幸福雑音
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☆ss「super scription of date」中編 燐雪R18
相変わらず不条理です。
雪男は目を開けると、そこは今までとは考えられないくらいに穏やかで静かな場所だった。もう何もかもが起こったあとの、これからも何の変化も事件も危機もないことを保証されたような世界だった。目覚めた雪男を出迎えてくれた兄や仲間達も何も言わずに頷くだけだった。
雪男は現実世界にサルベージされて再び兄との日常に帰ってきた。
それから数ヶ月が経った。カレンダーの日付は翌年の四月だった。何故かあれからヴァチカンから燐の祓魔師認定試験の召喚がかかってこなかった。そしてメフィストフェレスも日本支部から姿を消していた。
雪男はこれ幸いにと燐と一緒にいつか訪れるであろう運命の日に備える日々を送っていた。燐は従順に雪男を家庭教師に一日に最低でも三時間は机に向かっている。口癖のようにお前の為に頑張ると言っていた。
燐が告げる言葉の中で雪男にとって一番嬉しかった言葉は、「青い炎に溺れない」だった。
燐は任務でも普通に詠唱や習った剣の技術で悪魔に対抗しようと努力している。それなりの戦果は上げ実績も積んできたが、けしてそれは平凡、並を超えるものではなかった。だけどそれは雪男が手放しで喜べる兄の姿だった。
今日も風呂上りから雪男の家庭教師の時間が始まっていた。
「やろうと思えば出来るもんだな。普通の人間っぽいこと。」
今更なのに燐はそんなことを時々口に出さずにはいられないらしい。雪男は自分の望みを手探りながらに実行している最中の兄に言い聞かせるように返す。
「そうだよ。僕が兄さんに望んでいたのはそんな感じのことだったんだよ。祓魔師になるにしても、青い炎なんていう賛否両論から逃げられないチートなんて必要ないってこと。ヴァチカンに対して恭順を示していれば、兄さんはサタンの息子とは関係ない人間として祓魔師になれるってこと。」
燐はぼそりと勿体ないかもと呟く。
「でも。お前がそうして欲しいなら俺はそれでいい。」
「うん。好きだよ。兄さん。」
燐はペンを止めてはにかんだように笑うと雪男から目を逸らした。
「何? 恥ずかしいの? 今更?」
雪男の手が燐の腰に回る。顔を近づけ顎に手を添えて燐の唇に自分の唇を重ねる。すぐに唇は離されて燐は真っ赤な顔で雪男の胸に顔を埋めた。
「あーもうっ。まるで俺が女の子みてえじゃねえか!」
じたばたする燐に雪男は微笑ましくくすくすと笑う。もう燐と以前のようないがみ合いはない。いや寧ろ、一番幸せだった時期に戻ったようだった。何のわだかまりもなく兄を慕っていたあの頃に。
「兄さん。」
促すように呼びかけると燐は顔を上げた。さらさらとし生地の上から燐の身体を指で辿る。
「兄さん。仲良し、しよ?」
燐は自分の頭をかりかりと掻く。
「か、可愛いこと言ってんじゃねえよ。俺せっかくもう四五時間くらいは頑張ってみようかなと思ったのに。」
「兄さんが張り切るのは分かるけど、僕もたまには兄さんを甘やかしたいときもあるんだよ。というか」
「というかって何だよ。」
「甘えたいかな。」
燐の耳にその言葉が届いた瞬間、もの凄い力で燐に抱きしめられる。
「ベッド、行くか。」
燐に促され席を立ち部屋を横切りベッドに倒れこんだ雪男は、慣れたようにズボンと下着を脱いで燐に向かって足を広げた。燐は雪男の行動に少し硬直する。
「あ。ひいた?」
雪男は気まずそうに顔を背ける。広げていた足を閉じ、しおらしく膝を抱えて兄が動くのを待った。
『兄さんって意外と清純そうな子が好みだったからなあ。』
一抹の後悔を覚えて雪男は凹んだ。サルベージされてからはわだかまりが無くなった分、兄弟仲は昔以上に親密になった。そして当たり前のように交情もするようになった。
「兄さん?」
