幸福雑音
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☆ss「BAD APPLE!」後編 燐雪R18
「結局お前ってコート着たままじゃん。」
雪男はそうだねと答えるがコートを脱ぐ様子は見せない。
「兄さんにとって、こっちのほうが眼福かなって。それに僕だって最初から全裸で絡み合うのは抵抗あるし。」
「でも変な汁で汚れるかもしれねえし。」
「変な汁ねえ……」
それはそれでと雪男は思う。今までの潔癖だと決め付けられた自分を象徴するかのような祓魔師のコートをお互いの体液で汚せるのなら、それは雪男にとってぞくっとするような恍惚感を覚えるものだった。しかし兄にはそんなことは言えない。言ったってたぶん理解して貰えない。だから雪男は二番目ぐらいに期待していることを口に出してみる。
「脱ぐなら自分からじゃなくて、好きな人にして欲しいのは可笑しいことかい?」
燐は口のあたりをむず痒そうに歪めている。今更お前からそんなしおらしい言葉を聞かされても信じられねえよと言うような顔だった。雪男はもう少しぶりっ子しとけばよかったとほんの少し後悔した。寧ろ雪男の目に映る兄のほうが余程のこと初々しく見えてしょうがない。
『兄さんでも僕に勝てるところがあったんだ。』
精神面で負けたと思うところは普段でもあるが、まさかそんなところで負けるとは思わなかった。しかし結局兄は弟のコートに手を掛ける様子は無い。服を全部脱がせてしまえば、今半ば弟から強制されているような情事の空気を確定させてしまうからか。まだ踏ん切りだとか覚悟が固まっていないのかと雪男は嘆息した。
「僕だって初めてなのに……」
なんとなく呟いた雪男の言葉を聞いて、燐の顔つきが変わる。
「お前さっきのほんとか?」
「え。なにが?」
「初めてって。」
「むう……。初めてに決まってるじゃん。」
兄の顔が泣き笑いっぽくなる。そうかと声に出さずに呟いていた。
「そうじゃなきゃどうしようかと思ってた。」
雪男は自分の頭の下にあった燐の枕を燐の顔面に投げつける。ぼふっと音がして燐の顔の下の雪男の腹の上に落ちた。燐は律儀にもそれを拾い上げて、再び雪男の頭と布団の間にねじ込む。
「なんにこだわってんだか。」
「俺だって初めてだもん。」
「うん。それは確信してた。」
雪男の目の前で燐の尻尾がしおれてしまっている。
「だって兄さんが初めて神父さんのエロ本を見た日だって、僕分かったもん。」
「なんでもお見通しなんだな。」
「なんでもは見通せないよ。兄さんのことだけ。」
通常の会話を交わしながら雪男の手はてきぱきと仕事をしていた。雪男の手は燐のベルトを緩めている。燐は雪男に比べればもたついた手つきで雪男のワイシャツのボタンを外し、あらわになった皮膚に手を這わしている。
「僕の言葉にへこまされてるっぽいのに。」
雪男はズボンの下のものを見て安堵している。
「お前もさっきから手際良すぎ。お前は普段のタイプからしてマグロかと思ってたけど……いや、お前って俺の反応見て動くとこあるじゃん。」
「兄さんは何しでかすかわかんないから。」
「何しでかすか、わかんねえのはお前だろ。祓魔師になってたり講師になってたり。戦闘じゃ銃ぶっぱなすし。しえみやシュラとは何年前からの付き合いなんだよ。あと。俺がサタンの野郎の息子だってこと隠してたし。」
雪男は全部兄さんの為なんだよと反論したかった。しかし立場が逆だったとしたら、自分はきっと、今の兄よりよっぽど恨みがましいことを言うんだろうなと思った。
燐は雪男の手を取って自分の股間に触れさせる。
「なに? 僕に触って欲しいの?」
「そうだな。いっぺんお前の手で抜いてくれたほうが助かるかな。」
「じゃあ、僕も兄さんの手で……」
雪男は身体を起こす。燐と向かい合って互いに顔を見合わせる。
「顔を見ると恥ずかしいな。」
燐は雪男のズボンのファスナーを下ろして下着の下の性器を引きずり出す。雪男もそれに倣った。燐が片手で雪男を引き寄せる。
「キスしていい?」
雪男は黙って目を瞑る。
最初押し付けられるだけだった唇は、やがて雪男の唇に吸い付くように感触がしっくりと合ってくる。しばらくして雪男が少し口を開くと燐は戸惑うように口を離した。
