幸福雑音
女性向け二次創作サイト。 イベント参加情報もここに載せています。 オフは忍たま、オンでは青エク中心。
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☆ss「エメロードアナザールート」③雪アマ
世界が全てぼやけて歪む。今の気分と相俟って眩んだ視界に映るバスルームのドアの向こうで、水を撒き散らすような音が聞こえる。
バスルームの扉を開けると、湯気の向こうにアマイモンがバスタブの中に座っていた。バスタブもあつらえたかのように雪男とアマイモンの男二人が使っても左程狭くないという大きさだった。何から何までどうしてこんなに至れり尽くせりなんだろう。
雪男は洗面器で湯を掬ってかけ湯をする。そしてアマイモンの隣に失礼しますと、バスタブの中に入った。バスタブの湯があふれ出す。
「僕が入っても狭くないですか?」
わざとらしく尋ねてみる。アマイモンは横に首を振る。そして雪男のほうに身体を向けてきた。
「こうやってお風呂の横に沿って並んでいると、二人とも向こうの壁のほうを向いてしまいます。お兄さんもこっちのほうに向いて下さい。」
それじゃ足が触れ合ってしまうじゃないかと雪男は内心焦る。しかしここで乗らなかったら、自分が小さい男のようで余計恥ずかしくなる。雪男はむすっとした態度を装いながらアマイモンと向き合う。
「足伸ばしてもいいですか? お兄さん。」
「いいよ。」
「お兄さんも足伸ばしてもいいですよ。」
お互いの足の間に足が並ぶ。互いの足の先に急所が当たりそうだった。とにかく間が持つ間はこうして、身体を温めて早いところ洗い場で身体を洗ってしまえばいいんだと雪男は思っていた。
アマイモンは見るでもなく雪男の身体に視線を向けている。そう見えていたが、視力の悪い雪男の裸眼ではいかんとも判断しがたい。自分もぼーっと輪郭がかすんでいるアマイモンに目を向けていた。
「お兄さん。そんなに見たら恥ずかしいです。」
雪男は滑り落ちるようにバスタブの水面に潜ってしまった。うっかり鼻の穴に湯が入って痛い。再び水面から出ると、アマイモンが自分に向かって手を差し伸べていた。
「お兄さん。大丈夫ですかっ。」
腕を引っ張られて抱き寄せられる。かはっと咳き込む雪男の背中をアマイモンは擦っていた。
「し、失礼。そんなに見たつもりはないんですけど。あー、ひょっとしたら一人ずつ入ったほうが良かったですかね? 気がつかないで、すみませんでした。」
アマイモンの腕が雪男の身体を掻き抱いた。
「恥ずかしいけど、嫌じゃないんです。」
何。この相手が燐だったりしえみだったりしたら、とてつもなく嬉しい場面は。
雪男は湯あたりしたように目眩がする。見栄を張って上級悪魔と裸の付き合いをしようなんて十年早かった。
霞んだ視界の中でアマイモンは優しげに微笑んだような気がした。気がしただけで、本当はいつもの無表情かもしれない。何時の間にかアマイモンの両足が雪男の身体を跨いで、上体が雪男の上に覆いかぶさっている。敢えて見なかったことにした尻尾が嬉しそうに左右に揺れていた。
「こうしているとお兄さんが本当のお兄さんみたいです。」
「フェレス卿ですか。」
それは勘弁して欲しいところだった。
「違います。僕がいつも考えていた、こんなお兄さんだったらと思うお兄さんなんです。」
そう言ってアマイモンは雪男の首筋に鼻先を擦り付ける。子供のような無邪気さの中に、なんだか淫靡なものを感じさせる。
「悪いことするのは、互いの兄に連絡しない程度にしましょうよ。」
「悪いことですか、これ?」
まだ悪いこととは確定していない。雪男は駄目もとで悪魔を諭してみようとする。
