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幸福雑音

女性向け二次創作サイト。 イベント参加情報もここに載せています。 オフは忍たま、オンでは青エク中心。

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☆「ポケモンデイズ⑤後編」主♂チェレ

 たまには自分から電話をかけてみたほうがいいのかもしれない。だけどとても恐れ多いことだと思って手が止まってしまう。そうこうしている内に鳴ってしまったライブキャスターに慌ててしまうトレーナーを見て呆れているジャノビ―を横目に、チェレンは電話を取った。
「も、もしもし。」
『チェレン。まだ寝てないのかのう。年寄りも夜更かしの最中じゃ。』
「アデクさん。こんばんわ。あ、あのですね。今ヒウンにいるんです。ジムは留守にしてたようなので、街をいろいろと。」
『またアーティのやつめ。いつまで人妻に片思いしとんじゃ。』
「え? 人妻?」
『ん? チェレンもそういうのに興味あるんか?』
「そ、そそ、そんな。」
 ほぼ毎晩と言っていいくらいアデクはチェレンに電話を掛けてくる。最初の一回目か二回目に他に話し相手ならアデクさんにはいっぱいいるでしょうと尋ねてみたことはあった。しかしアデクは苦笑いしながらこう言った。
 
『儂、若いもんに説教されるジジイだから。チェレン以外には怖くて電話出来ないんじゃ。』
 
 だからって毎日自分を狙い打たなくてもとチェレンはライブキャスターに映った情けないチャンピオンの顔を思い浮かべる度に吹き出しそうになる。
 もしかしたら成人してからポケモントレーナーになったチェレンが物珍しいからかもしれない。たとえそうであったとしてもチェレンはアデクからの電話をいつのまにか楽しみにしていた。
「そのかわりにバトルカンパニーに寄ってみたんですよ。」
『社長には会ったのか?』
「はい。」
『相変わらず、あの風体なのかのう?』
「清掃員さんだと最初思っちゃいました。」
 やはりの! アデクは腹を抱えて笑っていた。釣られてチェレンも笑ってしまう。
『こうやって電話で話すのもいいものだが、また直接チェレンと会って話してみたいものだな。』
「……はい。」
 チェレンはアデクの次の言葉を待っていた。どこかで待ち合わせて会えるなら会いたい。アデクはその場所を言ってくれれば、その場に出来るだけ早く駆けつけるのにともチェレンは思った。
『うーん……。』
 アデクは少し迷ったように髭の生えた顎を擦った。
「あの。」
『まあ、またどっかで会えるじゃろ。』
「そ、そうですね。」
 少しチェレンはがっかりする。しかし前にも何か理由があってイッシュを放浪していたと聞いていたから、その関係もあるのだろう。
『ところでチェレン。チェレンの周囲でプラズマ団の噂は聞かないかのう?』
「プラズマ団ですか?」
『今リーグ内で要注意組織になりそうな連中なのじゃが。』
「僕の、同郷のトレーナーが夢の跡地でバトルになったと聞きました。」
『なんと、それで?』
「話を聞いた彼も直接は関わってなかったみたいなんですよ。彼が駆けつけたときには、直接かかわった彼女……彼女も同郷なんですけど、その人がムンナを苛めていたプラズマ団員を追い払った後だったらしいんで。」
『やはり活動範囲がカラクサから北上しておるのか。……奴らは一度撃退されれば、その町からは撤退するらしいかのう。お前さんもその頼りになる強い幼馴染とまめに連絡を取って、なるたけ近くにおったほうがいい。』
「僕だって大丈夫だと思います。」
『それはそうなのだが、チェレン。年寄りの言うことは聞くもんじゃぞ。それにチェレンからのそういう情報を少しはあてにさせて欲しいんじゃ。』
「あなたと僕とのことを幼馴染たちに言ってもいいでしょうか? その毎日電話してるとか。」
