幸福雑音
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☆☆リクエスト企画「馬鹿と阿呆の為のセプテット後編」勝燐
りんさんすみません。ここからがリクエスト消化分です。楽しんでいただければ幸いです。
「ねえ燐。どうしたんだよ。」
教壇直ぐ前の席で隣同士のしえみが燐に声を掛けて背中を揺らしている。燐はというと机に突っ伏して起き上がる気配がない。
「燐―。起きないと先生来ちゃう。」
燐はのろのろと顔を上げる。
「どうしたんだよ燐! 目から鼻水が出てる!」
「いやこれ普通に涙なんだけど。」
しえみは呆然と燐の返事を聞いた。そしていきなりわたわたと涙を拭い始める。
「なんでもねえから。」
「うん。そんなのは分かってるけど、とりあえずその鼻水……じゃなかった、涙をどうにかしなくちゃ。」
流石は最近まで引きこもりだっただけある。人の気持ちがいまいち分かっていない。しかし今の燐にとってはそれが良かったりした。深刻に問題にされたりしたら余計に泣けてきそうだったので、しえみに涙を拭われたあとはなんとか追加の涙は出てこなかった。
そしてそれを後ろのほうの席から勝呂は見ていた。
塾が始まる前、燐は人懐っこく勝呂の腕にしがみついてきた。そして勝呂が肩を組んでくるという妥協案が為されるまでずっとくっつっきぱなしだった。少し前の勝呂ならうっとうしいとかふざけてるとか思いそうなものだが、先日雪男から聞かされた燐の事情から燐のするがままにさせておいた。
『ただの単細胞のアホやと思っとったけど、人恋しい奴やったんやな。』
勝呂が拒否しないのを認識した燐は、本当に遠慮なく勝呂の腕に抱きついていた。まるで父親の腕にぶら下がる幼児のように。それには勝呂も照れくさいながら胸がほっこりした。
しかし。教室に入る前、アホはいきなり元気がなくなり、らしくもなく言いかけた言葉を中断して口ごもった。
勝呂は最初、アホでも言いかけてやめることもあるんだなと、妙な感心めいたものを感じていた。アホが言いかけた言葉は「俺、勝呂のこと……」だった。その先はそれが正解かどうか分からなかったが、ふいに頭に浮かんだ言葉をアホに問いかけてみた。
『好きなんか?』
アホは頷いた。伏目がちに。
そして今に至る。あれだけベタベタとくっついて来たんだから、好かれているというのは間違いないはずだ。そして燐もそれに頷いた。だけど――。
『好きにもいろいろあるやんか。』
友達として好きとか。家族愛とか。心の拠り所を失ったばかりの子どもなら――。燐は周囲の人間が皆認めるところのガキっぽい性格だと思う。そして自分はかなり老けた外見をしている。
『やっぱり。父親か。父親なんか?』
ならそれなりに構ってやったんだから。その矢先に泣くなと思った。そして女子に構われて泣き止むなと半ば無茶なことも思った。
燐は泣き止んではいたが、授業中にふいにしゃくりあげて担当講師をぎょっとさせていた。その度にしえみが背中を擦ってやっている。
ついに三時間目の講師が心配そうに声を掛けてきた。
「奥村。腹でも痛いのか?」
「そういうわけじゃ、ないです。」
何故か燐の代わりにしえみが答えている。燐はその言葉のあとに頷いていた。
「そう。そんならいいんだけどね。」
「はーい。頑張ろうね。燐。」
席順の都合でそうなっているのだが、しえみはよく燐のフォローをしている。マイペースでトンチンカンなところはあるが、野生の勘じみた察しの良さと侠気を持ち合わせたおなごやと勝呂は常々思っていた。わけもわからず泣き出している男を隣において、慌ても呆れも引きもしない態度に感心はするが、ならば自分はどうなんだろうと考えさせられる。
どうも燐がいつもの調子でないのは自分に原因がるような気がする。優しくしたのになんでと思う。釈然としないし燐にいろいろ問いただしたいが今は授業中だった。仕方が無いので授業が終わるまで待つしかなかった。
* * *
授業が終わって勝呂はつかつかと前の席に歩み寄る。
「おい、奥村。男がメソメソしてどないすんや。」
勝呂に振り返った燐が見せた顔は、目元が赤く染まった見ていられない顔だった。燐は近寄ってくる勝呂から顔を逸らそうとする。その態度に勝呂はかちんときた。
「なんやっ。なにがあかん言うんや!」
「勝呂君! ちょっと飛ばしすぎ!」
「杜山さん……。ちょっとこいつと話がしたいんやけど。」
しえみは俯いている燐を庇おうと手を広げて勝呂と燐の間に立っている。勝呂は躍り出たしえみにぎょっとなって、ほんの少し及び腰になってしまった。志摩と子猫丸も恐々とその様子を窺っている。まだ間に入るには時期尚早だと思っているらしい。なにか揉めるようなら、もう授業も終わったところだし坊を回収して収めようと思っているようだ。長年の付き合いなのだから、そんな気配は容易に読み取れた。出雲や宝は既に教室からいなくなっていた。
「兄さん。大丈夫かい? 授業中ずっと様子がおかしかったらしいけど。」
とうとう雪男まで教室に入ってきた。
「勝呂君。兄が何かしましたか?」
雪男は勝呂と燐を見比べて勝呂に訊いてきた。多少その言葉に非難めいたものを感じた。これも先日のことだが、雪男に燐と仲良くさせてもらうと言ったばかりだというのに、また衝突していると思われるのは都合が悪い。思わず弁解じみたことを口走った。
「いや。違うんです。」
「……。」
雪男は数秒の間勝呂に胡乱な目を向けていたが、溜息をついて兄の腕を取った。
「いいです。もう今日のところは引き上げさせます。ね。兄さん。」
雪男が声を掛けると燐はほっとしたように目を薄く閉じた。勝呂はそれを見守るしかないと思っていた。
教室を出て行く燐が勝呂を振り返る。何か言いたげにしているが、何故か言えないでいるようだ。勝呂は咄嗟に引きとめようかと手を伸ばしたが、さっきの雪男の態度を思い出して躊躇する。今日のところは話せそうにないと思ったその時。
「雪ちゃんっ。」
しえみの声に雪男が振り返る。
「どうしたんですか?」
「勝呂君と燐を、二人で話させてあげようよ。」
「しかし今の兄では……」
しえみはつかつかと雪男と燐の側に寄って、燐の腕を掴んでいる雪男の手を引き離す。
「燐。行ってらっしゃい。」
「しえみ……。」
「勝呂君。さっきのようにいきなり怒鳴っちゃ駄目だよ。志摩君も三輪君も行くよ。」
「え?」
しえみに呼び寄せられた二人は、そのまま背中を押されて教室を出て行く。そしてもう一度教室に戻ってきたしえみは、雪男の背中も押して教室に勝呂と燐が二人きりになるようにした。
「……。」
「……杜山さん。すご……。」
「雪男にまであんな強気に出るなんて、馬鹿だあいつ。」
ずっと黙っていた燐がぽつんと呟いた。
「馬鹿言うたらあかん。お前の為を思ったんやろうが。」
「だってあいつ。雪男のこと好きなのに、俺のことで雪男に呆れられるのは……」
勝呂はアホと言って燐の頭を小突いた。
「どうせ俺はアホだよ。だって俺が勝呂のこと好きだって勝呂に知られたら、急にわけがわからなくなったんだもん。」
「は? 好き言うのは恥ずかしいことやないやろ。お前、おとうはんが死んで心細くて、俺に甘えたかったんやろ。俺はこの通りオッサン顔だし。おとんがわりでもええかと思ってたんやで。それなのに授業前に泣き出すから、どうしたんかと思ったんや。」
「おとんがわり? ジジイはお前と全然顔似てねえよ!」
勝呂は地雷を踏んでしまったと思った。義父の存在は燐にとって特別なのだから、それの身代わりになるというのはとんでも傲慢だったと気づかされる。しかし気落ちしている場合ではない。
「いや。ほんやけど、杜山さんのこと馬鹿呼ばわりするのはよくないで。先生からお前庇ったり、若先生にも勇気出して意見したり。それいうてお前のこと、ほんまに友達や思うとるからやってくれたことなんやで。」
雪男の目を気にして燐に呼びかけるのを躊躇っていた自分とは大違いだった。燐は弱弱しく「そうだな」と返す。
「じゃなきゃ、今こうやって話せなかったもんな。」
勝呂も頷く。
「ほんで。なんでわけわからんようになって泣けてきたんや、お前は?」
「勝呂を好きなこと一発でバレたから。」
「いやだからそれは、お前が心細くて……いや、おとうはんの代わりやない言うとったよな? ほんならどういうことや。好きって。」
燐はいきなり吼えた。
「馬鹿! 俺はアホかもしれないけど、お前だって馬鹿じゃねえか! 好きって言ったら普通、好きって意味じゃねえか! それしかねえだろ!」
勝呂は数秒間固まってしまう。そして思わず叫んだ。
「好きいうて、いろいろあるやんか! 友情とか家族愛とか、ただの好みとか!」
「俺みたいなアホがそんなにごちゃごちゃ考えられるか!」
「いや落ち着け。結論は急ぐなアホ。」
「じゃあ言うけどな、俺だって、気持ちのほうが後から来たかもしんねえ。でも身体は正直だったんだよ。いきなり胸が苦しくなったし、涙はぼろぼろ出てくるし。授業のあとどうしようってずっと考えてた。」
燐は勝呂に手を伸ばす。でも授業の前のように抱きつくことが出来ないのか、その手は宙を彷徨っている。
「やっ。もうこんな状態続いたら、俺どうにかなっちまうから。いやならいやってこの場で言ってくれねえかな? せっかくしえみに、いや友達に勇気貰ったんだし。」
なんの勇気やと勝呂は思う。そしてそれを燐に訊いた。
「お前に嫌われる勇気。」
「アホかっ。」
勝呂は彷徨い続ける燐の手を取る。
「泣きそうな顔でそないなことになっとる奴を、嫌いって言えるか!」
「同情するなら、トドメ刺してくれよっ。そうしないとこれからも俺、お前と顔合わすたびに不審な態度取るから。そんでお前はそれを雪男に見られて心証悪くするかもなんて、いっつも怯えてなきゃいけなんだ。」
「お前何気に世間体気にする男の心理に疎そうな振りして、具体的に嫌がらせする魂胆やな。いやいや。ほんま同情やないから。」
「じゃあ。加害者意識だ。」
「せやからなんで、そないに俺に嫌われようとするんや?」
興奮して勝呂に食って掛かっていた燐が大人しくなる。
「だって。俺アホだし、お前みたいに不良なのにかっこ良くって頭のいい奴に好かれるわけない。」
「俺は不良やないし。俺もお前好きやし。」
「それってどんな好きなんだよ?」
「好きは好きしか意味が無い言うたのはお前やないんか。」
「そうだったっけ?」
目の前にはうっすらと顔を綻ばせかけているアホが立っている。アホの癖によくもここまで自分を誘導してくれたもんだと感心する。
「わかった。わかったから……。そういうふうな好きなんやな。そんなら辻褄が合うわ。」
アホの言動にも自分の気持ちにも。勝呂は教室の中を見回す。自分と燐以外には当然ながら誰もいない。
「あー。誰も戻ってくることはないと思うんや。」
前振りのように勝呂は独り言を呟く。
「そっ、そうだよな。もう誰も戻って……こ…こないよな。」
燐も何気ないように呟くが、その目は泳いでいた。
「ほな。し、しようか……」
「そ、そうだな……」
燐が勝呂の首にしがみついて伸び上がる。勝呂は燐の背中に手を回して燐の体重を支えていた。
「するのって、キスだよな。」
十分に顔が近づいたところでアホがいきなり尋ねてきた。だから馬鹿としては答えてやる。
「あたりまえや。好き同士やからな。」
本当に長い間待たせた割りにこんなんですみませんでした。
正直言いますと、前回のけいりんさんとりんさんの名前が似ていたので、リクエストがごっちゃになりかけたことがありました。だからけいりんさんのほうに多少エロ表現が行ってしまい、その上ストーリーを従来のうちの勝燐の話にあわせてしまったせいで、どうしてもエッチが書けませんでした。
でも勝燐はしょっぱなから付き合っている設定で書き始めましたので、馴れ初めがようやく書けてよかったです。
本当にリクエストありがとうございました。またお付き合いいただければ幸いです。
「ねえ燐。どうしたんだよ。」
教壇直ぐ前の席で隣同士のしえみが燐に声を掛けて背中を揺らしている。燐はというと机に突っ伏して起き上がる気配がない。
「燐―。起きないと先生来ちゃう。」
燐はのろのろと顔を上げる。
「どうしたんだよ燐! 目から鼻水が出てる!」
「いやこれ普通に涙なんだけど。」
しえみは呆然と燐の返事を聞いた。そしていきなりわたわたと涙を拭い始める。
「なんでもねえから。」
「うん。そんなのは分かってるけど、とりあえずその鼻水……じゃなかった、涙をどうにかしなくちゃ。」
流石は最近まで引きこもりだっただけある。人の気持ちがいまいち分かっていない。しかし今の燐にとってはそれが良かったりした。深刻に問題にされたりしたら余計に泣けてきそうだったので、しえみに涙を拭われたあとはなんとか追加の涙は出てこなかった。
そしてそれを後ろのほうの席から勝呂は見ていた。
塾が始まる前、燐は人懐っこく勝呂の腕にしがみついてきた。そして勝呂が肩を組んでくるという妥協案が為されるまでずっとくっつっきぱなしだった。少し前の勝呂ならうっとうしいとかふざけてるとか思いそうなものだが、先日雪男から聞かされた燐の事情から燐のするがままにさせておいた。
『ただの単細胞のアホやと思っとったけど、人恋しい奴やったんやな。』
勝呂が拒否しないのを認識した燐は、本当に遠慮なく勝呂の腕に抱きついていた。まるで父親の腕にぶら下がる幼児のように。それには勝呂も照れくさいながら胸がほっこりした。
しかし。教室に入る前、アホはいきなり元気がなくなり、らしくもなく言いかけた言葉を中断して口ごもった。
勝呂は最初、アホでも言いかけてやめることもあるんだなと、妙な感心めいたものを感じていた。アホが言いかけた言葉は「俺、勝呂のこと……」だった。その先はそれが正解かどうか分からなかったが、ふいに頭に浮かんだ言葉をアホに問いかけてみた。
『好きなんか?』
アホは頷いた。伏目がちに。
そして今に至る。あれだけベタベタとくっついて来たんだから、好かれているというのは間違いないはずだ。そして燐もそれに頷いた。だけど――。
『好きにもいろいろあるやんか。』
友達として好きとか。家族愛とか。心の拠り所を失ったばかりの子どもなら――。燐は周囲の人間が皆認めるところのガキっぽい性格だと思う。そして自分はかなり老けた外見をしている。
『やっぱり。父親か。父親なんか?』
ならそれなりに構ってやったんだから。その矢先に泣くなと思った。そして女子に構われて泣き止むなと半ば無茶なことも思った。
燐は泣き止んではいたが、授業中にふいにしゃくりあげて担当講師をぎょっとさせていた。その度にしえみが背中を擦ってやっている。
ついに三時間目の講師が心配そうに声を掛けてきた。
「奥村。腹でも痛いのか?」
「そういうわけじゃ、ないです。」
何故か燐の代わりにしえみが答えている。燐はその言葉のあとに頷いていた。
「そう。そんならいいんだけどね。」
「はーい。頑張ろうね。燐。」
席順の都合でそうなっているのだが、しえみはよく燐のフォローをしている。マイペースでトンチンカンなところはあるが、野生の勘じみた察しの良さと侠気を持ち合わせたおなごやと勝呂は常々思っていた。わけもわからず泣き出している男を隣において、慌ても呆れも引きもしない態度に感心はするが、ならば自分はどうなんだろうと考えさせられる。
どうも燐がいつもの調子でないのは自分に原因がるような気がする。優しくしたのになんでと思う。釈然としないし燐にいろいろ問いただしたいが今は授業中だった。仕方が無いので授業が終わるまで待つしかなかった。
* * *
授業が終わって勝呂はつかつかと前の席に歩み寄る。
「おい、奥村。男がメソメソしてどないすんや。」
勝呂に振り返った燐が見せた顔は、目元が赤く染まった見ていられない顔だった。燐は近寄ってくる勝呂から顔を逸らそうとする。その態度に勝呂はかちんときた。
「なんやっ。なにがあかん言うんや!」
「勝呂君! ちょっと飛ばしすぎ!」
「杜山さん……。ちょっとこいつと話がしたいんやけど。」
しえみは俯いている燐を庇おうと手を広げて勝呂と燐の間に立っている。勝呂は躍り出たしえみにぎょっとなって、ほんの少し及び腰になってしまった。志摩と子猫丸も恐々とその様子を窺っている。まだ間に入るには時期尚早だと思っているらしい。なにか揉めるようなら、もう授業も終わったところだし坊を回収して収めようと思っているようだ。長年の付き合いなのだから、そんな気配は容易に読み取れた。出雲や宝は既に教室からいなくなっていた。
「兄さん。大丈夫かい? 授業中ずっと様子がおかしかったらしいけど。」
とうとう雪男まで教室に入ってきた。
「勝呂君。兄が何かしましたか?」
雪男は勝呂と燐を見比べて勝呂に訊いてきた。多少その言葉に非難めいたものを感じた。これも先日のことだが、雪男に燐と仲良くさせてもらうと言ったばかりだというのに、また衝突していると思われるのは都合が悪い。思わず弁解じみたことを口走った。
「いや。違うんです。」
「……。」
