幸福雑音
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☆「ポケモンデイズ④」主♂N トウコ アクロマ
シチューの礼だとアデクは朝になって目が覚めて二人で朝食を摂ってから言った。チェレンは遥か上にある木の枝まで登ったアデクをぽかんと口を開けながら見上げていた。
「ほれ。オレンの実じゃ。」
アデクは青い皮のオレンの実を一つ取った。
「それは知ってますけど。」
ポケモンに持たせておけばその実を食べて体力を回復できる。ポケモンリーグの公式試合でも公認されている。
「まだいっぱいあるからのう。何個かチェレンにわけてやろうかと思ったわけじゃ。下に落とすから受け止めるか拾ってくれんかの?」
「いいですよ。」
チェレンの返答の一瞬後に木の実が落ちてきた。チェレンはそれを手でキャッチする。もぎたての木の実は新鮮な柑橘系の強い香りを放っていた。
「ああ……。」
自然とその香りに嘆息する。野生で生えている木の実はこんなに芳香が強いのかと。
「チェレン。ほれ。」
二個三個と木の実が降ってくる。チェレンはそれを受け止めて腕に抱えていく。アデクは何個か木の実をもいだあと、これくらいかと呟いて木から降りてきた。
「オレンの実は割と日持ちするからのう。多めに持っていても困らんじゃろ。」
「え…あの……。ありがとうございます。」
「そんなに畏まらなくてよい。木の実をわけてやるのはレンジャー連中も当たり前のようによくやることじゃ。」
「そうなんですか。」
まだチェレンはレンジャーには出会っていない。アデクはわしわしとチェレンの頭を掴むように大きな手で撫でた。
「成人しとる割には世間知らずじゃのっ。」
「悪かったですね。」
アデクの大きな手からもチェレンが抱えている木の実と同じ香りがする。木の実をもいだ時に香りが移ってしまったのだろう。
「これでシチューの礼も済んだことじゃし。」
「アデクさんはこれからどちらに。」
「……。まあ、適当じゃ。」
一瞬だけ気になる間があったが、アデクの口から適当と聞かされれば意外とその間は気にならないものだった。
「また会えたらよいな。」
「ですね。」
チェレンは森の奥に入っていくアデクの背中が見えなくなるまで見送った。
「僕も、行こうか。」
チェレンは木の実をバッグに仕舞い一歩を踏み出す。なんだかいつもより気分も足取りも軽く思える。バッグの中からもあのオレンの実の香りが感じられるようだ。あの大きな手のひらに移った香りが。なんだか隣に今でもアデクがいてくれているような気がする。離れていても、いつでも近くにいるような。
チェレンとはまったく別の空間で窓からの朝日を受けてNとトウヤは乱れたベッドの上で向き合っていた。
Nが寝ている間にトウヤは初挑戦するジム戦に向けて、公式のデータをインターネットで見ていた。そこにはNと対戦したジムリーダーであるコーンの試合の成績があった。それを見たトウヤの背筋に冷たいものが走ったあと、なんだか分からない電流が身体を貫いてトウヤを動けなくさせた。
トウヤの隣で寝返りを打ったあと、おはようと言ってトウヤを見上げたNにトウヤはぎこちなく笑った。昨日までのようにトウヤはNに偉そうに大人面が出来なくなっていた。
「結局泊りがけになっちゃったね。」
Nは手櫛で髪を梳きながら、トウヤの言葉に気にすることはないだろと何気なさそうに言った。
「そんなことでやきもきする人が、二人ともいるわけじゃないでしょ。」
「それはそうだけど。」
やはりチェレンのことが後ろめたいのかとNはトウヤを怪訝そうに見る。トウヤはトウヤでどういうわけか、荷物をまとめてそそくさと立ち去るつもりな雰囲気を漂わせている。
「トウヤ。僕とのことは別に気にしなくてもいいからね。その……昨日のことは、君は最初は本当に僕のことを助けようとしてくれたんだし。」
トウヤはノートパソコンの電源を切りながら安堵したように溜息をついた。
「そう言ってもらえると少し気分は楽になるね。欲望に憑りつかれた頭が覚めて、一番に思ったのは未成年である君に手を出して、なんだか捌け口に使ってしまったような罪悪感をどうしようかってことだった。」
それよりもっと大きな理由はあるのだが、それこそNにとってなんでもないような顔をされると思い話すのは避けた。
「……。そういうこと口に出さなくてもいいのに。」
トウヤはNにとって困った子どもであることはNも自覚していたが、その困ったところを容認するしかなくされている。
「今日こそはジムリーダーに挑戦しないとなあ。」
なんでも入念にじっくり取り組むトウヤにしてはなんだか焦りが混じったように早口で言った。
「うん。トウヤ、頑張ってね。僕は次の町にいくよ。」
「そうか。君は既にバッジをゲットしてたよね。」
Nは無言で頷いた。これからNは次の町に行くのだろう。それでチョロネコの他にポケモンをゲットしてNらしい最強のチームを作っていくだろう。Nと一度やりあったトウヤだったが、用心のためにかなり鍛えていたミジュマルがいたからこそ、Nのチョロネコに勝てた。しかし後日、Nはジムリーダーにチョロネコ一匹で勝利した。トウヤがやっとバオップがいて勝てるかなと考えている相手にだ。
たぶんNが育てたチョロネコは強くなっている。トウヤはそう確信している。Nならあらゆるポケモンの潜在能力を引き出せる。ただこつこつとレベルを上げていくことだけが取り柄の自分とは違う。Nならどんどん自分をおいていくように駆け足とびでチャンピオンに挑戦して勝つだろう。
その頃自分はまだまだ旅の途中で、幾つかのジムでバッジは獲得しているかもしれないが、Nに追い付くわけがない。
「N。チェレンのことは別にして、僕は僕なりに結構ポケモントレーナーという自分にのめり込めそうな気がしてきたよ。君みたいな天賦の才を目の当たりにして、僕みたいな地を這う者がこうやって対等みたいに喋る機会はもう、そうないだろうね。」
Nは不機嫌そうに眉根を寄せる。
「そんなこと言わないでよ。僕は君のこと」
トウヤは首を振る。
「君は普通の人とは違う。特別な才能に恵まれた人間だ。僕が十くらい若ければ、それでも君と対等に付き合っていけるのかもしれないけど。もう僕は他のトレーナーと比べてもスタートが出遅れているし、何ら突出したところのない平凡な脱サラ人間だ。だから、精々君が僕に憤っていたことは、おいおい改めようと思う。本当にあのときは大人げないことを言ってすまなかった。この機会を逃したら君にこうやって面と向かって謝ることも出来ないと思う。」
Nはトウヤが言い終わるのを見届けてトウヤに背中を向けた。どうしてもトウヤに察して欲しい自分の考えを伝えるために。
「トウヤはイッシュの伝説は知ってるよね。」
いきなりNが突拍子のないことを言いだす。
「絵本かなんかで読んだことはあるよ。そういえばちっちゃかったチェレンにも読み聞かせたことはある。白黒ドラゴンポケモンと人間の英雄の話だったっけ? 僕が知ってるのは子ども版だったから君が話してる伝説と違って脚色されてるかもしれないけど。」
「その英雄伝説もポケモンもニンゲンの英雄も一匹と一人じゃなかっただろ。その伝説は相対する双子の英雄と、白と黒の対になるポケモンの世界を救った物語だったはずだ。このイッシュには必ず対になった二人の英雄が必要だと暗示してないかい? 僕はある意味探してるのかもしれない。僕の成し遂げたいことを叶えたいために、そのもう一人を。」
「N。君はお伽噺を信じる歳でもないだろうに。それはあくまで架空の話だろ。この現実の世界でもし何か異変が起きたときに世界を救えるのは、そんな一人か二人の英雄か伝説のポケモンじゃないと思うよ。」
Nはトウヤを振り向いた。なんだか哀しそうな顔をトウヤは向けられた気がするが、すぐに謝ってその気のせいを振り切った。
「いや。伝説っていうのは歴史も含まれるところもあるし。たまたま異変を解決したのが、そういう目立った人物が二人で示し合わせたようにポケモンを連れていたってことも考えられるし。だからって今から世界を救うとしても、そんな伝説を踏襲しなくちゃいけないっていうのはないんだよ。」
Nは反論する。
「だけど誰かがしなくちゃいけないことだよね。能力があるなら尚更、その責務は負うべきだろ。」
トウヤはNの目の色が変わったことにNへの危惧を感じる。そして少し前の集会を開いていた壮年の男の演説を思い出す。世界はまた何かに向かって動き始めている。Nはもしかしたらその当事者に組み込まれているかもしれない。
「もし世界にそんな危機が訪れたら、そんなその場にいるだけのたった一人が背負いこまなくちゃいけないって言い分は間違っている。たとえその人物でしか世界を救えないと言われたとしても。その人にも拒否したり他に助けを求める手段があったって構わないと僕は思う。とにかく独断で暴走するのは、どんな場合でも避けたほうがいい。君と同類の特殊な能力と天才的な頭脳をもってしてもだ。」
世界の各地方で時々きな臭い事件は起こる。しかもある程度勢力のある組織が関与しているときもある。その組織の類まれなる頭脳を持つトップは、時に世界を救いたいという善意からの動機に駆られていた。だがそうした組織のトップの失敗に共通したところがある。
それは太古のポケモンの伝説を踏襲しようとしたところだ。つまりは昔々の人間離れした英雄の復興という真似事だ。
その結果、日照りと洪水が同時に起こった地方のニュースをトウヤは聞いたことがある。時空が歪んだというファンタジーめいた騒動も聞いたことがある。後者では組織の代表が行方不明になって、未だに発見されていないらしい。
歴史を学んでそれを活かすのは効果的な方法かもしれない。歴史上の英雄の活躍が蘇れば、人々はひれ伏すかのような感動を植えつけられるかもしれない。しかし歴史の踏襲は今の時代に合致しない可能性もあるし、当時に起こった同じ災厄を招きかねない。
「N。一つ訊きたいんだ。チャンピオンに勝ってから叶えたい君の目標は、ひょっとしたら世界を救うことなのか?」
「世界を救うことがトモダチを救うことになれば、たしかにそれが僕の願いにはなるね。」
Nの意志は頑強だ。幾ら大人だと自負するトウヤといえども今はどうしようもない。だから縋るようにトウヤはNにお願いをした。
「N。無茶はしないでおくれよ。その……君は僕より出来たやつなんだから。それにそんな壮大な目標以前に、君には一個人として幸せになって欲しいんだ。出来るなら不特定多数の人間とセックスして別れる関係じゃなくて、本当に好きな人と出会って欲しい。じゃなきゃ、今の君にはあり得ないことと思うかもしれないけど、目標に挫折してしまった時が心配だ。その時に僕は君の友人として駆けつけてやれる距離にいないかもしれない。」
「友人?」
「そう、友人。」
Nはそれじゃと言って部屋から出た。完全に決別を告げられたような気分にトウヤはなる。
「他にどう言えばいいんだよ。」
Nを心配する人間はいるんだよ。とか。才能があるからってNが全てを背負う必要はない。とか。NにはNらしく幸せになって欲しい。とか。言えるだけ言ったつもりなのに。
「これじゃあ、ちょっと……。」
たぶん半分も伝わっていない。旅先のごく最初に出会ったいつまた出会えるか分からない友人の行く末に、もやもやを募らせるトウヤだった。
Nは振り切るように町を出て草むらを歩いている。Nにとっては普通のこと、外の世界にはポケモンの声があふれていた。他愛のない彼らの平和そうな生活は、ある日突然トレーナーによって奪われる。その先は本当にトレーナー次第だ。
優しくされるのも。辛い目に合わされるのも。鍛えられるのも。着飾らされるのも。甘やかされるのも。こき使われるのも。
