幸福雑音
女性向け二次創作サイト。 イベント参加情報もここに載せています。 オフは忍たま、オンでは青エク中心。
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☆ss「24-②」雪燐
「で、どこ行く? 何する?」
食器を片付け終わったあと、燐は雪男に問いかける。雪男はその問いに気まずそうに答えた。
「考えてなかったよ。」
「えー。なんだそりゃ。あれだけ人を全力で起こしといて、何の宛てもなかったのかよ。」
「いろいろ考えてないわけじゃないよ。ご飯食べている間も買い物とか、遊園地とか、考えてたんだけど。どれもイマイチかなって。」
「どれもイマイチってお前、遊園地とか買い物、いいじゃないかよそれ。」
雪男は頭をぶんぶんと振る。
「なんかイメージと違うんだよっ。」
今度は燐が首を傾げる。
「イメージ? どんな?」
「なんというか。身内の触れ合いっていうかな。二人して盛大に遊んでやるっていうノリじゃないんだよ。こう、ほんわかと兄さんと過ごしたいっていうか。肩に力が入らないのがいい。遊園地とか買い物だと、どうしても全力で遊ぶって感じになるじゃん。」
「よくわかんねえなあ。」
買い物だったらダラダラ歩くだけでもいいのにと燐はぼやいている。しかし雪男としては、小学校のときから溜めに溜め込んだ、かつての兄に対する甘えを全開にしたい気分だった。しかし外面のいい優等生でもある雪男は、あまりそんな甘えた姿を外の人間に見られたくないという感情もある。思春期らしいジレンマだった。
雪男がふと気がつけば、燐は会話をしながらも、カウンターの向こうの厨房でごそごそと何かをしていた。
「何してるの?」
「とりあえず外には行くだろ? 家で一日中篭ってるつもりはないんだろ。」
「そりゃそうだけど。」
「だからお前が悩んでる間に、俺が弁当作ってるわけだよ。どこ行くにしても食料確保しとけば燃料切れで動けないってことないし。」
アウトドアの可能性もあるしな。燐はにかっと笑う。雪男は何故かむすっとして頬杖をついた。
『悩んでる僕が時間を無駄にしてるみたいじゃないか。』
本当に自分は遊びだとか余暇の使い方が下手なことをこの場で再び思い知らされる。それに比べて兄は、とりあえず外に出る準備を進めてくれている。まるで兄が弟の作ったロスタイムを埋めてくれているみたいじゃないか。
時々思うことだが、日常的なことに対する対応は意外と燐のほうが上手だ。なんら賞賛されることはないが、生活に対するちょっとした気遣いが行き届いている。本当に気づかれないところだから、雪男に対してかしましい女子に評価されることはないし、雪男にも今日みたいなことがなければ気づかれない。普段はどうみてもがさつな馬鹿のイメージしかないわけで。本人もその普段のイメージを否定しないわけで。
雪男はかなり悔しくなってきた。
「兄さんは良いお母さんになれるタイプだよね。」
「なんだそりゃ。悪口?」
「一応、褒めてるよ。」
そんなことより、行き先を決めないと。雪男は行き先の候補を指折り数えながらまた悩む。
『こうなれば苦し紛れだけど、学園内でもいいかもしれない。』
正十字学園はとにかく広い。三年間在籍した卒業生もその全容を把握していないという、驚くべき事実もある。祓魔師を目指していなければまず、祓魔塾やフツマヤの存在すら知らずに三年間を過ごす生徒のほうが大半を占める。しかしながら生徒が近寄らないとはいえ、そこは関係者以外立ち入り禁止の場所とは限らない。
『今まで黙ってたけど、兄さんに対して最大の隠し玉を使う機会かも。』
雪男は「あのね」と大きな声を出して燐を振り向かせた。
「兄さん。……学園内でも探検してみる?」
「お?」
よし。雪男は燐が興味を示してくれたので、こっそりと机の下で拳を握る。