雪男は数秒の間勝呂に胡乱な目を向けていたが、溜息をついて兄の腕を取った。
「いいです。もう今日のところは引き上げさせます。ね。兄さん。」
雪男が声を掛けると燐はほっとしたように目を薄く閉じた。勝呂はそれを見守るしかないと思っていた。
教室を出て行く燐が勝呂を振り返る。何か言いたげにしているが、何故か言えないでいるようだ。勝呂は咄嗟に引きとめようかと手を伸ばしたが、さっきの雪男の態度を思い出して躊躇する。今日のところは話せそうにないと思ったその時。
「雪ちゃんっ。」
しえみの声に雪男が振り返る。
「どうしたんですか?」
「勝呂君と燐を、二人で話させてあげようよ。」
「しかし今の兄では……」
しえみはつかつかと雪男と燐の側に寄って、燐の腕を掴んでいる雪男の手を引き離す。
「燐。行ってらっしゃい。」
「しえみ……。」
「勝呂君。さっきのようにいきなり怒鳴っちゃ駄目だよ。志摩君も三輪君も行くよ。」
「え?」
しえみに呼び寄せられた二人は、そのまま背中を押されて教室を出て行く。そしてもう一度教室に戻ってきたしえみは、雪男の背中も押して教室に勝呂と燐が二人きりになるようにした。
「……。」
「……杜山さん。すご……。」
「雪男にまであんな強気に出るなんて、馬鹿だあいつ。」
ずっと黙っていた燐がぽつんと呟いた。
「馬鹿言うたらあかん。お前の為を思ったんやろうが。」
「だってあいつ。雪男のこと好きなのに、俺のことで雪男に呆れられるのは……」
勝呂はアホと言って燐の頭を小突いた。
「どうせ俺はアホだよ。だって俺が勝呂のこと好きだって勝呂に知られたら、急にわけがわからなくなったんだもん。」
「は? 好き言うのは恥ずかしいことやないやろ。お前、おとうはんが死んで心細くて、俺に甘えたかったんやろ。俺はこの通りオッサン顔だし。おとんがわりでもええかと思ってたんやで。それなのに授業前に泣き出すから、どうしたんかと思ったんや。」
「おとんがわり? ジジイはお前と全然顔似てねえよ!」
勝呂は地雷を踏んでしまったと思った。義父の存在は燐にとって特別なのだから、それの身代わりになるというのはとんでも傲慢だったと気づかされる。しかし気落ちしている場合ではない。
「いや。ほんやけど、杜山さんのこと馬鹿呼ばわりするのはよくないで。先生からお前庇ったり、若先生にも勇気出して意見したり。それいうてお前のこと、ほんまに友達や思うとるからやってくれたことなんやで。」
雪男の目を気にして燐に呼びかけるのを躊躇っていた自分とは大違いだった。燐は弱弱しく「そうだな」と返す。
「じゃなきゃ、今こうやって話せなかったもんな。」
勝呂も頷く。
「ほんで。なんでわけわからんようになって泣けてきたんや、お前は?」
「勝呂を好きなこと一発でバレたから。」
「いやだからそれは、お前が心細くて……いや、おとうはんの代わりやない言うとったよな? ほんならどういうことや。好きって。」
燐はいきなり吼えた。
「馬鹿! 俺はアホかもしれないけど、お前だって馬鹿じゃねえか! 好きって言ったら普通、好きって意味じゃねえか! それしかねえだろ!」
勝呂は数秒間固まってしまう。そして思わず叫んだ。
「好きいうて、いろいろあるやんか! 友情とか家族愛とか、ただの好みとか!」
「俺みたいなアホがそんなにごちゃごちゃ考えられるか!」
「いや落ち着け。結論は急ぐなアホ。」
「じゃあ言うけどな、俺だって、気持ちのほうが後から来たかもしんねえ。でも身体は正直だったんだよ。いきなり胸が苦しくなったし、涙はぼろぼろ出てくるし。授業のあとどうしようってずっと考えてた。」
燐は勝呂に手を伸ばす。でも授業の前のように抱きつくことが出来ないのか、その手は宙を彷徨っている。
「やっ。もうこんな状態続いたら、俺どうにかなっちまうから。いやならいやってこの場で言ってくれねえかな? せっかくしえみに、いや友達に勇気貰ったんだし。」
なんの勇気やと勝呂は思う。そしてそれを燐に訊いた。
「お前に嫌われる勇気。」
「アホかっ。」
勝呂は彷徨い続ける燐の手を取る。
「泣きそうな顔でそないなことになっとる奴を、嫌いって言えるか!」
「同情するなら、トドメ刺してくれよっ。そうしないとこれからも俺、お前と顔合わすたびに不審な態度取るから。そんでお前はそれを雪男に見られて心証悪くするかもなんて、いっつも怯えてなきゃいけなんだ。」
「お前何気に世間体気にする男の心理に疎そうな振りして、具体的に嫌がらせする魂胆やな。いやいや。ほんま同情やないから。」
「じゃあ。加害者意識だ。」
「せやからなんで、そないに俺に嫌われようとするんや?」
興奮して勝呂に食って掛かっていた燐が大人しくなる。
「だって。俺アホだし、お前みたいに不良なのにかっこ良くって頭のいい奴に好かれるわけない。」
「俺は不良やないし。俺もお前好きやし。」
「それってどんな好きなんだよ?」
「好きは好きしか意味が無い言うたのはお前やないんか。」
「そうだったっけ?」
目の前にはうっすらと顔を綻ばせかけているアホが立っている。アホの癖によくもここまで自分を誘導してくれたもんだと感心する。
「わかった。わかったから……。そういうふうな好きなんやな。そんなら辻褄が合うわ。」
アホの言動にも自分の気持ちにも。勝呂は教室の中を見回す。自分と燐以外には当然ながら誰もいない。
「あー。誰も戻ってくることはないと思うんや。」
前振りのように勝呂は独り言を呟く。
「そっ、そうだよな。もう誰も戻って……こ…こないよな。」
燐も何気ないように呟くが、その目は泳いでいた。
「ほな。し、しようか……」
「そ、そうだな……」
燐が勝呂の首にしがみついて伸び上がる。勝呂は燐の背中に手を回して燐の体重を支えていた。
「するのって、キスだよな。」
十分に顔が近づいたところでアホがいきなり尋ねてきた。だから馬鹿としては答えてやる。
「あたりまえや。好き同士やからな。」
本当に長い間待たせた割りにこんなんですみませんでした。
正直言いますと、前回のけいりんさんとりんさんの名前が似ていたので、リクエストがごっちゃになりかけたことがありました。だからけいりんさんのほうに多少エロ表現が行ってしまい、その上ストーリーを従来のうちの勝燐の話にあわせてしまったせいで、どうしてもエッチが書けませんでした。
でも勝燐はしょっぱなから付き合っている設定で書き始めましたので、馴れ初めがようやく書けてよかったです。
本当にリクエストありがとうございました。またお付き合いいただければ幸いです。
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☆☆リクエスト企画「馬鹿と阿呆の為のセプテット前編」勝燐
りんさんからのリクエストで「 設定は付き合う前の前提切甘、しえみと燐が話していて、それに勝呂が嫉妬する話し…的な内容」です。お待たせしてすみませんでした。
結果だけ言わせていただければやはり「R-18」はハードルが高くてクリアできませんでした。あと、この話は前提話です。リクエストそのものは後編です。
毎度毎度前置きのある話ですみません。でわでわ。
世話を焼かれるのが常だった自分が、何の因果か人の世話を焼く側に立ってしまった。祓魔塾の同級生の面々は個性は強い。しかしその反面、個人主義が強いところがある。勝呂は幸か不幸か、目上の者には気を遣う性格だったために、講師の片腕とも呼べる級長のような感じになっていた。勝呂が自発的にそうしなくても、取り巻き二人を抱えていたので、講師の面々はいずれは級長の役目を勝呂に頼んでいただろう。
最初は些細なことがきっかけだった。
重箱の隅とか魚群の一尾とかどうでもいいことが気になるほどになるとは思わなかった。
勝呂としては、祓魔塾に不真面目な奴がいても、自分の目的に支障がなければそれで良かったはずなのに。
とはいっても、最初の頃は自分でも必要以上に神経を張り詰めていたせいか、その存在がひどく疎ましかった。
奥村燐。
見るからに頭の悪そうな、勉強する以前に勉強する能力に欠けた奴だという印象で、しかもそれを深刻に考えていなさそうなところが「なめんとか。おんどりゃあ。」と怒鳴りたくなるような男だった。実際に「なめとんか。」は態度にも言葉にもした覚えはある。奴はそんな勝呂の嫌がらせじみた態度をそこまで気にしていなかった。そしてそんな周囲からの非難めいた態度に、やけに場慣れしているようなところが、余計に印象が悪かった。
「兄は筋金入りの不良でしたよ。」
傍らの同い年の教師は、出来の悪い生徒である兄についてそう語った。
「でも身内だから弁護じみた言い訳をするんですが、なんていいますかね。本当はいい子なんですよ。でもあまり取り繕えるような性格ではなくてね。君のような堅実な努力に身を惜しまなくて、確実にものにしていくことが自然な人には、どうにも理解しがたい存在だとは思います。周りにもそうやって誤解されてきたんです。兄は。」
テストの採点を勝呂に手伝って貰いながら、隣で不肖な兄の弁護をしているのは、その兄の同い年の弟の雪男だった。
「俺が誤解しとったのは認めます。先生の耳に入っているかどうかは分かりませんが、先生のお兄さんには大きな借りが出来ました。」
雪男は勝呂の言ったことに思い当たることがあるのか、軽く頷いた。
「兄のやったことに、いちいち借りとかなんとか言わないで下さい。兄にはそんな、押し付けがましい魂胆なんてありませんから。」
蝦蟇の実習で勝呂は燐に対する刺々しい私情故に、自らを窮地に追い込んだ。勝呂の弱い心を読んだ悪魔は勝呂に襲い掛かった。そんな時に飛び出してきたのが、自分が罵倒した奥村燐その人だった。勝呂を助けたあと頭の悪そうな啖呵を切ってくれたお陰で、自分が見せた弱さの根源が少し救われた。
「それでも、俺にとっては気負い過ぎていた自分を反省せずにはいられませんでした。俺は子どもの頃からの経験で、あまり人に素直に接することが苦手なんで、お兄さんにはあまりこの感謝の気持ちが伝わってないのかもしれません。」
感謝の気持ちと一緒に髪留めを渡したときに「キモチワルッ」と言われたことを思い出す。雪男は苦笑を浮かべた。
「兄からすればそんなふうに構われたことがないので、驚いちゃった結果でしょうね。でも君が、兄の言動が不真面に見えることを指摘してくれたことには、教師として僕は感謝しています。身内の言葉だからか知りませんが、僕の言うことをろくすっぽ聞かないんですよ。あの兄は。」
「いや先生。さっきお兄さんのことを、弁護する言わはったやないですかっ。そんなふうに言うたらあきまへん。俺は先生が言うまでもなく分かっとりますから。あいつは、いや、お兄さんは、周りに誤解されても俺みたいに捻くれるような奴やなかったんでしょう。周りに誤解されることが悲しいと思っていても、それに当てつけるような真似はせえへんかったんやないですか?」
「そこまで健気な性分だって捉えられると首を傾げてしまいますが、本当に心は優しい子なんです。」
勝呂はちょうど燐の答案を片付けようとしていた。点数を付ける前から惨憺たる結果が決まっているような答案だった。勝呂は赤ペンで間違った箇所に注釈を入れていく。あっという間に答案は注釈で真っ赤になった。
「すみません。兄の答案にそんな手間を掛けて頂いて。恐縮です。」
雪男は勝呂の手元を見ながら、さっきまでの自分の言葉で勝呂が気を遣ってそんな手間を掛けたのかと思ったのか、頭をペコリと下げてきた。しかし勝呂にしてみれば、そんな言葉以前に、馬鹿なりに頑張っている燐にエールを送るような、そんな気持ちが気がつけばペンを走らせていた。隅っこに小さく「ちゃんと全部読め。次は頑張れ。」という言葉で締めくくられた答案を雪男に渡す。
「これ書いたの、俺だって教えないで下さい。あいつがやる気失くしたらいけませんから。」
「いや。言いますよ。」
「言わないで下さい。」
同い年の教師は日頃は見せない意地の悪そうな笑みを浮かべている。
「僕は兄の身内ですからね。兄が喜ぶことなら聞かせるに決まっているじゃないですか。」
「喜ぶって……。そないなわけないでしょう。」
「そんなことないぞ! 勝呂!」
勝呂は自分の目玉が飛び出すかと思った。開けられていた戸の前で燐が仁王立ちになっている。
「奥村。いつからおったん?」
燐は顔を赤くして「お前らが俺の悪口の言い合い始めたところからだよ。」と告げる。
「見せてくれよ。どんだけすげえ答案なんだよ。」
雪男は躊躇いなく燐に答案を見せる。燐は目を輝かせた。
「すげえ。勝呂が俺のために……。わぁ、頑張れって書いてある。」
「テスト返すときに見れるんやから返せ。」
燐は名残惜しそうに答案を雪男に返す。返したあと勝呂にはにかんだような笑みを見せた。勝呂はその悪気なさそうな顔に毒気を抜かれて、そのついでに思わず馬鹿の頭に手を伸ばした。
「なんとか点数二桁いくようになったやんか。ほれ。かいぐりかいぐり。」
頭を撫でてやる。その関西系のコミュニケーションのノリに雪男が少し頬を引きつらせていた。でも燐は何故か嬉しそうに、まるで喉を鳴らす猫のように目を細めている。
「兄さん……。僕と勝呂君はもう少し残るから、先に帰ってて。」
「お前らずるいぞ。」
「そういうんじゃないから。」
雪男は立ち上がって燐の両肩を後ろから掴んで部屋から追い出した。燐のことだから再び入ってくるかと思いきや、大人しく帰ったらしい。気配のなくなった廊下を確認して雪男はまた机に戻った。
「父が亡くなってから、あんなふうに人に構われることがなかったものですから。子どもっぽいと呆れませんでしたか?」
勝呂はきょとんとする。そして雪男の口から滑らかに出た言葉について思わず尋ねてしまう。
「そんなことはないですけど。って、お父さん亡くならはったんですか。」
身内でしかも父親が死んだというのなら、もっと気を遣えば良かったと軽く反省したが、今まで微塵も知らなかったことなので仕方がない。
雪男は横目で勝呂を見て、ぽつりと言う。
「正十字学園に来るちょっと前だったんですけど。急死したんです。」
いきなりの重い家庭環境を聞かされて、勝呂はどんな顔をしていいのか分からない。雪男が妙にしんみりしているので聞きたくないなどとも思えなかった。
「兄は周りから少し疎まれていた子どもでしたから、父だけが甘えられる存在だったんです。唯一の心の拠り所と言いますか。そんな兄を血も繋がっていないのに義父は、我が子以上に慈しんでいました。そして心底、兄の将来を心配していました。もし義父が兄を見捨てるような言動を一言一挙手でも取ったとしたら、兄はそれだけで絶望してどうにかなってしまっていたかもしれません。」
勝呂はそうかと深く頷く。今までのことのほとんどが腑に落ちた。
「そんなお父はんやったら、奥村が捻くれんかったのにも説明つきますね。」
これは社交辞令ではなく素直な感想だった。
奥村燐は素行はいまいちだが、人に対する感受性はまるで捻くれていない。だからこそ勝呂は突っかかったのかもしれない。小さな頃から人の目顔を見る癖がついてしまった勝呂にとって、燐は能天気な楽天家すぎるとイラついていたのかもしれない。
でも今、雪男が語った燐は、慕っていた父親以外に心を許せる相手はいないらしかった。そしてそんな父親をつい最近亡くしたという。
「僕はどんなに兄に寄り添おうとも、絶対に父の代わりにはなれないのかもしれないな。」
雪男が遠い目をしている。
「いや。奥村先生。あんたは弟なんやから父親の代わりになんてなる必要なんて、元からないんやないですか。」
兄弟は親子とは全然違う人間関係なのだから当然だと、勝呂はそんな常識に従って言った。
「でも一生弟としてしか見られないのは歯痒いものなんです。そこにいてもいなくても兄になんの影響も与えられないなんて、兄を疎んできた人達とまるで立場は変わらないから。」
「えーと……。それは自分を卑下しすぎやないですか。」
「僕にとってのコンプレックスなんです。」
「コンプレックス……ですか。」
雪男は「そう。コンプレックス。」と繰り返す。
「兄さんと義父の時間は義父の死の瞬間に停止しました。それでも僕はどれだけ時を費やしても兄の中で父親以上の存在にはなれないんです。弟は弟って感じでね。いつかは僕に手を差し伸べて欲しいとは思っているんですけど。」
淡々とした口調なのに妙に感情が篭っている。
「最初に固定された立ち位置から動けない時点で、どれだけ大切に思っていてもどうしようもないんですよ。僕からすれば兄を嫌っていようが慕っていようが「弟」なんですから。」
「……。弟やいうことが、そんなに虚しさを覚えるもんなんですか。」
「僕に限ってはね。いや、あの兄を持つ弟に限ってですかね。」
そういう考え方もあるのかと勝呂は今までの会話を反芻してみたが、いまいちよく分からない。頭が悪くて社会不適合な兄を持つ弟だからということか? しかしこの弟は兄の心の優しさはちゃんと認めている。それを兄に認知されていないと感じていないのだろうか?