「チョロネコ。数日間本当にお疲れ様。」
Nがモンスターボールに話しかけるとチョロネコをボールから出した。チョロネコはNのズボンに自分の頬を擦りつけている。
「にゃあ。」
「こんなものの中に閉じ込めててごめんね。君は君の本来あるべき日常に戻るんだ。」
「にゃ……。」
チョロネコは頭を垂れている。自由になれるのにどうしてそんな寂しげにしているのだろう。
「僕は君にあるべき姿で生きていて欲しいんだ。」
「にゃ、にゃあ……。」
Nの言葉を受け入れたようにチョロネコは草むらにすっと姿を消した。まるで自分のトレーナーだった人はそういう人だから、その人の考えを踏みにじらないようにしたいという気遣いが見えるようだった。本当に自分がどうしたいかにそぐわなくても。
Nは思わずチョロネコが消えた草むらに呼びかけた。ずっと傍にいたかったのにという消え入りそうな思いが聞こえたからだ。
「ありがとう。ごめん。また会えたらその時は――。」
そんな悲しそうな顔をしなくてもいい世界に変えてみせるから、と。
空になったモンスターボールは本当に情けないほど軽く感じる。しかしこの中にトモダチを繋ぎとめることはどれだけ傲慢なことなのかは、誰よりもNが知っている。だからNはトモダチの為に英雄になる道を選ぶほかない。たぶんずっと一人で。
ポケモンの声がのどかに聞こえる。ニンゲンの傍らにいることを知らないトモダチの声だ。Nにとって心を支えてくれるトモダチの声だった。この声が世界の全ての場所で聞こえる世界。その世界のためならNはなんでも出来た。
「それが僕の幸せなんだよ。トウヤ。だけど少しトウヤの言葉につられそうだったなあ。好きな人と幸せになんて、残酷すぎること言わないでよ。」
叶えてくれないくせに。
それが絶たれたらNには他に考えられる選択肢などなくなってしまっていた。たぶんどころではない確信で、自分はもう戻れないところまでトウヤを好きになってしまった。
狡くて理屈屋で下世話で偽善者の小男。それでいながら変なところで律儀で優しくて苦労性なところを見せる、大きな手のひらの大人。
もう一度、あの低くて渋い声が聞いてみたい気がするけど、あの余韻に浸っていたいけれど、それだとトモダチを救う決心が鈍ってしまう。
だから今は離れるのだ。
「でも今度会うとき、トウヤの隣にチェレンがいたら……」
それを思うと胸が潰れそうなNだった。
シッポウシティの手前にある小さな町でチェレンは見知った顔を見つけた。声を掛けるか掛けないか迷って少し息が詰まる。
『せっかく旅に出てるんじゃから――』
アデクが屈託なく笑って言った言葉を思い出す。
少しでも自分から声を掛けてみよう。そう思ったらぎこちないながらも自然と彼の方に足が向いて声が出た。
「トウヤっ。」
トウヤは目を丸くして驚いていた。驚きのあまり声が出ないようで口元をしきりに覆っている。
「チェレン……。」
「え、え、あのっ。驚かせて……。ごめん。」
顔に熱が帯びてくる。たぶん恥ずかしさで顔が赤くなってきているのかもしれない。トウヤも挙動不審にキョロキョロと辺りを見渡していた。
「そ、んなこと、ないよ。いやあ。また会えるなんてなあ。」
そこらへんに座らない? トウヤが指差す方向には噴水のそばのベンチがあった。
「うん。」
チェレンは頷いた。トウヤは不自然に口の端を上げて、半ば肩をぷるぷると震わせている。
「チェレンから声を掛けてくるなんて珍しいね。」
「そ、そうかな?」
対人関係では消極的なほうだという自覚はチェレンにはあったが、まさか声を掛けただけでトウヤがこんなに動揺するとは思わなかった。
「知ってる人とか旅に出てからあんまり見ないから。」
「そっか。」
トウヤは落ち着いてきたのか、チェレンの知っている瀟洒な男の顔に戻りつつあった。
二人は横に並んでベンチに座る。腰を据えて話す予定じゃなかったチェレンは、少し何から話そうかと迷った。
「あのさ、トウヤはバッジどれくらい取れた。」
トウヤはチェレンの無理に出した質問に、さらりと一つと言った。Nと別れた後、意気込んだように飛び込んだジムで自分でも思いがけなく楽勝したのがトウヤの自信を回復させていた。
「僕も一つなんだ。君はミジュマルを選んだから、相手はデントさんだったんだろ? 僕はポッドさんに当たって少し苦戦したかな。だけどね、ヒヤップやチョロネコがいてくれて助かったよ。」
「チョロネコ……。」
トウヤは中空を見上げて、そして気のせいだろうか少し疲れたような顔をして溜息をついた。トウヤのチョロネコはやはりジム戦ではやはり役に立たなかった。
「チェレンのチョロネコも頼りになるんだね……」
どうしたのとチェレンが顔を覗き込むとトウヤはあのねと話し始めた。
「僕もチョロネコ捕まえたって言ったよね。そのチョロネコがさ、あんまり頼りにならないんだよ。のんびりやでマイペースというか、悪く言えばぐーたら。ちょっと彼女をどうしていいか。」
「トウヤに困ってしまうことってあったんだ。」
チェレンにとっては目から鱗だった。何事もそつなくこなすエリートなのに、人間の部下の扱いもいいと聞いていたのに、たった一匹のチョロネコでこんなに悩んでしまうのか。
「僕もこんなことは初めてだからね。君にはとんだ愚痴を聞かせてしまって申し訳ないというか。」
トウヤの悩み事を聞くという万に一つともない事態にチェレンは動揺している。
「そんなことないよ。僕もたいしたアドバイスは出来ないけど。」
チェレンは自分のチョロネコを顧みても、どうしてトウヤがこんなに困っている状況になっているか分からない。トウヤと自分のチョロネコの違い。多少の個体差もあるのだろうがと考えたところでチェレンは閃いた。
「ああっ。」
チェレンはその思いつきを口に出してみる。
「僕が会ったポケモンの年齢当てが得意っていう人が言ってたんだけど、僕のチョロネコって他のトレーナーが連れているチョロネコより年齢が高いらしいんだ。もしかしたら逆にトウヤのチョロネコは僕のチョロネコとは反対に、限りなく若い個体なのかもしれないよ。野生での経験値も少ないからかもしれない。本当にもしかしたらだけど。」
チェレンはトウヤを慰めるように言う。
しかしトウヤはそんな気休めは絶対あり得ないことは分かっていた。幾ら人間とポケモンといえど分かるものは分かる。トウヤのチョロネコは本当にやる気がない。自分の同僚や上司に甘えるだけ甘えるつもりでいる。そして上辺は従順な振りをしてうまーく乗り切るつもりだろう。
だけどそんな確証はチェレンには言えない。チェレンのポケモンに対する夢はぶち壊せない。そんな人間とポケモンの間に目も当てられない駆け引きが常に展開されていることなど。
トウヤのチョロネコはトウヤの性格にさえも付け込んでいる。一旦自分がゲットしたポケモンが使えないからと言って放逐してしまうなんて、完璧な大人を自負するトウヤには到底出来ない。人情的なものよりトウヤのプライドがそれを許さない。
「いや。こうなれば僕にも意地がある。嫌が応にも彼女を使えるようにしてみせる。」
「が、頑張るんだね。」
ここでこの話は打ち切ろう。トウヤはそれとは別件の、チェレンにも関係する話を持ち出すことにした。
「それで、このごろさ――。あのカラクサで演説してた連中いただろ。あいつらがついに非合法活動に手を出してきたんだ。そんで、ベルがね」
「ベルに何か危険なことがあったのっ?」
チェレンが身を乗り出して本気で心配している。
「夢の跡地でその、あいつら……プラズマ団って言ったかな。そいつらとやりあったらしいんだ。ムンナっていう珍しい能力を持つポケモンをある目的のために苛めてたんだって。それをベルが助けたらしいんだよ。僕もその場面に遅れて出くわしたわけなんだけど。」
「それで。ベルとムンナは無事だったの? トウヤは助けたんだよね。ベルとその子を。」
「いや。助ける以前の問題だった。あいつらさあ、ベルが童顔なのをいいことに言っちゃいけないことを言ったんだよ。」
「言っちゃいけないことって?」
不思議そうに首を傾げるチェレンに、トウヤは脳裏に浮かぶその時ベルが叫んだ言葉を反芻していた。
『ごるあああ! ガキども! わりゃあ誰に向かってカワイイとかおじょうちゃんとかぬかしとんじゃあ! わしゃこれでも三十来とんじゃあ! 舐め腐っとるとケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯がたがた言わすずお!』
怒りのあまりトウヤの元妻は普段は高めで甘い声が割れ、彼女の過保護な父親が訊いたら卒倒するような言葉を吐きながら、プラズマ団の若造たちを撃退していた。ベルは自分が可愛くて童顔だということで世間知らずのお嬢ちゃんというレッテルを父親に張られ、必要以上に過保護にされてきた。だから年配の者にならいざ知らず、プラズマ団のまだ二十歳そこそこの若造に可愛いお嬢ちゃん呼ばわりされてしまっては、切れるしかなかったのだろう。
『わしゃあお前らが鼻垂らしてポケモンのポの字も知らんかったそのへんの糞ガキやってたころから、親に内緒でバーチャルポケモンバトルやっとったんじゃ! バーチャルやいうてもなあ、廃人と凌ぎを削ってきたんじゃ! 卵厳選、努力値振りの、ドーピングアイテムを駆使した奴らに勝つにはなあ! 先の先の百手先読んでやっとなんじゃ! 年季が違うんじゃお前らと!』
そしてベルはムンナに向かって叫ぶ。
『おい! こんな糞ボケカス連中に負けとる場合違うやろ! おばちゃんが手伝ったるから、一緒にいてこましたろうで!』
最終的にはベルはプラズマ団を撃退した。プラズマ団の下っ端は悪夢でも見たように撤退した。
「チェレンも気を付けてね。」
「プラズマ団に? それともベルに対しての接し方にかな?」
「どっちもということにして。それでね、ベルを落ち着かせたあと、不穏な奴もいなくなったからそのへん探索したんだ。そしてすごい逸材をゲットしたんだよ。」
「逸材? やっぱりあのへんだとムンナかな。」
トウヤはボールからポケモンを出した。
「え?」
チェレンは自分の目を疑っていた。
「タブンネだよ。」
トウヤはポケモンセンターでナースポケモンをやっていることで知られているタブンネを、トレーナーが経験値稼ぎのためにゲットせずに戦って瀕死に追い込み続けて罪悪感ばかりを募らせるタブンネを、まさか捕まえてパーティにいれていたとは。
「この子、いや彼女はね、ミジュマルやチョロネコにはない耐久力を持っているんだ。」
「タブンネ。」
「タブンネじゃないよ。タブンネ。君は素晴らしいよ。」
「タブンネ?」
チェレンは曖昧に頷いている。タブンネを手持ちにするトレーナーは珍しい。その珍しいトレーナーが目の前にいる現実にひたすら驚いている。
それにしても、さっきから見た目は愛くるしいタブンネが発しているなんだか禍々しいオーラは気のせいなのだろうか。時代劇でいうところの人斬り侍の持つ殺気というのだろうか。それをタブンネから感じる。
「いやあ。彼女ちょっとご機嫌斜めみたいなんだ。僕が技を指示するだろ。彼女はメロメロを覚えているから、まずそれをオス相手には使うだろ。その度に舌うちされるんだよね。でもそのあと無防備なオスポケに対するおうふくビンタの凄まじさは目も当てられないよ。」
「トウヤ。たぶんタブンネはメロメロを使いたくないんだよ。オスに媚を売るようで嫌なんじゃないのかな? 早くメロメロは忘れさせてあげたほうがいいんじゃない?」
タブンネはチェレンの言葉に頷いている。
