幸福雑音
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☆ss「パルツィヴァール」雪男としえみ「アラベスク」シリーズ
しえみはほぼ地面しか見ないで歩いている雪男を見た。雪男は寮に向かっている途中のようだった。傍には燐がいない。声をかけていては追いつけないので、和装の限界まで歩幅を広げて早足で追いかける。
「雪ちゃんっ。」
振り向いた雪男の顔はその名前のとおりに蒼白だった。声をかけずに近づいたのは、もうひとつ理由があった。雪男が漂わせている異様な雰囲気から、声をかけた途端に消えるように逃げ出されると直感的に思ったからだ。自分が精神的に不安定だった時に、母親にとっていた態度がそれだった。
「しえみさん……」
「雪ちゃん。顔色悪いよ。私ちょうど水筒にお茶入れてるから、あげようか?」
問いただすまでもなく、雪男が普通の状態ではないことは分かっているので、余計なことは訊かない。知りたくて堪らないけど、答えてくれない場合、しえみは自分だったら対処できないことをわかっている。とにかく今は、一緒にいる時間を長く取ることに専念することにした。
「しえみさん。今は何も喉を通りません。」
「ゆっくりでいいんだよ。飲めば気持ちが落ち着くと思うから。あ、あそこに座ろうか。」
しえみは雪男の腕を引っ張って大樹の木陰に誘導しようとした。
「たまたま通りかかったしえみさんに、迷惑はかけられませんから。」
「迷惑なんかじゃないよ。雪ちゃんはずっと前から私のこと助けてくれてたもん。」
雪男は無理やり笑おうとしたが、上手く出来なかった。そして何か言わなければならないと思ったのか、口を開こうとしたが、やはりそれすらも叶わないようだ。何か余程のことがあったんだろうか。
それを思いついた途端、しえみは急に雪男の隣に燐がいないことが気になってくる。燐は必ず雪男の傍にいるわけじゃないけど、こんな雪男が尋常じゃないときには一緒にいなきゃいけないんじゃないかなと、しえみは思った。
しえみは自分が携帯を所持していないことを悔やんだ。携帯さえ持っていれば、燐に雪男の元気のなさを伝えることが出来るのに。燐と二人ならなんとかなるかもしれないのに。
雪男はおぼつかない足取りを寮の方角に向ける。
「しえみさん。僕、寮に帰りますから。」
「駄目っ。」
思わず叫んだ。寮の中に帰してしまえば、きっと雪男は部屋に閉じこもったまま誰にも自分が大変なことを教えない。しえみにだって完全に隠してしまう。次に会ったときにはなんにもなかったことにされてしまう。
もう大丈夫。治りました。心配かけさせてすみませんでした。様々なすっきりとした誤魔化しの数々が頭を掠めた。
「駄目だよ。帰せないよ。雪ちゃん……。お願い――。」
雪男は白い顔をしえみに正面から見せた。
「あなた、今日という日にこんなところにいるなんて。何の虫の知らせなんです?」
「とおりかかっただけだよ。でも、雪ちゃんが変だから。」
雪男は俯いてごめんなさいと唱える。そして、僕を断罪するために来たのかと思ったと、しえみがまるで思いつかなかったことを口にした。
「私が、断罪? なんで私が雪ちゃんに、そんなことをしなきゃいけないの?」
「そいつが人でなしの、とんだ功利主義者だからだ。」
赤い髪が木々の中の緑の光の反射の中では浮いていた。シュラが雪男を睨み付けている。シュラの姿と見た瞬間、雪男の顔にわずかに生気が蘇った。シュラはまるで空気を切り裂くように駆け寄りもしないのに高速で、雪男としえみの目の前に気がつけば立っていた。
「そのクソ野郎はヴァチカンに自分の兄を売りやがった。」
しえみは聞きなれないが聞き覚えのある単語の記憶を引きずり出す。
「ヴァチカン? 燐を処刑しようとした人達の、いる……」
雪男のほうを見返そうとしたが、突風のように雪男に肉薄したシュラがその胴に蹴りを入れた。
「雪ちゃんっ。なにするの! シュラさん。」
シュラは構わず雪男を踏みつける。しえみはそれを見てられない。雪男を助けたいけど、シュラの言ったことが頭に引っかかって言葉が出ない。