『いや。そんな内緒にすることじゃないじゃろ。チェレンは儂の大切な電話仲間じゃ。』
 どんだけ人を誑し込めば済むんだろうか。このジジイは。チェレンの頭の片隅に小さな怒りが火を灯した。どうせ僕が思うほど僕のことを思ってもない癖に。そりゃあ出会ったのは一回限りで、あとのやりとりは電話だけなのだから、声高に関係がどうのと言える立場ではない。噂ではかなりなナンパジジイだとも聞く。男の自分が憧れ半分やっかみ半分でぐだぐだしてるなんて思ってないだろう。
『とにかく気を付けるんじゃぞ。チェレンは可愛いからな。』
「かっ……。」
 アデクはばいばいと手を振ると電話を切ってしまった。チェレンは耐えられなくなって夜中のカフェのオシャレなテーブルに突っ伏した。幸いにもテーブルとテーブルの間には仕切りがあったので誰もチェレンの奇行を気に留めなかった。
「かわいいって、言われた……。」
 どうしよう。遥かに年上の男に可愛いと言われて悶絶している現実に危機感を覚えながらも、頭の中はふわふわと幸せだった。
 ジャノビ―はそんなチェレンの頭をぽんぽんと叩いている。このトレーナーは出会った最初は、眼鏡をくいっと片手で上げる仕草が似あうような秀才気取りだったのに、あっというまにジジイに絆されて他の人間に見えないところでの振る舞いが年齢不相応に幼いところを平気でポケモンに見せている。否、ポケモンの前で見栄を張る余裕を、あの赤い鬣のジジイにすっかり奪われているのかもしれない。
 そしてそれは恋なのよと、おばちゃんジャノビ―は言葉が扱えるなら伝えたかった。
「君。君のジャノビーがね、君のその感情は恋なんだよって。」
 チェレンとジャノビ―が顔を上げると、光のない目でNがチェレンを見下ろしていた。さも初恋に浮かれているチェレンに呆れているかのように。
「き、君は……。」
 カラクサではトウヤにNと名乗っていた。あのときのNはチェレンなど眼中にないようにトウヤに全ての関心を注いでいた。今のNの興味はチェレンに向いているようだが、その目はチェレンを見ているようでいながら、興味も目もチェレンに向けられているとはチェレンには思えなかった。
「それと、ジャノビーは気づいているみたいだけど。君のその眼鏡、伊達眼鏡でしょう? 近眼用にしても遠視用にしても、眼鏡を掛けるとレンズ越しの顔の輪郭が少し歪んで見えるらしいけど」
 Nは人差し指をチェレンに向けてチェレンの顔の輪郭を見えるままになぞった。
「君の顔の輪郭は綺麗なままだよ。」
 悪意のある笑みを浮かべていた。チェレンは自分の視力には問題はないのに眼鏡を掛けていることがバレた驚きと、何故それをNが見破って得意そうにしているのかという困惑に、口をもごもごと動かすだけで言葉が声にならない。
「君の恋の相手はトウヤじゃないみたいだね。だけど眼鏡を外して相手を見れるような思い切りにも届いていない。」
「め、眼鏡は関係ないだろ。それになんでトウヤが……」
 Nはふいっと後ろを向いてカフェから出ていく。チェレンもジャノビーを連れてその後を追うが狭い路地裏に無造作に捨ててあった雑誌で足を滑らせてしまった。
「じゃの!」
 ジャノビーはチェレンが足を挫いていないか様子を見た。幸いにも捻挫は免れたがNの姿はすっかり見失ってしまった。
 もやもやした気分だったが、会計を済ませていなかったのでまた店の中に戻る。路地裏のカフェの店主はチェレンを食い逃げだと疑う素振りすら見せずにチェレンから金を受け取った。
「さっきからライブキャスターが鳴ってたよ。」
「え?」
 テーブルの上の置きっぱなしだったライブキャスターを見ると着信ではなくメールが一通届いていた。
「置きっぱなしだったから見張っといておいてあげたよ。」
 店主はレジから目を細めてチェレンを見ていた。チェレンはぺこりと礼をしながらライブキャスターを手に取った。