「舌入れてもいいんだよ。」
「あ、ああ……」
再び燐は雪男に唇を重ねる。そして雪男の口の隙間に舌を差し入れてきた。舌先だけを触れ合わせていたのはほんの数秒くらいで、先に雪男がじれったくなって大胆にも音がするくらいに舌を絡めてきた。
「ん…んー……。」
途端に雪男のペニスを握っていた燐の右手に力が入った。さっきまではただ触れているだけだったのに、深いキスに刺激されたのか少し加減を見誤っている感じだった。雪男は敏感なところを強めに握られて痛みをわずかに感じたが、宥めるように口を離したあと再び軽く唇を重ねた。
「痛いって。」
「すまん。」
燐は手の力を緩めて握っていた雪男のペニスを手で擦る。雪男も燐のものに手を触れてみる。
『うわ……』
雪男が触るまでもなく燐のものは熱く硬直していた。雪男は素直に少し驚いた。しかしキスしたままなのでその驚嘆の声は脳内で木霊するばかりだった。
「ん……んん………。」
燐はまさに一心不乱というか精一杯という感じだった。雪男のペースにまるで踊らされている。兄の呼吸が苦しそうなので雪男はキスをやめて兄の顔を見ると、涙目で顔が真っ赤になっている。燐はぜえぜえ言いながらまた雪男に抱きついてキスしようとする。
「兄さん。自分じゃ分かってないだろうけど、酸欠になっちゃうよ。」
「……だって。雪男はあんまり感じてないみたいだし。……俺は……こんなに気持ちいいのに。」
雪男は兄の瞼にキスをする。兄の手から与えられる足りない刺激ではいかんともし難い自分の性器だったが、兄への甘酸っぱい気持ちがそれを補ってあまりある感じだった。
「馬鹿だな。気持ちいいんだよ。でももう少し力を入れてくれたら、いいんだけどな。」
燐は幾分か手の力を強める。
「さっき痛がるから、だから……。」
初心で愚直で律儀過ぎる。しかしそれが愛おしい。だってそんなところを垣間見えるのは自分だけだから。
「いいから、もっと……。」
触られることそのものよりも、愚直な兄に対する思いのほうが充足感を与えてくれる。雪男は急に自分の瞼が重たくなるのを感じる。このままだと射精したあとに心地よさに
眠りについてしまいそうだった。
「兄さん。やっぱり……」
「なに……雪男?」
今日に限っては散々蓮っ葉なことばかり吐いてきた口だが、それを口にするのは流石に羞恥が入り混じってくる。
「雪男。手、止まってる。兄ちゃん……辛いん…だけど。」
燐は雪男のものから手を外して、燐のものを握って手を止めている雪男の手に重ねてきた。兄は自分の切羽詰った欲求を口に出さずにはいられないのだろう。早くと雪男を急かしてくる。
雪男は散々羞恥にせき止められていた言葉を少しずつ吐き出す。
「僕の手、じゃなくて……その……。」
「え。ダメなの?」
「そうじゃないんだよ。」
雪男は燐に耳打ちする。
「やっぱりこのまま挿れて。」
燐は熱中症患者のように上半身がふらふらと揺れた。
「お前なんでそんな酷なこと言うんだよ?」
「大丈夫……。兄さんなら出来るよ。」
「ダメだ。怖い……。俺男同士のよくわかんねえし……。」
兄は弟と一生こういうふうにならないこと前提で過ごしてきた。そして普通ならこの歳で詳しく知っているはずもない。多少の勉強不足を責められはしない。
雪男は燐の両頬を手で挟みこんで額にキスする。
「僕が分かってるから。大丈夫。」
「本当か……? 信じていいんだな? …………あれ。知ってるって、どういうこと?」
雪男はちょっと待ってと言うと、半端に下ろされたズボンと下着を完全に脱いでそれをベッドの脇にどけた。そして兄をベッドに残して降りると、自分の机の鍵の掛かる引き出しから何やら取り出して戻ってきた。
「何持ってきたんだ……。」
燐は衝撃的な光景に絶句している。流石の雪男も兄の反応でかなり赤面していた。
「ローションとゴムだけど。」
「なんで持ってるんだ?」
「……兄さんのこと好きだってはっきり自覚した時に、衝動的に買っちゃったんだ。それでずっと捨てられずに、修道院の机の中に入れっぱなしで、学園に入学する時もどうしていいか分からないから、持ってきちゃった。」
燐は固まっている。
「修道院って、いつから持ってたんだよ。」
「それでも買ってからまだ一年経ってないんだよ。」
