幸福雑音
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☆ss「Esperanza特別編―まむしメデューサ―」蝮柔金
俺は生まれつき馬鹿やった。だから賢そうな奴が苦手やった。単純に勉強が出来る同級の優等生しかり。
親戚筋のいつも取り澄ました冷血女しかり。
俺は馬鹿やったから、そんな苦手な相手を回避するという楽なやり方が出来へんかった。苦手な相手に馬鹿正直に対抗意識を持ち、自らつっかかって、喧嘩ふっかけて自滅してきた。そんな俺に頭だけでなく性格もよう出来た兄ちゃんは、叱らずに不貞腐れそうになった俺を慰めてくれた。ほんでいつも言ってくれたんや。
「馬鹿でも金造のことが好きやで。」
だから俺は馬鹿がひとっつも直らんかった。
さて。
俺こと志摩金造は、実のところ不浄王騒ぎの最初から終わりまでを、全てが終わってから、おとんや兄貴に含むように噛み締めるように言われてやっと理解したクチだった。
馬鹿なんだから仕方ない。周りの騒ぎと指示に浮かされてギャーギャー騒いどっただけの俺は、その騒ぎの裏や前兆すら気づかずに、ただ突っ走っとった。
そして俺にとって宿敵とも言える女が、十年近くも、俺が馬鹿正直に信じてきた全てを疑っていたことも知らなかった。だいたい。人間が十年も同じことを疑い続け、周りを欺き、そして疑いが確信になる証拠らしきものを掴んでしまうやなんて、想像も出来なかった。俺は俺の周りを取り巻く全ての、ふと感じる違和感すらなかったのやから。
一部の人間はあの女を「馬鹿」と囁く。だって、昔の恩師、今ではもう悪意ある元騎士団の人間に騙されたのだからと。
俺はあの女は嫌いやけど、「馬鹿言うなボケ!」と、あの女を馬鹿と蔑む連中に叫び返してしまうと思う。
能天気に「明陀のため」とか「柔兄を支えるんや」とか、ただ単純に従っていた俺自身が恥ずかしいという、そんな裏返しの意味で。
要するに俺は。あの女を嫌っていながら敵視していながら、あいつの一途さや健気さにある種の感動を覚えてしまったアホということを思い知ったというわけや。
俺に事件の全体を教えてくれた柔兄が最後に締めくくるように言った言葉やけど、曰く。
『蝮が一人で抱え込まんで俺を巻き込んでくれたら良かったんや。やけど、そんときの俺ってあいつにとって頼りなかったんやから、仕方なかったかもしれへんな。』
ほんまにそうやと思う。
あの女は柔兄が自分のこと好いてると知っとったんやから。それを敢えて知らん振りしとったんやから。
利用したら良かったんやなかろうか。あいつを騙した恩師は、柔兄にとっても恩師やった。今でこそ落ち着いてあの女が騙されとると判断できる柔兄やけど、昔はかなり血気盛んな男やったから。あの女に身内絡みの深刻な相談をされたら、きっと情にほだされて道連れにされとったのかもしれん。それはそれで明陀にとっては、とくに和尚さまにとっては大打撃を食らっとったかもしれんけど、二人やったらなんかの拍子に軌道修正が出来たんやなかろうか。
どう考えても、あの女は一人で暴走して自爆したようなもんや。
十年近く俺らを騙してきたそんな狡賢さをもうちょい上手く使ってくれりゃあ、痛い目に合わずに済んだのに。たぶん元恩師とやらに一人で暴走するように誘導されたに違いないんやろうけど――。
ほんでもそれもアリやということも俺はわかっとる。あの偏屈で頑なな女は、自分だけが裏切り者になって明陀を救おうとした。ただそのきっかけが悪意ある部外者の言葉やったというのが、全てのあの女の不運の始まりやったというわけや。
なんや。
あの女あの女いうたら、俺もあの女非難しとるみたいやから、ここははっきり言ってみようと思う。
「蝮。お前はほんまにアホや。柔兄に助けられたから良かったけどなあ。落ちぶれまくって今まで袖にしとった男に貰われるしかないなんて、無様やなあ。」
蝮はか細い声で言う。
「それを含めて私への罰なんやろうが。」