トウヤのゲットしたタブンネはその見かけとは裏腹に、硬派というか武闘派な性格だった。トウヤにゲットされたのも更なる強さを極めたいという意志で、だった。しかしながら自らの特性が災いしているのが現状だった。その一つが自分の手持ち技であるメロメロだった。こんな女の武器で相手を無力化させる技などタブンネにとっては屈辱以外の何物でもない。しかしトレーナーにとっては王道の戦略なのだ。
「タブンネ。」
タブンネはチェレンの腰あたりを叩いた。気づいてくれてありがとうと言っているつもりなのだろうか。
「好戦的なタブンネなんだね。だけどしばらく別の技を覚えるまではメロメロは有効に使わせてもらうよ。」
タブンネがまた舌打ちをした。早く別の技を覚えてとっしんだのすてみタックルをかましたいと心に誓うのだった。彼女の願いは肉弾戦ポケモンを極めること。なんの小細工もない純粋な強さを極めることが、彼女にとってのトウヤの側にいる動機なのだから。
「トウヤのポケモンってちょっと変わってるね。」
ボールに戻ったタブンネを見てチェレンは呟いた。
「まあ彼女はミジュマルの姉貴分としても頼りがいがあるからね。バオップを育て屋さんに預けたあと、沈みがちなミジュマルに喝を入れてくれて大分助かってるんだ。」
「そうか。トウヤの手持ちはなんだかんだでチームとして成り立っているんだね。」
チェレンが感慨深くなっていると近くをでかいリュックを背負った男が通りかかった。
「お兄さんがた。さっきの話からするとトレーナー? どちらかと勝負してみたいんだけど。」
「じゃあ僕と勝負しようか。」
トウヤが立ち上がって男と対峙する。チェレンは出遅れてしまった。
「あ……。トウヤ、頑張って。」
トウヤは満面の笑みで頷いた。
「じゃあ、タブンネ頼んだよ。」
男はドッコラーを繰り出した。
トウヤはタブンネに指示を出す。
「タブンネ。メロメロ。」
タブンネは「え?」と言うように聞き返した。ドッコラーが攻撃をしているが自前の耐久性でタブンネは耐えた。
「タブンネ。はやくメロメロ。」
タブンネは振り返ってトウヤを睨みつけたあと、ぺっと地面に唾を吐いて、しょうがないと言わんばかりにメロメロを繰り出した。
チェレンはその光景を見て、トレーナーとポケモンの関係って画一的じゃないんだなと学んだ。目の前ではタブンネに手を出せないドッコラーがタブンネのおうふくビンタの餌食になっていた。
バトルはトウヤの勝利に終わった。タブンネで削ったドッコラーを引き継ぎミジュマルとチョロネコを次々と出してトウヤは獲得した経験値をきちんと三分していた。実にバランスの取れた育て方をすると思うと同時に、すこし遠回りなバトルの仕方をしているなというのがチェレンの感想だった。
「すごかったな。お前のタブンネ。俺もゲットして育ててみてもいいかもな。」
男はそう言って去って行った。新たなるタブンネ使いが生まれようとする前兆めいて見えた。
トウヤは嘆息してベンチに再び座る。ベンチの背もたれに身体を預けチェレンと呼んだ。
「さっきさあ、ポケモンの年齢当てが得意っていう人に出会ったって言ってたけど、どんな人なのかな?」
チョロネコやタブンネの話題にかまけていたが、実はトウヤが気になっていたのはチェレンが口を滑らせて言った人間の話だった。その人物がいつどこでチェレンと会って、どのような関わりを持ったのかを聞いてみたかったのだ。ポケモンの話題の途中でいきなりその話題に切り替えるのもわざとらしかったので、タブンネの話題が終ったところで切り出そうと待っていたのだった。
その人物のことを気にする理由はある。少し前のチェレンと打って変わって今回のチェレンは自らトウヤに声を掛けてきた。予想できるのはその人物の影響をチェレンが受けたということだ。しかも接触したのは短期間だとしか考えられないから、世間的に見ても余程の人物であるか、それともチェレンにとって深く心を傾ける対象になった人物だと考えられる。
「君ちょっと印象変わったし、その人の影響を受けてるのかなって思って。だからどんな人なのかなって興味が湧いたんだ。」
チェレンは困ったように笑った。
「野宿した時に一緒に食事をした人なんだ。」
トウヤがぴくりと反応する。
「君、ずっと野宿してるんだろ。ずっと思ってたんだけど身体は大丈夫なのか?」
「あ、少し風邪引いたからもう今日からは控えるつもりでいるんだ。その人にも無理するなって言われたから。」
トウヤはまたぴくっとこめかみが動く。
「僕も前から無茶はするなって言ってたのに、君は初対面の人の言うことは聞くんだね。」
トウヤが旅の当初からチェレンを気にかけていることは、チェレン自身もわかっていた。だけどチェレンはトウヤに対して少しばかりの対抗心も持っていたので、僕の好きなようにさせて欲しいと強情を張っていた。
「か、風邪引いて咳が出て介抱されたとき、トウヤと同じこと言われたからっ。痛い目にあって初めて反省したってやつかな。今じゃトウヤの言ったことは正しいってわかってるし。トウヤの言うことを少しでも聞いておけば良かったって思ってるし。」
「そういうタイミングだっただけなんだね。」
トウヤの声が低くなる。
「トウヤの言葉、無視するようなことしてごめん。」
「いや、いいんだ。」
チェレンの言葉を受け入れたように頷いたトウヤだったが、内心はチェレンが出会った人物に対しての嫉妬未満の疑惑で渦巻いていた。あの強情なチェレンがこんなに素直に謝ってくるとは思えない。どんな人間が魔法じみた手管でチェレンを変えたのかが気になる。
「誰なのかな? 君をそんなに素直にしたのは。」
チェレンはふるふると首を振る。
「あんまり公に名前を言い触らせない事情のある人なんだ。ていうか、その人との出会いが僕にとっても宝物みたいに思ってるから。も……もう少しだけそれを僕だけのものにしておきたいんだ。トウヤに絶対にその人のこと教えないってわけじゃないから。今だけ内緒にしてていいよね?」
トウヤはチェレンからの好感度とチェレンの周囲の人間関係の把握を両天秤にかけている。チェレンからは考えられないような夢見がちな言葉を聞いて、トウヤはこの状況に少しばかり恐怖を覚えた。だがしつこく追及すれば、チェレンは二度とトウヤにチェレン自身の近況なりを打ち明けてくれることは皆無になりかねない。ならば泣く泣くその不可解な人物の正体については目を瞑るしかないだろう。まだトウヤの追及が好奇心からと受け取られているであろううちに。
「宝物ねえ。ロマンチックな言葉だね。ならもう少し君だけのものにしていいよ。だけど、近いうちには僕にも紹介して欲しい。その素敵な年齢当ての達人さんを。」
「……うん。わかった。トウヤにも紹介するから。」
トウヤとチェレンはぎこちないながらも微笑みあう。いつも頬を引き締めていたチェレンの白い顔が、少し紅くなっていた。何かが自分がチェレンから離れていた間に進行しつつある。世界の裏の部分でも、トウヤにとって身近で見知った人間にも。
トウヤにはおぼろげながらにそれが怖かった。
ゲーチスは組織の専用車でとある研究所に赴いていた。そこでは彼がスカウトした科学者がある動力機関とそれを制御する装置を開発している。
ゲーチスがそこに下っ端に声をかけ扉を開けてもらうと、顔は知っているが招いた覚えのない女研究者が気安く声を上げた。
「はーい。ヘル・ゲーチス。」
「貴女は……アララギ博士ですか。」
ゲーチスはアララギの傍にいた金髪碧眼のメガネで白衣のお抱え科学者アクロマにどういうことかと視線を送る。
「ご心配ありません。ラギさんにはご協力頂いてるだけなんです。」
横でアララギがうんうんと頷いている。実に罪のない微笑みを浮かべながら。しかしここは非合法な組織の最重要な開発を行っている場所だ。彼女のように日向の場所で大手を振っている存在がこの場にいることは少し都合が悪い。いや実に都合が悪い。
彼女が個人研究者としてプラズマ団にいるならば、それはまだ許せる。だが彼女の場合は父親も高名な学者という、二世研究者だ。父親もプラズマ団に協力する気があるというご都合主義は存在しないだろう。というかプラズマ団の前提をことごとく覆すようなことを企んでいる可能性のほうが高い。
「ドクターアクロマ。困りますなあ。外部の者を招くなど。」
「えー。だって……貴方が融通してくれた団員さんたちより、ラギさんのサポートのほうが断然頼りになるんですもん。」
「ドクターアクロマ。彼女はあのアララギ博士のご息女ですよ。我々の考えと同調するわけがありません。それは水と油が混じることがないと言うほど明らかではありませんか。」
「えー? 私はロマっちが面白い研究してるから来ないかって言われて来ただけだけど。ねえ、ロマっち。」
「そうですよ。」
ゲーチスは科学者には守秘義務とかは丸無視かいと頭が痛くなる。
「しかしながら、私はアララギ博士のお父上の見解なども知っているわけで。反対論者の派閥関係者はやはり歓迎しかねますねえ。アララギ博士。」
「あらら。私と父さんが同じ意見だと思ってゲーチスさんは心配してるわけえ? せっかくカノコから手伝いに来たのに? ロマっち悲しいよね。そんな言い方。」
「ラギさん。ラギさんは一人で団員百人分くらいの頭脳はあるんですよ。いいじゃないですかゲーチス様。」
ゲーチスはアララギとアクロマの後ろに鎮座している開発途中の装置に目をやる。明らかに先日見た状態より進歩している。専門家でない団員では間に合わないのはゲーチスだって理解している。
「アララギ博士。私としては貴女がいることで助かるのは存じています。その反面で心穏やかではなくなっています。貴女がお父上やその派閥にいる研究者に情報を漏洩させることが恐ろしいのです。」
「あら。じゃあ私のことをここに拘束するつもりなのかな? いや、それ困るし。荷物も最低限しか持ってきてないし。」
「言われるまでもなく、それが不可能なことは理解しています。それこそ高名な学者の失踪事件だと大騒ぎになってしまいますから。」
アクロマは焦れたように半ば子どものような言い分でゲーチスに言う。
「ラギさんは別にプラズマ団のことを探りにここに来たわけじゃないんですよ。さっきから聞いていましたら、なんでラギさんのお父さんの話が出てくるんですか? わかりませんねえ。」
「ドクター・アクロマよ。親と子はあくまで別の個人とされているが、それを大方の人間は切り離して考えられないものなのです。どうしても私には、父親のほうのアララギ博士の影がこのアララギ博士の後ろにちらついてしまうのです。」
ゲーチスのなんとも言えない表情にアララギは開き直ったようにしょうがないと呟いた。
「みんな父さんのことを気にするのよね。ロマっちが庇ってくれるのは嬉しいよ。だけど昔からそうなんだよね。ヘル・ゲーチスもそうなのよ。」
ゲーチスはアララギの言い草に眉根を寄せる。
「それを理解して貰えるのは有難いことです。貴女は経験からそれを承知した上でここに来たわけですね。」
そこまでのことは言っていない言うようにアララギはあーと掠れた声を出す。
「いや。ロマっちが面白いことをしてるって、それだけだけどね。それと特別に報酬貰うって約束だから。」
「報酬ですか。それは現時点でプラズマ団としても保証せねばなりませんね。」
報酬というよりも口止め料としての意味が強いがとゲーチスは心の中で呟いた。
結局アララギはゲーチスを悩ませる天才どもの一人でしかないのだろう。アクロマしかり。Nしかり。それと関わるには信頼とか契約とかけじめは役に立たない。自由にやらせられるところだけ自由にやらせるしかない。
「アララギ博士。このことが外部に流出した場合、貴女の身柄や身の安全は保証しませんがよろしいですかね。」
「承知するも何も。あり得ないことだと私は思うよ。」
