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幸福雑音

女性向け二次創作サイト。 イベント参加情報もここに載せています。 オフは忍たま、オンでは青エク中心。

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☆「電気鼠のなくころに」「拝啓、ベアトリーチェ様」ヒビレ、グリレ

 夜が明けるまでまだ時間がある。ヒビキがその山の麓に立ったとき。
 
 あの人は僕を待っているわけじゃないけど、僕のような存在を待っていたと信じたい。じゃないとこの険しい山を登っている意味がない。まだ見ぬあの人のことを理解しているだなんて言うのは、なんとまあ傲慢なことだけど、これまでの道筋にあの人が落としてきた思いを僕は逐一拾い集めてきた。あの人の心の欠片を僕は集めてあの人に返そうと思う。もうすぐすべてのピースが組み合わさる。それこそが彼だと思う。
 
ヒビキはここに彼の人がいるのかとため息が出る。三年前にポケモントレーナーの世界に忽然と現れ、悪の組織を壊滅せしめて、チャンピオンの座についたと思いきや、それから先はこの山に閉じこもってしまった少年。
「三年前が今の僕と同い年だったから、生きていれば十四歳だよな。見た目も僕が知ってる感じじゃないかも。」
 とはいえ、せっかくバッジを集めて会いに行くのだ。というか、会いに行く権利を手に入れるためにバッジを集めたのだ。
「だけどなあ。あの人に会ったっていう人たちの感想なりなんなりあるはずなんだけどね。この山って人間は立ち入り禁止ってわけじゃないし、三年間の間にも僕みたいなやつもいるだろうし。」
 考えられるのは、その彼に会った誰も彼もが彼のことを語ろうとしないという可能性だろうか。
 ヒビキも胸に秘めていることだが、レッドに会えたらまず一番に尊敬していることを伝え、対戦を申し込むだろう。勝っても負けてもそのあとに出る行動は決まっている。彼に地上に戻って欲しいと説得することだ。もし説得に失敗しても地上にいる顔馴染のトレーナーや彼の母親に彼の無事を伝えるべきであろう。
 だが誰もそれをせずにいる。最悪を考えれば誰も口を噤んでしまうだろうが、それはあまりにも無責任というべきであろう。その最悪の事態があったとしても、少なくとも彼を連れ戻すことは出来るのだ。
「だから僕はあの人は生きていると考える。」
 あの人のもとにはあの人が愛したピカチュウがいるはずだ。シロガネ山にて野性で生息していないはずのピカチュウが。そんな愛ポケを自分の道連れにすることは考え辛い。
 そう考えている間にもヒビキは息をするように野性のポケモンを手持ちポケモンで追い払って山を登っていく。
 息が白くなっていく。思うよりここは寒かった。氷の欠片が舞っていてどこか幻想的だが、人間が生きていくにはあまりにも寂しい世界が目の前にあった。何故こんなところに閉じこもってしまったのだろう。ヒビキは知っている限りのレッドを頭の中でこねくりまわしている。
 無口で静かな少年。切れ長な目が時々帽子のつばで隠れている。そのくせバトルは強くて、悪しき大人を次々と返り討ちにしてきた。その時も一切無言だったという。白熱したバトルの最中にその澄んだ声はポケモンに指示を出すときのみ発せられ、勝利してもやはり無言だったという。
「あ。思った以上に排他的っぽいなあ。」
 普通ならもっと血の気が多そうな情報もありそうなのに。むしろヒビキのイメージの中の彼はひたすらクールだ。
 さてヒビキがこうやってイメージの中のレッドを膨らまして膨張させ続けているのは、憧れと尊敬もある。それと同時にまだ出会わない彼に恋心めいたものも感じていた。
 常識的に考えて、妄想約九十パーセントそれでいて男に恋するなど、ヒビキ本人からしてみても自分が痛すぎる。だからヒビキはその痛々しい恋情になんらかの結論を出したかったのかもしれない。幼い頃の純粋な尊敬と憧れに立ち返りたかった。妄想過ぎて恋に陥ったのなら、現実を直視して目を覚ますしかない。
「だけど現物を見て決定的になったら、僕どうしよう。」
 彼との状況を想像してみるに一対一のタイマンである。さらなる現実に直面するために告白はしたほうがいいのかもしれない。
『ずっとまだ見ぬあなたに憧れていました。そして、逢いまみえた今、僕の気持ちは決定的になりました。レッドさん。僕はあなたのことが好きです。レッドさんは僕より三つ年上。年上の人に憧れるのは男の通る道です。今あなたの目に映っている僕は、さぞや青臭くて子供っぽいくせに、やけに熱っぽい目をしているなあとお思いでしょう。それこそが僕の気持ちなのです。あなたを思うあまりに故郷を飛び出し、その地方のバッジを集めチャンピオンになり、あなたの君臨するこのカント―の地にまで訪れました。そこでもここに来るためにジムリーダーと勝負し続けてきました。そしてやっとここまで来ることが出来たのです。今から勝負をして下さい。あなたへの思いをこのバトルに全て捧げます。万に一つでもあなたに勝てたなら、あなたのその涼しい目を僕に向けて下さい。そして処女雪のようなその手を僕に差し伸べて「君みたいな人を待っていた」と言って下されば、とてつもない至福です。出来ることならこの寒々しいところから僕が地上に連れ出して差し上げたいです。僕の故郷はあなたの故郷であるマサラタウン同様、ど田舎の辺境ですが、負けず劣らずいいところでもあります。一緒に来てくれませんか? 僕のその……お嫁さんとして。』
 一通り妄想を終えた後、こんなんだから妄想の相手に恋してしまうのだと自己嫌悪になってしまった。
 ふと目の前が明るくなる。太陽がかなりくっきりと丸く見える。粒の細かい氷が舞っているせいであまり太陽が眩しく感じない。
 掘立小屋が見える。窓からは明かりが漏れていた。曇っているガラスの向こうで何かの影が揺らいでいる。ヒビキの胸が高鳴った。 ヒビキはその小屋が廃墟でないと確信した。迷わず近づいてその小屋のドアを開けた。
「ごめんください! レッドさん。あなたのヒビキが会いにきました。」
 ばんと音を立てられて開けられたドア。小屋の中にはヒビキの想像通りの年上の少年がいた。黒髪の切れ長の目。見るからに静かな佇まい。ヒビキを見る目は予定外の客を見る目で冷やかだった。
 
