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幸福雑音

女性向け二次創作サイト。 イベント参加情報もここに載せています。 オフは忍たま、オンでは青エク中心。

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☆「ポケモンデイズ①」 主♂チェレ、主♂N

 トウヤは一人草原を歩いていた。その足取りはまっすぐで正確で、そして足元にいる小さいパートナーにさりげなく合わせていた。目線は前を向いていたが足元のミジュマルの気配はきちんと読み取っている。つまりその若い風貌とは反対に熟練された大人の所作をトウヤはしていた。
「みじゅみじゅ。」
 当然、ミジュマルのつぶらな瞳が見上げてくれば、それを迷わず見返してしまうくらいに一人と一匹はわずかな時間の間に親密になっていた。
「どうしたんだい? ミジュマル。」
 ミジュマルは草むらのほうにすっと視線を落とす。
「そろそろ仲間が欲しいのかい?」
 トウヤは首を傾げてみせる。トウヤはミジュマルを鍛えるために飛び出してくるポケモンをほぼ全てミジュマルに倒させてきた。ミジュマルはトウヤにとって記念すべき『最初のポケモン』なのだ。他のポケモンとはわけが違うのだ。この先に作るパーティの要にしたいと思っている。だから当然、この先出会うポケモンよりレベルを上げておかないといけないと考えていた。
 しかしミジュマルは「自分だけ」が強くなりたいとは思っていなかったようだ。
 さてとトウヤは考える。なるべく六匹の編成をしょっちゅう変える羽目にはなりたくないと思っているトウヤにとって、あまりにも旅の初期に二匹目三匹目を捕まえるのは、正直言って抵抗がある。まだまだミジュマルでも凌げるレベルのポケモンにしか遭遇していない現状で、あまりポケモンゲットを先走る気にはなれない。
 トウヤは困ったことに、パソコンの預かりシステムに不要になったポケモンを預けっぱなしにも抵抗を持っていた。ポケモン図鑑を託されてポケモンを沢山捕まえる大義名分もあるというのに。渡されたモンスターボールはまだ一つも使われていなかった。
それは大人特有の頭の固さだった。
「ミジュマル。お前のお友達はこの先いっぱいできると思うんだ。それまで僕と二人きりじゃ駄目かい?」
「みじゅ……」
 ミジュマルは戦えるとは言っても中身は幼い子どもと一緒である。十歳の子どものトレーナーとミジュマルなら、次々とポケモンをゲットしていき、六匹どころじゃ済まない数になっているだろう。しかしトウヤは大人になってもう既に十年以上経っている。子どものように軽はずみに自分の手持ちを増やして要らない手間をかけさせられることを考えれば、今はミジュマル一匹を大事に育てたいと考えている。
 しかし寂しそうなミジュマルに心動かされないほど、トウヤは冷淡で計算だけで動く男じゃない。
「そうだね。ミジュマルにも弟分を作ってやらなきゃね。」
 あくまでミジュマルを立ててやるのも瀟洒な大人のやることだった。
「でも。ちょうどいいこが見つからなかったら、今回は諦めようね。」
 そうやって逃げ道を作るのもずるい大人の手腕だった。でも嬉しそうに頷くミジュマルはそんなトウヤを疑いもしない。
「じゃあ、いくよ。」
 トウヤはこのまま町に行ってしまおうと草むらに一歩を踏み出したとき、一匹のチョロネコがトウヤのズボンに噛みついてきた。
「……」
 これを倒して経験値にしたりスル―するのは不味いとトウヤは直感する。
『チョロネコは悪タイプだよね。使えるようになるまで時間かかりそう。』
 だけどミジュマルに今さっき言った手前、約束を反故出来ない。
しかたがない、こういうこともあるかと、トウヤはミジュマルに呼びかける。
「ミジュマル。体当たり。」
 このチョロネコだったら、ミジュマルのまだ覚束ない体当たりなら避けると半ば確信していたのだが、なんだか目つきがやけにしぶとそうなチョロネコだった。
 チョロネコは攻撃力だけやけに高いミジュマルの体当たりを受けてひっくり返った。
「え? なんで?」
 もう一撃でチョロネコは逃げ出すか、ミジュマルの経験値になるはずだ。しかしチョロネコは逃げない。
 トウヤはミジュマルの背後でミジュマルに気づかれないように手を振って早く逃げろと伝えるが、チョロネコはトウヤを見たまま何かを待っているように腹を見せてひっくり返ったままだ。
「こいつ。当たり屋か?」
 ポケモンの世界にもそんなのがいるとは思えなかったが、現実のチョロネコはいかにもゲットしてくれと言わんばかりに無抵抗に身構えている。
 トウヤは、はあっと溜息をつくとバッグからボールを取り出した。
『悪タイプならエスパーやゴーストに対抗できるはずだし。』
 トウヤは本当に仕方なさそうにボールを投げた。ボールは形だけのような振動に震えたあと止まった。チョロネコは既にその中に納まっている。
 ミジュマルが嬉しそうに手を叩いていた。
「チョロネコ。ゲットだ。」
「みじゅ!」
 ミジュマルははしゃいでいた。その純粋な喜びっぷりだけでプラマイゼロかなとトウヤは思った。