チェレンの目に飛び込んできたのは、「トウヤ」「ヒウン」「ジム戦」という単語だった。その文面を始めから目を通す。
『チェレン。トウヤだよ。今からヒウンジムに挑戦する。じゃあね。』
チェレンはレジの後ろの時計を反射的に見たあと店を再び飛び出した。
「なに考えてるんだ。トウヤは!」
 首から上に血が上っていくのがはっきりとわかった。時計は時刻を九時過ぎだと示していた。どんな鷹揚なジムリーダー相手であってもあまりにも失礼な時間帯である。ジムリーダーにしてもプライベートタイムを過ごしている時間だ。そこにトウヤが乗り込むなんて、あの瀟洒なサラリーマンをしていたトウヤにあるまじき行為だった。 
店を出てジャノビーをボールにしまい、ジムの方向へ思わず駆け出そうとしたチェレンの片方の腕を誰かが引っ張った。
「うわっ。」
「捕まえた。」
 チェレンの手を引っ張ったのはトウヤだった。トウヤはチェレンの心配事を他所ににこにこしている。
「トウヤ。メール……。いや、今からジム戦なんて絶対に非常識だからね。」
「分かってるよ。そんなこと。あー、それにしても君がこんなに慌てて出てくるとは思わなかったな。」
 トウヤは少し気まずそうに外から君が見えたからと悪びれたようにイタズラの弁解をした。
「ひどいじゃないか。本気にした僕も迂闊だけど、僕はヒウンジムまで君を止めに行こうとしてたんだぞ。」
「だから冗談が過ぎたからごめんって言ってるだろ。それにしても僕が予想したより君の反応が早かったんで、こっちもびっくりさせられたって感じかな。君だったらメールを見たあと、少し考え込んで渋々仕方なしに僕を止めるメールの文面を考えるか、いやそれじゃヒウンジムで僕がジムリーダーとトラブルを起こしていた場合、僕とジムリーダーの間に入らなければならないかなと考え直してジムに向かうか、くらい程度の対応をされると思ってたからさ。」
「僕はそこまで人が悪いつもりはないよ。」
 同郷者が近くで迷惑をかけたならフォローするくらいの人情はチェレンは持っている。幾ら迷惑をかけたかもしれない同郷者が年上であってもだ。
「そうやって僕が行動を起こすのを予測して観察じみた真似をするなんて、君はそんな奴だったかな?」
 チェレンにしては率直な恨み言だった。トウヤはしどろもどろに振る舞いながらごめんと繰り返している。
「ごめん。本当に悪意があったわけじゃないんだ。寧ろその反対というか、君にとって僕がどれ程かな。なんて試してみたくなって。」
 そんなやり方で試さなくてもとチェレンはトウヤを斜めに見る。そんな試し方をして何が分かるというのか。
「とにかく、ヒウンジムにはもっと常識的な時間に行くべきだよ。僕は朝に行ったけど留守だった。だから明日の朝以降がいいんじゃないかな?」
 トウヤは気まずそうにバッジケースの蓋を開けてチェレンに見せた。
「ごめん。チェレンより先にジムリーダーに挑戦してバッジをゲットしたんだ。僕は前の日の昼にシッポウでアーティさんに会っていたから、彼が今日の昼ごろジムに戻るのをわかっていたんだ。それで昼過ぎに行ってすんなりと挑戦できたんだ。」
 チェレンは一足ヒウンに到着したのが早かったせいでトウヤに出遅れてしまった。昼間のチェレンはバトルカンパニーで連戦していて、ポケモンセンターに戻ったときには既に夕方だった。なので今日はジム戦は諦めていた。完全にすれ違いである。
「もうバッジをゲットしていた癖に。人が悪いな。」
 拗ねたような言い方のチェレンは、でも案外怒っていない様子だった。先にバッジをゲットしたのだから、最初のときのような対抗意識でもっと拗ねられるとトウヤは思っていたが、そういう感情はトウヤのさっきした少し悪質な嘘の反動で薄れてしまっているだけなのだろうか。