無理やり自分に置き換えてみた。
自分と明陀に冷たい目を向けてきた地元の人間は、あまり心の隅にでも置いていたくない。でもそれがいつも心に重石をしているのは確かだ。燐や自分みたいな人間は、特別な人間が存在を全肯定してくれれば救われる。それ故に、その他大勢を一緒くたにするきらいがあるのかもしれない。いい人もわるい人も。
そのその他大勢を雪男が自らに当てはめてしまうところに、どうしようもない矛盾を感じてしまうが、燐と最も接触の多い雪男だからこその感じ方かもしれない。特別な存在のはずなのに、その他大勢と一緒くたにされていると思い込む何かがあるのだろうか。
ささやかながらこの繊細な男に何か言いたくなった。
「奥村を誤解してた罪滅ぼしとは言いませんが、これからは仲良くさせて頂いてよろしいでしょうか? あいつなんだかんだで、ほっとけませんから。」
雪男は俯いて口元だけ笑ってみせる。
「いいですよ。兄も喜ぶと思います。」
* * *
勝呂が添削した答案を返された翌日からの燐は、今までとは比べ物にならないくらい、勝呂に猛烈なアプローチを仕掛けてくるようになった。
祓魔塾の時に限らず休み時間登下校の時間に顔を合わせようものなら、まるで飼い主を見つけた犬のように勝呂と志摩と子猫丸の三人組に駆け寄って来る。雪男にああ言った手前、それを嫌がる理由はなかった。
「よお!」
「あー奥村君。」
志摩が間延びした返事を返すと、それに答えるかのように手を上げたあと、燐は勝呂と呼んだ。
「なんや。」
「一緒に塾に行こうぜ。」
「俺は構わへんけど……。」
燐は身長差による不可抗力の上目遣いで勝呂を見上げる。男の上目遣いは志摩や子猫丸で十分に慣れているはずなのに、何かが違うと錯覚してしまう。
「お前見すぎや。首疲れるやろ。」
燐は慌てて視線を逸らした。
燐と勝呂が話している間に、志摩と子猫丸が前に並んで歩き始めている。燐はさりげない風を装って勝呂の横に並んだ。何かの拍子に手と手が触れ合う。
「あ。ごめん。」
「気にすることあらへん。男同士やし。」
そして次に手が当たってきた時には、明らかに意識的なものだと分かった。何かの嫌がらせかと燐を睨んだら、にっこりと笑い返された。でもその笑顔はなんとなく弱弱しかった。
『ひょっとしたら、甘えたいんか。こいつ。』
そういえばあの日に頭撫でくりまわしてたら、やけに嬉しそうだったような気がする。試しに腕を差し出したら、最初は遠慮がちに腕に視線を向けていたが、数秒後にはその腕に抱きついてきた。勝呂はぎょっとする。ふと後ろを振り返った志摩もぎょっとして、横にいた子猫丸を突つこうとしていた。勝呂はしっしっと志摩を前に向かせようとジェスチャーする。
勝呂は志摩が何もせず前を向いたところで燐を振り払おうとしたが、燐は猫のように嬉々として腕にしがみついている。
「奥村。」
「うん?」
脳裏に先日雪男から語られた燐の身の上が浮かんだ。父親を亡くしてかなり気落ちしているだろうことは容易に想像出来た。
かなりの部分で精神的に張り詰めた生活を送っていたのかもしれない。しかしこれはどうだろう? 蝦蟇のことや髪留めのことや、昨日の答案のことで、勝呂に心を開いてしまったのだろうか? そうだとしたら、けして悪い気はしない。だけど男が男の人格を認めた時の行動としては、これはかなり違和感がある。比較するのに適当ではないが、あの大人びた奥村雪男に比べて、態度も表情も子どもっぽすぎる。
『どないしよう……。』
しかしアホはアホなりに人目は気にするのか、通行人があるところではふいに腕から離れていく。そして人通りがないところで接触してくる。そんなにいちいちくっついたり離れたりするのは面倒臭かろうと勝呂は思うが、律儀にそれを繰り返されたら、ツッコミどころに突っ込まざるをえなかった。
「奥村。どっちかにせんか? くっついとるか、離れとるか。」
人目は気にするアホだから、離れるほうを選ぶと思った。しかし燐は一瞬電気に感電したように身体を震わせたあと、より一層勝呂に密着してきた。
『そうきたか!』
自分から言い出したので抵抗は出来ない。二択問題の明らかに間違いだろうというところを燐は選んできた。
そろそろ塾の入り口がわりに使っている倉庫の前まできた。それでも燐は離れない。
「坊。鍵開けましたんで、一緒に入りましょ……。」
勝呂と燐の有様を見て、志摩も子猫丸も無表情で無言になる。まさかずっとこんなふうに腕を組んで自分たちの真後ろで歩いてきたとは、想像出来なかったからだ。
勝呂は何か言い訳しようかと口を開きかけたが、それより先に燐が志摩に告げる。
「勝呂が良いって言ったから。」
ソレは事実だ。真実だ。
しかしその事実に至るまでの過程がすっ飛ばされているので、あらぬ誤解やミスリードが大量発生していた。
勝呂はめんどくさくなって、ぶっきらぼうに言う。
「こいつ。自力で歩くのがだるかったんやろ。ほれ俺に掴まっていれば、俺に引っ張られて楽やから。そんな理由やろ? な? 奥村。」
燐は上目遣いで勝呂を睨んでくる。話が違うと言いたげに。
そんならどんなつもりやったんやと言いたくなったが、それもはっきり聞いてしまったら墓穴を掘りそうな気がしたので、一旦燐の腕から自分の腕を解放すると、燐の肩に手を回した。
「勝呂……。」
「さっさと行くで!」
腕を組むよりは男同士の友達同士に相応しい格好になった。志摩と子猫丸もお互いに目を合わせると肩を組んだ。わけがわからなくても、とにかく、なんでも坊に倣えという最終手段だった。
『すまん。二人とも。』
しかし元凶の燐は、そんな京都三人組のことなど知らぬげに、勝呂に肩を抱かれて不良らしくない大人しい足取りで歩いている。そしてその足は志摩と子猫丸が教室入り口を通って視界から消えたとき、ぴたっと止まった。
「どうしたんや?」
燐に関してはかなりイラつかなくなった勝呂が穏やかに訊いてくる。
「俺、お前のこと……」
言いかけて燐は言葉を止める。勝呂は溜息をついて手を肩から頭に移動させる。勝呂の大きめの手は、燐の後ろ頭を軽く掴んでしまう。
「好きなんか? 俺のこと。」
燐は目を伏せて頷いた。
「うん。」
結果だけ言わせていただければやはり「R-18」はハードルが高くてクリアできませんでした。あと、この話は前提話です。リクエストそのものは後編です。
毎度毎度前置きのある話ですみません。でわでわ。
世話を焼かれるのが常だった自分が、何の因果か人の世話を焼く側に立ってしまった。祓魔塾の同級生の面々は個性は強い。しかしその反面、個人主義が強いところがある。勝呂は幸か不幸か、目上の者には気を遣う性格だったために、講師の片腕とも呼べる級長のような感じになっていた。勝呂が自発的にそうしなくても、取り巻き二人を抱えていたので、講師の面々はいずれは級長の役目を勝呂に頼んでいただろう。
最初は些細なことがきっかけだった。
重箱の隅とか魚群の一尾とかどうでもいいことが気になるほどになるとは思わなかった。
勝呂としては、祓魔塾に不真面目な奴がいても、自分の目的に支障がなければそれで良かったはずなのに。
とはいっても、最初の頃は自分でも必要以上に神経を張り詰めていたせいか、その存在がひどく疎ましかった。
奥村燐。
見るからに頭の悪そうな、勉強する以前に勉強する能力に欠けた奴だという印象で、しかもそれを深刻に考えていなさそうなところが「なめんとか。おんどりゃあ。」と怒鳴りたくなるような男だった。実際に「なめとんか。」は態度にも言葉にもした覚えはある。奴はそんな勝呂の嫌がらせじみた態度をそこまで気にしていなかった。そしてそんな周囲からの非難めいた態度に、やけに場慣れしているようなところが、余計に印象が悪かった。
「兄は筋金入りの不良でしたよ。」
傍らの同い年の教師は、出来の悪い生徒である兄についてそう語った。
「でも身内だから弁護じみた言い訳をするんですが、なんていいますかね。本当はいい子なんですよ。でもあまり取り繕えるような性格ではなくてね。君のような堅実な努力に身を惜しまなくて、確実にものにしていくことが自然な人には、どうにも理解しがたい存在だとは思います。周りにもそうやって誤解されてきたんです。兄は。」
テストの採点を勝呂に手伝って貰いながら、隣で不肖な兄の弁護をしているのは、その兄の同い年の弟の雪男だった。
「俺が誤解しとったのは認めます。先生の耳に入っているかどうかは分かりませんが、先生のお兄さんには大きな借りが出来ました。」
雪男は勝呂の言ったことに思い当たることがあるのか、軽く頷いた。
「兄のやったことに、いちいち借りとかなんとか言わないで下さい。兄にはそんな、押し付けがましい魂胆なんてありませんから。」
蝦蟇の実習で勝呂は燐に対する刺々しい私情故に、自らを窮地に追い込んだ。勝呂の弱い心を読んだ悪魔は勝呂に襲い掛かった。そんな時に飛び出してきたのが、自分が罵倒した奥村燐その人だった。勝呂を助けたあと頭の悪そうな啖呵を切ってくれたお陰で、自分が見せた弱さの根源が少し救われた。
「それでも、俺にとっては気負い過ぎていた自分を反省せずにはいられませんでした。俺は子どもの頃からの経験で、あまり人に素直に接することが苦手なんで、お兄さんにはあまりこの感謝の気持ちが伝わってないのかもしれません。」
感謝の気持ちと一緒に髪留めを渡したときに「キモチワルッ」と言われたことを思い出す。雪男は苦笑を浮かべた。
「兄からすればそんなふうに構われたことがないので、驚いちゃった結果でしょうね。でも君が、兄の言動が不真面に見えることを指摘してくれたことには、教師として僕は感謝しています。身内の言葉だからか知りませんが、僕の言うことをろくすっぽ聞かないんですよ。あの兄は。」
「いや先生。さっきお兄さんのことを、弁護する言わはったやないですかっ。そんなふうに言うたらあきまへん。俺は先生が言うまでもなく分かっとりますから。あいつは、いや、お兄さんは、周りに誤解されても俺みたいに捻くれるような奴やなかったんでしょう。周りに誤解されることが悲しいと思っていても、それに当てつけるような真似はせえへんかったんやないですか?」
「そこまで健気な性分だって捉えられると首を傾げてしまいますが、本当に心は優しい子なんです。」
勝呂はちょうど燐の答案を片付けようとしていた。点数を付ける前から惨憺たる結果が決まっているような答案だった。勝呂は赤ペンで間違った箇所に注釈を入れていく。あっという間に答案は注釈で真っ赤になった。
「すみません。兄の答案にそんな手間を掛けて頂いて。恐縮です。」
雪男は勝呂の手元を見ながら、さっきまでの自分の言葉で勝呂が気を遣ってそんな手間を掛けたのかと思ったのか、頭をペコリと下げてきた。しかし勝呂にしてみれば、そんな言葉以前に、馬鹿なりに頑張っている燐にエールを送るような、そんな気持ちが気がつけばペンを走らせていた。隅っこに小さく「ちゃんと全部読め。次は頑張れ。」という言葉で締めくくられた答案を雪男に渡す。
「これ書いたの、俺だって教えないで下さい。あいつがやる気失くしたらいけませんから。」
「いや。言いますよ。」
「言わないで下さい。」
同い年の教師は日頃は見せない意地の悪そうな笑みを浮かべている。
「僕は兄の身内ですからね。兄が喜ぶことなら聞かせるに決まっているじゃないですか。」
「喜ぶって……。そないなわけないでしょう。」
「そんなことないぞ! 勝呂!」
勝呂は自分の目玉が飛び出すかと思った。開けられていた戸の前で燐が仁王立ちになっている。
「奥村。いつからおったん?」
燐は顔を赤くして「お前らが俺の悪口の言い合い始めたところからだよ。」と告げる。
「見せてくれよ。どんだけすげえ答案なんだよ。」
雪男は躊躇いなく燐に答案を見せる。燐は目を輝かせた。
「すげえ。勝呂が俺のために……。わぁ、頑張れって書いてある。」
「テスト返すときに見れるんやから返せ。」
燐は名残惜しそうに答案を雪男に返す。返したあと勝呂にはにかんだような笑みを見せた。勝呂はその悪気なさそうな顔に毒気を抜かれて、そのついでに思わず馬鹿の頭に手を伸ばした。
「なんとか点数二桁いくようになったやんか。ほれ。かいぐりかいぐり。」
頭を撫でてやる。その関西系のコミュニケーションのノリに雪男が少し頬を引きつらせていた。でも燐は何故か嬉しそうに、まるで喉を鳴らす猫のように目を細めている。
「兄さん……。僕と勝呂君はもう少し残るから、先に帰ってて。」
「お前らずるいぞ。」
「そういうんじゃないから。」
雪男は立ち上がって燐の両肩を後ろから掴んで部屋から追い出した。燐のことだから再び入ってくるかと思いきや、大人しく帰ったらしい。気配のなくなった廊下を確認して雪男はまた机に戻った。
「父が亡くなってから、あんなふうに人に構われることがなかったものですから。子どもっぽいと呆れませんでしたか?」
勝呂はきょとんとする。そして雪男の口から滑らかに出た言葉について思わず尋ねてしまう。
「そんなことはないですけど。って、お父さん亡くならはったんですか。」
身内でしかも父親が死んだというのなら、もっと気を遣えば良かったと軽く反省したが、今まで微塵も知らなかったことなので仕方がない。
雪男は横目で勝呂を見て、ぽつりと言う。
「正十字学園に来るちょっと前だったんですけど。急死したんです。」
いきなりの重い家庭環境を聞かされて、勝呂はどんな顔をしていいのか分からない。雪男が妙にしんみりしているので聞きたくないなどとも思えなかった。
「兄は周りから少し疎まれていた子どもでしたから、父だけが甘えられる存在だったんです。唯一の心の拠り所と言いますか。そんな兄を血も繋がっていないのに義父は、我が子以上に慈しんでいました。そして心底、兄の将来を心配していました。もし義父が兄を見捨てるような言動を一言一挙手でも取ったとしたら、兄はそれだけで絶望してどうにかなってしまっていたかもしれません。」
勝呂はそうかと深く頷く。今までのことのほとんどが腑に落ちた。
「そんなお父はんやったら、奥村が捻くれんかったのにも説明つきますね。」
これは社交辞令ではなく素直な感想だった。
奥村燐は素行はいまいちだが、人に対する感受性はまるで捻くれていない。だからこそ勝呂は突っかかったのかもしれない。小さな頃から人の目顔を見る癖がついてしまった勝呂にとって、燐は能天気な楽天家すぎるとイラついていたのかもしれない。
でも今、雪男が語った燐は、慕っていた父親以外に心を許せる相手はいないらしかった。そしてそんな父親をつい最近亡くしたという。
「僕はどんなに兄に寄り添おうとも、絶対に父の代わりにはなれないのかもしれないな。」
雪男が遠い目をしている。
「いや。奥村先生。あんたは弟なんやから父親の代わりになんてなる必要なんて、元からないんやないですか。」
兄弟は親子とは全然違う人間関係なのだから当然だと、勝呂はそんな常識に従って言った。
「でも一生弟としてしか見られないのは歯痒いものなんです。そこにいてもいなくても兄になんの影響も与えられないなんて、兄を疎んできた人達とまるで立場は変わらないから。」
「えーと……。それは自分を卑下しすぎやないですか。」
「僕にとってのコンプレックスなんです。」
「コンプレックス……ですか。」
雪男は「そう。コンプレックス。」と繰り返す。
「兄さんと義父の時間は義父の死の瞬間に停止しました。それでも僕はどれだけ時を費やしても兄の中で父親以上の存在にはなれないんです。弟は弟って感じでね。いつかは僕に手を差し伸べて欲しいとは思っているんですけど。」
淡々とした口調なのに妙に感情が篭っている。
「最初に固定された立ち位置から動けない時点で、どれだけ大切に思っていてもどうしようもないんですよ。僕からすれば兄を嫌っていようが慕っていようが「弟」なんですから。」
「……。弟やいうことが、そんなに虚しさを覚えるもんなんですか。」
「僕に限ってはね。いや、あの兄を持つ弟に限ってですかね。」
そういう考え方もあるのかと勝呂は今までの会話を反芻してみたが、いまいちよく分からない。頭が悪くて社会不適合な兄を持つ弟だからということか? しかしこの弟は兄の心の優しさはちゃんと認めている。それを兄に認知されていないと感じていないのだろうか?
