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幸福雑音

女性向け二次創作サイト。 イベント参加情報もここに載せています。 オフは忍たま、オンでは青エク中心。

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☆『続・super scription of date』前編 燐雪前提の朴雪

注意
朴さんについてのとんでも設定。
破滅的ヒロインの雪ちゃん。
ボケ老人な兄さん。
とりあえずとんでも設定。





 世間は今日もなあなあで過ぎているようだった。それは単純に他者に対する無関心であったりその逆の人情が理由だったりする。人がすれ違うときの微妙で絶妙な距離。今日も正十字学園は日和見と高見の見物をモットーとする人たちの営みで溢れていた。
 しかし話のしょっぱなからそんな当たり前の馴れ合いに失敗している奴らがいた。
「まったく。三学期の始業式に登校していないなんてどういうことなんだ。彼女は。」
 雪男は更衣室の中でぶつくさと呟いていた。呟きながら学生服のブレザーを脱ぎネクタイを解き、ワイシャツのボタンを外していく。当たり前だが着替えの最中だった。
「……。」
 机上に畳まれた衣服を前にして雪男は自らに「覚悟を決めろ」と告げる。用意した着替えはやはり制服なのだが、正十字学園女子制服だった。オタク趣味のある理事長が採用しただけあって多少デザインがアニメ臭い。しかしそれでいて異様に可愛らしく生地もコスプレ衣装にならない程度の品の良さを兼ね備えている。
 雪男はまずブラウスを身につけ、首にリボンを結ぶ。そのあとまだ身につけていたスラックスを脱ぎ捨て、スカートを目の前に翳した。普通の規格よりは若干その丈は長めで、多分膝上までを隠してくれそうだ。しかしいつもは晒していない脹脛や足首は露出するしかないらしい。雪男は深く考えないように努めてそれに足を突っ込んで腰まで引き上げた。
「くっ。僕がこんな格好までしなくちゃならないなんて屈辱だ。」
 雪男は制服と一緒に置いていたスパッツを手に取る。足全体を隠したいならタイツのほうがいいかと迷ったが、やはり感覚的にスパッツのほうが雪男にとってはまだ抵抗が少なかった。
「覚えてろ。朴朔子。」
 憎憎しげに呟いてスパッツを履き制服の上着を着て鏡を見る。仕上げに肩までの長さのウィッグを被り唇にリップクリームを塗った。なんとか背が高い以外は女の子らしく見えてきた。
 雪男は足元を見ながら唸る。
「靴下そのままは浮くかな。でもまあいっか。」
 幸い白靴下だしと思いながら更衣室を出て雪男が向かったのは、正十字学園女子寮だった。雪男は怯む心を落ち着けながら入り口すぐの寮監室の横を息を殺して通り過ぎた。
 今の時間は高等部は授業中なので、この寮に留まる女子生徒はいないはず。しかし例外はないわけじゃない。いわゆる病欠で部屋で休んでいる生徒やら、事情があって自室に待機しなければいけなくなった生徒、あるいは忘れ物を取りに帰った生徒。そんな者がちらほらといてもおかしくは無い。しかし部屋に篭りきりの病欠者以外は、教員に近い立場の寮監に見咎められれば、何らかの追及を受けかねない。ただ正十字学園の女子学生は怠学するような不良女子はほとんどいないので、寮監がこんな時間に女子生徒の姿を見てもそれは前述のような事情であると考えてくれるだろう。あくまで女子生徒の姿であれば。雪男が女子寮に侵入する為に女装したのはそのためだ。
 雪男は一年生の部屋が集中するエリアをきょろきょろと探索していた。男子寮より余裕がある四人部屋を三人か二人で使っているのか、部屋のプレートに書かれた名前が男子寮で見るよりは僅かに少なく見える。しばらく両側の壁にドアが続く廊下を左右を見回しながら雪男は進んでいた。
『朴朔子』
 プレートの文字が雪男をひきつける。ふとひとつの部屋の前で雪男は立ち止まった。
「えーと……。ここか。」
 雪男は朴の部屋を目の前にして違和感を覚える。寮住まいの生徒は大抵は複数の人間と一緒の部屋に住む事になるのに、この部屋のプレートには朴一人しか名前がない。
「隔離でもされてるのか? 彼女は。ふっ。やっぱり学校側も考えるもんだな。」
 兄弟ごと別の寮に隔離されているも同然の雪男が言うべき台詞ではなかった。雪男と燐の事情とは違うが、特殊な性癖を持つ朴なら有り得る話だった。
 雪男はドアをノックする。
 