いや。感じやすすぎる感性を持ったチェレンが今までとは違う世界に揉まれて、少しだけ鷹揚に構えることを覚えたせいなのかもしれない。そしてやはりチェレンが現在トウヤに内緒にしている人間こそがキーマンだと確定できた。
 トウヤなりの素人プロファイリングでは、その人物はトウヤたちみたいな駆け出しのトレーナーにとって一目置く存在だろう。その癖チェレンを呆れさせるような抜けたところも平気で他人に見せる。だから神経質なチェレンが例の人物との交流おうちに耐性をつけたんだろうと考えられる。しかしその呆れるような姿さえも様になるような存在だ。
そんな人物像に当てはまるのは、ポケモンリーグに関連したジムリーダー以上の実力を持つ、少し風変りな有名人に違いない。しかも野宿ばかりしていたチェレンとばったり出会うようなライフスタイル。もう事情通・情報通のトウヤにはほとんど特定できていた。ただし、その人物はこれだと推理するにはビッグな人物過ぎるかもしれない。
「トウヤは僕をびっくりさせたつもりだけど、僕もトウヤをびっくりさせられることがあるんだ。前言ったポケモンの年齢当てが得意な人なんだけど。」
 トウヤはうんと頷いた。こんなところで立ち話もなんだからと宿のある方向へ誘導する。チェレンも通行人がまだいる道路で立ち止まって名前を明かすことは、たぶん憚れる人物だろうから。
 トウヤはビジネスホテルへチェレンと歩いていきながら、やっと話してくれる気になってくれたんだねと肩を竦めた。
「その人も別に教えたって構わないって。」
「そうなのか。」
「その人は今、プラズマ団について情報を集めているらしいんだ。この前トウヤから聞かされた夢の跡地でベルがプラズマ団に遭遇したことも一応伝えておいた。僕のことが心配だから君たちとも連絡を取るようにとも忠告された。だから――。」
「チェレン。理由とかはどうでもいいんだよ。君はその人物の名前を言えば僕を驚かせると思ったんだろう? だったらその人の名前を明かしてごらんよ。」
「そ、その人の名前は……」
 さっきまでトウヤと目線を合わせていたチェレンなのに、急に首ごとトウヤから背けてしまった。みるみるトウヤから見えるチェレンの耳が紅くそまっていくのが、トウヤの推理をますます核心に迫らせてしまう。
「チャンピオン。」
 トウヤはえっと大声を出して驚いたように振る舞った。その言葉が出てくることは予測済みもいいところだったが、驚いてやらないとチェレンの打ち明ける決心に釣り合わない。
「チャンピオンって?」
「アデクさんって知ってるよね。」
「他の地方に比べて高齢のチャンピオンで有名なことは知ってる。このごろはイッシュを放浪しているらしいけど、たまたまチェレンが行き当たるなんてなあ。」
 空々しい感想にもチェレンは誠実に受け応えしていた。
「チャンピオンなんだから。それなりの人物だと僕らだったら予測するじゃないか。だけどアデクさんはちょっとどころじゃない変わった人で、いつも何らかで僕はあの人にチャンピオンはこうであれという期待を裏切られたけど、でも、その何倍も素敵なものを持っている人だったんだ。」
「いつも? そんなにしょっちゅう会うわけじゃないのに?」
 口を滑らしてしまったとチェレンは動揺していた。しかし少し間を置いて白状した。チェレンの地が擦れてなくて素直な証拠だった。
「電話番号を交換して夕方から今くらいの時間まで、そのときに一回連絡を取ってる。いっても、いつも一方的にアデクさんのほうから掛けてくるんだけど、今日は僕のほうから掛けてみようかと思った。だけど結局、アデクさんのほうから掛かってきた。」
 トウヤは表情を変えずに「そう」と頷いた。
「チェレンは要領が悪いな。そんな有名人相手だったら、自分からどんどん積極的に行かなくちゃ。もしかしたらそれが後々有利に働くかもしれないよ。」
「そんなんじゃないよ。」
