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幸福雑音

女性向け二次創作サイト。 イベント参加情報もここに載せています。 オフは忍たま、オンでは青エク中心。

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☆ss「悪魔の兄を弟がエンドにしちゃうぞな腐った話」第4話「レスキューコーリング」燐雪、志摩勝

俺の好きな子は、俺への殺意を他のみんなには上手に隠している。
 
 雨の中捨てられてぼろぼろの子犬のように、俯いた遠め目に見れば何の変哲もないようで近づけばえもいわれぬ雰囲気を醸し出している男が、理事長室の前で膝を抱えて蹲っていた。メフィストは何の悪意もなく近寄って、その肩を軽く叩いた。
「いっつぅ……」
「おやおやそんなに強く触ったつもりもないんですけどね。ここなんかどうですか? 奥村君。」
 メフィストは今度は膝に手を置いてみる。
「いてえって。そこが一番新しい傷なんだよ。」
 ほお? メフィストは心配より好奇心が強いのか、その他の場所も軽く叩いてその度に燐は痛みに眉を寄せた。とうとうメフィストが燐の袖を捲り上げる。衣替えがまだの長袖の学園制服の下には、数え切れないではないが数えるのが億劫になるような、痛々しい青痣を幾つか見えた。
「悪魔の身体にそこまで傷をつけるとは、貴方の弟の折檻は尋常じゃありませんね。」
 胡散臭い享楽主義に見えるメフィストでさえも眉の一筋くらいは動かすような、そんな燐のありさまだった。
「獅郎が草葉の陰で泣いてますよ。きっと。」
「傷は派手だけど、そんなに痛くないんだ。」
 あんなに呻いていたくせに強がりだけは一人前だった。
「痛いのは心ですか。」
 しかし強がりもそこまでは届かず燐は頷く。そのあと鼻を啜っている。目も赤くなっていた。
そりゃあそうだ。サタンの息子という出自の割には、燐は育ての親に恵まれていた。この学園に来るまでは外の世界との不協和音はあったが、基本ほけほけとした馬鹿でも良かった。ところが十五歳の四月から弟から虐待紛いの、いや、虐待そのものの暴力を受けている。
「奥村君。いや、燐。貴方は、弟からのそれを外に言いふらすつもりはないのですか?」
 つまりは虐待の事実を訴えて、外に助けてもらえとメフィストは言っている。
「お前は助けるつもりはないのかよ。俺のこと。」
 何のためにこんなところで蹲って同情を惹いているんだと燐は毒づく。メフィストはやっぱりわざとですかと溜息をついた。わざとらし過ぎる不幸な演出ぐらいしか、その馬鹿な頭には思いつかなかったらしい。流石、元ヤン。
「私は貴方たち兄弟に対しては公正で平等な立場ですけど、元々赤の他人ですからね。兄弟喧嘩くらいで助けを求めないで下さい。事がこじれる元ですよ。」
 この有様が人間の常識には兄弟喧嘩で済むのかよと燐は噛み付く。
「はなっから助ける気なんてないだろ!」
「そういう貴方からは、はなっから本気で助かりたいという気持ちが見えてきません。」
 燐は息を呑む。そして左手を自分の心臓の前で握った。
「そうだよ。傷云々は別にどうってことねえんだよ。心の問題なんだよ。」
「じゃあ、私には助けられませんよ。貴方を暴力から解放することは出来るかもしれません。しかし、貴方たち兄弟を相互して助けることは出来ません。」
 燐はメフィストの理屈をなんとなくも理解できてないように口を開けている。
「俺なんか悪いことしたのかな? だからこんなに救われねえ気持ちばっかに、なったりするのかな? 雪男を好きになったのは、なんかの罰かな?」
 燐は遠い目をする。その暗い瞳の青さがメフィストの興味を惹く。燐は堪えきれずに言葉を迸らせた。
「あいつのことじろじろ盗み見て、そんだけじゃ足りなくなって、服の隙間からなんか見えないかなとか覗き込んで、もちろん雪男には分からないようにしてるけど。そんでもってちょっと近寄って匂いなんか嗅いじゃったりして、まだまだ大丈夫だと思ったら、すれ違う振りして触ってみたりして、雪男が寝不足でぼーっとしてる時なんか、躓いたふりしてベッドに一緒にダイブしたりとか。」
「ちょっと待て! 貴方そんだけやったら殴られてあたりまえですよ!」
 雪男も虐待に走る前に直接それが嫌って言えよ! メフィストは頭を抱える。
「貴方たち兄弟は望むとも望まざろうとも、もっと色んな人に観測されるべきですね。私の視野の広さと深さを以ってしても、私がどれだけ貴方たちの事情を知っていようとも、どうにかしてあげられる自信がありません。」
「なんだよ。四人部屋パスして俺と雪男を二人部屋に叩き込んだ癖に。こちとら毎日生殺しなんだよ。一日に俺が何回死んでくれとか、殺すとか言われてるのか、知ってるのか?」
 いつのまにかヤンキー座りになった燐がひぃふぅと指を折りながら、言われた呪いの言葉を数えている。それが十本の指で三往復したとき、メフィストは言葉で遮った。
「まさしく生殺しでしょうね。ていうか、そこまで互いへの言動の異常さが酷いとは思ってませんでしたよ。」
「ちっ。悪魔同士なら分かり合えると思ってたのに。」
「私は悪魔ですけど変態じゃありませんから。」
 会話を中断してメフィストは部屋に燐を招き入れる。
「さあ今日はどのシリーズですか?」
「あー。さっきお前に愚痴ってたら無性に、眼鏡っ子が痴漢されるシチュエーションを見たくなったなあ。」
「こういう映像作品で眼鏡っ子ものを探すのはちょっと骨なんですよね。」
 そう言いながらもメフィストはドイツ語で一二の三と唱えてDVDの幾つかのパッケージを燐の手のひらの上に召喚する。
「貴方。ここに来ることは、弟さんにちゃんとなんらかの言い訳をしてきたんでしょうね? こんな性欲処理に私が加担していることを知られたら、夜道もろくろく歩けませんよ。」
「いや。メフィスト相手だったら、あいつ意外と警戒のハードル低くなるぞ。保護者とかなんとかだからって。何故か志摩相手だといろいろ疑われるんだよな。」
 メフィストはモニターの前で色々と待機している燐を一瞥すると、お友達は選びなさいと言って自分だけのために紅茶を淹れに行った。
 
