幸福雑音
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☆ss「ソルジャーブルー」「アラベスク」シリーズ番外編、アサ燐
雪男と燐が、正十字騎士団日本本部にしつらえられたアーサー・О・エンジェルの仮住まいに向かう前の出来事だ。
雪男と燐の間では、既に燐はアーサーの愛人になるべきだという方針は決まっていた。しかし彼の元に向かうまでの経緯で既に知らされていることだが、燐はこのルートに納得しておらず、陰鬱な気分で毎日を過ごしていた。聖騎士であるアーサーはそれなりに所用があるのか、燐が引き渡される段取りとかは、なかなか連絡が来ない状態で、それ故に燐は気持ちの整理が覚束ないでいた。
「奥村君。僕らの任務に良ければついて行ってみないかね。」
塾の講師の一人である椿薫が燐に何気なく言ってきた。燐はそれに目を丸くする。
「え? 候補生の俺が勝手について行っていいのかよ。行きたいけどさ。」
「最近君が騒ぎをおこ……いや、素行が落ち着いてきたからね。それにスランプ気味なんじゃないかと湯川先生も仰ってましたし。」
結構淡々と塾生に接しているのかと思えば、椿・湯川両講師は、燐が思うより頭が柔らかいというか、それなりに人情のある人柄らしい。燐からすればスランプというのも、自分の元からの物覚えの悪さじゃないかと思わないわけじゃないが、どうしてもその好意には飛びついていってしまう。
「行く、行く行く行く!」
前のめりになる燐を押し留めるように、椿は燐の目の前に手を翳した。
「そんなに乗り気になってくれてる所、悪いんだけどね。場所は正十字学園の森林区域なんだよ。やっぱり君の場合近場じゃないと、私らも上にうるさく言われる身だから。」
燐は「ああ。やっぱり。」と思ったが、そんな事情でも燐を誘ってくれた椿と湯川には感謝せずにはいられなかった。サタンの落胤であることを知りながらも、あくまで椿と湯川にとっては「この頃調子の悪い教え子」だと思われている事実は、燐の気持ちを軽くしてくれた。
「今回の任務は軽いものだけど、人数は結構投入されているんだ。で、君に頼みたいのはねえ。」
「斬りこみ隊長か!」
「君は候補生だろ。」
冷静でもっともなツッコミだった。
「頼みたいのは拠点での留守番と、炊き出しなんだ。」
雑用係かと燐は気が抜けたが、前のキャンプでの楽しかった思い出もあるので、そんなに悪い気はしなかった。それに大人数の食事を作るのは修道院時代で馴染んでいる。
「森林地帯は祓魔師の演習場みたいなものだからね。さっきは任務なんてそれらしく大袈裟に言っちゃいましたけど、本当はかなり演習の側面のほうが強いんですよ。定期講習みたいなものです。だからあんまり気張らないようにして下さい。あくまで貴方の仕事は美味しいご飯を作ることですから。」
「はいっ。奥村燐、頑張ります!」
自分の取り柄に関してはそれなりに期待されている。今の燐にとってはそれだけでも嬉しかった。
* * *
そんな椿や湯川への株が大暴落を起こしそうになったのは、拠点での留守番に思わぬ人物がいたからだ。
「やあ、サタンの息子。」
「………」
どうしてこいつがここにいる?