「ミジュマルもチョロネコも回復させとかないとね。」
 トウヤはミジュマルをボールに入れて、近くにいたのにスル―し続けたカラクサタウンに向かった。初心者ながらに大人のトウヤは誰に説明されるまでもなく赤い屋根のポケモンセンターの中に入った。
 ポケモンを回復させて同じ施設内にあるショップで装備を揃えに行こうとしたら、備え付けの椅子に座っているチェレンとツタージャがいた。
「チェレン。君も来ていたんだね。」
「僕はポケモンを回復させに来ただけだし。」
 つっけんどんに言うチェレンの横にトウヤは座り、チェレンと同じようにミジュマルを出して膝に乗せた。
 チェレンはミジュマルの姿を見ると反射的に首をそむけた。しかしこころなしか、ちらちらミジュマルを見るような気配が窺える。
「結構、すぐに懐いてるね。ミジュマル。」
「そうみえる? なら嬉しいな。君もツタージャと仲良さそうじゃないか。」
「そ、そうかな。……ところでベルとどれだけポケモンを捕まえたかって比べあいになったんだけどさ。トウヤはどれくらい捕まえた?」
 トウヤはチョロネコのボールを手に取った。不本意さ加減を悟られないように精一杯の笑顔を見せる。
「……チョロネコなんだけど。」
 チェレンは口元を手で覆って驚いていた。
「僕も捕まえたのチョロネコなんだ。」
 見ようによっては頬を染めて恥ずかしそうにしている仕草にトウヤは衝動的に可愛いと思ってしまうが、顔には出さないように努めた。
「ま、まだそんなに種類を見てきてないから、たまたまなんだけどねっ。」
 二十四歳とは思えない拙さ溢れる照れ隠しだった。それがますます可愛くてトウヤは自然と顔がにやけてしまう。
チェレンがいろいろと誤魔化そうとしていたら、町の住人が中にいるトレーナーに呼びかけるように声を上げた。
「なんか広場で始まるらしいぞ!」
 どちらかと言えばカノコとどっこいな田舎町であるせいか、突然のイベントにセンター内のトレーナー達はこぞって外に出ていく。
「なんだろうね。」
「僕たちも行ってみようか。」
 トウヤが先に立ってチェレンに手を差し伸べる。チェレンはトウヤの手を一瞥したがその手を握り返さずに立ち上がった。トウヤは握り返されることは期待していなかったので、別に何も気にすることはなかった。
 ミジュマルとツタージャをボールから出したまま抱きかかえて二人がセンターから出ると、広場のある場所だけが黒山の人だかりを作っていた。トウヤ達は最後に出てきたようなものなので、いわゆるステージの上の人物の姿はちらちらとしか見えないが、そのけったいと言うか場違いさだけは理解出来た。
『皆様にお集まり頂き、深く感謝いたします。』
 拡声器越しの輪郭がぼやけた声と、きんっという機械音が聞こえてくる。拡声器から聞こえてくる声はトウヤより十か二十年上の男の声だった。
「選挙かな?」
 トウヤの推測にチェレンは首を傾げる。トウヤも同感だった。選挙の演説なら車を使ってすることも多いし、今演説している集団の他にも同じような集団や車両が近くに見えているはずだ。
 もちろん、演説の内容は選挙で票を求めるものではなかった。ギャラリーがざわつく。その理由は明らかだ。この場に集まった聴衆のほとんどがポケモントレーナーで、演説の主旨が己の存在を真っ向から否定するものだったからだ。
「ポケモンの解放だって……そんなことできるわけないだろ。」
 胸元でボールを抱きしめるトレーナーがいた。愛情を持って接している相手に、こき使って実は自分を嫌がっているなどと一方的に言われる筋合いはない。それはトレーナーになったばかりのトウヤだって同感だ。
「選挙じゃなくて新興宗教だったわけか。」
「みじゅみゅみじゅ」
 しかしトウヤは淡々と聞いていた。そして心配することはないと伝えるようにミジュマルの頭を撫でる。隣のチェレンもツタージャを抱きしめて、周りの聴衆に引きずられないように、トウヤを真似するように表情を変えないよう努力していた。
 演者はプラズマ団のゲーチスと名乗っていた。トウヤは覚えておいて変な団体に気を付けておこうと思った。
「にしてもゲーチスか……。」
 どこかで聞いたことのあるような名前だったが、どこで聞いたのかあまり思い出せないし、演者のゲーチスとトウヤのおぼろげな記憶のゲーチスと同一人物とは限らない。
 考え込んでいるトウヤをチェレンは怪訝そうに見ていた。
 ゲーチスの演説が終わり、散り散りに聴衆も散っていく。広場に誰もいなくなっても、ゲーチスが聴衆に焚き付けた動揺の名残が漂っていた。
「口が上手いな。あのオッサン。」
 チェレンの吐き捨てるような言葉にトウヤは振り向いた。チェレンはゲーチスが話していた方向を向いているはずなのに、トウヤは何故か自分が睨まれているような錯覚を覚える。
「チェレン……気にしないほうがいいよ。関わらなければ問題ないことだし。」
「それは僕が今君に言おうとしたことだ。トウヤ。」
「そうかい。ありがと、チェレン。」
「……」
 トウヤが何やらチェレンに話しかけようとしたが見知らぬ人物によってそれが阻まれる。
 