「受験勉強で大変だよ。なんて清清しく笑って言ってたお前が、そんなもん俺が知らないとこで買って机の中に隠してたって。」
燐は今までとは別の意味で泣きそうになっていた。かつての弟の過去と今取り出されてきたものとのギャップのせいで混乱しているようだ。
「何? ひいちゃったって言うの?」
「いや。なんか変な感動しちゃってる。俺だって雪男のこと好きなのに、そういうのに全然頭回らなかった。」
それは感動じゃなくてパニックになっているの間違いかと、雪男は失礼な考えが頭を掠めた。
「兄さんが頭回らないことは知ってるけど。」
そんなことよりと雪男はコンドームのパッケージを破ると、燐のペニスにそれを被せる。
「うわ。本格的。」
「びびらないでよ。うーん。どうしようかな。」
「ど。どうって?」
雪男はローションのボトルに視線を落としたまま考え込んでいる。ここであまり時間を掛けるわけにもいかない。兄が切羽詰っているし、びびりまくっている。
「しかたないな……。僕がある程度広げてみるよ。」
雪男はボトルの蓋を開けて垂れるくらいに手にローションを出すと、前から手を差し入れて自分の秘部に指を入れる。異物感はあるがまだ自分の指一本なので特に痛みはなかった。
『大丈夫だ。』
燐が心配そうに雪男に寄り添ってくる。
「雪男。大丈夫か?」
「うん。ちょっとマッサージしてほぐすから、もう少し待っててね。」
燐は弟に任せっぱなしなので気が引けて居づらそうだが、兄に任せていては先に進めないので雪男は指を増やす。
「二本目……。」
指を入れながら滑りやすくなるように周辺や中にローションを塗りたくる。これで少しでも摩擦が減れば兄を受け入れ易くなる。
「兄さん。手、出して。」
燐は言われるがままに手を出すと雪男にローションを掛けられる。
「兄さん。指、挿れてみてくれる?」
雪男は自分の指を引き抜くと燐に対して後ろを向いてコートの後ろを捲くり上げ尻を突き出した。ローションで湿った場所を見て燐が生唾を飲み込む。
「いいの、か?」
「ダメだったら僕が言うから。とりあえず、ゆっくり……おねがい。」
恥ずかしさよりやり遂げなければいけないという使命感に突き動かされている。燐が戸惑いきっているのだから、そんな使命感ほど意味のないものはないが。実際に自分の中に指の一本でも入れてみれば、この兄にしても何らかの実感が沸くのではと思った。欲であれ。衝動であれ。
「入った……。」
異物感は感じるが自分に対して容赦が無い自分の指より、遠慮がちに入ってくる兄の指のほうがぞわぞわと背中が震えてしまう。
「雪男。大丈夫か?」
背中が震えているせいで何かを誤解した兄がおろおろしている。痛みはないので雪男はあっけらかんと言ってみる。
「さっき二本まで入ったから、二本目を入れてくれる? で、広げるように回して慣らして。」
「こ、こう?」
雪男はその感触に自分の手で口を押さえたくなった。兄の手はもちろん拙い動きをしているのに、自分の身体はというと初めての癖に感じてきている。それが性感によるものかは定かではないが、けして不快ではない。それどころか初めての自分の後ろを犯される前戯が気持ちいいなんて、どんな素質があるんだろうと首を捻りたくなる。
「気持ち、いいよ。」
兄が挙動不審にそうかと上ずった声で応えた。兄にとって初めての相手が、自分で良かったと雪男は本気で思った。赤の他人ならひょっとしたら呆れられて中断されてしまうかもしれないぞと、心の中で呟いた。そして自分はどんだけこの兄が好きなんだと自分自身に呆れた。
ふいに切ないようなこみ上げてくるものが雪男の胸部に燻ってくる。
「兄さん抜いて。」
「なんか具合悪かったっ?」
違うんだと雪男は小さく言葉にする。
指を抜かれた雪男はおもむろに兄のほうに向き直った。
「雪男?」
はしたなく足を広げ、先走りに濡れたペニスもローションでベタベタの秘部も丸見えにして兄の肩を引き寄せる。
「本当なら初めては後ろからのほうがいいらしいけど、やっぱり兄さんの顔見ていたいから、正上位で抱いて欲しい。」
燐の顔が赤くなって息を呑んでしまっていた。
「ほ、ほんとうは。顔見られるの恥ずかしいけど……」
「俺のほうが恥ずかしいことになりそうだから、雪男は気にしなくていいと思う。」