蝮は俺に向かって凍るような笑顔を向けてきた。
「あんたからは嫁いびりの罰が下るんやろうな。柔造との結婚そのもんより、そっちの罰のほうがきついかもしれへんな。なんせ、柔造は私のこと好いとるから、罰やいいながら私を幸せにしようとするやろうし。ほんま罰にならへん。」
「ほたえな。このあま。あんた自身も結婚は罰にならん言うたその口で。」
ほんまふてぶてしい口ぶりやな。柔兄の結婚宣言の時のノリで照れてくれりゃあ俺も少しは大人しくしようと思うのに。いや。根が気丈なこの女やから、この後の騎士団からの厳罰に備えて構えとるんやろう。
厳罰……。俺は無い頭で想像してみる。
まずは騎士団から除名されるわなあ。それは蟒が言っとった。そんで二度と祓魔師としての仕事は出来んわ。不可抗力やろうけど、右目は再起不能らしい。しかも女やから顔に残った傷は、ほんまに男じゃ想像出来んくらい世間の風当たりは強いんやろうな。あの裏はえげつないらしい騎士団のことやから、除名したからいうて、それで終わりやないやろう。要注意人物に特定され、なんやかんや干渉されるに決まっとる。まだ蝮の恩師というか、騙した相手はとっ捕まってないらしいし。
先のこと言うたら、能天気に軽く結婚エンドやと揶揄する連中は俺の周りにもおることにはおるけど、十分生き地獄な生活やと思う。まあ。あの優しい柔兄と結婚できるんやから、ええこと悪いこと、とんとんいうてもええんやろうけど。
いや。やっぱり悪いことのほうが多そうやな。
「ほんまアホやお前。」
気の毒に思うのも失礼だと思って、俺はさらに蝮をけなしてもうた。蝮は開き直ったように頷いた。
「私がアホなのは今回で身に染みた。私には柔造も妹も父様も、和尚さまも、明陀のみんなが私の側にいたはずなのに。ほんまボケカスやったわ。」
「ボケカスまでは言うとらへんやろ。お前もしゃあない事情があったんやろうが。それ考慮してやってもはみ出るアホなとこが残っとったから、はみ出た部分だけアホ言うただけや。」
「ええんや。私も自覚しとるんや。私は独りよがりのアホで、騙されるようなボケで、人を信じられんカスやったんや。そんで、藤堂先生いや……藤堂のクソのような悪意ある奴を信じ続けた馬鹿女でもあったんや……。せやけど、そんな救いようがない私のこと柔造は」
「やめんかあ! この色ボケがあ!」
俺はぜえぜえと息をつきながら周りを見回した。
「なあ! 何で誰も俺ら止めへんのん?」
俺はその場にいる全員に呼びかけた。
みんな料理に箸をつけながら歓談していた。ここはとらやの大広間。蝮の処分が決まる前に簡単な結婚祝いとして、とらやの板前さんとか仲居さんが張り切ってくれた結果だけがそこにあった。俺と蝮の言い合い以外は。
柔兄と蝮を中心に勝呂家、志摩家、宝生家、三輪家の主だった現在京都にいる家族らが集まっている。総勢三十人ほどが一つの部屋にいるというのに、花嫁と花婿の弟が言い争うのを止めんとはどういう神経やと。
柔兄はグラスに注がれたビール片手にほろ酔い加減で、近い将来嫁になる女をにこにこと見ているし、俺の親父と蝮のおとうはんは、やっと更正してとらやの女将はんのとこに帰ってきた和尚さまをでれでれと構い倒している。女将はんがひいとるのに気づく様子もない。やっと自分達のとこに帰ってきた友人が余程嬉しかったらしい。坊含めた年下連中は固まって話しとるし。なんかちょっと耳に入ってきたのは、夏休みの宿題がどうのこうのやった。
つまり俺と蝮の喧嘩は、宴会のまったりした空気に溶け込んどったということなんか。いや。青と錦が部屋の隅で背中合わせに立って、ぎっこんばったんなんかやっとるし。大方おとうはんとおかあはんから、この場で騒ぎを起こさんように言いつけられとるんやろ。
そうか。
そんなに問題起こしとうないんかい。姉様のために。今までの幼馴染感覚込みの両家の確執を完全にチャラにするつもりやなこいつら。俺はお前らの大好きな姉様を公衆の面前で貶しとるんやぞ。聞こえとらんのかこら。