無理やり自分に置き換えてみた。
自分と明陀に冷たい目を向けてきた地元の人間は、あまり心の隅にでも置いていたくない。でもそれがいつも心に重石をしているのは確かだ。燐や自分みたいな人間は、特別な人間が存在を全肯定してくれれば救われる。それ故に、その他大勢を一緒くたにするきらいがあるのかもしれない。いい人もわるい人も。
そのその他大勢を雪男が自らに当てはめてしまうところに、どうしようもない矛盾を感じてしまうが、燐と最も接触の多い雪男だからこその感じ方かもしれない。特別な存在のはずなのに、その他大勢と一緒くたにされていると思い込む何かがあるのだろうか。
ささやかながらこの繊細な男に何か言いたくなった。
「奥村を誤解してた罪滅ぼしとは言いませんが、これからは仲良くさせて頂いてよろしいでしょうか? あいつなんだかんだで、ほっとけませんから。」
雪男は俯いて口元だけ笑ってみせる。
「いいですよ。兄も喜ぶと思います。」
* * *
勝呂が添削した答案を返された翌日からの燐は、今までとは比べ物にならないくらい、勝呂に猛烈なアプローチを仕掛けてくるようになった。
祓魔塾の時に限らず休み時間登下校の時間に顔を合わせようものなら、まるで飼い主を見つけた犬のように勝呂と志摩と子猫丸の三人組に駆け寄って来る。雪男にああ言った手前、それを嫌がる理由はなかった。
「よお!」
「あー奥村君。」
志摩が間延びした返事を返すと、それに答えるかのように手を上げたあと、燐は勝呂と呼んだ。
「なんや。」
「一緒に塾に行こうぜ。」
「俺は構わへんけど……。」
燐は身長差による不可抗力の上目遣いで勝呂を見上げる。男の上目遣いは志摩や子猫丸で十分に慣れているはずなのに、何かが違うと錯覚してしまう。
「お前見すぎや。首疲れるやろ。」
燐は慌てて視線を逸らした。
燐と勝呂が話している間に、志摩と子猫丸が前に並んで歩き始めている。燐はさりげない風を装って勝呂の横に並んだ。何かの拍子に手と手が触れ合う。
「あ。ごめん。」
「気にすることあらへん。男同士やし。」
そして次に手が当たってきた時には、明らかに意識的なものだと分かった。何かの嫌がらせかと燐を睨んだら、にっこりと笑い返された。でもその笑顔はなんとなく弱弱しかった。
『ひょっとしたら、甘えたいんか。こいつ。』
そういえばあの日に頭撫でくりまわしてたら、やけに嬉しそうだったような気がする。試しに腕を差し出したら、最初は遠慮がちに腕に視線を向けていたが、数秒後にはその腕に抱きついてきた。勝呂はぎょっとする。ふと後ろを振り返った志摩もぎょっとして、横にいた子猫丸を突つこうとしていた。勝呂はしっしっと志摩を前に向かせようとジェスチャーする。
勝呂は志摩が何もせず前を向いたところで燐を振り払おうとしたが、燐は猫のように嬉々として腕にしがみついている。
「奥村。」
「うん?」
脳裏に先日雪男から語られた燐の身の上が浮かんだ。父親を亡くしてかなり気落ちしているだろうことは容易に想像出来た。
かなりの部分で精神的に張り詰めた生活を送っていたのかもしれない。しかしこれはどうだろう? 蝦蟇のことや髪留めのことや、昨日の答案のことで、勝呂に心を開いてしまったのだろうか? そうだとしたら、けして悪い気はしない。だけど男が男の人格を認めた時の行動としては、これはかなり違和感がある。比較するのに適当ではないが、あの大人びた奥村雪男に比べて、態度も表情も子どもっぽすぎる。
『どないしよう……。』
しかしアホはアホなりに人目は気にするのか、通行人があるところではふいに腕から離れていく。そして人通りがないところで接触してくる。そんなにいちいちくっついたり離れたりするのは面倒臭かろうと勝呂は思うが、律儀にそれを繰り返されたら、ツッコミどころに突っ込まざるをえなかった。
「奥村。どっちかにせんか? くっついとるか、離れとるか。」
人目は気にするアホだから、離れるほうを選ぶと思った。しかし燐は一瞬電気に感電したように身体を震わせたあと、より一層勝呂に密着してきた。
『そうきたか!』
自分から言い出したので抵抗は出来ない。二択問題の明らかに間違いだろうというところを燐は選んできた。
そろそろ塾の入り口がわりに使っている倉庫の前まできた。それでも燐は離れない。
「坊。鍵開けましたんで、一緒に入りましょ……。」
勝呂と燐の有様を見て、志摩も子猫丸も無表情で無言になる。まさかずっとこんなふうに腕を組んで自分たちの真後ろで歩いてきたとは、想像出来なかったからだ。
勝呂は何か言い訳しようかと口を開きかけたが、それより先に燐が志摩に告げる。
「勝呂が良いって言ったから。」
ソレは事実だ。真実だ。
しかしその事実に至るまでの過程がすっ飛ばされているので、あらぬ誤解やミスリードが大量発生していた。
勝呂はめんどくさくなって、ぶっきらぼうに言う。
「こいつ。自力で歩くのがだるかったんやろ。ほれ俺に掴まっていれば、俺に引っ張られて楽やから。そんな理由やろ? な? 奥村。」
燐は上目遣いで勝呂を睨んでくる。話が違うと言いたげに。
そんならどんなつもりやったんやと言いたくなったが、それもはっきり聞いてしまったら墓穴を掘りそうな気がしたので、一旦燐の腕から自分の腕を解放すると、燐の肩に手を回した。
「勝呂……。」
「さっさと行くで!」
腕を組むよりは男同士の友達同士に相応しい格好になった。志摩と子猫丸もお互いに目を合わせると肩を組んだ。わけがわからなくても、とにかく、なんでも坊に倣えという最終手段だった。
『すまん。二人とも。』
しかし元凶の燐は、そんな京都三人組のことなど知らぬげに、勝呂に肩を抱かれて不良らしくない大人しい足取りで歩いている。そしてその足は志摩と子猫丸が教室入り口を通って視界から消えたとき、ぴたっと止まった。
「どうしたんや?」
燐に関してはかなりイラつかなくなった勝呂が穏やかに訊いてくる。
「俺、お前のこと……」
言いかけて燐は言葉を止める。勝呂は溜息をついて手を肩から頭に移動させる。勝呂の大きめの手は、燐の後ろ頭を軽く掴んでしまう。
「好きなんか? 俺のこと。」
燐は目を伏せて頷いた。
「うん。」
☆☆リクエスト企画「UNオーエンは彼だったのか後編」勝燐
けいりんさんのリクエストの後編です。前置きが長くてすみませんでした。ではでは。
翌日の塾の勝呂は不絶頂そのものだった。持病の偏頭痛がいつもより激しくてしつこくて、常に眉間に皴を寄せているような状態だった。何度か講師に怪訝そうな表情を向けられたあと、勝呂は「はい」と片手を挙げて立ち上がった。
「すみません。頭痛がひどいんで医務室で薬貰ってきてもよろしいでしょうか?」
「そうか。どうりで顔色が悪すぎると思ってたよ。」
思ってても言うなと勝呂は言いたい。ぎりぎりまで自分を律していたために、悪気の無い言葉でも癇に障ってしまう。
「このあとはもう授業はないから、薬を貰って収まるまでは休んだらいいんじゃないか。」
「……すみません。自己管理が出来ていなくて。」
「若いときはどうしてもそうなることもある。お前は特に真面目で根を詰めやすいからな。いらんストレスは溜めないことだ。」
真面目なところを褒めて貰えたが、精神面の脆さも指摘されたようだ。勝呂は足早に教室の机の間を横切る。前列で燐がこちらを振り向いてきた。
「奥村はこっちに集中する。」
「あ、ごめん。」
丸めたテキストで頭をはたかれる燐が見える。燐はもう一度勝呂のほうを見てにこっと笑ったが、勝呂は無愛想に教室を出ていった。
医務室には医工騎士兼養護教員がいて、勝呂が訴えた頭痛の薬はすぐに処方された。
「このあと授業はないんだろ? 薬が効くまで休んでていいから。俺はもう帰るし。」
あっさりとした対応だったが、頭痛もちには有り難い対応だった。症状や原因を根掘り葉掘り尋ねられるのはあまり好ましくなかったからだ。
勝呂は簡素なベッドに横になって養護教員の背中を見送った。ベッドの脇の机に置かれた薬の小さなカップを煽る。たぶん数分後にはこの忌々しい頭痛も退いてくれるだろうと、気休めみたいなことを思いながら瞼を閉じる。
教室を出て行く前の燐の顔を思い出す。いつものように無邪気で屈託の無い笑みだった。弟にあんなふうに思われている兄とは思えない。それでも昨日雪男に告げられたことは現実なのだろう。授業が始まる前に昨日雪男と何を話したのか尋ねられた。そんなのは答えようもない。だから黙っていた。燐もそれ以上は訊かなかった。
「あかんなあ。」
なんだか急に現状に甘んじられない気分になってきた。こんなことで自分の心情が揺らぐなんて考えつかなくて、どうしていいかわからない。ただ一ついえるのは、雪男と思いを共有することはいいとして、自分が燐と離れている夜の間、燐と二人きりでいるのはあの弟だという事実だった。
* * *
「雪男。俺は勝呂の見舞いしてから帰るから。」
「見舞いじゃなくて邪魔じゃないの? 彼は具合が悪いんだから今日は自重したほうがいいんじゃない? 志摩君や三輪君はどうするって言ってるの?」
「俺が様子見に行くんだったら先に寮に帰って待ってるってさ。」
「彼は子どもじゃないんだから、具合が良くなれば自分で帰るに決まってるよ。」
「でも心配だし。」
ああ言えばこう言う兄だった。要は今日も勝呂と二人きりになりたいのが見え見えだった。弟は咎めるように言う。
「それは兄さんの主観だ。彼がどんな原因で医務室に駆け込んだか、兄さんには分かるのかい?」
燐はきょとんとする。
「頭が痛いからだろ。」
雪男はそれに苦笑する。
「そりゃそうだ。」
「だろ。」
「くれぐれも勝呂君の頭痛を悪化させないようにね。」
燐は雪男に自分の荷物をはいと渡して医務室の方向に走る。荷物を持たされた雪男は困ったように口元を歪めた。
「やっぱり止めたほうが良かったかも。」
勝呂の煩悶も知らないように煩悶の原因を作った兄弟は、いつものように過ごしていた。
燐は言葉どおりに医務室の戸を開ける。そこには眉間に皴を寄せながら目を瞑っている勝呂がいた。
「すーぐろっ。」
本来なら目を開けるまで待つのがマナーだろうが、燐は思わず名前を呼んでしまった。勝呂はすぐさま瞼を開けて身体をベッドの上に起こした。
「燐……。」
「見舞いにきてやったぞ。」
「そうなんか。」
勝呂は困ったように自分の後ろ頭を掻く。燐はきょろきょろと医務室の中を見回している。
「医務室に入るの初めてなんだ。いろんなもんあるよな。」
「そんなに珍しがるもんあらへんやろ。」
一通り見たあと燐はベッドに腰を下ろしてきた。
「いや。俺もう帰るつもりやからお前もはよ帰り。」
「え。そうだったんだ。」
「先生もおらんし。」
勝呂の言葉が終わる前に燐が勝呂に抱きついてきた。いつもと同じような甘い仕草で勝呂を引きとめようとしている。
『兄でなかったら――』
雪男の昨日の言葉が脳裏を過ぎる。その言葉に引きずられたくなくて、勝呂は思わず強引に燐の腕を引っ張ってベッドに引き上げた。
「……。誘ったんはお前やからな。」
「え?」
組み伏せた燐の言葉と呼吸を奪うように勝呂は燐の唇に自分の唇を重ねた。燐が息苦しそうにうめき声を上げる。勝呂も息継ぎしきれずにすぐに顔を上げた。
燐は勝呂の身体の下から這い出そうとしている。それがなんだか自分から逃げているように見えて、拒絶されているように見えて、縋りつきたい気分を募らせる。ベッドの上で押さえ込んで滅茶苦茶に燐の体中に手を這わせる。平べったい胸や少し太めの太ももを手荒く掴むように触れると、緊張した筋肉がびくりと震えた。
勝呂の手が燐の腰の後ろに進んでいくと、燐の顔色がさっと青ざめた。今まで為すがままだったのに、いきなり強い力で勝呂の手首を掴む。
「なんやさっきまで大人し……」
「驚いて動けなかっただけだよっ。お前何しようとしてんだよ!」
軽くではあるが頭を殴られたような気がした。
「お前は俺に手を出されたかったんやなかったんか?」
燐は顔をくしゃくしゃにして金切り声を上げた。
「お前キスしかしないって言ったじゃねえかよ!」
その約束を本気にされているとは思ってなかった勝呂は、自分のかつての言葉に戸惑うしかなかった。
「そら、言うたのは俺やけど。」
なんとなくそれが反故される雰囲気というか状況もあるのではないかと、勝呂は反論したくなる。しかし本気で泣きそうになっている相手を目の前にして、そんなふうに開き直れない。またもや脳裏に雪男のせせら笑いが聞こえてくる。
『兄が手に負えなくなったら、いつだって兄から離れてもいいんですよ。』
手に負えないわけやないわと脳内の自分が叫ぶ。相変わらずあの弟は腹の立つ笑みを見せている。なんの制約もなく燐に触れることが出来る癖に、それでもその権利を行使出来ないのかとひたすら嘲笑われている。
「燐。ええやろ? やっぱりキスだけやなんて、不自然やから。」
「不自然なのかもしれないけど、俺困る。」
「困る? なんやそれ。」
燐は再び触れようとしてくる勝呂の手から身をよじってまた逃げた。ベッドから落ちるように這い出て医務室から出て行こうとするのを、勝呂は後ろから羽交い絞めにして押さえつける。
「なんでや……。」
せめてはっきりとした理由が聞きたい。怖いからとか知らなかったとかいう曖昧なものじゃなくて。そうすればこんな気持ちにも整理がつくはずなのに。
「なんでって言われても――。」
勝呂は少し手の力を緩めて燐を自分のほうに向けさせた。燐の態度に勝呂が困っているのに、燐のほうがよほど困ったような顔をして勝呂を見上げてきた。
「怖いんやったら怖くないように優しくする。知らんかったんなら俺が教えるし。今のお前の理由やったら、それだけでも十分やろ?」
『弟のことを気にしているなら、そうだと言ってくれ――』
それだけは口に出せなかった。何故なら自分が今燐にしようとしていることは、その弟が出来ないことをやり遂げて優位に立とうという卑屈な思いもあったからだ。この場で燐を自分のものにしてしまえば、弟のせせら笑いや言葉に怯えずに済むから。
それを燐に腹を割って話せないことこそが、自分の狡さだったりするが。
「まさかお前はそれほど俺のこと思っとらへんかったとか、そういうことなんか?」
ついに脅し文句のようなことまで口から出任せに出てきた。燐は完全に萎縮してしまっている。
「そんなわけ、ないじゃんか……」
「ほんなら抱いてもええやろ?」
「それは……」
脅しはしても嫌がられているような気配のせいで手が出ない。勝呂は自分のお人よし加減に腹が立つ。
「俺は、勝呂のことが好き。」
「でも抱かれたくないんやろ?」
「そんなんじゃない。でも勝呂が信じてくれないんなら俺……」
燐は勝呂の前に跪く。
「な…なんや?」
「こ……これで俺の気持ち、信じてくれる?」
燐は震える手で勝呂のズボンのベルトを外す。そしてジッパーを下ろし、下着の中のモノを引きずり出した。
「おい。」
呆然とした勝呂が我に返って屈もうとした時には、思いつめたように目を瞑った燐がそれを口に銜えていた。はずみで後ろに尻餅をついた勝呂の股間に圧し掛かるように、燐は身を乗り出している。
「……ん。」
燐が息苦しそうにしている。その原因は勝呂自身が自覚して赤面している。
「ん……んっ。」
燐はなんとか鼻で呼吸しながら、勝呂の大きくなりつつあるモノを口で受け入れようとしている。舌を必死で使って、時折喉を詰まらせながらも健気に。
「り……ん?」
