幸福雑音
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☆ss「最終鬼畜朴朔子」勝燐+朴 リクエスト前哨戦
けいりんさんのリクエストで、「意外ともてる燐で勝燐」の前哨戦です。まだこれが本チャンではありません。肩慣らしというか、狼煙です。
笑顔の良い人間は、ひょっとしたらとてつもない悪を孕んだ人間かもしれない。人に見せる笑顔に長けているということは、他人を信用させることにも長けているということだ。彼女はすこぶる良い笑顔とそれに感じ良さも兼ね備えた少女だった。
そんな彼女こと、朴朔子は彼、奥村燐を見て「惜しい」と強く思う。
誰よりも善良で素直で優しくて真っ直ぐな彼のことを。彼はとにかく不器用で要領が悪いのだ。でも朴からすればそれは、彼を厭う理由にはならない。寧ろ彼の性別が女ならば、朴にとって彼は恋愛対象にもなっただろう。
朴は実は女好きだった。
しかも一般的に面倒臭いと言われる物件にほど食指が動く。
「小学校の頃から出雲ちゃん一筋だった私だけど。」
いや。それは嘘かもしれない。寧ろ一筋だったのは出雲のほうで、別出版社の昔の漫画の主人公のように節操がないのが朴だった。
脱線してしまった。彼の話に戻ろう。彼はけして器量が悪いわけでもない。性格は前述したとおり、申し分ない。正十字学園での素行はそれほど悪くない。成績は悪いが。しかし彼の弟に目を惹かれる女子たちは口を揃えて言う。
『奥村君のお兄さんって……不良っぽいから怖い。あんまり近づきたくない。』
何を言ってるんだと、笑顔は崩さないままでも朴はこめかみがひくついてしまう。近づいて見ないから、あの天然記念物的な魅力が見えないんだと。
まあ、先のようなことを言う彼女達の事情も鑑みなければいけない。彼女達が好きなのは彼の弟のほうだ。彼の弟は十五歳にしては物腰穏やかで大人っぽい。そして成績優秀で品行方正。一般女子の目から見れば将来有望な旦那様筆頭だろう。そんな彼の弟の隣で奥様が出来るならば、女の子の夢の五十パーセントくらいは叶えてしまっているようなものだ。
そんな男子を求める女子からすれば、やはり彼は「ハズレ」になっても仕方ない。それは責められない。責めてはいけないのだ。
それでも彼の良さをかき消すことは出来ない。ただし彼の良さはまだまだ未発掘な部分が多すぎる。意外と彼の一番の特技と言える、料理上手も塾の仲間の間でも知られていない。でも朴は大分前に気づいていた。燐からは料理好きな女の子から漂う独特のいい匂いがしていた。お菓子のような分かりやすい甘い匂いじゃなくて、家庭料理のかすかな匂いだ。そんなものに彼自身も気づいていない。料理好きな子には無意識に清潔さにも気を遣う。彼の爪が不潔に伸びていたり間に黒い汚れが挟まっていたことはない。袖口が黒ずんでいたり、襟の裏が黄ばんでいたこともない。本当に女の子だったら朴好みの、家庭的で素朴な女の子だっただろう。しかも性格が男勝りだろうと予測されるので、前述した側面のギャップが生きてくる。
一番に朴の心を占めている出雲に匹敵する可能性は無きにしもあらずだっただろう。惜しい惜しいと思いながら朴はそこにたどり着いた。
「ちょっとくらい、いいよね。」
相手はどうせ男なんだから。出雲に対しても罪悪感は少ないほうだ。
そうと決まったら朴の肝は据わっていた。
「一回だけ。」
よし。朴は意を決して目の前の教室(もう辞めてしまった祓魔塾)の前に立つ。そのドアを開けると一番前の席で一人、奥村燐が課題を居残り勉強していた。いつも側にいそうな勝呂は少し席を外しているようだ。風の噂に勝呂と奥村燐は付き合っているらしいということは聞いている。ちょうどいい頃に来れたと、自分の勘に惚れ惚れしてしまう。
「奥村君。」
何気なくさりげなく朴は忘れ物を取りに来たついでのように声を掛けた。
「朴? 久しぶりだな。元気してたか?」
名前を呼んだ瞬間の語尾の上がり具合で、朴は自分の印象の薄さを痛感する。しかしそれは元から分かっていたことだ。