そうですか。ゲーチスは諦めるように空いた椅子に腰を下ろした。
再び扉が開けられる。
「こんにちは! アクロマさん、カレー食べに来たけど住所ここで良かったよね?」
ゲーチスが持ち前の巨体をぎくりと震わせる。また部外者が来たと。
「トウコちゃん。何年ぶりだろ。」
「あら。アララギ博士。エンブオー、博士だよ! わあ! そんな外で団員さんに謝ってないで、こっちこよ!」
ゲーチスは首から下を硬直させたまま、首だけアクロマの方を向き無表情で言った。
「ドクター・アクロマ。説明して欲しいのだが。」
「彼女はトウコさんと言います。私のその……」
「お友達だよっ。」
珍しくもじもじしているアクロマの様子がおかしいが、トウコの屈託のなさにゲーチスはもう何も発言したくもなくなってきた。
「トウコさん。ここで見たことはご内密にお願いできますか?」
ゲーチスは自分の背後にある巨大な装置を指してトウコに問いかけた。
「うん。私カレー食べにきただけだから。」
「ロマっちのカレー美味しいからね。そうかトウコちゃんもカレーに釣られてきたのね。」
もしかして先のアララギの言った特別な報酬というのは、カレーのことだったのかと、ゲーチスは麻痺した半身に血の気が蘇ったような怒りによる錯覚を覚える。
「それではゲーチス様。私はカレーを作りに行ってきます。」
アクロマは嬉々として部屋から出た。
ゲーチスはもう突っ込むのも疲れてきた。天井裏に何故かいるダークトリニティに目配せをする。
ダークトリニティは無言で頷いた。たぶん彼らがアララギとトウコの監視を担ってくれるだろう。それだけがゲーチスにとっての救いと呼べるものだった。
横を見るとトウコのらしいエンブオーが「あのう、すみませんでした」とばかりに待機している。ゲーチスは小声で気にしなくてもいいですよと言った。
「ご婦人二人もその身が健やかであり続けたいのなら、この老体の忠告を誠実に受け止めて欲しいものですね。」
優しい口調とは裏腹の脅し文句を二人に告げてゲーチスは出て行った。
「アララギ博士。」
トウコの呼びかけにアララギは手にしていた工具を床に置いた。
「アララギ博士じゃないでしょ。トウコちゃん。もう五年以上も連絡一つすら寄越さないで。しかもこんな悪の組織の最重要拠点に入り込むだなんて。」
「アクロマさんに招待されたんです。」
「トウコちゃん。いつからそんなに軽はずみな子になったの? 旅に出る前のあなたは思慮の塊のような子だったのに。私もさっきは老人の警戒心を削ぐために、あなたがもとから少し頭が軽い子のように扱っちゃったけど、私としてもあなたのキャラの変わりようにビックリしたわよ。噂では聞いていたけど目の当たりにすると少し怖くなるわ。」
もしかして馬鹿っぽい子の演技してるの? アララギの声が微かに無機質な室内に反響した。トウコはきょとんと首を傾げている。
「演技って言われても……昔も今も私変わってないつもりなんだけど。」
「あなたからしてみれば、そうかもね。じゃあ言わせてもらうわ。あなたのエンブオーが無茶苦茶高いレベルなのに、ヨーテリーに勝ててないのは一体なぜ? シッポウシティでのこと、ロマっちに聞いたわよ。」
「えー。でも負けちゃったんだから仕方ないじゃないですか。」
トウコは本当に困ったような顔をしている。
「負けたら負けたで昔のあなたはそれをきちんと分析して次のバトルに活かせる子だったよね。あなた、負けたことにも全然気にしてないでしょ。それとエンブオー以外のポケモンはどうしたの?」
「えっと…逃げちゃいました。たぶん私を見限って。」
「それにも全然危機感を持っていない。」
「はい。確かに。」
「自分の身に起こったことなのに、なんか他人事のように思ってない?」
「私がポケモンに対して真剣じゃないって言うんですか?」
トウコはおろおろしている。アララギは溜息をついた。エンブオーがふるふると首を振っている。ポケモンが鳴き声や攻撃行動ではなく、わずかな仕草でトレーナーを庇っている。自分の前で進行している会話を理解しているかのように。かなりレベルだけではなく知能も高いエンブオーのようだ。
「わかってる。トウコちゃんは本当にポケモンが大好きなのよね。」
「はい。大好きです。バ、バトルだってそのうち勝てたらいいなって。」
アララギはそれ以上はトウコを責める気にはなれなかった。科学的に分析出来る問題じゃないと明らかにわかるからだ。これはポケモンに関わる学者とトレーナーがお互いに一線を引いた上でのやり取りなのだから仕方ない。
トウコが本当にお馬鹿になってしまったにしろ、演技しているにしろ、それをアララギに正直に言っているとは限らない。どちらにでも取れるようにそれらしく受け応えしている。しかし演技でも自然の変化しろ、トウコの変化の結果は自分の同業者であるアクロマの興味を惹いてしまっている。
アクロマの研究はポケモンの潜在能力を引き出すこと。トウコはその反対の現象を起こしている稀有なトレーナーだから、アクロマのアンテナに引っかかったのだろう。
トウコは昔は才媛と呼ばれるような優秀な少女だったという過去も十分、アクロマにとっては興味の対象になったのだろう。彼女の変わりようの転機は遡れば、ポケモンを手にしたことだ。その因果関係にアクロマが目を付けるのは当たり前だ。アララギだってその因果関係の是非を確かめたいに決まっている。
取りつく島のないトウコにアララギは手を変えてみようと思った。そして声を若干甘くしてトウコ肩に腕を回し引き寄せ顔を近づける。
「トウコちゃん。トウコちゃんは昔、私にすごく懐いててくれたよね。大きくなったら博士みたいにポケモンの研究したいなって言ってくれたよね? でも、大きくなったらなったで、若くて優しくて優秀な男の人のほうがいいのかな?」
「博士? どゆこと?」
アララギはトウコのポニーテールにした髪を掬い上げる。それを指に絡ませながら熱っぽくトウコを見た。
「やきもち妬いているのかもしれないわね。こっちは何年も連絡寄越してくれなかったのに、初対面のロマっちのとこにほいほい来ちゃったから。」
「そ、そういうつもりなかったんです。博士に連絡しちゃうと、親が嗅ぎつけたときに博士に迷惑かけちゃうかなって。」
「そうね。そうなりかねなかったけど。悲しいな。私にとって可愛いトウコちゃんがいざという時頼ってくれないなんて。私もっとトウコちゃんに頼られたかったな。」
「博士……。ごめんなさい。」
トウコは俯いてしゅんとしている。でもトウコより背の高いアララギにはトウコの表情は読み取れない。ここまで情に訴えかけてもトウコは一向にアララギになびいてきたり、感情的に反論することもない。本当に世間で言うところの可愛らしい女の子の範囲を守って、それらしい反応をしてくれている。逆に単なる考える頭のない素直なだけの女の子には出来ない芸当だろう。
まあいいかとアララギはトウコの肩をぽんと叩いた。今日のところは会話のシーソーゲームを続けるより、旧知の仲同士、アクロマの振る舞う甘口カレーに舌つづみを打つことにしよう。
年頃の娘はこれだから扱いにくい。自分が男ならもう少しやりようがあったのだが、自分は女だ。それでも大人の女の魅力でたらし込むには昔のトウコを知っているだけにリスクを警戒してしまう。今は何の下心のない地元の恩師というポジションから離れないようにしておこう。
「ロマっちのカレーがそろそろ出来上がるころだとは思うわよ。」
「あ。じゃあ私、持ってくるの手伝います。キッチンこっちですよね。エンブオー。エンブオーも手伝おうよ。」
「ブオっ。」
「じゃあエンブオー行くよ。」
アララギは笑顔で手を振った。あのエンブオーがトウコに張り付いている限りは、アクロマも研究者ではない男としてのアプローチもままならないだろう。
「それと、」
誰に言うでもなくアララギは呟く。天井にいる監視者はアララギの何気ない目に息を潜めた。アクロマのほうに行ったトウコより、アララギを監視しようという判断らしい。
「ふっ。」
アララギは笑った。そしてまたモニター画面と睨めっこをしながらトウコ達が運んでくるカレーを待つことにした。
トウコはキッチンに続く通路を歩く。
「ねえ。エンブオー。あの部屋すっごい機械がいっぱいあったね。」
「ブオ。」
トウコがここの施設に来て初めてここについての感想を口にした。今までそれを気にもなっていなかったような態度から、施設の大部分を占める制作中の機械に言及したトウコにエンブオーはわずかに反応が遅れて生返事をしてしまった。
「ブ、ブオっ」
「あれ壊すのエンブオーだけじゃちょっと無理っぽいよね。逃げちゃったあの子達帰ってきてくれるかな?」
「……。」
何気にトウコは逃げて行った他の手持ちを気にしていたのかとエンブオーは絶句した。しかもトウコはあいつらが戻ってくる可能性があるかのように言っている。
「エンブオー。プラズマ団の演説聞いたこと覚えてる?」
エンブオーは頷く。
「ポケモンの解放って言っていながら、あの機械はものすごく矛盾してるよ。」
「……オ?」
トウコはあの機械の塊の正体が分かっているのだろうか。
「本で見たことあるんだ。電気ポケモンの電気エネルギーを動力にしている車の写真。あれ結局、ポケモン倫理に背くからって開発中止になっちゃったんだよね。そうだよね。電気ポケモンに命令しないと車動かないってことだよね。ポケモンも長い走行距離を走ってる間に疲れちゃうかもしれないのに。」
よくある発明品の失敗談だった。車と言うからにはつい数年前の話だと考えられる。トウコは続けた。
「開発しちゃった人はじゃあ何匹かで交代とか、充電式にしようとか言ってたけど、どっちにしたってポケモン可哀そうだよ。道具や燃料扱いするなんてひどいよね。で、アクロマさんが作ってたあの機械だけど、どうやらポケモンを道具にしようという設計みたい。」
そういえば大型のポケモンが入れるくらいのケージが付属していたとエンブオーは思い出した。トウコはエンブオーの反応に頷いた。
「あの優しくて純粋そうな人が作ったものとは信じたくないけど。だけど頼まれちゃったんだろうね。たぶん。アクロマさんは優しいから純粋だから断れなかったんだよ。そういうことにしておこう。これを使ってポケモンを解放させれば、その時一回きりだけだから、必要な行為だからしょうがないとかかな。まあ私が壊しちゃってもアクロマさんは怒らないよね。だってアクロマさんは私のこと好きみたいだし。」
トウコは長いセリフをまるで歌うように言った。エンブオーはその逐一の意味を読み取るたびに、だんだんと今までのトウコが遠くなるような気がした。トウコの手を掴んで言葉を止めさせたいけど、その手が何故だか掴めない。
「エンブオー、大丈夫。何も怖くない。アクロマさんも、博士も、ゲーチスのおじいちゃんも、この中にいるプラズマ団員さんたちも。私のことだって。エンブオーが怖がって怯えることはないんだよ。だって世界は混沌として優しいんだもん。」
トウコのほほえみには絶対の自信が潜んでいる。本当に何も怖くないかのように。
もう少し奥に進むとカレーの匂いが漂ってきていた。
「あ。トウコさん。カレーちょうど出来上がったところなんですよ。」
嬉しそうな笑顔のアクロマはエプロン姿でトウコを迎え入れた。
トウコがエンブオーに語った企みなど、何も知ろうはずもないアクロマだった。彼は彼女に自分の開発したものを壊されたとしたら、彼はいったい彼女にどんな表情を見せ、何を言ってしまうだろうか。自分の良かれ悪かれ努力の結晶をぶち壊されても、このような笑顔を向けられるとは思えない。それとも万能の科学者の本領を発揮して、壊れない機械とやらに仕上げているのだろうか。