「……。なに?」
 
 すべてが想像通りだった。しかしたった一つ想像外だったその少年は、ヒビキに対して澄んだ声で「なに?」と問いかけてくるが、それに対するヒビキの応酬は――。
「うわああああああああ!」
 ヒビキの目の前のレッドは全裸で部屋の中に立っていた。小屋の中には本当にかすかな照明が灯っていた。反射的にヒビキはドアを閉めて全体重を全てドアにかけてへたれた。
「あ、あ、あ、あ、……はあ……はあ……服着てください!」
「いやだ。」
 ドアの向こうで冷たい声が答えた。
「このままじゃ僕は小屋の中に入れません。お願いですから、服着て下さい。」
「入れないなら帰ればいいじゃないか。俺がお前を呼んだわけじゃないし。」
「それはそうですけど。」
 予想以上に喋ってはくれたが発せられた言葉は拒絶ばかりで可愛げがない。せっかく可愛い声をしているのに勿体ないと思う。
「レッドさんで、いいんですよね。」
「ああ。俺がレッドだ。」
 ドア越しに二人は会話を続ける。
「生きてたんですね。」
「勝手に殺すんじゃねえよ。」
「だってあなたに会ったっていう人の噂とか聞かないですもん。」
「あー…。前に何人か来たな。女の子は俺のこの姿見て失礼なことを口走りながら逃げて行ったし。野郎は全裸の俺とバトルしたあと肩を落としながら帰って行ったよ。ったく。自分の家で裸でいて何が悪いんだよ。」
「別の意味で噂にならなくて良かったですね。」
「別に噂になろうがなるまいが俺には関係ねえよ。」
 澄んで綺麗な声が驚くほどの不躾で乱暴な言葉を紡ぎ続けている。ヒビキは意を決してもう一度ドアを開けた。
「なんだよ? 結局入ってくんじゃんかよ。」
「す、すみません。そうしないと全てが始まらないんです。それでもう一度お願いします。どうか、服を着て下さい。」
 レッドの肌色が目に眩しすぎる。そしてあらぬところに目が行ってしまう。
「おい早く家の中に入るなら入るでドア閉めろよ。さみいじゃねえかよ。」
 さみいじゃねえかよじゃねえんだよと、ヒビキはドアに手をやったまま閉めようとしない。
「服を着て下さらないと、ここは閉めません。寒いのは僕も一緒です。さあ、どこまで頑張りますかね。このままだとここの温度は外気と入れ替わってどんどん下がりますよ。
「ちっ。リザードンを出せる広さなら、こんなちんけな奴の脅しには屈さねえのに。わかったよ。着たらいいんだろ着たら。」
「ありがとうございます。」
 それでもヒビキはレッドが服に手を伸ばすまでドアを閉めなかった。レッドはそのしなやかな肢体をやっと服で隠してくれた。サービスのつもりかトレードマークのキャップまで被り、設定どおりの姿になった。
「この山に来てから俺に服を着せたのはお前が初めてだぜ。」
「普通は逆の行為のことで言う言葉ですよね。」
「こんな環境だから茶すら出さねえけど、そこ座れ。そんで人の家に文字通り土足で踏み込んだんだから、要件ぐらいとっとと話せ。」
 ヒビキは言われた通りレッドが指差した床に正座する。
「僕はジョウトから来ましたヒビキと言います。カント―まで来たのは、その……あなたに憧れて。会いにきたわけです。あなたがずっとシロガネ山に閉じこもっていると聞いたので。」
「ふーん。じゃあそれなりにバトルは強いわけだな。そんで会いに来た目的はやっぱりバトルか?」
「それもあります。」
 レッドは興味なさそうに床に布を敷いただけのところに横向きに寝そべった。
「俺のピカチュウとかに勝てるつもりかよ。」
「勝つ自信があるとは言ってません。」
「そんならお前のポケモンが可哀そうになるからやめとけ。」
 実もふたもない言葉だった。想像を裏切ってかなりエキセントリックかつ浮世離れした性格らしい。身にまとった哀愁だと思っていた憂いの姿は、ただのふてぶてしさに変わっていた。
「あのさあ、お前は勘違いしてるみたいだけど。お前のポケモンが弱いから可哀そうなんじゃなくて、勝つ確信もない癖にあわよくば勝てたらいいなあっていう心づもりで、強敵だとわかってるやつと戦わす根性が駄目なわけ。トレーナーに勝てるって見込みがない戦いに自分の手持ちを巻き込むな。馬鹿。」