「この学校ってかなり広いから、探検し甲斐があると思ったんだけど。それに、神父さんがここの講師をしていた頃に、何か宝物を隠していたらしいって話も聞いたことある。」
「ジジイの宝物か?」
「高確率でエロ本だと思うけど。まあ神父さんのデスクとか片付けられているし。僕らが卒業したあとに、別の誰かがそんなものが見つけても恥ずかしいだけだしね。出来たら僕らで処分してあげたいかな。」
「いいな、それ。ジジイのお宝、いや、恥ずかしい遺品を息子としては処分してあげるのも親孝行だしな。」
行き先と目的は決まった。正十字学園祓魔塾、未侵入エリア。目的は故・藤本獅郎の遺したお宝の回収。
* * *
休みの日の塾には誰もいない。しかもいつでも人手不足だから、人の入らないところは掃除が行き届いてないので、中は廃墟じみている。
雪男はメフィストの部屋に行く際には祓魔師の服装をしていたが、朝食後に動きやすいラフな格好に着替えた。燐も雪男と同じような姿をしている。そして作った弁当をリュックに入れて背負っていた。ちょっと気軽な探検隊(隊員二人)の出で立ちだった。
いつも見慣れたパターンの模様が続く廊下の床。普段使う教室を通り過ぎて奥へ進む。印章術の実習教室とか、剣術や体育の実習教室も抜けて、物置じみた場所に辿りつく。
燐は背負ってきたリュックを降ろした。わずかに埃が床の上を舞った。
「ようっし。このガラクタの山からジジイのお宝を探すか。」
目の前には大小様々な道具が下から上まで積みあがっている。整理されているようでされていない。あからさまに、何かが紛れ込んでいる様子が窺える。
「兄さん、ガラクタって言わないでよ。これでも実習で使ったりしてきたものなんだから。」
雪男は細々としたものをどけていく。燐は大きな道具を持ち上げていた。が――。
「いや。考えてみたら、ここには無さそうだな。」
燐は三つ目の大道具を持ち上げたところでいきなり、水を差すようなことを言った。
「まだ始めたばっかでしょ。そんなのわかるの?」
この物置の探索を始めて三分も経っていない。燐は頭の良い雪男を説得しようと自分なりの理屈を語る。
「ジジイならもっとハッタリをかますような所に隠すはずだぜ。ここだと隠し場所としては意外性無さすぎるんだよ。それにここは物が多すぎて、肝心のお宝を自分で掘り出すにも時間がかかりすぎる。」
兄の言う理屈に納得したくなさそうだが、雪男はしばらく考えてから頷いた。
「つまりいつでも取り出せる、もっと手軽で大胆なところに、堂々と隠してる可能性があるってことかい。」
「具体的に言えばそういうことだな。」
兄の野生の勘が働いたらしい。時々こういう神懸かったところがあるから雪男としては兄は怖い。
「じゃあ。例えば、どこが怪しいと思う?」
「塾の建物の中は雪男のほうが詳しいだろ。」
「でも、漠然としすぎて特定出来ないよ。」
それもそうだな。燐は拙いながらに提案してみる。
「隠し場所のイメージだけは浮かぶんだよな。俺のイメージを言うから。それに当てはまる場所を特定してくれ。」
雪男はあるのかなそんなところと首を傾げる。燐は腕を胸の前で組んで目を瞑って、自分のイメージを言い始める。
「こう……だだっぴろいところだな。そんなにここのようにごちゃごちゃ物は置いてない。人通りはある程度あるとこだ。でも人はあまり近づかない。」
「人っていうのは、生徒だけじゃなく僕ら講師陣もってことかい?」
「周辺までは誰でも行くけど、部屋の中には入らないってとこだ。入りづらいっていうのかな? そういうところだ。」
雪男は兄の言葉を簡潔にまとめてみる。
「無意識に避けたくなるところかな?」
「それだ! それが言いたかったんだよ!」
雪男は少し頭を捻る。そして限りなく言いにくそうに口を開いた。
