幸福雑音
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☆ss『大工の休日』(留文前提で留三郎と仙蔵。卒業後設定)
注意:コピー本で出したシリーズものの後日談。
続きは考えてないわけじゃないですが、書けてません。
またいつか書くかもしれません。
大工の休日
おはよう。いい天気だな。
そう呟く男の背後の窓から見える空からは、雨がざんざん降っていた。仙蔵は無理に笑顔を作っている留三郎と、台風並みに降りしきる雨の音に憂鬱になるしかなかった。
「大工はさ……雨の日はお休みなんだ。」
明り取りの為に壁の一部にしつらえられた窓。その前に留三郎が立っている。深夜から降り出した雨から逃れるために、この家にひょっこりと顔を見せたのは、この家の主の留三郎の旧友である仙蔵だった。
そして一夜が過ぎても雨が止む様子はない。
「お前の表向きの顔は大工の留さんだったな。」
見渡せば簡素な家の中は、留三郎が用具委員時代から愛用している大工道具が置かれている。
「それにしても住む人間が違うと、こうも家の中の様子が違うものなのだな。」
仙蔵にとって昔は見慣れた自宅が、まるで他人の家そのものになっていた。
基本はワンルームの作りだが、無理やり仕切って作った一部屋は、昔仙蔵の父が篭っていた、書斎というにはお粗末な小部屋で、昨夜仙蔵はそこで寝た。
そこには学園時代の忍たまの友などの忍者のテキストが平積みされており、父が使っていた文机には、不釣合いな妙に重量感のある鈍色の算盤があった。
「お前から自宅を貸して貰って、凄く有難いと思っていたけど、昨日まで、なんだかんだで、礼をする時間が互いに取れなかったけど。今、言ってもいいかな?」
数年前の春、仙蔵が父親と決別してからずっと、空き家になっていた我が家。このまま朽ち果てると思っていた。しかし、この家の辿る運命はまだまだ終わりになることはなかった。
卒業間際の雪の日。留三郎が渋る文次郎を説き伏せた、あの日。
『そんなの無理に決まってるだろ。』
『そんなこと、ないんじゃない?』
『ないことはないんだろうけど、そんな急にというか』
『卒業まで間がないんだから、この際せーのっ、で決めたらいいんじゃない。』
『せーのっ。って、お前な。』
卒業したあとに一緒に暮らさないかと、留三郎が意を決して文次郎に問い掛けた。当然、文次郎は答えを出し渋って、話し合いが平行線になるのは当たり前な成り行きだった。しかし――。
『頭っから無理だと決め付けなくても、お前さえその気になれば、どうにでもなるのではないか。』
結局は仙蔵の助言もあり、留三郎の卒業後の二人の生活設計を、文次郎はどうにか了承した。思わぬ展開に喜んだのはいいが、留三郎は、実家の他に特に手持ちの一軒屋を持っているはずがない。家を探さなければ、せっかくの文次郎との卒業後の同居(内容はそれ以上)がふいになる。そこでも仙蔵が、都合よくしゃしゃり出てきた。
仙蔵はその当時、あの父親もこの家を出て行ったと風の噂で聞いたので、なんとなしに自分の元実家を奨めてみた。そして現在はこのような有様になっている。
「いや、お前と文次郎の新居として貸すにしては、お粗末だと思っていたぐらいだから、寧ろ申し訳ないとさえ思っていたのだが。」
「でも、ありがとよ。」
「どういたしまして。」
この場に文次郎はいない。昨夜この家を訪れた時、百分の一の確率で、もしかしたらと思っていたが、そう簡単に叶えられるものではなかった。
そもそも常時、文次郎はこの家には住んでいない。普段は勤め先の城に詰めていて、休暇の時に帰ってくる。
この留三郎が待つ家に。二人が折りあいをつけて始めた新生活は、そこに落ち着いた。
仙蔵はそんなふうに聞いていた。文次郎は留三郎と出来る限りでいいから、ここで暮らすという条件で、職場である城とこの家を行き来していた。たとえひと月に一度、一日か二日の間でも、つかの間の休日を留三郎と過ごす、それが卒業後の文次郎だった。