「雪男。お前が乗り気なのはわかるけどよ。だけどな、だけどなあ……。」
「……打ちひしがれないでよ。このパターン何回目なの?」
「いやお前こそ何回目だよ。恥ずかしくないの? それとも余裕なの?」
「……。僕は……。」
雪男はシャツのボタンを外しながら身体を横に向けて頬を赤く染める。
「兄さんの前なら、どんないやらしいことでも平気。ううん。それどころか鬱屈した心が解放されるような気持ちになるんだ。兄さんを受け入れて、恥ずかしい声を出して、感じちゃうことが。」
再び上を向くと視界の中に燐はいなかった。起き上がって横を見ると、床に転んで自分のところから持ってきた枕を持ってごろんごろんと転げまわっている。ごろごろ転がるのをやめた燐は居住まいを正してにやにや笑いを手の平に隠しながら言う。
「そうか。恥ずかしいのが好きなんだ……。雪男は、い、いやらしいな。」
改めて言われると雪男は馬鹿と短く叫んだ。
「都合のいいとこだけ切り貼りして言うな。」
若干きつい物言いだがその声は甘く、自分を上から見下ろしてくる燐を歓迎するようだった。
燐は雪男の頭を片手で撫でながらかちゃかちゃと音を立てながら自らのベルトを緩め、ズボンの前を開いている。雪男は横目でずらされた下着から覗く兄の昂りを確かめた。まるで意思があるように勃ち上がり雪男の目の前でゆらゆらと揺れている。雪男は半身を起こして燐のペニスに触れる。燐はぶるっと身震いした。
「口……で、やってみようか?」
雪男は唐突に問いかける。
「あ、ああ……。でも、大丈夫?」
この数ヶ月たびたび性交はしたものの、燐からフェラチオを要求されたことはない。燐にしてもそれを先の未来でも要求する気はなかったようで、雪男からの申し出にどぎまぎした反応を返すばかりである。雪男は燐を引っ張ってベッドの上に引き上げた。
「あ……えーと……。風呂入ったばかりだからきれいだとは思うんだ。それでもその……、汁が臭かったり変な味で嫌になったりしたら吐き出していいから。」
「兄さん。ムード無さすぎ。やる前から萎えるようなこと言わないでよ。」
雪男はそんなことを言いながら燐の先っぽのところを舌で舐めた。燐はひゃっと声を上げて腰を引く。その初心な反応が雪男には面白い。
雪男はイタズラっぽく笑って口の中に兄自身をくわえ込んだ。兄のマヌケな声が耳に入ってくる。口の中で舌を動かしてじょじょに硬さと質量を増してくるそれを刺激すると、唾液と燐の先走りが混ざって口から垂れそうになる。わずかに塩辛く生臭いカウパーの味は思っていた以上に舌に優しくなかった。兄の根元に添えた手に唾液とカウパーが滴り汚していく。そのぬめりを借りて口と同時に手でも兄を気持ちよくさせようとする。
「雪男? 大丈夫か?」
雪男は上目遣いに燐を見たあと、伸び上がって燐の口にキスをして口の中に溜まっていたものを燐の口に流し込む。
「うう……うぎゃっ。」
「吐き出しちゃ駄目。ちゃんと飲んで。兄さんのなんだから。」
自分自身の体液だからこそ飲み込めないという常識を無視するかのように、雪男は燐に告げる。燐は涙目になりながら愚直にも雪男の唾液が混じった自分の体液を飲み下す。
それを満足げに見ながら雪男は再び兄の股間に顔を埋めた。硬くそそり立ったものに横から舌を当ててなぞるように舐める。とろりと幹を伝わってくる液が頬を濡らす。粘度のあるそれは皮膚に留まって雪男の顔をべたべたに汚している。
燐も最初の戸惑ったような口ぶりとは裏腹に雪男の奉仕に気持ちよさげに目を瞑って息を断続的に吐いていた。それと同時に腰が動いて雪男の後頭部に手が添えられている。裏筋にも舌を這わせ、手で陰嚢を揉みしだく。
燐は何かの合図のようにぽんぽんと雪男の後頭部を叩く。雪男は兄が言い出す言葉を待った。
「雪男……口の中…咥えて……奥までっ……。」
限界まで膨張したそれを雪男は喉の奥につっかえるまで咥える。それと同時に喉の奥に放出されたものは生々しく濃い匂いと味を雪男の口の中に満たした。
