幸福雑音
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mamu☆ss「Espranza-じゅうぞうタッチ-」 蝮柔蝮・金柔金、「まむしスネーク」「きんぞうモンキー」の続き
初見の方は「まむしスネーク」「きんぞうモンキー」御覧にならないと事情が掴めないかもしれません。柔造が蝮に片思いで、金造が柔造に片思いです。前回のラストで柔造は蝮に振られました。今回はその後日談です。
SQで雪ちゃんの生存確認ができた嬉しさと、志摩の侠気に当てられて放置していた志摩家話の続きを書きました。あとは蝮ちゃんの復活待ちだけだな。
『私は、お前のところに嫁に行く気はない。宝生から嫁に欲しいなら、錦か青のどっちかにしい。』
志摩家を震撼させた雨の日の出来事。それは最重要人物の彼女の誕生日にちなんで、六四事件と名づけられた。
あまりにも惨憺たる結果を残した事件だったので、金造に引っ張り込まれて蝮が志摩家に来た六四事件そのものの概要は語らないでいよう。この物語の前提として語らなければならないのは、この件で柔造は蝮のこの宣言によって完全に振られてしまったということである。
蝮に振られて柔造は魂の重さが半分になったかのように、一人きりの時には呆けることが多くなった。しかし柔造は大人なので、仕事場で蝮に会えば普通に仕事の会話もする。蝮は元々デリカシーに欠ける女なので、自分が意気消沈せしめた男に対しても何かを察して気遣うことはなかった。
『蝮。今からうちの家に来てくれへん。そこではっきりさせようや。』
蝮からすれば、一方的に絡んできた金造とのやり取りがこじれてしょうがなくという感覚だったので、彼女は彼女なりにそういう態度になる事情はあった。
しかし金造は自分から種を蒔いたくせに、そんな蝮に対してあっさりしとんか薄情なんか、はっきりせえと心の中で憤っている。ところが自分も柔造に告白して自爆してやるという決意を未だ果たせずにいるので、それはなんとか心の中に留めていた。
この件で一番損をしたのは、志摩と宝生の現当主だったりする。次期当主同士が振った振られたを演じたために、後続の息子娘同士で縁談を組んで両家の確執を払拭そののち共に勝呂家を守り立てようという協力体制を確立という思惑が崩れてしまったのだ。
つまり金造がやらかしたことで物事が何一つ好転することがなかったのだ。またひとつ、明陀の結束を危うくする火種を増やしただけだった。寧ろそれは物事の後退だった。
ソレは外野の話だ。本筋とは関係ない。
梅雨は相変わらず続いている。湿っぽい廊下の縁側で柔造は目の前で落ちてくる雨垂れを眺めていた。そしてその兄の姿を廊下の端っこで影に隠れながら金造も窺っていた。そんな兄たちの奇妙な場面を、末弟の廉造も見掛けたが、係わり合いになるのも面倒なので見ない振りをして自室に篭った。
しかし普通なら見過ごされるようなそんな梅雨の一場面だったが、志摩家の庭の垣根越しに傘を差した蝮がそんな志摩家次男と四男を見ていた。
その視線に柔造と金造が同時に気づいた。
「蝮?」
柔造が縁側から裸足で雨の庭を横切り、垣根に食らい付かんばかりに蝮に対して身を乗り出してきた。
「お前ひょっとして思いなおしてくれたんか?」
「私が何を思い直すんや。たまたまこの辺散歩しとっただけやんか。」
「そうやろうな。」
柔造は肩を落とす。
あの日と同じ雨が呼んだように蝮が現れたので、つい夢見がちな思考になってしまった。しかし蝮はそんな柔造の心を思いやるような詩的な思考をするような女ではない。雨の日続きで嬉しくなってうきうきと蛇と散歩に出ただけだ。そして蝮が庭を覗いていたのも別に柔造が気になっていたのではなく、志摩家のやや広めの庭に雨が降る様を覗きたかっただけだ。志摩家の紫陽花は綺麗なのだ。
