幸福雑音
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☆ss「エチュード」 雪燐で志摩燐「アラベスク」の続き、子ども産んでます
ますますパラレルワールドっぽい展開になりますが、ついてきてくれる方はどうぞ。
真夜中にベルが鳴る。雪男は携帯を耳に当てる前に電話の主を確かめる。
「兄さんから?」
雪男は頭にクエスチョンを浮かべつつ通話状態にした。
「もしもし、兄さん?」
『雪男。助けてくれっ。』
「どうかしたの? 落ち着いて話してみて。」
『廉造が。廉造が。腹が痛いってのたうちまわってる。正露丸も効かないし、バファリンも効かないし。すげえ痛がるもんだから、さっき救急車呼んだ。』
切羽詰った燐の言葉に反して、雪男の中の動揺はあっという間に沈静化した。なんだ。あの男のことか。腹が痛いって。のたうちまわってるって。いい気味だ。五年経った今でも雪男は雪男だった。
「大丈夫だよ。兄さん。救急車呼んだんなら、そこまで心配することないよ。」
『そ、そうか?』
雪男の言葉に少し安心したように、電話の向こうの燐の声は張り詰めたような状態から回復したようだ。しかし燐の背後から、あの軟弱な志摩廉造のうめき声が聞こえたらしく、またも燐は廉造と叫んで電話口から遠ざかった。
しばらくしてごめんと再び電話に現れた。
「通話は切ってないよ。大変だね。」
『れ、廉造死なないよな?』
死んだらそれこそ、自分にとってはおめでたいと思う雪男だが、それをけして口に出さない。
『あっ。なんかサイレン近づいてきたっ。俺ちょっと隊員さんに事情伝えないと。え、えーとな。雪男。頼みがあるんだ。俺、廉造に付き添って病院行くから。これから、うちに来てくれないかな。』
「え? 兄さんのうちに?」
『るんとらんが寝てるんだ。頼むからちょっと留守番頼めるか?』
そういえば兄には志摩との子どもがいた。それを今頃思い出す。
「琉云君と爛君だね。今から行くから。とりあえず鍵の場所だけ教えといてくれない?」
『ごめんな。』
「謝らないでよ。それより早く救急車に付き添ってあげて。」
燐はもう一度ごめんと言うと電話を切った。雪男は早速着替えにかかった。
* * *
車を走らせて、正十字学園町からさほど離れてない燐と廉造の住むアパートに駆けつける。既に救急車は病院に向かっている。雪男は燐に教えられた鍵の隠し場所の植木鉢の下から鍵を取り出す。
そして狭い玄関に上がりこむ。靴は子ども二人分だけ。それに雪男の靴が加わる。
「病院は中央か……。」
残されたメモには搬送先が書かれてあった。
「志摩君はたぶん盲腸だろうね。あいつがそんな死ぬような病気に罹るもんか。」
なにせ悪魔である燐を孕ませた前科のある男だ。その深い業故に呪われた生をこれでもかというくらい生きながらえるに違いない。本当に苦々しいことだ。
「盲腸我慢して腹膜炎こじらせて死ね。」
昔なら言えなかった毒を今では吐き出せる。悪魔落ちした過去は後悔ばかりではないということか。
それにしても兄の取り乱しようは凄かった。後見人であるメフィストに電話せずに、一番に雪男に助けを求めてきた。メフィストは今は燐のアパートの別棟に居を構えている。だからメフィストに頼んだほうが手っ取り早い。でも真っ先に頼ってくれた。それが嬉しい。反面、あの男のためなら、そんなにも心を乱すなんてと、余計に志摩が憎たらしく思えてきた。
滞在が長引くかもしれないと思って持ってきた荷物を居間に置く。部屋の中を見回して兄の生活を想像してみる。
「家族四人でこれは狭いかも。」
今はまだ大丈夫だろうけど、同時に二人の子どもを授かった世帯としては、これから子どもが成長するにつれて、この家では手狭になってしまう。つくづく志摩廉造の甲斐性の無さに呆れる。自分ならこんな狭い住居に兄と子ども達を押し込めたりしない。
雪男は台所に行ってとりあえず水を一杯飲んだ。まだ取り込んでいるだろうから、兄への電話は朝方にしたほうがいいだろう。そして雪男自身の騎士団への休みの届けも朝でいいだろう。さぞやまた騒がせる兄弟だと思われても構わない。
あのことがあってからは、雪男にとっては、何もかもがついでの人生だ。それじゃあいけないのだろうけど。それがいい。