外の雨は収まる様子はない。そして仙蔵もまた、居たたまれない。埃が積もったテキストの類と、算盤を思い出して、上手く作れない作り笑いを、留三郎に向けていた。
「帰って、こないんだ……」
がっくりと膝を折る留三郎。誰がと訊けば、問われるまでもないだろうと留三郎は言うに違いないと、仙蔵は一人合点する。くるりと背中を向けると、勝手知ったる、元我が家の囲炉裏のほうに移動した。昨夜の夕餉の残りを温めようと、囲炉裏に火を入れる。
「お前。あいつのこと、何か聞いてないか?」
「私が聞いている情報では、文次郎らしき忍者の話は、ここ半年ほど聞かない。というか、お前の連れ合いなんだから、いい事も悪い事も、情報はお前の所に入ってくるはずだが。」
卒業後、仙蔵は文次郎に一度も逢っていない。遠慮したとかではないが、文次郎は留三郎と一緒にいるんだから、もうこれ以上自分が茶々を入れる必要はないし、入れる隙もなくなっただろうと思っていた。
「そりゃ、そっか。」
「他人事にするつもりはなかったが、少しは様子を見に来たほうが、良かったかな。俺。」
「うん。そうかもしれない。こんなことになると分かってりゃあな。」
留三郎は顔を上げる。優秀な役者が作るような、完璧な泣き笑いの顔だった。
* * *
留三郎は文次郎を含めた同級生(しかし一番に文次郎)と、卒業後敵対する可能性を出来る限り避けるため、フリーの忍者になった。そしてまた仙蔵も、移り行く乱世を見届け、見極めるため、フリーとして忍者をしている。彼らの恩師の子息が、彼らに最良の可能性を示したわけだ。
しかし文次郎は、そんなあやふやな選択はしなかった。自分が身を置くべき城を選び取り、それに適う資格を得て、そこに見事就職した。そして数年が過ぎた。
文次郎も新入りと呼ばれる時期を乗り越え、留三郎もフリーの忍者として名を売れる段階まで進んでいる。
しかし文次郎には、城仕えの忍者とは別の顔があった。やはり恩師の関係者、ぶっちゃけ言うと、その配偶者たる彼女が、文次郎にとっての、影の師匠である。
紅と力を司る、朱雀である彼女。
その彼女から「伝説のくの一」を襲名した。かなり混乱を招く称号である。
忍者の世界の黒歴史において。くの一とは、女の長所を使うだけのお色気担当ではない。凄まじいまでの人体改造と、特殊能力の発現を持って、その異形とも呼べる力を振るう者のことを、一般の意味とは別に、その名前には、この由来が隠れていた。
女の字の崩し文字ではない。十ある内の九の死を、乗り越えられただけの一。有難いほどの確率で存在する、最早、人とは呼べなくなった者。
文次郎は、正確には自らの意思で、そんな異形に変化すると決めたわけではないが、いつの間にか、そう仕組まれていた。
仙蔵はそんな文次郎と対になる、黒と守護を司る存在である。ぶっちゃけ仙蔵も「伝説のくの一」の称号を会得していた。
号して玄武。
その話は別の場所で語られるかもしれない。
そんなことより。留三郎は泣きそうというか、昨夜から、いつ泣き言がくるか、仙蔵はひやひやしていたが、やはり現実のものになってしまった。
学生時代はずっと、文次郎と一つの部屋で過ごしてきた仙蔵の中の違和感。文次郎の家のはずなのに、文次郎の匂いがかなり薄い。仙蔵ぐらい文次郎と付き合いが長いと、文次郎が大体この家を出てからの時間は見当がつく。この匂いの薄れ具合からして半年かと思って、留三郎を見る。留三郎は緩やかに、しかし間断なく語り始めていた。
「新年にも帰って来なかった。その前まではひと月にいっぺんくらいは帰ってきたのに。だから心配になって手紙書いたけど、返事一つ返ってこなかった。ていうか、あいつの上司から送り返されてきた。現在そのようなものは、うちにはおりません、だとよ。どこの日本電電公社だよ。互いにこんな職業だし、最悪の事態を考えて、仕事の合間に情報をかき集めたけど、とりあえずは死亡は確認されてないらしい。まあ、忍者だから、いちいち生存とか死亡が確認されることは珍しいけど。たぶんあいつのことだから、なんらかの形で知らせてくれるとは思うんだ。あの十キロ算盤の玉が、ばらばらになるとか。」
