幸福雑音
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☆ss「スリラー」雪男とシュラ 獅燐、雪燐、獅シュラ前提
ある夜。雪男が兄に内緒でシュラを呼びだした場所は――。
「もんじゃ屋から随分とランクアップしたようだにゃあ。」
「お気に召しませんか?」
「いいや。豪華なフレンチは女の大好物さ。しかも十五歳の男の子が背伸びして頑張ったなら尚更ねえ?」
「日頃が質素なものでそう思われたのかもしれませんが、まあささやかな僕の気持ちだと思って下さい。シュラさん。」
あつらえたような御揃い加減の漆黒のスーツ姿の男女が、黒いテーブルクロスの豪奢な席に着く。シャンパンカラーの内装は、天井から吊るされたシャンデリアの照明に照らされて、温かみのある落ち着いた空間を作り出していた。
まさかその空間にいる漆黒の男女が、十五歳の少年祓魔師と魔剣を操る女剣豪だとは誰も思うまい。
いつもはほとんど胸のトップと三角地帯しか隠していないだろうというような、露出度の高い軽薄そうな姿形のシュラが、きっちりとスーツを着込んでいる。いつもならざっくばらんにポニーテールにしている髪も、きちんと結い上げていた。
雪男は雪男でスーツを着込んでしまえば、持ち前の長身と落ち着いた所作の所為か、これが高校生になったばかりの少年とは思えない風貌になっていた。
一言でいえば絵になる二人である。しかしその実体は、あるときは腹に一物を互いに抱えた狐と狸のばかし合い、あるときはハブとマングースの喧嘩上等である。
しかし今は優雅にお互いに杯を傾ける。
「僕は未成年なのでミネラルウォーターで。」
「言わなきゃわかんねーのによう。お前水で乾杯するつもりかよ。」
「ジュースで乾杯するのと、どっちが子どもっぽいですかね。」
会話は他の客に聞こえていないと踏んでいるせいで、いつもどおりのぞんざいさだった。
一人だけで呑むのはつまらねえんだよと言っていたシュラだが、料理が運ばれてくるとそれなりに和やかに会話を進めてくる。
「いやあ。お姉さんはこんなお店で、雪男ちゃんに奢って貰える日が来るなんて思わなかったよ。しかもこんなに早く……。」
シュラはわざとらしく新品のレースのハンカチを取り出し、目尻を拭う振りをする。付け焼刃な淑女さ加減に雪男は呆れるが、これに乗らなかったら自分の負けだと思い、白々しくも言葉を返す。
「先輩孝行でしょうかね。って貴女もう、酔っ払ってるんですか?」
「私がそう簡単に酔うわけないんだにゃ。」
「シャンパンってビールやワインの感覚で呑むと回るのが早いそうですよ。」
「ほへえ。未成年で呑まないって言いながら、詳しいんだな? そこまでお姉さんに酔っ払って欲しい?」
やらしいと言ってシュラは黒いスーツに包まれた豊満な胸を両手で庇う。流石の雪男もこめかみがひくつく。
雪男は手を伸ばすと、シュラの側に置いてあったシャンパンのボトルを掴んで、空になった自分のグラスに注いだ。
「じゃあ僕のほうが先に酔っ払ってしまいましょうか。貴女の面倒を見るのはまっぴらですから。」
そう言うと雪男はグラスを煽る。シュラはアラアラと含んだような笑みを浮かべた。
「いっちょまえに。そのスーツも昨日今日で用意したもんでもあるまいに。」
「似合ってませんか?」
「いや。似合ってるけど。職業高校生で祓魔師のクセに。」
雪男はシュラに皮肉げな笑みを見せる。
「祓魔師って、基本的に請負業でしょう?」
「まあ改めて言われてみればねえ……」
依頼が無ければ、開店休業状態になるのも致し方ない。一般には悪魔という存在は未だにオカルトめいているからだ。やはり口コミでの評判に頼るほかない。
「働きによっては気に入られて付き合いなんかが発生するわけです。」
「高校生にさせるなよ。そんなこと。」
雪男はシュラが言ったにしては珍しく常識的だなと心中で呟く。でもそれで苦労していると思われるのも癪だ。雪男はさらに畳み掛ける。