「この塾の創始者の肖像画が飾ってある部屋があるんだ。兄さんの言うとおり、ある程度広い部屋だし、人通りも多い場所にあるけど、あまり中に入ろうっていう人はいないだろうな。心理的な圧迫感を感じる部屋だから。」
「圧迫感?」
「行ってみればわかるよ。」
ついてきてと雪男は言う。雪男と燐はさらに奥へ奥へと廊下を進む。
「建物の主要部分から外れたところになるけど、応接室とか講師控え室とかがある一角なんだよ。」
「へえ……この塾の建物の奥ってそんなのがあったんだ。」
自分がイメージした部屋の癖に、実際にあるとは思っていなかったらしい。当てずっぽうがここまで的を射るところが、偶然では済まされないところか。
雪男はそのドアの前にきた途端、深く溜息をついた。
「この部屋に入る羽目になるなんて。兄さん。お宝が無かったら恨むよ。」
「そこまで言われるような部屋かよっ。」
「入ってみれば分かるよ。」
雪男はドアを開ける。燐は自分の目に飛び込んできた映像に対して「のわっ」と叫んでしまった。
「なんじゃ、こりゃ。」
「この塾の創始者、ヨハン・ファウスト・一世から現在の五世までの肖像画だよ。」
「でも。これって……全部メフィストだよな。」
その時々の時代の風景や衣装の違いはあれど、どの肖像画もメフィスト本人の顔だった。頭の先から爪先までの全身像の等身大の肖像画が五枚あった。それが部屋の壁に飾られている。五人のメフィストに見られていると思うと、なんだか気がおかしくなりそうだった。実物のメフィストにしても、余程精神力の確かな人間でなければ接しているうちに精神を失調する者も時にいると噂されているのに。長い時間肖像画の複数の視線に晒されて、正気でいられる者はいるのだろうか。
「ここには肖像画とそれ用の照明しかないから。隠せる場所は限られている。」
「大抵、こういうのって絵の裏側だよな。いわくつきの旅館のお札とかそうらしいもんな。」
燐は現在のメフィストの肖像画の前に立つ。トレードマークの白いシルクハットにマント、かぼちゃ型の半ズボンの下に派手な柄のタイツ。そしてブーツ。何から何まで再現しなくてもいいのにというレベルだった。両手を組み合わせて聖人よろしく十字架を背負って天を仰いでいる絵だった。悪魔がそのような構図を好むとは思えないが、それは画家の抱いたヨハン・ファウスト五世のイメージなのだから、メフィストになんら責任はないはずだ。しかし神を冒涜するような図柄であった。
燐は両手でその肖像画を抱えると持ち上げて、掛け金から外すと横にずれた。
「雪男。裏に何かないか?」
「はめ込んだような戸棚がある。」
「ビンゴだな。」
「でも鍵穴がある。しかも開かない。」
雪男は項垂れる。この鍵穴に合う鍵は所在がしれないからだ。
「僕は神父さんから、なにかしら鍵はもらった覚えないし……」
肖像画を抱えながら燐は叫ぶ。
「俺はジジイから一つだけ貰ってる!」
「ええ! ……でも合うかな?」
「物を隠すときの鍵って言ってたから。」
「なんか適当じゃないそれ。」
「つべこべ言わずに。鍵は首にかけてるから取ってくれ。メフィストの肖像画だけど落とすわけにもいかないしよ。」
雪男は渋々と燐の首に掛けられた紐を手繰って、塾の鍵ではないほうの金の鍵を手に取った。それを鍵穴に差し込む。かちゃりと軽い音がして鍵が開いた。
「何があるんだ?」
「今から戸棚を開けるから。……ちょっと固いんだよ。」
雪男が戸棚を開けて中にあるものを取り出す。雪男は拍子抜けしたようにそれの正体を口にした。
「女の人の写真だよ。しかもたくさん。」
「えー。」
「でもなんか普通のスナップ写真っぽい。」
雪男に燐は写真を見せられる。ごく普通の服を着た歳若い女性がにこにこと笑ってピースしたりしている写真だった。数枚は銀縁眼鏡のにやけた男が横にいて肩を抱いている写真もあった。