「君のポケモン、今話してたよね。」
 振り返ると緑色の髪も、背も、身体のあらゆるパーツが長い青年が、光のない目でトウヤとチェレンを見ていた。
「随分と早口なんだな。」
 チェレンの怪訝そうな声を無視するかのように青年は喋る。まるでチェレンの発言を受け取っていない、自分の言いたいことを喋っているだけという異常な事態だった。
 誰もが感じるはずの違和感を覚えていないのは青年だけで、青年は好き勝手語っていた。
 青年の言うこともさっき聞いたゲーチスの演説そのものだった。トウヤはこの服装だけは普通の青年を、プラズマ団の一般信者かなと当て推量してみる。
「トウヤって言ったね。」
 トウヤは青年とチェレンが話しているものかと思っていたので、警戒はしていながらも半ば上の空だった。
「もっと! キミのポケモンの声を聞かせてくれ!」
 青年の肩からチョロネコが降りてきた。唐突に青年とトウヤがバトルするということになっている。
「えー……ミジュマル。頼んだよ。」
 トウヤは成り行きのバトルを早く終わらせたくて、ミジュマルにごめんと呟きながらミジュマルをチョロネコの前に送り出した。
「みじゅ!」
 ミジュマルは張り切っている。青年はミジュマルを見咎めると何やら驚いたような顔を見せた。トウヤはそんな不審者の挙動は気にしいてられずミジュマルに告げた。
「体当たりだ!」
 
