幸福雑音
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☆ss「パラディン」 「アラベスク」シリーズ本編続き
時系列は巻き戻ったまま。
ちっぽけな悪魔は誰もいない部屋にいた。世界もまだ何の兆しも見せていない。
「もしもし。メフィスト。」
物質界での無力な自分を実感しながらも、燐は定めの時が刻一刻と近づいているのをただ待っていた。
『燐。』
その胡散臭いを声を聞いて安心してしまう自分は馬鹿だ。なんですかとよく通る声でメフィストは問いかけてくる。
「俺。ジジイの葬式の日に、お前に大見栄切ったけど、本当はそんなに大それたことを望んでいるわけじゃないんだ。」
『初耳ですねえ。』
「誰にも言った覚えねえもん。雪男以外は。」
あの義父の葬儀のあと、燐はメフィストに祓魔師にさせてくれと頼んだ。それは目的じゃなくて、手段だった。同じようにシュラにも自分が生きていくことの証として、聖騎士なると言った。それも目的ではなくて、手段だった。
自分を訝しげに見たり思ったりしている人間に対して、自分を認めて欲しいから、精一杯人間の味方になる生き方を選んだ。今は手段すらも奪われかねないが。
『うーん……。そうならそうと言って下さいよ。貴方の言い方だと、目的と手段が入れ違って伝わってますよ。』
「俺は馬鹿ではったりばっかりの不良だもん。」
『素直になりなさい。もう遅いですけど。』
メフィストがまるで囁くように告げた言葉に、燐は嗚咽を隠せなくなっていた。その場にはいないが、いれば多分背中でも摩ってくれそうだった。
『この際、貴方の本当の願いなんてのを、この悪魔に告白しなさい。』
燐は言おうかどうか迷ったが、メフィストが電話の向こうで「さあ」と呼びかけるので、言わないままでいることが出来なくなった。
「俺は好きな人たちと、普通に幸せに暮らしたい。出来ればだけど。その中の誰かと恋愛して結婚して、子供とか出来ると最高だな。」
『雪男君はそれを知っておきながら、アーサーとの契約を勧めたわけですね。』
「雪男のことは責めないでくれよ。メフィスト。」
雪男は今、燐を自室の六○二号室に置き去りにして、外でアーサーと連絡を取っているらしい。兄にやり取りを聞かせたくないのか、それとも土壇場で逃げ出さないようにか、きつくここから出てきてはいけないと念を押して、燐はそれに頷いた。そして雪男がドアの外に消えたあと、燐は一件だけ登録した番号に電話を掛けた。それがメフィストだった。
『もう決まってしまったものは覆せません。覆したいのなら、決まってしまったことを裏切るしかありませんよ。』
悪魔は唆すように囁く。
雪男には思ってもみないことだったが、実は燐は頻繁にメフィストと連絡を取っていた。一日に一回くらいは、その日にあったことなどを一分か二分くらい話すとか、ただ単におやすみか、おはようを言うくらいが精精だったが、その積み重ねがあったお陰で燐はメフィストに連絡を入れる決心がついた。燐のぶっきらぼうに告げる言葉に、メフィストは常に耳を傾けていた。
『弟を裏切るのは怖いですか?』
「俺に出来ると思う?」
『やれますか? というか、やる気あるんですか?』
「雪男を裏切ったら、俺、どうすればいいのかな?」
『雪男君が貴方の裏切りに何を思うかでしょうね。』
燐は口籠る。メフィストは溜息をついた。
『たぶんもの凄く失望されると思いますよ。』
「そんなの、やだ。」
『でもそうしなければ、貴方を待っているのは絶望だけですよ。いくらアーサーが優しかろうと、アーサーと良好な関係を築けようと、それは所詮、妥協と齟齬ですよ。それが延々と続くだけですよ。貴方が弟の計算と思いに引きずられて決心したのならね。』
「じゃあどうすればいいって言うんだよ。」
『貴方にとって、時間が無限にあると思うのですか。もうそろそろ、この電話も切らなければいけないんじゃないんですか?』
燐は涙を零して声を振り絞って言った。それが燐の吐き出した本音だった。
「助けてくれよ!」
メフィストは電話は切っていないが、受話器の向こうで黙ったままだ。
『あーあ。さっきから私の横でその言葉を待っていた人がいるんですけど。』
いきなり、何かをひったくるような音が燐の耳に入った。そして続いて聞こえてきたのは、誰よりも頼りなくて、誰よりもかっこわるくて、誰よりも期待していなかった男の声だった。
『奥村君! 聞いたで、さっきの言葉。』
「志摩? なんで?」
