幸福雑音
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☆ss「デュランダル」勝燐 京都編後捏造
「勝呂はさあ……」
現在の状況とあまりそぐわないような掠れた声で燐は言った。俯いた顔の下で、両手の指はシャツのボタンを外している。勝呂はそれをぼんやりと見ていた。
雪男が不在の六○二号室は、小さな雑音さえ鮮明に耳に入ってくる。燐がしきりにしばたいている瞬きの音だとか、吐き出す息、わずかな衣擦れさえも聞こえてくるようだ。
「なんや?」
燐は全てボタンを外し終えたあと、勝呂の座っているベッドのほうに近づく。燐はベッドの上の勝呂のすぐ隣に座った。
「俺が初めてお前のこと、好きだって言ったときのこと覚えてる?」
「さあ、どうやったかな。」
実際にあまり記憶にはなかった。薄情というのではないが、特別に記憶に残るような言い方をされた覚えがない。
「本当に、覚えてない?」
最初はかっこいいとか、頼りになるとか、そんな言い方がだんだんと形を変えて、直接的に好意を伝えるような言葉に変わっていったと思う。何月何日のいつごろだったとか、その時の周りの様子とか。でも、二人きりだったということは覚えていた。それくらいにまで一緒にいることが普通になった頃にさりげなく言われた言葉だった。
記憶が曖昧なのは、もう一つ理由がある。上書きされた記憶の方に引き摺られているからだ。燐のブラックボックスとも言える出自を聞かされるまでの期間のことは、その後の怒涛の京都での数日間の密度に比べれば、消し飛ぶように薄い記憶になってしまっている。
そんでも一応、終わらせたんや。俺ら。
勝呂は燐の腕を引っ張って、自分のほうに引き寄せる。燐は大人しく勝呂の胸に顔を埋めた。燐は今から眠ってしまいそうに目を伏せている。そしてすぐ傍にいる勝呂の気配に自分の存在を溶け込ませようとしているようにも見えた。
まだ京都での出来事のなにもかもの感触がまとわりついて離れてくれない。でも二人ともそんなことは口には出さない。
だからこうして今、勝呂は燐と触れ合う距離にいるけど、胸の中には色んな傷痕が残っている。もう燐のことを単なる可愛い馬鹿とは思えない。出会ってから夏休みの始めまでの燐との甘いやりとりは、とっくに過去のものになっていた。もうあの悪魔の気配が微塵もなくて、その存在を自分の対岸だと思っていた日々と同じようにはいかない。
でも燐の問いかけで、勝呂もおぼろげながらに思い出したことがあった。
「あんときお前は、俺を好きや言うたんやなくて、好き『かも』って言ったんやなかったかな?」
「『かも』がついてたから、覚えて貰えなかったのかな。」
相変わらず馬鹿なことを訊いてくる。『かも』がついている程度の差は、勝呂は気にしていない。呼び出されて告白されたわけじゃなかったんだから。本当に日常の些事に紛れるようなところで言われたのだから、その時の燐の曖昧さは仕方ない。
「確かお前。あんとき、俺の手をごついなとか言うて、人の手で遊んどったやろ。そのどさくさに言われたんやなかったかな。」
「俺は。その前からお前のことかっこいいとか言うのも、結構勇気いったんだけどな。相手にされなかったらとか、嫌がられたらどうしようとか。俺最初、お前に良いように思われてなかったし。」
燐は顔を隠すように俯いている。垂らされていた手が上がって、勝呂のシャツを掴んだ。
「でもお前、俺のこと構ってくれるようになって嬉しかった。そんでお前の手触ってたら、胸がぎゅっと痛くなって、思わず言っちゃった。」
「それで、『かも』か――。」
燐は頷く。勝呂は目を下にやった。燐の自分よりは小さな背中の向こうに悪魔の尻尾が見えた。サタンの息子だということを隠していたときは、一回も目にすることはなかったそれ。どんなにおぞましいものかと思いきや、ちょっと間抜けさすら感じるような、この馬鹿な男の一部分としては相応な姿だった。
馬鹿な、か――。
もうそんな言葉で片付けてはいられない。馬鹿である以上に、悪魔の首領の息子なのだから。しかもずっと昔から倒すと決めていた魔王の。
幾ら近い距離で向き合っても、それだけは胸の重石として燻り続ける。幾らこいつがしおらしく笑いかけてきても、キスをねだっても、肌を晒して誘ってきても、俺はそれを忘れることは出来ない。忘れられなくても、好きなことには変わりないのかもしれないが。無邪気で純粋なままではいられない。
たぶんずっと好きでい続けていたら、ずっとその痛みが勝呂を苛むに違いない。それでも――。
「勝呂、好き。」「俺も好きなんや。」
馬鹿な男は相変わらず馬鹿のひとつ覚えのように、変わらない愛の言葉を囁く。そして勝呂も愛の言葉で返した。
いろいろ雪男とか雪男とか雪男が不安な今日のこのごろですが、京都編後捏造書いてしまいました。雪男がどうなっていてもとりあえず、なんとかなるお話にしました。
現在の状況とあまりそぐわないような掠れた声で燐は言った。俯いた顔の下で、両手の指はシャツのボタンを外している。勝呂はそれをぼんやりと見ていた。