「……ごめん。サラリーマンだったときの悪い癖だな。ときどき人間関係を損得勘定と秤にかけてしまうのは。チェレンは損得関係なくアデクさんのことを尊敬してるんだろ。」
 敢えて尊敬のところにトウヤはアクセントを置いた。
「尊敬だなんて。いつもあの人には呆れてるって。」
「呆れるところにすら尊敬を見出せる人物こそ、それこそ大人物じゃないか。」
「そうなのかな……? そんな人物云々っていうより、もっとなんというかふわふわした感じで。好きっていうのかな。」
 トウヤが怪訝な顔をする。チェレンはアデクのことを話し始めてから明らかにテンションがおかしい。もしかすると事態はトウヤが予測していたより、チェレンの中では進行しているかもしれない。アデクの中ではどうか分からないが、毎日電話をしてくるというくだりからして僅かに脈があると錯覚しそうになるが、どうも習慣的になっていると言ったほうがいいだろう。アデクもチェレンに対して同じような感情を少しでも持っているのなら、自分だけが一方的に電話を掛け続けるという現実に少しでも憤りを持つはずである。それをチェレンに軽い恨み言として拗ねてみせるくらいの技術は当然持ち合わせているだろう。軟派で人を誑し込むのが得意な好々爺だという評判からして、トウヤの予測は間違いないはずだ。
「僕がこんなふうに一人で思ってるだけなんだけどね。でも、今日は可愛いって言われたし。はっきりしたことじゃないけど、また会いたいってこと言われたんだ。ねえ。トウヤ? どうしよう?」
 チェレンが珍しくトウヤを頼って甘えてきた。なんだかんだでトウヤを年上と認識して信頼してくれているらしい。チェレンは世間話の延長線上の相談事と割り切っているつもりだろうが、無意識下に置いた甘え心を垣間見せた。
「チェレン、あのね。」
 トウヤはやはりここで、チェレンの感情が手の届かないところまで一人歩きしないようにしなければと思った。知らず知らずのうちに足早になったトウヤにチェレンは追いすがった。
「ねえ。トウヤ。どう思う?」
 トウヤは黙ってチェレンの手を取る。
「ほら。宿ついたよ。で? なんだっけ? 僕に話聞いて欲しいんだっけ? それじゃホテルの部屋でゆっくり話を聞こうかな。」
 トウヤはフロントの呼び鈴を鳴らす。チェレンの手を離さないままホテルスタッフが奥から出てくる短い時間にもう片方の手でチェレンの肩を引き寄せて耳元で囁いた。
「僕も前からチェレンのことを可愛いって思ってたよ。それでね。僕はずっと前から君のことが好きだった。」
 チェレンの身体が固まるのが手に取るようにわかった。奥から出てきたフロントクラークは、お部屋はどれにしましょうかと尋ねてくる。トウヤはいじわるそうにチェレンに問いかけた。
「今日はチェレンは積る話もあるみたいだし、一緒の部屋に泊まろうか。ツインかよければダブルで。」
 チェレンは慌ててトウヤから身体を引き離し、焦ったようにシングル二部屋でと叫んだ。クラークはご友人同士ならツインがお得ですよと勧めてくる。それでもチェレンは譲らなかった。
「ごめん。トウヤ、話はまた今度で。頭の中を整理させて欲しい。」
 トウヤは思った通りの反応を返してきたチェレンにくすくす笑いながら、じゃあ今日のところはお互い一人で泊まろうと話を締め括った。
 
  •   *   *
 
 フロントクラークから鍵を一つずつ受け取って、隣同士に配置された部屋に入ろうとする。チェレンが部屋に入ってドアをそのまま戻そうとしたとき、トウヤが押し入ってきた。
「ト、トウヤ?」
 トウヤが後ろ手にドアを閉めると、オートロックがすぐさま施錠してしまった。チェレンが立ちすくんでどうしていいか分からなくなっていると、トウヤはおもむろにモンスターボールをバッグから取り出した。
「なに?」
「今たぶん寝てると思うから静かにしていてね。」
 トウヤはそっとボールからミジュマルを出した。ホテルの備え付けのベッドの上にすやすやとミジュマルが眠っている。