ドアの外に雪男が帰ってくる足音が聞こえてくる。志摩は早口で燐に何かを伝えている。
『理事長がとっておきの卑怯技を使ってくれるって。俺ら絶対、奥村君を迎えに行くから。それまであの金髪に手ぇ出されんように守り通すんやで。』
「守るって……」
『奥村君の貞操や。俺の為にとっといてや。』
それだけ言うと電話がぶつりと切れた。燐は素早く携帯電話をポケットに隠す。涙も袖で拭って弟にぎこちない笑顔を見せた。
「兄さん。今から行くよ。」
「あ。ああ。」
燐は弟についていく。さっきまでの電話での会話が夢だと思ってしまいそうなほど、現実は淡々としていた。
* * *
アーサーは燐と同衾するはずのベッドで一人、突っ伏していた。その後頭部に誰かが拳骨を落とす。
「痛い! 二回も殴らないでくれ!」
「馬鹿! なに三賢人に丸め込まれてるんだよ。お前!」
拳骨をぐりぐりとねじ込んでいるはシュラだった。
「私がいなかったら早速、いらんことをてめえに指示しやがって。あいつらは余程、私がうざいようだな。」
一回目にアーサーを殴ったのは燐だった。その一撃でアーサーの意識は沈んだ。生かさず殺さずの絶妙な一発だった。完全に燐を掌中に収めていたと思っていたが故の、致命的な油断だった。
「彼と仲良く、出来そうだったのにな。」
アーサーがさも残念そうに言う。シュラは根本的な問題を指摘する。
「仲良くなる方法がまずすぎるだろ。」
愛人契約でなる仲良しなんて気持ち悪いとシュラは吐き捨てる。
「俺は聖職者だから愛人しか持てないんだもん。」
燐とメフィストを切り離す為の騎士団の謀略だったのだが、この男には関係ないらしい。単純に好意を持った燐を助けられるからと、上層部の指示に従っていたということだ。しかもこの男自身がメフィストを訝しがっていた。はっきり言えば、アーサーがメフィストに敵対しても可笑しくない感情を抱えていたのも、今回の騒動を加速させた原因でもある。
しかし、まさかの土壇場で燐は逃げ出した。弟の雪男からも言質は取れていたので、本当に予想外だった。
殴られたあとに、それでもこれもありかなと思いながら、アーサーはベッドに沈んだ。燐は助けに来たメフィストにつれ攫われたのだろう。意識を失っていても、嗅覚が仇敵の香水の匂いを感じ取っていた。そして気がつくとシュラががいた。昔、迷惑をかけたときに見せていた、そのままの冷たい目で自分を見ていた。
「男社会の言い訳三昧は聞き飽きてるんだよ。しゃあねえけどさあ。はあ……とりあえず、燐がてめえに手を出されてないだけでも一安心か。」
これからどうなるかわかんねえけどな。シュラはごちる。とりあえず三賢人は黙ってスルーしてくれそうにはない。その上、雪男の気がかりだった。
メフィストから携帯にメールがあった。燐は救出したからあとの始末は頼むと、打たれてあった。だからシュラは昔の好で世話を焼いていた現・聖騎士の介抱というか、相手をしている。
「おい、お前。三日くらい昏倒してたことにして、三賢人に報告を遅らせるんだぞ。わかったな?」
「三日って、ちょっと無理な気がするけど。まあいっか。ああシュラ。なんか、本来の僕たちの関係に戻れたようだね。」
「いつまでのことを言ってんのかな? お前、私が散々フォローしてやったから聖騎士になれたんだろうが。部下っだっちゅうことだけで、よくも私に世話かけまくりやがって。」
「だってシュラが有能だから悪いんだよ。俺が権謀術数なんて難しいこと出来るわけないじゃん。」
「だから今回も利用されてんのが、分かってねえのか!」
シュラはもう一発、この金ぴか頭に食らわしてやろうかと思った。しかしその裏表の無さと、建前と本音の差の無さ加減がアーサーのどうしようもない長所なので、仕方なく許してやる。
「どいつもこいつも、聖騎士ってやつは――。」
「俺、シュラの為に聖騎士になったんだけどな?」
「何がどうしたら私の為になるんだよ。」
「だってシュラと聖騎士は因縁の仲だろ。」
シュラは脱力してアーサーの頭を撫でてやる。
「私は業が深いらしいな。因縁が果てしなく続いていくぜ。」
せめて燐との因縁は円満な未来が待って欲しいものだぜとシュラは呟いた。
やっと志摩が声だけで登場です。先にアーサーの番外編やってよかったと思います。ていうか思いついてよかった。セーフ。
ちっぽけな悪魔は誰もいない部屋にいた。世界もまだ何の兆しも見せていない。
「もしもし。メフィスト。」
物質界での無力な自分を実感しながらも、燐は定めの時が刻一刻と近づいているのをただ待っていた。