「けほっ。」
雪男は軽く咳き込むと兄に苦笑いを向ける。そしてまた兄の口にキスをしてその残滓を舌で流し込む。兄は声にならない悲鳴を上げて雪男の長いキスに耐えている。兄が諦めたようにそれを飲み下したあと、精魂尽き果てたように雪男に告げた。
「お前……ひどい。」
雪男は悪びれた様子も無くティッシュで口を拭っている。
「兄さんもティッシュいる?」
燐は無言で頷いてティッシュを何枚か取って、雪男とそれを交互に何回か見たあと自分の唾をティッシュに吐き出した。
「ごめんね。兄さん。やっぱり初めてだから精液飲むの無理だった。」
「だからって俺に押し付けることはねえだろ。」
「だって吐き出して捨てたら悪いような気がしたんだもん。」
「どんな罪悪感? 俺がもし同じような理由で同じようなことしたら、雪男は許してくれるんだな? そうなんだな?」
燐は雪男のした仕打ちそのものよりも、その仕打ちに至った動機に腹を立ててしまったようだ。燐は雪男を抱きこんでベッドに置き押さえつける。
「兄さん……」
「初めてだった雪ちゃんの頑張りに、俺もそれなりに応えるしかねえようだな。」
雪男は兄の低い声に戦慄する。
兄は持続力はともかく、回数はかなりこなせるタイプだった。雪男はついていけずに最中に何度か意識を手放して寝落ちしたこともある。
もしかしたら今回は寝落ちすら許されないのかもしれない。
* * *
雪男の予感どおり、雪男は兄の怒りと欲望の赴くままに責め立てられた。しかし幸い目覚めた翌日というのは日曜日の午後前だった。
それでも雪男は自分が意識を手放した曜日を確かめずにはいられなくて、幾度も壁や携帯のカレンダーを確かめる。自分が意識を飛ばした日が確実に「昨日」だと分かって安堵の溜息を漏らす。数日意識を失くすという驚愕の事実にはならずに済んだ。
自分の望みを叶えてくれようと、自分の隣で努力する兄と睦みあう日々を送りながら、一方では漠然とした不安が心の片隅で芽生えていた。兄は青い炎に頼ることなく地道に努力している。その努力は報われるべきだと雪男は信じている。ヴァチカンの認定試験が言い渡されても今の兄ならなんとか凌げる。前と違ってそう確信していた。兄は普通の祓魔師として、物質界・虚無界の境界に干渉する存在にしないでおける。いつまでも自分の傍で悪魔の本性を隠して、昔のように人間としての奥村雪男の兄でいてくれる。
ベッドの中でけだるくまどろみながら、雪男はまだ部屋の中にむせ返っている兄の吐き出したものの匂いを嗅いでいた。
「兄さんは……、昼食でも作ってるのかな?」
ごく普通にあたりまえのようにあたりまえの習慣から発想できる日常が愛おしい。何せ今までの兄はいつなんどき、誰かによって雪男の手から奪われかねなかったからだ。
「サタンの落胤」というれっきとした真実はあれども、兄とその真実を切り離して他者に認識させる下地は出来上がる。根っこが出来てしまえば、兄とサタンを結びつける認識が薄れて、この世界の片隅で二人だけの静かな生活が確立されるだろう。
世界は相変わらず虚無界からの干渉で危ういままだろうが、そのために雪男の兄が人身御供を請け負う義理はない。今までだって危うくてどちらかというと劣勢だったのが普通で、それは何百年どころか千年単位で世界は続いてきたのだから、兄がそれを覆す鍵になる必要はない。
どうせ祓魔師というのは、一部のわずかな人間だけで構成されているようなものなんだから、兄弟二人ともがそれに従事することになっただけでも普通の人間な十二分に尽くしているほうだ。
兄はサタンの能力を引き継いでしまった不運なだけの人間だ。彼が貧乏くじの損な役を押し付けられない為に雪男が兄を守るのは当然だ。悪魔扱いされて殺されるなんて論外だ。
「兄さんは人間なんだ。」
雪男は自分の考えの究極のところを口に出して起き上がる。ちょうど兄がドアを開けた。
