幸福雑音
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☆ss「高砂5」勝燐 ギャグ・下ネタ注意報
京都の実家に戻って数日が過ぎた。
勝呂竜士の様子に特に変化はなかったが、それは外見だけの話だった。いきなり母親によって実家に連れ戻され、職場も京都に移され、妻である燐との夫婦の部屋は弟が同居、三日にいっぺんは両親が泊まりに来て、一週間にいっぺんは親戚同様な門徒の志摩家・宝生家・三輪家・その他もろもろがお泊りに来る、そんな状況だったが、久しぶりに嫁と二人きりになれる日がついに来た。
「なんだー。今日は、雪男はヴァチカンでミーティング、お義父さんは太秦でエキストラに参加、お義母さんは旅館協会の集まり。志摩家は三番目のお兄ちゃんの誕生日会、三輪家は飼い猫ちゃんとの親睦会、宝生家は南米アマゾンで爬虫類探検ツアー、か。」
「ほんま。なんちゅう偶然やろうか。」
二人で布団を敷きながら燐は何気ない様子で竜士に話しかけている。なんだかいつもと変わらないのに、竜士は一人でその言葉の意味を深読みしてしまっている。
竜士としては嫁の弟と自分の母親の不在だけでも良かったはずなのに。わざとらしすぎるほど二人きりの夜になりそうだった。ただでさえだだっ広い五十畳敷きの元宴会場の夫婦の部屋が、余計に広く思えてしまう。というか二人が大の字で寝ても埋まるような面積ではなかった。いつも浮ついている嫁がいつも以上に落ち着きを失くして、きょろきょろと部屋の中を見ている。
「初めてこの部屋見た日も広いとは思ったけど、お前と二人きりだとこんなに広いんだ。」
「それはお前が、いつも俺をほっといて、奥村先生ときゃぴきゃぴ言うとるから気にならんかっただけやろ。」
竜士は我ながらあからさまに拗ねているような気がした。言ってしまったあとに気がついたが、燐のことだからたぶん気がついていないだろうと思って横を見た。しかし。
「ごめん。俺いつもお前のことほっといてたよな。」
まさかの謝罪だった。
「いや。兄弟仲ええのは俺も嬉しいし、こっちに来てから奥村先生あんまり俺に絡んでこんようになったし。というか、容認してくれるようになったし。」
恋人として付き合っていたころの後ろめたさを竜士はまだ覚えていた。それに比べれば雪男に限れば随分ストレスは軽減されているはずなのだ。
「そうだな。毎晩誰かが俺たちの部屋にいて、勝呂が俺に手を出せなくてイライラしてるのは俺の考えすぎだったよな。」
「いや。それは考え過ぎとちゃう。」
それとこれとは別問題だ。過去には過去の、現在には現在の問題点があるのも現実なのだ。
「またまた~。俺がお前の本心を見抜いたからって、恥ずかしがらなくてもいいのに。」
「お前は俺の本心の反対を見抜いとるわ!」
「俺が勝呂の本心の反対を見抜いてるってことは」
勝呂はうんうんと頷いている。今夜初めて嫁が自分の心を察してくれようしている。まさにその瞬間まであと何秒かだった。
「いや。でもありえんだろ。お前真面目だし。」
「お前の中で俺はどんだけ真面目なんや!」
燐は「うーん」と考えながら高い天井を見上げた。
「でも俺たちって二人暮らしだったときもあったのに。お前はなーんにもしてこなかったもん。」
それも歴然とした事実だった。(嫁の弟に気を遣い過ぎていたのもあったが)付き合いは長いくせに、セックスレスも若くしてなってしまえばただの日常だった。日常は日常でも、やはり夫婦間では異常としか言えない状況だった。冷めた関係ではない。寧ろ自分たちは熱々のラブラブカップルでくっついたのだ。なのに、セックスレス。主に原因は自分ちのおかん。そして嫁の弟。いや、人の所為にするのはやめよう。本当の理由は結構前から気がついている。