しかしその肝心な貶している相手は、素知らぬ顔で俺の言葉を受け止めていた。
「金造。あんたが言うような非難は、他所のもんからも言われると思う。もっと口汚い言葉でな。予行演習にちょうどえかった。」
「いや。あんたはもうすぐうちの身内になる女やから。何も知らん他所もんに指一本指させんわ。」
蝮は最初は声にならずに無音で口を動かすだけやった。その唇が二度三度動くたびになんか言葉らしくなってきて。
「おおきに。」
最後にははっきり俺への感謝の言葉になった。
「……。」
なんか妙に浮き足立った俺がいた。なんか大騒ぎしたい子どもじみた俺が。
俺は深呼吸する。
なんや俺。よう考えたらさっきから他力本願やんか。一人で喧嘩することも、自分で落ち着くことも出来んのかい。常に誰か巻き込みたいんかい。今までのこいつらとの喧嘩みたいに。青や錦が加わって。俺が柔兄をけしかけて。そんで皆でおとんや蟒に怒られて。そんなずっとやってきた繰り返しを。
だけどもうそれも出来んのんかもしれん。
もうただの幼馴染の腐れ縁やない。柔兄とこいつは夫婦になるんやし、こいつは俺にとって新しいお姉ちゃんになってまう。
「なあ申。」
蝮が俺への今になっては悪口になりようもない呼び方で呼ぶ。大人になるいうのはこんなことかなと思った俺は、ひどく穏やかな気持ちだった。
「なんやねん。」
「柔造取ってもうて悪かったな。」
「「「「「「「「「「はっ。」」」」」」」」」」
今まで散々俺らを無視してきた周りの奴らが、ピクリとこっちに注目した。俺はその集中的な視線に怖気が立った。
「……。」
なんやこいつら。
これが地雷やったんかい。俺が爆弾やったんか。今夜はそれをおくびに出さず普通の結婚する兄がいる弟を演じたもんやから、ほっといてもええと思うとったんやろ。
蝮がⅤサインしてウインクしてきた。俺は蝮らしくないその仕草に引きつった笑みを見せながら頷いた。
まさか先に恋敵の兄嫁がこの不自然極まりない空気の原因を察してくれたとは、とんだ笑い話や。しかも兄嫁、いや、新しいお姉ちゃんからネタ振りしてくるとは思わんかった。
「悪かった思うんなら……。今から返してくれても構わんのやで?」
親父と蟒と和尚さまが必死でやめろと身振り手振りで俺に合図しとる。柔兄も蝮の後ろで蝮の肩に手を置いた。蝮はそっけなくその手を振り払う。いつもより優しげな仕草で。
「返さん。」
「返せや。」
俺と蝮は立ち上がって対峙する。周りがざわざわとざわめいて、ほとんどのもんが腰を浮かしていたが、いち早く冷静になった女将はんが、俺らが睨み合っている間にみんなと料理や酒を部屋の隅に避難させていた。
そして部屋の中央には俺と蝮が残された。
「ほんなら、実力で貰おうか? あんたの大好きな兄ちゃん。それなら文句ないやろ。」
「じゃあお前の罰一発目は、俺が勝って結婚式は延期やな。俺の気が済むまで。」
「負けんで申。」
「わかっとるわ蛇女。」
俺は隠し持っていた組み立て式の錫杖の先を蝮に向ける。
「柔造。私の髪の毛解いてんか?」
「こうか?」
「そんで。解いたら一目散に後ろに逃げえ。」
柔兄は蝮の髪の毛を解く。そして後ろの壁に逃げた。
柔兄が逃げるのに後ろを向いていた数秒の間にも、蝮に変化があった。
蝮の髪の毛の一本一本が真っ白い蛇になっていて、蝮の髪の長さをまるで無視して俺に向かって鎌首をもたげていた。
「今まで誰にも見せたことはあらへんけどな。これが私の本気や。」
何万匹の蛇と契約交わしたんや。しかも今までそれを隠しとった。俺なんか最初から問題にならんくらい強いちゅうことかい。
錫杖一本で勝てる気がせえへん。もう笑うしかない。
「あははははは!」
俺は盛大に笑ってアホみたいに蛇の群れに突っ込んだ。そして馬鹿みたいに新しい姉ちゃんに負けるのだった。
新しい姉ちゃんを家族に迎えても、俺の馬鹿は直らない。
SQで柔蝮結婚が決まっても、うちの金造は変わりません。柔兄大好きで柔造狙いのまま蝮を姉に迎えます。Esperanzaは一旦ここで完結かな。まさかこんな終わりになるとは思いませんでした。