そうだねと言って雪男は後ろに倒れた。
「………挿れて………。」
兄の手が太ももに添えられ、足を引き上げられてしまう。そして中心部に硬くなったそれが宛がわれる。
「いくぞ。雪男。」
返事をする前に熱い肉棒が雪男を貫いていた。自分が怯む前に行為に突入してきた兄のタイミングの良さに雪男は、妙に感心した。なんだかやっと兄が弟のことを心得てくれたような気がする。あのまま恐る恐るされたのでは、今更になって自分が怖気づいていたかもしれない。
『さっきまで僕だって少し強がっていたとこもあったから……。』
強がりが見え隠れしていたからこそ、兄はずっとおろおろしていたのかもしれない。雪男の肩肘ばった態度に余計に踏ん切りがつかなかったのかもしれない。
「兄さん……。嬉しいっ。」
「馬鹿雪男。痛くないか?」
「それは少しは……はうっ。」
兄に唐突に抱きしめられる。
「嬉しいからって……。少しだけでも痛いんじゃねえかよっ。どうしてそんなにせっかちになるんだよ。今日いきなりじゃなくても、よかったじゃねえか。ゆっくりでもよかったはずじゃねえかよ。」
「だって――。」
貴方はいつ死んでもおかしくない身の上じゃないか。
雪男はその回答を燐に提示出来なかった。
燐は明日も明後日も一年先も何十年も先も、自分がどうにかして生き延びて雪男の側にいる未来しか見ようとしない。それは雪男が考えていることよりも、余程前向きで素敵なことだろう。だけどもしそれが叶わなかったらどうするんだ? もしかしたら両思いになれないまま今生の別れを迎えるかもしれないのに。それは予告もなくある日突然かもしれないのに。兄の努力とか精神とか生き様関係なしに、赤の他人に押し付けられるものかもしれないのに。
あれやこれやを考えると、雪男はいつだって胸が潰れそうだった。だからいつだって、何か機会がある度に全てやりきってしまおうと思った。
「雪男。」
燐が再び雪男を突き上げる。
「はぁっ……兄さん。好き……。」
揺さぶられる視界の中で雪男は兄の顔を見ている。兄の顔はやはりいっぱいいっぱいで、全てが終わったあとには灰になりそうなくらいに、火の点いたような真っ赤な顔をしていた。それも愛おしいと思う。
「雪男のなか……すげえ熱い。」
「兄さんだって……」
今日、両思いになれて良かった。
今日、繋がって良かった。
こんなのは絶対に明日とか明後日とか、もっと先の未来に後回しにさせられない。
「僕らには『今』しかないんだよ……。」
雪男はうわ言のように言葉を漏らす。
「馬鹿言うな。今しかないなんて、そんなことにさせねえから――。」
だから一人で決め付けるな。
兄の声が遠くに聞こえる。手前勝手で頼もしい言葉。自分の刹那的な考えを拒絶してくれる強い言葉。それが何よりも聞きたかった。
これから先も聞かせて欲しい言葉だった。
* * *
コートは二人分の汚れを落とすために、洗濯機でワイシャツやら下着やらと一緒に揉みくちゃになっている。
「いやあ。記念に取っておきたかったんだけどね。」
「俺の弟がそんな変態だなんて、やだ。」
燐は自己嫌悪ゆえに湯船の縁で立て肘をついて頭を抱えている。
「やっちまった。やっちまったよ。しかもかなり弟任せだったし。恥ずかしい恥ずかしい。恥ずかしくて死にてえよ。」
「兄さんみたいな男ばっかりだったら人類は滅びるね。」
雪男は満足そうに兄にベタベタと触りまくって全裸で抱きついていた。燐は時々感じるのか前かがみになっている。湯船の外に腹を向けたまま自己嫌悪し続けているのは、そのせいもあるかもしれない。
「ちくしょう……」
「悔しかったら、今度は兄さんが僕を恥ずかしがらせればいいだろ。」
燐は伏目がちに弟を見る。
「俺。仕事帰りのお前のコート姿を見るたびに盛っちまうかも。」
燐なりの今後の雪男への脅しのつもりだったのかもしれない。責任を取れという意味合いの。
雪男はむず痒そうに「いいよ」と返した。
「悪魔の兄を~」のシリーズとは関係ありません。ここの雪ちゃんはいい意味でも悪い意味でも素直です。燐兄さんのほうがよほど常識人です。しばらくエッチの主導権は弟にとられっぱなしじゃねえのかな。
雪男はそうだねと答えるがコートを脱ぐ様子は見せない。
