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幸福雑音

女性向け二次創作サイト。 イベント参加情報もここに載せています。 オフは忍たま、オンでは青エク中心。

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☆ss「悪魔の兄を弟がエンドにしちゃうぞな腐った話」番外編(明陀)「ゴールデンタイムルーザー」志摩勝志摩

『何で誰も助けてあげんのん?』
 
 柔造は弟の問いに黙っている。だから殊更廉造は主張する。
『なんで誰もあの子を助けてあげへんのん? いつもいつも坊、坊、言うて大事にしとる癖に。祟り寺の子言われて泣いとるあの子を、どうして祟り寺から出してあげへんの?』
 柔造は答える。十歳年下の弟を諭すように。
『廉造。坊は祟り寺から出て行きたい言うたか?』
 廉造は黙って首を振る。しかし口をついて出たのは「でも」だった。
『ほんでも可哀想やんか。』
『それは俺も思うとる。でもなあ、』
 そこから先はきかん気盛りの廉造は聞きたくなかった。所詮兄たちは「あの子」をあの寺から出す気はないんだと。そして「あの子」は寺から出て行くことを考えないのだと。だからこの先も「あの子」は悲しい思いをしなきゃいけないんだと。
『いつか俺があの子を。』
 
     *   *   *
 
 廉造は夢から覚めて身体を起こす。昔の自分に叱られた憂鬱な気分だった。
「なにがいつかや。」
 この正十字学園に親の言いつけで入学した時点で、自分も坊こと勝呂竜士をあの「祟り寺」に縛り付ける片棒を担いでしまったようなものだった。幼稚園頃に誓った志を、なんら困難に直面することなく自らが台無しにしたも同然だった。運命に流されやすい面倒くさがりな性格をひたすら自覚するばかりだった。
「まだ三時もきとらん。こんな時間に起きたら俺確実に寝られんやんか。」
 緩そうな見た目に反して、廉造は意外と神経質だった。それは誰にも内緒だった。しかしこの頃はそれが目に見えて度が過ぎるような気がする。以前よりは寝つきが悪く、以前より夢見が悪い。
 勝呂はすやすやと寝息を立てている。鍛錬や勉強への努力によって、健全な肉体と精神を保っているが故だった。同じ部屋のの子猫丸は名前に猫がつくので、それこそ猫のように布団にくるまって気持ちよさそうに寝ている。
「はあ……。どないしよ……。」
 しょうもなく一人呟いてみる。眠れない理由はいろいろあるが、新しい心当たりとしては、とある同級生の存在があった。
『奥村燐……。むかつくわ、あいつ。』
 最近勝呂が妙に気にしている男。
そいつは双子の弟で塾の講師である雪男から虐待を受けている。その理由は弟に対するスケベ心と、悪魔の血を継いでいるという弱みかららしい。それにあろうことか勝呂が同情というか、手を差し伸べずにはいられなくなったらしい。廉造はその二人の光景を見て酷く苛立つ毎日だった。
『大体、奥村燐はな、自分の悲惨な状況をなんら解決出来へん甲斐性なしやんか。』
 さっき自分が自分に対して憤ったことを、そのまま奥村燐に当てつけている。しかし廉造はそのことについては別件のように棚に上げていた。
『ずっと弟にやられっぱなしやし。何で前向きに頑張り続けてる坊があいつを構うねん。見下したらええんや。あの悪魔は。坊が助けてやらんでもええやんか。』
 心の中で悪態はつくが、坊は人の心の痛みが分かる男である。だからあの悪魔に心惹かれてしまっている。
 
