけだから――。」
 燐は首を振って勝呂の声を拒絶すると、よりいっそう強く勝呂の腕に縋りついた。
 勝呂はそれに面食らうというか、自分がとんでもない暗部に踏み込んでいるような錯覚を覚える。不良で頭の悪い兄と、聡明で優秀すぎる弟の、そんなややこしい関係では済まされない何かがあるのではないか。勝呂はそれを燐に問いかけられない。安易に燐の側に立てば、それはそれで燐の味方であると胸を張れるかもしれない。しかし、それによってとんでもない何かを敵に回すかもしれない。要は情に流されて大局を見失うことに繋がる。
 だからここで自分は燐を送り返すしかない。一緒に逃げ出すような真似はしちゃいけない。幾らそれが今の自分にとって納得出来ない何かを胸に残すとしても。
 根が生えたように座り込んでいる燐を抱えるように立たせる。燐はもぞもぞと身じろぐが、相変わらず勝呂の腕を掴んでいる。
「勝呂……。やっぱ、駄目か。」
 諦めるようでいて茶化すような燐の口調に、何故か胸が痛む。時計の秒針がまた一回りする。もう五分前を切っている。
「ああもう! こうすりゃええんやろっ。」
 えっ? 短く声を出した燐の腕を、今度は勝呂が掴む。そのまま燐の部屋に向かって外階段をずんずんと進む。
「あかんことしとるのはお前なのに、なんで俺が気まずくならんとあかんのや。ああ! あと三分しかないやんか。ちゃっちゃと足を動かさんかい。」
「ごめんっ。」
「余計な手間掛けさせようってからに。俺は門限破りになるけど、お前までそうはさせんからな。十二時ぎりぎりまで俺と一緒におれて、さぞやお前は本望やろ。それは今日限りやからな。お前と奥村先生がややこしいことになっとるのは塾の仲間なら勘付いとる。こうやって回りくどいことせんでも、なんなら俺のこと盾にせえや。変なことして余計に自分の状況おかしくするな。」
 燐はわかったと言う。本当に分かってるのか勝呂には分からなかったが、胸の痛みは軽くなったような気がする。自己満足は許せない性格だけど、今は自己満足な行為に妥協するしかない。寮の燐の部屋の前まで来る。
「ほな。おやすみな。奥村先生になんか言われたら、俺に勉強教わっとったと言うて言い訳しとき。」
「でも。もうそれで、五回くらい言い訳してる。」
 燐の苦笑いに勝呂は釣られる。
「出来の悪い子には、何回でも教えんとあかんやろ。回数多いほど信憑性はあると思うから。」
 言っていて説得力がない。だけど燐の笑みに先ほどの重たい陰はない。
「じゃあな。」
 そういうと燐はゆっくりと勝呂の手を自分から放して、部屋のドアを開ける。そして燐がドアの向こうに吸い込まれて、勝呂はパタンという乾いた音を聞いた。
 
ドアの向こうで燐が雪男と何を話すことになるかは勝呂は知らない。だけどドアが閉まったところで、勝呂は門限破りに自分の部屋に帰るしかなかった。


まだ燐がサタンの息子だということがバレていない頃の設定です。テーマ的には「ロミオとシンデレラ」かな。
たぶんかなり燐は雪男に怒られると思います。でも、勝呂が言ったように勝呂を盾に使えない奴だと、私としては思います。

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☆ss「アリア」青エク 勝燐 わりと甘め(勝呂は大変なものを盗んでいきました)