「これ、男のほうはヒゲと皴をつけたら神父さんじゃないか?」
燐は目を細めてその写真を凝視する。
「……。……あ!」
これでお宝の正体は、はっきりした。藤本獅郎のお宝とは、若かかりし日の藤本の歴代彼女の写真だった。
「何枚あるんだ。これ。」
「ざっと三十枚くらいあるよね。全部が全部彼女とは限らないのが、あの人の怖いところだけど。でも、この人たち全員一般人っぽいよね。女優さんやモデルさんじゃなさそうだし。神父さんが昔好きになった女の子達であることは間違いないよね。すごく気が多い人だったんだね。あれ?」
写真を見ているうちに、ある一枚で雪男の手が止まる。
「この女の人、どこかで見たような……。」
「この着物着てる女の人か? 誰なんだ?」
雪男は確かにその写真の女に見覚えがある。でもそのことを燐に言おうか言うまいかしばし迷った。
「なんだよ。なんか心当たりあるだろ。」
「心当たりは凄くあるんだけど。この人、しえみさんのお母さんだよ。フツマヤの女将さんだよ。」
「あのお母さん? 嘘だろ。」
雪男はぶんぶんと首を振る。
「しえみさんの小さい頃の写真を見せて貰ったんだ。その写真にこの人が写ってたんだ。彼女だったのかな。」
写真を穴が開くほど覗きこんでいる兄を他所に雪男は一人夢想していた。写真の中のフツマヤの女将はしえみに見せられた写真より、まだあどけなく、しえみによく似たほんわかした笑顔を向けている。フツマヤの女将になる前の、看板娘だった頃の彼女だろう。
写真の中の女将の横には他の写真と違って、緊張した面持ちの藤本が立っていた。まだ学生といった感じで、昔の正十字の制服を着ている。学生の藤本は、他の写真の女性に対するほど若かった頃の女将と親密な距離を取れないでいるような、見ている者のほうがもどかしくなってくるような構図だった。
「なんかこれってさあ。」
雪男は言葉を途切れさせた。みなまで言わないほうがいいに決まっている。しかし今現在の兄や自分がしえみに向ける思いを重ね合わせてみれば――。
「たぶん片思いだったんじゃない? っていうか、片思い以前だよね。この感じだと。」
「あのジジイがか? 惚れっぽくて、手、早そうなのに。」
「だってここで既に恋愛だったら、しえみさんのお父さんは、神父さんになっちゃってるところだよ。たぶんそれなりに淡い思いはあっただろうけど、打ち明けられないままだったんじゃなかったのかな。」
二人は黙り込む。エロ本だったら燃やすなり廃品回収に出すなり処分出来るけれど、義父の思い人たちが写った写真を燃やすことなんて出来そうにない。
「このままここに置いておこうか。兄さん。」
「そう、しよっか。」
雪男は戸棚の中に写真を全部戻して鍵を閉ざす。燐は元通りに肖像画を壁に掛けた。
「雪男。なんか急に、しえみのところ行きたくなったんだけど。」
それは雪男も同じ思いだった。兄と二人で過ごすと決めた休日だけど、その休日に誰か一人招いてもいいかもしれない。しえみだったら、なおさらそう思った。
「じゃあ、行こうか。兄さん。」
兄弟二人はそっと部屋をあとにした。
「歴代の私の肖像と、歴代の愛した人の肖像ですか。獅郎も粋な言葉遊びを思いつきますよね。」
若い頃の獅郎も今の兄弟たちのように、淡い恋をすることもあった。それを楽しんだり苦しんだり、壁にぶつかったりしながら、結局は誰とも結ばれることはなかった。メフィストは燐の持っていた肖像画から姿を現した。
「兄弟の一大イベントにしては地味な過ごし方だと思ってましたけど。ふむ……。これはこれで味わい深い。」
悪魔は満足そうに肖像画に背中を凭れかけさせた。
何も考えてなかったのは雪男だけじゃありません。私もでした。次の行き先はしえみの家です。いつになったら雪男は兄の記憶に残って欲しくない恥ずかしいことをするんだろう?