「もー。同じ学校じゃん。元クラスメイトの動向くらい、いつも気に掛けてくれてもいいでしょ。私は特進科じゃないし。」
その燐の気の利かなさ加減も朴は承知していた。
「お前何しにここ来たの?」
朴のさりげなさに燐はすっかり騙されている。しかし熟練を極めた笑顔に警戒しろというのを十五歳の素朴な少年に求めるというのも酷だろう。
「んー。ちょっとやり残したことがあって。」
燐は首をかしげている。朴がここでやり残したことの心当たりが無いからだ。だいたい思いつくことと言えば、出雲を迎えに来たのかなと思うくらいだった。それにしてもやり残したとは言わないだろう。
「神木はもういねーぞ。」
「あ。惜しいっ。ここで出雲ちゃんがいてくれたら、三割り増しくらい楽しいことが起きたんだけど。」
燐はますます分からない。
「なんだったら俺が手伝ってやろうか? 神木ほど役に立たないと思うけど。」
燐の申し出に朴はほくそ笑む。
「ありがと。お言葉に甘えて……奥村君。その席立って、ちょっとこっちに来てくれるかな。」
燐は無造作に席を立って、朴に歩み寄る。
「こうでいいか?」
朴は燐の頭からつま先までを舐めるように観察する。やっぱり女の子と違って、少々の骨っぽさは気になるところだ。胸はもちろん平らだし、首も若干太く見える。女の子に比べて身体のパーツも大きくてごつい。しかしまだ残っている幼さのお陰で、そのような特徴がこれでもかと強調されているわけでもない。ほどほどよりまだ子どもっぽいような感じだ。特に奥村燐は顔が童顔で体型もどことなく幼い。十五歳だからまだまだ成長途中だろうが。
朴はじろじろ見るのはやめて、「うん」と呟いて燐の後ろに回る。燐は振り返ろうとするが、その頭を朴の手で固定されてしまう。
「大人しくしててね。奥村君。すぐに済むから。」
女の子に顔の両側面をホールドされてどぎまぎしている燐がこくこくと頷く。右手が外されて背後の朴のくすくすという含み笑いがもれ出ている。次の瞬間――。
「のわああ! 朴! なにやってんだよ!」
燐は惜しみなく叫ぶ。それは燐にとって思いも寄らない出来事だった。何の覚悟も無く前触れも無く、朴朔子は燐に接触した。何が接触したかと言うと、朴の右手が燐の尻を撫で繰り回していた。
「ぎゃあ! ぎゃああああ!」
逃げ回り尻を庇う燐。しかしそれを掻い潜って朴の右手は燐の尻を撫でている。
「ぱく! いい加減にしろ!」
「うーん。けっこう柔らかいね。奥村君のケツ。」
「女がケツ言うな!」
二人がなんとも言えない追いかけっこをしていると、一時席を外していた勝呂が帰ってきた。
「なにやっとんや。」
逃げ回る燐を見て、教室に帰ってきた勝呂は呆然としている。自分が席を外した五分弱。その短い間に、なんで燐が女子に追い回されて尻を撫でられているんだろうか。燐は何回かのタッチのあと足に力が入らなくなったのか、教室の床に身体を投げ出してはあはあと息を吐いている。その頭を朴が撫でてやっている。
「なんなんだよ……。もうっ……。」
強がりなことは言っているが、朴の右手は言うところのゴールドハンドなので、その手に撫でられると大抵の女の子は今の燐のように身体から力が抜けてしまう。数多の女の子に対して実証済みだった。朴も男に試したのは初めてだったが、なかなかに芳しい成果と言えよう。
「あ。勝呂君おかえり。」
「朴さん。あんたやったんか。奥村がけったいなことになっとるから、誰やお前と思うてしもうたわ。」
燐は床に座り込んで目に涙を溜め、勝呂に助けを求めている。勝呂は駆け寄って燐の肩を支えてやっている。
「朴が俺に協力してほしい、やり残したことがあるっていうから。だけどこいつ、いきなり尻を撫でてきたんだよ。」
あらあらと朴は思う。お母さんに告げ口するいじめられっ子かと。勝呂は相手が女子なのでどうしていいか分からない。しかし被害者は明らかに燐であるっぽい。それでも朴からは何の害意も感じない。