勝呂が燐の名前を呼ぶと、燐は涙目になって苦しそうにしながらも目元だけで微笑んでみせた。そんな健気さに勝呂は臆してしまいそうになる。
「こんなん、どこで覚えたんや。」
掠れた声で勝呂が訊く。燐は勝呂のモノから口を離すとけほっと咳き込んで小さく「エロ本」と言った。再びしゃぶりつこうとする燐の顔を勝呂は両手で掴んで上げさせる。
「お前言ってることとやってること全然違うし。」
キスから飛んでいきなりフェラチオなんてありえなさ過ぎる。
燐が俯いてまた勝呂のモノに目を向けてきたので、勝呂は素早く膨張した自分のモノを下着に収めて慌ててズボンを上げた。
「俺が乗っかる前に、お前に乗っかられるとは思わんかったわ。……追い詰めるようなこと言ってしもうて、ほんまにごめん。」
燐はキッと勝呂を睨む。
「まだ終わってねえだろ。しまうなよソレ。」
「何を意地になっとんや。」
「意地になってるのは勝呂だろっ。かっこつけるなよ。最後までするから。」
「いやもうそれやめて。自分で処理するから先に出てってくれや。」
燐の視線は相変わらず勝呂の股間に向いている。不自然に盛り上がったズボンが気になっているようだ。
「やだ!」
「やだ言うな。恥ずかしいやん。」
「前膨らましたまんま意地張ってる勝呂のほうが恥ずかしいもん。」
「だからもう、今日は勘弁して。全面的に俺が悪かったことにしてええから。」
ええ子やからドアの外で待っときと勝呂は燐を医務室の外に追い出す。
五分ほどして項垂れた勝呂が医務室から出てきた。
「早いなお前。」
「早い言うな。やけくそになって無茶苦茶舐めよったのは、どこのどいつや。」
「俺が下手ってこと?」
「阿呆!」
燐の後ろ頭に手刀が降る。下手以前の問題だった。
「あいたっ。」
燐は後ろ頭を押さえている。しかし燐は妙に顔がにやけていた。
「勝呂のアレ初めて見ちゃった。」
「俺には見せてくれんくせにな。」
また燐がはっとしたような顔を見せる。たぶんこいつの頭の中は、この状況をどうやって誤魔化そうとぐるぐるしていることだろう。そんなことはもう承知の上なので勝呂はこう言ってやる。
「まあ気長に待つことにするわ。」
それが一番無難で平和だろう。燐も嬉しそうに笑っていることだし。
勝呂の脳裏ではあの弟がまだせせら笑っている。まあ笑わせとけと勝呂は思った。
しかしある日突然、せせら笑う雪男は勝呂の脳裏から消え去ることになる。それは勝呂が燐のブラックボックスの中身を垣間見てしまう瞬間のことだった。
なんか中途半端なエンドでごめんなさい。しかし私らとしては京都編が終わらないとどうしようもなかったんです。だって尻尾が出せないもん。勝燐の更新の遅さもそのせいだと思ってください。燐雪で書いてるシリーズでは堂々と尻尾は出してるけどな。
今回書くほうも読むほうも不完全燃焼だとは思いますが、いつから一緒に真っ白な灰に燃え尽きられる日がくることを祈っています。次のリクエストあたりかな。
それではリクエストありがとうございました。勝呂の脳内でせせら笑う雪男は笑うところです。
翌日の塾の勝呂は不絶頂そのものだった。持病の偏頭痛がいつもより激しくてしつこくて、常に眉間に皴を寄せているような状態だった。何度か講師に怪訝そうな表情を向けられたあと、勝呂は「はい」と片手を挙げて立ち上がった。
「すみません。頭痛がひどいんで医務室で薬貰ってきてもよろしいでしょうか?」
「そうか。どうりで顔色が悪すぎると思ってたよ。」
思ってても言うなと勝呂は言いたい。ぎりぎりまで自分を律していたために、悪気の無い言葉でも癇に障ってしまう。
「このあとはもう授業はないから、薬を貰って収まるまでは休んだらいいんじゃないか。」
「……すみません。自己管理が出来ていなくて。」
「若いときはどうしてもそうなることもある。お前は特に真面目で根を詰めやすいからな。いらんストレスは溜めないことだ。」
真面目なところを褒めて貰えたが、精神面の脆さも指摘されたようだ。勝呂は足早に教室の机の間を横切る。前列で燐がこちらを振り向いてきた。
「奥村はこっちに集中する。」
「あ、ごめん。」
丸めたテキストで頭をはたかれる燐が見える。燐はもう一度勝呂のほうを見てにこっと笑ったが、勝呂は無愛想に教室を出ていった。
医務室には医工騎士兼養護教員がいて、勝呂が訴えた頭痛の薬はすぐに処方された。
「このあと授業はないんだろ? 薬が効くまで休んでていいから。俺はもう帰るし。」
あっさりとした対応だったが、頭痛もちには有り難い対応だった。症状や原因を根掘り葉掘り尋ねられるのはあまり好ましくなかったからだ。
勝呂は簡素なベッドに横になって養護教員の背中を見送った。ベッドの脇の机に置かれた薬の小さなカップを煽る。たぶん数分後にはこの忌々しい頭痛も退いてくれるだろうと、気休めみたいなことを思いながら瞼を閉じる。
教室を出て行く前の燐の顔を思い出す。いつものように無邪気で屈託の無い笑みだった。弟にあんなふうに思われている兄とは思えない。それでも昨日雪男に告げられたことは現実なのだろう。授業が始まる前に昨日雪男と何を話したのか尋ねられた。そんなのは答えようもない。だから黙っていた。燐もそれ以上は訊かなかった。
「あかんなあ。」
なんだか急に現状に甘んじられない気分になってきた。こんなことで自分の心情が揺らぐなんて考えつかなくて、どうしていいかわからない。ただ一ついえるのは、雪男と思いを共有することはいいとして、自分が燐と離れている夜の間、燐と二人きりでいるのはあの弟だという事実だった。
* * *
「雪男。俺は勝呂の見舞いしてから帰るから。」
「見舞いじゃなくて邪魔じゃないの? 彼は具合が悪いんだから今日は自重したほうがいいんじゃない? 志摩君や三輪君はどうするって言ってるの?」
「俺が様子見に行くんだったら先に寮に帰って待ってるってさ。」
「彼は子どもじゃないんだから、具合が良くなれば自分で帰るに決まってるよ。」
「でも心配だし。」
ああ言えばこう言う兄だった。要は今日も勝呂と二人きりになりたいのが見え見えだった。弟は咎めるように言う。
「それは兄さんの主観だ。彼がどんな原因で医務室に駆け込んだか、兄さんには分かるのかい?」
燐はきょとんとする。
「頭が痛いからだろ。」
雪男はそれに苦笑する。
「そりゃそうだ。」
「だろ。」
「くれぐれも勝呂君の頭痛を悪化させないようにね。」
燐は雪男に自分の荷物をはいと渡して医務室の方向に走る。荷物を持たされた雪男は困ったように口元を歪めた。
「やっぱり止めたほうが良かったかも。」
勝呂の煩悶も知らないように煩悶の原因を作った兄弟は、いつものように過ごしていた。
燐は言葉どおりに医務室の戸を開ける。そこには眉間に皴を寄せながら目を瞑っている勝呂がいた。
「すーぐろっ。」
本来なら目を開けるまで待つのがマナーだろうが、燐は思わず名前を呼んでしまった。勝呂はすぐさま瞼を開けて身体をベッドの上に起こした。
「燐……。」
「見舞いにきてやったぞ。」
「そうなんか。」
勝呂は困ったように自分の後ろ頭を掻く。燐はきょろきょろと医務室の中を見回している。
「医務室に入るの初めてなんだ。いろんなもんあるよな。」
「そんなに珍しがるもんあらへんやろ。」
一通り見たあと燐はベッドに腰を下ろしてきた。
「いや。俺もう帰るつもりやからお前もはよ帰り。」
「え。そうだったんだ。」
「先生もおらんし。」
勝呂の言葉が終わる前に燐が勝呂に抱きついてきた。いつもと同じような甘い仕草で勝呂を引きとめようとしている。
『兄でなかったら――』
雪男の昨日の言葉が脳裏を過ぎる。その言葉に引きずられたくなくて、勝呂は思わず強引に燐の腕を引っ張ってベッドに引き上げた。
「……。誘ったんはお前やからな。」
「え?」
組み伏せた燐の言葉と呼吸を奪うように勝呂は燐の唇に自分の唇を重ねた。燐が息苦しそうにうめき声を上げる。勝呂も息継ぎしきれずにすぐに顔を上げた。
燐は勝呂の身体の下から這い出そうとしている。それがなんだか自分から逃げているように見えて、拒絶されているように見えて、縋りつきたい気分を募らせる。ベッドの上で押さえ込んで滅茶苦茶に燐の体中に手を這わせる。平べったい胸や少し太めの太ももを手荒く掴むように触れると、緊張した筋肉がびくりと震えた。
勝呂の手が燐の腰の後ろに進んでいくと、燐の顔色がさっと青ざめた。今まで為すがままだったのに、いきなり強い力で勝呂の手首を掴む。
「なんやさっきまで大人し……」
「驚いて動けなかっただけだよっ。お前何しようとしてんだよ!」
軽くではあるが頭を殴られたような気がした。
「お前は俺に手を出されたかったんやなかったんか?」
燐は顔をくしゃくしゃにして金切り声を上げた。
「お前キスしかしないって言ったじゃねえかよ!」
その約束を本気にされているとは思ってなかった勝呂は、自分のかつての言葉に戸惑うしかなかった。
「そら、言うたのは俺やけど。」
なんとなくそれが反故される雰囲気というか状況もあるのではないかと、勝呂は反論したくなる。しかし本気で泣きそうになっている相手を目の前にして、そんなふうに開き直れない。またもや脳裏に雪男のせせら笑いが聞こえてくる。
『兄が手に負えなくなったら、いつだって兄から離れてもいいんですよ。』
手に負えないわけやないわと脳内の自分が叫ぶ。相変わらずあの弟は腹の立つ笑みを見せている。なんの制約もなく燐に触れることが出来る癖に、それでもその権利を行使出来ないのかとひたすら嘲笑われている。
「燐。ええやろ? やっぱりキスだけやなんて、不自然やから。」
「不自然なのかもしれないけど、俺困る。」
「困る? なんやそれ。」
燐は再び触れようとしてくる勝呂の手から身をよじってまた逃げた。ベッドから落ちるように這い出て医務室から出て行こうとするのを、勝呂は後ろから羽交い絞めにして押さえつける。
「なんでや……。」
せめてはっきりとした理由が聞きたい。怖いからとか知らなかったとかいう曖昧なものじゃなくて。そうすればこんな気持ちにも整理がつくはずなのに。
「なんでって言われても――。」
勝呂は少し手の力を緩めて燐を自分のほうに向けさせた。燐の態度に勝呂が困っているのに、燐のほうがよほど困ったような顔をして勝呂を見上げてきた。
「怖いんやったら怖くないように優しくする。知らんかったんなら俺が教えるし。今のお前の理由やったら、それだけでも十分やろ?」
『弟のことを気にしているなら、そうだと言ってくれ――』
それだけは口に出せなかった。何故なら自分が今燐にしようとしていることは、その弟が出来ないことをやり遂げて優位に立とうという卑屈な思いもあったからだ。この場で燐を自分のものにしてしまえば、弟のせせら笑いや言葉に怯えずに済むから。
それを燐に腹を割って話せないことこそが、自分の狡さだったりするが。
「まさかお前はそれほど俺のこと思っとらへんかったとか、そういうことなんか?」
ついに脅し文句のようなことまで口から出任せに出てきた。燐は完全に萎縮してしまっている。
「そんなわけ、ないじゃんか……」
「ほんなら抱いてもええやろ?」
「それは……」
脅しはしても嫌がられているような気配のせいで手が出ない。勝呂は自分のお人よし加減に腹が立つ。
「俺は、勝呂のことが好き。」
「でも抱かれたくないんやろ?」
「そんなんじゃない。でも勝呂が信じてくれないんなら俺……」
燐は勝呂の前に跪く。
「な…なんや?」
「こ……これで俺の気持ち、信じてくれる?」
燐は震える手で勝呂のズボンのベルトを外す。そしてジッパーを下ろし、下着の中のモノを引きずり出した。
「おい。」
呆然とした勝呂が我に返って屈もうとした時には、思いつめたように目を瞑った燐がそれを口に銜えていた。はずみで後ろに尻餅をついた勝呂の股間に圧し掛かるように、燐は身を乗り出している。
「……ん。」
燐が息苦しそうにしている。その原因は勝呂自身が自覚して赤面している。
「ん……んっ。」
燐はなんとか鼻で呼吸しながら、勝呂の大きくなりつつあるモノを口で受け入れようとしている。舌を必死で使って、時折喉を詰まらせながらも健気に。
「り……ん?」
勝呂が燐の名前を呼ぶと、燐は涙目になって苦しそうにしながらも目元だけで微笑んでみせた。そんな健気さに勝呂は臆してしまいそうになる。
「こんなん、どこで覚えたんや。」
掠れた声で勝呂が訊く。燐は勝呂のモノから口を離すとけほっと咳き込んで小さく「エロ本」と言った。再びしゃぶりつこうとする燐の顔を勝呂は両手で掴んで上げさせる。
「お前言ってることとやってること全然違うし。」
キスから飛んでいきなりフェラチオなんてありえなさ過ぎる。
燐が俯いてまた勝呂のモノに目を向けてきたので、勝呂は素早く膨張した自分のモノを下着に収めて慌ててズボンを上げた。
「俺が乗っかる前に、お前に乗っかられるとは思わんかったわ。……追い詰めるようなこと言ってしもうて、ほんまにごめん。」
燐はキッと勝呂を睨む。
「まだ終わってねえだろ。しまうなよソレ。」
「何を意地になっとんや。」
「意地になってるのは勝呂だろっ。かっこつけるなよ。最後までするから。」
「いやもうそれやめて。自分で処理するから先に出てってくれや。」
燐の視線は相変わらず勝呂の股間に向いている。不自然に盛り上がったズボンが気になっているようだ。
「やだ!」
「やだ言うな。恥ずかしいやん。」
「前膨らましたまんま意地張ってる勝呂のほうが恥ずかしいもん。」
「だからもう、今日は勘弁して。全面的に俺が悪かったことにしてええから。」
ええ子やからドアの外で待っときと勝呂は燐を医務室の外に追い出す。
五分ほどして項垂れた勝呂が医務室から出てきた。
「早いなお前。」
「早い言うな。やけくそになって無茶苦茶舐めよったのは、どこのどいつや。」
「俺が下手ってこと?」
「阿呆!」
燐の後ろ頭に手刀が降る。下手以前の問題だった。
「あいたっ。」
燐は後ろ頭を押さえている。しかし燐は妙に顔がにやけていた。
「勝呂のアレ初めて見ちゃった。」
「俺には見せてくれんくせにな。」
また燐がはっとしたような顔を見せる。たぶんこいつの頭の中は、この状況をどうやって誤魔化そうとぐるぐるしていることだろう。そんなことはもう承知の上なので勝呂はこう言ってやる。
「まあ気長に待つことにするわ。」
それが一番無難で平和だろう。燐も嬉しそうに笑っていることだし。
勝呂の脳裏ではあの弟がまだせせら笑っている。まあ笑わせとけと勝呂は思った。
しかしある日突然、せせら笑う雪男は勝呂の脳裏から消え去ることになる。それは勝呂が燐のブラックボックスの中身を垣間見てしまう瞬間のことだった。
なんか中途半端なエンドでごめんなさい。しかし私らとしては京都編が終わらないとどうしようもなかったんです。だって尻尾が出せないもん。勝燐の更新の遅さもそのせいだと思ってください。燐雪で書いてるシリーズでは堂々と尻尾は出してるけどな。
今回書くほうも読むほうも不完全燃焼だとは思いますが、いつから一緒に真っ白な灰に燃え尽きられる日がくることを祈っています。次のリクエストあたりかな。
それではリクエストありがとうございました。勝呂の脳内でせせら笑う雪男は笑うところです。
☆☆リクエスト企画SS「UNオーエンは彼だったのか」前編 勝燐
けいりんさんのリクエストで「勝燐で、燐が男同士のあのことを知ってしまい、勝呂がキスまでしかせんよと言ってからの続き」です。ちょっと今回もリクエストの趣旨とは違う前置きの話が先にあります。それがこれです。リクエスト自体は後編で書きました。ではどうぞ。