「頭の中の理想のお兄さんは、所詮は偽物ですよ。いつもあなたにそっけないお兄様が、あなたにとっての一番の兄じゃないんですか。あのどうしようもない頭の悪い兄が、僕にとっての唯一の兄であるように。」
わかってますよ。
アマイモンは雪男から離れて元どおりに向かい合う形に戻った。意外と素直だ。雪男は肩透かしを食らったように呆然としていたが、そろそろ身体が温まったのでアマイモンに提案してみる。
「僕で良ければ身体を洗って差し上げます。」
「ありがとうございます。」
二人はバスタブから出た。
* * *
雪男とアマイモンはバスルームから出た。
雪男はふわふわのバスタオルでアマイモンの身体を先に拭いてやった。アマイモンは上目遣いで雪男をずっと見ていた。その視線がこそばゆくて逃げ出したくなる。次に自分の身体を拭いて着替えはどうしようと悩む。さっそくあの普段着を着るのは抵抗がある。せめて身体から立ち上る湯気が収まるまでは、もう少し楽な格好をしておきたい。
ホテルに準備してあったのは浴衣とバスローブだった。バスローブを見ないふりして浴衣を手に取る。何が分かれ目かというと、単純に露出度とイメージだった。
今まで風呂場で散々、生足や生乳やらを互いに見せ合っていたのに、今更床下三十センチの露出部分に拘る必要はないはずだ。しかし和服のほうが若干防御力は高いような気がする。とりあえずこの目の前の悪魔に着せてしまおうと思った。
「アマイモン――。」
悪魔は既にマッパで脱衣所からベッドルームに向かっていた。雪男は溜息をつきながら、先に自分が着替えてアマイモンの分の浴衣を抱えて後を追う。
「裸で部屋の中を歩き回っちゃ駄目ですよ。湯冷めもしますし。」
方便だった。ちゃんと部屋は空調が行き届いている。しかもアマイモンはいつのまにかベッドの布団に包まっていた。
雪男は片手に浴衣を持ったままアマイモンに手を伸ばす。
「えいっ。」
アマイモンは差し出した手を取ってくれた。しかし強引に腕を引っ張ってきた。そして顔を雪男のほうに寄せてくる。もう少しで口と口がくっつきそうだった。
咄嗟に雪男はあっち向いてほいの要領で上を向く。
「どうしたんですか。お兄さん。」
何を当たり前のように訊いてくるんだ。この悪魔は。そんなふうに雪男は思った。
「どうしたんですか、じゃないですよ。あなたどういうつもりなんですか?」
アマイモンはきょとんとしたように首を傾げる。
「まだ時間はありますから、暇つぶしにセ――」
「うわあ!」
雪男はアマイモンの口を両手で塞ぐ。その手をべろりと舐められた。再び雪男は悲鳴をぎゃあっと上げた。口が自由になったアマイモンはここぞとばかりに言ってくる。
「だから、お兄さんとセックスしたいなって。」
大悪魔の癖に小悪魔みたいな言い草だった。
「あなた。さっき僕の言葉に納得したんじゃなかったんですか? あなたにとって、僕はお兄様の代わりにはならないって言ったじゃないですか。」
「それとは別腹です。ていうか、一緒にお風呂に入った男の人に欲情しないなんて、そんなの悪魔らしくないと思います。」
「それこそ僕なんて、成り行きで悪魔と交わったら祓魔師失格です。」
ここはもう背に腹は変えられない。シュラに助けを求めようと思った。しかしアマイモンは雪男の手首を掴んでうっとりした目で見てくる。
「成り行きで悪魔の僕をお姉さんから助けて、成り行きで悪魔の兄上の頼みごとを聞いて、成り行きで悪魔の僕と朝ごはん食べて、お風呂にまで入ったのに。今更そんなこと言わないで下さい。」
アマイモンは雪男の腕を引き寄せると、その手の甲に口をつけた。
「優しくするなら、とことん優しくして下さい。悪魔とか人間とか関係ないでしょう。あなたは僕のこと、少しは可愛いって思ってたでしょ? お風呂に入っているとき。自覚はなかったようですが、凄くそわそわしてたでしょ。」