「こんなことを言ったら、しえみさんに叱られるな。」
まだ叱ってくれるかは分からないけど、しえみにまで見捨てられたら、本当に自分には兄しかいなくなる。
それにしても家の中が静かだ。あれだけ燐が大騒ぎして、志摩がのたうち回っていたのに。その痕跡がまるでない。そういえば子どもは何処だろう? 本当なら家に入った途端、自分のほうに泣きついてくることを想像していたのに。
「僕も家に入ってから暢気なものだな。」
兄の生活している家という生々しい場所から漂うなんやかんやから、雪男は極力感受性を閉じていた所為だろう。そしてやっと残された子どもという、燐が助けを求めた要点に思考が向いた。
「こっちかな?」
建てつけの悪い襖を開ける。襖の向こうには真っ暗闇で両親がいないのに、一つの布団に寄り添うようにして小さな双子の子どもが寝息を立てている。
「可愛い……。」
どちらも幸いにして母親の燐に似ていた。これでどちらかが志摩に似ていたら、兄の子どもとは思っても、心乱されて仕方なかっただろう。自分達兄弟が似てない双子だっただけに、それが一番の不安だった。
近寄って枕元に座り、小さな頭を撫でてみる。
「どっちがどっちだったっけ?」
目の色がわずかに違うはずだが、眠っていてはよく分からない。それは起きてからどうにかする。
「兄さんは今頃、病院でまだ慌ててるかな?」
少し横になろうと思ったが、目を開けた子どもと目が合う。起こしちゃったと後悔しても遅い。
「おじちゃん。誰?」
「えーと……。」
はじめましては、まだだった。
「僕は君のお母さんの弟で、君の叔父さんの奥村雪男と言います。はじめまして。」
子どもは少々雪男を警戒するようでいて、どこか信頼しようとするように布団の上に座った。
「しま らんといいます。るんおきて。おじちゃんきてる。」
傍らの寝ているもう一人を爛は起こす。琉云は頭をぐらぐら揺らしながら起き上がる。
「るん……です。ぐう……。」
雪男は小さな身体を慎重な手つきでまた布団に寝かせてやる。それから爛と向き合った。
「るんはらんのおにいさんなのですが。すみません。いつもはこんなんじゃ、ないんです。」
「今日は夜中に来ちゃってごめんね。今日はお父さんがお腹痛いから、お母さんが病院に付き添っているんだ。で、叔父さんが来たんだよ。」
爛はにこっと笑う。
「ずっとあいたかったです。おかあさんはおじさんのこと、あたまがよくてすごいやつだと、いってました。」
そんなことを言っていたのかと、少し鼻の奥がつんとする。こんなスレからしになった今でも、兄は自分の子どもに自分をそうやって伝えてくれる。
「あくしゅしましょ。」
雪男は右手を差し出そうとした。しかし戸惑う。
「どうしました? おじさん。」
すっかり忘れていた。悪魔落ちしたという烙印を。右掌にこびりついたように浮かぶ、青黒い十字架の痣を。
子どもはそんな雪男の掌に小さな手を伸ばす。そして痣に触れた。
「これはなんですか?」
「これは――。」
「痛くないですか?」
痛くないわけがない。この右掌の痣を見るたびに五年前の記憶がぶり返す。そして胸が締め付けられる。
――兄さん。おいてかないで。
――どうして僕じゃないんだ?
――なんで志摩君なんだ?
目の前には兄によく似た子どもがいる。でもこの子の父親は、あの憎い志摩廉造。それでも昔の兄そっくりの眼差しで、心配そうに自分を見つめてくる。
「これはね。おじさんが、君のお母さんを大好き過ぎたから、出来ちゃった傷なんだ。」
こんな子どもに何を言ってるんだと、自分が嘲笑いたくなったが、子どもは雪男から目を逸らさなかった。
いまだに引きずる雪男です。双子との交流は彼の傷を癒せるんでしょうか?
痣についてはネイガウスのように身体の一部を欠損させようとしたのですが、どこもあまり都合がよくなかったので、なら痣でいいやという判断です。何か罪の痕みたいな物が見えたほうが良かったので。
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絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
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