「柔造。お前裸足で雨の中出てきて、そんなに雨好きなんか? 泥水が気持ちええかもしれへんけど、家上がるとき大変やでそれ。私もようやるけど、ちゃんと家上がるときの為に雑巾用意してからやるし。」
この女はどんだけ雨の日が好きなんやと柔造はあっけに取られる。準備の良さとか楽しみ方が達人級である。でもお陰で自分の奇行を怪しまれることはないので、内心安堵してしまう。
「雑巾か。」
振り返った柔造はそこで自分たちを見ている金造を見つける。
「おーい。金造。すまんけど雑巾持ってきてくれんかな?」
金造はこくりと頷いて屋敷の奥に姿を消した。蝮は用意の悪い柔造に呆れている。
「まったく。弟に手間取らせるんやないで。」
「そうやな。あの日お前の本心を知ることが出来たのも、金造がお前を家に連れてきてくれたお陰やったな。」
「私の誕生日は散々なことになったけどな。」
柔造は特に金造に恨みがましいことは思っていない。でも金造がよほど宝生家と志摩家が結びつくことに抵抗があるかもしれないと、ほんの少し勘繰っていた。宝生が自分たちを申呼ばわりするのはなんとなく納得出来るし、幼馴染の気安さだということは分かるけど、金造の蝮に対する態度だけは納得できる理由付けは出来ていない。
「蝮お前。金造のこと、怒っとらへん?」
「あの申をか? 今更恨み言うても仕方あらへんやろ。ていうか、兄貴がしっかりせえへんから弟が余計な茶々を入れてくるんやろうが。次期当主なんやからしっかりせえ。」
蝮は血も涙も無いような、次期当主らしい正論を言ってくる。柔造は苦々しく笑った。
「お前みたいな女を好きになった俺が悪いんか?」
「うん。悪いわ。」
「はっきりいうなお前。」
「だってそうやもん。」
「そうか。」
雨の中柔造はますます肩を落としている。ずぶぬれになっている柔造を蝮はなんだかニコニコと眺めている。その視線に気づいた柔造が少し拗ねたように言い返した。
「お前今、俺のこと気持ちよさそうやなと思ってるんやろ?」
「なんでわかったん?」
こういう女だというのは、昔から分かっていた。振られたばかりだというのに姿が見えただけで、思わず駆け寄ってしまうほど未練があるなんて思ってもみないんだろう。
雨の中で。裸足なのに。でもそんな蝮を罵ってしまえない。
「羨ましいなら、お前も傘を閉じればええやん。」
「いや。この服今日着替えたばっかりやから流石にそれは。」
ダンスに誘うように差し伸べた柔造の手が虚しかった。蝮はせっかく見つけた同好の士を逃すまいと言葉を続ける。
「そうや。今度、濡れてもええ服着た時には付き合ってやるわ。」
「いや。今日限りやし、こんなの。」
「そんなこと言わんと。今日くらい気持ちいい雨の予報の時は誘ったる。そんときに一緒に雨に打たれようや。」
どこの子どもやと柔造は心の中でツッコミを入れた。お互いにいい年をしてるのに、子どもの時の遊びの延長のような付き合い方をそのまま持ち込んでくるなんて。でもそれが嬉しいし悲しい。ほんまにこの目の前の女は罪が無い。
「お前が誘ってくれるなら、ええかもしれんな。」
じゃあと蝮は去っていく。雨の日だというのに、その後姿は軽やかで日向にいるのと変わらなかった。というか日向にいる時以上に輝いて見えた。
「雨はええなあ。蝮に好かれて。」
「柔兄……」
そうしみじみと呟いた柔造の後姿を見て、廊下で立ち尽くしている金造は鼻の奥がツンとした。
「くしゅん!」
くしゃみが出だしたので柔造はそそくさと縁側に戻る。そこには雑巾とタオルを持った金造が、何故か潤んだ目で出迎えていた。
「なんや。なんか暗いなお前。」
「暗いんは、雨の日やから。」
「そうか。蝮はあんなに楽しそうやったのにな。」