 だって。奥村はほっとくと一人で抱えてまうから。
俺だけでも味方やて言い続けないと。
 
 目元をほんのり染めた坊が目に浮かぶ。
 
「うがっ。」
 思わず歯を剥いて吠える。自分の声にはっとするが、子猫丸が少し唸って寝返りを打つだけに済んだ。
「セーフ。」
 息をついて目を瞑ろうとしたが、ばね仕掛けのようにやはり身体が起き上がる。
「やっぱり眠れへん。奥村のへらへら顔が目の前にちらついてたまらへん。」
 あのへらへらを、少しぐらい凹ませても罪はないのではないのだろうか。しかし日常的な弟からの虐待を受けてもほけほけしている悪魔相手に、どんな嫌がらせも通用しないだろう。
『いや。通用せえへんからこそ、やりようがあるんやないか。』
 目に見える悪意というのを、あの悪魔に味あわせてやりたい。どうせそんなに傷つかない奴なんだから。その間抜けな様を見て嘲笑ってやるのも、憂さ晴らしの手段かもしれない。あんな奴は他人のたたき台になるのがお似合いだと、廉造らしくなく燐に積極的に牙を剥こうとしていた。
「そうと決まったら、夜が明けるまでにやるで。」
 廉造はベッドの下にしまいこんでいた道具を取り出して、寮の部屋をあとにした。
 
     *   *   *
 
 ちゅんちゅんとすずめの囀りが聞こえる。いつもと変わらない旧男子寮。唯一使われている部屋のドアの前には、しかし呆然とする雪男の姿があった。
 
『万事屋燐ちゃん』
 六○二号室のプレートがあったところに、墨で妙に達筆で書かれた看板がぶら下がっていた。それを誰よりも早く発見した雪男は、まず兄とアーサーを廊下に正座させて尋問することにした。
「兄さん。幾らフェレス卿からの小遣いが少ないからって、こんな新しい商売を始めようっていうの?」
 燐は大袈裟にぶんぶんと首を振る。
「俺じゃねえし。」
「俺でもないし。」
 燐とアサ子は正座の足を崩して体操座りになる。雪男は兄が容疑者になった理由を、咳払いの後に説明しだした。
「兄さんは以前、調理室で『奥村屋』の企画をしたからね。念の為に尋ねただけだよ。兄さんはこんな綺麗な字は書かない。」
「わかってくれて、助かった。」
 しかし雪男は燐に人差し指を向ける。
「だけど兄さんが誰かに依頼して書いて貰ったかもしれないね。勝呂君あたりに。でもそれも無いってことは、僕は分かっているよ。この字は彼の字じゃない。そしていつも塾のテストの答案の採点をしている僕だから、この字の主はすぐに分かった。」
 雪男は一人でボケて突っ込む。それを上目遣いでアサ子ことアーサーは、「だったら俺たちを正座させなくてもいいじゃないか」と一人ごちていた。頭脳が明晰な雪男ではあるが、朝からいきなり、なんじゃこりゃあな看板を見せられて動転していたらしい。燐たちに何かしら八つ当たりしている間に冷静になったようだ。
 それらを気にせず燐は弟の推理に乗ってやる。
「じゃあ、誰の字なんだよ?」
「志摩廉造。くそう。あの垂れ目ピンク頭……。」
 雪男は無表情で看板を殴る。燐はどうどうと手を翳しながら言う。
「雪男。そこまで怒るなよ。たかだか看板じゃねえかよ。」
 雪男は燐の胸倉を掴む。
「兄さんには分からないの? この看板に込められた悪意が。」
「え? これって嫌がらせなわけ? せいぜいドッキリだろ。」
「もういいよ。ドッキリって思ってるならドッキリでいいよ。でも僕はこれに泣き寝入りするつもりないよ。」
 なにやら熱くなっている弟を見ていられないのか、燐は雪男を落ち着かせようと両肩を後ろから掴んでやる。しかしその手は振りほどかれた。
 燐は弟の発言を無意識に呟く。
「泣き寝入りってお前……」
 泣き寝入りとは古の民草が専横な暴君に搾取されながらも、何も抵抗が出来ない様を表すのではないかと、某水戸黄門なんぞを見ながら燐は思っていた。しかし雪男は悪魔の暴君であるサタンの息子さえ泣かすような弟なので、燐は弟の意外な沸点の低さに驚くばかりだったのである。
「あのね。言っとくけど兄さんは何もする必要はないから。」
 雪男は看板を外すと、膝に板を添えて両側から力を加えてへし折った。
「何が万事屋燐ちゃんと、眼鏡と金髪だ。……兄さん。ほんとに兄さんは何もする必要ないから。つーか。何もするな。勝呂君への報告こそ問題外だからね。」
 雪男はそう言うと燐とアサ子を残して、ずんずんと寮の出入り口に向かって進む。
「くそう。あのどピンクが。舐めた真似しやがって。」
 