しかも他の演習参加者は拠点を離れて虫の悪魔とドンパチやっている。今この場には燐しかおらず、燐はカレー鍋に大量のカレーの仕込みを終えて、煮込み工程に入っているところだった。つまり大方の準備を終え、あとは時が進むまま鍋をかき回していればいい状態だった。無視を決め込もうかと思っていた燐に、アーサーは否応無く声を掛けてきた。
「椿先生や湯川先生から聞いてないんですけど。」
アーサーは朗らかに笑いながら、燐の問いかけになっていない言葉に対して回答を差し出した。
「彼らにとっては聖騎士は敬意の対象だからね。彼らに気兼ねさせないように、はからったまでさ。つまり俺がここに来たのはお忍びなのさ。」
そう言って燐の目の前の男、アーサーは嫌らしいくらいに爽やかな笑みを向けてくる。とりあえずこの男がここに来たということは、目当ては燐なのだろう。そして、話題となればかなり限られてくる。燐はその場から離れることも出来ないので、恐る恐るアーサーが話しかけてくるのを待った。
「いい返事を貰えて嬉しいよ。」
やはりあのことかと燐は身構える。
「もう、そっちに連絡が行ってたのか。」
燐は硬く無理やり笑顔を見せようとしている。でも上手くいかない。多分雪男がアーサーに連絡を入れたのだろう。アーサーは怪訝そうに燐に尋ねる。
「なんだい。快く決心してくれたと思ったのに。」
「俺だって引きずる感情はあるんだよ。」
「……。審問のことかな?」
敢えて具体的に言えばそうなのだが、燐としてはそれだとはっきり言い切れない。アーサーは一つ溜息をついて燐が座っている隣に腰を下ろした。
「いつまでも拗ねて欲しくないなあ。俺はそんなに一面だけの人間じゃないんだぜ。今日だってこうして君と打ち解けに来たわけだし。」
まあしょうがないっちゃしょうがないと、アーサーは審問の時とは違うフランクな言い方で笑い飛ばす。
「あんたさ。気をつけたほうがいいぜ。」
燐が平坦な声でアーサーに告げる。
「何を気をつけたらいいのかな?」
燐はカレー鍋とアーサーの距離を見比べて、交互に指差しながら言った。
「今日はカレーだから。カレーって結構跳ねるんだぜ。その自慢のださい一張羅を汚したくないだろ。その服を着てるときはミートソースにも気をつけたほうがいいぞ。」
相変わらずアーサーの白服についてはつっこむ燐だった。
「君ねえ。俺だってカレーを食べようがミートスパ食べようが、まったく困らないカジュアルな普段着とかも持っているんだよ。」
若干白系の服が多いのも本当だけどとアーサーは付け加えた。燐は何故か自分の目が丸くなるのを感じた。お高くとまっている相手にちょっと卑屈なことを言ってみたつもりだったのに、クソ真面目に答えてきたのにはちょっとびっくりした。それにこいつ、カレーとかミートスパとか食うのかと、それも燐のアーサーに対する認識を揺さぶっていた。
「君だって大嫌いな聖騎士の服が汚れるのを心配をするわけだ。俺はてっきり嫌がらせにカレーをぶつけられるかと思ったよ。俺は君に嫌われているから、そんなことが有り得ると思っていた。それでどうやってカレーを回避しようかと無駄に頭を捻っていたんだよ。」
アーサーの発言に燐がぷっと吹き出す。
「ほら、ちゃんと俺の前でも笑えるじゃんか。」
「なんだか今のお前って、普通の気のいい兄ちゃんなんだもん。」
全然不愉快じゃない。燐にとっては不思議な体験だった。気を許すべきじゃないのに心がほぐれてしまう。
「少しは俺のこと好きになってくれたかな?」
「それはない。」
「冷たいな。だけど当たり前な感情だな。」
それこそが人間だ。と、アーサーは感慨深そうなことを言う。
でも燐が考えているのはもっと甘くて青臭いことだった。愛人になれと強要してこなければ、もっとすんなりとアーサーのことを好きになれたかもしれない。とにかくアーサーに関してのことはタイミングとか、何かよく分からないものの巡り合わせが悪すぎるような気がしてきた。
「愛人とか言われなかったらなあ。」
思わず出た恨み言。燐はそれを思い出すたびに泣きそうになる。それに気づいたアーサーは、やってしまったと呟く。
「君が嫌なのは俺じゃなくて、愛人だということっぽいな。」
燐は俯いてアーサーから顔を隠す。
「あんたが、あんなことさえ言わなけりゃ、俺は弟から見捨てられるみたいなこと言われないで済んだんだ。」
「ん? ううん? うーん?」
アーサーは頭を抱えて唸っている。
「わからねえのか? 俺は祓魔師の認定試験に受からないと殺される。だけど最初から不合格ってことに、されているかもしれないって弟から聞いた。それに今のまま保護者がメフィストだと、ヴァチカンに対して心証が良くないって。」
「ああ、それは当たり前だ。最初から不合格にするなんていう、後ろめたいことはしないけど。君がメフィストの保護下にあるのは、俺にしても信用ならないと思っている。」
やっぱりそうかと、燐は顔を曇らせる。でもなとアーサーは付け加える。
「それは君を悪魔として扱う場合だ。俺は君を引き取ったら、人間の奥村燐として出来るだけ扱いたいと思っている。」
雪男はアーサーのことを信頼できる人物だと言っていた。アーサーは自分にも好意を持っていると燐に告げてきた。だから助けてくれると。それが悪いことじゃないことぐらい燐にも分かっている。
アーサーは言葉を続ける。