金造は誤魔化すように、はよ入りと手招きしている。縁側に腰掛けて足を拭いたあと振り向くと、柔造は金造に頭からタオルを掛けられてぎゅっと抱きしめられた。
「金造? タオルあってもお前まで濡れてしまうで。」
金造は自分がタオルを用意している間に、あの二人が何を話していたのか分からない。しかし微妙に遠い目をしている兄を見たら、抱きつかずにはいられなかった。
『よし。』
今が兄に対する罪滅ぼしのタイミングなんじゃないかと金造は思った。
「柔兄。あの……俺。」
「ん? なんや?」
雨はまだ鬱陶しいほどに降りしきっていた。
金造は自分の胸が軋む音を掻き消してくれる雨音に感謝する。
「……柔兄。好き。」
「そうか。俺も金造のこと好きやで。」
蝮並みに鈍い兄だった。それだったら思い知らせてやろうかと思う。
「柔兄。こっち向いて。」
何の気無しに柔造が振り向くと、ぶつけるように金造の顔が近づいてきた。そして自分の唇に弟の唇が重なってきた。
「……。」
「……。」
金造の眼前には柔造のあっけに取られた目が見える。次の瞬間、柔造の口から「ひえー」という末期の瞬間のような悲鳴が吐き出された。それに釣られて廉造やら八百造やら兄弟姉妹や母親が駆けつけてきた。
家族一同に包囲された金造は、追い詰められた手負いの獣のように柔造にしがみつく。
「おとん。おかん。それとお前ら、よう聞け!」
「何をや!」
名無しの三番目の兄が叫んだ。金造は即答する。
「柔兄は俺が唾つけたからな!」
家族一同はぽかんと口を開けている。六四事件からそんなに日が経ってないのに何事やと、その場は雨天の霹靂のようだった。六四事件とその真相である、柔造と金造と蝮の三角関係を把握しているのは、金造本人しかいないのだから。わけわかめな家族になおも金造は吼えた。
「そういうわけやから、俺にも柔兄にも嫁の世話はいらんから。」
はあ? というような家族一同。金造に抱きつかれている柔造もかなり混乱している。そんな柔造に金造は熱っぽい目で掻き口説く。
「ええやろ? 柔兄。俺は昔から柔兄のことが好きやったんや。なのに柔兄は蝮、まむし、マムシって。ほんでも。蝮は柔兄のことひとっつも気にしとらんで。だから俺が柔兄もろうてもええよな? それしかないよな?」
「いや。それは違うやろ。」
割って入ったのは八百造だった。当然のツッコミだった。
「この世に柔造とお前と、蝮しかおらへんやったらそれも通るかもしれへんけど、それは駄目や。とりあえず事情は柔造を着替えさせてからや。」
「お父。さりげなく金兄の言うたこと全否定しとるわな。流石やで。」
ふざけた茶々を入れる廉造を八百造は拳骨を入れる。
「ほれ。柔造着替えぇ。そのあとでお前からも話を聞くから。金造の話だけじゃ埒があかん。」
悲鳴をあげたあと固まってしまっている柔造に、八百造が近づこうとした。するとその柔造を抱えたまま水滴を点々と落としながら金造が後ずさる。
「柔兄は大事な人質や。誰にも渡せへん。柔兄を無事でいさせたいんやったら、俺らの仲を認めることやな。」
それは人質を盾に当の人質の身柄を要求するという、アホならではの技だった。家族はその場で顔を見合わせて、ほんなら好きなようにせえと口を揃えて言った。どうせ音楽家気質をこじらせた「はしか」みたいなものだと思ったからだ。自分のやってることのアホさに対して冷静になれば落ち着くと思ったから。その頃には柔造もなんか分からないショックから立ち直って自分で対処するだろうという、家族同士の信頼という名の日和見主義だった。
金造と柔造をあとにして家族は屋敷の奥に退散していく。
金造は荒げた声のせいで乱れた息を整えたあと、まだ放心している柔造ににっこりと微笑みかけた。
「さあ柔兄。俺の部屋に行こう。」
金造は水浸しの柔造の手を引く。その後柔造がどうなったのか、志摩家では何一つ触れる者はいなかった。
