幸福雑音
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☆ss『トスカ』勝燐前提の雪燐「ノクターン」の続編
明かりの消された部屋の中、いきなり二本の腕に抱きしめられた。
「ゆ、雪男?」
「他に誰がいるんだい?」
深夜の十二時。消されていた照明に安堵して部屋に踏み込んだら、弟が暗闇の中で待ち構えていた。自分と勝呂のドアの前の会話も聞かれていたかもしれない。ぐるぐると考えているせいで、今の状況が頭の中に入ってこない燐だった。
たぶん雪男は怒ってる。でも門限までにはぎりぎりだけど帰ってきたのだし。だがしかし、雪男にとっては門限を守ってようが関係なかったような気もする。
「た、ただいま……。」
「………おかえり。遅かったね。」
雪男の腕の中で燐はびくっと震える。
弟に抱えられた小さな頭の中で、燐を自分を混乱させているこの場の状況の解消法を探していた。しかしながら燐は勉強も含めて、あらゆることの脳の中の蓄積が少なすぎた。顔は見えないが、自分を掴まえている腕の力の入れ方からして、雪男はかなりキているのだけは分かる。謝るか言い訳をするか、この二者択一が燐の考える限界だった。その二択でさえも、言い訳の選択肢を取り下げたほうがいいだろう。とにかく弟の冷たい感情の篭らない怒声を浴びせられるのだけは、今は避けたい。せっかく勝呂のお陰で心はあたたかく帰ってきたのに。
怒鳴られたとしても、自分が非難されるだけならギリギリだけど慣れている。しかし、ドアの前に勝呂がいたことはたぶん知られているに違いない。だからその雪男の口から勝呂まで非難するような言葉が出てきたっておかしくない。
雪男はこの学園に来る前に、義父に甘やかされてきた自分のことを矯正するつもりだと以前言ってきた。そしてその為なら、あらゆる日常の夾雑物を排除するつもりだとも言った。
確かに弟にそう言わせる原因は燐にあるかもしれない。サタンの息子である証拠の青い炎を纏っているのも燐だし、だから社会的にも生命的にも排除するべきだとも言われた。
よく考えてみれば、雪男はそんな、兄のとばっちりばかりの人生だったかもしれない。自分が知らないところでそうなっていたとは言え、こればかりは知らなかったことそのものが罪悪でしかない。生まれたそのこと事態が取り返しがついていない。それが自分だから。
『お前と奥村先生がややこしいことになっとるのは塾の仲間なら勘付いとる。こうやって回りくどいことせんでも、なんなら俺のこと盾にせえや。変なことして余計に自分の状況おかしくするな。』
そういうふうに勝呂は言ってくれたけど、それだって自分の正体がまだ知られてないから、ただの頭の悪い手のかかる男だと思われているからだ。優しい人間は義父にしろ勝呂にしろ、そんな自分をほっとけなくて手を差し伸べてくれる。
「勝呂君と一緒にいたんだね?」
「あ、……。…うん。」
ここは正直に頷いておく。雪男は相変わらず燐を拘束している。余程心配させてしまったのかと燐は痛感する。しかしその心配が怒りや苛立ちに代わるのも時間の問題だろう。燐は目を瞑る。
「どうして他の男に縋ろうとするんだ。兄さんは。」
搾り出すような声が頭上から降ってくる。刹那に床に投げ出された。衝撃から身体を庇ってる隙に、雪男が燐に覆いかぶさる。完全に身体の上に乗られて喉に雪男の大きな手のひらが載せられる。その手のひらは燐の首を今にも絞めてきそうだった。
「ゆっ……雪男!」
「外でっ。僕の見てない所でっ。男を誘って。ふしだらだ、兄さんは! そうやって勝呂君に優しくされて、僕に心配かけて満足なのかい?」
この弟に直接的に暴力を振るわれたのは、今日が初めてだった。そしてこんな泣き叫ぶような声を聞いたのも初めてだった。
「兄さんは優しくして貰えれば誰でもいいんだ。兄さんがヒトの優しさに慣れていないのは僕も知ってる。でも自分が人とは違うものだと自覚すれば、そういう甘えを控えるかと思っていたのに――。やっぱり本性は隠せないんだろ。父さんが死んでもう僕と二人きりだとばかり。なのに。見境がないったらないよ。
僕がどんな気持ちで祓魔師になって、兄さんの教師になって監視者になって、それがなんの為か分かってる? 兄さんの前で感情を殺してきたのが、何を望んでのことなのか考えたことないだろ!」
暗がりの中で上から雪男の罵声が降り注ぐ。これこそ「知らなかった」の罪悪だろう。喉に掛かった手に少し力が加わる。
「お前、俺を恨んでたのか?」
「違うよ! どれだけ頭が悪いんだ!」
「だって、俺がいなかったとしたら、お前はそこまで苦しんでないだろ?」
雪男の指にさらに力が篭る。
「もう一回、『俺がいなかったら』って言ったら、本当に殺してやる。」
なんでわからないんだと掠れた声で呟くと、雪男は燐の身体の上に突っ伏して嗚咽の声を上げた。
「……愛してるんだ。兄さん。」
とうとう雪男の感情が溢れ出した。
好きな人に頭を撫でられて良い子良い子にされたかったのは、燐ばかりじゃない。雪男だって燐に頭を撫でられたくて、甘えたくて、自分のやってきたことが報われたくて仕方なかった。なのに燐は最近出来た友達――いや、恋人のところに逃げ込もうとして、弟から目を背けていた。
雪男は燐の上でまだ泣き崩れている。燐はゆっくりと腕を上げると、雪男の背中をおずおずと擦ってやる。雪男は燐のシャツに顔を擦り付けるようにして声を殺そうとしているが、涙も嗚咽も止められない。
「雪男。ごめん。本当にごめん。俺――。」
今まで隠してきた弟への不誠実を懺悔する時だった。
「俺はお前を大切な弟だと本当に思ってる。」
「兄さん――。」
そこは二人しかいない寮の部屋で、まるで生まれる前に二人でいた母親の胎内のようだった。そこには二人が共有するものしかない。どちらかの許しがなければ、この部屋のドアを外から開けることさえ叶わない。雪男が望んでいたのは、そんな世界が実現されること。
一緒にそれを燐が願えば、すぐさま叶えられる。だけど――。
「雪男。俺は、それでも勝呂のことが好きなんだ。」
嗚咽を止めた雪男が乾いた笑い声を低く上げている。
「やっぱり兄さんは悪魔だ。残酷だよ――。」
弟との閉じられた世界はきっと、優しくて幸福だろう。
腕の中に弟を抱きしめながら燐は、違う男の名前を口にした。
結局、燐は勝呂に傾いてしまいました。なんで、やっぱり燐はファザコンなので老けたほうがいいのか? 雪燐に未来はあるのか? 奥村先生の明日はどっちだ。
腕の中に弟を抱きしめながら燐は、違う男の名前を口にした。
結局、燐は勝呂に傾いてしまいました。なんで、やっぱり燐はファザコンなので老けたほうがいいのか? 雪燐に未来はあるのか? 奥村先生の明日はどっちだ。
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忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
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