「マスターベーション一つに目くじら立てる相手をよく好きなままでいられますよね。」
 
     *   *   *
 
 今日も今日とて、祓魔師資格習得に意欲を燃やす勝呂を筆頭に(中井さん的な意味で)、塾生たちは塾開始三十分前には教室で待機していた。勿論、遅刻すれすれ組の燐はそこにいない。
「奥村は相変わらず遅いなあ。」
 勝呂はいわずもがななことを言う。志摩はびくっと背筋が震えたが、平静を装って軽口を叩く。
「放課後ろくに用事もあらへんのに、あれはもう義務的に遅刻すれすれしとるとしか思えへんなあ。」
 むそくそな燐へのコメントに、しえみが「はい」と手を上げる。
「違うよ。燐は放課後、雪ちゃんのところに一旦寄ってからこっちに来るんだよ。雪ちゃんが、そこらへんの柄の悪い人に絡まれないように、後ろからそっと見張ってるんだって。」
 その言葉を聞いた勝呂と志摩は顔を見合わせる。見るからに柄の悪そうな奴がよくもそんなことを言えるもんだと声を潜めている。
「入試一位の先生に因縁つけようとする不良なんて、この学園におらんやろ。」
「坊。疑問が甘すぎですわ。俺見たことあるんです。若先生が更衣室で講師の制服に着替えているのを覗き見している、奥村君の姿を。」
「言うたかて。服着替えるいうて上だけやろ。」
「着替えを覗く言うところにツッコまんあたり、坊も薄々感づいとるんですね。」
「着替えがどうのこうのはお前から聞いて初めて知ったんやけど、奥村の若先生見る目線のねちっこさには前から気づいてたわ。」
「話巻き戻しますけど。例え上着一枚でも、特別な感情持っとる子が脱ぐ姿言うんは、くるんと違いますか?」
「阿呆。そんなもん俺に分からそうとすな。」
 勝呂は机に頬杖をついた。子猫丸は二人を見比べながら、ほんの少し顔色を悪くさせて呟くように言う。
「奥村君は男が好きなんやろか。」
 あまりにもストレートな言い方に、志摩は子猫丸の口を塞ぐ。
「あかん。俺みたいなのが言うんはともかく、子猫さんが言ったらあかん。」
 三人は肩を竦めながら溜息をつく。しえみは三人の会話に半分もついていけてなかったが、まだここにいない燐が消極的ながら非難されているような雰囲気を感じ取ったので、立ち上がって三人に喝を入れる。
「燐は雪ちゃんが好きなんだよ。」
「そうや。俺らそういうふうに理解しとるんやけど。」
「だったら何で、そんなにみんな嫌そうで暗い顔してるの?」
 あまりにも悪気の無い、状況をまるで分かってない言葉だったが、三人は何故か何も言い返せない。
 やめときなさい。今まで黙っていた出雲が、聞いていられなさにわざわざ間に入って、しえみの肩を叩く。
「とにかくね、女子に被害が無ければそれでいいの。特に私や朴にね。」
 しえみは納得していないのか、出雲が背を向けたあと小声で勝呂に言う。
「私、燐と雪ちゃんが羨ましいんだよ。あんなふうに、いつも傷だらけになるぐらい喧嘩出来るのは、兄弟だからだよね。」
 勝呂の顔色が蒼白になる。
「杜山さんも、気づいてたんか。」
「坊。杜山さんが気づいとるから何や言うんや。奥村君の傷は覗きとかの自業自得やん。坊が顔色悪うすることあらへん。」
 塾初日から数週間が経った今日のこの頃だったが、ほとんどの塾生は奥村兄弟にまつわる虐待の事実を知っていた。常に消毒液やらメンソレの匂いを漂わし、時には包帯やら絆創膏が長袖の下から覗く同級生の異常さは、嫌でも毎日会っていれば分かる。それを今まで見て見ない振りを続けていた。奥村燐が教室ではひたすら明るく振舞っている所為もあるが。
「他の先生に相談したほうがええんとちゃうんか。」
 横にいる志摩に勝呂は相談するような独り言を呟いている。志摩はやめてくださいと綺麗な関西イントネーションで言って、勝呂の手をぎゅっと握る。大事な坊は常識人だけど世間知らずなので、近寄らないほうがいいものをいまいち分かっていない。志摩は勝呂のそんなところを可愛いと思っているが、今回ばかりはそれを許すわけにはいかない。