親戚筋のいつも取り澄ました冷血女しかり。
俺は馬鹿やったから、そんな苦手な相手を回避するという楽なやり方が出来へんかった。苦手な相手に馬鹿正直に対抗意識を持ち、自らつっかかって、喧嘩ふっかけて自滅してきた。そんな俺に頭だけでなく性格もよう出来た兄ちゃんは、叱らずに不貞腐れそうになった俺を慰めてくれた。ほんでいつも言ってくれたんや。
「馬鹿でも金造のことが好きやで。」
だから俺は馬鹿がひとっつも直らんかった。
さて。
俺こと志摩金造は、実のところ不浄王騒ぎの最初から終わりまでを、全てが終わってから、おとんや兄貴に含むように噛み締めるように言われてやっと理解したクチだった。
馬鹿なんだから仕方ない。周りの騒ぎと指示に浮かされてギャーギャー騒いどっただけの俺は、その騒ぎの裏や前兆すら気づかずに、ただ突っ走っとった。
そして俺にとって宿敵とも言える女が、十年近くも、俺が馬鹿正直に信じてきた全てを疑っていたことも知らなかった。だいたい。人間が十年も同じことを疑い続け、周りを欺き、そして疑いが確信になる証拠らしきものを掴んでしまうやなんて、想像も出来なかった。俺は俺の周りを取り巻く全ての、ふと感じる違和感すらなかったのやから。
一部の人間はあの女を「馬鹿」と囁く。だって、昔の恩師、今ではもう悪意ある元騎士団の人間に騙されたのだからと。
俺はあの女は嫌いやけど、「馬鹿言うなボケ!」と、あの女を馬鹿と蔑む連中に叫び返してしまうと思う。
能天気に「明陀のため」とか「柔兄を支えるんや」とか、ただ単純に従っていた俺自身が恥ずかしいという、そんな裏返しの意味で。
要するに俺は。あの女を嫌っていながら敵視していながら、あいつの一途さや健気さにある種の感動を覚えてしまったアホということを思い知ったというわけや。
俺に事件の全体を教えてくれた柔兄が最後に締めくくるように言った言葉やけど、曰く。
『蝮が一人で抱え込まんで俺を巻き込んでくれたら良かったんや。やけど、そんときの俺ってあいつにとって頼りなかったんやから、仕方なかったかもしれへんな。』
ほんまにそうやと思う。
あの女は柔兄が自分のこと好いてると知っとったんやから。それを敢えて知らん振りしとったんやから。
利用したら良かったんやなかろうか。あいつを騙した恩師は、柔兄にとっても恩師やった。今でこそ落ち着いてあの女が騙されとると判断できる柔兄やけど、昔はかなり血気盛んな男やったから。あの女に身内絡みの深刻な相談をされたら、きっと情にほだされて道連れにされとったのかもしれん。それはそれで明陀にとっては、とくに和尚さまにとっては大打撃を食らっとったかもしれんけど、二人やったらなんかの拍子に軌道修正が出来たんやなかろうか。
どう考えても、あの女は一人で暴走して自爆したようなもんや。
十年近く俺らを騙してきたそんな狡賢さをもうちょい上手く使ってくれりゃあ、痛い目に合わずに済んだのに。たぶん元恩師とやらに一人で暴走するように誘導されたに違いないんやろうけど――。
ほんでもそれもアリやということも俺はわかっとる。あの偏屈で頑なな女は、自分だけが裏切り者になって明陀を救おうとした。ただそのきっかけが悪意ある部外者の言葉やったというのが、全てのあの女の不運の始まりやったというわけや。
なんや。
あの女あの女いうたら、俺もあの女非難しとるみたいやから、ここははっきり言ってみようと思う。
「蝮。お前はほんまにアホや。柔兄に助けられたから良かったけどなあ。落ちぶれまくって今まで袖にしとった男に貰われるしかないなんて、無様やなあ。」
蝮はか細い声で言う。
「それを含めて私への罰なんやろうが。」
蝮は俺に向かって凍るような笑顔を向けてきた。
「あんたからは嫁いびりの罰が下るんやろうな。柔造との結婚そのもんより、そっちの罰のほうがきついかもしれへんな。なんせ、柔造は私のこと好いとるから、罰やいいながら私を幸せにしようとするやろうし。ほんま罰にならへん。」