「そりゃあ少しは、君の身体に痛いことや苦しいこともしないといけないけど、従順にしていればそれなりに扱ってあげられる。」
眩しい金色の髪が燐の黒髪をあざ笑うように揺れる。そしてさらっと燐の肌が毛羽立つようなことを言う。燐はようやく理解する。普通な優しい好青年と、悪魔には冷酷な祓魔師が、混然一体としているのがアーサーという男なのだと。
「本当に君の身体に対する仕打ちは最小限に留めてあげられるようにはする。俺に抱かれる身体が嫌なことを記憶するのは、あの審問のときだけだと思って欲しいと思っている。」
そこまで露骨なことを言われると燐の頬は引きつってしまう。でもしょうがない。アーサーは燐が同意したことを前提に話をしているのだ。
建前と本音を同時進行に聞かされる気まずさにアーサーは気づいていない。建前と本音の区別もついていないのかもしれない。しかるにこの男にとっては、絶え間ない笑顔の明るさだけが真実なのだろう。
燐は再び黙ると、保温容器の中から白飯を皿によそうと、出来立てのカレーをその上にかけてアーサーの前に出した。
「さっそく手料理を振舞ってくれるのかい?」
「お口に合えば嬉しいです。」
もうこの男の言葉は自分に痛みすら感じさせない。完全に隔てられた世界にいるような感覚だった。
「慣れない敬語を無理して使わなくてもいいよ。」
アーサーはスプーンを片手に持ってカレーを頬張ろうとしたが、燐がそれを止める。
「お召し物が汚れます。どうぞこれを。」
アーサーが着せられたのは、燐が料理をするときに使っていたエプロンだった。アーサーはくすくすと嬉しそうに笑う。もう既に燐を掌中に収めたことを確信しているのか。それとも、燐のわずかながらの気遣いが純粋に嬉しかったのか。
そんなことは燐にはまだ分からない。ただもうこの男に反抗する気すら失せてしまった。あまりにも違い過ぎるから。
サタンの子供と現・聖騎士のたった一度の、ささやかに優しくて甘いひとときだった。
今回は先には進まず、むしろ時系列は戻ってアサ燐でした。アーサーについてはもう1クッションおきたかったからです。まあ、愛人契約とはいえ「そこまでアサ燐ルートも悪くないよ」という話です。誰かを圧倒的悪者にする話は苦手なんですよね。悪魔落ちしてしまった雪男はフォローする場面もたくさんあるんですが、アーサーが置いてけぼりにされそうだったので、ここでちょっといれてみました。
「アラベスク」は原作の展開無視もいいところなので、描写不足なキャラがたくさんいると思います。補足をいれて欲しいキャラの話がありましたら、リクエストください。
雪男と燐の間では、既に燐はアーサーの愛人になるべきだという方針は決まっていた。しかし彼の元に向かうまでの経緯で既に知らされていることだが、燐はこのルートに納得しておらず、陰鬱な気分で毎日を過ごしていた。聖騎士であるアーサーはそれなりに所用があるのか、燐が引き渡される段取りとかは、なかなか連絡が来ない状態で、それ故に燐は気持ちの整理が覚束ないでいた。
「奥村君。僕らの任務に良ければついて行ってみないかね。」
塾の講師の一人である椿薫が燐に何気なく言ってきた。燐はそれに目を丸くする。
「え? 候補生の俺が勝手について行っていいのかよ。行きたいけどさ。」
「最近君が騒ぎをおこ……いや、素行が落ち着いてきたからね。それにスランプ気味なんじゃないかと湯川先生も仰ってましたし。」
結構淡々と塾生に接しているのかと思えば、椿・湯川両講師は、燐が思うより頭が柔らかいというか、それなりに人情のある人柄らしい。燐からすればスランプというのも、自分の元からの物覚えの悪さじゃないかと思わないわけじゃないが、どうしてもその好意には飛びついていってしまう。
「行く、行く行く行く!」
前のめりになる燐を押し留めるように、椿は燐の目の前に手を翳した。
「そんなに乗り気になってくれてる所、悪いんだけどね。場所は正十字学園の森林区域なんだよ。やっぱり君の場合近場じゃないと、私らも上にうるさく言われる身だから。」
燐は「ああ。やっぱり。」と思ったが、そんな事情でも燐を誘ってくれた椿と湯川には感謝せずにはいられなかった。サタンの落胤であることを知りながらも、あくまで椿と湯川にとっては「この頃調子の悪い教え子」だと思われている事実は、燐の気持ちを軽くしてくれた。
「今回の任務は軽いものだけど、人数は結構投入されているんだ。で、君に頼みたいのはねえ。」
「斬りこみ隊長か!」
「君は候補生だろ。」
冷静でもっともなツッコミだった。
「頼みたいのは拠点での留守番と、炊き出しなんだ。」
雑用係かと燐は気が抜けたが、前のキャンプでの楽しかった思い出もあるので、そんなに悪い気はしなかった。それに大人数の食事を作るのは修道院時代で馴染んでいる。
「森林地帯は祓魔師の演習場みたいなものだからね。さっきは任務なんてそれらしく大袈裟に言っちゃいましたけど、本当はかなり演習の側面のほうが強いんですよ。定期講習みたいなものです。だからあんまり気張らないようにして下さい。あくまで貴方の仕事は美味しいご飯を作ることですから。」
「はいっ。奥村燐、頑張ります!」
自分の取り柄に関してはそれなりに期待されている。今の燐にとってはそれだけでも嬉しかった。
* * *
そんな椿や湯川への株が大暴落を起こしそうになったのは、拠点での留守番に思わぬ人物がいたからだ。
「やあ、サタンの息子。」
「………」
どうしてこいつがここにいる?