「いや。それは精神論でしょ。何のデータもない相手に確実に勝つなんて出来るわけないでしょ。」
「データがないなら、データを無視しても勝てるように育てとけ。」
「それまで待ちきれなかったから、先に来てしまったんですよ。」
「待ちきれなかった? なんだそれ?」
ヒビキにしてみればあわよくば勝つとは別に、あわよくば嫁にして故郷に帰るという妄想が前提の邂逅だった。
「僕はあなたに逢うために、血がにじむような思いをしてきたんです。」
「血がにじむような思いをしてきてまで弱かったら、それこそ俺の中でヒビキっていうトレーナーはビッグマウスの情けない奴と永遠に記憶されるぞ。」
「永遠に記憶されちゃうんですか! 忘れてくれないんですか!」
「ああ。俺は負かせた奴のことは全部覚えてるから。寝る前にそいつらのことを思い返すとよく眠れるんだ。」
 過去の敗者の数はこのチャンピオンにとっては羊と同じらしい。
「なあ? それは嫌だろう。ていうか俺に会いに来たんならあるよな?」
「なにかって?」
 レッドは焦れたように手をヒビキの前に出した。
「こんなとこに籠ってんだから、飢えてるにきまってるだろ。タンパク質とか炭水化物とか脂質に。」
「え? え?」
 ヒビキは慌てて背負ったリュックを下し中を物色する。
「あ、あの。こんなもので良かったら。」
「焼き鳥とあんドーナツか。」
「麓のコンビニで買ってたものなんです。駄目ですか。」
 レッドは不遜な態度のままあんドーナツの袋を開け、一口かぶりついた。
「お前これセブンで買ってきただろ。俺はローソン派なんだ。」
「僕どうしてもセブンのそれが好きで、見かけると買ってしまうんですよ。」
「まあいいけど。」
 クールな言葉は変わらないが目は明らかに嬉しそうだった。ヒビキの胸がきゅんとする。
 頬を膨らませてレッドはあんドーナツにむしゃぶりついている。唇についた粉砂糖もピンクの舌が舐めとっている。
 ドーナツを食べたあとに焼き鳥に食いつくレッドを見てヒビキは、しまったフランクフルトかアメリカンドッグにするべきだったと後悔した。
「うまいなあ。久しぶりの肉と菓子パンだったぜ。」
「シロガネ山ってなんだかんだで地元にも近いんですから、一回くらいは降りてきても。お母さんや博士、グリーンさんも心配してましたよ。」
 指についたタレを舐めていたレッドがぴくっと身体を震わせる。
「お前が言った最後のやつ、逢ったことあるのかよ。」
「けっこう絡まれました。今じゃジムリーダーやってて、勝負したこともあります。」
 顧みたレッドの串を持つ手がわずかに震えている。
「どうかしましたか?」
「なんでもねえよ!」
 レッドは竹の串を石の床に突き立てた。真っ直ぐつき立っているそれをヒビキは呆然と眺める。
 グリーンという名前にやけに反応するレッドに嫌な予感が胸をよぎる。シロガネ山はチャンピオンロードに近い位置にある。それはグリーンがジムリーダーを担っているトキワシティにも近いということだ。グリーンは三年間レッドの顔を見ていないという。不自然過ぎる状況は、二人が拮抗した実力者同士というある種のファンタジーで塗り隠されていた。ただのライバル同士ならばそこまで疎遠になる理由はないと思われる。ただのライバルでないなら、何故、そんな近くて遠い距離を維持してきたのだろう。原因は主にレッドにあるような気がする。それを増長させてしまったのがグリーンだとどうしてか想像してしまうヒビキだった。
 ヒビキはグリーンとの対戦を思い出す。本当におぼろげながら思い出す。
 彼は確かに強かった。ジムリーダーとしては異例の、タイプを定めていないスタイルであることを差し引いても、かなり苦戦させられた。
しかしそれはヒビキのジムリーダー戦においてはいつものことで、バトルの終盤相手が既に勝ったと、どや顔を浮かべる寸前に豹変するのがヒビキだった。それまで蹂躙される処女のごとくだったバトル展開が、ある一点を境に劇的に流れが変わる。手持ちのポケモンの体力は真っ赤っか。相手のポケモンはここぞとばかりに勝負を決めにかかってくる。そのときヒビキの指示がポケモンに飛ぶのである。
『――。――。――!』