「こんにちは。」
「はーい。」
 
 返事を確認してドアを開けた。女装している姿に何か追及されると思った雪男だったが、朴の反応は普段とそれほど変わりがないようだった。しかし視線はさりげなく雪男のスカートの裾から下に向けられており、嬉しそうに目を細められたことについて雪男は気づいていた。
「あー。おはようございます。わざわざ出向いてくれたんだ。」
 朴は大あくびをしながら雪男を招き入れる。一応は制服には着替えていたようだが学校に出向く気はさらさらないような態度だった。
「じゃあ。お邪魔します。」
 雪男は奥に配置された備え付けのベッドの上で半身を起こしている朴に近ずく。朴もベッドから降りて雪男を待ち構えた。
しかし一人部屋では聞こえないはずの音が雪男の耳に入る。それはすーすーという寝息が二人分。その最初の違和感に気づいたら、他の目に見える違和感なんて一目瞭然だった。壁際に造られたそれぞれのベッドで眠っている二人の少女。穏やかなその光景とは裏腹にソレは衝撃的だった。
「あー。二号と三号は今休息中。私は先生が来ると思っていたから少し前から起きてみたんだ。あと三十分待ってこなかったら放課後か塾のあとまで寝てようかと思ってた。」
 朴が暢気に話している間に雪男は寮の備え付けのベッドの中に朴と同じ顔を二つ見つけた。どちらも突然の来客に気づくこともなく熟睡しているようだった。
「あの。貴女方は三つ子の姉妹なんですか? よく似ていらっしゃるようですけど。いや、なんと言うか気味悪いくらい。」
「ああ。二号も三号も私です。個体的に何の差異も優劣も遜色も無い筈だよ。」
 事も無げに告げられた言葉の内容は頭に入ってくるが意味を理解することは躊躇ってしまう。今までも小出し小出しにとんでも設定を出してきた朴朔子だが、今回はその極致とも言っていいものだった。
「ええ!いやいやそんな。」
「この正十字学園にはあと二人ほど朴朔子がいます。」
「いやいやいや、だったらその正十字学園にいる残り二人の朴さんは何してるんですか?」
「この正十字学園内で働いています。」
「いや。いやいや。いやいやいやいや。」
「嫌って言わないで下さいよ。朴朔子というのはぶっちゃけ固有の存在ではないんです。無数にいて、それでいながら一人の人間なんです。」
 なんだそんな矛盾した言い草はと雪男は朴に怒鳴った。朴は落ち着いて下さいと雪男を宥める。
「一つ言えることはやっぱり君は信用ならない胡散臭い人間だっていうことだ。」
 雪男は自分の中の朴の評価を更に下げた。取り繕うように朴は雪男に提案する。
「なんだったら朴朔子という種の一つとして考えてください。」
「そんな立派なもんじゃないだろ。」
「そうは言いますが。私という存在はもう一つの生物の種として換算できるほど数はいるんです。例えばチーターがたった三千匹ほどしかいなくてもそれが種として通用する世界なんですから。」
「三千人以上はいると言いたいのか?」
「三千人いたとしても一人なんですよ。」
「三千人いたら三千人だろうが。」
「だって私達は全員なにもかも同じなんです。出雲ちゃんのことが全員大好きで、その好きの種類や度合いも全員が一致しているんです。それが曖昧な基準だと言うなら、私をランダムに何十人か抽出して期末テストでも受けさせてみてください。私のように学校に通っている朴朔子も、各地でいろいろな生業をやっている朴朔子も、同じ問題を正解して同じ問題を間違えて同じケアレスミスをして同じ成績を残しますから。」
「僕は今すぐそれを沢山いる貴女にしてもらう暇はないので。」
「信じてくれる?」
「事実は事実として受け止めます。」
 だけどますます先生に嫌われたみたいだねと朴はぼそっと言った。
「ちなみに私たちは特性を生かして主に情報屋で稼いでいるのが多いかな。この私の特性に目をつけた理事長が出雲ちゃんと一緒に塾に入るのを許してくれたのも、いろいろと重宝がってくれるのもその所為なんだ。」
 ろくに中学も行っていなかった修道院育ちの劣等生のサタンの息子が、この地元で一番有名な名門校と謳われるこの学園に入学できたくらいだ。総数一万人(予測)いる一個人を匿っていてもメフィストだからしょうがないと済まされているようだ。というか、朴朔子はメフィスト好みのキャラクターだ。重宝がられているのもそのキャラクターだけで納得できる。上司で後見人の物好きには呆れるが、今の雪男にはあまり興味が無い。突然知らされた朴の正体についても特に思うところがない。
 雪男にはもっと切羽詰った事情があった。そのために雪男は朴の部屋を訪れたのだから。しかしこれだけは訊いておこうと雪男は思った。
「貴女が何千人もいてそれが一つの存在であるということは、神木さんはご存知なんでしょうか?」
 朴は首を横に振る。
「学校には日替わりで通ってるからね。部屋に遊びに来られたときには一人だけ残って、他はその場にいないようにしてるし。」
 そんなことが普通にまかり通っているのかと雪男は愕然とした。しかし実際に存在する尋常でない数の自分の分身と付き合うにはそういう方法しか思いつかないのかもしれないと雪男はなんとなく納得した。
 朴のインパクトにかまけて本題がお留守になりかけていた。そんな雪男に朴が問いかける。
「それはそうと、お兄さん元気?」
 雪男は顔を背ける。そして言葉を搾り出すように朴に告げる。
「あのサルベージで現実世界に帰ってから数日は元気だったよ。」
 あらと朴は声を漏らす。
「数日は元気だったんだ。というか認定試験大丈夫だったの?」
「認定試験は受けていない。」
 朴は背けられた雪男の顔を覗きこむ。
「なんで?」
 十二月末に実施されるはずだった燐の祓魔師の認定試験は、ヴァチカンから視察に来た聖騎士アーサーの判断で一時延期になったことを雪男は説明した。
「サルベージされた後の数日後に兄さんの意識が混濁というか、呆けたようになってしまって。」
「半ば夢うつつ?」
「そんな感じです。そんな兄を観察したエンジェル卿は、何を思ったのか兄が正常に戻るまでは試験は延期すると言い出しました。」
 