誰も彼もの胸も内を互いに分からないまま、プラズマ団の研究室は今日も稼働し続けていた。
「ほれ。オレンの実じゃ。」
アデクは青い皮のオレンの実を一つ取った。
「それは知ってますけど。」
ポケモンに持たせておけばその実を食べて体力を回復できる。ポケモンリーグの公式試合でも公認されている。
「まだいっぱいあるからのう。何個かチェレンにわけてやろうかと思ったわけじゃ。下に落とすから受け止めるか拾ってくれんかの?」
「いいですよ。」
チェレンの返答の一瞬後に木の実が落ちてきた。チェレンはそれを手でキャッチする。もぎたての木の実は新鮮な柑橘系の強い香りを放っていた。
「ああ……。」
自然とその香りに嘆息する。野生で生えている木の実はこんなに芳香が強いのかと。
「チェレン。ほれ。」
二個三個と木の実が降ってくる。チェレンはそれを受け止めて腕に抱えていく。アデクは何個か木の実をもいだあと、これくらいかと呟いて木から降りてきた。
「オレンの実は割と日持ちするからのう。多めに持っていても困らんじゃろ。」
「え…あの……。ありがとうございます。」
「そんなに畏まらなくてよい。木の実をわけてやるのはレンジャー連中も当たり前のようによくやることじゃ。」
「そうなんですか。」
まだチェレンはレンジャーには出会っていない。アデクはわしわしとチェレンの頭を掴むように大きな手で撫でた。
「成人しとる割には世間知らずじゃのっ。」
「悪かったですね。」
アデクの大きな手からもチェレンが抱えている木の実と同じ香りがする。木の実をもいだ時に香りが移ってしまったのだろう。
「これでシチューの礼も済んだことじゃし。」
「アデクさんはこれからどちらに。」
「……。まあ、適当じゃ。」
一瞬だけ気になる間があったが、アデクの口から適当と聞かされれば意外とその間は気にならないものだった。
「また会えたらよいな。」
「ですね。」
チェレンは森の奥に入っていくアデクの背中が見えなくなるまで見送った。
「僕も、行こうか。」
チェレンは木の実をバッグに仕舞い一歩を踏み出す。なんだかいつもより気分も足取りも軽く思える。バッグの中からもあのオレンの実の香りが感じられるようだ。あの大きな手のひらに移った香りが。なんだか隣に今でもアデクがいてくれているような気がする。離れていても、いつでも近くにいるような。
- * *
チェレンとはまったく別の空間で窓からの朝日を受けてNとトウヤは乱れたベッドの上で向き合っていた。
Nが寝ている間にトウヤは初挑戦するジム戦に向けて、公式のデータをインターネットで見ていた。そこにはNと対戦したジムリーダーであるコーンの試合の成績があった。それを見たトウヤの背筋に冷たいものが走ったあと、なんだか分からない電流が身体を貫いてトウヤを動けなくさせた。
トウヤの隣で寝返りを打ったあと、おはようと言ってトウヤを見上げたNにトウヤはぎこちなく笑った。昨日までのようにトウヤはNに偉そうに大人面が出来なくなっていた。
「結局泊りがけになっちゃったね。」
Nは手櫛で髪を梳きながら、トウヤの言葉に気にすることはないだろと何気なさそうに言った。
「そんなことでやきもきする人が、二人ともいるわけじゃないでしょ。」
「それはそうだけど。」
やはりチェレンのことが後ろめたいのかとNはトウヤを怪訝そうに見る。トウヤはトウヤでどういうわけか、荷物をまとめてそそくさと立ち去るつもりな雰囲気を漂わせている。
「トウヤ。僕とのことは別に気にしなくてもいいからね。その……昨日のことは、君は最初は本当に僕のことを助けようとしてくれたんだし。」
トウヤはノートパソコンの電源を切りながら安堵したように溜息をついた。
「そう言ってもらえると少し気分は楽になるね。欲望に憑りつかれた頭が覚めて、一番に思ったのは未成年である君に手を出して、なんだか捌け口に使ってしまったような罪悪感をどうしようかってことだった。」
それよりもっと大きな理由はあるのだが、それこそNにとってなんでもないような顔をされると思い話すのは避けた。
「……。そういうこと口に出さなくてもいいのに。」
トウヤはNにとって困った子どもであることはNも自覚していたが、その困ったところを容認するしかなくされている。
「今日こそはジムリーダーに挑戦しないとなあ。」
なんでも入念にじっくり取り組むトウヤにしてはなんだか焦りが混じったように早口で言った。
「うん。トウヤ、頑張ってね。僕は次の町にいくよ。」
「そうか。君は既にバッジをゲットしてたよね。」
Nは無言で頷いた。これからNは次の町に行くのだろう。それでチョロネコの他にポケモンをゲットしてNらしい最強のチームを作っていくだろう。Nと一度やりあったトウヤだったが、用心のためにかなり鍛えていたミジュマルがいたからこそ、Nのチョロネコに勝てた。しかし後日、Nはジムリーダーにチョロネコ一匹で勝利した。トウヤがやっとバオップがいて勝てるかなと考えている相手にだ。
たぶんNが育てたチョロネコは強くなっている。トウヤはそう確信している。Nならあらゆるポケモンの潜在能力を引き出せる。ただこつこつとレベルを上げていくことだけが取り柄の自分とは違う。Nならどんどん自分をおいていくように駆け足とびでチャンピオンに挑戦して勝つだろう。
その頃自分はまだまだ旅の途中で、幾つかのジムでバッジは獲得しているかもしれないが、Nに追い付くわけがない。
「N。チェレンのことは別にして、僕は僕なりに結構ポケモントレーナーという自分にのめり込めそうな気がしてきたよ。君みたいな天賦の才を目の当たりにして、僕みたいな地を這う者がこうやって対等みたいに喋る機会はもう、そうないだろうね。」
Nは不機嫌そうに眉根を寄せる。
「そんなこと言わないでよ。僕は君のこと」
トウヤは首を振る。
「君は普通の人とは違う。特別な才能に恵まれた人間だ。僕が十くらい若ければ、それでも君と対等に付き合っていけるのかもしれないけど。もう僕は他のトレーナーと比べてもスタートが出遅れているし、何ら突出したところのない平凡な脱サラ人間だ。だから、精々君が僕に憤っていたことは、おいおい改めようと思う。本当にあのときは大人げないことを言ってすまなかった。この機会を逃したら君にこうやって面と向かって謝ることも出来ないと思う。」
Nはトウヤが言い終わるのを見届けてトウヤに背中を向けた。どうしてもトウヤに察して欲しい自分の考えを伝えるために。
「トウヤはイッシュの伝説は知ってるよね。」
いきなりNが突拍子のないことを言いだす。
「絵本かなんかで読んだことはあるよ。そういえばちっちゃかったチェレンにも読み聞かせたことはある。白黒ドラゴンポケモンと人間の英雄の話だったっけ? 僕が知ってるのは子ども版だったから君が話してる伝説と違って脚色されてるかもしれないけど。」
「その英雄伝説もポケモンもニンゲンの英雄も一匹と一人じゃなかっただろ。その伝説は相対する双子の英雄と、白と黒の対になるポケモンの世界を救った物語だったはずだ。このイッシュには必ず対になった二人の英雄が必要だと暗示してないかい? 僕はある意味探してるのかもしれない。僕の成し遂げたいことを叶えたいために、そのもう一人を。」
「N。君はお伽噺を信じる歳でもないだろうに。それはあくまで架空の話だろ。この現実の世界でもし何か異変が起きたときに世界を救えるのは、そんな一人か二人の英雄か伝説のポケモンじゃないと思うよ。」
Nはトウヤを振り向いた。なんだか哀しそうな顔をトウヤは向けられた気がするが、すぐに謝ってその気のせいを振り切った。
「いや。伝説っていうのは歴史も含まれるところもあるし。たまたま異変を解決したのが、そういう目立った人物が二人で示し合わせたようにポケモンを連れていたってことも考えられるし。だからって今から世界を救うとしても、そんな伝説を踏襲しなくちゃいけないっていうのはないんだよ。」
Nは反論する。
「だけど誰かがしなくちゃいけないことだよね。能力があるなら尚更、その責務は負うべきだろ。」
トウヤはNの目の色が変わったことにNへの危惧を感じる。そして少し前の集会を開いていた壮年の男の演説を思い出す。世界はまた何かに向かって動き始めている。Nはもしかしたらその当事者に組み込まれているかもしれない。
「もし世界にそんな危機が訪れたら、そんなその場にいるだけのたった一人が背負いこまなくちゃいけないって言い分は間違っている。たとえその人物でしか世界を救えないと言われたとしても。その人にも拒否したり他に助けを求める手段があったって構わないと僕は思う。とにかく独断で暴走するのは、どんな場合でも避けたほうがいい。君と同類の特殊な能力と天才的な頭脳をもってしてもだ。」
世界の各地方で時々きな臭い事件は起こる。しかもある程度勢力のある組織が関与しているときもある。その組織の類まれなる頭脳を持つトップは、時に世界を救いたいという善意からの動機に駆られていた。だがそうした組織のトップの失敗に共通したところがある。
それは太古のポケモンの伝説を踏襲しようとしたところだ。つまりは昔々の人間離れした英雄の復興という真似事だ。
その結果、日照りと洪水が同時に起こった地方のニュースをトウヤは聞いたことがある。時空が歪んだというファンタジーめいた騒動も聞いたことがある。後者では組織の代表が行方不明になって、未だに発見されていないらしい。
歴史を学んでそれを活かすのは効果的な方法かもしれない。歴史上の英雄の活躍が蘇れば、人々はひれ伏すかのような感動を植えつけられるかもしれない。しかし歴史の踏襲は今の時代に合致しない可能性もあるし、当時に起こった同じ災厄を招きかねない。
「N。一つ訊きたいんだ。チャンピオンに勝ってから叶えたい君の目標は、ひょっとしたら世界を救うことなのか?」
「世界を救うことがトモダチを救うことになれば、たしかにそれが僕の願いにはなるね。」
Nの意志は頑強だ。幾ら大人だと自負するトウヤといえども今はどうしようもない。だから縋るようにトウヤはNにお願いをした。
「N。無茶はしないでおくれよ。その……君は僕より出来たやつなんだから。それにそんな壮大な目標以前に、君には一個人として幸せになって欲しいんだ。出来るなら不特定多数の人間とセックスして別れる関係じゃなくて、本当に好きな人と出会って欲しい。じゃなきゃ、今の君にはあり得ないことと思うかもしれないけど、目標に挫折してしまった時が心配だ。その時に僕は君の友人として駆けつけてやれる距離にいないかもしれない。」
「友人?」
「そう、友人。」
Nはそれじゃと言って部屋から出た。完全に決別を告げられたような気分にトウヤはなる。
「他にどう言えばいいんだよ。」
Nを心配する人間はいるんだよ。とか。才能があるからってNが全てを背負う必要はない。とか。NにはNらしく幸せになって欲しい。とか。言えるだけ言ったつもりなのに。
「これじゃあ、ちょっと……。」
たぶん半分も伝わっていない。旅先のごく最初に出会ったいつまた出会えるか分からない友人の行く末に、もやもやを募らせるトウヤだった。
Nは振り切るように町を出て草むらを歩いている。Nにとっては普通のこと、外の世界にはポケモンの声があふれていた。他愛のない彼らの平和そうな生活は、ある日突然トレーナーによって奪われる。その先は本当にトレーナー次第だ。
優しくされるのも。辛い目に合わされるのも。鍛えられるのも。着飾らされるのも。甘やかされるのも。こき使われるのも。
「チョロネコ。数日間本当にお疲れ様。」
Nがモンスターボールに話しかけるとチョロネコをボールから出した。チョロネコはNのズボンに自分の頬を擦りつけている。
「にゃあ。」
