幸福雑音
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☆ss「Esperanza-まむしスネーク-」 柔金だが金造片思いで、ちょっと柔蝮風味
大学を出て、柔兄はやっと車を買った。人生初めての車なのに、仕事やおとん送り迎えの関係で、しょっぱなから何やらおっさん臭い普通車という事態になってもうたけど。
「別に金造がそないに不満顔せんでもええやろ。むしろ初めての車なのに、普通車なんて贅沢すぎるくらいやわ。」
「せやかておっさん臭い車やわあ。柔兄ならもっとカッコいい車のほうが似合うのに。」
そう言いながらも俺は実直そうな柔兄に、件の車は案外似合ってるかもしれんと思った。運転手であることが前提でなければ、もっと素直にこの新車を弟としては喜べた。
「まあ俺個人はそないに車乗ることはあらへんけどな。親父に頼まれた時の運転手役ぐらいやな。」
ほんまに柔兄は若い男にしては変わってはる。普通は車を買うたら、乗り回すんちゃうやろうか。でも柔兄らしい台詞といえばらしい。何せ趣味が山篭りと称したキャンプだし。あれ? キャンプが趣味やったら、余計に乗り回す機会があるんとちゃうやろうか。いや。柔兄は確かキャンプ場には電車を使って行っていた。根っからの修行者体質が染み付いとる。
「まあええわ。ほんなら乗る時には声かけてや。俺、柔兄の運転見てみたい。」
「ええよ。親父の頼みがない時にいっぺんくらいは乗せたるわ。」
そのときの俺は、この車が引き起こした俺的な転機を予測しようがなかった。
* * *
運転席の柔兄が携帯を出してちらりと着信を見る。助手席ではなく後部席から俺は柔兄の後ろ頭を見ていた。
「もうそろそろやと思うんやけどなあ。」
京都のホテルの近くの駐車場。そこで俺たち兄弟はいけすかない奴を待つことになった。
「なんで蝮の迎えに俺達が行かなきゃならないんや。」
「しゃあないやろ。あいつのお父はんの頼みなんやから。」
「だったらあのおやっさんが行けば済みなんちゃうん?」
「あの人免許持っとらへんし。それに
あの人が言うにはな、他所のお嬢さんは彼氏に迎えに来てもろうとんのに、うちの娘だけ親が迎えに来るのは不憫過ぎるいうてなあ。」
「親心の方向性が間違っとるやろ!」
厳しそうに見えて実はかなり娘を甘やかしとるやろうが! 友達出来んのも彼氏出来んのもあいつの責任やろっ。
柔兄はいつものラフな私服と違って、余所行きとはいかない程度にワイシャツにネクタイという少々気合の入った格好をしている。俺は高校の制服のカッターシャツとスラックス。いや、別に俺の格好はええんやけど。柔兄は宝生のおやっさんの頼みに気を遣うて、それなりにきちんとしてきている。宝生のおやっさんの頼みと言うのが、娘の蝮が通っている大学のイベントがホテルであるので、その迎えに行って欲しいと言うのだ。
俺は柔兄に先日言った通り、車を出そうとする柔兄にくっついて来たわけや。柔兄は他所の人に頼まれた言うたけど、俺はほぼ無理矢理ついてきた。そしてその他所の人というが、宝生さん家だったんやけど。
柔兄は宝生のおやっさんから、柔兄にどうして迎えに行って欲しいかの理由は聞いて納得しているので、それほどまでに不満や愚痴を口に出さない。というか、別に不満や愚痴も無いんやろうけど。頼まれれば素直にええよと言う人やから。
俺としては、志摩と宝生は不倶戴天の犬猿の仲ちゃうんかとか、あの蝮のことだから文句はあっても有難うやおおきにの一つもきっと無いんやとか、ついて来てなんだが不満だらけの愚痴だらけやった。
俺が横でわあわあ言うても、今回の柔兄はつられなかった。
柔兄が携帯をちらっと見る。
「イベント言うて、そんなに定時で終わらんのとちゃう? そこまでこまめに気にせんでも……。」
「こんなことでも無いと、蝮の奴が俺にメールしてくることなんか無いからな。」
「なんやそれ。」
俺は助手席の背もたれから顔を乗り出した。
「メール来て欲しいん? あの女から?」
柔兄は驚いたように俺を振り向く。
「え? 俺変なこと言うたか?」
「十分変やがな。柔兄あの女苦手やなかったんか?」
俺自身はそうでもないと柔兄はぼそっと呟く。
「あっちが俺を嫌っとんや。」
俺にとっては青天の霹靂な言葉やった。頭がくらくらする。
そんな俺を知らぬげに柔兄はとうとうと語りだした。
「お互いに跡取り同士やし、あいつは俺に対して張り合っとるだけかもしれへん。せやけどな、明陀が正十字騎士団に所属するって決まった当時、あいつ何気に十代の華の時期やったんや。それなのに東京の名門校に行くために必死に勉強して、学校に入っても祓魔師になるために勉強漬けで、それやから友達も男も出来んかったと思うと。なんか俺としても不憫に思っとったんや。」
「そんなんは、柔兄もおんなじやろ。」
「俺は……。やけど、あいつは不器用やったから。ずっと俺それ見とったから。」
柔兄の横顔は今まで見たことのないような表情を浮かべていた。そんな顔する柔兄なんて俺は知らない。しかも天敵やと思っていた蝮のことで。