だいたい勝呂が朴に抱いている印象というのは、いつも隣にいた性格の悪い神木出雲の友達にしては、穏やかで優しくて性格良さそうというくらいでしかない。まさか男の尻を撫で回すような女子とは思えない。しかしそれを目撃してしまったのだから、気のせいで済ませられない。
「えーと……。朴さん。」
なんで奥村の尻なんか――。
聞くべきなのは、燐にした行為の動機なのだが。それを口にすると勝呂こそが朴にセクハラをしているような気分になってしまう。朴はにこやかに勝呂の後ろに必死に隠れようとしている燐に近づく。
「ごめんね。」
「う……うー……。あう……。」
燐は勢い余って若干の幼児退行っぽい。
「初めてだったんだね。女の子にケツ触られたの。」
「だからケツ言うな!」
「女の子だったらお尻って言うけど、男はケツでいいんじゃない?」
「どういう男女差別だ。」
勝呂は何回か頷いて確信する。このあっけらかんとケツケツ言う朴相手だったら、動機を訊いてもセクハラになりはしないと。
「朴さん。なんでこいつの尻、触ったん? なんかの冗談のつもりやったん?」
「いや。一応本気だけど。」
朴の返事を聞いて燐はまた怯えたように勝呂の足にしがみつく。まだ足に力が入らないようだ。
「奥村君が女の子だったら、これだけじゃ済まなかったよ。」
何気に怖いことをやはりにこやかな笑顔で朴は言うのだった。これだけじゃないというのは、場合によっては行き着くとこまでやりたいという意思が見え隠れしていた。
「朴さんは奥村のことが好きやったんか。」
さすが真面目な勝呂は朴の言葉を真剣に受け取ってしまう。朴は顔の前でひらひらと手を振る。
「そこまではいってないよ。ただ奥村君のことがずっと気になってただけ。塾にいる間は、大抵私は出雲ちゃんと一緒にいたし、奥村君は杜山さんや勝呂君達とつるんでいたから。声掛けるチャンスが無くてずっと惜しいと思ってたんだ。」
普通の女子から言われたら十分告白と受け取っていいような言葉だった。朴はさらに続ける。
「なんだかんだあって私は塾辞めたし。それで。まだ塾やめて間がないうちに、奥村君と接触してみようかなー。なんて。しかも私ってぱっと見は、地味で大人しそうな女の子のイメージしかないと思ったから、奥村君の中の印象は薄そうだったし。」
掛け値なく燐も勝呂も朴のことをそう思っていた。この本性を見るまでは。
「だからインパクト重視で今回に至りました。ごめんなさい。」
ぺこりと朴は頭を下げる。
「お……。おう。そういう事情なら、仕方ねえのかな。」
女専門の性癖の女からだとはいえ、女に意識されていたという事実は燐の中ではとてつもなく大きかった。結果は散々だったが、朴に対する心証は悪くは無い。勝呂も事情を聞いた燐がそれでいいというなら、仕方ないと思うしかない。
「奥村君のケツ、ちょっとおっきめだったけど。柔らかくって可愛かったよ。」
「知っとる。」
それでも少しは釘を刺しておこうかと、勝呂は控えめに燐に対する所有権を主張した。勝呂の答えに朴は思わず口元を隠す。
「ぷ。ぷぷぷ。」
上目遣いの朴がその割りにはと言いたそうに勝呂に笑っている。
いつも触ってもくすぐったがるしか反応のない燐が、あそこまで半狂乱の腰砕けになっているのだから、この朴の技量に負けたとうなだれたかった。
「奥村君って初心だね。」
「そうやな。」
「ほんと。女の子だったら食べちゃいたいね。だけど勝呂君だったら、それこそ宝物みたいに大事に大事にしちゃうんだよね。それも分かる気がする。」
朴は軽やかに教室から去っていく。取り残された勝呂は燐を足元にしがみつかせたまま、赤面して立ち尽くしていた。
「奥村が女やなくて良かった。いうか、朴さんが男やなくて良かった。ちゅーか、朴さんには既に神木がおって良かった。」
燐を抱き起こして椅子に座らせる。
「これからは女だからいうて、油断せんほうがええで。お前けっこう狙われとんかもしれへん。物好きから。」
「なるべく気をつけてみることにするから。」
勝呂は燐に近づいて尻に手を伸ばす。
「きゃっいん。く、くすぐったいって。」
やはり朴のようにはいかないが、こっちの反応のほうが可愛いと思えた。