  •   *   *
 
「そんな、そんなことって!」
 勝負はトウヤの勝ちだった。青年は驚愕の顔をして、目に光を宿さないまま奇妙なことを口走って去って行った。
別れ際にチェレンは気にすることはないと言ってくれたが、トウヤはチェレンに言われるまでもなく気にしていなかった。Nなんて明らかに匿名で名乗ってくれたものだが、そうそうあんな人間に会うわけがない。
 ミジュマルとチョロネコはボールの中にいる。ミジュマルの入ったボールを指先で転がしながらトウヤは優しげな微笑みを浮かべていた。そのあと、チョロネコのボールを見て途方に暮れた。
「どうしようか。」
 ポケモンセンターのパソコンに向かって振り返る。チョロネコを預けてしまうならミジュマルの見ていない今のうちだ。ミジュマルに目撃されなければ理由づけは幾らでもある。
 しかしトウヤはパソコンのキーを押せない。指も震えるし心も震えるのだ。
「チェレンとおそろ……」
 初恋を覚えてから間もない子どものように、パソコンの乗った机に両肘をついて頭を抱えて悶絶する。捕まえたポケモンがヨーテリーだったなら、すかさずボックスに預けてしまえたのに。旅で初めて捕まえたポケモンが、好きな子と偶然同じだったというドラマ性に完全にトウヤは踊らされていた。
 それに後に苦労させられることはトウヤはまだ知らない。
それでもトウヤは煩悶せずにはいられなかった。
 トウヤはライブキャスターを手に取り、ある番号に電話を掛けることにした。
「もしもし? トウヤどうしたの? こんな時間に。」
 ライブキャスターにどこかで野宿することに決めたらしいベルの眠たそうな顔が映る。トウヤはベルにあることを尋ねたかった。
「ポケモンゲットした?」
「したよー。ヨーテリー、可愛いでしょ。」
 ベルはヨーテリーを抱き上げて画面の外のトウヤに見せた。トウヤは落胆してしまう。
「三人おそろかもしれないと思ったのに。」
「なんのことなの? ……あ。もしかして?」
「うん。成り行きでチョロネコを捕まえてしまったんだけど、諸事情あってパソコンの預かりシステムで預かってもらうのも気が咎めるんだ。」
「諸事情もなんとなく予想がつくわよ。いいんじゃない。そのまま連れてったって。チョロネコ可愛いじゃない。」
「そうかな。悪タイプを連れていくつもりはなかったから、置いていきたいのはやまやまなんだけど。」
「置いていきたいなら、トウヤなら速攻でパソコンにぶっこんでるわよ。それってつまり置いていきたい理由よりも、連れていきたい理由のほうが大きいわけでしょ。」
 連れて行きたい理由もチェレンありきのトウヤにとって、ベルの単純明快な意見は少々引っかかる。しかしたぶん、ベルは分かって言っている。
「途中でどうしてもチョロネコが合わなかったら、その時こそ預けちゃえばいいのよ。」
「身もふたもないよ、ベル。」
「嫌々連れ歩かれるよりはマシだと思うよ。開き直ればいいんじゃない?」
「そう言われればそうだ。ごめんね。大の大人がしょうもない理由で電話して。」
 ライブキャスターの画面の中のベルは肩を竦めた。
「あんたのうだうだに、チョロネコが付き合わされるほうがよっぽど可哀そうよ。私に相談までしたんだから、いい関係を作ってやりなさいな。」
「ありがとう。それじゃ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
 トウヤは画面に向かって元妻に手を振って電話を切った。
 トウヤの中でとりあえずはチョロネコを連れていく方向で踏ん切りがついた。トウヤ的にはパソコンに預けたあとのミジュマルへの言い訳は幾らでも思いつくのだが、こんな初っ端から言い訳しなければならない事態も困るものだった。
 