 バトルの記憶が曖昧になりやすいヒビキだが、ある種のトランス状態になってから勝つのでしょうがないと自分でも思っていた。だからあれだけ追い付きたいと願っていたレッドにも、勝てる自信があるなんて最初から言えないのだ。
そして気が付けば何故か勝っている。それを毎回繰り返しているから、勝てる見込みよりも先にレッドに会いに来てしまった。レッドにはしおらしくデータ云々と反論したが、まるでデータを必要としないで勝利してきたのがヒビキだった。何物かの見えざる力がけしてヒビキを負けさせてくれない。
負けてしまう悪夢は何度も見たことがある。だけど正夢になりえる悪夢はけして現実になることはなかった。
 確かにレッドの言うようにポケモンが可哀そうになるような話だ。それ以上に勝ってきた相手にも失礼千万もいいところである。ましてやこのような告白は、寝る前に一人一人のトレーナー達を思い出しているようなレッドにはけして話せない。
 全てを記憶しているレッドと、全てを忘却しているヒビキ。どちらが人としてまっとうなのかは、言うまでもない。
 グリーンはと言えば、相手によっては忘れてしまっても、大事なことは忘れない人間だった。とにかくライバルだと思ってたレッドのことは逐一覚えていた。だからヒビキはグリーンの口頭での情報を自分の妄想のレッドに組み込んだ。
『あいつが俺がチャンピオンになったそばから勝ち逃げしていきやがってよお。』
『俺に勝って泣いてたよな。よっぽど嬉しかったんだろうぜ。まあ、それが俺とあいつの決着だよ。』
 ヒビキはその言葉を聞いたとき、グリーンに勝ったときレッドが流した涙の意味は、喜びだったのかと首を捻っていた。
 正直グリーンに嫉妬したことは覚えてる。グリーンにとってレッドは妄想でも幻想でも伝説でもなく、れっきとした現実だった。
でも嫉妬してもしょうがないことだった。
「レッドさん。」
「いいよな。お前は。グリーンに構ってもらってさ。お前みたいに見た目素直そうで年下の色々世話を焼きたくなる奴には、少し甘いのかな。どうせどうせ俺は、見た目暗いし、口下手だし。変に博士に気に入られて余計に対抗心ばかり燃やさせただけだし。いつもタイミング悪いんだよ。なんで博士があいつのお祝いに来る直前に、なんであいつに勝ったんだろ? いや。勝つ気なんてなかった。もうほんとにこれ以上あいつに疎まれるくらいなら、負ける気でいたんだ。」
 やはりレッドはグリーン勝って嬉しいなど微塵も思っていなかった。却って悲しくて泣いていたのだ。
「レッドさん! あなたわざと負けようとしたんですか? それこそグリーンさんを侮辱してますよ。」
 月並みだがヒビキは自分の想像のレッドとは思えない一言に、窘めるような口を挟んでしまった。レッドはグリーンに勝った日に浮かべたであろう表情をヒビキに見せている。
「だって……だって……。」
 レッドは俯いて声を震わせる。
「レッドさん……」
 口が滑ったあとにヒビキは気が付いた。この人もある意味、ヒビキと同様に運命的に負けが許されない人だったのかもしれないと。勝たなければ時間が進まない、自分の意志を超越したところで、そういうルールで動かされてきたのではないかと。
「負けようとしたのに、負けられなかったんですね。レッドさんは。」
「俺は呪われているんだ。夢の中では俺が負けていたんだ。だけど結局俺はあいつに勝ってしまって、俺はその呪いと共にここに閉じこもることにした。そしたら三年前のあの日とは逆に、グリーンが俺を倒しに来てくれるかなって思ったんだけど。」
 しかし三年間の現実は二人は隔てられたまま。グリーンはレッドがシロガネ山に閉じこもったことを、孤高で崇高な意志だと勘違いし続けている。レッドのことをわかったような顔をして、あいつは頂点の座に驕ることのない奴だと、皮肉で隠して賞賛していた。こんなにもグリーンを待ち侘びるレッドの気持ちも知らずに。
「あなたの期待どおりにはならなかった。皮肉なことにグリーンさんは、グリーンさん以外の人があなたに逢うための通行証の裁定者に定められてしまった。いや自らがそうなったんでしょう。彼はもうあなたに負けているから、これ以上あなたとバトルする気はない。そして三年前のあなた同様、グリーンさんを負かせた者があなたとバトルするに相応しいと、そういう役目を勝手にあなたの意志を無視して決めた。」
