幸福雑音
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☆ss「ロマンス」雪燐 「アラベスク」の続き 子ども生まれてます
窓から外を見下ろしていた雪男は、一台のタクシーがアパートの前に止まるのを見た。ドアを開けて出てきたのは、長いこと会えなかった双子の兄だった。思わず部屋を飛び出していこうとする足を、必死で留める。アパートの階段を上がってくる足音に合わせて、動悸が激しくなる。
「ただいま……」
これが五年越しの再会になるとは思わなかった。燐は疲れた表情でおはようと雪男に言う。そんな声音が昔より大人びているというか、掠れたように聞こえた。
「悪かったな。急に呼び出しちまって。」
「兄さん気にしないでよ。この辺で頼れる身内は僕しかいないんだから。志摩君は実家は京都だし。」
そんなことを言っていながら、五年間連絡も取ることもなく、顔も合わせることも無かった兄弟が今、ここで同じ空間に立っている。
とはいえ、その内の三年間はお互いに正十字騎士団の監視下に置かれ、逢うに逢えない状況だった。そしてそのあとの二年も、逢えるような状況に互いが持っていけなかった。
燐はどうだか分からないが雪男にしてみれば、逢わないことである意味自分の安定を保っていた節もある。逢ってしまえば、また心が走り出してしまいそうで怖かった。一晩中燐の子供たちと一緒にいて、何もなく一夜を明かせたものだと、雪男は自分自身の自制心が少しは残っていたことに安堵している。
「雪男。ちび達に会ったか?」
「爛君のほうとは少し話したよ。礼儀正しい子だね。」
「あれで結構、気は強いんだぜ。」
「お母さんの気性が気性だからね。」
「いや。俺のとはちょっと違うような気がする……。」
燐は雪男の目を見上げてそう言った。
「なんだか、親父が死んでからのお前に似ている気がする。」
「父さんが死んだあとの僕?」
意識していたつもりは無いが、雪男は尋ね返した自分の口調を異様に冷たいように感じた。燐は口ごもる。
「俺、ちょっと寝不足だから……。なんか変なこと言っちゃってるかな。せっかく会えたのに。変なこと言ってごめん。」
「兄さん。父さんが死んだあとの僕って、どういうふうに見えてたの? 知りたいなあ。」
「その前に飯でも食おう。用意するから。」
* * *
それでも話の続きを燐はなかなか切り出してこなかった。食事を作ったあとには子ども達が起きてきて、食事を終えた後には、手術後の志摩の為に燐は着替えやらの荷物を持っていかなければならなかったせいもある。(廉造はやはり急性の虫垂炎だったと燐は言った。)
昼食の後に暫く遊んでいた子ども達は疲れたのか昼寝を始めて、また兄弟二人で向き合うことになった。
「朝の話なんだけど――。」
お茶を淹れる燐に対して、雪男は早速切り出した。燐はなんとなく気まずそうに笑って、もういいじゃねえか、そのことは、と言って誤魔化し始めた。
「廉造が病院に運ばれて……俺がちょっとパニくっただけだよ。深い意味は無いぜ。」
「でも爛君が僕に似ているって思ってるのは事実でしょう? 僕は兄さんがどうしてそう思うのかが知りたい。」
雪男と爛に今まで繋がりはなかった。雪男のことは自分と違って優秀な弟だとしか、この兄は話していないだろう。志摩にしても自分の妻が悪魔だと子どもに打ち明けても、その弟が同じように、悪魔と化して世界を滅ぼしかけた過去を話すようなことはたぶん、していないのではと雪男は考えた。話したとしても、四歳児の頭で理解できるものではないだろう。少なくとも昨夜話した爛からは、自分が怖いおじさんだと思われているような雰囲気は感じなかった。
「なんかそういえば、お前が俺のことどう思ってるか分かるかなって、思っただけだよ。」
兄には珍しく、人の反応を遠まわしに窺うようなことを言ったというわけか。珍しくとも違うかもしれない。五年の間に知恵をつけてしまったということか。でもどこかぎこちなくて上手とは言えない。
「僕が兄さんのことどう思ってるかだって? そんなのは五年前どころか、そのずっと前から決まっているのに。」
「今でも俺のこと、好きか? 嫌いになんかなってないよな? 俺はお前にひどいことしたから。お前が悪魔落ちして、ずっと逢えなくて。ずっと訊けなかった。」
「嫌うことはないけど。ちょっと今でも怒ってるかな。」
雪男は燐の両肩を掴む。燐はされるがままに雪男の胸に引き寄せられる。
「どうして僕じゃないんだって、苦しんだよ。例え兄さんの口からその理由を聞いたとしても、僕は一生納得しない。どれだけ志摩君が覚悟の程を見せたって、それで僕の心を変えることは出来ないってこと、覚えといて。そしてそれは、兄さんの胸にだけ留めといて。志摩君にだって、フェレス卿にだって、しえみさんにだって、誰にも話しちゃ駄目。」
まるで呪詛だと雪男は自分を嗤った。こうまでして復讐めいた言葉まで言って、兄の心に自分の存在を刻み付けたいのかと。でもそんなことすら五年前は出来なかった。だから悪魔の側に落ちた。
「兄さん。好きだ。愛してる。」
雪男の腕の中で燐は俺も好きだと答えた。
不倫オチじゃありません。でもたぶん雪男は志摩が退院するまで仕事を休んで、燐の家に泊まりこみます。
同じアパートに住んでいるはずのフェレス卿がまだ登場できません。
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絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
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