 トウヤはポケモンセンターの窓ガラス越しに街灯に照らされた薄緑色の影を見た。さっき知り合った匿名希望の怪しい若造だった。夜になってまで一人でふらふらと夢遊病患者のように歩いているなあ、と思っていたところまではトウヤは覚えている。次に我に帰ったときにはトウヤはポケモンセンターから飛び出して若造のあとを追っていた。そして関わり合いになりたくないと思っていた癖に、自分から彼を呼び止めた。
「えぬぅ!」
 若造は驚いたように光のない目を見開き、トウヤを振り返った。
「なにか用かな?」
 相変わらずの軸の定まらない早口で、絡まりそうな舌を噛まずにNは言った。
「えーと、その……ちょっとそこのベンチに座ろうか?」
 言うなりトウヤはNの手を引いて街灯の下に設置してあるベンチに座らせる。いろいろとこの状況や自分の気持ちを誤魔化すように「だって仕方ないじゃないかあ!」と心で唱えた。ここは異郷の地で誰にも今のこの胸のドキドキを打ち明けられないし、変に常識を持ってそうな相手だとドン引きされるからだ。そしてちょうどよく見つけた相手が電波っぽいし、後腐れがなさそうなのでトウヤはNをある種のサンドバックに選んだ。つまりトウヤは誰かにチェレンとの出来事を語りたくてしょうがなかったのだ。
「ちょっと君と話がしたくてね。だけど一方的に聞いてもらうことになっちゃうかも。」
 Nは無表情でいいよと頷いた。
「僕を負かせた君の声ももっと聴きたいと思ってたからね。」
 トウヤはまず軽めのジャブのつもりでNに問いかける。
「夕方ごろ僕と一緒にいた眼鏡の世間慣れしていないような可愛い男の子、チェレンって言うんだけど、同じ町の出身で同じ研究所でポケモンを貰った同期なんだ。そんで、自分で初めてゲットしたポケモンが彼と一緒だったものだから嬉しくてさあ。誰かに言わずにはいられなかったわけ。で、君を呼び止めたわけ。ところで、僕と彼って君から見てどう見えたかな?」
 Nは怪訝そうに舞い上がっているトウヤを見ていた。
「二人ともポケモンじゃないって思った。僕にとっては世界はポケモンとポケモンじゃない奴の大まかに二種類だけなんだ。もう少し細かくわけるとすれば、美しい数式に従うものと、数式をまるで無視した理不尽な存在かな。」
 やっぱりピントがずれた回答をしてくれる。しかしトウヤにはそれはどうでも良かった。
「つまり君にとってポケモンじゃない二人の生き物が君の目に止まってくれて、バトルまで仕掛けたということは、僕たちがそこいらの他のポケモンじゃないやつらとは何か様子が違うわけだよね。例えばすごく親密そうに見えたとか。将来的に信頼し合える関係に到達するんじゃないかと思わせるような、サムシングエルスが発生してるように見えたとか。」
 電波相手に話すのなら電波っぽい口調を真似るのも元優秀なサラリーマンだったトウヤには簡単だった。Nはより一層トウヤに怪訝そうな顔を向ける。
「なんだか君は僕以上に難解な数式を頑張って僕に解かせようとしているみたいだね。だけど既に解答を用意されているような。君が用意している導き出せない数式を解答どおりに解けと要求されている気分だよ。」
 Nは溜息をつく。Nはこの世界では自分が異端だということを誰よりも自覚している。その異端の正しさを分かってもらうには時間をかけなければいけないのだが、この男はその距離も時間もすっ飛ばしてただ頷くだけを要求してくる。それがNには腹立たしかった。だからNはこの時だけは大多数に阿ることに決めた。
「僕だって一般的なことを言えないわけじゃないよ。つまり君は彼と君は仲良しのトモダチ同士だと、そんな風に見えなかったのかと僕に問うているみたいだね。僕は君からの問いに率直に答えさせてもらっていいかな。彼は君を少し疎んでいると感じたよ。」
 辛辣な言葉だった。しかしトウヤはそれにもにやにやと笑っている。
「疎んでるだなんて。もう少し歯に衣着せて欲しかったな。くくくくっ。」
Nはその底の知れない嫌らしい笑みからも逃げず言葉をつづけた。
「外見から判断したことだけど。君は彼より器用に効率よく何でも出来たりしないかい。疎むというより同種の生き物のオス同士のうちのどちらかというと劣っているほうが、自分より優位にあるオスを避けようとしているようだった。」
「オスとはまた生々しいこと言うなあ。」
 トウヤは何かを思うように身を屈めて腕を胸元で組んでいる。
「彼を見る君の表情はオスそのものだったじゃないか。しかも君は彼が君を避けようとする理由を、一つか二つ君自身がわざと仕組んだんじゃないのか?」
 
 トウヤは自宅に送られた三つのボールの顛末を思い出す。チェレンが先に譲ってくれたから、トウヤは一通りポケモンを見ると「僕はこの子にするよ」とミジュマルを選んだ。その時のチェレンの顔は何かを言いたそうにしていたが、チェレンはその言葉を必死に呑み込んでしまった。
 