「おはよう。雪男ちゃん、いい天気だよぉ。兄ちゃんと一緒に買い物行かない?」
昨夜の性的な名残を一切感じさせない兄がいた。雪男は自分のべたつく肌を感じてちょっと待ってと兄を制した。
「シャワー浴びてくるから。着替えもしなくちゃいけないし、三十分ほど待って。」
「うん。待ってるからな。」
雪男はベッドから降りてふと窓の外を見る。視線の先に木の枝に腰掛けている人影が見える。学園の女子の制服。ショートカットの黒髪。手には食事のつもりなんだろうか、サンドイッチらしきものを摘んでいた。
「彼女。スカートで木に登ったのかな? 大胆だな。」
目的は分からないが雪男は別段気にすることはないと思い、寧ろ無視を決め込むように必要な準備を整えてそそくさと部屋から出た。
* * *
買い物袋を二人で提げて寮に帰る。メフィストがいなくなった今、燐の生活費は雪男が負担している。メフィストと違って必要な時に必要な分だけ。
「あーあ。俺も早く祓魔師になれば、雪男にばっか頼らずに済むのに。」
「焦る気持ちも分かるけど、ヴァチカンから何も言ってこない今のうちに確実に受かるように万全にしとこうよ。今のうちがいい機会なんだから。」
雪男の方針では、暗記で確実に合格点を取れる詠唱騎士や、下二級では基礎知識や魔障への対応が主な設問になる医工騎士を習得させ、実践で矢面に立つ騎士や竜騎士は後回しというものだった。
燐はそれに今でも顔をしかめることはある。でも雪男の悲しそうな顔を見ると、なんとかその不満を口に出すのは踏みとどまってくれた。
「そのうち兄ちゃんが雪男を食わせてやるからな。」
「無理はしないでね。」
普通の恋人同士のようなやり取りが雪男の長きに渡った心の緊張を解いていく。
そんな思いを察したように燐が買い物袋を片方の手でまとめて持って、もう片方の手を雪男に差し出す。雪男はその手を迷わず握った。
「雪男はほんとに可愛くなったよな。前のようにあまりイライラしなくなったし。」
「そ、そんなにイライラしてたかな?」
「俺が怒らせるばっかだったから。いや……その、すまん。」
「気にしないでよ。僕にも余裕がなかった時期のことなんだし。もう忘れてよ。」
ちりんちりんと二人の背後から自転車のベルが鳴る。二人は振り返りながら道の端に避けた。一人の自転車に乗った少女が燐と雪男に会釈して通りすぎた。その目はにこやかだったが、二人の繋がれた手に何かしら言いたそうな雰囲気も醸し出していた。燐がその視線に何か感じたのか雪男の手を離そうとしたが、雪男はぎゅっと力を込めて兄のその行為を許さなかった。
少女は数十メートル先で再びブレーキを掛けて止まる。まるで燐と雪男に追いついてこいと言わんばかりだった。
雪男は敢えて少女の無言の誘いを無視する。
「兄さん。ちょっと遠回りになるけど。」
雪男は少し戻ったところの階段の道を指差して兄を引っ張る。ずんずんと階段を上がっていく。階段の道では彼女の自転車では上がってこれない。あからさまに少女を避けている雪男に対して燐は何も言わなかった。ただ俯いて雪男に従う。
少女が見えなくなったところで燐は再び顔を上げる。そして道端に荷物を置くと雪男に抱きついた。
「兄さん。誰も僕らを邪魔しないよ。」
雪男は燐の頭を撫でる。この頃の燐は雪男に不安を隠さない。素直に頼ってくれる。そんな燐に応えるように、雪男もぎゅっと燐を抱きしめる。
「ほんとに俺、頑張るから。ずっとお前と居られるように。」
「僕も兄さんに精一杯協力するよ。好きだよ、兄さん。」
「俺もだ。」
それじゃと二人は寮に帰る道を行く。それは雪男の言うとおり遠回りだったが、あの奇妙な少女に二度遭遇することはなかった。だが何処からか聞こえてくる自転車のベルがずっと耳について離れなかった。
後編に続く