『燐。』
その胡散臭いを声を聞いて安心してしまう自分は馬鹿だ。なんですかとよく通る声でメフィストは問いかけてくる。
「俺。ジジイの葬式の日に、お前に大見栄切ったけど、本当はそんなに大それたことを望んでいるわけじゃないんだ。」
『初耳ですねえ。』
「誰にも言った覚えねえもん。雪男以外は。」
あの義父の葬儀のあと、燐はメフィストに祓魔師にさせてくれと頼んだ。それは目的じゃなくて、手段だった。同じようにシュラにも自分が生きていくことの証として、聖騎士なると言った。それも目的ではなくて、手段だった。
自分を訝しげに見たり思ったりしている人間に対して、自分を認めて欲しいから、精一杯人間の味方になる生き方を選んだ。今は手段すらも奪われかねないが。
『うーん……。そうならそうと言って下さいよ。貴方の言い方だと、目的と手段が入れ違って伝わってますよ。』
「俺は馬鹿ではったりばっかりの不良だもん。」
『素直になりなさい。もう遅いですけど。』
メフィストがまるで囁くように告げた言葉に、燐は嗚咽を隠せなくなっていた。その場にはいないが、いれば多分背中でも摩ってくれそうだった。
『この際、貴方の本当の願いなんてのを、この悪魔に告白しなさい。』
燐は言おうかどうか迷ったが、メフィストが電話の向こうで「さあ」と呼びかけるので、言わないままでいることが出来なくなった。
「俺は好きな人たちと、普通に幸せに暮らしたい。出来ればだけど。その中の誰かと恋愛して結婚して、子供とか出来ると最高だな。」
『雪男君はそれを知っておきながら、アーサーとの契約を勧めたわけですね。』
「雪男のことは責めないでくれよ。メフィスト。」
雪男は今、燐を自室の六○二号室に置き去りにして、外でアーサーと連絡を取っているらしい。兄にやり取りを聞かせたくないのか、それとも土壇場で逃げ出さないようにか、きつくここから出てきてはいけないと念を押して、燐はそれに頷いた。そして雪男がドアの外に消えたあと、燐は一件だけ登録した番号に電話を掛けた。それがメフィストだった。
『もう決まってしまったものは覆せません。覆したいのなら、決まってしまったことを裏切るしかありませんよ。』
悪魔は唆すように囁く。
雪男には思ってもみないことだったが、実は燐は頻繁にメフィストと連絡を取っていた。一日に一回くらいは、その日にあったことなどを一分か二分くらい話すとか、ただ単におやすみか、おはようを言うくらいが精精だったが、その積み重ねがあったお陰で燐はメフィストに連絡を入れる決心がついた。燐のぶっきらぼうに告げる言葉に、メフィストは常に耳を傾けていた。
『弟を裏切るのは怖いですか?』
「俺に出来ると思う?」
『やれますか? というか、やる気あるんですか?』
「雪男を裏切ったら、俺、どうすればいいのかな?」
『雪男君が貴方の裏切りに何を思うかでしょうね。』
燐は口籠る。メフィストは溜息をついた。
『たぶんもの凄く失望されると思いますよ。』
「そんなの、やだ。」
『でもそうしなければ、貴方を待っているのは絶望だけですよ。いくらアーサーが優しかろうと、アーサーと良好な関係を築けようと、それは所詮、妥協と齟齬ですよ。それが延々と続くだけですよ。貴方が弟の計算と思いに引きずられて決心したのならね。』
「じゃあどうすればいいって言うんだよ。」
『貴方にとって、時間が無限にあると思うのですか。もうそろそろ、この電話も切らなければいけないんじゃないんですか?』
燐は涙を零して声を振り絞って言った。それが燐の吐き出した本音だった。
「助けてくれよ!」
メフィストは電話は切っていないが、受話器の向こうで黙ったままだ。
『あーあ。さっきから私の横でその言葉を待っていた人がいるんですけど。』
いきなり、何かをひったくるような音が燐の耳に入った。そして続いて聞こえてきたのは、誰よりも頼りなくて、誰よりもかっこわるくて、誰よりも期待していなかった男の声だった。
『奥村君! 聞いたで、さっきの言葉。』
「志摩? なんで?」
ドアの外に雪男が帰ってくる足音が聞こえてくる。志摩は早口で燐に何かを伝えている。
『理事長がとっておきの卑怯技を使ってくれるって。俺ら絶対、奥村君を迎えに行くから。それまであの金髪に手ぇ出されんように守り通すんやで。』
「守るって……」
『奥村君の貞操や。俺の為にとっといてや。』
それだけ言うと電話がぶつりと切れた。燐は素早く携帯電話をポケットに隠す。涙も袖で拭って弟にぎこちない笑顔を見せた。