廉造の仕掛けた悪意はとんでもない方向に歩き出そうとしていた。
 
もしあの看板を一番に発見したのが雪男でなければ。もしその看板の犯人が廉造だと判明しなければ。もし雪男が怒らなければ。もし燐がその悪意に欠片でも気づいていれば。もし燐がすぐに一言でも勝呂にこの出来事を伝えていれば。
もっと違う展開になったであろう――。
故に、ここから始まる悪意のキャッチボールは、誰にとっても何も得しないものになってしまうのだった。
 
 
「坊。どうしたんです?」
 顔を洗いに行って部屋の前に帰ってきた志摩は、先に行って戻っているはずの勝呂が部屋の前で立ち往生しているのを見て奇妙に思った。しかしそれへの回答は、勝呂の視線の先を見て察した。
「なんじゃこりゃあ!」
 そこには『真選組屯所』の文字がデカデカと板に書かれていた。それを見て勝呂は呆然としている。隣にいた子猫丸もわけわからんと言った感じだった。
「あのくそがきゃあ!」
 志摩廉造は吠える。そしてその看板をやはり膝でへし折った。
「志摩っ。お前なんで、そんな怒っとん? その看板なんか意味あるん? 俺らは確かに京都人やけど。新撰組の字間違っとるし。」
 志摩は勝呂の言うことなど聞いてはいなかった。ただひたすら坊が受けた暗喩的侮辱に腸を煮えくり返していた。
「そっちがその気やったら……」
「志摩さん。僕ら何もしてへんのやから、敢えて無視するんも手やないですか?」
 嫌がらせを受けた際の消極的抵抗術を子猫丸は提案する。しかし、森林火災にただのバケツ一杯の水を振り掛ける程度の効果しか、廉造には与えられなかった。
「……そういうわけにもいかんのや。子猫さん。」
 子猫丸は悟る。これは十年前くらいの聞き分けのなかった頃の廉造の再来だと。
「そういうことですか。」
 子猫丸は坊の背中を押す。坊と子猫丸はこの件から遠ざかるべきだと思ったからだ。
「坊。これは志摩さんがどうにかしてくれるそうですから、僕らは無視を決め込みましょう。」
「いや。そういうわけにもいかんやろ。誰がやらかしたんかも分からへんし。」
 いいからいいからと子猫丸は勝呂を促して部屋に押し込む。志摩はそれに、続かない。そして何かの目的の為に廊下を走るのだった。
 
 
 朝食を終えて食堂から帰ってきた雪男はまたも看板を見つける。
「ふん。やっぱり来たな。」
 今度はどんな文字が雪男を怒らすのだろうと、燐はおそるおそる覗き込む。
「えーと……。」
 前の看板に変わって『スケット団』と書かれた看板が掛けてあった。燐は思わず呟く。
「ジャンプ繋がり?」
「ジャンプ?」
 普段はあまり漫画を読まないアサ子が首を傾げる。
「うん。この配役でアサ子が該当するのは、ヒメ子だな。ますます志摩の目的がわかんねえ。」
 今度は雪男は看板の真ん中を蹴る。
「わかったようなもんじゃないか。言ってみたらいいだろ? 僕はなんなんだい? あの漫画の三人組で該当するのは? 分かりやすい特徴で言ってみてよ。」
 何の気なく燐は答える。
「スイッチだろ。頭脳派の。だったらこれだと俺はボッスンか。それじゃ前の看板だったら、銀さんってことになるのかな。」
「そうだよ。だから前回は僕は、ぱっつあんだったわけだろ!」
 雪男の白い額に青筋が浮かぶ。今日は日曜日なのに、どうしてこんなに雪男はかっかしているんだろうか。燐とアサ子はあまりピンとこない頭で雪男に何も言えずにいた。分からないことが多すぎるからだ。
「くそう。重ね重ね許すまじ。」
 再び雪男は外に出た。
 