外の景色が見えない祓魔塾の教室では、今が一体何時頃かわからない。しかし身体と頭のだらけ具合からしてかなり遅い時間だということだけは確かだろう。
燐は眠気覚ましのつもりなのか、勝呂の髪をいじっている。咎めるつもりはないが目を合わせると一瞬手の動きが止まる。そこからじーっとお互いに見詰め合ったあと、燐は勝呂の頬に唇を寄せた。
ちゅっと小さな音を立てて燐の顔が離れていく。毎度毎度恥ずかしげも無く露骨とも言える愛情表現に勝呂はぼんやりとした幸福感を覚える。
「勝呂。お返しは?」
勝呂は肩に力が入ったままぎこちなく燐を引き寄せてその額にキスをした。勝呂がもっとも緊張してしまう慣れない瞬間だった。
キスから先には進まないことが、意外と苦になっていない現状に勝呂は少し戸惑っていた。もっと煩悶するかと思っていたら、キスだけならキスだけでもお互いの気持ちは通い合っていると信じているからか。多分答えはそれで確定することはないだろう。何より燐が男同士の行為について怖がっているのに、無理をして先に進む理由がなかった。逆にそれを自重する理由ならいくらでもある。
一つはやはり燐を怖がらせたくないから。一つはそれで嫌われたくないから。今の関係に特に不満はないし、学業を疎かに出来ないこともある。
そして、お互い同士の感情とは別にいつも頭の中でちらついている存在がいるから。
『もう時間が……』
勝呂は携帯電話で時間を確かめる。これから燐をやむを得ず説得しなければならない。
「お前そろそろ帰らんでええんか?」
「あっ。やべ……」
勝呂は広げてあった燐の勉強道具やら携帯をまとめ、燐の前に置く。燐は自分の目の前に置かれたそれに手を伸ばそうかどうか迷っている。
勉強会自体は三十分前くらいから中断していたが、勝呂と一緒に居たいがために毎度毎度馬鹿の一つ覚えのような駄々をこねたり、甘えたりで勝呂を塾の教室に引き止めていた。
「雪男は授業の片付けで帰りは大抵九時になるけど……やっぱり駄目か。」
今は午後八時三十分が来るか来ないかの時間だった。
「でも。今日のおさらいまだ終わってないし。俺は馬鹿だから明日になったら忘れちゃうかも。もう少しやったほうがよくない?」
しおらしいことを言っているが、勉強を中断してしまったのは燐が原因だ。それを許してしまった勝呂にも責任はあるが、馬鹿がごねているのは、要はまだ勝呂に甘え足りないだけである。
「燐……。」
燐の言葉に釣られてしまいたいのは、勝呂の甘えでもある。しかしその結果、燐が双子の弟に小言を食らうのは心苦しい。燐はその弟からの小言とか叱られたことを勝呂にはひた隠しにしているけれど、燐の口から時々出る「雪男」という名前でなんとなく察しはついていた。
「奥村先生やて決まった時間にばっかり帰ってくるとは限らへんやろ? お前より早う部屋に帰って、お前がおらんかったらここに迎えに来るかもしれんで。ほんで二人して怒られるか? 俺はいっぺんくらいやったら怒られるのに付き合ってもええけど。」
燐は真一文字に口を結んで眉間に皴を寄せている。
「………。勝呂は、雪男に悪く思われたくねえんだろ? わかるもん。お前は雪男のこと、なんか尊敬してたりするっぽいもん。」
そのような事実は確かに過去の勝呂にはあった。
「尊敬するのは俺ばかりやないやろ。俺らからすればあの人は、奇跡みたいな人やからな。」
燐はそれを聞いて俯いてしまう。
「雪男が昔から頭がすっげえ良いってことは知ってたけど、悪魔倒せるくらい強くなってるなんて知らなかったぜ。」
「え。知らんかったん。」
「うん。……この学校に入るまで内緒にされてた。」
このくらいまでは勝呂に言っても大丈夫だろうと燐は思った。勝呂はそういえばと言いながら頷いている。
「先生だけ先に祓魔師の勉強しとったって言うのは、少しおかしな話やな。」
燐はぎくりとする。その辺に突っ込まれたら自分の正体にも関連する話になる。だから苦し紛れに誤魔化しの言葉を発してしまう。
「あ。俺んちは育ての親が祓魔師やってたんだよ。で、雪男のほうが素質あるから先になったんだ。」
「あの人は天才言われてるから、親もそうしたくなる気持ちも分かるんやけど。それやかて、別にお前に内緒にせんでもええやろ。」
「えーと…えーと。……」
「言えん事情があることだけはわかったわ。」
「言えないんじゃなくて、説明するのが難しいだけなんだよ。」
「ああ。そう。」
燐がすっかり困り果ててしまっている。勝呂は変な奴だと思ったが、自分もそれなりにわけありで塾に通っている身なのでこれ以上は訊かないことにした。
会話の区切りのところで教室の外に人が立つ気配がした。
ドアがとんとんとノックされて、黒コートの同級生の教師が入ってきた。それは二人の話題の端々に出てきた雪男だった。
「勝呂君。奥村君。勉強熱心なのはいいことですが、そろそろ寮のほうに帰ったほうがいいですよ。あんまり夜が更けると、この塾でも安全とは限りませんから。」
「あ。すんません。今すぐ帰りますんで。」
燐があからさまにぎくしゃくして表情を浮かべているのを勝呂はちらっと横目で見たが、この場でのお咎めは無しなようだった。
「勝呂君。いつも兄がすみません。」
「いえ。たいしたことはしてませんが。奥村を引き止めて、こちらこそすみません。」
雪男は穏やかな笑みを浮かべる。
「君が引き止めているなんてありえません。庇って頂かなくても、兄がワガママを言っているのは僕は百も承知ですから。」
勝呂は雪男の言い方に首を傾げる。事実は事実だろうが、この場合は責任は燐にも勝呂にもあってお互い様名はずなのに。
勝呂の表情から雪男は殊更に穏やかに繰り返す。
「君のように優秀な人に手を引いてもらえるなんて、兄はとんだ果報者ですよ。しかも君はよっぽど忍耐強いのか未熟な兄によく付き合ってくれている。」
「俺かて……まだまだ未熟者です。奥村には勉強以外で助けてもらったこともありますし。」
「あ……。あのリーパーの実習の件ですね? でも十分にその恩は返されたはずでしょう。」
あのときのことの恩はただの口実で言ったつもりだが、雪男に本気で返されると立つ瀬が無い。もういっそのこと。勝呂はここで燐との仲を言ってしまったほうが誤解がなくなるような気がした。
「燐。お前は先に帰ってくれへんか? 奥村先生、少し話させてもらってもええですか?」
「いいですよ。」
雪男はまるで予測していたかのように了承した。燐が帰りにくそうにしているのに雪男はかぶせて言う。
「兄さん。勝呂君のお願いだろ? 先に帰ってあげなよ。そんなに時間は掛からないだろうからすぐに僕も帰れると思うし。そうですよね。勝呂君?」
「お時間は取らせませんから。」
燐は明らかに後ろ髪が引っ張られぱなしのように「じゃあ」と言って教室を出て行った。燐の覇気の無い足音が遠ざかったのを確かめて、勝呂は雪男に向き直った。
「どう思われるかは分かりませんが、とりあえずは聞いて頂きたいと思うんです。――俺とあいつは、あの件のすぐあとくらいから、仲良うしています。」
「それは分かってますよ。」
雪男の目は勝呂を凝視している。勝呂はまた繰り返す。
「仲良う言うのは、その。お互いに好きや言い合うような感じです。ほんまに先生に対しては、今まで隠しとったような形になって申し訳なかったと思います。時々帰すのが遅くなったりした時には、心配掛けたんやないかと。」
雪男は勝呂に一歩近づく。
「何を心配するんです?」
その声音は優しげだったのに、なんだか凍りつくようだった。この人は今日この場で勝呂が懺悔しなくても、前々から全て理解していたのだと勝呂は悟った。
言葉を詰まらせる勝呂を見計らったように、雪男が語り始める。
「さっきも言ったように、僕は君には感謝しています。」
「俺らが男同士言うのは、気にならんのですか?」
雪男はますます優しげに冷気を篭らせるように答えた。
「僕が好きな人も男ですからね。君と兄ばかりを責めるなんて考えられません。」
勝呂は絶句して、そして雪男から一歩後ずさった。ここまで核心を突いたことを言われるとは思わなかった。薄々は頭を過ぎったことはあったが、それが本当だと目の前に提示されても、柔軟に対応出来るはずがなかった。
誰もが羨む才能の持ち主でありながら、いつも駄目な兄を優先させているのは誰だ?
同い年で立場が違い過ぎるのに、未だになんだかんだで兄を慕っているのは誰だ?
同じ部屋でいつも兄と暮らしているのは誰だ?
「ああ……。」
勝呂は大きく息をつく。燐が言っていた雪男が先に祓魔師になった理由。それはもしかしたら兄のためかもしれない。だから燐は答えに困っていた。勘の良い勝呂は手で口元を押さえながら雪男を見た。
「先生の好きな人いうて、……。」
「君の好きな人とおんなじですよ。」
こともなげに言う。
「どんなふうに好きなんですか?」
せめて過ぎた兄弟愛くらいだったらすくわれるかもしれないと、勝呂は雪男の返答に縋りたかった。
「それも君と同じだと思います。」
「だからどんなふうにっ?」
雪男は目を瞑る。
「兄でなければ抱いてしまいたいと思うくらい。」
すくわれることは、すくわれた。
密室の中ではまだ何も行われていない。勝呂と燐と雪男の関係の中でそれだけが幸いだった。でもあの兄弟の部屋の中では、兄だから弟なのにという思いがいつも充満している。燐だってそんな空気の中で過ごしているのだから、そんな雪男の心の声に薄々は気づいているだろう。ひょっとしたらもう思いを告げられているかもしれない。
自分にとって可愛い馬鹿が、この天才祓魔師にとってはもっと根の深い感情を抱かせているなんて思いも寄らなかった。「兄でなければ」。それだけの為にこの類まれな男は、叶わぬ思いに焦がれていたということか。
そして、どんな目で自分たちを見てきたのかも思い知った。
勝呂は雪男の取り繕わない正直な返答に足元を完全に掬われてしまった。
「そうですか。」
他人の言葉に縋りついたのがこのざまだった。早鐘を打つ心臓に自分自身が耐えられない。雪男の目を直視するのが苦しくて仕方ない。でも雪男は勝呂など眼中にないように、いっそ清清しい笑みを見せている。
「一人で抱えているのは正直苦しかったんですよ。まさか打ち明ける相手が君になるとは思いませんでした。――ありがとう。君からきっかけをつくってくれて。」
勝呂はひたすら首を横に振り続けている。自分はただ誠意さえ見せれば、この弟に認められるとでも勘違いしていただけだ。
雪男は一緒に出ましょうと勝呂を促す。重い足を動かして教室から出て装飾過多な長い廊下を歩き、入り口のドアのところまで来た。
「お先に。」
雪男は前を勝呂に譲って鍵を取り出した。
「失礼します。」
勝呂は鍵穴に鍵を差し込む。ドアを開いたとき、雪男が後ろから声を掛けてきた。
「これからも兄のことをよろしくお願いします。でも、君にとって手に負えないような事があったら、迷わず兄から離れてくれて結構ですよ。」
勝呂は雪男のほうを見ないようにして聞き返す。
「手に負えないようなことって?」
「それは僕たち兄弟だけの事情なので答えられません。」
兄も兄なら弟も弟で、肝心なことは何も喋ってくれない。
雪男の言葉からは、近い将来には必ず勝呂のほうから燐を避けざるを得ない出来事が起こるような気がした。
勝呂は失礼しますと言って外に出る。ドアを閉める瞬間、雪男の忍び笑いが聞こえてきた。振り返れない閉じた扉の外で勝呂は小さく舌打ちをした。
後編に続きます。
外の景色が見えない祓魔塾の教室では、今が一体何時頃かわからない。しかし身体と頭のだらけ具合からしてかなり遅い時間だということだけは確かだろう。
燐は眠気覚ましのつもりなのか、勝呂の髪をいじっている。咎めるつもりはないが目を合わせると一瞬手の動きが止まる。そこからじーっとお互いに見詰め合ったあと、燐は勝呂の頬に唇を寄せた。
ちゅっと小さな音を立てて燐の顔が離れていく。毎度毎度恥ずかしげも無く露骨とも言える愛情表現に勝呂はぼんやりとした幸福感を覚える。
「勝呂。お返しは?」
勝呂は肩に力が入ったままぎこちなく燐を引き寄せてその額にキスをした。勝呂がもっとも緊張してしまう慣れない瞬間だった。
キスから先には進まないことが、意外と苦になっていない現状に勝呂は少し戸惑っていた。もっと煩悶するかと思っていたら、キスだけならキスだけでもお互いの気持ちは通い合っていると信じているからか。多分答えはそれで確定することはないだろう。何より燐が男同士の行為について怖がっているのに、無理をして先に進む理由がなかった。逆にそれを自重する理由ならいくらでもある。
一つはやはり燐を怖がらせたくないから。一つはそれで嫌われたくないから。今の関係に特に不満はないし、学業を疎かに出来ないこともある。
そして、お互い同士の感情とは別にいつも頭の中でちらついている存在がいるから。
『もう時間が……』
勝呂は携帯電話で時間を確かめる。これから燐をやむを得ず説得しなければならない。
「お前そろそろ帰らんでええんか?」
「あっ。やべ……」
勝呂は広げてあった燐の勉強道具やら携帯をまとめ、燐の前に置く。燐は自分の目の前に置かれたそれに手を伸ばそうかどうか迷っている。
勉強会自体は三十分前くらいから中断していたが、勝呂と一緒に居たいがために毎度毎度馬鹿の一つ覚えのような駄々をこねたり、甘えたりで勝呂を塾の教室に引き止めていた。
「雪男は授業の片付けで帰りは大抵九時になるけど……やっぱり駄目か。」
今は午後八時三十分が来るか来ないかの時間だった。
「でも。今日のおさらいまだ終わってないし。俺は馬鹿だから明日になったら忘れちゃうかも。もう少しやったほうがよくない?」
しおらしいことを言っているが、勉強を中断してしまったのは燐が原因だ。それを許してしまった勝呂にも責任はあるが、馬鹿がごねているのは、要はまだ勝呂に甘え足りないだけである。
「燐……。」
燐の言葉に釣られてしまいたいのは、勝呂の甘えでもある。しかしその結果、燐が双子の弟に小言を食らうのは心苦しい。燐はその弟からの小言とか叱られたことを勝呂にはひた隠しにしているけれど、燐の口から時々出る「雪男」という名前でなんとなく察しはついていた。
「奥村先生やて決まった時間にばっかり帰ってくるとは限らへんやろ? お前より早う部屋に帰って、お前がおらんかったらここに迎えに来るかもしれんで。ほんで二人して怒られるか? 俺はいっぺんくらいやったら怒られるのに付き合ってもええけど。」
燐は真一文字に口を結んで眉間に皴を寄せている。
「………。勝呂は、雪男に悪く思われたくねえんだろ? わかるもん。お前は雪男のこと、なんか尊敬してたりするっぽいもん。」
そのような事実は確かに過去の勝呂にはあった。
「尊敬するのは俺ばかりやないやろ。俺らからすればあの人は、奇跡みたいな人やからな。」
燐はそれを聞いて俯いてしまう。
「雪男が昔から頭がすっげえ良いってことは知ってたけど、悪魔倒せるくらい強くなってるなんて知らなかったぜ。」
「え。知らんかったん。」
「うん。……この学校に入るまで内緒にされてた。」
このくらいまでは勝呂に言っても大丈夫だろうと燐は思った。勝呂はそういえばと言いながら頷いている。
「先生だけ先に祓魔師の勉強しとったって言うのは、少しおかしな話やな。」