雪男は目を開けると、そこは今までとは考えられないくらいに穏やかで静かな場所だった。もう何もかもが起こったあとの、これからも何の変化も事件も危機もないことを保証されたような世界だった。目覚めた雪男を出迎えてくれた兄や仲間達も何も言わずに頷くだけだった。
雪男は現実世界にサルベージされて再び兄との日常に帰ってきた。
それから数ヶ月が経った。カレンダーの日付は翌年の四月だった。何故かあれからヴァチカンから燐の祓魔師認定試験の召喚がかかってこなかった。そしてメフィストフェレスも日本支部から姿を消していた。
雪男はこれ幸いにと燐と一緒にいつか訪れるであろう運命の日に備える日々を送っていた。燐は従順に雪男を家庭教師に一日に最低でも三時間は机に向かっている。口癖のようにお前の為に頑張ると言っていた。
燐が告げる言葉の中で雪男にとって一番嬉しかった言葉は、「青い炎に溺れない」だった。
燐は任務でも普通に詠唱や習った剣の技術で悪魔に対抗しようと努力している。それなりの戦果は上げ実績も積んできたが、けしてそれは平凡、並を超えるものではなかった。だけどそれは雪男が手放しで喜べる兄の姿だった。
今日も風呂上りから雪男の家庭教師の時間が始まっていた。
「やろうと思えば出来るもんだな。普通の人間っぽいこと。」
今更なのに燐はそんなことを時々口に出さずにはいられないらしい。雪男は自分の望みを手探りながらに実行している最中の兄に言い聞かせるように返す。
「そうだよ。僕が兄さんに望んでいたのはそんな感じのことだったんだよ。祓魔師になるにしても、青い炎なんていう賛否両論から逃げられないチートなんて必要ないってこと。ヴァチカンに対して恭順を示していれば、兄さんはサタンの息子とは関係ない人間として祓魔師になれるってこと。」
燐はぼそりと勿体ないかもと呟く。
「でも。お前がそうして欲しいなら俺はそれでいい。」
「うん。好きだよ。兄さん。」
燐はペンを止めてはにかんだように笑うと雪男から目を逸らした。
「何? 恥ずかしいの? 今更?」
雪男の手が燐の腰に回る。顔を近づけ顎に手を添えて燐の唇に自分の唇を重ねる。すぐに唇は離されて燐は真っ赤な顔で雪男の胸に顔を埋めた。
「あーもうっ。まるで俺が女の子みてえじゃねえか!」
じたばたする燐に雪男は微笑ましくくすくすと笑う。もう燐と以前のようないがみ合いはない。いや寧ろ、一番幸せだった時期に戻ったようだった。何のわだかまりもなく兄を慕っていたあの頃に。
「兄さん。」
促すように呼びかけると燐は顔を上げた。さらさらとし生地の上から燐の身体を指で辿る。
「兄さん。仲良し、しよ?」
燐は自分の頭をかりかりと掻く。
「か、可愛いこと言ってんじゃねえよ。俺せっかくもう四五時間くらいは頑張ってみようかなと思ったのに。」
「兄さんが張り切るのは分かるけど、僕もたまには兄さんを甘やかしたいときもあるんだよ。というか」
「というかって何だよ。」
「甘えたいかな。」
燐の耳にその言葉が届いた瞬間、もの凄い力で燐に抱きしめられる。
「ベッド、行くか。」
燐に促され席を立ち部屋を横切りベッドに倒れこんだ雪男は、慣れたようにズボンと下着を脱いで燐に向かって足を広げた。燐は雪男の行動に少し硬直する。
「あ。ひいた?」
雪男は気まずそうに顔を背ける。広げていた足を閉じ、しおらしく膝を抱えて兄が動くのを待った。
『兄さんって意外と清純そうな子が好みだったからなあ。』
一抹の後悔を覚えて雪男は凹んだ。サルベージされてからはわだかまりが無くなった分、兄弟仲は昔以上に親密になった。そして当たり前のように交情もするようになった。
「兄さん?」
「雪男。お前が乗り気なのはわかるけどよ。だけどな、だけどなあ……。」
「……打ちひしがれないでよ。このパターン何回目なの?」
「いやお前こそ何回目だよ。恥ずかしくないの? それとも余裕なの?」
「……。僕は……。」
雪男はシャツのボタンを外しながら身体を横に向けて頬を赤く染める。