金造がついに暴挙に出てしまいました。一人自爆テロ状態です。でも他カプのssでこんな恋愛テロリスト体質の奴を書いたのは、忍たまの綾部以来なので少し懐かしいというか、まあ楽しかったです。
SQで雪ちゃんの生存確認ができた嬉しさと、志摩の侠気に当てられて放置していた志摩家話の続きを書きました。あとは蝮ちゃんの復活待ちだけだな。
『私は、お前のところに嫁に行く気はない。宝生から嫁に欲しいなら、錦か青のどっちかにしい。』
志摩家を震撼させた雨の日の出来事。それは最重要人物の彼女の誕生日にちなんで、六四事件と名づけられた。
あまりにも惨憺たる結果を残した事件だったので、金造に引っ張り込まれて蝮が志摩家に来た六四事件そのものの概要は語らないでいよう。この物語の前提として語らなければならないのは、この件で柔造は蝮のこの宣言によって完全に振られてしまったということである。
蝮に振られて柔造は魂の重さが半分になったかのように、一人きりの時には呆けることが多くなった。しかし柔造は大人なので、仕事場で蝮に会えば普通に仕事の会話もする。蝮は元々デリカシーに欠ける女なので、自分が意気消沈せしめた男に対しても何かを察して気遣うことはなかった。
『蝮。今からうちの家に来てくれへん。そこではっきりさせようや。』
蝮からすれば、一方的に絡んできた金造とのやり取りがこじれてしょうがなくという感覚だったので、彼女は彼女なりにそういう態度になる事情はあった。
しかし金造は自分から種を蒔いたくせに、そんな蝮に対してあっさりしとんか薄情なんか、はっきりせえと心の中で憤っている。ところが自分も柔造に告白して自爆してやるという決意を未だ果たせずにいるので、それはなんとか心の中に留めていた。
この件で一番損をしたのは、志摩と宝生の現当主だったりする。次期当主同士が振った振られたを演じたために、後続の息子娘同士で縁談を組んで両家の確執を払拭そののち共に勝呂家を守り立てようという協力体制を確立という思惑が崩れてしまったのだ。
つまり金造がやらかしたことで物事が何一つ好転することがなかったのだ。またひとつ、明陀の結束を危うくする火種を増やしただけだった。寧ろそれは物事の後退だった。
ソレは外野の話だ。本筋とは関係ない。
梅雨は相変わらず続いている。湿っぽい廊下の縁側で柔造は目の前で落ちてくる雨垂れを眺めていた。そしてその兄の姿を廊下の端っこで影に隠れながら金造も窺っていた。そんな兄たちの奇妙な場面を、末弟の廉造も見掛けたが、係わり合いになるのも面倒なので見ない振りをして自室に篭った。
しかし普通なら見過ごされるようなそんな梅雨の一場面だったが、志摩家の庭の垣根越しに傘を差した蝮がそんな志摩家次男と四男を見ていた。
その視線に柔造と金造が同時に気づいた。
「蝮?」
柔造が縁側から裸足で雨の庭を横切り、垣根に食らい付かんばかりに蝮に対して身を乗り出してきた。
「お前ひょっとして思いなおしてくれたんか?」
「私が何を思い直すんや。たまたまこの辺散歩しとっただけやんか。」
「そうやろうな。」
柔造は肩を落とす。
あの日と同じ雨が呼んだように蝮が現れたので、つい夢見がちな思考になってしまった。しかし蝮はそんな柔造の心を思いやるような詩的な思考をするような女ではない。雨の日続きで嬉しくなってうきうきと蛇と散歩に出ただけだ。そして蝮が庭を覗いていたのも別に柔造が気になっていたのではなく、志摩家のやや広めの庭に雨が降る様を覗きたかっただけだ。志摩家の紫陽花は綺麗なのだ。
「柔造。お前裸足で雨の中出てきて、そんなに雨好きなんか? 泥水が気持ちええかもしれへんけど、家上がるとき大変やでそれ。私もようやるけど、ちゃんと家上がるときの為に雑巾用意してからやるし。」