「僕が今着ているこの服はつまり、任務外の営業用というわけです。」
シュラの口元が引きつる。
「お前にとっちゃ祓魔師は使命でやってんじゃなく、ビジネスってわけかい。」
雪男はやんわりとした声音と口調でありながら、しかし即答する。
「はい。僕の使命は『兄さんを守ること』ですから。『祓魔師であること』も使命にしてしまうわけにはいかないんです。両立しようがないですからね。」
「はあ……。雪男ちゃんも大事なことを取捨選択出来る大人になったわけか。でもねえ――。」
シュラは真剣な眼差しで雪男を射抜かんとする。
「そうやって、何かをビジネスって言い切ればカッコいいと思うのは、子どもの理屈で言葉遊びだかんな。覚えとけよ。」
「……。」
「にゃーんてな。」
シュラはすぐにいつもの調子に戻った。三種盛り合わせの料理をぐさぐさとフォークで突き刺して、まとめて口に放り込む。飲み込んだあとに続けた。
「何年も祓魔師の認定試験ばっくれて、モラトリアムの長かった私に言われたくないよなあ。」
「そうですね。で、僕は真面目に営業しています。カッコいいとかは二の次です。」
「気張るなよ十五歳。私はどうせマックでも奢られりゃあ嬉しい女だ。」
「その割にはさっきからシャンパン何本も開けてますよね? それって全部勘定に入るんですけど。」
「ここで学ぶことは――。誰か特定の気に入らない奴に対して見栄を張ると、しっぺ返しを食らうよってことで。君の組んだ予算外のシャンパン代は授業料ってこと。」
まあいいですけどと雪男は返して、シュラの手から注がれた自分のシャンパンを煽った。だんだんここが高級なフレンチレストランであることの意味がなくなってきた。シュラははいしゃいでいるし、雪男は雪男で目が据わっている。こんな雰囲気をぶち壊すような客は、外に放り出されてもいいはずなのに、傍から見ればまだ優雅に談笑しているように見えるのだろうか。まだ周囲からはそう見えているらしい。
「そうだ。こんな時だからこそ告白大会しないかにゃ?」
「告白大会ぃ?」
「互いの恥ずかしい秘密や初恋の相手、そして人生危機一髪エピソードなどを告白しあうにゃ。まず雪男ちゃんからっ。」
「言いだしっぺの法則を知らないんですか? いいですよ……。僕は初恋は………ですしい。恥ずかしい秘密なんてないですけど。危機一髪は………アレかなあ。」
「お? あるの?」
普通ならそんなシュラの挑発には乗らないはずの雪男だが、シャンパンのアルコールのせいで頭の抑制が利いていないらしい。
「アレは、僕達が小学校に入ったばかりの頃でした。兄は幼稚園の頃から周囲から化け物だと疎まれがちでしたが、それは小学生になっても変わりませんでした。むしろ……世界が広がって悪化したかな? そのちょっと前から、僕は兄さんのそんな状況を父さんから説明されて、つまり兄がサタンの息子だという秘密を打ち明けられていたので、それを知らずに苦しんでいる兄さんの姿や、それでも精一杯に普通の子として育てようとする父さんの姿を傍らで見る日々でした。」
「ふむふむ。」
「僕はその前まで、自分の受けた魔障と、周囲からのからかいやいじめに怯えながら、まあ臆病で控えめな子どもで、やんちゃな兄に守られてばかりの存在でした。そんな僕が兄さんを守るという使命を持って、変わりたいと決意したのです。今でも思いますよ。自分で自分を健気だったと。」
「今じゃ草臥れたビジネスマンだもんなあ。」
雪男の語り口がだんだん重くなってきたので、シュラは軽く茶々を入れた。
「でも健気さだけじゃ、弱虫だった僕がここまで変われたと思いますか?」
シュラに語っていることを思い出した雪男は、シュラに問いかける。
「なんかあったのかにゃ?」
今までの前振りは、お約束のような雪男が祓魔師を目指した経緯である。シュラだって涙は流さないだろうが共感するエピソードだろう。
「小学校に入った当時のことは言いましたよね。兄は相変わらず三日にいっぺんは問題を起こしてました。そして父はその都度叱ったり宥めたりしてました。」