「兄さんの前なら、どんないやらしいことでも平気。ううん。それどころか鬱屈した心が解放されるような気持ちになるんだ。兄さんを受け入れて、恥ずかしい声を出して、感じちゃうことが。」
再び上を向くと視界の中に燐はいなかった。起き上がって横を見ると、床に転んで自分のところから持ってきた枕を持ってごろんごろんと転げまわっている。ごろごろ転がるのをやめた燐は居住まいを正してにやにや笑いを手の平に隠しながら言う。
「そうか。恥ずかしいのが好きなんだ……。雪男は、い、いやらしいな。」
改めて言われると雪男は馬鹿と短く叫んだ。
「都合のいいとこだけ切り貼りして言うな。」
若干きつい物言いだがその声は甘く、自分を上から見下ろしてくる燐を歓迎するようだった。
燐は雪男の頭を片手で撫でながらかちゃかちゃと音を立てながら自らのベルトを緩め、ズボンの前を開いている。雪男は横目でずらされた下着から覗く兄の昂りを確かめた。まるで意思があるように勃ち上がり雪男の目の前でゆらゆらと揺れている。雪男は半身を起こして燐のペニスに触れる。燐はぶるっと身震いした。
「口……で、やってみようか?」
雪男は唐突に問いかける。
「あ、ああ……。でも、大丈夫?」
この数ヶ月たびたび性交はしたものの、燐からフェラチオを要求されたことはない。燐にしてもそれを先の未来でも要求する気はなかったようで、雪男からの申し出にどぎまぎした反応を返すばかりである。雪男は燐を引っ張ってベッドの上に引き上げた。
「あ……えーと……。風呂入ったばかりだからきれいだとは思うんだ。それでもその……、汁が臭かったり変な味で嫌になったりしたら吐き出していいから。」
「兄さん。ムード無さすぎ。やる前から萎えるようなこと言わないでよ。」
雪男はそんなことを言いながら燐の先っぽのところを舌で舐めた。燐はひゃっと声を上げて腰を引く。その初心な反応が雪男には面白い。
雪男はイタズラっぽく笑って口の中に兄自身をくわえ込んだ。兄のマヌケな声が耳に入ってくる。口の中で舌を動かしてじょじょに硬さと質量を増してくるそれを刺激すると、唾液と燐の先走りが混ざって口から垂れそうになる。わずかに塩辛く生臭いカウパーの味は思っていた以上に舌に優しくなかった。兄の根元に添えた手に唾液とカウパーが滴り汚していく。そのぬめりを借りて口と同時に手でも兄を気持ちよくさせようとする。
「雪男? 大丈夫か?」
雪男は上目遣いに燐を見たあと、伸び上がって燐の口にキスをして口の中に溜まっていたものを燐の口に流し込む。
「うう……うぎゃっ。」
「吐き出しちゃ駄目。ちゃんと飲んで。兄さんのなんだから。」
自分自身の体液だからこそ飲み込めないという常識を無視するかのように、雪男は燐に告げる。燐は涙目になりながら愚直にも雪男の唾液が混じった自分の体液を飲み下す。
それを満足げに見ながら雪男は再び兄の股間に顔を埋めた。硬くそそり立ったものに横から舌を当ててなぞるように舐める。とろりと幹を伝わってくる液が頬を濡らす。粘度のあるそれは皮膚に留まって雪男の顔をべたべたに汚している。
燐も最初の戸惑ったような口ぶりとは裏腹に雪男の奉仕に気持ちよさげに目を瞑って息を断続的に吐いていた。それと同時に腰が動いて雪男の後頭部に手が添えられている。裏筋にも舌を這わせ、手で陰嚢を揉みしだく。
燐は何かの合図のようにぽんぽんと雪男の後頭部を叩く。雪男は兄が言い出す言葉を待った。
「雪男……口の中…咥えて……奥までっ……。」
限界まで膨張したそれを雪男は喉の奥につっかえるまで咥える。それと同時に喉の奥に放出されたものは生々しく濃い匂いと味を雪男の口の中に満たした。
「けほっ。」
雪男は軽く咳き込むと兄に苦笑いを向ける。そしてまた兄の口にキスをしてその残滓を舌で流し込む。兄は声にならない悲鳴を上げて雪男の長いキスに耐えている。兄が諦めたようにそれを飲み下したあと、精魂尽き果てたように雪男に告げた。
「お前……ひどい。」