「こいつはなあ、燐を――」
「しえみさんには、話さないで……」
「聞くか馬鹿。図々しいこと言ってんじゃねえ。」
しえみはおろおろと二人を見るしかない。シュラは蹴り転がした雪男の仰向けになった頭を髪を掴んで、しえみのほうに向かせる。
「この野郎は、現聖騎士に自分の兄貴を妾に差し出しやがったんだ。メフィストからさっき連絡があったときは、あいつの得意の笑えない大法螺かと思ったけど。念のためにアーサーの野郎の屋敷に行ったら、客人がいるから今日は通せないって言われたさ。無理やり押し入ったら、もうどっかに鍵で移動したあとだった。使用人を締め上げたら、その客人ってのが、奥村燐と吐いてくれたよ。その付き添いが奥村雪男、お前ってこともな。」
雪男は項垂れようとするがシュラはそれを許さない。
「てめえは、自分の打算のために、とんでもないことをしたのが分かってねえようだな。メフィストは胡散臭い大嘘吐きだが、てめえら兄弟に対しては誰よりも骨を折ってくれたのに。」
「兄さんに対する汚らわしい欲からだ。」
そんなふうに取ってるのかよと、シュラは叫ぶ。
「お前、何に目が眩んでるんだよ。メフィストの傍には獅郎がいた。お前の義父が信じてた相手だぞ。」
「信じられていたから、騙してたんでしょう?」
「違うっ。信じられていたから、あの大嘘吐きは信頼に応えようとしたんだろうが。お前のその言葉は、お前の父親を疑うってことだぞ。」
雪男は顔を歪めてシュラから目を背ける。
「何を信じるっていうんですか? 僕にはもう何を信じたらいいのとか、そういう甘えたことを考える暇はないんです。確かに兄さんを手放したかもしれませんが、絶対僕のもとに取り戻してみせます。」
シュラはもう一発雪男に拳を叩き込んでから、その手を放した。雪男は何もすることなく、重力とシュラの力に任せて倒れこむ。
「取り戻して、それが元のままの燐なのか? お前のことを信じてて、お人よしで馬鹿で、夢見がちだけど誰よりも甘い、そんなあいつか? それこそ甘えた考えだと思い知れ。」
シュラはそう言うと踵を返す。
「シュラさん!」
しえみは叫ぶ。
「燐は、燐は助からないの? そのアーサーって人の妾っていうのになっちゃうの? 私とか勝呂君たちとか神木さんとか、仲間が集まっても駄目なの? 私は力になれないの?」
シュラは頭を掻く。興奮のあまり、しえみがいたことを失念していた。しえみはそんなシュラの困ったような仕草に、自分の弱さを悟って胸の奥が痛んだ。
シュラは少し悩んで、雪男に人差し指を向ける。
「とにかく今は、大人の私らが、なんとかしてみるから。あんたに頼みたいのは、そのアホを正気に戻して欲しいってとこかな?」
「シュラさん。もう遅いですよ。僕が兄さんを見送ってから二時間は経ちます。」
シュラは雪男に冷笑を浴びせる。
「メフィストはちゃんと感づいているから、奴も動いているはずだ。私はメフィストは手放しで信用しないけど、獅郎からのあいつへの信頼だけは信じる。」
しえみは雪男を抱き起こす。その身体は大柄で重いはずなのに、なんだか魂が磨り減って軽くなって、今にも壊れてしまいそうな気がした。しかし雪男はそんな壊れそうな自分を構うことなく、シュラを引きとめようと掠れた声を上げる。
「シュラさん。兄さんを連れ戻しちゃ駄目だ。今だけは駄目なんだ。ヴァチカンに対する反逆行為だと看做されてしまう可能性がある。」
「うるせーよ。権力だけがものを言うようじゃ、祓魔師はやってらんねえだろうが。私やメフィストがやることを、指を咥えて見てろ。それこそ思い知れ。」
シュラは剣に手をやって走り去る。そのあとを立ち上がって追いかけようとした雪男を、太い木の枝が絡んで雪男の足を止めた。
「しえみさん……。」
まさかしえみに止められるとは思っていなかった。しえみの肩には小さな使い魔。それの力によって植物をしえみは操っていた。
「雪ちゃん。駄目だよ。」
静かな声でしえみが言う。
「放してくれ。兄さんが連れ戻されれば、兄さんは殺されてしまう。」