はいまさかの朴さん無双でした。ほんとうにこれがリクエストの本チャンではないのでけいりんさん安心してください。ちゃんとあとで真面目に書きますから。ちょっと魔が差した朴さんssでした。
笑顔の良い人間は、ひょっとしたらとてつもない悪を孕んだ人間かもしれない。人に見せる笑顔に長けているということは、他人を信用させることにも長けているということだ。彼女はすこぶる良い笑顔とそれに感じ良さも兼ね備えた少女だった。
そんな彼女こと、朴朔子は彼、奥村燐を見て「惜しい」と強く思う。
誰よりも善良で素直で優しくて真っ直ぐな彼のことを。彼はとにかく不器用で要領が悪いのだ。でも朴からすればそれは、彼を厭う理由にはならない。寧ろ彼の性別が女ならば、朴にとって彼は恋愛対象にもなっただろう。
朴は実は女好きだった。
しかも一般的に面倒臭いと言われる物件にほど食指が動く。
「小学校の頃から出雲ちゃん一筋だった私だけど。」
いや。それは嘘かもしれない。寧ろ一筋だったのは出雲のほうで、別出版社の昔の漫画の主人公のように節操がないのが朴だった。
脱線してしまった。彼の話に戻ろう。彼はけして器量が悪いわけでもない。性格は前述したとおり、申し分ない。正十字学園での素行はそれほど悪くない。成績は悪いが。しかし彼の弟に目を惹かれる女子たちは口を揃えて言う。
『奥村君のお兄さんって……不良っぽいから怖い。あんまり近づきたくない。』
何を言ってるんだと、笑顔は崩さないままでも朴はこめかみがひくついてしまう。近づいて見ないから、あの天然記念物的な魅力が見えないんだと。
まあ、先のようなことを言う彼女達の事情も鑑みなければいけない。彼女達が好きなのは彼の弟のほうだ。彼の弟は十五歳にしては物腰穏やかで大人っぽい。そして成績優秀で品行方正。一般女子の目から見れば将来有望な旦那様筆頭だろう。そんな彼の弟の隣で奥様が出来るならば、女の子の夢の五十パーセントくらいは叶えてしまっているようなものだ。
そんな男子を求める女子からすれば、やはり彼は「ハズレ」になっても仕方ない。それは責められない。責めてはいけないのだ。
それでも彼の良さをかき消すことは出来ない。ただし彼の良さはまだまだ未発掘な部分が多すぎる。意外と彼の一番の特技と言える、料理上手も塾の仲間の間でも知られていない。でも朴は大分前に気づいていた。燐からは料理好きな女の子から漂う独特のいい匂いがしていた。お菓子のような分かりやすい甘い匂いじゃなくて、家庭料理のかすかな匂いだ。そんなものに彼自身も気づいていない。料理好きな子には無意識に清潔さにも気を遣う。彼の爪が不潔に伸びていたり間に黒い汚れが挟まっていたことはない。袖口が黒ずんでいたり、襟の裏が黄ばんでいたこともない。本当に女の子だったら朴好みの、家庭的で素朴な女の子だっただろう。しかも性格が男勝りだろうと予測されるので、前述した側面のギャップが生きてくる。
一番に朴の心を占めている出雲に匹敵する可能性は無きにしもあらずだっただろう。惜しい惜しいと思いながら朴はそこにたどり着いた。
「ちょっとくらい、いいよね。」
相手はどうせ男なんだから。出雲に対しても罪悪感は少ないほうだ。
そうと決まったら朴の肝は据わっていた。
「一回だけ。」
よし。朴は意を決して目の前の教室(もう辞めてしまった祓魔塾)の前に立つ。そのドアを開けると一番前の席で一人、奥村燐が課題を居残り勉強していた。いつも側にいそうな勝呂は少し席を外しているようだ。風の噂に勝呂と奥村燐は付き合っているらしいということは聞いている。ちょうどいい頃に来れたと、自分の勘に惚れ惚れしてしまう。
「奥村君。」
何気なくさりげなく朴は忘れ物を取りに来たついでのように声を掛けた。
「朴? 久しぶりだな。元気してたか?」
名前を呼んだ瞬間の語尾の上がり具合で、朴は自分の印象の薄さを痛感する。しかしそれは元から分かっていたことだ。
「もー。同じ学校じゃん。元クラスメイトの動向くらい、いつも気に掛けてくれてもいいでしょ。私は特進科じゃないし。」