「僕が若造だからです。」
「違いますよ。お兄さんは、お兄さんの上にいる奴らのように聖人面した偽善者じゃありません。悪魔も人間も関係なく受け入れられる優しい人です。」
「僕は今更ながら、優柔不断な駄目な自分を自覚していますよ。」
「情に絆される様なうっかりさんじゃないと、優しい人にはなれません。」
雪男は頭の中では、これは悪魔の甘言だと言い聞かせている。自分の夜からの行動は、ただ流されているだけの優柔不断で、行き当たりばったりで後先を考えていなかっただけに過ぎない。
それでも。とりあえずは言ってみる。
「そんな大層なことを僕に求めないで下さい。僕だって都合が悪いことからは逃げたいし、保身も考えます。」
「だったら何も問題はありません。僕はお兄さんの不利になるようなことは何も言いませんし、しません。ちょっとここだけで、お兄さんの言う『悪いこと』をお兄さんと一緒にしてみたいだけです。」
アマイモンはいじらしいように雪男の腕をいじっている。
午前九時三十分。シュラの指定してきた時間からまだ遠い。悪いことをして、それを誤魔化す為の時間は十分にある。逆に悪いことは本当に回避し難い時間だった。
「あなた本当に、人間なんかに抱かれて平気なんですか?」
「悪魔との相の子を産むのはいつも、人間ばっかりだと思っていたら心外もいいところです。悪魔だって人間の子を孕みます。」
そのあとアマイモンは補足を入れた。
「特殊な場合ですけど。」
「特殊ってどんな場合ですか?」
アマイモンは一旦口を開きかけたが、思い直したように黙った。
「それは悪魔の弱点を言うことになりますから。言いません。」
そして雪男の両腕を取って自分はベッドに仰向けになる。さっきのように腕を拘束されたわけじゃないのに、余計に回避できなくなったような気がする。
アマイモンの上に覆いかぶさって、両手の間にはアマイモンの顔がある。アマイモンはすっと目を閉じた。
「本当に悪魔は誘惑するのが上手ですね。」
アマイモンの口にキスをする。アマイモンはくすくす笑う。
「初めての人とは上手くいくかどうか……」
語尾をぼやかしてみたが、初めての人どころか雪男にとっては性行為自体が初めてだった。こんな時にも予防線を張ってしまう自分が心底矮小に見えてくる。
しかしアマイモンはそうではないだろう。なんだかすごく経験豊富そうな気がする。その顔から到底想像は出来ないが。
「大丈夫です。お兄さんが思うとおり、やりたいようにやっていいんです。」
そしてアマイモンは雪男の首に腕を回してぽつりと言った。
「僕は、お兄さんのお兄さんの身代わりでいいですから。」
「そんなっ……」
「そうでなければ、僕が無理矢理お兄さんに強請ってしまったような気がします。」
なんでそんな寂しいことを言うんだろうと、雪男は言葉が喉から出掛かった。メフィストに対する思いの慰めとして雪男に抱かれるわけじゃないと言った割には、雪男のそういうままならない思いの代替品で良いと言ってくる。そういうふうに言えば、雪男が気兼ねを無くすると思っているのだろうか。
悪魔なのだからけして貞操が固いなんてことはあり得ないのだろうけど、まるで初心な小娘のような言い草だった。アマイモンは下から掬い上げるように雪男の頬に触れる。
「お兄さんがとても、しんどそうな顔してるからですよ。」
「プレッシャーです。正直言うとこういうの初めてなんですよ。」
「え?」
「そこ驚くところですかっ。ていうか、人間の十五歳じゃ普通の部類ですよ。」
そんなもんなんですか。アマイモンは、その無表情からは窺えないが呆れているのか、感心しているのか分からないような態度だった。