「どうして信用できるって思った人のところから燐を一旦連れ戻したら、その人に燐が殺されなくちゃいけないの? もしそうなっちゃうんだったら、雪ちゃんが間違ってるんだよ。」
しえみはなおも雪男を放そうとしない。
「わかってくれ。しえみさん。全部兄さんのためなんだ。」
しえみは薄く微笑んで雪男の頬に触れる。
「駄目だよ。雪ちゃんは間違ってるんだから。友達が間違ってるの可哀想だから止めないっていうのは、それこそ間違ってるから。」
「あなたに何が分かるっていうんだあ!」
雪男は木の枝に爪を食い込ませる。爪のほうが耐え切れなくなって剥れようとして、指先から血が流れる。雪男は自分だけがなんとかしなくちゃと思い込んでいるから、どれだけ自分がボロボロになってもなんとかしようとする。
その点自分はなんだろうと、しえみは考える。でも答えはすぐ出た。それを雪男に告げる。
「私はわかってないかもしれない。一人じゃ何も出来ない。でもこれからの為に出来ることはあるよ。三年後、五年後、十年後のために私は強くなるよ。でも今は、雪ちゃんを足止めするくらいしか出来ないけど。」
シュラさんから頼みごとかと雪男は憎憎しげに言う。
「しえみさん。僕のこと最低だと思ってるのかい。」
しえみは雪男の眼鏡を取ると、ハンカチで涙を拭ってやる。
「うん。最低なのかもしれない。でもそれは、私が雪ちゃんのこと何にも分かってないだけで、シュラさんも今の私とおんなじだからで。あの人は雪ちゃんのことを最低だと思い込んでるのかもしれない。だからね。私、頑張るよ。雪ちゃんと燐のためなら頑張れるよ。雪ちゃんと同じじゃないけど、一人で頑張れる限り一人で頑張ってみるから。」
まるで未来を見通しているような預言者の言葉のようだった。雪男はしえみさんが頑張ることじゃないと首をぶんぶんと振る。しえみはにっこりして言った。
「何もかもが駄目にならない、終わりになんかならないから。」
背伸びをして泣き顔の雪男の頭を撫でながら、しえみも泣き顔になった。
ついにしえみが出ました。しかし志摩はいつ再登場するのでしょうか? 次回も出ないかも。でも出るかも。
「雪ちゃんっ。」
振り向いた雪男の顔はその名前のとおりに蒼白だった。声をかけずに近づいたのは、もうひとつ理由があった。雪男が漂わせている異様な雰囲気から、声をかけた途端に消えるように逃げ出されると直感的に思ったからだ。自分が精神的に不安定だった時に、母親にとっていた態度がそれだった。
「しえみさん……」
「雪ちゃん。顔色悪いよ。私ちょうど水筒にお茶入れてるから、あげようか?」
問いただすまでもなく、雪男が普通の状態ではないことは分かっているので、余計なことは訊かない。知りたくて堪らないけど、答えてくれない場合、しえみは自分だったら対処できないことをわかっている。とにかく今は、一緒にいる時間を長く取ることに専念することにした。
「しえみさん。今は何も喉を通りません。」
「ゆっくりでいいんだよ。飲めば気持ちが落ち着くと思うから。あ、あそこに座ろうか。」
しえみは雪男の腕を引っ張って大樹の木陰に誘導しようとした。
「たまたま通りかかったしえみさんに、迷惑はかけられませんから。」
「迷惑なんかじゃないよ。雪ちゃんはずっと前から私のこと助けてくれてたもん。」
雪男は無理やり笑おうとしたが、上手く出来なかった。そして何か言わなければならないと思ったのか、口を開こうとしたが、やはりそれすらも叶わないようだ。何か余程のことがあったんだろうか。
それを思いついた途端、しえみは急に雪男の隣に燐がいないことが気になってくる。燐は必ず雪男の傍にいるわけじゃないけど、こんな雪男が尋常じゃないときには一緒にいなきゃいけないんじゃないかなと、しえみは思った。
しえみは自分が携帯を所持していないことを悔やんだ。携帯さえ持っていれば、燐に雪男の元気のなさを伝えることが出来るのに。燐と二人ならなんとかなるかもしれないのに。
雪男はおぼつかない足取りを寮の方角に向ける。
「しえみさん。僕、寮に帰りますから。」
「駄目っ。」