その燐の気の利かなさ加減も朴は承知していた。
「お前何しにここ来たの?」
朴のさりげなさに燐はすっかり騙されている。しかし熟練を極めた笑顔に警戒しろというのを十五歳の素朴な少年に求めるというのも酷だろう。
「んー。ちょっとやり残したことがあって。」
燐は首をかしげている。朴がここでやり残したことの心当たりが無いからだ。だいたい思いつくことと言えば、出雲を迎えに来たのかなと思うくらいだった。それにしてもやり残したとは言わないだろう。
「神木はもういねーぞ。」
「あ。惜しいっ。ここで出雲ちゃんがいてくれたら、三割り増しくらい楽しいことが起きたんだけど。」
燐はますます分からない。
「なんだったら俺が手伝ってやろうか? 神木ほど役に立たないと思うけど。」
燐の申し出に朴はほくそ笑む。
「ありがと。お言葉に甘えて……奥村君。その席立って、ちょっとこっちに来てくれるかな。」
燐は無造作に席を立って、朴に歩み寄る。
「こうでいいか?」
朴は燐の頭からつま先までを舐めるように観察する。やっぱり女の子と違って、少々の骨っぽさは気になるところだ。胸はもちろん平らだし、首も若干太く見える。女の子に比べて身体のパーツも大きくてごつい。しかしまだ残っている幼さのお陰で、そのような特徴がこれでもかと強調されているわけでもない。ほどほどよりまだ子どもっぽいような感じだ。特に奥村燐は顔が童顔で体型もどことなく幼い。十五歳だからまだまだ成長途中だろうが。
朴はじろじろ見るのはやめて、「うん」と呟いて燐の後ろに回る。燐は振り返ろうとするが、その頭を朴の手で固定されてしまう。
「大人しくしててね。奥村君。すぐに済むから。」
女の子に顔の両側面をホールドされてどぎまぎしている燐がこくこくと頷く。右手が外されて背後の朴のくすくすという含み笑いがもれ出ている。次の瞬間――。
「のわああ! 朴! なにやってんだよ!」
燐は惜しみなく叫ぶ。それは燐にとって思いも寄らない出来事だった。何の覚悟も無く前触れも無く、朴朔子は燐に接触した。何が接触したかと言うと、朴の右手が燐の尻を撫で繰り回していた。
「ぎゃあ! ぎゃああああ!」
逃げ回り尻を庇う燐。しかしそれを掻い潜って朴の右手は燐の尻を撫でている。
「ぱく! いい加減にしろ!」
「うーん。けっこう柔らかいね。奥村君のケツ。」
「女がケツ言うな!」
二人がなんとも言えない追いかけっこをしていると、一時席を外していた勝呂が帰ってきた。
「なにやっとんや。」
逃げ回る燐を見て、教室に帰ってきた勝呂は呆然としている。自分が席を外した五分弱。その短い間に、なんで燐が女子に追い回されて尻を撫でられているんだろうか。燐は何回かのタッチのあと足に力が入らなくなったのか、教室の床に身体を投げ出してはあはあと息を吐いている。その頭を朴が撫でてやっている。
「なんなんだよ……。もうっ……。」
強がりなことは言っているが、朴の右手は言うところのゴールドハンドなので、その手に撫でられると大抵の女の子は今の燐のように身体から力が抜けてしまう。数多の女の子に対して実証済みだった。朴も男に試したのは初めてだったが、なかなかに芳しい成果と言えよう。
「あ。勝呂君おかえり。」
「朴さん。あんたやったんか。奥村がけったいなことになっとるから、誰やお前と思うてしもうたわ。」
燐は床に座り込んで目に涙を溜め、勝呂に助けを求めている。勝呂は駆け寄って燐の肩を支えてやっている。
「朴が俺に協力してほしい、やり残したことがあるっていうから。だけどこいつ、いきなり尻を撫でてきたんだよ。」
あらあらと朴は思う。お母さんに告げ口するいじめられっ子かと。勝呂は相手が女子なのでどうしていいか分からない。しかし被害者は明らかに燐であるっぽい。それでも朴からは何の害意も感じない。
だいたい勝呂が朴に抱いている印象というのは、いつも隣にいた性格の悪い神木出雲の友達にしては、穏やかで優しくて性格良さそうというくらいでしかない。まさか男の尻を撫で回すような女子とは思えない。しかしそれを目撃してしまったのだから、気のせいで済ませられない。