「兄さんにとって、こっちのほうが眼福かなって。それに僕だって最初から全裸で絡み合うのは抵抗あるし。」
「でも変な汁で汚れるかもしれねえし。」
「変な汁ねえ……」
それはそれでと雪男は思う。今までの潔癖だと決め付けられた自分を象徴するかのような祓魔師のコートをお互いの体液で汚せるのなら、それは雪男にとってぞくっとするような恍惚感を覚えるものだった。しかし兄にはそんなことは言えない。言ったってたぶん理解して貰えない。だから雪男は二番目ぐらいに期待していることを口に出してみる。
「脱ぐなら自分からじゃなくて、好きな人にして欲しいのは可笑しいことかい?」
燐は口のあたりをむず痒そうに歪めている。今更お前からそんなしおらしい言葉を聞かされても信じられねえよと言うような顔だった。雪男はもう少しぶりっ子しとけばよかったとほんの少し後悔した。寧ろ雪男の目に映る兄のほうが余程のこと初々しく見えてしょうがない。
『兄さんでも僕に勝てるところがあったんだ。』
精神面で負けたと思うところは普段でもあるが、まさかそんなところで負けるとは思わなかった。しかし結局兄は弟のコートに手を掛ける様子は無い。服を全部脱がせてしまえば、今半ば弟から強制されているような情事の空気を確定させてしまうからか。まだ踏ん切りだとか覚悟が固まっていないのかと雪男は嘆息した。
「僕だって初めてなのに……」
なんとなく呟いた雪男の言葉を聞いて、燐の顔つきが変わる。
「お前さっきのほんとか?」
「え。なにが?」
「初めてって。」
「むう……。初めてに決まってるじゃん。」
兄の顔が泣き笑いっぽくなる。そうかと声に出さずに呟いていた。
「そうじゃなきゃどうしようかと思ってた。」
雪男は自分の頭の下にあった燐の枕を燐の顔面に投げつける。ぼふっと音がして燐の顔の下の雪男の腹の上に落ちた。燐は律儀にもそれを拾い上げて、再び雪男の頭と布団の間にねじ込む。
「なんにこだわってんだか。」
「俺だって初めてだもん。」
「うん。それは確信してた。」
雪男の目の前で燐の尻尾がしおれてしまっている。
「だって兄さんが初めて神父さんのエロ本を見た日だって、僕分かったもん。」
「なんでもお見通しなんだな。」
「なんでもは見通せないよ。兄さんのことだけ。」
通常の会話を交わしながら雪男の手はてきぱきと仕事をしていた。雪男の手は燐のベルトを緩めている。燐は雪男に比べればもたついた手つきで雪男のワイシャツのボタンを外し、あらわになった皮膚に手を這わしている。
「僕の言葉にへこまされてるっぽいのに。」
雪男はズボンの下のものを見て安堵している。
「お前もさっきから手際良すぎ。お前は普段のタイプからしてマグロかと思ってたけど……いや、お前って俺の反応見て動くとこあるじゃん。」
「兄さんは何しでかすかわかんないから。」
「何しでかすか、わかんねえのはお前だろ。祓魔師になってたり講師になってたり。戦闘じゃ銃ぶっぱなすし。しえみやシュラとは何年前からの付き合いなんだよ。あと。俺がサタンの野郎の息子だってこと隠してたし。」
雪男は全部兄さんの為なんだよと反論したかった。しかし立場が逆だったとしたら、自分はきっと、今の兄よりよっぽど恨みがましいことを言うんだろうなと思った。
燐は雪男の手を取って自分の股間に触れさせる。
「なに? 僕に触って欲しいの?」
「そうだな。いっぺんお前の手で抜いてくれたほうが助かるかな。」
「じゃあ、僕も兄さんの手で……」
雪男は身体を起こす。燐と向かい合って互いに顔を見合わせる。
「顔を見ると恥ずかしいな。」
燐は雪男のズボンのファスナーを下ろして下着の下の性器を引きずり出す。雪男もそれに倣った。燐が片手で雪男を引き寄せる。
「キスしていい?」
雪男は黙って目を瞑る。
最初押し付けられるだけだった唇は、やがて雪男の唇に吸い付くように感触がしっくりと合ってくる。しばらくして雪男が少し口を開くと燐は戸惑うように口を離した。
「舌入れてもいいんだよ。」
「あ、ああ……」
再び燐は雪男に唇を重ねる。そして雪男の口の隙間に舌を差し入れてきた。舌先だけを触れ合わせていたのはほんの数秒くらいで、先に雪男がじれったくなって大胆にも音がするくらいに舌を絡めてきた。
「ん…んー……。」