しかも他の演習参加者は拠点を離れて虫の悪魔とドンパチやっている。今この場には燐しかおらず、燐はカレー鍋に大量のカレーの仕込みを終えて、煮込み工程に入っているところだった。つまり大方の準備を終え、あとは時が進むまま鍋をかき回していればいい状態だった。無視を決め込もうかと思っていた燐に、アーサーは否応無く声を掛けてきた。
「椿先生や湯川先生から聞いてないんですけど。」
アーサーは朗らかに笑いながら、燐の問いかけになっていない言葉に対して回答を差し出した。
「彼らにとっては聖騎士は敬意の対象だからね。彼らに気兼ねさせないように、はからったまでさ。つまり俺がここに来たのはお忍びなのさ。」
そう言って燐の目の前の男、アーサーは嫌らしいくらいに爽やかな笑みを向けてくる。とりあえずこの男がここに来たということは、目当ては燐なのだろう。そして、話題となればかなり限られてくる。燐はその場から離れることも出来ないので、恐る恐るアーサーが話しかけてくるのを待った。
「いい返事を貰えて嬉しいよ。」
やはりあのことかと燐は身構える。
「もう、そっちに連絡が行ってたのか。」
燐は硬く無理やり笑顔を見せようとしている。でも上手くいかない。多分雪男がアーサーに連絡を入れたのだろう。アーサーは怪訝そうに燐に尋ねる。
「なんだい。快く決心してくれたと思ったのに。」
「俺だって引きずる感情はあるんだよ。」
「……。審問のことかな?」
敢えて具体的に言えばそうなのだが、燐としてはそれだとはっきり言い切れない。アーサーは一つ溜息をついて燐が座っている隣に腰を下ろした。
「いつまでも拗ねて欲しくないなあ。俺はそんなに一面だけの人間じゃないんだぜ。今日だってこうして君と打ち解けに来たわけだし。」
まあしょうがないっちゃしょうがないと、アーサーは審問の時とは違うフランクな言い方で笑い飛ばす。
「あんたさ。気をつけたほうがいいぜ。」
燐が平坦な声でアーサーに告げる。
「何を気をつけたらいいのかな?」
燐はカレー鍋とアーサーの距離を見比べて、交互に指差しながら言った。
「今日はカレーだから。カレーって結構跳ねるんだぜ。その自慢のださい一張羅を汚したくないだろ。その服を着てるときはミートソースにも気をつけたほうがいいぞ。」
相変わらずアーサーの白服についてはつっこむ燐だった。
「君ねえ。俺だってカレーを食べようがミートスパ食べようが、まったく困らないカジュアルな普段着とかも持っているんだよ。」
若干白系の服が多いのも本当だけどとアーサーは付け加えた。燐は何故か自分の目が丸くなるのを感じた。お高くとまっている相手にちょっと卑屈なことを言ってみたつもりだったのに、クソ真面目に答えてきたのにはちょっとびっくりした。それにこいつ、カレーとかミートスパとか食うのかと、それも燐のアーサーに対する認識を揺さぶっていた。
「君だって大嫌いな聖騎士の服が汚れるのを心配をするわけだ。俺はてっきり嫌がらせにカレーをぶつけられるかと思ったよ。俺は君に嫌われているから、そんなことが有り得ると思っていた。それでどうやってカレーを回避しようかと無駄に頭を捻っていたんだよ。」
アーサーの発言に燐がぷっと吹き出す。
「ほら、ちゃんと俺の前でも笑えるじゃんか。」
「なんだか今のお前って、普通の気のいい兄ちゃんなんだもん。」
全然不愉快じゃない。燐にとっては不思議な体験だった。気を許すべきじゃないのに心がほぐれてしまう。
「少しは俺のこと好きになってくれたかな?」
「それはない。」
「冷たいな。だけど当たり前な感情だな。」
それこそが人間だ。と、アーサーは感慨深そうなことを言う。
でも燐が考えているのはもっと甘くて青臭いことだった。愛人になれと強要してこなければ、もっとすんなりとアーサーのことを好きになれたかもしれない。とにかくアーサーに関してのことはタイミングとか、何かよく分からないものの巡り合わせが悪すぎるような気がしてきた。
「愛人とか言われなかったらなあ。」
思わず出た恨み言。燐はそれを思い出すたびに泣きそうになる。それに気づいたアーサーは、やってしまったと呟く。
「君が嫌なのは俺じゃなくて、愛人だということっぽいな。」
燐は俯いてアーサーから顔を隠す。