「抱っこしてみる?」
 チェレンはトウヤのほうを振り向いて「いいの?」と小声で訊きかえす。トウヤは頷いてミジュマルを抱っこしてチェレンに差出してきた。
 チェレンはおずおずとミジュマルを抱っこしてみる。白い柔らかい毛がチェレンの手を擽っている。
「チェレンはそういえばミジュマルが好きだったことを思い出してね。ほら。よく読んであげたよね。チェレンがちっちゃいときにミジュマルの絵本を。伝説の白黒ポケモンの絵本より、ミジュマルのお話が好きだった。」
「そんな。昔のことじゃないか。僕はもうあのころの身体が弱くて、みんなを心配させてばかりいた僕じゃない。今更だけどポケモントレーナーになって、バッジもゲットしていってる。」
「そうだね。今のようになるまで、よく頑張ってたね。」
 チェレンは腕の中のミジュマルに顔を近づけてその柔らかい毛皮に頬ずりする。やはり最初のポケモンをミジュマルに決められなかった未練が残っていたようだ。それでこそトウヤの思うつぼだったが、チェレンはわざとトウヤがミジュマルを先に選んだなどとは疑ってもいないだろう。ミジュマルも恋の駆け引きに自分を上手いこと利用されているとは気づいていない。
 自分のような狡い大人にとって、目の前の子どもの純真さは罪悪感の種にもなる。だがそれをトウヤは種のままで芽吹かせることはなかった。
 ミジュマルを抱っこして幸せそうにうっとりとしているチェレンに、トウヤは近づいて声をかけた。
「ねえ。さっきの僕の告白はどう思ってくれてるのかな?」
 幸福感に水を差されたチェレンは少し怯えたようにごめんと呟いた。
「トウヤのことをそんなふうに見たことがなかった。」
 そして少し考え込むように下を向いたあと、何かに気が付いたかのようにトウヤに質問する。
「じゃ、じゃあ……なんでベルと結婚してたわけ?」
 トウヤはそうきたかと苦笑いを浮かべた。
「互いのためかな。ベルの家庭事情は近所でも有名だったし。僕は僕で社会人をしてたから、世間体のためにベルと結婚した。僕もベルもお互いじゃない相手だと、自分の望みは叶えられないとわかってたからね。」
「トウヤの望みって……?」
 トウヤはチェレンに近寄ってミジュマルごとチェレンを抱きしめた。
「僕の好きな小さな男の子が大人になってポケモントレーナーになったとき、彼の側にいて支えたいって願望。」
「そ、そんな動機でトウヤは。馬鹿なのか!」
 Nが怒るようなことで、やはりトウヤはチェレンに怒られた。だから自分の馬鹿さ加減は認めるしかない。
「そうだね。僕のポケモントレーナーになった動機は、あらゆることを冒涜して馬鹿にしていたようなもんだ。でもベルも自分の望みのためにそれを了承していたし、ベルも僕たちと同じように十年かかってその望みを叶えた。倫理や道徳には反しているかもしれないけど、僕たちの結婚と離婚には、僕たちの夢が掛かっていたわけだから、許してくれとは言わない。ただそういうことがあったと認めて欲しい。それでね、チェレン。」
 チェレンはトウヤから離れようとしたが、ミジュマルを抱いていたせいで突き放せずにいた。
「君の夢を僕の夢にしたい。二人で同じ道を歩きたい。」
 トウヤはチェレンにそう伝えた。
  

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柴仲達
性別:
女性
職業:
会社員
趣味:
読書、二次創作
自己紹介:
忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
柴はツイッターもしています。http://twitter.com/#!/hitsugi12

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