「じゃあ。こうしましょう。」
アマイモンは起き上がって雪男に抱きつく。
「僕もお兄さんを触りますから。お兄さんも僕のこと触ってください。」
とんでもなく気を遣わせてしまった。とりあえず指と指を絡めてみる。アマイモンがくすっと笑う。対面の悪魔を見てなんだかいけそうだと思った。
アマイモンの口が首筋に触れてきたので、雪男もアマイモンの首筋に口を付ける。悪魔なのだから人肌とは言ってはいけないのだろうが、生の肌同士が触れ合うのは気持ちいい。思わず腕に力が入って、ぎゅっと抱き締めてしまう。
「お兄さん。」
アマイモンの甘い声が耳元で吐かれる。
「好き、です。」
まだ半分心に嵌っている箍を外してみた。なんだか分からない内に、アマイモンの身体のあちらこちらに手を這わせていく。その度に上がる声にますます煽られる。
「お兄さんが触ってくれて、嬉しいです。その……気持ちいい、です。」
「えーと……僕なんか。あなたが今まで相手をされた人たちに比べたら、全然そんなことないと思います。」
「そんなの、とっくの昔に忘れました。」
「え?」
今度は雪男が疑問の声を上げた。情事に対して淡白なのか、見かけ以上に薄情なのか測りかねた。いや、でも。自分の拙い触り方に対して、また気を遣ったのかもしれない。
アマイモンはごめんと呟く。
「忘れたというのは。最後にしたのは、二世紀以上前だからなんです。」
「ええええええ?」
人の人生の二回分以上の年月を、エッチ無しで悪魔が過ごしてきたなんて信じがたい話だった。しかしアマイモンが嘘をついているようには見えないし、嘘ならもっとざっくばらんな数字を持ってくるところだろう。
「二百年。そりゃあまあ……」
「特に我慢していたわけじゃないんです。兄上が物質界に行ってしまわれてから、僕が男を引っ掛けても小言を言ってくれる人がいなくて、途端につまらなくて堪らなくなったんです。」
「兄上、ね……」
またメフィストかと雪男はアマイモンに凭れかかる。こう何度も重なると脱力してしまう。
「あなた。僕との情事については誰にも言わないと言いながら、ちゃっかりお兄様には言うつもりなんでしょう。」
雪男はアマイモンを引き剥がして、脱がされかけた浴衣の襟を掛け合わせる。アマイモンはぽかんとしていたが、横を向いてしまった雪男に縋り付いてきた。しかし雪男は平淡に告げる。
「あなたはお兄様の気を引きたくて、チャンスがあったら物質界で男を引っ掛けるつもりだったのでしょう? 僕はちょうどいいカモだったわけですね。」
「ちがいます。なんでそんなこと言うのですか?」
「あなたが悪魔だからです。」
無邪気で可愛くて頭が悪そうに見えて、とても狡い。
雪男が誰よりも身近な悪魔だった燐を見てずっと、とうの昔から十分に理解していたつもりだった。なのに、もう少しで誘惑に乗ってしまいそうだった自分が情けない。
「あなたが悪いわけじゃありません。僕だってあなたに付け込んだようなものです。本当にごめんなさい。」
アマイモンはくるっと後ろを向いて、ベッドの端に寄っていた毛布を頭から被る。
「でも、抱いて欲しかったです。」
か細い声が中から聞こえた。雪男は縋り付いて甘やかしたくなる言葉を拒絶する。
「僕は悪魔を抱いて、これからも平気な顔して祓魔師でいられるほど、要領が良くて強かな人間じゃありません。あなたを失望させたのは残念ですが、僕の為に我慢して下さい。」
毛布の膨らみが何度も上下する。アマイモンが健気に頷いているんだろう。本当に可愛らしくて誘われてしまいそうだ。
雪男はそれにわざと乗らないようにして、隣のベッドの布団の中に入った。
今回は人間の雪男が一枚上手でした。というか地の王が譲歩してくれただけでしょうか?