雪男が不在の六○二号室は、小さな雑音さえ鮮明に耳に入ってくる。燐がしきりにしばたいている瞬きの音だとか、吐き出す息、わずかな衣擦れさえも聞こえてくるようだ。
「なんや?」
燐は全てボタンを外し終えたあと、勝呂の座っているベッドのほうに近づく。燐はベッドの上の勝呂のすぐ隣に座った。
「俺が初めてお前のこと、好きだって言ったときのこと覚えてる?」
「さあ、どうやったかな。」
実際にあまり記憶にはなかった。薄情というのではないが、特別に記憶に残るような言い方をされた覚えがない。
「本当に、覚えてない?」
最初はかっこいいとか、頼りになるとか、そんな言い方がだんだんと形を変えて、直接的に好意を伝えるような言葉に変わっていったと思う。何月何日のいつごろだったとか、その時の周りの様子とか。でも、二人きりだったということは覚えていた。それくらいにまで一緒にいることが普通になった頃にさりげなく言われた言葉だった。
記憶が曖昧なのは、もう一つ理由がある。上書きされた記憶の方に引き摺られているからだ。燐のブラックボックスとも言える出自を聞かされるまでの期間のことは、その後の怒涛の京都での数日間の密度に比べれば、消し飛ぶように薄い記憶になってしまっている。
そんでも一応、終わらせたんや。俺ら。
勝呂は燐の腕を引っ張って、自分のほうに引き寄せる。燐は大人しく勝呂の胸に顔を埋めた。燐は今から眠ってしまいそうに目を伏せている。そしてすぐ傍にいる勝呂の気配に自分の存在を溶け込ませようとしているようにも見えた。
まだ京都での出来事のなにもかもの感触がまとわりついて離れてくれない。でも二人ともそんなことは口には出さない。
だからこうして今、勝呂は燐と触れ合う距離にいるけど、胸の中には色んな傷痕が残っている。もう燐のことを単なる可愛い馬鹿とは思えない。出会ってから夏休みの始めまでの燐との甘いやりとりは、とっくに過去のものになっていた。もうあの悪魔の気配が微塵もなくて、その存在を自分の対岸だと思っていた日々と同じようにはいかない。
でも燐の問いかけで、勝呂もおぼろげながらに思い出したことがあった。
「あんときお前は、俺を好きや言うたんやなくて、好き『かも』って言ったんやなかったかな?」
「『かも』がついてたから、覚えて貰えなかったのかな。」
相変わらず馬鹿なことを訊いてくる。『かも』がついている程度の差は、勝呂は気にしていない。呼び出されて告白されたわけじゃなかったんだから。本当に日常の些事に紛れるようなところで言われたのだから、その時の燐の曖昧さは仕方ない。
「確かお前。あんとき、俺の手をごついなとか言うて、人の手で遊んどったやろ。そのどさくさに言われたんやなかったかな。」
「俺は。その前からお前のことかっこいいとか言うのも、結構勇気いったんだけどな。相手にされなかったらとか、嫌がられたらどうしようとか。俺最初、お前に良いように思われてなかったし。」
燐は顔を隠すように俯いている。垂らされていた手が上がって、勝呂のシャツを掴んだ。
「でもお前、俺のこと構ってくれるようになって嬉しかった。そんでお前の手触ってたら、胸がぎゅっと痛くなって、思わず言っちゃった。」
「それで、『かも』か――。」
燐は頷く。勝呂は目を下にやった。燐の自分よりは小さな背中の向こうに悪魔の尻尾が見えた。サタンの息子だということを隠していたときは、一回も目にすることはなかったそれ。どんなにおぞましいものかと思いきや、ちょっと間抜けさすら感じるような、この馬鹿な男の一部分としては相応な姿だった。
馬鹿な、か――。
もうそんな言葉で片付けてはいられない。馬鹿である以上に、悪魔の首領の息子なのだから。しかもずっと昔から倒すと決めていた魔王の。
幾ら近い距離で向き合っても、それだけは胸の重石として燻り続ける。幾らこいつがしおらしく笑いかけてきても、キスをねだっても、肌を晒して誘ってきても、俺はそれを忘れることは出来ない。忘れられなくても、好きなことには変わりないのかもしれないが。無邪気で純粋なままではいられない。
たぶんずっと好きでい続けていたら、ずっとその痛みが勝呂を苛むに違いない。それでも――。
「勝呂、好き。」「俺も好きなんや。」
馬鹿な男は相変わらず馬鹿のひとつ覚えのように、変わらない愛の言葉を囁く。そして勝呂も愛の言葉で返した。
いろいろ雪男とか雪男とか雪男が不安な今日のこのごろですが、京都編後捏造書いてしまいました。雪男がどうなっていてもとりあえず、なんとかなるお話にしました。
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忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
柴はツイッターもしています。http://twitter.com/#!/hitsugi12
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