この女はどんだけ雨の日が好きなんやと柔造はあっけに取られる。準備の良さとか楽しみ方が達人級である。でもお陰で自分の奇行を怪しまれることはないので、内心安堵してしまう。
「雑巾か。」
振り返った柔造はそこで自分たちを見ている金造を見つける。
「おーい。金造。すまんけど雑巾持ってきてくれんかな?」
金造はこくりと頷いて屋敷の奥に姿を消した。蝮は用意の悪い柔造に呆れている。
「まったく。弟に手間取らせるんやないで。」
「そうやな。あの日お前の本心を知ることが出来たのも、金造がお前を家に連れてきてくれたお陰やったな。」
「私の誕生日は散々なことになったけどな。」
柔造は特に金造に恨みがましいことは思っていない。でも金造がよほど宝生家と志摩家が結びつくことに抵抗があるかもしれないと、ほんの少し勘繰っていた。宝生が自分たちを申呼ばわりするのはなんとなく納得出来るし、幼馴染の気安さだということは分かるけど、金造の蝮に対する態度だけは納得できる理由付けは出来ていない。
「蝮お前。金造のこと、怒っとらへん?」
「あの申をか? 今更恨み言うても仕方あらへんやろ。ていうか、兄貴がしっかりせえへんから弟が余計な茶々を入れてくるんやろうが。次期当主なんやからしっかりせえ。」
蝮は血も涙も無いような、次期当主らしい正論を言ってくる。柔造は苦々しく笑った。
「お前みたいな女を好きになった俺が悪いんか?」
「うん。悪いわ。」
「はっきりいうなお前。」
「だってそうやもん。」
「そうか。」
雨の中柔造はますます肩を落としている。ずぶぬれになっている柔造を蝮はなんだかニコニコと眺めている。その視線に気づいた柔造が少し拗ねたように言い返した。
「お前今、俺のこと気持ちよさそうやなと思ってるんやろ?」
「なんでわかったん?」
こういう女だというのは、昔から分かっていた。振られたばかりだというのに姿が見えただけで、思わず駆け寄ってしまうほど未練があるなんて思ってもみないんだろう。
雨の中で。裸足なのに。でもそんな蝮を罵ってしまえない。
「羨ましいなら、お前も傘を閉じればええやん。」
「いや。この服今日着替えたばっかりやから流石にそれは。」
ダンスに誘うように差し伸べた柔造の手が虚しかった。蝮はせっかく見つけた同好の士を逃すまいと言葉を続ける。
「そうや。今度、濡れてもええ服着た時には付き合ってやるわ。」
「いや。今日限りやし、こんなの。」
「そんなこと言わんと。今日くらい気持ちいい雨の予報の時は誘ったる。そんときに一緒に雨に打たれようや。」
どこの子どもやと柔造は心の中でツッコミを入れた。お互いにいい年をしてるのに、子どもの時の遊びの延長のような付き合い方をそのまま持ち込んでくるなんて。でもそれが嬉しいし悲しい。ほんまにこの目の前の女は罪が無い。
「お前が誘ってくれるなら、ええかもしれんな。」
じゃあと蝮は去っていく。雨の日だというのに、その後姿は軽やかで日向にいるのと変わらなかった。というか日向にいる時以上に輝いて見えた。
「雨はええなあ。蝮に好かれて。」
「柔兄……」
そうしみじみと呟いた柔造の後姿を見て、廊下で立ち尽くしている金造は鼻の奥がツンとした。
「くしゅん!」
くしゃみが出だしたので柔造はそそくさと縁側に戻る。そこには雑巾とタオルを持った金造が、何故か潤んだ目で出迎えていた。
「なんや。なんか暗いなお前。」
「暗いんは、雨の日やから。」
「そうか。蝮はあんなに楽しそうやったのにな。」
金造は誤魔化すように、はよ入りと手招きしている。縁側に腰掛けて足を拭いたあと振り向くと、柔造は金造に頭からタオルを掛けられてぎゅっと抱きしめられた。
「金造? タオルあってもお前まで濡れてしまうで。」
金造は自分がタオルを用意している間に、あの二人が何を話していたのか分からない。しかし微妙に遠い目をしている兄を見たら、抱きつかずにはいられなかった。