ユニットバスが嫌いなのはシュラさんだけじゃない。私もです。
バスルームの扉を開けると、湯気の向こうにアマイモンがバスタブの中に座っていた。バスタブもあつらえたかのように雪男とアマイモンの男二人が使っても左程狭くないという大きさだった。何から何までどうしてこんなに至れり尽くせりなんだろう。
雪男は洗面器で湯を掬ってかけ湯をする。そしてアマイモンの隣に失礼しますと、バスタブの中に入った。バスタブの湯があふれ出す。
「僕が入っても狭くないですか?」
わざとらしく尋ねてみる。アマイモンは横に首を振る。そして雪男のほうに身体を向けてきた。
「こうやってお風呂の横に沿って並んでいると、二人とも向こうの壁のほうを向いてしまいます。お兄さんもこっちのほうに向いて下さい。」
それじゃ足が触れ合ってしまうじゃないかと雪男は内心焦る。しかしここで乗らなかったら、自分が小さい男のようで余計恥ずかしくなる。雪男はむすっとした態度を装いながらアマイモンと向き合う。
「足伸ばしてもいいですか? お兄さん。」
「いいよ。」
「お兄さんも足伸ばしてもいいですよ。」
お互いの足の間に足が並ぶ。互いの足の先に急所が当たりそうだった。とにかく間が持つ間はこうして、身体を温めて早いところ洗い場で身体を洗ってしまえばいいんだと雪男は思っていた。
アマイモンは見るでもなく雪男の身体に視線を向けている。そう見えていたが、視力の悪い雪男の裸眼ではいかんとも判断しがたい。自分もぼーっと輪郭がかすんでいるアマイモンに目を向けていた。
「お兄さん。そんなに見たら恥ずかしいです。」
雪男は滑り落ちるようにバスタブの水面に潜ってしまった。うっかり鼻の穴に湯が入って痛い。再び水面から出ると、アマイモンが自分に向かって手を差し伸べていた。
「お兄さん。大丈夫ですかっ。」
腕を引っ張られて抱き寄せられる。かはっと咳き込む雪男の背中をアマイモンは擦っていた。
「し、失礼。そんなに見たつもりはないんですけど。あー、ひょっとしたら一人ずつ入ったほうが良かったですかね? 気がつかないで、すみませんでした。」
アマイモンの腕が雪男の身体を掻き抱いた。
「恥ずかしいけど、嫌じゃないんです。」
何。この相手が燐だったりしえみだったりしたら、とてつもなく嬉しい場面は。
雪男は湯あたりしたように目眩がする。見栄を張って上級悪魔と裸の付き合いをしようなんて十年早かった。
霞んだ視界の中でアマイモンは優しげに微笑んだような気がした。気がしただけで、本当はいつもの無表情かもしれない。何時の間にかアマイモンの両足が雪男の身体を跨いで、上体が雪男の上に覆いかぶさっている。敢えて見なかったことにした尻尾が嬉しそうに左右に揺れていた。
「こうしているとお兄さんが本当のお兄さんみたいです。」
「フェレス卿ですか。」
それは勘弁して欲しいところだった。
「違います。僕がいつも考えていた、こんなお兄さんだったらと思うお兄さんなんです。」
そう言ってアマイモンは雪男の首筋に鼻先を擦り付ける。子供のような無邪気さの中に、なんだか淫靡なものを感じさせる。
「悪いことするのは、互いの兄に連絡しない程度にしましょうよ。」
「悪いことですか、これ?」
まだ悪いこととは確定していない。雪男は駄目もとで悪魔を諭してみようとする。
「頭の中の理想のお兄さんは、所詮は偽物ですよ。いつもあなたにそっけないお兄様が、あなたにとっての一番の兄じゃないんですか。あのどうしようもない頭の悪い兄が、僕にとっての唯一の兄であるように。」
わかってますよ。
アマイモンは雪男から離れて元どおりに向かい合う形に戻った。意外と素直だ。雪男は肩透かしを食らったように呆然としていたが、そろそろ身体が温まったのでアマイモンに提案してみる。
「僕で良ければ身体を洗って差し上げます。」