「君がそういう言い方をするから、僕がしたあらゆることが彼にとって嫌がらせみたいに聞こえるじゃないか。ポケモン一匹選ぶのさえびくびくしなくちゃいけなくなっちゃう。」
 トウヤの投げやりで適当な言いぐさにもNは真剣に返した。
「むやみやたらと如才のなさを振りまいて無神経を気取っているけれど、ちゃんと君は計算ずくで彼の反応を予測して、予測されたとおりの反応を返してくれる彼のことを、ますます生々しい目で見ているんだろう。」
「うーん。僕はそんなにあこぎな大人じゃないよ。チェレンが僕を苦手にしてるというのは、僕も薄々感づいてはいるけど、それでも僕を気にせずにいられないように僕は仕向けただけだよ。」
 そうやって簡単に認めてしまうところも図太さを感じさせた。Nは意外と忍耐強いのか不快そうな顔を極力抑えて理性的な言葉を選んでいたつもりだ。しかしそれは真摯にトウヤに感情に訴えて批判するものだった。
「君に好かれた彼が可哀そうだ。嫌々ボールに閉じ込められるトモダチ以上かもしれない。僕が推理するに彼が君を気にせずにはいられなくさせる原因は、もしかして……君が一番初めに手にしたトモダチだと導き出せるような気がする。」
「そうだね。君にのろけたかったのは、僕と彼の二番目のポケモンが一緒だったんでそれを誰かに聞いて欲しかったんだけど。君からすればチェレンは僕を嫌がっているように見える。たまたま捕まえたポケモンが同じだったことは嫌がる理由になりそうにない。だから彼と僕とのわだかまりは、たぶん最初のポケモンだと君は推理したわけだね。」
 そしてトウヤはひゅうっと嫌な気持ちにさせるような口笛を吹いた。こいつ意外と鋭いなと思うと同時に、元妻のベル以上の理解者に出会えたかもしれないという感動にトウヤは包み込まれる。惚気話を聞かせるつもりでいた自分だったが、懺悔も聞かせてあげなければNという最高の聞き手に失礼だと思った。匿名希望の後腐れない電波ではない。ひょっとしたらベル同様、これから共犯関係になってくれるかもしれない。
「なんか君さっき、ゲーチスみたいなこと思わなかった?」
 ゲーチスみたいなことと言われてもピンとこないことだが、それはスル―することにした。そのトウヤのご都合主義な脳内に感づいたのかNは溜息をつく。
「ねえ、君。君のトモダチのミジュマルはすぐ側にいるの?」
「いや。モンスターボールの中にいるよ。その中で夢でも見ているだろうね。君のポケモンと戦って疲れているだろうし。」
 Nは少し思案する。
「僕が考えていることは単なる僕の当て推量でしかないのだろうか。」
それはトウヤ当人のことを考えているというより、この場にいない無邪気なトモダチに配慮しているような仕草だった。
「ミジュマルのニンゲンのトモダチが何を考えて、どんな理由をもってしてミジュマルのトモダチになったかを導き出すのは残酷なことなんだろうか。僕が予想するにミジュマルのトモダチがとんでもないニンゲンかもしれないことを早めに知らせてあげて、逃げさせるチャンスを与えてやるのが救いなような気がする。だけどたぶんミジュマルは僕より、この男のことを信じるだろう。」
「君。思ってることが全部声に出てるよ。」
「そうだね。僕が出来ることは、この男を出来る限り悔い改めさせ、良くて解放、悪くても不純な動機に見合うぐらい、この男にミジュマルに対して尽くさせるよう監視すること。」
「君に監視されなくても、僕はミジュマルに尽くしてるよ。」
「それは知ってる。ミジュマルが教えてくれた。」
「そう。」
 トウヤはご満悦そうににやにや笑いが止まらない。性根がどうであれ、ポケモンにとっても幼馴染にとってもトウヤは良いやつであることは真実だった。まるで腐った土を養分に咲かせる綺麗な花のようだった。
「トウヤ。これは僕が一人で結論を出してしまったことなんだけど、僕の考えたことが正解ならばミジュマルが可哀そうだと思ったり心が痛まないかい。君は僕が思うにミジュマルをトモダチだと思ってない。君にとってはミジュマルは、たまたま何かの条件に当てはまっていただけだろ。その条件に当てはまれば、ツタージャだったりポカブだったりしても君にとっては何も変わらない。」