「あいつはな、休日に雨が降ってたらな、日がな一日ずっと蛇と一緒に雨を見とんや。」
それがどうしたというんや。
「たぶんあいつにとって人付き合い言うのは疲れるんやろ。ほんでもあいつは寂しがりやから、誰かが後ろで見といてやらんと。」
「柔兄はあいつをほっとけんのか。」
「そやな。ほっとけん。」
柔兄はどっか分からんところを見ているような目でそう言った。俺の気持ちも知らずに。柔兄が東京に行っていた三年間。俺かて寂しかったのに。柔兄はその間ずっと蝮のことばかり気にしとった言うんか。そして今だって気にし続けてそんな目をする。せめてそんな柔兄の心配性が、ただの惰性だったらいいのに。だけどどうやら、そういうわけにはいかんようやな。
俺は後部座席のシートに身体を預けた。俺だって柔兄のことが好きなのに。どうして柔兄のことを何とも思ってない女に嫉妬せなあかんのや。好きで好きで堪らへんのに、こっちは兄弟やから口に出せへんのに。世の中不公平や。
俺が泣きそうな顔してるのに、柔兄はまた携帯の着信を気にしている。(そないなみっともない顔見られとうないから、バックミラーに写らんように座る位置を変えた俺も俺やけど。)
「あ。蝮からや。」
ホテルの入り口前まで柔兄は車を移動させる。中からおめかしした女子大生が出て来て色めき立っている。
「うわあ。車? 彼氏?」
車の中からでも女子大生の声が聞こえてくる。蝮が首を横に振っているのが見えた。
「蝮。」
柔兄は蝮に手を振ると運転席から出て助手席のドアを開けて蝮を迎え入れる。その時の蝮の顔はムッと怒っているようでいて、悪目立ちっぽくなっている自分が恥ずかしいというような、どっちつかずな表情だった。
「父様、変な気ぃ遣い過ぎや……。」
ぼそっと蝮が呟く。不本意ながら俺は蝮と同じ意見やった。この女の性格なら、別に世間並みに彼氏のお迎えが無いという劣等感に駆られるはずないのに。柔兄は非の打ち所の無いエスコートを遂行してどこか安堵を浮かべている。それがちらりとバックミラーに写った。ほんまこの人は蝮のことほっとけんのやろうな。
「どうしての父様の頼みごとを断らなかったん? 志摩の跡取りが、宝生の長女の世話を焼く義理はあらへんやろ。」
「まあええやん。俺とお前の付き合いやし。」
「なんやそれ。」
蝮の捻くれた言葉にも柔兄は笑顔を崩さんかった。横にいる少し気合を入れて着飾った蝮をチラチラと見ている。もう、なんだか、そんな柔兄の後姿とかバックミラーに写る姿を見ていたら、本当に今すぐこの後部座席のドアから飛び出したくなる。危ないし死にたくないからせえへんけど。
車は宝生の家の門で止まる。蝮は黙って自分でドアを開けた。柔兄がおやすみと言ったとき蝮は振り向いたけど、すぐにツンとそっぽを向いて玄関の中に消えていく。柔兄は不必要なくらい長い時間、その後姿を見送っていた。
* * *
次の日、志摩の家の前に蝮がいた。蛇やないよ。蛇のような顔の女やけど。
柔兄はおとんを勝呂の本家に送っているのでいない。蝮は柔兄の車が無いのを見て、すぐに引き返そうとしている。俺はたまたま庭にいて姿を見てもうたから、引き止めんわけにもいかんかった。
「なんや。蝮、なんか用か?」
「お前相変わらず年上を呼び捨てにしよってからに。」
「お前が柔兄のこと柔造さん呼ぶようになったら、俺も蝮さん呼んだるわ。」
「態度のデカイ申やな。まあええわ。お礼言うにも手土産持ってこんかったし。」
「お礼?」
俺は自分で顔をしかめているのがよう分かった。蝮は気まずそうに頭を下げる。
「昨日は、おおきに……。昨日は言わんかったから、柔造気ぃ悪うしてなかった?」
「別のそないことなかったで。」
蝮はどこかほっとしたような顔をする。
「それならええんやけど。」
ほなと言って蝮は元来た道を戻って行く。本当に不器用な女やと思った。うっかり俺に柔兄への言付けを忘れてるし。
「そないなことなんやな。」
だから柔兄がほっとかない。あの女が柔兄を何とも思ってなくても、柔兄がほっとかない何かを感じてしまう。
それって俺が完全に負けとるいうことやないか。俺が幾ら好きでもいつまで経っても柔兄は気付かへん。なんで俺は柔兄の気持ちに気づいてしもうたんやろ。
「あーどうしたらええんや。頼まれんかったからって、蝮が礼を言いに来たこと柔兄には内緒にしとこうかな――? ……やっぱそれはあかん。」
それでは余計に負ける気がした。
本当に予告詐欺ですみません。ネタというのは突然舞い降りるもんでして。
他キャラでも「同タイトルー名前○○ー」でシリーズ化するかもしれません。
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忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
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