「燐。」
「なんだ? 勝呂。」
竜士が燐に手を出せない理由。それは――。
「こっち、来い。」
「うん。」
燐は無邪気に竜士の布団に入ってくる。布団の中で触れ合う足だとか、肩口をくすぐる髪の毛の感触に竜士はドキドキするが、次に燐の表情を窺うと、本当に嬉しそうに無邪気に笑っているのだった。
『あかん。これやから手ぇ出せん。』
ある意味初心。ある意味そそられる。しかしある意味、最強のガードの堅さだった。
しかしこんな好機はいつ訪れるか分からない。ひょっとしたら今夜が最後のチャンスかもしれない。
竜士は生唾を飲み込んで燐に覆いかぶさろうとした。が――。
「あ。俺テレビ見るー。」
燐が突然布団から出ると、部屋の隅に置かれた、かなり忘れられた感がある分厚い二十型サイズのテレビの前に座った。竜士の手が空を切って虚しく掠めてしまう。そんな竜士をほっといたままで燐はテレビのスイッチをオンにした。
竜士は仕方なく燐の横までいくと隣に座った。
「これ映るんか? 地デジ対応とかしてなさそうやけど。」
テレビの分厚さと埃の被り具合がそれを証明しているようだった。
「いいんだよ。ここに百円入れれば映るってお義母さんが言ってた。」
竜士は燐の頭に拳骨を入れる。
「それってエッチビデオのチャンネルやろうがっ。お前はなんつーもんを……。」
「お義母さんが暇で興味あるなら見てもええよって言ってた。」
「おかーん。」
竜士は留守中の母親にツッコミを入れる。なんとも言えない竜士の横で燐は嬉しそうに百円を投入している。
「なんか本番の無修正ものらしいぜ。これもお義母さんが言ってたけど。」
「おかーん。」
竜士は再び吼えた。嫁になんちゅうもんを見せるつもりやと、竜士は自分の顔を手で押さえて何かに耐えていた。しかしその顔が徐々に真顔に戻る。指の隙間から隣の嫁の顔を窺う。
『ひょっとしたらおかんは……』
いつまで経っても嫁に対して甲斐性を見せない息子に業を煮やしたのかもしれない。
『いや。妨害しとったのは、おかんを筆頭に親戚一同とも言える奴らの所為やないか。でもこれも遅ればせながらの罪の意識というか、罪滅ぼしかもしれへん。』
虎子はおぼこい燐に対してそのような映像を見ることによって、何かきっかけになればと思ったかもしれない。だから、今夜二人っきりになるタイミングを図って、燐に対して成人指定の映像を見せる情報を入れ知恵した。ご都合主義な考えだが一応それで筋が通るし、竜士としてもいきなり押し倒すよりはやりやすいとも考えた。
「ほんでも、エロビデオに刺激されるなんてなあ……」
ひとりでに出た独り言を燐は聞いて竜士のほうを見た。
「お前も見るの?」
「ええやろ。」
「うん。ただちょっと意外だな――。真面目なお前がなー。」
「お前いい加減俺のこと、真面目真面目言うのやめてくれへん?」
しかしわずかながらに「一緒にエロビデオを見る」という行為の効果が見え始めている。
テレビはほんの少し起動に時間が掛かって、黒画面にレーベルが表示されたあと、見るからに大自然というような映像が二人の目に飛び込んできた。
「野外ものなんかな?」
しかし目を凝らしても女優はおろか男優の姿も見えない。細かい砂利の浅い川が映し出されていた。カメラはその川の流れにだんだん近づいているらしい。
竜士は首を傾げた。これはいったい何を撮りたいのだろうか? カメラの端々に紅葉した木の葉が映っている。
「燐なんかこれ、エッチビデオやないんやない? おかんに騙されたんと違うか?」