 
 ドアの前の気配に勝呂は部屋を出る。しかし誰もいなかった。
「ありゃ? また看板が? さっき志摩がへし折ったんやなかったかな?」
 看板を持ち上げて、書かれた文字が違うことに気づく。
「えー? 今度はなんや?」
 後ろからその看板を読み上げる声がした。志摩である。
「『麦わらの一味』やて?」
「ワンピースか。またジャンプか? ようわからんわ。志摩、なんでこないなことが二回も起きるん? 何か心当たりあるん?」
「あるわ! 坊の中の人的なアレや! 坊。仇は俺が取ったるから。」
 志摩はまた廊下を駆けた。取り残された勝呂は行き場のない右手を志摩に向かって翳すだけだった。
「麦わらの一味いうても、ゾロとナミとチョッパーしかおらんやんか。」
 あとから出てきた子猫丸が目を伏せて不満を呟く。
「チョッパーってもしかして僕ですか。そうですか。」
 
 志摩はまた看板の板を小脇に抱えて、新寮と旧寮の中間地点で立ち止まった。脳裏には目下の自分の仇敵の顔がよぎる。それは奥村燐ではなかった。白い端正な顔にいつも温度のない笑みを浮かべた、黒いコートの長身が筆を持って坊を嘲笑っている。
 廉造はそれが許せない。ふつふつと湧き上がってくるのは、あの反抗期真っ只中の幼少以降どこかに仕舞い込んではやり過ごしていた感情だった。憎悪に近いが憎悪ではない。男特有の他者への対抗意識だった。
「はっ。俺でもまだ、こんな感情が残ってたんか。」
 取り出した筆で感情を込めて綴る。
「奥村燐。そして、奥村雪男。おまけのアサ子。思い知れや!。」
 
 
 燐の買い物についていった雪男は、思わず生卵の入ったそれを床に落としてしまう。
すんでで燐がキャッチして事なきを得た。
「気をつけろよ雪男。貴重なたんぱく質なんだから。」
「兄さん。アレ。」
 ドアの前にはまた看板があった。
「今日はやけに看板が続くなあ。『毛利探偵事務所』? いきなりサンデーに飛んだのか?」
 (志摩が渾身で書いてもこれだった。)
「兄さんほんとに鈍い! また三人組で眼鏡がいるだろ!」
 燐も流石に雪男が怒っている原因が分かってきていた。
しかしそれに怒る雪男もやりすぎだと思う。かつての周りに化物扱いされたから、怒って暴れて、尚更嫌われていた自分を見るようで、頭が痛くなる。
「気にしすぎるのも良くないぜ。」
「ああ。分かったよ。兄さんが言うなら。でも僕らは後攻だから、もう一回やってお終いだね。」
 燐は止めようと思ったが、それでは雪男の気が済まないと思って「じゃあもう一回だけ」と言った。本当に弟に甘い兄だった。
その代わり、弟の背中を見送りながら、とある人物にメールをする。弟の怒り具合を見て、その人物の安否が気遣われたからだった。
「確か雪男は志摩がやったとか言ってたな。じゃあ、勝呂に連絡してみるか。……ついでにあいつの部屋に行ってみよ。」
 今から行くとメールをして、燐は雪男の後を追うように勝呂のいる寮へ歩き出した。一人になるのはいやなのか、燐の後をアサ子もついていった。
 
 
「奥村からメール……。」
「何ですか?」
「今から行くとだけ。部屋片付けないと。」
「片付けるものなんて、ありまへんでしょう。」
 しかし勝呂はいそいそと物を移動させている。子猫丸と勝呂のやり取りを聞いた志摩は舌打ちして、次の攻撃に備える。
「もうそろそろ来る頃やな。物音がしたら迎え打ってやるわ。」
 