「ありがとうございます。」
二人はバスタブから出た。
* * *
雪男とアマイモンはバスルームから出た。
雪男はふわふわのバスタオルでアマイモンの身体を先に拭いてやった。アマイモンは上目遣いで雪男をずっと見ていた。その視線がこそばゆくて逃げ出したくなる。次に自分の身体を拭いて着替えはどうしようと悩む。さっそくあの普段着を着るのは抵抗がある。せめて身体から立ち上る湯気が収まるまでは、もう少し楽な格好をしておきたい。
ホテルに準備してあったのは浴衣とバスローブだった。バスローブを見ないふりして浴衣を手に取る。何が分かれ目かというと、単純に露出度とイメージだった。
今まで風呂場で散々、生足や生乳やらを互いに見せ合っていたのに、今更床下三十センチの露出部分に拘る必要はないはずだ。しかし和服のほうが若干防御力は高いような気がする。とりあえずこの目の前の悪魔に着せてしまおうと思った。
「アマイモン――。」
悪魔は既にマッパで脱衣所からベッドルームに向かっていた。雪男は溜息をつきながら、先に自分が着替えてアマイモンの分の浴衣を抱えて後を追う。
「裸で部屋の中を歩き回っちゃ駄目ですよ。湯冷めもしますし。」
方便だった。ちゃんと部屋は空調が行き届いている。しかもアマイモンはいつのまにかベッドの布団に包まっていた。
雪男は片手に浴衣を持ったままアマイモンに手を伸ばす。
「えいっ。」
アマイモンは差し出した手を取ってくれた。しかし強引に腕を引っ張ってきた。そして顔を雪男のほうに寄せてくる。もう少しで口と口がくっつきそうだった。
咄嗟に雪男はあっち向いてほいの要領で上を向く。
「どうしたんですか。お兄さん。」
何を当たり前のように訊いてくるんだ。この悪魔は。そんなふうに雪男は思った。
「どうしたんですか、じゃないですよ。あなたどういうつもりなんですか?」
アマイモンはきょとんとしたように首を傾げる。
「まだ時間はありますから、暇つぶしにセ――」
「うわあ!」
雪男はアマイモンの口を両手で塞ぐ。その手をべろりと舐められた。再び雪男は悲鳴をぎゃあっと上げた。口が自由になったアマイモンはここぞとばかりに言ってくる。
「だから、お兄さんとセックスしたいなって。」
大悪魔の癖に小悪魔みたいな言い草だった。
「あなた。さっき僕の言葉に納得したんじゃなかったんですか? あなたにとって、僕はお兄様の代わりにはならないって言ったじゃないですか。」
「それとは別腹です。ていうか、一緒にお風呂に入った男の人に欲情しないなんて、そんなの悪魔らしくないと思います。」
「それこそ僕なんて、成り行きで悪魔と交わったら祓魔師失格です。」
ここはもう背に腹は変えられない。シュラに助けを求めようと思った。しかしアマイモンは雪男の手首を掴んでうっとりした目で見てくる。
「成り行きで悪魔の僕をお姉さんから助けて、成り行きで悪魔の兄上の頼みごとを聞いて、成り行きで悪魔の僕と朝ごはん食べて、お風呂にまで入ったのに。今更そんなこと言わないで下さい。」
アマイモンは雪男の腕を引き寄せると、その手の甲に口をつけた。
「優しくするなら、とことん優しくして下さい。悪魔とか人間とか関係ないでしょう。あなたは僕のこと、少しは可愛いって思ってたでしょ? お風呂に入っているとき。自覚はなかったようですが、凄くそわそわしてたでしょ。」
「僕が若造だからです。」
「違いますよ。お兄さんは、お兄さんの上にいる奴らのように聖人面した偽善者じゃありません。悪魔も人間も関係なく受け入れられる優しい人です。」
「僕は今更ながら、優柔不断な駄目な自分を自覚していますよ。」
「情に絆される様なうっかりさんじゃないと、優しい人にはなれません。」
雪男は頭の中では、これは悪魔の甘言だと言い聞かせている。自分の夜からの行動は、ただ流されているだけの優柔不断で、行き当たりばったりで後先を考えていなかっただけに過ぎない。