「やっぱり俺の顔なんか見たくないんだ。」
 レッドは遠い目をしていた。ヒビキは慰めのつもりも含めて否定する。
「いや。そうじゃないでしょ。あなたのことを認めているからこそ、彼はその役目を自分に課したんでしょ。」
「そんなの俺頼んでないし!」
 レッドが駄々をこね始める。ヒビキはこのシチュエーションといい、自分が望んでいた姿を、この現状に照らし合わせてあるたとえ話が頭に浮かんだ。
「本当はあの人こそダンテにならなくちゃいけないんですよね。」
 ヒビキにとっての自己投影がその物語の主人公だった。残念ながらレッドにとってのその役はヒビキじゃない。
「ダンテってなにそれ?」
「えっと…」
 ヒビキは噛み砕いて説明した。
「ふうん。じゃあ俺はベアトリーチェっていう、初恋の相手にして煉獄の山の頂上にいるヒロインなんだな。ちょうど俺も山にいるのが皮肉だぜ。」
 ヒビキは心の中で、だから僕は自分をダンテになぞらえてここまで来たんですと言いたかった。そしていつも恋焦がれていたベアトリーチェはあなたなんですと告白したかった。
「そうか。ダンテっていうのは、ベアトリーチェを倒す刺客を送ってくる奴のことか。」
 自分の立場とベアトリーチェが合致していることをいいことに、レッドはとんでもないところでも彼女と重ね合わせようとしていた。
「違います。今の僕の立場がダンテなんです。ここではっきりさせときましょうよ。グリーンさんの意図がどうであれ、僕がグリーンさんを倒したのはあなたに逢いにいくためだったんです。グリーンさんはその単純さゆえに、あなたとバトルをするに相応しい人間イコールダンテをあなたのもとに送り込んで、三年間ずっとあなたをあのグリーンさんとのバトルに立ち返らせ続けた。それは彼のあなたへのまだ続いている好意の証明になるのではないかと僕は思うのです。」
 しかしながらヒビキの想像は、グリーンが本当の意味で何の気無しでやっていたのなら、空しいもいいところである。しかしレッドを元気づける仮説は、ヒビキには今これしかない。
「つまり俺はあいつなりの気持ちを無下にし続けたようなもんだと? ……あいつがダンテになってくれりゃあ、それですぐに解決したのに!」
「だからあ、もう既にあの人はあなたに負けているから。」
「ああもう! これだからあいつはっ。」
 レッドは存外ピーキーだった。それでもネガティブに落ち込み続けるよりはマシな状況になったと思う。普段が無口なせいなのと、三年間の鬱憤で感情を爆発させるしかなかったのだろう。ヒビキが来て、たとえ話で気持ちを整理してやっと吐き出せた気持ちなのだろう。
「レッドさん。僕もあなたと勝負しないわけにもいかないんです。僕の気持ちとしても。」
 ヒビキがこの小屋のドアをくぐって一時間あまりの時間は経っていた。まだお互いを分かり合うには短すぎる時間。それ以前の問題だろうという時間である。しかしヒビキの言葉は何故かレッドの心を揺さぶっていた。まるでディグダのじしん攻撃のように。
「ふっ。ちょっと考えてみたら今日いきなり飛び込んできたお前の言葉に、なんで俺はこんなに乗せられているんだろうな。だけどこの動揺は収まらないんだ。」
「僕も最早あなたのことを他人だと思えません。」
「それは言い過ぎだ。俺とお前は赤の他人だ。だけどバトルだけはしてやるぜ。」
 外に出ろと言われてヒビキはレッドに伴われるままに外に出た。レッドのことを他人だと思えないという言葉をきっぱりと否定されたヒビキだったが、このバトルでいい勝負をすれば(勝つだなんて恐れ多くて言えない)、レッドの心の少しの領域でも自分が浸食出来ると考えてみた。そしてその領域を拠点にグリーンに囚われているレッドの心の領域を侵してやろうと心に決めた。
「俺はピカチュウ一体で勝負してやる。」
「では僕は戦闘不能になったポケモンは入れ替えということで。」
 頼むよと言ってヒビキはポケモンを繰り出す。対面のレッドもモンスターボールを取り出し、全国最強と言われているピカチュウを繰り出した。
「さあ。楽しい時間にしようじゃないか。」
 レッドは今になって最強で伝説に相応しい不敵な笑みを浮かべた。
 