燐はぎくりとする。その辺に突っ込まれたら自分の正体にも関連する話になる。だから苦し紛れに誤魔化しの言葉を発してしまう。
「あ。俺んちは育ての親が祓魔師やってたんだよ。で、雪男のほうが素質あるから先になったんだ。」
「あの人は天才言われてるから、親もそうしたくなる気持ちも分かるんやけど。それやかて、別にお前に内緒にせんでもええやろ。」
「えーと…えーと。……」
「言えん事情があることだけはわかったわ。」
「言えないんじゃなくて、説明するのが難しいだけなんだよ。」
「ああ。そう。」
燐がすっかり困り果ててしまっている。勝呂は変な奴だと思ったが、自分もそれなりにわけありで塾に通っている身なのでこれ以上は訊かないことにした。
会話の区切りのところで教室の外に人が立つ気配がした。
ドアがとんとんとノックされて、黒コートの同級生の教師が入ってきた。それは二人の話題の端々に出てきた雪男だった。
「勝呂君。奥村君。勉強熱心なのはいいことですが、そろそろ寮のほうに帰ったほうがいいですよ。あんまり夜が更けると、この塾でも安全とは限りませんから。」
「あ。すんません。今すぐ帰りますんで。」
燐があからさまにぎくしゃくして表情を浮かべているのを勝呂はちらっと横目で見たが、この場でのお咎めは無しなようだった。
「勝呂君。いつも兄がすみません。」
「いえ。たいしたことはしてませんが。奥村を引き止めて、こちらこそすみません。」
雪男は穏やかな笑みを浮かべる。
「君が引き止めているなんてありえません。庇って頂かなくても、兄がワガママを言っているのは僕は百も承知ですから。」
勝呂は雪男の言い方に首を傾げる。事実は事実だろうが、この場合は責任は燐にも勝呂にもあってお互い様名はずなのに。
勝呂の表情から雪男は殊更に穏やかに繰り返す。
「君のように優秀な人に手を引いてもらえるなんて、兄はとんだ果報者ですよ。しかも君はよっぽど忍耐強いのか未熟な兄によく付き合ってくれている。」
「俺かて……まだまだ未熟者です。奥村には勉強以外で助けてもらったこともありますし。」
「あ……。あのリーパーの実習の件ですね? でも十分にその恩は返されたはずでしょう。」
あのときのことの恩はただの口実で言ったつもりだが、雪男に本気で返されると立つ瀬が無い。もういっそのこと。勝呂はここで燐との仲を言ってしまったほうが誤解がなくなるような気がした。
「燐。お前は先に帰ってくれへんか? 奥村先生、少し話させてもらってもええですか?」
「いいですよ。」
雪男はまるで予測していたかのように了承した。燐が帰りにくそうにしているのに雪男はかぶせて言う。
「兄さん。勝呂君のお願いだろ? 先に帰ってあげなよ。そんなに時間は掛からないだろうからすぐに僕も帰れると思うし。そうですよね。勝呂君?」
「お時間は取らせませんから。」
燐は明らかに後ろ髪が引っ張られぱなしのように「じゃあ」と言って教室を出て行った。燐の覇気の無い足音が遠ざかったのを確かめて、勝呂は雪男に向き直った。
「どう思われるかは分かりませんが、とりあえずは聞いて頂きたいと思うんです。――俺とあいつは、あの件のすぐあとくらいから、仲良うしています。」
「それは分かってますよ。」
雪男の目は勝呂を凝視している。勝呂はまた繰り返す。
「仲良う言うのは、その。お互いに好きや言い合うような感じです。ほんまに先生に対しては、今まで隠しとったような形になって申し訳なかったと思います。時々帰すのが遅くなったりした時には、心配掛けたんやないかと。」
雪男は勝呂に一歩近づく。
「何を心配するんです?」
その声音は優しげだったのに、なんだか凍りつくようだった。この人は今日この場で勝呂が懺悔しなくても、前々から全て理解していたのだと勝呂は悟った。
言葉を詰まらせる勝呂を見計らったように、雪男が語り始める。
「さっきも言ったように、僕は君には感謝しています。」
「俺らが男同士言うのは、気にならんのですか?」
雪男はますます優しげに冷気を篭らせるように答えた。
「僕が好きな人も男ですからね。君と兄ばかりを責めるなんて考えられません。」
勝呂は絶句して、そして雪男から一歩後ずさった。ここまで核心を突いたことを言われるとは思わなかった。薄々は頭を過ぎったことはあったが、それが本当だと目の前に提示されても、柔軟に対応出来るはずがなかった。
誰もが羨む才能の持ち主でありながら、いつも駄目な兄を優先させているのは誰だ?
同い年で立場が違い過ぎるのに、未だになんだかんだで兄を慕っているのは誰だ?
同じ部屋でいつも兄と暮らしているのは誰だ?
「ああ……。」
勝呂は大きく息をつく。燐が言っていた雪男が先に祓魔師になった理由。それはもしかしたら兄のためかもしれない。だから燐は答えに困っていた。勘の良い勝呂は手で口元を押さえながら雪男を見た。
「先生の好きな人いうて、……。」
「君の好きな人とおんなじですよ。」
こともなげに言う。
「どんなふうに好きなんですか?」
せめて過ぎた兄弟愛くらいだったらすくわれるかもしれないと、勝呂は雪男の返答に縋りたかった。
「それも君と同じだと思います。」
「だからどんなふうにっ?」
雪男は目を瞑る。
「兄でなければ抱いてしまいたいと思うくらい。」
すくわれることは、すくわれた。
密室の中ではまだ何も行われていない。勝呂と燐と雪男の関係の中でそれだけが幸いだった。でもあの兄弟の部屋の中では、兄だから弟なのにという思いがいつも充満している。燐だってそんな空気の中で過ごしているのだから、そんな雪男の心の声に薄々は気づいているだろう。ひょっとしたらもう思いを告げられているかもしれない。
自分にとって可愛い馬鹿が、この天才祓魔師にとってはもっと根の深い感情を抱かせているなんて思いも寄らなかった。「兄でなければ」。それだけの為にこの類まれな男は、叶わぬ思いに焦がれていたということか。
そして、どんな目で自分たちを見てきたのかも思い知った。
勝呂は雪男の取り繕わない正直な返答に足元を完全に掬われてしまった。
「そうですか。」
他人の言葉に縋りついたのがこのざまだった。早鐘を打つ心臓に自分自身が耐えられない。雪男の目を直視するのが苦しくて仕方ない。でも雪男は勝呂など眼中にないように、いっそ清清しい笑みを見せている。
「一人で抱えているのは正直苦しかったんですよ。まさか打ち明ける相手が君になるとは思いませんでした。――ありがとう。君からきっかけをつくってくれて。」
勝呂はひたすら首を横に振り続けている。自分はただ誠意さえ見せれば、この弟に認められるとでも勘違いしていただけだ。
雪男は一緒に出ましょうと勝呂を促す。重い足を動かして教室から出て装飾過多な長い廊下を歩き、入り口のドアのところまで来た。
「お先に。」
雪男は前を勝呂に譲って鍵を取り出した。
「失礼します。」
勝呂は鍵穴に鍵を差し込む。ドアを開いたとき、雪男が後ろから声を掛けてきた。
「これからも兄のことをよろしくお願いします。でも、君にとって手に負えないような事があったら、迷わず兄から離れてくれて結構ですよ。」
勝呂は雪男のほうを見ないようにして聞き返す。
「手に負えないようなことって?」
「それは僕たち兄弟だけの事情なので答えられません。」
兄も兄なら弟も弟で、肝心なことは何も喋ってくれない。
雪男の言葉からは、近い将来には必ず勝呂のほうから燐を避けざるを得ない出来事が起こるような気がした。
勝呂は失礼しますと言って外に出る。ドアを閉める瞬間、雪男の忍び笑いが聞こえてきた。振り返れない閉じた扉の外で勝呂は小さく舌打ちをした。
後編に続きます。
☆☆リクエスト企画ss「ロミオとオフィーリア」
Mさんのリクエストで「雪燐+1」で三角関係です。今回はメフィストを採用しました。
兄がサタンの落胤であることが発覚した。
雪男はその現場を目撃した候補生たちに奥村燐の事情を説明することになった。
審問を受けている兄を心配する気持ちはあったが、まだ祓魔師の道に踏み込んだばかりの生徒の精神的フォーローのほうを優先しなければいけないということは、講師の雪男にとって当然のことだった。
『上手くいかなかったな……』
我ながら駄目だったと頭を垂れる。雪男が見て取ったところ、明らかにもうあの兄は候補生たちの輪に戻ることは叶わないようだ。生徒たちの反応を見れば一目瞭然だった。身内としてはもう少しでも燐を弁護するとか、同情を惹くように掻き口説くようにすれば良かったのだろうか? しかし公人である自分を捨て切れなかったのも確かだった。
『神父さんのようにはいかないか。当然だけど。』
雪男は幼稚園での騒動を思い出す。兄が悪魔の衝動と力に振り回されいた頃の出来事だった。兄は結局、勢い余って義父の肋骨を折ってしまったが、義父のおどけた顔やらふざけたような態度が候を奏したのか、幼稚園から追い出されるような事態にはならなかった。あの幼稚園関係者の前で、真に父親らしい態度を取った藤本に免じてのことだったのかもしれない。
「はあ……」
なんだかもう、高校生になってから「うまくいった」と何もかもが感じられない。上手くいかなくても時は過ぎるし物事は動く。
いや、動かされている。大方の元凶は自分たちの後見人のメフィストフェレスだ。ただでさえヴァチカンから目を付けられている癖に、本当に好き勝手動いてはあらゆる物事を逆手に取ってくる。今回の審問でも、燐の危険性を逆手に取るつもりだろう。
「忌々しい……」
だが自分たちの十五年間の平穏は、あの悪魔が義父に協力していたことが大きい。その間に自分は兄を守る力をつけた。兄にも同じ道を歩んで欲しいとは思わなかったが、自分の生い立ちや正体を知った兄は何の迷いもなくこっちに来た。やけになって悪魔側につくなんて考えが馬鹿らしいほど、当然のように祓魔師になるなんて言い出した。予想通りだったが、そこは予想を裏切って欲しかった。雨が降る夜空を見上げて、雪男はさてこれからどうしようかと漠然と考えていた。
そんな雪男の前に忽然とメフィストが棒立ちで縦に長い姿を晒していた。虚ろに宙を見上げ、疲れたようにこんばんはと雪男に言ってきた。
「審問のほうは、どうなりました?」
「条件付でこっちの要求は通しました。」
「条件?」
「半年後の祓魔師の試験に合格することです。」
「……。そうですか。」
ほとんど殺すことが前提のような条件だった。でも、目の前の悪魔がそんなことを全然問題にしてないのは一目瞭然だった。
「これで貴方と亡き義父が目論んだことを現実にする段取りが確定したわけですよね。さぞかし喜ばしいことでしょう。」
「奥村先生にとっては?」
「僕は、兄の身さえ安全ならそれで良かったんだ。」
幾分語気が強くなる。メフィストは平坦ながら説得力を持って言い返す。
「兄弟揃って、こそこそと隠れて人の情けに縋って、人の目を気にして、それでも人に好かれることなく、人生を送るのがいいことですか? 堂々と陽の下で自分を偽らずに、誰からも認められて生きるのが、貴方のお兄さんにとってはいいことだと思いませんか?」
「それは兵器として認められて利用されろってことでしょう。」
「でも貴方のお兄さんはそっちを選ぶと思います。」
「僕は絶対嫌だ! いい機会です。反論してもいいですか。フェレス卿。」
今まで言い返せなかった反動のためか、雪男はメフィストに噛み付くように告げる。メフィストは優しげにどうぞと言って微笑んだ。
どうせ兄のことだから、この悪魔の操る審問の場の筋書きに何の疑問も持たず、その条件を飲んだに違いない。そしてなんとなくとしか思えないが、ぎりぎりのところで兄は、その条件を満たしてしまうかもしれない。
全部、雪男の意に反したことなのに、雪男が許せないと思うことなのに、兄はなんだかんだでメフィストの願いを叶えてしまうだろう。
自分が自分らしく生きる為という大義名分を抱えて。
馬鹿が思い込めば悪魔の思惑は達成される。それを傍で指を銜えて見ているしか出来ない。
「貴方と兄が通じ合うところがあるのは、やはり悪魔同士という繋がりのせいですか? 貴方はそれを根拠に兄を煽って、運命の奈落に追いやっても構わないと思っているかもしれませんが。じゃあ。僕だって兄さんに対して干渉する権利はある。同じ血が流れているのだから、僕だって兄を好きに出来ていいはずだ。」
メフィストは笑う。
「貴方の言っていることは、お気に入りのお人形を取られた幼女のようじゃないか。可愛らしいことを言っているが、その意味は何よりもえげつない独占欲ですよ。」
「それが悪いか! 今までずっと、兄のためにと頑張ったのに。いきなり現れた悪魔に全部掻っ攫われてたまるもんかっ。」
兄の携帯に雪男意外では一件だけ登録された番号がある。兄がその携帯電話を手にする前からそこに掛けられることが決まっていた男の番号だった。兄がしょっちゅうこそこそとその番号に掛けては、らしくもなくはにかんだ声を聞かせていたことは知っている。それを、電話の向こうで素知らぬ顔で聞き流す悪魔が嫌いだった。
「私は、貴方から燐を奪うつもりはありませんよ。」
「馴れ馴れしく兄の名を呼ぶな。」
「落ち着きましょうよ。貴方らしくもない。貴方が燐を助けられる場面はこの先幾らでもあります。私のことを敵視してお兄さんを助けようという気持ちの起爆剤にするのはいいですけど、独占欲ゆえに独り相撲を取るなんて貴方らしくもありません。盤上の有様をもっとよく御覧なさい。それでは勝てるゲームも勝てませんよ。」
「兄も僕も貴方にとっては駒なんですね。」
してやったりと雪男は思う。メフィストは苦い顔をする。雪男の言葉がさも残念と言わんばかりだった。
「弟たちを駒に、いるかいないか分からない対戦相手とチェスをする悪趣味はありません。特に貴方のお兄さんは勝手に動く駒ですから。そして貴方は動かない駒だ。」
しおらしい言葉は演技か本音か。それでもメフィストの言葉に従うわけではないが、雪男は一応は頭を冷やそうと思った。
「全てが思い通りってわけでもないんですね。」
「今回の審問でもそうでしたよ。もう少し燐が神妙にしていれば、もうちょっとは緩い条件に持っていけたかもしれませんけど。あの子は本当に強情で要領が悪い。」
あの子という呼び方に、雪男のこめかみがまた動く。
「なるほど。貴方でさえも兄さんに振り回されているわけか。そうですか。僕のような若造なら尚更ですね。」
せめて悪魔にとげとげしいことを言ってみた。ただし成功しているとは思えない。悪魔は雪男に阿るように「そうですよね」と相槌を打っている。
「あの子の言っていたことは裁判の被告人としては真に不適切でした。しかしそれは紛れもない真実でもあります。かつての魔女裁判で有罪の判決を受けた魔女は、大抵が無実だったように、サタンの落胤の燐はこの世界で何も罪は犯してません。それは貴方が誰よりも知っているはずです。貴方があの審問に駆けつけてくれなかったことは、本当に惜しいことだと思いました。」
「僕があの場に行けるなんて、おこがましいことは考えてませんよ。」
あの審問の場が兄との別れになるかもしれない可能性は十分にあった。そんな場に自分が耐えられるはずがない。だから自分にとってはどうでもいい関係者への説明に託けて、兄と一緒に窮地に立ってあげられなかった。そしてなんとなくは分かっていた。メフィストならあの場をなんとかしてくれるだろうと。
独占欲が強いわりに、肝心なところは他力本願だった。だからメフィストに突っかかる資格なんて本当はない。