それでも。とりあえずは言ってみる。
「そんな大層なことを僕に求めないで下さい。僕だって都合が悪いことからは逃げたいし、保身も考えます。」
「だったら何も問題はありません。僕はお兄さんの不利になるようなことは何も言いませんし、しません。ちょっとここだけで、お兄さんの言う『悪いこと』をお兄さんと一緒にしてみたいだけです。」
アマイモンはいじらしいように雪男の腕をいじっている。
午前九時三十分。シュラの指定してきた時間からまだ遠い。悪いことをして、それを誤魔化す為の時間は十分にある。逆に悪いことは本当に回避し難い時間だった。
「あなた本当に、人間なんかに抱かれて平気なんですか?」
「悪魔との相の子を産むのはいつも、人間ばっかりだと思っていたら心外もいいところです。悪魔だって人間の子を孕みます。」
そのあとアマイモンは補足を入れた。
「特殊な場合ですけど。」
「特殊ってどんな場合ですか?」
アマイモンは一旦口を開きかけたが、思い直したように黙った。
「それは悪魔の弱点を言うことになりますから。言いません。」
そして雪男の両腕を取って自分はベッドに仰向けになる。さっきのように腕を拘束されたわけじゃないのに、余計に回避できなくなったような気がする。
アマイモンの上に覆いかぶさって、両手の間にはアマイモンの顔がある。アマイモンはすっと目を閉じた。
「本当に悪魔は誘惑するのが上手ですね。」
アマイモンの口にキスをする。アマイモンはくすくす笑う。
「初めての人とは上手くいくかどうか……」
語尾をぼやかしてみたが、初めての人どころか雪男にとっては性行為自体が初めてだった。こんな時にも予防線を張ってしまう自分が心底矮小に見えてくる。
しかしアマイモンはそうではないだろう。なんだかすごく経験豊富そうな気がする。その顔から到底想像は出来ないが。
「大丈夫です。お兄さんが思うとおり、やりたいようにやっていいんです。」
そしてアマイモンは雪男の首に腕を回してぽつりと言った。
「僕は、お兄さんのお兄さんの身代わりでいいですから。」
「そんなっ……」
「そうでなければ、僕が無理矢理お兄さんに強請ってしまったような気がします。」
なんでそんな寂しいことを言うんだろうと、雪男は言葉が喉から出掛かった。メフィストに対する思いの慰めとして雪男に抱かれるわけじゃないと言った割には、雪男のそういうままならない思いの代替品で良いと言ってくる。そういうふうに言えば、雪男が気兼ねを無くすると思っているのだろうか。
悪魔なのだからけして貞操が固いなんてことはあり得ないのだろうけど、まるで初心な小娘のような言い草だった。アマイモンは下から掬い上げるように雪男の頬に触れる。
「お兄さんがとても、しんどそうな顔してるからですよ。」
「プレッシャーです。正直言うとこういうの初めてなんですよ。」
「え?」
「そこ驚くところですかっ。ていうか、人間の十五歳じゃ普通の部類ですよ。」
そんなもんなんですか。アマイモンは、その無表情からは窺えないが呆れているのか、感心しているのか分からないような態度だった。
「じゃあ。こうしましょう。」
アマイモンは起き上がって雪男に抱きつく。
「僕もお兄さんを触りますから。お兄さんも僕のこと触ってください。」
とんでもなく気を遣わせてしまった。とりあえず指と指を絡めてみる。アマイモンがくすっと笑う。対面の悪魔を見てなんだかいけそうだと思った。
アマイモンの口が首筋に触れてきたので、雪男もアマイモンの首筋に口を付ける。悪魔なのだから人肌とは言ってはいけないのだろうが、生の肌同士が触れ合うのは気持ちいい。思わず腕に力が入って、ぎゅっと抱き締めてしまう。
「お兄さん。」
アマイモンの甘い声が耳元で吐かれる。