  •   *   *
 
 太陽がもうそろそろ登ろうとする時、グリーンは麓のコンビニにいた。月曜日の朝早くにその日発売される漫画週刊誌を立ち読みするのが常だった。そのついでに朝食のパンなりを買うのだ。店員は二人。とりとめのない話をしている。
「昨日の晩来た男の子、山に登って行ったんですよ。」
「えー? またあの伝説って噂のあの子に会いたいってくちかな。」
「あ。」
 店員の片方がグリーンの存在に気付く。
「グリーン君。そんなとこでジャンプ読んでないでちょっと来てよ。」
「なんだよ。レッドのとこに挑戦者が行くのは今に始まったことじゃねえだろ。その直前に俺んとこに挑戦しにきたって順番になっているだけだし。」
 店員はグリーンのあっさりした言葉にかなり鼻白んだ顔を見せた。
「冷たいなあ。同郷の幼馴染だろ?」
「あのなあ。俺は一地方のジムリーダーで、あいつはそれより上のチャンピオンなんだよ。」
 店員はそのグリーンの言う差のせいでグリーンがレッドに対して少し僻み根性を見せているのではないかと勘繰った。
「だけどな。あいつはみんなのものであるチャンピオンなのかもしれねえが、俺にとっちゃ可愛い幼馴染でライバルなんだよ。」
「え? 可愛い?」
 店員はグリーンの口から出た思わぬ言葉ににやにや仕出す。
「え? 可愛いだろ? あんたらも写真くらいは見たことあるだろ。」
「うん。確かに可愛いとは思う。」
 グリーンは調子づいたようにへへんと笑う。それはライバル心からくる卑屈さの欠片ひとつ見当たらなかった。
「ちっさい頃は弟分みたいなもんでさ。あいつ無口で引っ込み思案だったから俺の後ろに隠れてたりしてさ。」
 店員はこれは話が長くなると思い強制的に話を切り替えた。
「グリーン君。その可愛い君の幼馴染のとこに、今挑戦者が行っているはずなんだよ。」
「もしかしてジョウト出身のヒビキって奴かもな。慇懃無礼っていうくらい言葉使いが丁寧だったりしなかったか? ていうか、俺のとこに来た最新のトレーナーがそいつだったから特定出来ちまうんだけどよ。」
「うん。多分その子。そんでねグリーン君。ちょっと山に登ってどうなったか見に行ってくれないかな? 礼儀正しくて感じの良い子だったから気になるんだよ。」
「どうせコンビニはここしかないから、あいつここに寄ると思うぜ。そん時訊けよ。」
「反対側に降りられたらどうするんだよ!」
 反対側に降りたらチャンピオンロードだろうがとグリーンは突っ込んだ。というか伝説との勝負に意気込んでいるヒビキに横やりを入れる真似はしたくなかった。
 でもとグリーンは考え込む。三年前、自分を倒して幼馴染にちゃんとおめでとうと言っていなかったような気がする。あの当時はひたすら悔しかったり惨めだったりするマイナスな気持ちが先だって、きちんとライバルらしいことをしてやれなかった。
「あいつもしかして、山に引き籠ってるのって、俺のことで拗ねてるのかもしれない。っていうことはないよな。ないはずだよな。だけどあいつなかなか自分の気持ち出さずに溜め込むとこあるかなら。」
 当たってはいないが遠からずなことを、三年経ってやっとグリーンは思い立った。それまでは本当にレッドは武者修行で強いトレーナーを待ち構えているものだと信じ込んでいた。そう思えばあの時見せた泣き顔の意味も、自分が思い込んでいたものと違うのかもしれない。
 しかしなかなか足が動かない。
「グリーン君。ほら揚げたてのから揚げがあるから、これをレッド君に持って行ってあげなよ。ほら。ヒビキ君のもあるよ。」
 早朝なのに店員はグリーンを急かすために普段はしないフライヤー作業を行っていた。
「けっ。どうせ頂上につくまでに冷めるもんだろうが。だけどあんたらの気持ちは届けねえとな。」
 はーい。から揚げ二個パック五百円ですと店員は言う。なんと商売上手なことだ。グリーンはバッグにそれを詰める。
「そんじゃ行ってくるぜ。」
「ありがとうございました。またのお越しはレッド君やヒビキ君と一緒でお願いします。」
 そうなるかはグリーン自身でもわからない。しかしなんだか自分が誘えばレッドは山を降りてきそうなかなと、鈍いくせに核心をついたことをグリーンはぼんやりと思った。
 