「兄さん。今から行くよ。」
「あ。ああ。」
燐は弟についていく。さっきまでの電話での会話が夢だと思ってしまいそうなほど、現実は淡々としていた。
* * *
アーサーは燐と同衾するはずのベッドで一人、突っ伏していた。その後頭部に誰かが拳骨を落とす。
「痛い! 二回も殴らないでくれ!」
「馬鹿! なに三賢人に丸め込まれてるんだよ。お前!」
拳骨をぐりぐりとねじ込んでいるはシュラだった。
「私がいなかったら早速、いらんことをてめえに指示しやがって。あいつらは余程、私がうざいようだな。」
一回目にアーサーを殴ったのは燐だった。その一撃でアーサーの意識は沈んだ。生かさず殺さずの絶妙な一発だった。完全に燐を掌中に収めていたと思っていたが故の、致命的な油断だった。
「彼と仲良く、出来そうだったのにな。」
アーサーがさも残念そうに言う。シュラは根本的な問題を指摘する。
「仲良くなる方法がまずすぎるだろ。」
愛人契約でなる仲良しなんて気持ち悪いとシュラは吐き捨てる。
「俺は聖職者だから愛人しか持てないんだもん。」
燐とメフィストを切り離す為の騎士団の謀略だったのだが、この男には関係ないらしい。単純に好意を持った燐を助けられるからと、上層部の指示に従っていたということだ。しかもこの男自身がメフィストを訝しがっていた。はっきり言えば、アーサーがメフィストに敵対しても可笑しくない感情を抱えていたのも、今回の騒動を加速させた原因でもある。
しかし、まさかの土壇場で燐は逃げ出した。弟の雪男からも言質は取れていたので、本当に予想外だった。
殴られたあとに、それでもこれもありかなと思いながら、アーサーはベッドに沈んだ。燐は助けに来たメフィストにつれ攫われたのだろう。意識を失っていても、嗅覚が仇敵の香水の匂いを感じ取っていた。そして気がつくとシュラががいた。昔、迷惑をかけたときに見せていた、そのままの冷たい目で自分を見ていた。
「男社会の言い訳三昧は聞き飽きてるんだよ。しゃあねえけどさあ。はあ……とりあえず、燐がてめえに手を出されてないだけでも一安心か。」
これからどうなるかわかんねえけどな。シュラはごちる。とりあえず三賢人は黙ってスルーしてくれそうにはない。その上、雪男の気がかりだった。
メフィストから携帯にメールがあった。燐は救出したからあとの始末は頼むと、打たれてあった。だからシュラは昔の好で世話を焼いていた現・聖騎士の介抱というか、相手をしている。
「おい、お前。三日くらい昏倒してたことにして、三賢人に報告を遅らせるんだぞ。わかったな?」
「三日って、ちょっと無理な気がするけど。まあいっか。ああシュラ。なんか、本来の僕たちの関係に戻れたようだね。」
「いつまでのことを言ってんのかな? お前、私が散々フォローしてやったから聖騎士になれたんだろうが。部下っだっちゅうことだけで、よくも私に世話かけまくりやがって。」
「だってシュラが有能だから悪いんだよ。俺が権謀術数なんて難しいこと出来るわけないじゃん。」
「だから今回も利用されてんのが、分かってねえのか!」
シュラはもう一発、この金ぴか頭に食らわしてやろうかと思った。しかしその裏表の無さと、建前と本音の差の無さ加減がアーサーのどうしようもない長所なので、仕方なく許してやる。
「どいつもこいつも、聖騎士ってやつは――。」
「俺、シュラの為に聖騎士になったんだけどな?」
「何がどうしたら私の為になるんだよ。」
「だってシュラと聖騎士は因縁の仲だろ。」
シュラは脱力してアーサーの頭を撫でてやる。
「私は業が深いらしいな。因縁が果てしなく続いていくぜ。」
せめて燐との因縁は円満な未来が待って欲しいものだぜとシュラは呟いた。
やっと志摩が声だけで登場です。先にアーサーの番外編やってよかったと思います。ていうか思いついてよかった。セーフ。
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趣味:
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自己紹介:
忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
柴はツイッターもしています。http://twitter.com/#!/hitsugi12
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