食器を片付け終わったあと、燐は雪男に問いかける。雪男はその問いに気まずそうに答えた。
「考えてなかったよ。」
「えー。なんだそりゃ。あれだけ人を全力で起こしといて、何の宛てもなかったのかよ。」
「いろいろ考えてないわけじゃないよ。ご飯食べている間も買い物とか、遊園地とか、考えてたんだけど。どれもイマイチかなって。」
「どれもイマイチってお前、遊園地とか買い物、いいじゃないかよそれ。」
雪男は頭をぶんぶんと振る。
「なんかイメージと違うんだよっ。」
今度は燐が首を傾げる。
「イメージ? どんな?」
「なんというか。身内の触れ合いっていうかな。二人して盛大に遊んでやるっていうノリじゃないんだよ。こう、ほんわかと兄さんと過ごしたいっていうか。肩に力が入らないのがいい。遊園地とか買い物だと、どうしても全力で遊ぶって感じになるじゃん。」
「よくわかんねえなあ。」
買い物だったらダラダラ歩くだけでもいいのにと燐はぼやいている。しかし雪男としては、小学校のときから溜めに溜め込んだ、かつての兄に対する甘えを全開にしたい気分だった。しかし外面のいい優等生でもある雪男は、あまりそんな甘えた姿を外の人間に見られたくないという感情もある。思春期らしいジレンマだった。
雪男がふと気がつけば、燐は会話をしながらも、カウンターの向こうの厨房でごそごそと何かをしていた。
「何してるの?」
「とりあえず外には行くだろ? 家で一日中篭ってるつもりはないんだろ。」
「そりゃそうだけど。」
「だからお前が悩んでる間に、俺が弁当作ってるわけだよ。どこ行くにしても食料確保しとけば燃料切れで動けないってことないし。」
アウトドアの可能性もあるしな。燐はにかっと笑う。雪男は何故かむすっとして頬杖をついた。
『悩んでる僕が時間を無駄にしてるみたいじゃないか。』
本当に自分は遊びだとか余暇の使い方が下手なことをこの場で再び思い知らされる。それに比べて兄は、とりあえず外に出る準備を進めてくれている。まるで兄が弟の作ったロスタイムを埋めてくれているみたいじゃないか。
時々思うことだが、日常的なことに対する対応は意外と燐のほうが上手だ。なんら賞賛されることはないが、生活に対するちょっとした気遣いが行き届いている。本当に気づかれないところだから、雪男に対してかしましい女子に評価されることはないし、雪男にも今日みたいなことがなければ気づかれない。普段はどうみてもがさつな馬鹿のイメージしかないわけで。本人もその普段のイメージを否定しないわけで。
雪男はかなり悔しくなってきた。
「兄さんは良いお母さんになれるタイプだよね。」
「なんだそりゃ。悪口?」
「一応、褒めてるよ。」
そんなことより、行き先を決めないと。雪男は行き先の候補を指折り数えながらまた悩む。
『こうなれば苦し紛れだけど、学園内でもいいかもしれない。』
正十字学園はとにかく広い。三年間在籍した卒業生もその全容を把握していないという、驚くべき事実もある。祓魔師を目指していなければまず、祓魔塾やフツマヤの存在すら知らずに三年間を過ごす生徒のほうが大半を占める。しかしながら生徒が近寄らないとはいえ、そこは関係者以外立ち入り禁止の場所とは限らない。
『今まで黙ってたけど、兄さんに対して最大の隠し玉を使う機会かも。』
雪男は「あのね」と大きな声を出して燐を振り向かせた。
「兄さん。……学園内でも探検してみる?」
「お?」
よし。雪男は燐が興味を示してくれたので、こっそりと机の下で拳を握る。
「この学校ってかなり広いから、探検し甲斐があると思ったんだけど。それに、神父さんがここの講師をしていた頃に、何か宝物を隠していたらしいって話も聞いたことある。」
「ジジイの宝物か?」
「高確率でエロ本だと思うけど。まあ神父さんのデスクとか片付けられているし。僕らが卒業したあとに、別の誰かがそんなものが見つけても恥ずかしいだけだしね。出来たら僕らで処分してあげたいかな。」