 アーサーは燐に近寄る前からその異常に気づいていたようだった。燐の前髪を掴み、その顔に魔剣の切っ先を突きつける。周囲にいた人間は皆息を飲んだが燐は口を半開きにして薄ら笑いを浮かべるだけだった。
『名前を言え。』
『……。奥村燐。……。 』
『これは駄目だな。あの時のように減らず口を叩きやしない。こんな他人の質問に対して回答するだけの廃人に何をしても無駄だ。試験はしばらく延期だと三賢人には報告する。』
   
 燐が回復次第連絡せよと言い残してアーサーはヴァチカンに帰ったと雪男は朴に言った。
「えー……。悪魔には人権がないって主張を絵に描いたような人なんじゃないの? 理事長からの受け売りだけど。」
「そのぶんだけ公正さにも拘る人なんですよ。なんというか偏屈といいますか、自分が誰が見ても正当であるために、兄の今回のアクシデント下での判定はそれを損なうと思っているようです。」
 雪男はアーサーに対して呆れているように言う。しかしそれが兄の命を救っているのが皮肉な話だった。
「私がエンジェルさんの立場でお兄さんがどうしても殺さなくちゃいけない相手なら、ボケた状態で試験受けさせて、さっさと不合格にして死刑にしちゃうけどな。祓魔師の世界ってやっぱりよく分からない。ていうかエンジェルさんって本当はいい人? 苗字がエンジェルなだけに。」
 雪男は眉間に皴を寄せる。アーサーは人情味のあるいい人なんじゃない。模範的な聖職者としていい人なんだと心の中で言い返す。
「ふうん。それで先生はお兄さんを正気に戻したいってわけか。ていうか私はそういう事態は予測はしてたんだよ。燐君はまだ意識の半分が先生の精神世界にいるんじゃないかなって思ってた。」
「やっぱり……」
 雪男は頭を抱えていた。
「他人の精神世界に長く留まっていると、そっちのほうに引きずられて取り込まれちゃうからね。志摩君としえみちゃんはすぐに弾き飛ばされたから影響はなかったけど、燐君は精神世界の時間で四ヶ月間という長い期間を過ごしちゃったからね。半ば世界をごっちゃというか取り違い始めてたのかも。それにこの場合、先生自らが積極的にお兄さんを取り込んだというのもあるし。」
「精神の半分がまだ取り残されたとしても可笑しくないと。」
「うん。でもソレは現場で確かめないとなんとも云えないけどね。私も一緒に先生の精神世界でね。」
 燐の取り残された半分の意識をサルベージする為に雪男の精神世界に同行する。雪男が言い難くて切り出せなかった依頼を朴は言われる前に了承していたようだった。本当に食えない人だと心中で毒吐きながら雪男はほっと胸を撫で下ろす。
そんな雪男を上目遣いに見ながら朴は、悪魔そのものな提案を思いついた。そしてよせばいいのにそれを口にした。
「ねえ先生、お兄さんを今の呆けた状態にしておけば、全部平和に収まるんじゃない?」
「えっ」
雪男は今まで目を背けていた朴の顔を直視した。朴は謡うように続ける。
「アーサーさんを含めたヴァチカンの人たちにとって、ぼーっとしたサタンの息子は無害だし。サタンがお兄さんに憑依しようとしてもスペックが半減されているから、虚無界にとっては使い物にならない存在だし。危険対象でも道具価値もなくなったお兄さんを、君の気が許すなら君が世話して守ってやればいいんじゃない?」
 雪男は朴の胸倉を掴んで怒声を浴びせる。顔は血の気が引いていた。
「貴女がそれを言いますか! 僕と兄さんの世界に土足でずかずかと踏み込んで、綺麗ごとを並べて僕達を引き上げた貴女が。貴女みたいな偽善者に説得されているという辱めに耐え切れず、僕は戻ってこなくちゃならなくなった。腹を括ってここにも来た。ささやかな幸せも諦めた。だから僕は兄さんを以前のような状態に戻さなくちゃならない。そうしないとこの件は終われない。」
 朴はツッコミどころいっぱいだなと引き気味に言った。
「サルベージはその場にいた塾の皆とかの総意だから、私だけがそれを責められるのは納得いかないよ。私はサルベージの一番の功労者だろうけど、その行動の示すものが私の考えそのものじゃないってことは、理解してくれないかな?」