  •   *   *
 
 もうそろそろ時間は少し遅めの朝食か、早目の昼食かのブランチの時間になっていた。かと言ってレッドとヒビキが一緒にご飯を食べようと言っている場合ではなかった。
 早朝から続いたバトルはまだ延々と続いていた。少しでもレッドと同じ空間にいたいというヒビキの願いは、五体のポケモンの回避技の技ポイントぎりぎりまで出させ、技ポイントが尽きた時点でピカチュウに止めを刺されるという繰り返しだった。五体目のポケモンが倒れ、あとはバクフーンを残すのみだった。
「お前、しぶとすぎるじゃねえか。こんな長丁場でバトルしたの俺初めてだぞ。」
「そっか。よかった。これであなたの記憶に敗者として残ったとしても恥ずかしくないですね。」
「恥ずかしいわ! 最低の往生際の悪い奴として記憶してやる。」
 しかしながらバクフーンは回避技はほとんど覚えさせていない。
「レッドさん。ちょっと休憩して、僕この技マシンをこのバクフーンに……」
「見苦しいわっ。最後の一匹くらいちゃんと戦え。そして負けろ。」
 レッドの言葉同様、レッドのピカチュウも相当頭にきているようだった。多分そのせいで攻撃力が何割か増しになっているかなとヒビキは思った。
「くっ。あなをほるを覚えさせておけばよかった。」
 ヒビキははっとする。あなをほる。なんだかすごく卑猥に聞こえる。ヒビキはその考えに首を振った。
こんなことを考えている場合ではない。もう既に九割九分死んでいるのだ。
「バクフーン。僕はたぶん負ける。僕に乗り移っていた得体のしれない勝負運は通用しない。そして僕が負けることにより、レッドさんに掛かった呪いは、さらに彼をここに縛り付けてしまう。」
 バクフーンはそんなの知らねえよと言わんばかりに背中の炎を燃やす。バクフーンはヒビキと違って目の前の敵を倒すこと以外に興味がなかった。それがカント―最強のピカチュウとなれば尚更だった。変に夢見がちな主人とは異なって、バクフーンは炎系の癖にクールだ。それ故に主人より真っ直ぐだった。ただ今まで主人の変な勝負運に助けられて勝ってきたのも確かだった。
 だからもうそろそろそれを卒業しよう。勝っても負けてもそれは達成される。バクフーンにとってもこの一戦は所謂転機だった。
「バクフーン。かんえんほうしゃ。」
「ピカチュウ。殺れ。ボルテッカー。」
 
「あ……」
 
ヒビキの手が思わずバクフーンに伸びる。今までこんなことはなかった。こんなバトルに出て指示を出した自分の手持ちを引き止めたくなる衝動なんて。ああこれが負ける感覚なのかとヒビキは実感する。なんて心地いいんだろう。場違いな感情だが気持ちは軽かった。足元も地面の感触がなくなったようだ。
 地面に倒れるバクフーン。しかしまだ勝負はついていない。バクフーンは地面に転がったがすぐに立ち上がる。それを見てピカチュウが笑った気がした。こいつなかなかやると。先の五匹のポケモンの茶番劇のあとだから余計に痛快なのかもしれない。
 だけど次できっと終わる。ポケモン勝負に引き分けはない。自爆技に巻き込まない限りは。そしてレッドもヒビキも自爆技であわよくば巻き込んでしまおうというトレーナーではなかった。
 