「いいな、それ。ジジイのお宝、いや、恥ずかしい遺品を息子としては処分してあげるのも親孝行だしな。」
行き先と目的は決まった。正十字学園祓魔塾、未侵入エリア。目的は故・藤本獅郎の遺したお宝の回収。
* * *
休みの日の塾には誰もいない。しかもいつでも人手不足だから、人の入らないところは掃除が行き届いてないので、中は廃墟じみている。
雪男はメフィストの部屋に行く際には祓魔師の服装をしていたが、朝食後に動きやすいラフな格好に着替えた。燐も雪男と同じような姿をしている。そして作った弁当をリュックに入れて背負っていた。ちょっと気軽な探検隊(隊員二人)の出で立ちだった。
いつも見慣れたパターンの模様が続く廊下の床。普段使う教室を通り過ぎて奥へ進む。印章術の実習教室とか、剣術や体育の実習教室も抜けて、物置じみた場所に辿りつく。
燐は背負ってきたリュックを降ろした。わずかに埃が床の上を舞った。
「ようっし。このガラクタの山からジジイのお宝を探すか。」
目の前には大小様々な道具が下から上まで積みあがっている。整理されているようでされていない。あからさまに、何かが紛れ込んでいる様子が窺える。
「兄さん、ガラクタって言わないでよ。これでも実習で使ったりしてきたものなんだから。」
雪男は細々としたものをどけていく。燐は大きな道具を持ち上げていた。が――。
「いや。考えてみたら、ここには無さそうだな。」
燐は三つ目の大道具を持ち上げたところでいきなり、水を差すようなことを言った。
「まだ始めたばっかでしょ。そんなのわかるの?」
この物置の探索を始めて三分も経っていない。燐は頭の良い雪男を説得しようと自分なりの理屈を語る。
「ジジイならもっとハッタリをかますような所に隠すはずだぜ。ここだと隠し場所としては意外性無さすぎるんだよ。それにここは物が多すぎて、肝心のお宝を自分で掘り出すにも時間がかかりすぎる。」
兄の言う理屈に納得したくなさそうだが、雪男はしばらく考えてから頷いた。
「つまりいつでも取り出せる、もっと手軽で大胆なところに、堂々と隠してる可能性があるってことかい。」
「具体的に言えばそういうことだな。」
兄の野生の勘が働いたらしい。時々こういう神懸かったところがあるから雪男としては兄は怖い。
「じゃあ。例えば、どこが怪しいと思う?」
「塾の建物の中は雪男のほうが詳しいだろ。」
「でも、漠然としすぎて特定出来ないよ。」
それもそうだな。燐は拙いながらに提案してみる。
「隠し場所のイメージだけは浮かぶんだよな。俺のイメージを言うから。それに当てはまる場所を特定してくれ。」
雪男はあるのかなそんなところと首を傾げる。燐は腕を胸の前で組んで目を瞑って、自分のイメージを言い始める。
「こう……だだっぴろいところだな。そんなにここのようにごちゃごちゃ物は置いてない。人通りはある程度あるとこだ。でも人はあまり近づかない。」
「人っていうのは、生徒だけじゃなく僕ら講師陣もってことかい?」
「周辺までは誰でも行くけど、部屋の中には入らないってとこだ。入りづらいっていうのかな? そういうところだ。」
雪男は兄の言葉を簡潔にまとめてみる。
「無意識に避けたくなるところかな?」
「それだ! それが言いたかったんだよ!」
雪男は少し頭を捻る。そして限りなく言いにくそうに口を開いた。
「この塾の創始者の肖像画が飾ってある部屋があるんだ。兄さんの言うとおり、ある程度広い部屋だし、人通りも多い場所にあるけど、あまり中に入ろうっていう人はいないだろうな。心理的な圧迫感を感じる部屋だから。」
「圧迫感?」
「行ってみればわかるよ。」
ついてきてと雪男は言う。雪男と燐はさらに奥へ奥へと廊下を進む。
「建物の主要部分から外れたところになるけど、応接室とか講師控え室とかがある一角なんだよ。」