 がたっ。
 
 部屋の外から確実に物音がした。志摩は飛び出す。そこには胸の前で腕組みをして立っている雪男がいた。
「はっ。やっぱり奥村君より字が綺麗やと思うたら。奥村先生やったんですね。」
「そうだよ。」
 雪男は不敵に笑う。
「今回は会心の出来だよ。」
 雪男が指差す先にはやはりドアに掛けられた看板。志摩はそれを見て一気に顔色を失くしたが、拳を握って目の前の敵と対峙する。
「はー。今回も俺に直接やなくて、坊を狙い打ったんかい。」
 
『れっつぱーりぃ!』
 
「したいんじゃないかと思ってね。勝呂君を筆頭に祭り上げてやったよ!」
 雪男は清々しい笑顔で告げる。志摩はきっと雪男を睨んだ。
「あんた卑怯やんか! なんで俺やなくて坊を攻撃するん?」
「君が僕を攻撃するからさ。眼鏡キャラでね。」
 志摩は目を見開いた。その口は「はあ?」と声に出している。
「なんでっ? ……そうか。俺はあいつを、うだつの上がらないリーダーやと当てこすったつもりやったけど。ぶっちゃけそれを………、奥村先生が勘違いしたんか!」
 雪男は目を剥く。
「勘違い? うだつの上がらないリーダー? じゃあ君の標的は――。」
 志摩はふふふと笑う。
「そうどす。あんたの兄さん。その人への悪意だったんどす。」
 部屋から勝呂が出てくる。部屋の前が煩かったからだ。そしてそれとほぼ同時に燐とアサ子も勝呂の部屋の前にたどり着くのだった。
「あ。ごめん勝呂。雪男がもう一回だけやり返したいからって。無事か?」
「え? 無事言われても。なんか先生と志摩が言い争ってるだけやったし。あんじょう志摩も、なんかお前にやらかしたんかい?」
 勝呂と燐が互いに驚いたように立ち話を始めてしまった。それを見た志摩と雪男は「しまった」と思った。
 
     *   *   *
 
「うちのもんがすまん。」
 勝呂が普段はがっしりとした肩を竦ませて、頼りなげにしゅんとさせている。
「いや。俺も弟がやり返さなかったら、こんなにこじれなかったと思うし。俺こそ雪男を止めないでごめん。」
「いやいや。元はと言えば俺らの側に非があったわけやし。」
 燐は勝呂の肩をぽんと叩く。
「俺のほうはいろいろ楽しかったから。お前のほうこそ、わけわからんで困ってただろ。」
 勝呂は肩に置かれた燐の手を、どぎまぎしながら見つめている。そしておずおずと口を開く。
「楽しかったって……。ほんまお前っちゅう奴は。」
 勝呂の部屋の中には六人の人間が詰まっていた。雪男と志摩はまだお互いににらみ合っているが、お互いの大人気なさを痛感しているようだ。子猫丸はソレ見たことかと溜息をつきながら茶を淹れている。それをアサ子は受け取って美味しそうに飲んでいた。子猫丸とアサ子は騒動の蚊帳の外に近い立場なので、悪意のキャッチボールの顛末をまるで気にせず茶飲み話をしていた。
「まあ俺はあの看板に書かれていたどのグループの中でもヒロインらしかったからな。」
「僕はなんでしょうねえ。どれも人数が合致しないものですから。ところで、アサ子さんは煎餅食べられますか?」
「ぽたぽた焼きは大好きだ。」
 可愛く笑うアサ子に子猫丸。子猫丸はぽたぽた焼きの袋を開けて、小分けにした袋ごと渡す。
「君らは気楽でいいよね。」
「ほんまや。こっちは必死で何回も寮の往復してやった言うのに。」
 貴重な日曜日の一日を潰して何をやっていたと言ったら、意味のない応酬をかましていたとしか言えない。
「それにしても若先生。人の心理の妙ってのを、分かってますなあ。本人への攻撃よりも、近しい人間への攻撃のほうがこたえるって奴ですか?」
「それを言うなら君だって、意図せずやってたわけだろ? 僕をけなせば兄さんが傷つくだろうって。願わくばもっと分かりやすい方法をとったほうが良かったと思うよ。聞いただろ? 兄さんは楽しかったんだってさ。」
 志摩は下を向いて唇を噛む。
「もっと分かりやすく、奥村燐を攻撃したとしても。どうせやり返すんは、あんたやろ。奥村雪男はん。」
「はあ? なんで僕が兄さんなんかの為に?」
 志摩はくくっと笑う。
「俺の穿ちすぎなら謝るわ。ちょっと思ってみただけや。」
 でも絶対、奥村燐が他の者に攻撃されたとしたら、奥村雪男はそれを許さないと志摩は確信する。そして自分もその通りのことをするだろうと思った。
 見えない悪意にも。見える悪意にも。この先、勝呂が『あの子』が苦しむようなことがあったとしたら。たぶん、いや絶対、自分はやる。
 