「ほたえな。このあま。あんた自身も結婚は罰にならん言うたその口で。」
ほんまふてぶてしい口ぶりやな。柔兄の結婚宣言の時のノリで照れてくれりゃあ俺も少しは大人しくしようと思うのに。いや。根が気丈なこの女やから、この後の騎士団からの厳罰に備えて構えとるんやろう。
厳罰……。俺は無い頭で想像してみる。
まずは騎士団から除名されるわなあ。それは蟒が言っとった。そんで二度と祓魔師としての仕事は出来んわ。不可抗力やろうけど、右目は再起不能らしい。しかも女やから顔に残った傷は、ほんまに男じゃ想像出来んくらい世間の風当たりは強いんやろうな。あの裏はえげつないらしい騎士団のことやから、除名したからいうて、それで終わりやないやろう。要注意人物に特定され、なんやかんや干渉されるに決まっとる。まだ蝮の恩師というか、騙した相手はとっ捕まってないらしいし。
先のこと言うたら、能天気に軽く結婚エンドやと揶揄する連中は俺の周りにもおることにはおるけど、十分生き地獄な生活やと思う。まあ。あの優しい柔兄と結婚できるんやから、ええこと悪いこと、とんとんいうてもええんやろうけど。
いや。やっぱり悪いことのほうが多そうやな。
「ほんまアホやお前。」
気の毒に思うのも失礼だと思って、俺はさらに蝮をけなしてもうた。蝮は開き直ったように頷いた。
「私がアホなのは今回で身に染みた。私には柔造も妹も父様も、和尚さまも、明陀のみんなが私の側にいたはずなのに。ほんまボケカスやったわ。」
「ボケカスまでは言うとらへんやろ。お前もしゃあない事情があったんやろうが。それ考慮してやってもはみ出るアホなとこが残っとったから、はみ出た部分だけアホ言うただけや。」
「ええんや。私も自覚しとるんや。私は独りよがりのアホで、騙されるようなボケで、人を信じられんカスやったんや。そんで、藤堂先生いや……藤堂のクソのような悪意ある奴を信じ続けた馬鹿女でもあったんや……。せやけど、そんな救いようがない私のこと柔造は」
「やめんかあ! この色ボケがあ!」
俺はぜえぜえと息をつきながら周りを見回した。
「なあ! 何で誰も俺ら止めへんのん?」
俺はその場にいる全員に呼びかけた。
みんな料理に箸をつけながら歓談していた。ここはとらやの大広間。蝮の処分が決まる前に簡単な結婚祝いとして、とらやの板前さんとか仲居さんが張り切ってくれた結果だけがそこにあった。俺と蝮の言い合い以外は。
柔兄と蝮を中心に勝呂家、志摩家、宝生家、三輪家の主だった現在京都にいる家族らが集まっている。総勢三十人ほどが一つの部屋にいるというのに、花嫁と花婿の弟が言い争うのを止めんとはどういう神経やと。
柔兄はグラスに注がれたビール片手にほろ酔い加減で、近い将来嫁になる女をにこにこと見ているし、俺の親父と蝮のおとうはんは、やっと更正してとらやの女将はんのとこに帰ってきた和尚さまをでれでれと構い倒している。女将はんがひいとるのに気づく様子もない。やっと自分達のとこに帰ってきた友人が余程嬉しかったらしい。坊含めた年下連中は固まって話しとるし。なんかちょっと耳に入ってきたのは、夏休みの宿題がどうのこうのやった。
つまり俺と蝮の喧嘩は、宴会のまったりした空気に溶け込んどったということなんか。いや。青と錦が部屋の隅で背中合わせに立って、ぎっこんばったんなんかやっとるし。大方おとうはんとおかあはんから、この場で騒ぎを起こさんように言いつけられとるんやろ。
そうか。
そんなに問題起こしとうないんかい。姉様のために。今までの幼馴染感覚込みの両家の確執を完全にチャラにするつもりやなこいつら。俺はお前らの大好きな姉様を公衆の面前で貶しとるんやぞ。聞こえとらんのかこら。
しかしその肝心な貶している相手は、素知らぬ顔で俺の言葉を受け止めていた。
「金造。あんたが言うような非難は、他所のもんからも言われると思う。もっと口汚い言葉でな。予行演習にちょうどえかった。」