「えー。そんなことないだろ?」
「せやかてこれ、どう見てもただの日本の自然なんとかみたいな映像やで。それにしてもおかんのボケにしては大人しいな。燐をからかうにしても、もっとがっかりなもんを選びそうな気がするけどな。」
カメラはやけに水面が激しく水しぶきを上げるさまを突然映し出す。しかし人間が水中で何かしているにしては人間の姿が見えないし、水中に隠れているにしても川が浅すぎる。川面に何か魚の背びれらしいものが見えた。
「?」
竜士は目を凝らして映像を見て合点がいった。いきなり切り替わった画面は水中を映している。
「おいこれ……」
「わあっ。すごい激しいな。」
うっと竜士は息を詰まらせる。自分の母親らしいボケっぷりに。
「本番で無修正やけど、これは――。シャケの産卵やないか!」
確かに生々しいし男女の愛の営みだろうが――。
「そうだな。川底に産み付けられた卵にオスがぴゅーって。」
「ぴゅーってなんや! ぴゅーってっ。ふざけるなや!」
竜士は何かをテレビに投げつけたい衝動に駆られたが、燐がわくわくしている横でそれは出来なかった。
「あ。クマが来る。クマ来るなよっ。」
川を上って川を遡上する鮭たちに、黒い影が忍び寄る。愛しあう鮭を無情にも引き裂く捕食者だった。秋ごろなのだから冬眠前の貴重なたんぱく質を求めにやってきたのだろう。
「あ。ああ! 食べられちゃったよ!」
「ほんまやな。本番場面があっという間にスプラッタやな。」
言葉とは裏腹に竜士の言葉は冷めていた。燐は顔を歪めていたが、思いなおしたように独り言を言っている。
「くそう! クマのやつなんて酷いんだ。……いやでも、あの二人が愛し合った結晶は川の中で息づいてるんだ。」
ようこんなもので感動出来るなと竜士は溜息が出る。
「燐。イクラ好きやったよな?」
「ああ。大好きだぜ。」
「お前はクマを責める権利無いで。」
竜士は黙って布団の中に戻っていく。こんなの見せられて勝呂は、「いざっ」と夫婦生活に突入するような達人ではないのだ。仮にここで燐を布団の中に引きずり込んでことに及んだとしたら、鮭の産卵に興奮して初夜に挑んだ男というレッテルを貼られてしまう。誰にかと言えば自分自身に。そしてそんな思い出を嫁とのちに話すことになるのも、なんだか嫌なものだった。
「おやすみ。燐。」
「おう。おやすみ。」
おかんは一体何を考えているんだろう。そして嫁も一体何を考えているのか分からない。その気もないのに自分の真面目さと潔癖さが継続されてしまったことだけは確かだった。
『まあええわ。二十歳までになんとかすれば。』
今から考えてみれば、「二人きり」という非日常に浮かれて焦っていただけかもしれない。そんなことには動じない普段どおりの嫁が正しいのかもしれない。
『まあ、ええか。こいつが俺の嫁やというのは変わらんし。俺の家族や親戚はもともとボケとツッコミでグダグダやし。』
環境に流されて変に気が長くなってしまった自分を肯定している時点で、勝呂竜士・十九歳のこれからもなんとなく予想出来るようだった。
結局へたれエンドです。たぶん勝呂は魔法使いにはならないのでしょうけど、先は長い悪寒です。
勝呂竜士の様子に特に変化はなかったが、それは外見だけの話だった。いきなり母親によって実家に連れ戻され、職場も京都に移され、妻である燐との夫婦の部屋は弟が同居、三日にいっぺんは両親が泊まりに来て、一週間にいっぺんは親戚同様な門徒の志摩家・宝生家・三輪家・その他もろもろがお泊りに来る、そんな状況だったが、久しぶりに嫁と二人きりになれる日がついに来た。