「えーと……。朴さん。」
なんで奥村の尻なんか――。
聞くべきなのは、燐にした行為の動機なのだが。それを口にすると勝呂こそが朴にセクハラをしているような気分になってしまう。朴はにこやかに勝呂の後ろに必死に隠れようとしている燐に近づく。
「ごめんね。」
「う……うー……。あう……。」
燐は勢い余って若干の幼児退行っぽい。
「初めてだったんだね。女の子にケツ触られたの。」
「だからケツ言うな!」
「女の子だったらお尻って言うけど、男はケツでいいんじゃない?」
「どういう男女差別だ。」
勝呂は何回か頷いて確信する。このあっけらかんとケツケツ言う朴相手だったら、動機を訊いてもセクハラになりはしないと。
「朴さん。なんでこいつの尻、触ったん? なんかの冗談のつもりやったん?」
「いや。一応本気だけど。」
朴の返事を聞いて燐はまた怯えたように勝呂の足にしがみつく。まだ足に力が入らないようだ。
「奥村君が女の子だったら、これだけじゃ済まなかったよ。」
何気に怖いことをやはりにこやかな笑顔で朴は言うのだった。これだけじゃないというのは、場合によっては行き着くとこまでやりたいという意思が見え隠れしていた。
「朴さんは奥村のことが好きやったんか。」
さすが真面目な勝呂は朴の言葉を真剣に受け取ってしまう。朴は顔の前でひらひらと手を振る。
「そこまではいってないよ。ただ奥村君のことがずっと気になってただけ。塾にいる間は、大抵私は出雲ちゃんと一緒にいたし、奥村君は杜山さんや勝呂君達とつるんでいたから。声掛けるチャンスが無くてずっと惜しいと思ってたんだ。」
普通の女子から言われたら十分告白と受け取っていいような言葉だった。朴はさらに続ける。
「なんだかんだあって私は塾辞めたし。それで。まだ塾やめて間がないうちに、奥村君と接触してみようかなー。なんて。しかも私ってぱっと見は、地味で大人しそうな女の子のイメージしかないと思ったから、奥村君の中の印象は薄そうだったし。」
掛け値なく燐も勝呂も朴のことをそう思っていた。この本性を見るまでは。
「だからインパクト重視で今回に至りました。ごめんなさい。」
ぺこりと朴は頭を下げる。
「お……。おう。そういう事情なら、仕方ねえのかな。」
女専門の性癖の女からだとはいえ、女に意識されていたという事実は燐の中ではとてつもなく大きかった。結果は散々だったが、朴に対する心証は悪くは無い。勝呂も事情を聞いた燐がそれでいいというなら、仕方ないと思うしかない。
「奥村君のケツ、ちょっとおっきめだったけど。柔らかくって可愛かったよ。」
「知っとる。」
それでも少しは釘を刺しておこうかと、勝呂は控えめに燐に対する所有権を主張した。勝呂の答えに朴は思わず口元を隠す。
「ぷ。ぷぷぷ。」
上目遣いの朴がその割りにはと言いたそうに勝呂に笑っている。
いつも触ってもくすぐったがるしか反応のない燐が、あそこまで半狂乱の腰砕けになっているのだから、この朴の技量に負けたとうなだれたかった。
「奥村君って初心だね。」
「そうやな。」
「ほんと。女の子だったら食べちゃいたいね。だけど勝呂君だったら、それこそ宝物みたいに大事に大事にしちゃうんだよね。それも分かる気がする。」
朴は軽やかに教室から去っていく。取り残された勝呂は燐を足元にしがみつかせたまま、赤面して立ち尽くしていた。
「奥村が女やなくて良かった。いうか、朴さんが男やなくて良かった。ちゅーか、朴さんには既に神木がおって良かった。」
燐を抱き起こして椅子に座らせる。
「これからは女だからいうて、油断せんほうがええで。お前けっこう狙われとんかもしれへん。物好きから。」
「なるべく気をつけてみることにするから。」
勝呂は燐に近づいて尻に手を伸ばす。
「きゃっいん。く、くすぐったいって。」
やはり朴のようにはいかないが、こっちの反応のほうが可愛いと思えた。
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