途端に雪男のペニスを握っていた燐の右手に力が入った。さっきまではただ触れているだけだったのに、深いキスに刺激されたのか少し加減を見誤っている感じだった。雪男は敏感なところを強めに握られて痛みをわずかに感じたが、宥めるように口を離したあと再び軽く唇を重ねた。
「痛いって。」
「すまん。」
燐は手の力を緩めて握っていた雪男のペニスを手で擦る。雪男も燐のものに手を触れてみる。
『うわ……』
雪男が触るまでもなく燐のものは熱く硬直していた。雪男は素直に少し驚いた。しかしキスしたままなのでその驚嘆の声は脳内で木霊するばかりだった。
「ん……んん………。」
燐はまさに一心不乱というか精一杯という感じだった。雪男のペースにまるで踊らされている。兄の呼吸が苦しそうなので雪男はキスをやめて兄の顔を見ると、涙目で顔が真っ赤になっている。燐はぜえぜえ言いながらまた雪男に抱きついてキスしようとする。
「兄さん。自分じゃ分かってないだろうけど、酸欠になっちゃうよ。」
「……だって。雪男はあんまり感じてないみたいだし。……俺は……こんなに気持ちいいのに。」
雪男は兄の瞼にキスをする。兄の手から与えられる足りない刺激ではいかんともし難い自分の性器だったが、兄への甘酸っぱい気持ちがそれを補ってあまりある感じだった。
「馬鹿だな。気持ちいいんだよ。でももう少し力を入れてくれたら、いいんだけどな。」
燐は幾分か手の力を強める。
「さっき痛がるから、だから……。」
初心で愚直で律儀過ぎる。しかしそれが愛おしい。だってそんなところを垣間見えるのは自分だけだから。
「いいから、もっと……。」
触られることそのものよりも、愚直な兄に対する思いのほうが充足感を与えてくれる。雪男は急に自分の瞼が重たくなるのを感じる。このままだと射精したあとに心地よさに
眠りについてしまいそうだった。
「兄さん。やっぱり……」
「なに……雪男?」
今日に限っては散々蓮っ葉なことばかり吐いてきた口だが、それを口にするのは流石に羞恥が入り混じってくる。
「雪男。手、止まってる。兄ちゃん……辛いん…だけど。」
燐は雪男のものから手を外して、燐のものを握って手を止めている雪男の手に重ねてきた。兄は自分の切羽詰った欲求を口に出さずにはいられないのだろう。早くと雪男を急かしてくる。
雪男は散々羞恥にせき止められていた言葉を少しずつ吐き出す。
「僕の手、じゃなくて……その……。」
「え。ダメなの?」
「そうじゃないんだよ。」
雪男は燐に耳打ちする。
「やっぱりこのまま挿れて。」
燐は熱中症患者のように上半身がふらふらと揺れた。
「お前なんでそんな酷なこと言うんだよ?」
「大丈夫……。兄さんなら出来るよ。」
「ダメだ。怖い……。俺男同士のよくわかんねえし……。」
兄は弟と一生こういうふうにならないこと前提で過ごしてきた。そして普通ならこの歳で詳しく知っているはずもない。多少の勉強不足を責められはしない。
雪男は燐の両頬を手で挟みこんで額にキスする。
「僕が分かってるから。大丈夫。」
「本当か……? 信じていいんだな? …………あれ。知ってるって、どういうこと?」
雪男はちょっと待ってと言うと、半端に下ろされたズボンと下着を完全に脱いでそれをベッドの脇にどけた。そして兄をベッドに残して降りると、自分の机の鍵の掛かる引き出しから何やら取り出して戻ってきた。
「何持ってきたんだ……。」
燐は衝撃的な光景に絶句している。流石の雪男も兄の反応でかなり赤面していた。
「ローションとゴムだけど。」
「なんで持ってるんだ?」
「……兄さんのこと好きだってはっきり自覚した時に、衝動的に買っちゃったんだ。それでずっと捨てられずに、修道院の机の中に入れっぱなしで、学園に入学する時もどうしていいか分からないから、持ってきちゃった。」
燐は固まっている。
「修道院って、いつから持ってたんだよ。」
「それでも買ってからまだ一年経ってないんだよ。」
「受験勉強で大変だよ。なんて清清しく笑って言ってたお前が、そんなもん俺が知らないとこで買って机の中に隠してたって。」
燐は今までとは別の意味で泣きそうになっていた。かつての弟の過去と今取り出されてきたものとのギャップのせいで混乱しているようだ。