 
 燐たちが部屋をあとにして、勝呂たちはまた三人になった。
「今日はどうしてあんなことしたん? 面倒くさがりのお前らしくないやん。」
「ちょっとカッカしただけです。」
 勝呂は自分のスペースに行って入浴の支度をしている。唐突な志摩の暴走について、最近の心当たりを言ってみる。
「俺が奥村に構いすぎるからか?」
 違いますとは言い返せなかった。志摩は苦笑いを浮かべる。
「奥村君は何をやっても傷つかん人やと、ものごっつい勘違いをしただけや。ちーっとイタズラをやらかしてみたかっただけです。けして坊があいつを気にするからとか、俺は結局なんやねんとか、そないなことは思って……へんから。」
 勝呂はそう思ったんやなと志摩の天邪鬼な言葉を受け止めた。
「まあええわ。今日は何回もあっちこち往復したんで、よう寝れるやろ。また夜中に起きて変なこと考えんで済むんやないか?」
 志摩は気づかれたのかと、腰を浮かせる。
「何言うとん? 俺いつも遅うまで寝てて遅刻寸前ですやん。」
 勝呂は横目で志摩を見る。いつもどおりのへらへら笑いが、しかしながら精彩を欠いているように見えた。
「お前はそういう、やる気のない自分を見せる癖あるやん。わざとめんどくさがって、手を抜いて。でも俺はそれにずっと騙されてたわけやない。ここに来て何ヶ月経ってると思うとん? お前の寝つきの悪さくらいには気づけとるわ。」
 志摩は眉を顰める。勝呂は「ごめん」と志摩に告げる。
「お前の進学先決めるときのこと、覚えとる?」
 勝呂は唐突に今までの話の脈絡とは関係ないことを言う。廉造の記憶の中では、進路を決めた時は父親と兄の三人きりで、勝呂は関わっていなかったはずだ。護衛役は父親からの任命だったと恨めしく思いながら覚えている。
「ん?」
 だから志摩は首を傾げる。勝呂は続ける。
「お前は当たり前みたいに俺についてくるみたいに話進んどったやろ。それでお前が親とか恨んでへんかなって、ちょっと気にしとった。」
「なんで親のやることを坊が気にするん?」
 そもそも志摩は一族とか明陀を恨むとかという感情が希薄だ。無くなれと消極的に念じることはあっても、そこまで積極的な感情は滅多なことでは抱かない。なのに、異様に勝呂は気にしているようだ。
「お前の進路……正十字行きを決めたのは。……俺だった言うてもおかしくないんや。」
「それ。どういうことやのん?」
 勝呂は言いにくそうにしていたが、懺悔とばかりに口を開く。
「俺と志摩家の連中と、宝生連中と他の僧正の家で話があったんや。それで、次期当主の俺と子猫丸の二人きりで京都から出すんは心配やからって、柔造か金造が歳誤魔化して一緒に入学する言い出したんや。無茶や思うたわ。あいつらいっぺん在学しとったのに。それでもあいつらは納得せえへんかった。それで、対抗意識燃やした宝生家が、蝮とか青とか錦を正十字学園の職員として紛れ込ますとか言い出してな。他の僧正家も便乗してなんやかんや言い出しそうやったんや。その間にも、お前も抱きこんで正十字に進学さすなんて誰も言い出さなかったわ。」
「そりゃあ俺は、無気力なガキぶってましたからね。誰も俺のことなんか問題にしてなかったでしょうね。」
 自業自得も甚だしい。それで文句は言えないのを廉造は頭では理解していた。
「だから俺は言ってしまったんや。どうせなら廉造を目付け役にしてくれって。俺は廉造を凄く信頼しとるから、廉造に任させてくれって。そんとき苦し紛れやったから、お前には了解取ってなかったから、ずっと悪かった思ってた。」
「……。え? そんなことがあったんですか。」