京都生まれの坊こと勝呂とは喧嘩ばかりの仲になるかもしれないと思っていたが、実際は俺達はすぐに普通以上に仲良くなった。
 
燐は勝呂の膝に乗っかって参考書を広げている。勝呂は燐の頭越しに燐の読む参考書の説明に補足を入れていた。適度に筋肉のついた膝はクッションが効いているし、背中はぬくぬくで居心地がいい。思い返せば反抗期に入る前の燐は弟を差し置いて、始終義理の父親の膝を独占していたこともあった。
「お前ほんまに甘ったれやな。しかも馬鹿やし。」
 後ろ頭を小突かれる。それでも嫌な気がしない。勝呂は秀才だが、自分に内緒で祓魔師やその教員の資格を取っていた弟よりは、身近で置いていかれた感が少ない。だからこの頃は弟より勝呂のほうに勉強を教えて貰っている。
勝呂は努力家だ。弟の雪男も相当な努力家なのは確かだけど。燐にとっては勝呂の努力の仕方は、中学校もサボりがちだった燐でも理解出来る努力だった。燐は勝呂の真似から努力の方法を学んでいた。というか、燐は雪男の努力の仕方なんて真似のしようがない、超越者の所業に見えた。見習おうというよりは悔しさや諦観が先に立ってしまう。
でもそんなことは勝呂と二人きりの時には言わないし、考えないようにしていた。
 窓に西日が差している。
「流石にしんどくないか? 俺がずっと座っていて。」
 燐は腰を浮かせようとしたが、やんわりと勝呂に座り直させられる。
「寺の息子で座禅で鍛えとる俺にそんな野暮なこというなや。お前ごとき一日中でも乗っけとられるわ。」
「でも悪いし……。」
 勝呂はふっと息をついて、燐の後頭部に僅かに風を当てる。
「そんなこと言うてお前、飽きてきたんやろ? 勉強。」
 ぎくりと燐の背中が強張る。
「お前は頭そのもんがアホやなくて、どっちかいうと根気と集中が足らんようやな。」
「俺にしたら頑張ってるほうじゃないのか? もう二時間くらいやってるし。」
「二時間しかやってへん。それを一人でずっとやるならともかく、俺がいてやっと二時間もったんやろ。」
 膝の上で燐がしゅんとする。顔も見えないのに本当に分かりやすい奴だと勝呂は思った。
「少し休憩いれよか?」
 途端に燐の顔が上がる。本当に分かりやすい奴だ。顔を勝呂のほうに向け、そのまま伸び上って抱きついてくる。
「んじゃ。アレしてくれよ?」
「アレ言うて。……。」
 勝呂の顔が燐の顔に接近する。そして軽く燐の唇に口付けた。
 東京に進学しても勉強と鍛錬三昧でそれ以外の余計なことは考える気はなかった。女子との交際なんて頭の隅にもなかったのに。今ではこの燐という男にねだられれば左程抵抗もなく口を合わせている。
流石に幼馴染の志摩と子猫丸には事後ではあるが、燐との交際の承諾は取っている。当然驚かれた。志摩には『なんで坊は、そないな秘密を胸に留めとかれへんの?』と涙目になられてしまった。勝呂としてはけじめのつもりだったが、却ってとんだ非常識な行動になってしまったらしい。だが未だに実家には知らされてないらしいから、了承もしくは黙認されているのだろう。
燐と付き合っていると言っても、所詮は膝に乗っけたり勉強を見たりキスしてやったりする程度。自分は燐から昼食の弁当のおかずを貰ったりしている。付き合うきっかけは勝呂自身でも曖昧だ。好きだ好きだと言われるようになって、それを突っぱねられなかったので、結果として自分も燐のことを好きになっていた。好きと言われれば嬉しいし、自分を好きな人間をそうそう嫌えるもんじゃない。
ただし、勝呂の身近な人間でただ一人この事実を言えないでいる人間が一人だけいる。燐の双子の弟で、燐と勝呂の教師もやっている奥村雪男だった。知的で人当たりのいい雪男に会った当時はその当時の燐と比べようのない好感を持っていたが、燐を好きになってからは、あまりにも正反対な兄弟の性格のせいかどうかは知らないが、雪男に対して訝しげな感情を覚えている自分がいる。だからといって意識してはいないのだが、雪男がいる前では燐に対しても親しげなところを見せづらいところがあった。燐も同じように感じているのか、雪男の前では今のように甘えるような仕草を見せない。(大抵雪男もいる場面では、幼馴染やら女子やら他の教師もいるせいだろうが。)
その反動とは思えないが、二人でいるときはとにかく燐は勝呂の側を離れようとしない。最初はそんなふうでもなかったのに、一定ごとの接近を許していたらいつのまにか勝呂の膝の上が燐の指定席になっていた。こんな現状を幼馴染にだって見せられるはずがない。
「次はデコにしてくれよ。」
 髪留めでちょうど全開になっている額に勝呂は唇をつけた。そういえばこの髪留めは自分があげたものだった。集中力に乏しくてそこまで几帳面そうでない燐のことだから、髪留め一つくらい失くされても可笑しくないはずなのに、よくもまあ大切に使ってくれているものだ。そう思ったらなんとなくいじらしく思えてきて、すこしだけきつく抱きしめた。燐は嬉しそうに喉を鳴らしている。こいつは猫か。
「勝呂はさ――。俺に手を出さないの?」
 勝呂はらしくなく言葉の意味を取るのに時間が掛かった。そして意味が分かると同時に頬が赤くなる。
「出さん。」
「それってなんか理由があるのか?」
 理由まで尋ねられるとは思わなかった。そこまで思われるのだったら、手を出して欲しいのかと問い返してしまう。燐もやはり赤くなって答える。
「……してほしい。」
 言葉の最初がどもったくせにやけに言い方はストレートだ。しかし勝呂はきっぱりと言った。
「キスはしたるけど手は出さん。そいうことは学校卒業してからでもええやろ。せめて二人ともなんかの資格一つ取ってからやな。」
「そうだよな。お前はそう言うよな……。」
 どこか寂しげな言い草だった。でもそれをこの場で取りざたするとどつぼに嵌りそうになる気がしたので、勝呂も穏やかにそうやと言い返した。
 