思わず叫んだ。寮の中に帰してしまえば、きっと雪男は部屋に閉じこもったまま誰にも自分が大変なことを教えない。しえみにだって完全に隠してしまう。次に会ったときにはなんにもなかったことにされてしまう。
もう大丈夫。治りました。心配かけさせてすみませんでした。様々なすっきりとした誤魔化しの数々が頭を掠めた。
「駄目だよ。帰せないよ。雪ちゃん……。お願い――。」
雪男は白い顔をしえみに正面から見せた。
「あなた、今日という日にこんなところにいるなんて。何の虫の知らせなんです?」
「とおりかかっただけだよ。でも、雪ちゃんが変だから。」
雪男は俯いてごめんなさいと唱える。そして、僕を断罪するために来たのかと思ったと、しえみがまるで思いつかなかったことを口にした。
「私が、断罪? なんで私が雪ちゃんに、そんなことをしなきゃいけないの?」
「そいつが人でなしの、とんだ功利主義者だからだ。」
赤い髪が木々の中の緑の光の反射の中では浮いていた。シュラが雪男を睨み付けている。シュラの姿と見た瞬間、雪男の顔にわずかに生気が蘇った。シュラはまるで空気を切り裂くように駆け寄りもしないのに高速で、雪男としえみの目の前に気がつけば立っていた。
「そのクソ野郎はヴァチカンに自分の兄を売りやがった。」
しえみは聞きなれないが聞き覚えのある単語の記憶を引きずり出す。
「ヴァチカン? 燐を処刑しようとした人達の、いる……」
雪男のほうを見返そうとしたが、突風のように雪男に肉薄したシュラがその胴に蹴りを入れた。
「雪ちゃんっ。なにするの! シュラさん。」
シュラは構わず雪男を踏みつける。しえみはそれを見てられない。雪男を助けたいけど、シュラの言ったことが頭に引っかかって言葉が出ない。
「こいつはなあ、燐を――」
「しえみさんには、話さないで……」
「聞くか馬鹿。図々しいこと言ってんじゃねえ。」
しえみはおろおろと二人を見るしかない。シュラは蹴り転がした雪男の仰向けになった頭を髪を掴んで、しえみのほうに向かせる。
「この野郎は、現聖騎士に自分の兄貴を妾に差し出しやがったんだ。メフィストからさっき連絡があったときは、あいつの得意の笑えない大法螺かと思ったけど。念のためにアーサーの野郎の屋敷に行ったら、客人がいるから今日は通せないって言われたさ。無理やり押し入ったら、もうどっかに鍵で移動したあとだった。使用人を締め上げたら、その客人ってのが、奥村燐と吐いてくれたよ。その付き添いが奥村雪男、お前ってこともな。」
雪男は項垂れようとするがシュラはそれを許さない。
「てめえは、自分の打算のために、とんでもないことをしたのが分かってねえようだな。メフィストは胡散臭い大嘘吐きだが、てめえら兄弟に対しては誰よりも骨を折ってくれたのに。」
「兄さんに対する汚らわしい欲からだ。」
そんなふうに取ってるのかよと、シュラは叫ぶ。
「お前、何に目が眩んでるんだよ。メフィストの傍には獅郎がいた。お前の義父が信じてた相手だぞ。」
「信じられていたから、騙してたんでしょう?」
「違うっ。信じられていたから、あの大嘘吐きは信頼に応えようとしたんだろうが。お前のその言葉は、お前の父親を疑うってことだぞ。」
雪男は顔を歪めてシュラから目を背ける。
「何を信じるっていうんですか? 僕にはもう何を信じたらいいのとか、そういう甘えたことを考える暇はないんです。確かに兄さんを手放したかもしれませんが、絶対僕のもとに取り戻してみせます。」
シュラはもう一発雪男に拳を叩き込んでから、その手を放した。雪男は何もすることなく、重力とシュラの力に任せて倒れこむ。
「取り戻して、それが元のままの燐なのか? お前のことを信じてて、お人よしで馬鹿で、夢見がちだけど誰よりも甘い、そんなあいつか? それこそ甘えた考えだと思い知れ。」
シュラはそう言うと踵を返す。
「シュラさん!」
しえみは叫ぶ。
「燐は、燐は助からないの? そのアーサーって人の妾っていうのになっちゃうの? 私とか勝呂君たちとか神木さんとか、仲間が集まっても駄目なの? 私は力になれないの?」
シュラは頭を掻く。興奮のあまり、しえみがいたことを失念していた。しえみはそんなシュラの困ったような仕草に、自分の弱さを悟って胸の奥が痛んだ。