「何? ひいちゃったって言うの?」
「いや。なんか変な感動しちゃってる。俺だって雪男のこと好きなのに、そういうのに全然頭回らなかった。」
それは感動じゃなくてパニックになっているの間違いかと、雪男は失礼な考えが頭を掠めた。
「兄さんが頭回らないことは知ってるけど。」
そんなことよりと雪男はコンドームのパッケージを破ると、燐のペニスにそれを被せる。
「うわ。本格的。」
「びびらないでよ。うーん。どうしようかな。」
「ど。どうって?」
雪男はローションのボトルに視線を落としたまま考え込んでいる。ここであまり時間を掛けるわけにもいかない。兄が切羽詰っているし、びびりまくっている。
「しかたないな……。僕がある程度広げてみるよ。」
雪男はボトルの蓋を開けて垂れるくらいに手にローションを出すと、前から手を差し入れて自分の秘部に指を入れる。異物感はあるがまだ自分の指一本なので特に痛みはなかった。
『大丈夫だ。』
燐が心配そうに雪男に寄り添ってくる。
「雪男。大丈夫か?」
「うん。ちょっとマッサージしてほぐすから、もう少し待っててね。」
燐は弟に任せっぱなしなので気が引けて居づらそうだが、兄に任せていては先に進めないので雪男は指を増やす。
「二本目……。」
指を入れながら滑りやすくなるように周辺や中にローションを塗りたくる。これで少しでも摩擦が減れば兄を受け入れ易くなる。
「兄さん。手、出して。」
燐は言われるがままに手を出すと雪男にローションを掛けられる。
「兄さん。指、挿れてみてくれる?」
雪男は自分の指を引き抜くと燐に対して後ろを向いてコートの後ろを捲くり上げ尻を突き出した。ローションで湿った場所を見て燐が生唾を飲み込む。
「いいの、か?」
「ダメだったら僕が言うから。とりあえず、ゆっくり……おねがい。」
恥ずかしさよりやり遂げなければいけないという使命感に突き動かされている。燐が戸惑いきっているのだから、そんな使命感ほど意味のないものはないが。実際に自分の中に指の一本でも入れてみれば、この兄にしても何らかの実感が沸くのではと思った。欲であれ。衝動であれ。
「入った……。」
異物感は感じるが自分に対して容赦が無い自分の指より、遠慮がちに入ってくる兄の指のほうがぞわぞわと背中が震えてしまう。
「雪男。大丈夫か?」
背中が震えているせいで何かを誤解した兄がおろおろしている。痛みはないので雪男はあっけらかんと言ってみる。
「さっき二本まで入ったから、二本目を入れてくれる? で、広げるように回して慣らして。」
「こ、こう?」
雪男はその感触に自分の手で口を押さえたくなった。兄の手はもちろん拙い動きをしているのに、自分の身体はというと初めての癖に感じてきている。それが性感によるものかは定かではないが、けして不快ではない。それどころか初めての自分の後ろを犯される前戯が気持ちいいなんて、どんな素質があるんだろうと首を捻りたくなる。
「気持ち、いいよ。」
兄が挙動不審にそうかと上ずった声で応えた。兄にとって初めての相手が、自分で良かったと雪男は本気で思った。赤の他人ならひょっとしたら呆れられて中断されてしまうかもしれないぞと、心の中で呟いた。そして自分はどんだけこの兄が好きなんだと自分自身に呆れた。
ふいに切ないようなこみ上げてくるものが雪男の胸部に燻ってくる。
「兄さん抜いて。」
「なんか具合悪かったっ?」
違うんだと雪男は小さく言葉にする。
指を抜かれた雪男はおもむろに兄のほうに向き直った。
「雪男?」
はしたなく足を広げ、先走りに濡れたペニスもローションでベタベタの秘部も丸見えにして兄の肩を引き寄せる。
「本当なら初めては後ろからのほうがいいらしいけど、やっぱり兄さんの顔見ていたいから、正上位で抱いて欲しい。」
燐の顔が赤くなって息を呑んでしまっていた。
「ほ、ほんとうは。顔見られるの恥ずかしいけど……」
「俺のほうが恥ずかしいことになりそうだから、雪男は気にしなくていいと思う。」
そうだねと言って雪男は後ろに倒れた。
「………挿れて………。」
兄の手が太ももに添えられ、足を引き上げられてしまう。そして中心部に硬くなったそれが宛がわれる。
「いくぞ。雪男。」