「へえ……この塾の建物の奥ってそんなのがあったんだ。」
自分がイメージした部屋の癖に、実際にあるとは思っていなかったらしい。当てずっぽうがここまで的を射るところが、偶然では済まされないところか。
雪男はそのドアの前にきた途端、深く溜息をついた。
「この部屋に入る羽目になるなんて。兄さん。お宝が無かったら恨むよ。」
「そこまで言われるような部屋かよっ。」
「入ってみれば分かるよ。」
雪男はドアを開ける。燐は自分の目に飛び込んできた映像に対して「のわっ」と叫んでしまった。
「なんじゃ、こりゃ。」
「この塾の創始者、ヨハン・ファウスト・一世から現在の五世までの肖像画だよ。」
「でも。これって……全部メフィストだよな。」
その時々の時代の風景や衣装の違いはあれど、どの肖像画もメフィスト本人の顔だった。頭の先から爪先までの全身像の等身大の肖像画が五枚あった。それが部屋の壁に飾られている。五人のメフィストに見られていると思うと、なんだか気がおかしくなりそうだった。実物のメフィストにしても、余程精神力の確かな人間でなければ接しているうちに精神を失調する者も時にいると噂されているのに。長い時間肖像画の複数の視線に晒されて、正気でいられる者はいるのだろうか。
「ここには肖像画とそれ用の照明しかないから。隠せる場所は限られている。」
「大抵、こういうのって絵の裏側だよな。いわくつきの旅館のお札とかそうらしいもんな。」
燐は現在のメフィストの肖像画の前に立つ。トレードマークの白いシルクハットにマント、かぼちゃ型の半ズボンの下に派手な柄のタイツ。そしてブーツ。何から何まで再現しなくてもいいのにというレベルだった。両手を組み合わせて聖人よろしく十字架を背負って天を仰いでいる絵だった。悪魔がそのような構図を好むとは思えないが、それは画家の抱いたヨハン・ファウスト五世のイメージなのだから、メフィストになんら責任はないはずだ。しかし神を冒涜するような図柄であった。
燐は両手でその肖像画を抱えると持ち上げて、掛け金から外すと横にずれた。
「雪男。裏に何かないか?」
「はめ込んだような戸棚がある。」
「ビンゴだな。」
「でも鍵穴がある。しかも開かない。」
雪男は項垂れる。この鍵穴に合う鍵は所在がしれないからだ。
「僕は神父さんから、なにかしら鍵はもらった覚えないし……」
肖像画を抱えながら燐は叫ぶ。
「俺はジジイから一つだけ貰ってる!」
「ええ! ……でも合うかな?」
「物を隠すときの鍵って言ってたから。」
「なんか適当じゃないそれ。」
「つべこべ言わずに。鍵は首にかけてるから取ってくれ。メフィストの肖像画だけど落とすわけにもいかないしよ。」
雪男は渋々と燐の首に掛けられた紐を手繰って、塾の鍵ではないほうの金の鍵を手に取った。それを鍵穴に差し込む。かちゃりと軽い音がして鍵が開いた。
「何があるんだ?」
「今から戸棚を開けるから。……ちょっと固いんだよ。」
雪男が戸棚を開けて中にあるものを取り出す。雪男は拍子抜けしたようにそれの正体を口にした。
「女の人の写真だよ。しかもたくさん。」
「えー。」
「でもなんか普通のスナップ写真っぽい。」
雪男に燐は写真を見せられる。ごく普通の服を着た歳若い女性がにこにこと笑ってピースしたりしている写真だった。数枚は銀縁眼鏡のにやけた男が横にいて肩を抱いている写真もあった。
「これ、男のほうはヒゲと皴をつけたら神父さんじゃないか?」
燐は目を細めてその写真を凝視する。
「……。……あ!」
これでお宝の正体は、はっきりした。藤本獅郎のお宝とは、若かかりし日の藤本の歴代彼女の写真だった。
「何枚あるんだ。これ。」
「ざっと三十枚くらいあるよね。全部が全部彼女とは限らないのが、あの人の怖いところだけど。でも、この人たち全員一般人っぽいよね。女優さんやモデルさんじゃなさそうだし。神父さんが昔好きになった女の子達であることは間違いないよね。すごく気が多い人だったんだね。あれ?」