「好き、です。」
まだ半分心に嵌っている箍を外してみた。なんだか分からない内に、アマイモンの身体のあちらこちらに手を這わせていく。その度に上がる声にますます煽られる。
「お兄さんが触ってくれて、嬉しいです。その……気持ちいい、です。」
「えーと……僕なんか。あなたが今まで相手をされた人たちに比べたら、全然そんなことないと思います。」
「そんなの、とっくの昔に忘れました。」
「え?」
今度は雪男が疑問の声を上げた。情事に対して淡白なのか、見かけ以上に薄情なのか測りかねた。いや、でも。自分の拙い触り方に対して、また気を遣ったのかもしれない。
アマイモンはごめんと呟く。
「忘れたというのは。最後にしたのは、二世紀以上前だからなんです。」
「ええええええ?」
人の人生の二回分以上の年月を、エッチ無しで悪魔が過ごしてきたなんて信じがたい話だった。しかしアマイモンが嘘をついているようには見えないし、嘘ならもっとざっくばらんな数字を持ってくるところだろう。
「二百年。そりゃあまあ……」
「特に我慢していたわけじゃないんです。兄上が物質界に行ってしまわれてから、僕が男を引っ掛けても小言を言ってくれる人がいなくて、途端につまらなくて堪らなくなったんです。」
「兄上、ね……」
またメフィストかと雪男はアマイモンに凭れかかる。こう何度も重なると脱力してしまう。
「あなた。僕との情事については誰にも言わないと言いながら、ちゃっかりお兄様には言うつもりなんでしょう。」
雪男はアマイモンを引き剥がして、脱がされかけた浴衣の襟を掛け合わせる。アマイモンはぽかんとしていたが、横を向いてしまった雪男に縋り付いてきた。しかし雪男は平淡に告げる。
「あなたはお兄様の気を引きたくて、チャンスがあったら物質界で男を引っ掛けるつもりだったのでしょう? 僕はちょうどいいカモだったわけですね。」
「ちがいます。なんでそんなこと言うのですか?」
「あなたが悪魔だからです。」
無邪気で可愛くて頭が悪そうに見えて、とても狡い。
雪男が誰よりも身近な悪魔だった燐を見てずっと、とうの昔から十分に理解していたつもりだった。なのに、もう少しで誘惑に乗ってしまいそうだった自分が情けない。
「あなたが悪いわけじゃありません。僕だってあなたに付け込んだようなものです。本当にごめんなさい。」
アマイモンはくるっと後ろを向いて、ベッドの端に寄っていた毛布を頭から被る。
「でも、抱いて欲しかったです。」
か細い声が中から聞こえた。雪男は縋り付いて甘やかしたくなる言葉を拒絶する。
「僕は悪魔を抱いて、これからも平気な顔して祓魔師でいられるほど、要領が良くて強かな人間じゃありません。あなたを失望させたのは残念ですが、僕の為に我慢して下さい。」
毛布の膨らみが何度も上下する。アマイモンが健気に頷いているんだろう。本当に可愛らしくて誘われてしまいそうだ。
雪男はそれにわざと乗らないようにして、隣のベッドの布団の中に入った。
今回は人間の雪男が一枚上手でした。というか地の王が譲歩してくれただけでしょうか?
ユニットバスが嫌いなのはシュラさんだけじゃない。私もです。
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会社員
趣味:
読書、二次創作
自己紹介:
忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
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柴はツイッターもしています。http://twitter.com/#!/hitsugi12
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