「あんたが、あんなことさえ言わなけりゃ、俺は弟から見捨てられるみたいなこと言われないで済んだんだ。」
「ん? ううん? うーん?」
アーサーは頭を抱えて唸っている。
「わからねえのか? 俺は祓魔師の認定試験に受からないと殺される。だけど最初から不合格ってことに、されているかもしれないって弟から聞いた。それに今のまま保護者がメフィストだと、ヴァチカンに対して心証が良くないって。」
「ああ、それは当たり前だ。最初から不合格にするなんていう、後ろめたいことはしないけど。君がメフィストの保護下にあるのは、俺にしても信用ならないと思っている。」
やっぱりそうかと、燐は顔を曇らせる。でもなとアーサーは付け加える。
「それは君を悪魔として扱う場合だ。俺は君を引き取ったら、人間の奥村燐として出来るだけ扱いたいと思っている。」
雪男はアーサーのことを信頼できる人物だと言っていた。アーサーは自分にも好意を持っていると燐に告げてきた。だから助けてくれると。それが悪いことじゃないことぐらい燐にも分かっている。
アーサーは言葉を続ける。
「そりゃあ少しは、君の身体に痛いことや苦しいこともしないといけないけど、従順にしていればそれなりに扱ってあげられる。」
眩しい金色の髪が燐の黒髪をあざ笑うように揺れる。そしてさらっと燐の肌が毛羽立つようなことを言う。燐はようやく理解する。普通な優しい好青年と、悪魔には冷酷な祓魔師が、混然一体としているのがアーサーという男なのだと。
「本当に君の身体に対する仕打ちは最小限に留めてあげられるようにはする。俺に抱かれる身体が嫌なことを記憶するのは、あの審問のときだけだと思って欲しいと思っている。」
そこまで露骨なことを言われると燐の頬は引きつってしまう。でもしょうがない。アーサーは燐が同意したことを前提に話をしているのだ。
建前と本音を同時進行に聞かされる気まずさにアーサーは気づいていない。建前と本音の区別もついていないのかもしれない。しかるにこの男にとっては、絶え間ない笑顔の明るさだけが真実なのだろう。
燐は再び黙ると、保温容器の中から白飯を皿によそうと、出来立てのカレーをその上にかけてアーサーの前に出した。
「さっそく手料理を振舞ってくれるのかい?」
「お口に合えば嬉しいです。」
もうこの男の言葉は自分に痛みすら感じさせない。完全に隔てられた世界にいるような感覚だった。
「慣れない敬語を無理して使わなくてもいいよ。」
アーサーはスプーンを片手に持ってカレーを頬張ろうとしたが、燐がそれを止める。
「お召し物が汚れます。どうぞこれを。」
アーサーが着せられたのは、燐が料理をするときに使っていたエプロンだった。アーサーはくすくすと嬉しそうに笑う。もう既に燐を掌中に収めたことを確信しているのか。それとも、燐のわずかながらの気遣いが純粋に嬉しかったのか。
そんなことは燐にはまだ分からない。ただもうこの男に反抗する気すら失せてしまった。あまりにも違い過ぎるから。
サタンの子供と現・聖騎士のたった一度の、ささやかに優しくて甘いひとときだった。
今回は先には進まず、むしろ時系列は戻ってアサ燐でした。アーサーについてはもう1クッションおきたかったからです。まあ、愛人契約とはいえ「そこまでアサ燐ルートも悪くないよ」という話です。誰かを圧倒的悪者にする話は苦手なんですよね。悪魔落ちしてしまった雪男はフォローする場面もたくさんあるんですが、アーサーが置いてけぼりにされそうだったので、ここでちょっといれてみました。
「アラベスク」は原作の展開無視もいいところなので、描写不足なキャラがたくさんいると思います。補足をいれて欲しいキャラの話がありましたら、リクエストください。
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自己紹介:
忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
柴はツイッターもしています。http://twitter.com/#!/hitsugi12
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