返事をする前に熱い肉棒が雪男を貫いていた。自分が怯む前に行為に突入してきた兄のタイミングの良さに雪男は、妙に感心した。なんだかやっと兄が弟のことを心得てくれたような気がする。あのまま恐る恐るされたのでは、今更になって自分が怖気づいていたかもしれない。
『さっきまで僕だって少し強がっていたとこもあったから……。』
強がりが見え隠れしていたからこそ、兄はずっとおろおろしていたのかもしれない。雪男の肩肘ばった態度に余計に踏ん切りがつかなかったのかもしれない。
「兄さん……。嬉しいっ。」
「馬鹿雪男。痛くないか?」
「それは少しは……はうっ。」
兄に唐突に抱きしめられる。
「嬉しいからって……。少しだけでも痛いんじゃねえかよっ。どうしてそんなにせっかちになるんだよ。今日いきなりじゃなくても、よかったじゃねえか。ゆっくりでもよかったはずじゃねえかよ。」
「だって――。」
貴方はいつ死んでもおかしくない身の上じゃないか。
雪男はその回答を燐に提示出来なかった。
燐は明日も明後日も一年先も何十年も先も、自分がどうにかして生き延びて雪男の側にいる未来しか見ようとしない。それは雪男が考えていることよりも、余程前向きで素敵なことだろう。だけどもしそれが叶わなかったらどうするんだ? もしかしたら両思いになれないまま今生の別れを迎えるかもしれないのに。それは予告もなくある日突然かもしれないのに。兄の努力とか精神とか生き様関係なしに、赤の他人に押し付けられるものかもしれないのに。
あれやこれやを考えると、雪男はいつだって胸が潰れそうだった。だからいつだって、何か機会がある度に全てやりきってしまおうと思った。
「雪男。」
燐が再び雪男を突き上げる。
「はぁっ……兄さん。好き……。」
揺さぶられる視界の中で雪男は兄の顔を見ている。兄の顔はやはりいっぱいいっぱいで、全てが終わったあとには灰になりそうなくらいに、火の点いたような真っ赤な顔をしていた。それも愛おしいと思う。
「雪男のなか……すげえ熱い。」
「兄さんだって……」
今日、両思いになれて良かった。
今日、繋がって良かった。
こんなのは絶対に明日とか明後日とか、もっと先の未来に後回しにさせられない。
「僕らには『今』しかないんだよ……。」
雪男はうわ言のように言葉を漏らす。
「馬鹿言うな。今しかないなんて、そんなことにさせねえから――。」
だから一人で決め付けるな。
兄の声が遠くに聞こえる。手前勝手で頼もしい言葉。自分の刹那的な考えを拒絶してくれる強い言葉。それが何よりも聞きたかった。
これから先も聞かせて欲しい言葉だった。
* * *
コートは二人分の汚れを落とすために、洗濯機でワイシャツやら下着やらと一緒に揉みくちゃになっている。
「いやあ。記念に取っておきたかったんだけどね。」
「俺の弟がそんな変態だなんて、やだ。」
燐は自己嫌悪ゆえに湯船の縁で立て肘をついて頭を抱えている。
「やっちまった。やっちまったよ。しかもかなり弟任せだったし。恥ずかしい恥ずかしい。恥ずかしくて死にてえよ。」
「兄さんみたいな男ばっかりだったら人類は滅びるね。」
雪男は満足そうに兄にベタベタと触りまくって全裸で抱きついていた。燐は時々感じるのか前かがみになっている。湯船の外に腹を向けたまま自己嫌悪し続けているのは、そのせいもあるかもしれない。
「ちくしょう……」
「悔しかったら、今度は兄さんが僕を恥ずかしがらせればいいだろ。」
燐は伏目がちに弟を見る。
「俺。仕事帰りのお前のコート姿を見るたびに盛っちまうかも。」
燐なりの今後の雪男への脅しのつもりだったのかもしれない。責任を取れという意味合いの。
雪男はむず痒そうに「いいよ」と返した。
「悪魔の兄を~」のシリーズとは関係ありません。ここの雪ちゃんはいい意味でも悪い意味でも素直です。燐兄さんのほうがよほど常識人です。しばらくエッチの主導権は弟にとられっぱなしじゃねえのかな。
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絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
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