メフィストは雪男にお願いするように言う。
「また機会がありましたら、今度は燐のために証言台に立って貰えると助かります。わがままを言いますと、あの愉快な仲間たちも連れてきてくれるといいんですけど。」
「彼らとの関係を修復できると思っているのですか?」
メフィストは雪男の顔の前で指を振った。野暮なことを言っている子どもを窘めるように。
「お引止めして悪かったです。奥村先生はまだ事の収拾に尽力して頂いているのに。」
「そうですね。これから祓魔塾の先生方にわざわざ集まっていただくわけにもいきませんから、僕は各講師の皆さんのところを回って今後のことをお願いしに行きます。」
「流石奥村先生は建設的でいらっしゃる。」
「かなり後手ですけどね。」
「些細な差です。」
雪男はメフィストに踵を返す。これから兄のことで色んな人達に頭を下げにいけなくちゃいけない。そしてそれを思い付くまでに冷静になれたのは、さっきまでのメフィストとの会話の間だったと気づかされた。やはり悪魔の手のひらの上かもしれない。
* * *
メフィストは雨が降る中、メフィストは自分の屋敷のほうに向かって歩いている。自分の能力を使えば瞬時に暖かい我が家に帰れるが、今日は雨の中を歩くのが自分に相応しいと思った。まだ明け方前、そして雨雲に覆われた空では朝の明るさは頼りない。だからその近づいてくる姿はおぼろげな影にしか見えなかった。しかしその影は確実に向かって近づいてきた。
「おや? 燐ですか。」
「メフィスト……」
また事がややこしくなるのかなとメフィストは首を傾げる。燐の顔色は少し青白かったが、目は今までに見たことがないほど強い光を灯していた。なんだか胸が痛くなるような姿だった。燐は駆け出してメフィストに抱きつく。
『これを弟にすればいいのに。』
まるで聞き分けのない子どものように、燐はメフィストにしがみついている。
「メフィスト。俺は頑張ったよな? あいつらに負けないで言い返せたよな。」
「貴方が頑張らなかった時なんてないでしょうが。私と初めて会った時とか。」
メフィストは燐の頭を撫でている。
「褒めてくれる? 俺、えらい?」
「褒めるのはまだです。半年以上経っても貴方が生きていられたら、その時こそ手放しで褒めてあげましょう。」
メフィストは燐を引き剥がそうとその肩を押したが、燐は簡単には離れてくれなかった。メフィストの背中に指を食い込ませて、その顔は必死そうだった。
「俺は頑張るから。自分と仲間と雪男と、それとお前の為に。だから――。」
「だから? なんですか?」
燐は腕を伸ばしてメフィストの首にしがみつく。
「だから。俺に優しくしてくれよ。もっとぎゅってしてくれよ。お前にだったら、俺は何されてもいいから。」
誰かが言っていた。
メフィストはチェスをするように人間を知らず知らずのうちに操ると。
でも、弟にこんなはしたないことを言わせるように誘導した覚えはない。好かれるなんて計算していなかった。
「貴方も随分な交換条件を出してきますね。」
えへへと燐は笑う。あの審問があったあと強がっているのがあからさまな笑顔だった。儚いとか健気とか、そんな言葉が頭に浮かぶ。メフィストは黙って燐を抱き寄せて唇を近づけた。
同じような気持ちに自分もなるとは、本当に予見すらしていなかった。
単に雪男とメフィストの掛け合いを書きたかったのかもしれません。そしてメフィストに甘える燐を書きたいがためともいえます。シリアスだけど笑っていただけると幸いです。
リクエストありがとうございました!
兄がサタンの落胤であることが発覚した。
雪男はその現場を目撃した候補生たちに奥村燐の事情を説明することになった。
審問を受けている兄を心配する気持ちはあったが、まだ祓魔師の道に踏み込んだばかりの生徒の精神的フォーローのほうを優先しなければいけないということは、講師の雪男にとって当然のことだった。
『上手くいかなかったな……』
我ながら駄目だったと頭を垂れる。雪男が見て取ったところ、明らかにもうあの兄は候補生たちの輪に戻ることは叶わないようだ。生徒たちの反応を見れば一目瞭然だった。身内としてはもう少しでも燐を弁護するとか、同情を惹くように掻き口説くようにすれば良かったのだろうか? しかし公人である自分を捨て切れなかったのも確かだった。
『神父さんのようにはいかないか。当然だけど。』
雪男は幼稚園での騒動を思い出す。兄が悪魔の衝動と力に振り回されいた頃の出来事だった。兄は結局、勢い余って義父の肋骨を折ってしまったが、義父のおどけた顔やらふざけたような態度が候を奏したのか、幼稚園から追い出されるような事態にはならなかった。あの幼稚園関係者の前で、真に父親らしい態度を取った藤本に免じてのことだったのかもしれない。
「はあ……」
なんだかもう、高校生になってから「うまくいった」と何もかもが感じられない。上手くいかなくても時は過ぎるし物事は動く。
いや、動かされている。大方の元凶は自分たちの後見人のメフィストフェレスだ。ただでさえヴァチカンから目を付けられている癖に、本当に好き勝手動いてはあらゆる物事を逆手に取ってくる。今回の審問でも、燐の危険性を逆手に取るつもりだろう。
「忌々しい……」
だが自分たちの十五年間の平穏は、あの悪魔が義父に協力していたことが大きい。その間に自分は兄を守る力をつけた。兄にも同じ道を歩んで欲しいとは思わなかったが、自分の生い立ちや正体を知った兄は何の迷いもなくこっちに来た。やけになって悪魔側につくなんて考えが馬鹿らしいほど、当然のように祓魔師になるなんて言い出した。予想通りだったが、そこは予想を裏切って欲しかった。雨が降る夜空を見上げて、雪男はさてこれからどうしようかと漠然と考えていた。
そんな雪男の前に忽然とメフィストが棒立ちで縦に長い姿を晒していた。虚ろに宙を見上げ、疲れたようにこんばんはと雪男に言ってきた。
「審問のほうは、どうなりました?」
「条件付でこっちの要求は通しました。」
「条件?」
「半年後の祓魔師の試験に合格することです。」
「……。そうですか。」
ほとんど殺すことが前提のような条件だった。でも、目の前の悪魔がそんなことを全然問題にしてないのは一目瞭然だった。
「これで貴方と亡き義父が目論んだことを現実にする段取りが確定したわけですよね。さぞかし喜ばしいことでしょう。」
「奥村先生にとっては?」
「僕は、兄の身さえ安全ならそれで良かったんだ。」
幾分語気が強くなる。メフィストは平坦ながら説得力を持って言い返す。
「兄弟揃って、こそこそと隠れて人の情けに縋って、人の目を気にして、それでも人に好かれることなく、人生を送るのがいいことですか? 堂々と陽の下で自分を偽らずに、誰からも認められて生きるのが、貴方のお兄さんにとってはいいことだと思いませんか?」
「それは兵器として認められて利用されろってことでしょう。」
「でも貴方のお兄さんはそっちを選ぶと思います。」
「僕は絶対嫌だ! いい機会です。反論してもいいですか。フェレス卿。」
今まで言い返せなかった反動のためか、雪男はメフィストに噛み付くように告げる。メフィストは優しげにどうぞと言って微笑んだ。
どうせ兄のことだから、この悪魔の操る審問の場の筋書きに何の疑問も持たず、その条件を飲んだに違いない。そしてなんとなくとしか思えないが、ぎりぎりのところで兄は、その条件を満たしてしまうかもしれない。
全部、雪男の意に反したことなのに、雪男が許せないと思うことなのに、兄はなんだかんだでメフィストの願いを叶えてしまうだろう。
自分が自分らしく生きる為という大義名分を抱えて。
馬鹿が思い込めば悪魔の思惑は達成される。それを傍で指を銜えて見ているしか出来ない。
「貴方と兄が通じ合うところがあるのは、やはり悪魔同士という繋がりのせいですか? 貴方はそれを根拠に兄を煽って、運命の奈落に追いやっても構わないと思っているかもしれませんが。じゃあ。僕だって兄さんに対して干渉する権利はある。同じ血が流れているのだから、僕だって兄を好きに出来ていいはずだ。」
メフィストは笑う。
「貴方の言っていることは、お気に入りのお人形を取られた幼女のようじゃないか。可愛らしいことを言っているが、その意味は何よりもえげつない独占欲ですよ。」
「それが悪いか! 今までずっと、兄のためにと頑張ったのに。いきなり現れた悪魔に全部掻っ攫われてたまるもんかっ。」
兄の携帯に雪男意外では一件だけ登録された番号がある。兄がその携帯電話を手にする前からそこに掛けられることが決まっていた男の番号だった。兄がしょっちゅうこそこそとその番号に掛けては、らしくもなくはにかんだ声を聞かせていたことは知っている。それを、電話の向こうで素知らぬ顔で聞き流す悪魔が嫌いだった。
「私は、貴方から燐を奪うつもりはありませんよ。」
「馴れ馴れしく兄の名を呼ぶな。」
「落ち着きましょうよ。貴方らしくもない。貴方が燐を助けられる場面はこの先幾らでもあります。私のことを敵視してお兄さんを助けようという気持ちの起爆剤にするのはいいですけど、独占欲ゆえに独り相撲を取るなんて貴方らしくもありません。盤上の有様をもっとよく御覧なさい。それでは勝てるゲームも勝てませんよ。」
「兄も僕も貴方にとっては駒なんですね。」
してやったりと雪男は思う。メフィストは苦い顔をする。雪男の言葉がさも残念と言わんばかりだった。
「弟たちを駒に、いるかいないか分からない対戦相手とチェスをする悪趣味はありません。特に貴方のお兄さんは勝手に動く駒ですから。そして貴方は動かない駒だ。」
しおらしい言葉は演技か本音か。それでもメフィストの言葉に従うわけではないが、雪男は一応は頭を冷やそうと思った。
「全てが思い通りってわけでもないんですね。」
「今回の審問でもそうでしたよ。もう少し燐が神妙にしていれば、もうちょっとは緩い条件に持っていけたかもしれませんけど。あの子は本当に強情で要領が悪い。」
あの子という呼び方に、雪男のこめかみがまた動く。
「なるほど。貴方でさえも兄さんに振り回されているわけか。そうですか。僕のような若造なら尚更ですね。」
せめて悪魔にとげとげしいことを言ってみた。ただし成功しているとは思えない。悪魔は雪男に阿るように「そうですよね」と相槌を打っている。
「あの子の言っていたことは裁判の被告人としては真に不適切でした。しかしそれは紛れもない真実でもあります。かつての魔女裁判で有罪の判決を受けた魔女は、大抵が無実だったように、サタンの落胤の燐はこの世界で何も罪は犯してません。それは貴方が誰よりも知っているはずです。貴方があの審問に駆けつけてくれなかったことは、本当に惜しいことだと思いました。」
「僕があの場に行けるなんて、おこがましいことは考えてませんよ。」
あの審問の場が兄との別れになるかもしれない可能性は十分にあった。そんな場に自分が耐えられるはずがない。だから自分にとってはどうでもいい関係者への説明に託けて、兄と一緒に窮地に立ってあげられなかった。そしてなんとなくは分かっていた。メフィストならあの場をなんとかしてくれるだろうと。
独占欲が強いわりに、肝心なところは他力本願だった。だからメフィストに突っかかる資格なんて本当はない。
メフィストは雪男にお願いするように言う。
「また機会がありましたら、今度は燐のために証言台に立って貰えると助かります。わがままを言いますと、あの愉快な仲間たちも連れてきてくれるといいんですけど。」
「彼らとの関係を修復できると思っているのですか?」
メフィストは雪男の顔の前で指を振った。野暮なことを言っている子どもを窘めるように。
「お引止めして悪かったです。奥村先生はまだ事の収拾に尽力して頂いているのに。」
「そうですね。これから祓魔塾の先生方にわざわざ集まっていただくわけにもいきませんから、僕は各講師の皆さんのところを回って今後のことをお願いしに行きます。」
「流石奥村先生は建設的でいらっしゃる。」
「かなり後手ですけどね。」
「些細な差です。」
雪男はメフィストに踵を返す。これから兄のことで色んな人達に頭を下げにいけなくちゃいけない。そしてそれを思い付くまでに冷静になれたのは、さっきまでのメフィストとの会話の間だったと気づかされた。やはり悪魔の手のひらの上かもしれない。
* * *
メフィストは雨が降る中、メフィストは自分の屋敷のほうに向かって歩いている。自分の能力を使えば瞬時に暖かい我が家に帰れるが、今日は雨の中を歩くのが自分に相応しいと思った。まだ明け方前、そして雨雲に覆われた空では朝の明るさは頼りない。だからその近づいてくる姿はおぼろげな影にしか見えなかった。しかしその影は確実に向かって近づいてきた。
「おや? 燐ですか。」
「メフィスト……」
また事がややこしくなるのかなとメフィストは首を傾げる。燐の顔色は少し青白かったが、目は今までに見たことがないほど強い光を灯していた。なんだか胸が痛くなるような姿だった。燐は駆け出してメフィストに抱きつく。
『これを弟にすればいいのに。』
まるで聞き分けのない子どものように、燐はメフィストにしがみついている。
「メフィスト。俺は頑張ったよな? あいつらに負けないで言い返せたよな。」
「貴方が頑張らなかった時なんてないでしょうが。私と初めて会った時とか。」
メフィストは燐の頭を撫でている。
「褒めてくれる? 俺、えらい?」
「褒めるのはまだです。半年以上経っても貴方が生きていられたら、その時こそ手放しで褒めてあげましょう。」
メフィストは燐を引き剥がそうとその肩を押したが、燐は簡単には離れてくれなかった。メフィストの背中に指を食い込ませて、その顔は必死そうだった。
「俺は頑張るから。自分と仲間と雪男と、それとお前の為に。だから――。」
「だから? なんですか?」
燐は腕を伸ばしてメフィストの首にしがみつく。
「だから。俺に優しくしてくれよ。もっとぎゅってしてくれよ。お前にだったら、俺は何されてもいいから。」
誰かが言っていた。
メフィストはチェスをするように人間を知らず知らずのうちに操ると。
でも、弟にこんなはしたないことを言わせるように誘導した覚えはない。好かれるなんて計算していなかった。
「貴方も随分な交換条件を出してきますね。」
えへへと燐は笑う。あの審問があったあと強がっているのがあからさまな笑顔だった。儚いとか健気とか、そんな言葉が頭に浮かぶ。メフィストは黙って燐を抱き寄せて唇を近づけた。
同じような気持ちに自分もなるとは、本当に予見すらしていなかった。
単に雪男とメフィストの掛け合いを書きたかったのかもしれません。そしてメフィストに甘える燐を書きたいがためともいえます。シリアスだけど笑っていただけると幸いです。
リクエストありがとうございました!
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プロフィール
HN:
柴仲達
性別:
女性
職業:
会社員
趣味:
読書、二次創作
自己紹介:
忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
柴はツイッターもしています。http://twitter.com/#!/hitsugi12
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