 本当にこんなふうに聞き分け良く勝呂の言葉に頷けるような関係になるなんて、最初は全然思いも寄らなかった。



勝呂と燐はこんな感じ。六巻読み直したら燐的かっこいいランキングで勝呂が親父についで二位だったので、かなり燐としては惚れ込んでいると思います。
盗まれたもの→燐の心です

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☆ss「マスカレード」青エク 雪燐 暗め

「ただいま……。ちょっと遅くなってごめんな。また、やらかしちまった。」
寄宿舎の自室のドアを開けると、不機嫌そうに腕組をしてドアの傍の燐を見る雪男がいた。燐はいつもどおり雪男に気まずそうな笑みを見せた。
 青い炎とは関係なく、燐は色んなものに絡まれ易い。世の中の暗がりに隠れているべきものが、何故か燐の近くでは頻繁に現れやすい。そして燐はある種の真面目さなのか、それを見過ごすことが出来ない。真正面から相手をしてしまって、今日のように生傷を作って帰ってくることが日常茶飯事だった。
「塾に入って前よりマシになるかと思ったけど……。」
 言葉のまだ冒頭だと言うのに、弟の雪男の口から出てきたのは辛辣で温度のない一言だった。
「はしたないよ。遅く帰ってきて言い訳ばかりする。」
 弟の目はまるで燐の身体に汚いものが付いてないか確かめようとするように、身体中に視線をめぐらしている。特に、着衣の乱れから覗く肌の辺りとか。
「自分でもわかってるんだよ。こんなことしてる場合じゃないって。」
「だったらしばらく外出は控えさせようか?」
「弁当の買い物はどうするんだよ。」
 今日の外出も燐と雪男の二人分の弁当の材料を買うためだった。いろいろと店を梯子して、安いものやタイムセールを狙って遅くなったのも確かだった。
「ちゃんと買い物のリストを作って、一番近い店だけで済ませればいい。お金は僕持ちなんだから気にして安く済ませようなんて必要ないだろ。」
 言い返そうとした燐の言葉の続きが出る前に、雪男はドアの前で立ち止まっていた兄を椅子に座ったまま手招きする。
 
生前の義父にもよく叱られたがこんな風に燐に対して一方的に、燐のこれからの行動を決め付けるような真似はしなかった。義父は口では厳しかったが、あくまで決定の意思は燐に委ねてくれた。まあそれは、まだ燐がサタンの息子として覚醒する前だったので、そこまで抑制する必要がないというか、すれば可哀想だと思う人情もあっただろう。あの義父は自分にとってはあくまで親として接してくれた。
だが今目の前にいる弟は違う。弟という前提のその上に、監視者としての役目もある。だから義父と違って燐に対しての言葉も強制するような面もある。そこは燐も理解している。今更怒って、弟と争ってはならない。ただただ、祓魔師になることだけを考えるしかない。
 
自分の目の前まで歩いてきた兄を雪男は見る。その眉間には深い皺が寄っていて、燐が感じているのと同じ気配のする苦しみを、雪男も感じていることが燐にも読みとれた。
「まったく父さんが甘やかしたから、今になって僕が苦労するんだ。」
「俺はともかく、父さんを悪く言うんじゃねえよ!」
神妙にしていようと思ったが、義父の獅郎に当て付けるようなことを口にする弟には切れた。思わず腕を振り上げたが、雪男は微動だにしない。相変わらずその目は燐を真っ直ぐ見ていた。それは燐を厭うようにも見えた。燐の心が揺らぐ。結局、腕を下ろしてはき捨てるように雪男に告げる。
「確かに。俺が、父さんに、甘えてたよ。いつまでもまともにならない息子に、よく付き合ってくれてくれて。あの人がああやって優しくしてくれなかったら、それこそ俺はサタンの息子らしいクズでどうしようもない奴になって、お前に殺されていたと思う。」
 雪男も流石に「殺されていた」という言葉には動揺を見せた。
「兄さん。」
 燐の腕を取って、雪男は自分の胸に兄を引き寄せる。
「それがわかってるなら――。僕は兄さんのことを甘やかさないから。父さんと違って喧嘩の一つでさえ許すつもりもないし、俗世間のくらだないしがらみに捕らわれる隙は片っ端から潰すつもりだから。」
 腕の中で燐が身じろぐ。自分のほうを見上げようとする頭を無理に胸に押さえつけて、両腕に力を込めた。そして燐の耳元で呪文のように繰り返す。
「兄さんの家族は僕しかいないから。僕が兄さんを守るから。」
 抱きしめた燐の頭が頷く。兄の本来の性格なら、守ると口にした途端に突き飛ばされているはずなのに。
こんな時には父の名前は都合がいい。雪男はまた兄に対してのずるい対応策を一つ覚えてしまった。



他のジャンルでは絶対に書けなかった展開を書けて、嬉しいやら恥ずかしいやら。とりあえず言えることは、獅郎さんは(人間性的な意味で)弟のほうの教育が間違っていたようです。

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