「とりあえずスルーできるだけスルーするのがいいと思います。なんや奥村君って人間離れしたところもありますから。」
 意外と燐の正体の一端を言い当てているような志摩のコメントだった。勝呂は耐え切れないように首を横に振る。
「実は、」
 勝呂は意を決したように志摩に言葉をかける。志摩は子猫丸の口を塞いでいた手を解いて「なんですのん。坊。」と聞き耳を立てる。
「前、奥村先生が出張で三日ほど留守にしたやろ。そんとき俺奥村に、」
 勝呂のただならぬ気配に志摩と子猫丸は緊張した面持ちを見せる。
「奥村が思いつめた目ぇして、『お前、雪男と身長そう変わらねえよな』と言われて抱きつかれたんや。」
 志摩と子猫丸はぎゃああっと叫んで、勝呂のほうに詰め寄る。大事な坊の一大事がとっくの昔に起こっていたなんて、初耳もいいところだった。
「ほんで、何されたんやって……。って、もっと早く相談して下さいよ。」
 切実な問題だった。
「あ。でも僕も奥村君に抱きつかれたことありますよ。『雪男みたいに色白だな』とか言われたような。」
「子猫さんには警報ベル持ってもらわんとあかんなあ。」
 勝呂はまだ話の途中だと言って、続きを話し始める。
「抱きついたあとにな、お前ダイエットしろ。あと六キロ言われたわ。一センチ違うだけなのに、六キロも体重多いと抱き心地がいまいち言われたんや。確かに重過ぎるかもしれんし、頑張れば絞れないわけやないけど。」
「坊。なんでそこでダイエットしてみようと思うんや。坊はがっちりしてるくらいがちょうどええのに。奥村君はわかっとらん。そんなことより、変に同情したらあかん。俺言わんとこ思うてたけど、俺も奥村君にあと身長四センチ伸ばせ言われたわ。」
 子猫丸はきょとんとしている。
「僕そんな駄目だしされませんでした。」
「そりゃあ、子猫さんはそのままで可愛いからやろうなあ。」
 一旦退いていた神木出雲が再びつかつかと三人に近づいてきた。
「とにかくねえ、あんたらダイエットでも人体改造でもして、私たち女子の被害を水際で食い止める土塁になってよね!」
 暗に男好きの変態の人身御供になれと言っている出雲に、今まで無視を決め込んでいた宝や山田もぶるりと背中を震わせているのが勝呂たちにも見えた。
 危険から身を守るのは男女平等やろと勝呂は思うが、屍襲撃事件以来、影の実力者として塾にて認定されている、しえみまで非難することになってしまうので、言い方を自然と変えざるを得ない。
「神木。女子言う理由で、クラスメイトのことなのに、対岸の火事決め込むんはどういうことや。」
 案の定、しえみはうんうんと頷いている。しかしたぶん、意味は分かっていない。出雲は、はっと勝呂の言葉を笑い飛ばす。
「勝呂、そんなことを言っているあんただって、奥村燐や先生を本気で助ける気無いでしょ。」
 出雲の挑発するような言葉に、勝呂はちょっと考え込んだあと「そうでもない」と返した。出雲は口を開けたまま呆然とした。そこは言葉を詰まらせるところだと言いたげに。志摩が前のめりになって勝呂を掻き口説く。
「ぼ、坊。早まらんといて下さいっ。」
「そやかてなんか、ほっとけんやろ。」
「ほっときましょうよ。」
 志摩に続いて子猫丸が、早まったことを言っている勝呂を宥めようと言葉を発する。
「坊はただの同級生の為に、汚れてもかまわん言うんですか?」
 直接的な表現は極力避けられたようだが、却って生々しく聞こえてしまう。勝呂は顔を赤くして口の中で小さく何かを呟いている。
「え? 坊。聞こえまへんけど?」
「せやから志摩……。俺あんなふうに抱きつかれたんは初めてやから――。」
「これやから世間知らずのボンボンは!」
 勝呂のお目付け役としては痛恨のミスもいいところだった。実家に報告すればすぐさま自分は両親兄弟総出で凹られる。
 