「あの算盤はあいつの分身かっ。縁起でもない。というかあの算盤が学校の備品じゃなくて、あいつの私物だったことが驚きだ!」
「あ。知らないの? 用具とか保健とか会計とかの委員会の連中は、卒業後も学園時代の愛用品として、道具を学園からプレゼントされる伝統があるんだよ。俺が使ってるのもそれだし、機会があったら伊作にも聞いてみろ。作法にはそんな感じのないの? それはともかく、なんか嫌な予感がするんだよ。あいつ、例のアレを襲名してるから、新入りながら影で一目置かれていたらしいし。まあアレは大っぴらにすることの出来ない黒歴史の産物だから、それを自己アピールで宣伝して、就職したわけじゃないけど。しかしあの力を、かつて利用した国や、それに攻撃された国にとってはトップシークレットの厄ネタだから、消されてる可能性もあるわけだし。もう、この家に帰ってこれなくなってるんじゃないかって。思っちゃたり、しちゃったり。」
「お前は文次郎の能力と、職場の事情とを、文次郎が帰って来ない理由に結び付けようとしているようだが、お前ら自身に問題はないのか?」
「問題? 問題……、問題かあ……。」
仙蔵はますます鬱陶しくなる雨音に顔をしかめながら、留三郎の言葉を待った。
「問題って言っても別に、仕事にはあぶれてないし、貯金もまあまあ出来たところだし。つ、付き合った当時よりは、俺は落ち着いたつもりだし。」
「落ち着けって言ったのは私自身だが、その弊害が今更出てきたっぽいな。なにもかもを、文次郎中心に考えて生きているお前を、文次郎は疎ましく思いだしたのかもしれん。」
「まさかの自然消滅狙い!」
留三郎は顔を覆って泣き崩れる。相手をないがしろにして、見捨てられるならまだしも、相手に尽くして愛想をつかされてしまうのは、想像絶する絶望であろう。しかし割りとありがちな話である。
「なあ。留三郎。お前にとっては、仕事よりも愛する者かもしれないが、あいつの性格を考えてみろ。限りなくお前の優先順位は低いと思うぞ。そんなそれぞれの姿勢のズレが、この事態を引き起こしたのかもしれん。そんな現状が訪れるかもしれないのに、あの日、お前の独占欲丸出しの態度に対して、嫉妬と負け犬根性の勢いで、一方的に責め立て、殴ってしまった私にも責任がある。今そんな気がした。」
仙蔵は自分が提示した可能性が、さも事実であるかのように語る。そしてそれは留三郎の思考を侵食しかけていた。
仙蔵は意識してもしなくても、そのような言い方をしてしまう。特に仙蔵に悪気があるわけじゃない。ただひたすらに嫌な感じに言うことがリアルで、たとえ話がたとえ話として聞いていられなくなるのだ。
「あいつ、俺に気を使って、仕事のことは、この家に持ち込まなかったから。でも、あいつにとっては、俺と一緒にいても、やり残しの仕事が気になってたかもしれない。それに気付かず、あいつとのつかの間の平穏に、どっぷりと漬かっている俺を見て、心の中では俺を詰っていたかもしれない。」
『どうせこいつは、外の俺がどんな思いをしてるか知らないんだ。……くそう。幸せそうな顔しやがって。俺といるのがそんなに幸せか。そんな卑小なことが幸せなのか。天下国家を思えとは言わないが、もっと考えるべきことはあるだろうに。色恋にとろけきったこいつと居て、本当に俺はいいのだろうか。そりゃあ俺には、ごくたまに休息が必要かもしれない。安心出来る場所に、こいつがいる現実が幸せなのは、確かだけど、それだけじゃ駄目な気がする。』
「わー! わー! わー! きーこーえーなーいー。」
幻想の文次郎が背中を向けて去っていく。その先に、年のころは壮年と思われる手練の忍が、歩み寄ってくる文次郎に向かって、頷いているような気さえした。妄想の中で自分が作り上げたその男(文次郎の所属している忍者隊のベテラン忍者)に比べ、文次郎と同年の自分はなんと青臭い。敵うはずがない。
そうだよ。あいつは、強い男や優れた男を手放しで尊敬する傾向が昔からあった。ただの憧れならいい。だけど、それが俺の知らない間に、恋に変り果てたとしたら。
「……う。嘘だろ……。そんなの嫌だ。」