写真を見ているうちに、ある一枚で雪男の手が止まる。
「この女の人、どこかで見たような……。」
「この着物着てる女の人か? 誰なんだ?」
雪男は確かにその写真の女に見覚えがある。でもそのことを燐に言おうか言うまいかしばし迷った。
「なんだよ。なんか心当たりあるだろ。」
「心当たりは凄くあるんだけど。この人、しえみさんのお母さんだよ。フツマヤの女将さんだよ。」
「あのお母さん? 嘘だろ。」
雪男はぶんぶんと首を振る。
「しえみさんの小さい頃の写真を見せて貰ったんだ。その写真にこの人が写ってたんだ。彼女だったのかな。」
写真を穴が開くほど覗きこんでいる兄を他所に雪男は一人夢想していた。写真の中のフツマヤの女将はしえみに見せられた写真より、まだあどけなく、しえみによく似たほんわかした笑顔を向けている。フツマヤの女将になる前の、看板娘だった頃の彼女だろう。
写真の中の女将の横には他の写真と違って、緊張した面持ちの藤本が立っていた。まだ学生といった感じで、昔の正十字の制服を着ている。学生の藤本は、他の写真の女性に対するほど若かった頃の女将と親密な距離を取れないでいるような、見ている者のほうがもどかしくなってくるような構図だった。
「なんかこれってさあ。」
雪男は言葉を途切れさせた。みなまで言わないほうがいいに決まっている。しかし今現在の兄や自分がしえみに向ける思いを重ね合わせてみれば――。
「たぶん片思いだったんじゃない? っていうか、片思い以前だよね。この感じだと。」
「あのジジイがか? 惚れっぽくて、手、早そうなのに。」
「だってここで既に恋愛だったら、しえみさんのお父さんは、神父さんになっちゃってるところだよ。たぶんそれなりに淡い思いはあっただろうけど、打ち明けられないままだったんじゃなかったのかな。」
二人は黙り込む。エロ本だったら燃やすなり廃品回収に出すなり処分出来るけれど、義父の思い人たちが写った写真を燃やすことなんて出来そうにない。
「このままここに置いておこうか。兄さん。」
「そう、しよっか。」
雪男は戸棚の中に写真を全部戻して鍵を閉ざす。燐は元通りに肖像画を壁に掛けた。
「雪男。なんか急に、しえみのところ行きたくなったんだけど。」
それは雪男も同じ思いだった。兄と二人で過ごすと決めた休日だけど、その休日に誰か一人招いてもいいかもしれない。しえみだったら、なおさらそう思った。
「じゃあ、行こうか。兄さん。」
兄弟二人はそっと部屋をあとにした。
「歴代の私の肖像と、歴代の愛した人の肖像ですか。獅郎も粋な言葉遊びを思いつきますよね。」
若い頃の獅郎も今の兄弟たちのように、淡い恋をすることもあった。それを楽しんだり苦しんだり、壁にぶつかったりしながら、結局は誰とも結ばれることはなかった。メフィストは燐の持っていた肖像画から姿を現した。
「兄弟の一大イベントにしては地味な過ごし方だと思ってましたけど。ふむ……。これはこれで味わい深い。」
悪魔は満足そうに肖像画に背中を凭れかけさせた。
何も考えてなかったのは雪男だけじゃありません。私もでした。次の行き先はしえみの家です。いつになったら雪男は兄の記憶に残って欲しくない恥ずかしいことをするんだろう?
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HN:
柴仲達
性別:
女性
職業:
会社員
趣味:
読書、二次創作
自己紹介:
忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
柴はツイッターもしています。http://twitter.com/#!/hitsugi12
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