「そういえば一時間目は悪魔薬学なのに、雪ちゃんも遅いよね。」
 
 しえみが会話の間隙に何気なく言った途端、何かを感じ取ったらしい勝呂が立ち上がって走って教室を出て行く。その後を志摩と子猫丸も追う。何の前触れと教室と廊下がざわめいた。
「なんや坊。なんか察知したんかな。」
「志摩さん。いざとなったら気絶させてでも教室に連れ戻しましょう。」
 志摩と子猫丸を追い抜いて、教室の後ろにいた山田がこっちだと志摩と子猫丸を誘導する。
「山田君、なんでいきなり……」
「あいつらに関して何か思ってるのは、あんたらだけじゃねえんだよ。俺は面倒だから最終的にあんたらに丸投げするかもしれないけど、ちょっとしたことだけはさせてくれ。」
 フードを目深に被った山田は志摩と子猫丸を先導する。なんでこないなことにと、京都三人衆のうち二人は思ったか思わなかったか。しかし後ろを振り向くと、神木出雲と杜山しえみと宝も後から続いている。
勝呂に追いついた山田はこっちから気配がすると言って、塾生全員を連れて建物の裏手にある階段を指差した。
「下だ!」
 山田の声と同時に勝呂が転げ落ちるようなスピードで一目散に階段を駆け下りる。奥村燐の姿が見えない限り止りそうにない。
いつのまにか弟好きな変態が塾生の心を一つにしているようだ。とにかく奥村兄弟二人の不在が、きな臭い何かに塾生の心を引き寄せている。人知を超えたそれを、シンクロとかシンパシーとか言うのだろうか? 神がかりな運命の歯車が合致して重々しい音を立てて加速しているようだった。
 階段を下って行く先に、勝呂のとさか頭がわずかに見えた。立ち尽くすその目線の先に、銃を構えた雪男と這い蹲って後ずさる燐の姿があった。
全員が階段の最下部に集結する。雪男は突然現れた塾生たちに動ずることなく、冷静に兄に銃口を向けたままだった。
「せんせ。それ何しとん?」
「……」
 勝呂の問いかけに雪男は無言だった。勝呂は尚更叫ぶ。
「自分の兄に何やっとる言うとるんや!」
「勝呂。俺たちのことはほっといて、いいから……」
 燐が銃口から庇うように下げた頭を、わずかに上げて言った。いいわけがない。燐のこめかみや頬には掠った弾の痕が見えた。少し皮膚を抉ったそこから、血がドクドクと流れている。
 複数の視線に晒されて雪男はにっこり笑うと、何事もなかったかのように銃をしまう。それを見た燐が立ち上がって塾生一同に「ごめんな」と軽い口調で言った。
「ちょっと躓いて顔からこけたんだよ。雪男は銃の調子が悪いから点検してる最中でさあ……」
 勝呂は立ち尽くしている。そんな嘘、こんな状況で信じろと言うほうが無理だと言いたかったが、雪男がコートから医療セットを取り出して燐の手当てを始めたので、それ以上は口に出せなかった。
「本当、兄さんってそそっかしいよね。」
「うん。ごめんな。雪男。」
 兄弟に視線を向ける一堂の前で、雪男は医療セットの中を引っ掻き回しながら、困ったように首を傾げる。
「兄さんがしょっちゅう怪我するから、消毒用のガーゼが足りなくなっちゃったよ。」
「そ、そうか。本当に済まないなあ、雪男。」
 雪男は燐の頬に顔を近づけると、血が滲んでいるそこに唇を当てて流れる血を舐め取った。勝呂はそれに目が釘付けになっている。
「ゆ、雪男?」
「ガーゼが足りないからしょうがないだろ。」
 何度も傷口に舌が這うのを、燐はとろけそうな顔で受け止めている。
勝呂は堪らなくなって膝から崩れ落ちる。その肩を震える手で志摩と子猫丸が支えた。
「やっぱり、燐と雪ちゃんって仲良しだよね。」
 しえみの的外れな言葉に、とうとう冷静さを保てなくなった出雲は顔を覆った。
 