「なんかさっきからブツブツと。妄想癖があるのは伊作だけと思っていたが、は組っこには一律伝播しているものなのか。」
留三郎は涙で濡れた片袖から、きっ、と顔を仙蔵に向ける。
「引き金を引いたのは、てめえじゃねえかよ。」
「俺は、一つの可能性を提示しただけだ。罪のないたとえ話だ。」
「どこが罪がないんだよ。お前が言うと、凄くほんと臭く聞こえるんだよ。」
「半年前の文次郎に、変わった様子はなかったか?」
「えっと、半年前か。いつも通りだったな。普通に帰ってきて、普通に俺の作ったご飯食べて、普通にエッチ……」
「やめんか! 要するに普通だったんだな!」
仙蔵がここぞとばかりに、留三郎の腹に拳を叩き込んだ。
「ごふっ。」
留三郎の呼吸が一瞬止まる音を聞いて、慌てて背中をさすってやる。
「しかしな、一見普通に見えたかもしれんが、文次郎とて、実社会に出てかなりの時が経っている。思っていることを顔に出さないくらいの処世術ぐらい身に付けたかもな。不器用なあいつにしても、時の流れというのは、人を変えていくのかもしれん。」
「また嫌なたとえ話っ。そんじゃ本格的に、俺はどうすりゃいいんだ。」
仙蔵は留三郎から視線を逸らし、しばし宙を睨んで思案していたが、一言あっさりと言った。
「待つしかないだろ。」
一瞬の間。その間にも、雨音は間断なく続いていたが、その雨音をかき消すように留三郎は叫んだ。
「待ったもーん。半年待ったもん! それ以上どう待てっていうんだよ。それにお前の言う可能性が本当なら、待ってたって、文次郎は帰って来ないもん。」
「甲高い声で叫ぶな。ていうかな、冷たい言い方になるが、俺にとっては、お前と一緒にいる文次郎が、幸せじゃなくてもいい。とにかく文次郎が幸せなら、どこで誰と、何をしていてもいいんだ。」
「ひでえ! なんかひでえこと、言われた。」
「そうだ。俺は文次郎の幸せには関心があるが、お前の不幸せには一切興味がない。人間が誰にでもボランティア精神を、掻きたてられると思うなよ。困った人間に手を差し伸べる。それは法律でも、なんでもないんだ。それは人間の善意なんだ。それがあればもっといい方向にいくだろうなあ、っと言うような、いかにも曖昧なもんなんだよ。希望的観測なんだよ。だがな」
仙蔵は留三郎の額を、人差し指で小突いた。
「お前が取れる一つの手段を言ってやろうか? それは」
ちょっと待て。留三郎が仙蔵の言葉を遮る。留三郎が向けられた、仙蔵の右手人差し指を掴んだ。そしてそっぽを向いて、気恥ずかしそうに呟く。
「俺は、この家で待ってるから。ちゃんと帰る場所を守るから、あいつがどこにいるのか、探してくれ。仙蔵。頼む。」
仙蔵は満足そうに言う。
「よくできました。」
自分でも持て余す問題なら、誰かに頼むのも一つの手段だ。自発的には人は動かないかもしれないが、名指しで依頼されれば動いてくれる人間だっている。曖昧なことを嫌い、物事に白黒つけたがる仙蔵は、直接頼まれれば動くような、そんな男だった。
外の雨はまるで降って降って降り続けて気が済んだかのように、だんだんと小降りになりつつあった。
「気は済んだか。少しは軽くなったか。」
「そうだな。自分だけで悩んで、物事がどう良いように転んでくれるか期待して、うじうじするよりは、幾らかましになったな。」
「それじゃ私は」
もうすぐ止みそうな雨を見て、仙蔵は戸口に視線を向ける。
「ちょっと待て。手紙を書く。」
留三郎は大慌てで硯と巻紙を探す。今度こそ届くかもしれない手紙を、仙蔵に託すつもりらしい。
空はだんだんと明るくなってきた。恋人に宛てた文をしたためる男は、顔をしかめたり、にやけさせたりしながら、長々と筆を進めている。仙蔵は雨と同じように、まだまだ終りそうにない長い手紙が書き終わるのを待つことにした。
「大工の休日は雨の日か。私も大工の休日を満喫してから、また旅に出るとするか。」
続きは考えてないわけじゃないですが、書けてません。
またいつか書くかもしれません。
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