「こんなものの中に閉じ込めててごめんね。君は君の本来あるべき日常に戻るんだ。」
「にゃ……。」
チョロネコは頭を垂れている。自由になれるのにどうしてそんな寂しげにしているのだろう。
「僕は君にあるべき姿で生きていて欲しいんだ。」
「にゃ、にゃあ……。」
Nの言葉を受け入れたようにチョロネコは草むらにすっと姿を消した。まるで自分のトレーナーだった人はそういう人だから、その人の考えを踏みにじらないようにしたいという気遣いが見えるようだった。本当に自分がどうしたいかにそぐわなくても。
Nは思わずチョロネコが消えた草むらに呼びかけた。ずっと傍にいたかったのにという消え入りそうな思いが聞こえたからだ。
「ありがとう。ごめん。また会えたらその時は――。」
そんな悲しそうな顔をしなくてもいい世界に変えてみせるから、と。
空になったモンスターボールは本当に情けないほど軽く感じる。しかしこの中にトモダチを繋ぎとめることはどれだけ傲慢なことなのかは、誰よりもNが知っている。だからNはトモダチの為に英雄になる道を選ぶほかない。たぶんずっと一人で。
ポケモンの声がのどかに聞こえる。ニンゲンの傍らにいることを知らないトモダチの声だ。Nにとって心を支えてくれるトモダチの声だった。この声が世界の全ての場所で聞こえる世界。その世界のためならNはなんでも出来た。
「それが僕の幸せなんだよ。トウヤ。だけど少しトウヤの言葉につられそうだったなあ。好きな人と幸せになんて、残酷すぎること言わないでよ。」
叶えてくれないくせに。
それが絶たれたらNには他に考えられる選択肢などなくなってしまっていた。たぶんどころではない確信で、自分はもう戻れないところまでトウヤを好きになってしまった。
狡くて理屈屋で下世話で偽善者の小男。それでいながら変なところで律儀で優しくて苦労性なところを見せる、大きな手のひらの大人。
もう一度、あの低くて渋い声が聞いてみたい気がするけど、あの余韻に浸っていたいけれど、それだとトモダチを救う決心が鈍ってしまう。
だから今は離れるのだ。
「でも今度会うとき、トウヤの隣にチェレンがいたら……」
それを思うと胸が潰れそうなNだった。
- * *
シッポウシティの手前にある小さな町でチェレンは見知った顔を見つけた。声を掛けるか掛けないか迷って少し息が詰まる。
『せっかく旅に出てるんじゃから――』
アデクが屈託なく笑って言った言葉を思い出す。
少しでも自分から声を掛けてみよう。そう思ったらぎこちないながらも自然と彼の方に足が向いて声が出た。
「トウヤっ。」
トウヤは目を丸くして驚いていた。驚きのあまり声が出ないようで口元をしきりに覆っている。
「チェレン……。」
「え、え、あのっ。驚かせて……。ごめん。」
顔に熱が帯びてくる。たぶん恥ずかしさで顔が赤くなってきているのかもしれない。トウヤも挙動不審にキョロキョロと辺りを見渡していた。
「そ、んなこと、ないよ。いやあ。また会えるなんてなあ。」
そこらへんに座らない? トウヤが指差す方向には噴水のそばのベンチがあった。
「うん。」
チェレンは頷いた。トウヤは不自然に口の端を上げて、半ば肩をぷるぷると震わせている。
「チェレンから声を掛けてくるなんて珍しいね。」
「そ、そうかな?」
対人関係では消極的なほうだという自覚はチェレンにはあったが、まさか声を掛けただけでトウヤがこんなに動揺するとは思わなかった。
「知ってる人とか旅に出てからあんまり見ないから。」
「そっか。」
トウヤは落ち着いてきたのか、チェレンの知っている瀟洒な男の顔に戻りつつあった。
二人は横に並んでベンチに座る。腰を据えて話す予定じゃなかったチェレンは、少し何から話そうかと迷った。
「あのさ、トウヤはバッジどれくらい取れた。」
トウヤはチェレンの無理に出した質問に、さらりと一つと言った。Nと別れた後、意気込んだように飛び込んだジムで自分でも思いがけなく楽勝したのがトウヤの自信を回復させていた。
「僕も一つなんだ。君はミジュマルを選んだから、相手はデントさんだったんだろ? 僕はポッドさんに当たって少し苦戦したかな。だけどね、ヒヤップやチョロネコがいてくれて助かったよ。」
「チョロネコ……。」
トウヤは中空を見上げて、そして気のせいだろうか少し疲れたような顔をして溜息をついた。トウヤのチョロネコはやはりジム戦ではやはり役に立たなかった。
「チェレンのチョロネコも頼りになるんだね……」
どうしたのとチェレンが顔を覗き込むとトウヤはあのねと話し始めた。
「僕もチョロネコ捕まえたって言ったよね。そのチョロネコがさ、あんまり頼りにならないんだよ。のんびりやでマイペースというか、悪く言えばぐーたら。ちょっと彼女をどうしていいか。」
「トウヤに困ってしまうことってあったんだ。」
チェレンにとっては目から鱗だった。何事もそつなくこなすエリートなのに、人間の部下の扱いもいいと聞いていたのに、たった一匹のチョロネコでこんなに悩んでしまうのか。
「僕もこんなことは初めてだからね。君にはとんだ愚痴を聞かせてしまって申し訳ないというか。」
トウヤの悩み事を聞くという万に一つともない事態にチェレンは動揺している。
「そんなことないよ。僕もたいしたアドバイスは出来ないけど。」
チェレンは自分のチョロネコを顧みても、どうしてトウヤがこんなに困っている状況になっているか分からない。トウヤと自分のチョロネコの違い。多少の個体差もあるのだろうがと考えたところでチェレンは閃いた。
「ああっ。」
チェレンはその思いつきを口に出してみる。
「僕が会ったポケモンの年齢当てが得意っていう人が言ってたんだけど、僕のチョロネコって他のトレーナーが連れているチョロネコより年齢が高いらしいんだ。もしかしたら逆にトウヤのチョロネコは僕のチョロネコとは反対に、限りなく若い個体なのかもしれないよ。野生での経験値も少ないからかもしれない。本当にもしかしたらだけど。」
チェレンはトウヤを慰めるように言う。
しかしトウヤはそんな気休めは絶対あり得ないことは分かっていた。幾ら人間とポケモンといえど分かるものは分かる。トウヤのチョロネコは本当にやる気がない。自分の同僚や上司に甘えるだけ甘えるつもりでいる。そして上辺は従順な振りをしてうまーく乗り切るつもりだろう。
だけどそんな確証はチェレンには言えない。チェレンのポケモンに対する夢はぶち壊せない。そんな人間とポケモンの間に目も当てられない駆け引きが常に展開されていることなど。
トウヤのチョロネコはトウヤの性格にさえも付け込んでいる。一旦自分がゲットしたポケモンが使えないからと言って放逐してしまうなんて、完璧な大人を自負するトウヤには到底出来ない。人情的なものよりトウヤのプライドがそれを許さない。
「いや。こうなれば僕にも意地がある。嫌が応にも彼女を使えるようにしてみせる。」
「が、頑張るんだね。」
ここでこの話は打ち切ろう。トウヤはそれとは別件の、チェレンにも関係する話を持ち出すことにした。
「それで、このごろさ――。あのカラクサで演説してた連中いただろ。あいつらがついに非合法活動に手を出してきたんだ。そんで、ベルがね」
「ベルに何か危険なことがあったのっ?」
チェレンが身を乗り出して本気で心配している。
「夢の跡地でその、あいつら……プラズマ団って言ったかな。そいつらとやりあったらしいんだ。ムンナっていう珍しい能力を持つポケモンをある目的のために苛めてたんだって。それをベルが助けたらしいんだよ。僕もその場面に遅れて出くわしたわけなんだけど。」
「それで。ベルとムンナは無事だったの? トウヤは助けたんだよね。ベルとその子を。」
「いや。助ける以前の問題だった。あいつらさあ、ベルが童顔なのをいいことに言っちゃいけないことを言ったんだよ。」
「言っちゃいけないことって?」
不思議そうに首を傾げるチェレンに、トウヤは脳裏に浮かぶその時ベルが叫んだ言葉を反芻していた。
『ごるあああ! ガキども! わりゃあ誰に向かってカワイイとかおじょうちゃんとかぬかしとんじゃあ! わしゃこれでも三十来とんじゃあ! 舐め腐っとるとケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯がたがた言わすずお!』
怒りのあまりトウヤの元妻は普段は高めで甘い声が割れ、彼女の過保護な父親が訊いたら卒倒するような言葉を吐きながら、プラズマ団の若造たちを撃退していた。ベルは自分が可愛くて童顔だということで世間知らずのお嬢ちゃんというレッテルを父親に張られ、必要以上に過保護にされてきた。だから年配の者にならいざ知らず、プラズマ団のまだ二十歳そこそこの若造に可愛いお嬢ちゃん呼ばわりされてしまっては、切れるしかなかったのだろう。
『わしゃあお前らが鼻垂らしてポケモンのポの字も知らんかったそのへんの糞ガキやってたころから、親に内緒でバーチャルポケモンバトルやっとったんじゃ! バーチャルやいうてもなあ、廃人と凌ぎを削ってきたんじゃ! 卵厳選、努力値振りの、ドーピングアイテムを駆使した奴らに勝つにはなあ! 先の先の百手先読んでやっとなんじゃ! 年季が違うんじゃお前らと!』
そしてベルはムンナに向かって叫ぶ。
『おい! こんな糞ボケカス連中に負けとる場合違うやろ! おばちゃんが手伝ったるから、一緒にいてこましたろうで!』
最終的にはベルはプラズマ団を撃退した。プラズマ団の下っ端は悪夢でも見たように撤退した。
「チェレンも気を付けてね。」
「プラズマ団に? それともベルに対しての接し方にかな?」
「どっちもということにして。それでね、ベルを落ち着かせたあと、不穏な奴もいなくなったからそのへん探索したんだ。そしてすごい逸材をゲットしたんだよ。」
「逸材? やっぱりあのへんだとムンナかな。」
トウヤはボールからポケモンを出した。
「え?」
チェレンは自分の目を疑っていた。
「タブンネだよ。」
トウヤはポケモンセンターでナースポケモンをやっていることで知られているタブンネを、トレーナーが経験値稼ぎのためにゲットせずに戦って瀕死に追い込み続けて罪悪感ばかりを募らせるタブンネを、まさか捕まえてパーティにいれていたとは。
「この子、いや彼女はね、ミジュマルやチョロネコにはない耐久力を持っているんだ。」
「タブンネ。」
「タブンネじゃないよ。タブンネ。君は素晴らしいよ。」
「タブンネ?」
チェレンは曖昧に頷いている。タブンネを手持ちにするトレーナーは珍しい。その珍しいトレーナーが目の前にいる現実にひたすら驚いている。
それにしても、さっきから見た目は愛くるしいタブンネが発しているなんだか禍々しいオーラは気のせいなのだろうか。時代劇でいうところの人斬り侍の持つ殺気というのだろうか。それをタブンネから感じる。
「いやあ。彼女ちょっとご機嫌斜めみたいなんだ。僕が技を指示するだろ。彼女はメロメロを覚えているから、まずそれをオス相手には使うだろ。その度に舌うちされるんだよね。でもそのあと無防備なオスポケに対するおうふくビンタの凄まじさは目も当てられないよ。」
「トウヤ。たぶんタブンネはメロメロを使いたくないんだよ。オスに媚を売るようで嫌なんじゃないのかな? 早くメロメロは忘れさせてあげたほうがいいんじゃない?」
タブンネはチェレンの言葉に頷いている。
トウヤのゲットしたタブンネはその見かけとは裏腹に、硬派というか武闘派な性格だった。トウヤにゲットされたのも更なる強さを極めたいという意志で、だった。しかしながら自らの特性が災いしているのが現状だった。その一つが自分の手持ち技であるメロメロだった。こんな女の武器で相手を無力化させる技などタブンネにとっては屈辱以外の何物でもない。しかしトレーナーにとっては王道の戦略なのだ。