「いや。あんたはもうすぐうちの身内になる女やから。何も知らん他所もんに指一本指させんわ。」
蝮は最初は声にならずに無音で口を動かすだけやった。その唇が二度三度動くたびになんか言葉らしくなってきて。
「おおきに。」
最後にははっきり俺への感謝の言葉になった。
「……。」
なんか妙に浮き足立った俺がいた。なんか大騒ぎしたい子どもじみた俺が。
俺は深呼吸する。
なんや俺。よう考えたらさっきから他力本願やんか。一人で喧嘩することも、自分で落ち着くことも出来んのかい。常に誰か巻き込みたいんかい。今までのこいつらとの喧嘩みたいに。青や錦が加わって。俺が柔兄をけしかけて。そんで皆でおとんや蟒に怒られて。そんなずっとやってきた繰り返しを。
だけどもうそれも出来んのんかもしれん。
もうただの幼馴染の腐れ縁やない。柔兄とこいつは夫婦になるんやし、こいつは俺にとって新しいお姉ちゃんになってまう。
「なあ申。」
蝮が俺への今になっては悪口になりようもない呼び方で呼ぶ。大人になるいうのはこんなことかなと思った俺は、ひどく穏やかな気持ちだった。
「なんやねん。」
「柔造取ってもうて悪かったな。」
「「「「「「「「「「はっ。」」」」」」」」」」
今まで散々俺らを無視してきた周りの奴らが、ピクリとこっちに注目した。俺はその集中的な視線に怖気が立った。
「……。」
なんやこいつら。
これが地雷やったんかい。俺が爆弾やったんか。今夜はそれをおくびに出さず普通の結婚する兄がいる弟を演じたもんやから、ほっといてもええと思うとったんやろ。
蝮がⅤサインしてウインクしてきた。俺は蝮らしくないその仕草に引きつった笑みを見せながら頷いた。
まさか先に恋敵の兄嫁がこの不自然極まりない空気の原因を察してくれたとは、とんだ笑い話や。しかも兄嫁、いや、新しいお姉ちゃんからネタ振りしてくるとは思わんかった。
「悪かった思うんなら……。今から返してくれても構わんのやで?」
親父と蟒と和尚さまが必死でやめろと身振り手振りで俺に合図しとる。柔兄も蝮の後ろで蝮の肩に手を置いた。蝮はそっけなくその手を振り払う。いつもより優しげな仕草で。
「返さん。」
「返せや。」
俺と蝮は立ち上がって対峙する。周りがざわざわとざわめいて、ほとんどのもんが腰を浮かしていたが、いち早く冷静になった女将はんが、俺らが睨み合っている間にみんなと料理や酒を部屋の隅に避難させていた。
そして部屋の中央には俺と蝮が残された。
「ほんなら、実力で貰おうか? あんたの大好きな兄ちゃん。それなら文句ないやろ。」
「じゃあお前の罰一発目は、俺が勝って結婚式は延期やな。俺の気が済むまで。」
「負けんで申。」
「わかっとるわ蛇女。」
俺は隠し持っていた組み立て式の錫杖の先を蝮に向ける。
「柔造。私の髪の毛解いてんか?」
「こうか?」
「そんで。解いたら一目散に後ろに逃げえ。」
柔兄は蝮の髪の毛を解く。そして後ろの壁に逃げた。
柔兄が逃げるのに後ろを向いていた数秒の間にも、蝮に変化があった。
蝮の髪の毛の一本一本が真っ白い蛇になっていて、蝮の髪の長さをまるで無視して俺に向かって鎌首をもたげていた。
「今まで誰にも見せたことはあらへんけどな。これが私の本気や。」
何万匹の蛇と契約交わしたんや。しかも今までそれを隠しとった。俺なんか最初から問題にならんくらい強いちゅうことかい。
錫杖一本で勝てる気がせえへん。もう笑うしかない。
「あははははは!」
俺は盛大に笑ってアホみたいに蛇の群れに突っ込んだ。そして馬鹿みたいに新しい姉ちゃんに負けるのだった。
新しい姉ちゃんを家族に迎えても、俺の馬鹿は直らない。
SQで柔蝮結婚が決まっても、うちの金造は変わりません。柔兄大好きで柔造狙いのまま蝮を姉に迎えます。Esperanzaは一旦ここで完結かな。まさかこんな終わりになるとは思いませんでした。
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