雪男は悪びれた様子も無くティッシュで口を拭っている。
「兄さんもティッシュいる?」
燐は無言で頷いてティッシュを何枚か取って、雪男とそれを交互に何回か見たあと自分の唾をティッシュに吐き出した。
「ごめんね。兄さん。やっぱり初めてだから精液飲むの無理だった。」
「だからって俺に押し付けることはねえだろ。」
「だって吐き出して捨てたら悪いような気がしたんだもん。」
「どんな罪悪感? 俺がもし同じような理由で同じようなことしたら、雪男は許してくれるんだな? そうなんだな?」
燐は雪男のした仕打ちそのものよりも、その仕打ちに至った動機に腹を立ててしまったようだ。燐は雪男を抱きこんでベッドに置き押さえつける。
「兄さん……」
「初めてだった雪ちゃんの頑張りに、俺もそれなりに応えるしかねえようだな。」
雪男は兄の低い声に戦慄する。
兄は持続力はともかく、回数はかなりこなせるタイプだった。雪男はついていけずに最中に何度か意識を手放して寝落ちしたこともある。
もしかしたら今回は寝落ちすら許されないのかもしれない。
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雪男の予感どおり、雪男は兄の怒りと欲望の赴くままに責め立てられた。しかし幸い目覚めた翌日というのは日曜日の午後前だった。
それでも雪男は自分が意識を手放した曜日を確かめずにはいられなくて、幾度も壁や携帯のカレンダーを確かめる。自分が意識を飛ばした日が確実に「昨日」だと分かって安堵の溜息を漏らす。数日意識を失くすという驚愕の事実にはならずに済んだ。
自分の望みを叶えてくれようと、自分の隣で努力する兄と睦みあう日々を送りながら、一方では漠然とした不安が心の片隅で芽生えていた。兄は青い炎に頼ることなく地道に努力している。その努力は報われるべきだと雪男は信じている。ヴァチカンの認定試験が言い渡されても今の兄ならなんとか凌げる。前と違ってそう確信していた。兄は普通の祓魔師として、物質界・虚無界の境界に干渉する存在にしないでおける。いつまでも自分の傍で悪魔の本性を隠して、昔のように人間としての奥村雪男の兄でいてくれる。
ベッドの中でけだるくまどろみながら、雪男はまだ部屋の中にむせ返っている兄の吐き出したものの匂いを嗅いでいた。
「兄さんは……、昼食でも作ってるのかな?」
ごく普通にあたりまえのようにあたりまえの習慣から発想できる日常が愛おしい。何せ今までの兄はいつなんどき、誰かによって雪男の手から奪われかねなかったからだ。
「サタンの落胤」というれっきとした真実はあれども、兄とその真実を切り離して他者に認識させる下地は出来上がる。根っこが出来てしまえば、兄とサタンを結びつける認識が薄れて、この世界の片隅で二人だけの静かな生活が確立されるだろう。
世界は相変わらず虚無界からの干渉で危ういままだろうが、そのために雪男の兄が人身御供を請け負う義理はない。今までだって危うくてどちらかというと劣勢だったのが普通で、それは何百年どころか千年単位で世界は続いてきたのだから、兄がそれを覆す鍵になる必要はない。
どうせ祓魔師というのは、一部のわずかな人間だけで構成されているようなものなんだから、兄弟二人ともがそれに従事することになっただけでも普通の人間な十二分に尽くしているほうだ。
兄はサタンの能力を引き継いでしまった不運なだけの人間だ。彼が貧乏くじの損な役を押し付けられない為に雪男が兄を守るのは当然だ。悪魔扱いされて殺されるなんて論外だ。
「兄さんは人間なんだ。」
雪男は自分の考えの究極のところを口に出して起き上がる。ちょうど兄がドアを開けた。
「おはよう。雪男ちゃん、いい天気だよぉ。兄ちゃんと一緒に買い物行かない?」
昨夜の性的な名残を一切感じさせない兄がいた。雪男は自分のべたつく肌を感じてちょっと待ってと兄を制した。