「!」
 ところがヒビキは思わずレッドから視線を逸らしてしまった。否、レッドの背後の彼方に目を奪われてしまった。
 
「おーい。レッド来たぞ。」
 
 呑気に山の斜面を駆け上ってくるのは、この山に登ってくることはないだろうとレッドもヒビキも諦めきった人間だった。レッドは振り返って目を見張る。
「グリーン……」
 人間もポケモンも目を奪われた。いつも二人の人間が三年間対峙し続けたこのシロガネ山に、三人目の人間が登ってきてしまった。
 グリーンはきょとんとしている。
「あ。バトルの途中だったか。悪ぃ。」
 レッドは呆然と立ったあと、ヒビキを見た。ヒビキは何も言わずに頷いた。レッドはグリーンに振り返る。もうこれでは勝負をするのも野暮だった。
 やっとダンテが来てくれたのだ。
 グリーンの下げているバッグから、コンビニのから揚げの匂いが漂っている。
「おい。ヒビキも腹減ってるんじゃないか?」
 コンビニ袋を掲げてグリーンはなんてこともないように言う。まるで三年間会っていない事実がなかったかのように。普通の幼馴染が普通に遊びにきたように。
 ヒビキは見た。レッドの切れ長の目から涙が零れ落ちているのを。なんて綺麗なんだと見惚れてしまった。そしてヒビキはバトルの土壇場でいつも自分がポケモン達に言っていたであろう言葉を思い出した。そしてそれをレッドに言った。
 
「大丈夫だよ。きっとなんとかなるから。」
 
 レッドは頷く。そしてグリーンのほうに駆けだした。
「おい。レッド……。泣くほどじゃねえだろ。」
 レッドの身体を受け止めてグリーンは困ったように笑う。自分を受け止めてくれたグリーンに安心したようにレッドはグリーンの背中に腕を回していた。
「まだ勝負ついてないんだったら、言えねえじゃねえか。タイトル防衛おめでとうって。まあいいか。あのな、俺もあのときは今でもだけどガキだったから、ちゃんとけじめつけられなくて、ごめん。」
「グリーンは悪くないっ……」
「いや。チャンピオンおめでとう。」
 グリーンもレッドの背中に腕を回して優しく言った。
 バクフーンは残念だったな言わんばかりにピカチュウに視線を送る。ピカチュウは発し続けていた殺気を引っ込めて愛らしく首を傾げる。バクフーンはやれやれとヒビキのもとに戻る。
 ヒビキの耳にレッドの声が届く。でもそれはヒビキに送っているものではなかった。
「ずっと待ってた。」
 あーあとヒビキは山を下っていく。グリーンはどうせヒビキの分のから揚げを買っているのだろうが、レッドと二人で食っていればいい。どうせレッドというベアトリーチェにとってのダンテはグリーンなのだから。ヒビキじゃないのだから。
 
「あーあ。半ば嫌な予感がしてたけど、やっぱりそうなるか。」
 グリーンの出現により、とにかく勝つことを運命づけられた二人のトレーナーの勝負は宙に浮いてしまった。もうレッドを縛る呪いもその効力がなくなっているだろう。
 ヒビキが下っている道は勿論チャンピオンロードに続いている道だった。レッドに勝ちはしなかったが、これから行く道は決まっている。
「さあバクフーン。ポケモンリーグをもう一回制覇したあと、今度はどこに行こうかな。世界にはまだ僕を待っているベアトリーチェがいるはずなんだから。」
ホウエンチャンピオンを放棄したダイゴ。
シンオウの異次元に囚われたアカギ。
イッシュの彷徨えるポケモンの子N。
 
 なんだそれとバクフーンは目を丸くしているが、ベアトリーチェ幻想がこのトレーナーのモチベーションなら仕方ない。
「とりあえずまずホウエンだ。ダイゴさん待っててください。あなたのヒビキが今行きますから。」
 いつか運命のトレーナーと一緒に故郷に帰る日は来るのだろうか?
 ヒビキの旅はまだまだ続く。続くったら続くのだった。
 




なんかシリーズっぽくなりそうですが未定です。

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柴仲達
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読書、二次創作
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忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
柴はツイッターもしています。http://twitter.com/#!/hitsugi12

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