『よし。』
今が兄に対する罪滅ぼしのタイミングなんじゃないかと金造は思った。
「柔兄。あの……俺。」
「ん? なんや?」
雨はまだ鬱陶しいほどに降りしきっていた。
金造は自分の胸が軋む音を掻き消してくれる雨音に感謝する。
「……柔兄。好き。」
「そうか。俺も金造のこと好きやで。」
蝮並みに鈍い兄だった。それだったら思い知らせてやろうかと思う。
「柔兄。こっち向いて。」
何の気無しに柔造が振り向くと、ぶつけるように金造の顔が近づいてきた。そして自分の唇に弟の唇が重なってきた。
「……。」
「……。」
金造の眼前には柔造のあっけに取られた目が見える。次の瞬間、柔造の口から「ひえー」という末期の瞬間のような悲鳴が吐き出された。それに釣られて廉造やら八百造やら兄弟姉妹や母親が駆けつけてきた。
家族一同に包囲された金造は、追い詰められた手負いの獣のように柔造にしがみつく。
「おとん。おかん。それとお前ら、よう聞け!」
「何をや!」
名無しの三番目の兄が叫んだ。金造は即答する。
「柔兄は俺が唾つけたからな!」
家族一同はぽかんと口を開けている。六四事件からそんなに日が経ってないのに何事やと、その場は雨天の霹靂のようだった。六四事件とその真相である、柔造と金造と蝮の三角関係を把握しているのは、金造本人しかいないのだから。わけわかめな家族になおも金造は吼えた。
「そういうわけやから、俺にも柔兄にも嫁の世話はいらんから。」
はあ? というような家族一同。金造に抱きつかれている柔造もかなり混乱している。そんな柔造に金造は熱っぽい目で掻き口説く。
「ええやろ? 柔兄。俺は昔から柔兄のことが好きやったんや。なのに柔兄は蝮、まむし、マムシって。ほんでも。蝮は柔兄のことひとっつも気にしとらんで。だから俺が柔兄もろうてもええよな? それしかないよな?」
「いや。それは違うやろ。」
割って入ったのは八百造だった。当然のツッコミだった。
「この世に柔造とお前と、蝮しかおらへんやったらそれも通るかもしれへんけど、それは駄目や。とりあえず事情は柔造を着替えさせてからや。」
「お父。さりげなく金兄の言うたこと全否定しとるわな。流石やで。」
ふざけた茶々を入れる廉造を八百造は拳骨を入れる。
「ほれ。柔造着替えぇ。そのあとでお前からも話を聞くから。金造の話だけじゃ埒があかん。」
悲鳴をあげたあと固まってしまっている柔造に、八百造が近づこうとした。するとその柔造を抱えたまま水滴を点々と落としながら金造が後ずさる。
「柔兄は大事な人質や。誰にも渡せへん。柔兄を無事でいさせたいんやったら、俺らの仲を認めることやな。」
それは人質を盾に当の人質の身柄を要求するという、アホならではの技だった。家族はその場で顔を見合わせて、ほんなら好きなようにせえと口を揃えて言った。どうせ音楽家気質をこじらせた「はしか」みたいなものだと思ったからだ。自分のやってることのアホさに対して冷静になれば落ち着くと思ったから。その頃には柔造もなんか分からないショックから立ち直って自分で対処するだろうという、家族同士の信頼という名の日和見主義だった。
金造と柔造をあとにして家族は屋敷の奥に退散していく。
金造は荒げた声のせいで乱れた息を整えたあと、まだ放心している柔造ににっこりと微笑みかけた。
「さあ柔兄。俺の部屋に行こう。」
金造は水浸しの柔造の手を引く。その後柔造がどうなったのか、志摩家では何一つ触れる者はいなかった。
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読書、二次創作
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