「タブンネ。」
タブンネはチェレンの腰あたりを叩いた。気づいてくれてありがとうと言っているつもりなのだろうか。
「好戦的なタブンネなんだね。だけどしばらく別の技を覚えるまではメロメロは有効に使わせてもらうよ。」
タブンネがまた舌打ちをした。早く別の技を覚えてとっしんだのすてみタックルをかましたいと心に誓うのだった。彼女の願いは肉弾戦ポケモンを極めること。なんの小細工もない純粋な強さを極めることが、彼女にとってのトウヤの側にいる動機なのだから。
「トウヤのポケモンってちょっと変わってるね。」
ボールに戻ったタブンネを見てチェレンは呟いた。
「まあ彼女はミジュマルの姉貴分としても頼りがいがあるからね。バオップを育て屋さんに預けたあと、沈みがちなミジュマルに喝を入れてくれて大分助かってるんだ。」
「そうか。トウヤの手持ちはなんだかんだでチームとして成り立っているんだね。」
チェレンが感慨深くなっていると近くをでかいリュックを背負った男が通りかかった。
「お兄さんがた。さっきの話からするとトレーナー? どちらかと勝負してみたいんだけど。」
「じゃあ僕と勝負しようか。」
トウヤが立ち上がって男と対峙する。チェレンは出遅れてしまった。
「あ……。トウヤ、頑張って。」
トウヤは満面の笑みで頷いた。
「じゃあ、タブンネ頼んだよ。」
男はドッコラーを繰り出した。
トウヤはタブンネに指示を出す。
「タブンネ。メロメロ。」
タブンネは「え?」と言うように聞き返した。ドッコラーが攻撃をしているが自前の耐久性でタブンネは耐えた。
「タブンネ。はやくメロメロ。」
タブンネは振り返ってトウヤを睨みつけたあと、ぺっと地面に唾を吐いて、しょうがないと言わんばかりにメロメロを繰り出した。
チェレンはその光景を見て、トレーナーとポケモンの関係って画一的じゃないんだなと学んだ。目の前ではタブンネに手を出せないドッコラーがタブンネのおうふくビンタの餌食になっていた。
バトルはトウヤの勝利に終わった。タブンネで削ったドッコラーを引き継ぎミジュマルとチョロネコを次々と出してトウヤは獲得した経験値をきちんと三分していた。実にバランスの取れた育て方をすると思うと同時に、すこし遠回りなバトルの仕方をしているなというのがチェレンの感想だった。
「すごかったな。お前のタブンネ。俺もゲットして育ててみてもいいかもな。」
男はそう言って去って行った。新たなるタブンネ使いが生まれようとする前兆めいて見えた。
トウヤは嘆息してベンチに再び座る。ベンチの背もたれに身体を預けチェレンと呼んだ。
「さっきさあ、ポケモンの年齢当てが得意っていう人に出会ったって言ってたけど、どんな人なのかな?」
チョロネコやタブンネの話題にかまけていたが、実はトウヤが気になっていたのはチェレンが口を滑らせて言った人間の話だった。その人物がいつどこでチェレンと会って、どのような関わりを持ったのかを聞いてみたかったのだ。ポケモンの話題の途中でいきなりその話題に切り替えるのもわざとらしかったので、タブンネの話題が終ったところで切り出そうと待っていたのだった。
その人物のことを気にする理由はある。少し前のチェレンと打って変わって今回のチェレンは自らトウヤに声を掛けてきた。予想できるのはその人物の影響をチェレンが受けたということだ。しかも接触したのは短期間だとしか考えられないから、世間的に見ても余程の人物であるか、それともチェレンにとって深く心を傾ける対象になった人物だと考えられる。
「君ちょっと印象変わったし、その人の影響を受けてるのかなって思って。だからどんな人なのかなって興味が湧いたんだ。」
チェレンは困ったように笑った。
「野宿した時に一緒に食事をした人なんだ。」
トウヤがぴくりと反応する。
「君、ずっと野宿してるんだろ。ずっと思ってたんだけど身体は大丈夫なのか?」
「あ、少し風邪引いたからもう今日からは控えるつもりでいるんだ。その人にも無理するなって言われたから。」
トウヤはまたぴくっとこめかみが動く。
「僕も前から無茶はするなって言ってたのに、君は初対面の人の言うことは聞くんだね。」
トウヤが旅の当初からチェレンを気にかけていることは、チェレン自身もわかっていた。だけどチェレンはトウヤに対して少しばかりの対抗心も持っていたので、僕の好きなようにさせて欲しいと強情を張っていた。
「か、風邪引いて咳が出て介抱されたとき、トウヤと同じこと言われたからっ。痛い目にあって初めて反省したってやつかな。今じゃトウヤの言ったことは正しいってわかってるし。トウヤの言うことを少しでも聞いておけば良かったって思ってるし。」
「そういうタイミングだっただけなんだね。」
トウヤの声が低くなる。
「トウヤの言葉、無視するようなことしてごめん。」
「いや、いいんだ。」
チェレンの言葉を受け入れたように頷いたトウヤだったが、内心はチェレンが出会った人物に対しての嫉妬未満の疑惑で渦巻いていた。あの強情なチェレンがこんなに素直に謝ってくるとは思えない。どんな人間が魔法じみた手管でチェレンを変えたのかが気になる。
「誰なのかな? 君をそんなに素直にしたのは。」
チェレンはふるふると首を振る。
「あんまり公に名前を言い触らせない事情のある人なんだ。ていうか、その人との出会いが僕にとっても宝物みたいに思ってるから。も……もう少しだけそれを僕だけのものにしておきたいんだ。トウヤに絶対にその人のこと教えないってわけじゃないから。今だけ内緒にしてていいよね?」
トウヤはチェレンからの好感度とチェレンの周囲の人間関係の把握を両天秤にかけている。チェレンからは考えられないような夢見がちな言葉を聞いて、トウヤはこの状況に少しばかり恐怖を覚えた。だがしつこく追及すれば、チェレンは二度とトウヤにチェレン自身の近況なりを打ち明けてくれることは皆無になりかねない。ならば泣く泣くその不可解な人物の正体については目を瞑るしかないだろう。まだトウヤの追及が好奇心からと受け取られているであろううちに。
「宝物ねえ。ロマンチックな言葉だね。ならもう少し君だけのものにしていいよ。だけど、近いうちには僕にも紹介して欲しい。その素敵な年齢当ての達人さんを。」
「……うん。わかった。トウヤにも紹介するから。」
トウヤとチェレンはぎこちないながらも微笑みあう。いつも頬を引き締めていたチェレンの白い顔が、少し紅くなっていた。何かが自分がチェレンから離れていた間に進行しつつある。世界の裏の部分でも、トウヤにとって身近で見知った人間にも。
トウヤにはおぼろげながらにそれが怖かった。
- * *
ゲーチスは組織の専用車でとある研究所に赴いていた。そこでは彼がスカウトした科学者がある動力機関とそれを制御する装置を開発している。
ゲーチスがそこに下っ端に声をかけ扉を開けてもらうと、顔は知っているが招いた覚えのない女研究者が気安く声を上げた。
「はーい。ヘル・ゲーチス。」
「貴女は……アララギ博士ですか。」
ゲーチスはアララギの傍にいた金髪碧眼のメガネで白衣のお抱え科学者アクロマにどういうことかと視線を送る。
「ご心配ありません。ラギさんにはご協力頂いてるだけなんです。」
横でアララギがうんうんと頷いている。実に罪のない微笑みを浮かべながら。しかしここは非合法な組織の最重要な開発を行っている場所だ。彼女のように日向の場所で大手を振っている存在がこの場にいることは少し都合が悪い。いや実に都合が悪い。
彼女が個人研究者としてプラズマ団にいるならば、それはまだ許せる。だが彼女の場合は父親も高名な学者という、二世研究者だ。父親もプラズマ団に協力する気があるというご都合主義は存在しないだろう。というかプラズマ団の前提をことごとく覆すようなことを企んでいる可能性のほうが高い。
「ドクターアクロマ。困りますなあ。外部の者を招くなど。」
「えー。だって……貴方が融通してくれた団員さんたちより、ラギさんのサポートのほうが断然頼りになるんですもん。」
「ドクターアクロマ。彼女はあのアララギ博士のご息女ですよ。我々の考えと同調するわけがありません。それは水と油が混じることがないと言うほど明らかではありませんか。」
「えー? 私はロマっちが面白い研究してるから来ないかって言われて来ただけだけど。ねえ、ロマっち。」
「そうですよ。」
ゲーチスは科学者には守秘義務とかは丸無視かいと頭が痛くなる。
「しかしながら、私はアララギ博士のお父上の見解なども知っているわけで。反対論者の派閥関係者はやはり歓迎しかねますねえ。アララギ博士。」
「あらら。私と父さんが同じ意見だと思ってゲーチスさんは心配してるわけえ? せっかくカノコから手伝いに来たのに? ロマっち悲しいよね。そんな言い方。」
「ラギさん。ラギさんは一人で団員百人分くらいの頭脳はあるんですよ。いいじゃないですかゲーチス様。」
ゲーチスはアララギとアクロマの後ろに鎮座している開発途中の装置に目をやる。明らかに先日見た状態より進歩している。専門家でない団員では間に合わないのはゲーチスだって理解している。
「アララギ博士。私としては貴女がいることで助かるのは存じています。その反面で心穏やかではなくなっています。貴女がお父上やその派閥にいる研究者に情報を漏洩させることが恐ろしいのです。」
「あら。じゃあ私のことをここに拘束するつもりなのかな? いや、それ困るし。荷物も最低限しか持ってきてないし。」
「言われるまでもなく、それが不可能なことは理解しています。それこそ高名な学者の失踪事件だと大騒ぎになってしまいますから。」
アクロマは焦れたように半ば子どものような言い分でゲーチスに言う。
「ラギさんは別にプラズマ団のことを探りにここに来たわけじゃないんですよ。さっきから聞いていましたら、なんでラギさんのお父さんの話が出てくるんですか? わかりませんねえ。」
「ドクター・アクロマよ。親と子はあくまで別の個人とされているが、それを大方の人間は切り離して考えられないものなのです。どうしても私には、父親のほうのアララギ博士の影がこのアララギ博士の後ろにちらついてしまうのです。」
ゲーチスのなんとも言えない表情にアララギは開き直ったようにしょうがないと呟いた。
「みんな父さんのことを気にするのよね。ロマっちが庇ってくれるのは嬉しいよ。だけど昔からそうなんだよね。ヘル・ゲーチスもそうなのよ。」
ゲーチスはアララギの言い草に眉根を寄せる。
「それを理解して貰えるのは有難いことです。貴女は経験からそれを承知した上でここに来たわけですね。」
そこまでのことは言っていない言うようにアララギはあーと掠れた声を出す。
「いや。ロマっちが面白いことをしてるって、それだけだけどね。それと特別に報酬貰うって約束だから。」
「報酬ですか。それは現時点でプラズマ団としても保証せねばなりませんね。」
報酬というよりも口止め料としての意味が強いがとゲーチスは心の中で呟いた。
結局アララギはゲーチスを悩ませる天才どもの一人でしかないのだろう。アクロマしかり。Nしかり。それと関わるには信頼とか契約とかけじめは役に立たない。自由にやらせられるところだけ自由にやらせるしかない。
「アララギ博士。このことが外部に流出した場合、貴女の身柄や身の安全は保証しませんがよろしいですかね。」
「承知するも何も。あり得ないことだと私は思うよ。」
そうですか。ゲーチスは諦めるように空いた椅子に腰を下ろした。
再び扉が開けられる。
「こんにちは! アクロマさん、カレー食べに来たけど住所ここで良かったよね?」
ゲーチスが持ち前の巨体をぎくりと震わせる。また部外者が来たと。