「馬鹿っ。」
 
 出雲は踵を返して一番に階段を上がっていく。その場の、しえみを除いた一同がそれに倣う。皆の思いは一緒だった。
この兄弟は誰も助けられない。曲がって歪んで捩れて完結してしまうしか救いの道が無さそうだ。それが不特定多数による観測の結果の上に出た結論。
 
     *   *   *
 
「まさか理事長室にまで盗聴器を仕掛けられてるとはねえ。貴方たち兄弟の所為で、正十字学園は無法地帯ですよ。」
 学園の管理者であるはずのメフィストが一講師の影の専横を許してしまったことを、遺憾だとばかりに嘆いた。調度品には銃痕が残っている。いつもの魔法でそれは直せるが、メフィストはその場で起こった非日常の余韻をしばらくは忘れられそうにない。
 
 開けられるドア。間髪いれず撃ち込まれる銃弾。銃弾の一発は燐が眺めていたモニターに直撃した。そのあと燐は脱兎のごとく理事長室から出て行って、当然の如く雪男はそれを追った。あとに残ったメフィストは滅茶苦茶になった部屋の中で呆然としていた。
 
「やっぱりしょっちゅうお前のところに来すぎたかな。」
 メフィストはシルクハットのつばに手をやって、俯いてみせる。そして苦々しく言った。
「貴方がここに来すぎたにしても、普通自分の上司の部屋に仕掛けませんよ。おまけに銃を持って襲撃するなんて。貴方の淫行に対しては奥村先生はどんな社会的規律も無視するつもりですよ。貴方に多少以上の非はありますが。そうだとしても奥村雪男の行為に私は納得しかねます。ところで。これから貴方の逃げ場は本格的になくなりましたけど。これからどうするんです?」
 燐は見るからにあまり物を考えなさそうな顔であっけらかんと言う。
「逃げたから、いけなかったのかもしれねえ。雪男、滅茶苦茶怒ってたし。」
「私は逃げることは悪だと思ってませんけどねえ。逃げ場の無い人生なんて安息が無いのと一緒じゃないですか。」
 それはメフィストだけの恨み言じゃなかった。しかしわからずやで鈍い燐は、てへへと笑って絆創膏が張られた頬を撫でている。
「だから俺には安息なんてあっちゃいけないってことだろ。悪魔で兄貴っていう事実は変えられねえし。俺が雪男を好きだってことも。」
「それで、いいんですか?」
 燐は涙ぐむ前の一歩手前の笑顔で頷く。
「だから俺はあいつに殺されないように、頑張らなくちゃいけないんだ。」
 燐は迷惑をかけたなと言って、メフィストに頭を下げて理事長室から出て行った。
メフィストはクローゼットに隠れていた勝呂に声を掛ける。
「鈍くて馬鹿な男は嫌ですよね。助けを求めなくても、助けようとする誰かの声に耳を傾けて欲しいものですよね。」
 勝呂はクローゼットから這い出る。
「ほんまやなあ。それにしても、悪魔ってなんや?」
 勝呂の最後の問いかけにはメフィストは答えない。勝呂が本当の意味で燐を助けたいなら、近いうちに自分でたどり着くべき真実だったから。
 
 建物から出た燐を雪男が迎えに来ていた。
「おう。帰ろうか雪男。」
「うん。兄さん。」
 その歪な後姿を見送る勝呂。勝呂は拳を硬く握った。
 
×俺の好きな子は、俺への殺意を他のみんなには上手に隠している。
○俺の好きな子は、俺への殺意を他のみんなには上手に隠せていなかった。




今回かなり長くなってしまいました。勝呂たちもとうとう参戦です。今回修羅場がそれほどでもないので、私達的には楽でした。毎回オチの雪男のデレシーンを考えるのがしんどいような、楽しみなような、そんな今日のこのごろです。

拍手[3回]

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柴仲達
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職業:
会社員
趣味:
読書、二次創作
自己紹介:
忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
柴はツイッターもしています。http://twitter.com/#!/hitsugi12

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