 雪男は朴の胸倉から手を離す。
「先生は、私に対しちゃ容赦ないね。」
「……すみません。頭に血が上りました。」
 いいよいいよと朴はひらひらと手を振る。
「とりあえず、再度のサルベージだね。」
「僕一人で来て何ですが、前は詠唱とか魔法円も使ったらしいけど。」
「うーむ。サルベージ対象は0・5人だから、前回の三人の六分の一。そこまで気張らなくていいでしょ。先生が仮の昏睡状態になって私が現実世界のオペレーター兼先生の精神の同行者になります。それで大丈夫だと思います。」
「昏睡ねえ……。」
 雪男は何事かを思案しているような顔をする。朴はすぐに行きますかと雪男に伺いを立てたが雪男は首を振った。
「少し時間を頂けませんか? 兄の様子も気になるので一旦寮に帰ります。一時間後にまた戻ってきます。」
「私は準備っぽいことをしておこうかな。二号や三号を起こしたりとか。出雲ちゃんに対して帳尻も合わせたいから、学園内にいる残り二人のうち一人はここに待機させたいし。」
 雪男は眠っている朴達を怪訝そうに見る。
「それじゃ、また一時間後。」
「うん。一時間後だね。」
 
     *   *   *
 
 雪男はそのままの女装で寮に帰るかどうか迷ったが、どうせまた女子寮に侵入しなくてはいけない身なのでそのままの格好で部屋に戻った。
「兄さん。」
 枕元に置いた食事は片付けてあった。しかしとうの燐は中空を見上げたまま呆けている。
 雪男は試しに兄の眼前に行く。
「兄さん。」
「雪男?」
「そう、雪男。」
 燐はにっこりと笑う。弟の女装に驚愕したりはしゃいだりする心の余地がないようだ。というか変わり果てた雪男の姿にも何も感じていないのだろう。
 日常の動作や他人の言葉に対して受け応えは問題なくするが、感受性や自分の意思が抜け落ちてしまっているらしい。感情も平坦で、以前より穏やかといえばいいほうで、正直なところ無感情。激情に苛まれて爆発する危険はないが生者として決定的な何かが欠けている。やはり朴が言ったように心が半分の状態なのだろう。
 朴の提案には雪男は激昂したが、雪男はその方法を考えなかったわけじゃない。なによりも兄をこんな状態にしてしまったのは他ならぬ自分だ。自分こそがある意味では兄がこんな状態になることを望んでいたのではと追及されれば、思わず口ごもってしまうかもしれない。
兄だけのことを考えて盲目に、アーサーのいう廃人の領域に燐を貶めてしまった。雪男を正気にさせているのは、朴という嫌いな相手に対する意地でしかない。
「兄さんも僕も、お互いだけを見て生きてるわけじゃないしね。ねえ、兄さん。」
 雪男は燐の顎を撫でる。燐は虚ろな目をして雪男を見上げるだけだった。雪男の心中の後悔は他人が想像するより遥かに薄い。
「雪男。」
 燐は唐突に雪男を呼んでその胸に顔を埋めた。
「兄さん。いい子だからここで待っててね。」
「うん。」
 燐はそこから一歩も動かず棒立ちになっていた。雪男はそんなプログラミングされた場所から動かず決められたままの言葉しか話さない、ゲームに出てくる名無しのモブのような兄に笑いかける。
「ちゃんと待っててね。」
「分かった。」
 奇妙な安心感が雪男を包む。抱きついている燐の腕をそっと解いて背中を向ける。
「雪男。」
 雪男の背中に燐が再び呼びかける。雪男は腰の辺りに異変を感じた。
「バグかな。」
 燐は雪男のスカートをめくり上げていた。無邪気に幼児のようにきゃらきゃら笑っていた。燐に「めっ」と嗜めて雪男は部屋から出る。
「……」
 部屋のドアの隙間から燐を覗き見る。燐は棒立ちのままじっとしていた。燐と雪男が生まれてこのかた、こんなに大人しい燐を雪男は一度も見たことはなかった。そしてつくづくそれが嫌なものだと感嘆した。だから自分は燐を元通り騒がしくてはた迷惑な存在に戻さなければと必死に心に念じた。
そうやって思いを断ち切る。もう二度とあの夢の兄と穏やかに幸せに暮らしていた日々は来ないのだと覚悟する。
「さあ。彼女のところに行かなきゃ。」
 