「条件? そうね。あってたよ。ミジュマルは僕の好きな子が、欲しいと思っていたポケモンなんだ。」
 Nは眉をひそめた。トウヤにとっての理由が予想していた以上に最悪だった。
「僕はポケモンは人間に使われるべきでないと思うし、モンスターボールなんてこの世からなくなれば、トモダチにとってまともで優しい世界になると考えているんだ。」
「じゃあ僕は君と反対の考えだね。モンスターボールにポケモンを連れ歩けるから、そしてそれは僕のポケモンだから、好きな子は僕を気にしてくれる。」
「最悪だ!」
 Nはここに来て初めて激高した。
「君は君の好きな子から、本来の運命ならトモダチになるはずの相手を横取りしたわけだね。」
「僕のほうがトモダチになるのが早かったんだよ。ただそれだけのことさ。チェレンのほうこそ年下なんだから、その場に一緒にいたんだから、ミジュマルとトモダチになるのは僕だって言ってくれれば良かったのにね。自分の年齢だけ鑑みて、無理に大人ぶっちゃうんだから。」
「そんな彼の性分が分かっていながら、君はしゃあしゃあと本来のトモダチ同士を引き裂いたことには変わりないよ。しかも彼がミジュマルを欲しがっていたのを知らない振りして。」
「でもミジュマルは僕のことが好きなんだろ? キミには聞こえたんだろ?」
 Nは悔しそうに唇を噛みしめている。ミジュマルは嘘をつけない無邪気なトモダチだ。本心からの言葉を聞けてしまうNは、そのトモダチのトモダチの、裏の思惑を告げてあげることすら出来ない。
「そのうち罰が下るよ。」
 Nは忌々しそうにトウヤに予言のように告げる。トウヤは飄々としたままくすりと笑った。
「美しい数式にとやらに拘ってそうな君が、そんな曖昧なそのうちなんて言っちゃっていいの?」
「君はミジュマルの理想のトモダチじゃない。君の真実はとんだ不誠実だ。なら、その数式から導き出せるのは、確固たる自業自得の因果応報だと決まっている。」
 Nはベンチから立ち上がる。そして光の無い目は涙を浮かべて、その水面に街灯からの光の反射を湛えていた。
「この数式は僕が証明しきって、君に解を突きつけてやる。これからも君に関わり続けてやる。僕は君なんか」
「なんだい?」
 トウヤは子どもをあやすように優しく首を傾げて聞いている。よほどチェレンというあの子のことで頭がとろけているのだろうか。ホットケーキの上で蜂蜜とバターが美味しそうに皿に毀れているかのような。そんな甘ったるくも極悪な大人に、Nは自分が久しくなくしていた感情の爆発を、今この瞬間蘇らせた。
 それは確かな因縁だった。トモダチが関わっていなければNにとってはまるで関心のない他人のドロドロの恋物語。
 ニンゲンの恋のダシに幼くて無垢なトモダチが知らず知らずに利用されているならば、自分は断固として見届けて戦わねばならない。
 
「僕は君が、大嫌いだ!」
 
 トウヤはNの叫びが小気味良かった。たぶんチェレンもトウヤに似たり寄ったりなことは思っているのだろう。Nが言った言葉はチェレンに言われたとしてもたぶん気持ちいいのかもしれない。
 自分に向けられる強い気持ちが、歪んだ大人には心地いい。これがチェレンだったらとも思う。
 腐った思いを抱いてトウヤは、チェレンに向けるようにNに優しげな微笑みを浮かべた。





トウヤは微妙なところを狙うせこい大人というおはなし。基本ゲームベースで進みます。
青エク休んで少しずつためこんだものを吐き出してみました。

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HN:
柴仲達
性別:
女性
職業:
会社員
趣味:
読書、二次創作
自己紹介:
忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
柴はツイッターもしています。http://twitter.com/#!/hitsugi12

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