 廉造は笑いを堪えている。大袈裟なことを嫌う坊は、僧正家の暴走を、廉造を人柱にする形で収めてしまったらしい。それは当然の帰結かもしれない。勝呂竜士は志摩廉造に頼らないと、僧正家の暴走に飲み込まれてしまったことだろう。
 廉造は勝呂に背中を向ける。拗ねられたと勘違いした勝呂が謝り倒している。今にも土下座してきそうな形で。しかし廉造は横隔膜の痙攣を抑えるのに必死で、肩を震わせている。
「ほんま。ごめん……。」
「は、ははは。謝らないでください。何を今更ですか。昔からあの人らはそうやし、俺も諦めてます。そんなことより、坊が俺についてきて欲しかった言うたことが嬉しかった。ただの明陀の一員やからやなくて、幼馴染のたっての願いやったんなら、天と地の差くらい違いますから。」
 今日はすらすらとやけに口を滑らせる日だと廉造は思った。そして頭の奥に一つ浮かぶ顔が廉造に笑いかける。「あの子」が。
「あの子」は助けて欲しいときに、ちゃんと助けてって言える子だった。廉造はいつのまにかそれを忘れていた。目の前の勝呂はもう「あの子」といえるような歳ではないけど、あの頃と同じように廉造に助けを求めてくれた。ただしそれは明陀を出る形ではなく、明陀にいながらにして廉造を頼ってくれた。その信頼を廉造はいつのまにか見失っていた。
「まあ。これからも頑張りましょう。俺もちいとはやる気出しますから。」
 やる気と聞いて勝呂は慌てる。
「でも変なことはやめてな。」
 廉造は困った顔をする勝呂に抱きついた。
「坊には迷惑かけるような阿呆な真似はもうせんわ。それよりも。」
 廉造は勝呂に耳打ちする。
「俺が寝付き悪いって情報、子猫さんからの入れ知恵やろ。」
「……ばれとったか。」
 良くも悪くもおおらかな勝呂が、そんな身内の細かいことに気がつくわけがない。そんなことに気づくのは、猫のようにどこかから人を観察している子猫丸しかありえない。
「なあ。」
 子猫丸は部屋から消えている。本当に猫みたいに気配に敏感らしい。勝呂は面目を失ったようにまた困った顔をしているが、そういう人だからこそ味方も多いらしい。時々困ったことにはなるけれど。
似てないようで彼の父親を彷彿とさせた。彼の父親も、自分の父親の八百造や宝生の蟒にぞっこん惚れ込まれているからだ。だとしたら竜士と自分も因果な関係らしい。
「あんたと同い年で本当に良かったわ。」
 公認の側近とはいかないが、これはこれで悪くない。明陀でいてもいいかなと思わせてくれるから。
 廉造は勝呂の入浴道具を見てほくそ笑む。
「久しぶりに一緒に風呂入りますか。水入らず。」
「いや。他にいっぱい人おると思うけど。」
「ええやないですか。子猫さん戻ったら誘いましょうよ。」
 昔みたいに勝呂の背中を流してやろうかなと、廉造は少しだけ企むのだった。勝呂は嫌がるだろうけど、それを無理やりさっきの告白を弱みとしてぶつければ、きっと流されてくれるに違いない。精々公衆の前でいちゃいちゃしてやろうと廉造はほくそ笑むのだった。






新春第一弾がこれですか。第十話にカウントしづらい番外編でした。

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プロフィール

HN:
柴仲達
性別:
女性
職業:
会社員
趣味:
読書、二次創作
自己紹介:
忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
柴はツイッターもしています。http://twitter.com/#!/hitsugi12

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