 再び寮監の目を掻い潜り朴の部屋に入室する。雪男は未だ女子の制服を身に纏ったままだった。
朴は自分の分身のようでそうではない存在と四人でウノをしていた。朴はお終いと呼びかけてカードを片付ける。
「じゃあ四号、お留守番お願い。」
「出雲ちゃんが来た時には、調子悪い振りして甘えればいいんだよね。」
「じゃあ、二号三号。行くよ。」
「一号。二号は四号のポジションがいい。」
「三号も。」
「何号がどうしようがどうでもいいんだよ。こっちは。」
 雪男は同じ顔が四つある状況に対してついにきれた。まあまあと朴一号は宥める。
「じゃあ先生。鍵出して。」
 何の鍵かと問われれば祓魔塾直通の鍵のことだろう。朴は雪男から鍵を受け取る。朴は雪男と二人の朴を引き連れて部屋の外に出た。出たドアの外から再び鍵を鍵穴に差した。
 朴がドアを開けるとそこは祓魔塾の廊下が見えた。
「この先の空き教室で先生と理事長を昏睡させた悪魔を封印しているんだ。それの管理を私が理事長から任されてる。あの人絶対また私に他人の精神世界に干渉させるつもりだよ。管理者なんて肩書き貰っても素直に喜べないよね。」
「貴女の場合、腐るほど人数のいる貴女の中の一人がそれ担当ってことにすれば、あまり負担感はない話でしょうが。」
「先生。何人いても私なんだよ。私が別の私に仕事を押し付けても、どうせ私に戻ってくるんだよ。」
 朴は勝手知ったるようにある教室の前で立ち止まる。
「お邪魔しまーす。」
 教室の中にはガラスケースを置いた机だけがぽつんとあった。床には複雑な魔法円。雪男たちがガラスケースに近寄る。
「ガラスケースの中に箱がある。」
「箱の中に悪魔を閉じ込めてるんだ。」
 朴はガラスケースをどけて箱を取り出す。箱は一辺五センチで色は黒く、掛けられた南京錠の金の反射した光が眩しかった。朴は南京錠を渡すとそれを雪男に手渡す。
「その魔法円の中央に立ってその箱を開ければ、その箱の悪魔の力を借りて自分の精神世界に潜ることが出来る。私も後から合流するから先に行ってて。二号は教室のドアのところで見張りで三号は私のサポート。」
 二人の朴が頷くのを見ないうちに雪男は魔法円の中央に立って箱を開けていた。一瞬のうちに雪男は箱を取り落としその場に昏倒した。箱の中身の悪魔は逃げ出してこの教室の中に紛れているのだろうか。それともどさくさに紛れて一緒に雪男の精神世界に入り込んだのだろうか。
 朴は雪男を仰向けに寝かせてその額に自分の額を重ねる。雪男はまだ女子高生姿のままで雪男の上に覆いかぶさった朴はほくそ笑むように笑い声を漏らした。
「ふふふ……。こりゃ凄い役得だわ。」
 雪男の頬に頬ずりしながら次第に朴の意識は遠のいていった。



次回に続きます。

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柴仲達
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職業:
会社員
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読書、二次創作
自己紹介:
忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
柴はツイッターもしています。http://twitter.com/#!/hitsugi12

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