「トウコちゃん。何年ぶりだろ。」
「あら。アララギ博士。エンブオー、博士だよ! わあ! そんな外で団員さんに謝ってないで、こっちこよ!」
ゲーチスは首から下を硬直させたまま、首だけアクロマの方を向き無表情で言った。
「ドクター・アクロマ。説明して欲しいのだが。」
「彼女はトウコさんと言います。私のその……」
「お友達だよっ。」
珍しくもじもじしているアクロマの様子がおかしいが、トウコの屈託のなさにゲーチスはもう何も発言したくもなくなってきた。
「トウコさん。ここで見たことはご内密にお願いできますか?」
ゲーチスは自分の背後にある巨大な装置を指してトウコに問いかけた。
「うん。私カレー食べにきただけだから。」
「ロマっちのカレー美味しいからね。そうかトウコちゃんもカレーに釣られてきたのね。」
もしかして先のアララギの言った特別な報酬というのは、カレーのことだったのかと、ゲーチスは麻痺した半身に血の気が蘇ったような怒りによる錯覚を覚える。
「それではゲーチス様。私はカレーを作りに行ってきます。」
アクロマは嬉々として部屋から出た。
ゲーチスはもう突っ込むのも疲れてきた。天井裏に何故かいるダークトリニティに目配せをする。
ダークトリニティは無言で頷いた。たぶん彼らがアララギとトウコの監視を担ってくれるだろう。それだけがゲーチスにとっての救いと呼べるものだった。
横を見るとトウコのらしいエンブオーが「あのう、すみませんでした」とばかりに待機している。ゲーチスは小声で気にしなくてもいいですよと言った。
「ご婦人二人もその身が健やかであり続けたいのなら、この老体の忠告を誠実に受け止めて欲しいものですね。」
優しい口調とは裏腹の脅し文句を二人に告げてゲーチスは出て行った。
「アララギ博士。」
トウコの呼びかけにアララギは手にしていた工具を床に置いた。
「アララギ博士じゃないでしょ。トウコちゃん。もう五年以上も連絡一つすら寄越さないで。しかもこんな悪の組織の最重要拠点に入り込むだなんて。」
「アクロマさんに招待されたんです。」
「トウコちゃん。いつからそんなに軽はずみな子になったの? 旅に出る前のあなたは思慮の塊のような子だったのに。私もさっきは老人の警戒心を削ぐために、あなたがもとから少し頭が軽い子のように扱っちゃったけど、私としてもあなたのキャラの変わりようにビックリしたわよ。噂では聞いていたけど目の当たりにすると少し怖くなるわ。」
もしかして馬鹿っぽい子の演技してるの? アララギの声が微かに無機質な室内に反響した。トウコはきょとんと首を傾げている。
「演技って言われても……昔も今も私変わってないつもりなんだけど。」
「あなたからしてみれば、そうかもね。じゃあ言わせてもらうわ。あなたのエンブオーが無茶苦茶高いレベルなのに、ヨーテリーに勝ててないのは一体なぜ? シッポウシティでのこと、ロマっちに聞いたわよ。」
「えー。でも負けちゃったんだから仕方ないじゃないですか。」
トウコは本当に困ったような顔をしている。
「負けたら負けたで昔のあなたはそれをきちんと分析して次のバトルに活かせる子だったよね。あなた、負けたことにも全然気にしてないでしょ。それとエンブオー以外のポケモンはどうしたの?」
「えっと…逃げちゃいました。たぶん私を見限って。」
「それにも全然危機感を持っていない。」
「はい。確かに。」
「自分の身に起こったことなのに、なんか他人事のように思ってない?」
「私がポケモンに対して真剣じゃないって言うんですか?」
トウコはおろおろしている。アララギは溜息をついた。エンブオーがふるふると首を振っている。ポケモンが鳴き声や攻撃行動ではなく、わずかな仕草でトレーナーを庇っている。自分の前で進行している会話を理解しているかのように。かなりレベルだけではなく知能も高いエンブオーのようだ。
「わかってる。トウコちゃんは本当にポケモンが大好きなのよね。」
「はい。大好きです。バ、バトルだってそのうち勝てたらいいなって。」
アララギはそれ以上はトウコを責める気にはなれなかった。科学的に分析出来る問題じゃないと明らかにわかるからだ。これはポケモンに関わる学者とトレーナーがお互いに一線を引いた上でのやり取りなのだから仕方ない。
トウコが本当にお馬鹿になってしまったにしろ、演技しているにしろ、それをアララギに正直に言っているとは限らない。どちらにでも取れるようにそれらしく受け応えしている。しかし演技でも自然の変化しろ、トウコの変化の結果は自分の同業者であるアクロマの興味を惹いてしまっている。
アクロマの研究はポケモンの潜在能力を引き出すこと。トウコはその反対の現象を起こしている稀有なトレーナーだから、アクロマのアンテナに引っかかったのだろう。
トウコは昔は才媛と呼ばれるような優秀な少女だったという過去も十分、アクロマにとっては興味の対象になったのだろう。彼女の変わりようの転機は遡れば、ポケモンを手にしたことだ。その因果関係にアクロマが目を付けるのは当たり前だ。アララギだってその因果関係の是非を確かめたいに決まっている。
取りつく島のないトウコにアララギは手を変えてみようと思った。そして声を若干甘くしてトウコ肩に腕を回し引き寄せ顔を近づける。
「トウコちゃん。トウコちゃんは昔、私にすごく懐いててくれたよね。大きくなったら博士みたいにポケモンの研究したいなって言ってくれたよね? でも、大きくなったらなったで、若くて優しくて優秀な男の人のほうがいいのかな?」
「博士? どゆこと?」
アララギはトウコのポニーテールにした髪を掬い上げる。それを指に絡ませながら熱っぽくトウコを見た。
「やきもち妬いているのかもしれないわね。こっちは何年も連絡寄越してくれなかったのに、初対面のロマっちのとこにほいほい来ちゃったから。」
「そ、そういうつもりなかったんです。博士に連絡しちゃうと、親が嗅ぎつけたときに博士に迷惑かけちゃうかなって。」
「そうね。そうなりかねなかったけど。悲しいな。私にとって可愛いトウコちゃんがいざという時頼ってくれないなんて。私もっとトウコちゃんに頼られたかったな。」
「博士……。ごめんなさい。」
トウコは俯いてしゅんとしている。でもトウコより背の高いアララギにはトウコの表情は読み取れない。ここまで情に訴えかけてもトウコは一向にアララギになびいてきたり、感情的に反論することもない。本当に世間で言うところの可愛らしい女の子の範囲を守って、それらしい反応をしてくれている。逆に単なる考える頭のない素直なだけの女の子には出来ない芸当だろう。
まあいいかとアララギはトウコの肩をぽんと叩いた。今日のところは会話のシーソーゲームを続けるより、旧知の仲同士、アクロマの振る舞う甘口カレーに舌つづみを打つことにしよう。
年頃の娘はこれだから扱いにくい。自分が男ならもう少しやりようがあったのだが、自分は女だ。それでも大人の女の魅力でたらし込むには昔のトウコを知っているだけにリスクを警戒してしまう。今は何の下心のない地元の恩師というポジションから離れないようにしておこう。
「ロマっちのカレーがそろそろ出来上がるころだとは思うわよ。」
「あ。じゃあ私、持ってくるの手伝います。キッチンこっちですよね。エンブオー。エンブオーも手伝おうよ。」
「ブオっ。」
「じゃあエンブオー行くよ。」
アララギは笑顔で手を振った。あのエンブオーがトウコに張り付いている限りは、アクロマも研究者ではない男としてのアプローチもままならないだろう。
「それと、」
誰に言うでもなくアララギは呟く。天井にいる監視者はアララギの何気ない目に息を潜めた。アクロマのほうに行ったトウコより、アララギを監視しようという判断らしい。
「ふっ。」
アララギは笑った。そしてまたモニター画面と睨めっこをしながらトウコ達が運んでくるカレーを待つことにした。
トウコはキッチンに続く通路を歩く。
「ねえ。エンブオー。あの部屋すっごい機械がいっぱいあったね。」
「ブオ。」
トウコがここの施設に来て初めてここについての感想を口にした。今までそれを気にもなっていなかったような態度から、施設の大部分を占める制作中の機械に言及したトウコにエンブオーはわずかに反応が遅れて生返事をしてしまった。
「ブ、ブオっ」
「あれ壊すのエンブオーだけじゃちょっと無理っぽいよね。逃げちゃったあの子達帰ってきてくれるかな?」
「……。」
何気にトウコは逃げて行った他の手持ちを気にしていたのかとエンブオーは絶句した。しかもトウコはあいつらが戻ってくる可能性があるかのように言っている。
「エンブオー。プラズマ団の演説聞いたこと覚えてる?」
エンブオーは頷く。
「ポケモンの解放って言っていながら、あの機械はものすごく矛盾してるよ。」
「……オ?」
トウコはあの機械の塊の正体が分かっているのだろうか。
「本で見たことあるんだ。電気ポケモンの電気エネルギーを動力にしている車の写真。あれ結局、ポケモン倫理に背くからって開発中止になっちゃったんだよね。そうだよね。電気ポケモンに命令しないと車動かないってことだよね。ポケモンも長い走行距離を走ってる間に疲れちゃうかもしれないのに。」
よくある発明品の失敗談だった。車と言うからにはつい数年前の話だと考えられる。トウコは続けた。
「開発しちゃった人はじゃあ何匹かで交代とか、充電式にしようとか言ってたけど、どっちにしたってポケモン可哀そうだよ。道具や燃料扱いするなんてひどいよね。で、アクロマさんが作ってたあの機械だけど、どうやらポケモンを道具にしようという設計みたい。」
そういえば大型のポケモンが入れるくらいのケージが付属していたとエンブオーは思い出した。トウコはエンブオーの反応に頷いた。
「あの優しくて純粋そうな人が作ったものとは信じたくないけど。だけど頼まれちゃったんだろうね。たぶん。アクロマさんは優しいから純粋だから断れなかったんだよ。そういうことにしておこう。これを使ってポケモンを解放させれば、その時一回きりだけだから、必要な行為だからしょうがないとかかな。まあ私が壊しちゃってもアクロマさんは怒らないよね。だってアクロマさんは私のこと好きみたいだし。」
トウコは長いセリフをまるで歌うように言った。エンブオーはその逐一の意味を読み取るたびに、だんだんと今までのトウコが遠くなるような気がした。トウコの手を掴んで言葉を止めさせたいけど、その手が何故だか掴めない。
「エンブオー、大丈夫。何も怖くない。アクロマさんも、博士も、ゲーチスのおじいちゃんも、この中にいるプラズマ団員さんたちも。私のことだって。エンブオーが怖がって怯えることはないんだよ。だって世界は混沌として優しいんだもん。」
トウコのほほえみには絶対の自信が潜んでいる。本当に何も怖くないかのように。
もう少し奥に進むとカレーの匂いが漂ってきていた。
「あ。トウコさん。カレーちょうど出来上がったところなんですよ。」
嬉しそうな笑顔のアクロマはエプロン姿でトウコを迎え入れた。
トウコがエンブオーに語った企みなど、何も知ろうはずもないアクロマだった。彼は彼女に自分の開発したものを壊されたとしたら、彼はいったい彼女にどんな表情を見せ、何を言ってしまうだろうか。自分の良かれ悪かれ努力の結晶をぶち壊されても、このような笑顔を向けられるとは思えない。それとも万能の科学者の本領を発揮して、壊れない機械とやらに仕上げているのだろうか。
誰も彼もの胸も内を互いに分からないまま、プラズマ団の研究室は今日も稼働し続けていた。
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