「そんな律儀なことしてたんか。あの生臭坊主。」
「でもその日はタイミングが悪くて、珍しく兄が素直に何回も謝っているのに、父はらしくなく兄を許さなかったんです。」
「藤本も人間だからな。」
「そうです。普通の親だって、気分だけで子どもに八つ当たりみたいな叱り方をしてしまうこともあります。今思えば祓魔師の仕事で後味の悪いことでもあったのかもしれません。兄はもともと気が短い性質ですから、父に縋って謝り倒します。僕はそれを影で見ながら、父さん早く、兄さんを許してあげてと、心の中で叫んでいました。そしてそれが起こったんです。」
いよいよ雪男の告白が核心に迫る。
「兄はままならない父の心に絶望したのか、父に向かって叫びました。」
『お父さんなんか、もういいよっ。』
「父は兄のほうを振り向いて、身体を震わせて涙交じりに父を見る兄の言葉を聞きました。」
シュラはなんだよと消え入りそうな声で問いかける。雪男は当時の燐に似ても似つかない口調で、その時の燐の言葉を一言一句違わず、記憶に留めているそのままを言った。
「俺、本当のお父さんのところに行くから!」
「きゃあああああああ!」
シュラの悲鳴が高級レストランのホール全体に響く。雪男はシャンデリアの光を眼鏡に反射させながら、指を組んで肘をついていた。
「実の親に育てられていない子どもなら、一度は告げてしまうかもしれない言葉じゃないですか。僕たちは母は死んだと聞かされましたが、父親については言葉を濁されるばかりだったんです。本当の父親というのは、藤本獅郎にとってはとてつもない地雷だったんだ。考えてみてくれよ。――僕たちの父親は、あのサタンだよ。」
「わあ。私ちょっと背筋凍ったよ。酔いが覚めたよ。」
雪男は天敵のシュラが狼狽する様を見ても愉快な気分になれない。当時の自分はあのとき、どんな行動を取ったのか記憶にないが、とにかく気がつけば燐と獅郎を正座させて説教して、無理矢理仲直りさせたようだ。
その場に雪男がいなければ、獅郎は身体を乗っ取られて、燐はゲヘナに連れさらわれたことだろう。記憶に残る獅郎の青ざめた顔を思い出した雪男も、顔面蒼白になってかすかに震えている。シュラと雪男の二人分の震えでテーブルやグラスがカタカタと鳴っている。
「私もっとあの頃、藤本の言葉を好意的に取っていれば……。お前一人だけにそんな怖い思いさせずに済んだのかな?」
「済んだことは、済んだことですから。結局は父さんは七年後に――。」
「言うなっ。ごめんよう。雪男――。私、獅郎が燐に入れ込むもんだから、しかもサタンの息子だから色々許せなかったんだ。」
「やっぱりそうだったのですね。シュラさん。僕だって、兄さんと父さんの行き過ぎた痴話喧嘩をいつも苦々しく思ってましたから。でもそんな二人の間で上手く立ち回らなくてはならない自分を、偽善者だって認めてましたから。認めなきゃ強くなれなかったし。」
「うおおおおお。ゆきお!」
「シュラさあああああん。」
二人はひっしと抱き合う。ずっと偽善者として振舞った者と、今まで偽善者になれかった者。けして交わることのない線が、どんな悪魔の計らいか分からないが、その時交わった。
そのあとシュラは自発的に勘定の半分を引き受けたそうである。
ちょっと早いけど背筋が涼しくなるネタです。うちの雪男とシュラは絶対付き合うことなんて無いと思います。
でも腐れ縁の悪友にはなりそうです。
高級レストランとは縁が無いくせに、ぐぐりながらあーじゃねえこーじゃねえと店に難癖付けながら調べていました。
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忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
柴はツイッターもしています。http://twitter.com/#!/hitsugi12
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