「シャワー浴びてくるから。着替えもしなくちゃいけないし、三十分ほど待って。」
「うん。待ってるからな。」
雪男はベッドから降りてふと窓の外を見る。視線の先に木の枝に腰掛けている人影が見える。学園の女子の制服。ショートカットの黒髪。手には食事のつもりなんだろうか、サンドイッチらしきものを摘んでいた。
「彼女。スカートで木に登ったのかな? 大胆だな。」
目的は分からないが雪男は別段気にすることはないと思い、寧ろ無視を決め込むように必要な準備を整えてそそくさと部屋から出た。
* * *
買い物袋を二人で提げて寮に帰る。メフィストがいなくなった今、燐の生活費は雪男が負担している。メフィストと違って必要な時に必要な分だけ。
「あーあ。俺も早く祓魔師になれば、雪男にばっか頼らずに済むのに。」
「焦る気持ちも分かるけど、ヴァチカンから何も言ってこない今のうちに確実に受かるように万全にしとこうよ。今のうちがいい機会なんだから。」
雪男の方針では、暗記で確実に合格点を取れる詠唱騎士や、下二級では基礎知識や魔障への対応が主な設問になる医工騎士を習得させ、実践で矢面に立つ騎士や竜騎士は後回しというものだった。
燐はそれに今でも顔をしかめることはある。でも雪男の悲しそうな顔を見ると、なんとかその不満を口に出すのは踏みとどまってくれた。
「そのうち兄ちゃんが雪男を食わせてやるからな。」
「無理はしないでね。」
普通の恋人同士のようなやり取りが雪男の長きに渡った心の緊張を解いていく。
そんな思いを察したように燐が買い物袋を片方の手でまとめて持って、もう片方の手を雪男に差し出す。雪男はその手を迷わず握った。
「雪男はほんとに可愛くなったよな。前のようにあまりイライラしなくなったし。」
「そ、そんなにイライラしてたかな?」
「俺が怒らせるばっかだったから。いや……その、すまん。」
「気にしないでよ。僕にも余裕がなかった時期のことなんだし。もう忘れてよ。」
ちりんちりんと二人の背後から自転車のベルが鳴る。二人は振り返りながら道の端に避けた。一人の自転車に乗った少女が燐と雪男に会釈して通りすぎた。その目はにこやかだったが、二人の繋がれた手に何かしら言いたそうな雰囲気も醸し出していた。燐がその視線に何か感じたのか雪男の手を離そうとしたが、雪男はぎゅっと力を込めて兄のその行為を許さなかった。
少女は数十メートル先で再びブレーキを掛けて止まる。まるで燐と雪男に追いついてこいと言わんばかりだった。
雪男は敢えて少女の無言の誘いを無視する。
「兄さん。ちょっと遠回りになるけど。」
雪男は少し戻ったところの階段の道を指差して兄を引っ張る。ずんずんと階段を上がっていく。階段の道では彼女の自転車では上がってこれない。あからさまに少女を避けている雪男に対して燐は何も言わなかった。ただ俯いて雪男に従う。
少女が見えなくなったところで燐は再び顔を上げる。そして道端に荷物を置くと雪男に抱きついた。
「兄さん。誰も僕らを邪魔しないよ。」
雪男は燐の頭を撫でる。この頃の燐は雪男に不安を隠さない。素直に頼ってくれる。そんな燐に応えるように、雪男もぎゅっと燐を抱きしめる。
「ほんとに俺、頑張るから。ずっとお前と居られるように。」
「僕も兄さんに精一杯協力するよ。好きだよ、兄さん。」
「俺もだ。」
それじゃと二人は寮に帰る道を行く。それは雪男の言うとおり遠回りだったが、あの奇妙な少女に二度遭遇することはなかった。だが何処からか聞こえてくる自転車のベルがずっと耳について離れなかった。
後編に続く
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忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
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