シュラは少し悩んで、雪男に人差し指を向ける。
「とにかく今は、大人の私らが、なんとかしてみるから。あんたに頼みたいのは、そのアホを正気に戻して欲しいってとこかな?」
「シュラさん。もう遅いですよ。僕が兄さんを見送ってから二時間は経ちます。」
シュラは雪男に冷笑を浴びせる。
「メフィストはちゃんと感づいているから、奴も動いているはずだ。私はメフィストは手放しで信用しないけど、獅郎からのあいつへの信頼だけは信じる。」
しえみは雪男を抱き起こす。その身体は大柄で重いはずなのに、なんだか魂が磨り減って軽くなって、今にも壊れてしまいそうな気がした。しかし雪男はそんな壊れそうな自分を構うことなく、シュラを引きとめようと掠れた声を上げる。
「シュラさん。兄さんを連れ戻しちゃ駄目だ。今だけは駄目なんだ。ヴァチカンに対する反逆行為だと看做されてしまう可能性がある。」
「うるせーよ。権力だけがものを言うようじゃ、祓魔師はやってらんねえだろうが。私やメフィストがやることを、指を咥えて見てろ。それこそ思い知れ。」
シュラは剣に手をやって走り去る。そのあとを立ち上がって追いかけようとした雪男を、太い木の枝が絡んで雪男の足を止めた。
「しえみさん……。」
まさかしえみに止められるとは思っていなかった。しえみの肩には小さな使い魔。それの力によって植物をしえみは操っていた。
「雪ちゃん。駄目だよ。」
静かな声でしえみが言う。
「放してくれ。兄さんが連れ戻されれば、兄さんは殺されてしまう。」
「どうして信用できるって思った人のところから燐を一旦連れ戻したら、その人に燐が殺されなくちゃいけないの? もしそうなっちゃうんだったら、雪ちゃんが間違ってるんだよ。」
しえみはなおも雪男を放そうとしない。
「わかってくれ。しえみさん。全部兄さんのためなんだ。」
しえみは薄く微笑んで雪男の頬に触れる。
「駄目だよ。雪ちゃんは間違ってるんだから。友達が間違ってるの可哀想だから止めないっていうのは、それこそ間違ってるから。」
「あなたに何が分かるっていうんだあ!」
雪男は木の枝に爪を食い込ませる。爪のほうが耐え切れなくなって剥れようとして、指先から血が流れる。雪男は自分だけがなんとかしなくちゃと思い込んでいるから、どれだけ自分がボロボロになってもなんとかしようとする。
その点自分はなんだろうと、しえみは考える。でも答えはすぐ出た。それを雪男に告げる。
「私はわかってないかもしれない。一人じゃ何も出来ない。でもこれからの為に出来ることはあるよ。三年後、五年後、十年後のために私は強くなるよ。でも今は、雪ちゃんを足止めするくらいしか出来ないけど。」
シュラさんから頼みごとかと雪男は憎憎しげに言う。
「しえみさん。僕のこと最低だと思ってるのかい。」
しえみは雪男の眼鏡を取ると、ハンカチで涙を拭ってやる。
「うん。最低なのかもしれない。でもそれは、私が雪ちゃんのこと何にも分かってないだけで、シュラさんも今の私とおんなじだからで。あの人は雪ちゃんのことを最低だと思い込んでるのかもしれない。だからね。私、頑張るよ。雪ちゃんと燐のためなら頑張れるよ。雪ちゃんと同じじゃないけど、一人で頑張れる限り一人で頑張ってみるから。」
まるで未来を見通しているような預言者の言葉のようだった。雪男はしえみさんが頑張ることじゃないと首をぶんぶんと振る。しえみはにっこりして言った。
「何もかもが駄目にならない、終わりになんかならないから。」
背伸びをして泣き顔の雪男の頭を撫でながら、しえみも泣き顔になった。
ついにしえみが出ました。しかし志摩はいつ再登場するのでしょうか? 次回も出ないかも。でも出るかも。
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忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
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