「なんだー。今日は、雪男はヴァチカンでミーティング、お義父さんは太秦でエキストラに参加、お義母さんは旅館協会の集まり。志摩家は三番目のお兄ちゃんの誕生日会、三輪家は飼い猫ちゃんとの親睦会、宝生家は南米アマゾンで爬虫類探検ツアー、か。」
「ほんま。なんちゅう偶然やろうか。」
二人で布団を敷きながら燐は何気ない様子で竜士に話しかけている。なんだかいつもと変わらないのに、竜士は一人でその言葉の意味を深読みしてしまっている。
竜士としては嫁の弟と自分の母親の不在だけでも良かったはずなのに。わざとらしすぎるほど二人きりの夜になりそうだった。ただでさえだだっ広い五十畳敷きの元宴会場の夫婦の部屋が、余計に広く思えてしまう。というか二人が大の字で寝ても埋まるような面積ではなかった。いつも浮ついている嫁がいつも以上に落ち着きを失くして、きょろきょろと部屋の中を見ている。
「初めてこの部屋見た日も広いとは思ったけど、お前と二人きりだとこんなに広いんだ。」
「それはお前が、いつも俺をほっといて、奥村先生ときゃぴきゃぴ言うとるから気にならんかっただけやろ。」
竜士は我ながらあからさまに拗ねているような気がした。言ってしまったあとに気がついたが、燐のことだからたぶん気がついていないだろうと思って横を見た。しかし。
「ごめん。俺いつもお前のことほっといてたよな。」
まさかの謝罪だった。
「いや。兄弟仲ええのは俺も嬉しいし、こっちに来てから奥村先生あんまり俺に絡んでこんようになったし。というか、容認してくれるようになったし。」
恋人として付き合っていたころの後ろめたさを竜士はまだ覚えていた。それに比べれば雪男に限れば随分ストレスは軽減されているはずなのだ。
「そうだな。毎晩誰かが俺たちの部屋にいて、勝呂が俺に手を出せなくてイライラしてるのは俺の考えすぎだったよな。」
「いや。それは考え過ぎとちゃう。」
それとこれとは別問題だ。過去には過去の、現在には現在の問題点があるのも現実なのだ。
「またまた~。俺がお前の本心を見抜いたからって、恥ずかしがらなくてもいいのに。」
「お前は俺の本心の反対を見抜いとるわ!」
「俺が勝呂の本心の反対を見抜いてるってことは」
勝呂はうんうんと頷いている。今夜初めて嫁が自分の心を察してくれようしている。まさにその瞬間まであと何秒かだった。
「いや。でもありえんだろ。お前真面目だし。」
「お前の中で俺はどんだけ真面目なんや!」
燐は「うーん」と考えながら高い天井を見上げた。
「でも俺たちって二人暮らしだったときもあったのに。お前はなーんにもしてこなかったもん。」
それも歴然とした事実だった。(嫁の弟に気を遣い過ぎていたのもあったが)付き合いは長いくせに、セックスレスも若くしてなってしまえばただの日常だった。日常は日常でも、やはり夫婦間では異常としか言えない状況だった。冷めた関係ではない。寧ろ自分たちは熱々のラブラブカップルでくっついたのだ。なのに、セックスレス。主に原因は自分ちのおかん。そして嫁の弟。いや、人の所為にするのはやめよう。本当の理由は結構前から気がついている。
「燐。」
「なんだ? 勝呂。」
竜士が燐に手を出せない理由。それは――。
「こっち、来い。」
「うん。」
燐は無邪気に竜士の布団に入ってくる。布団の中で触れ合う足だとか、肩口をくすぐる髪の毛の感触に竜士はドキドキするが、次に燐の表情を窺うと、本当に嬉しそうに無邪気に笑っているのだった。
『あかん。これやから手ぇ出せん。』
ある意味初心。ある意味そそられる。しかしある意味、最強のガードの堅さだった。
しかしこんな好機はいつ訪れるか分からない。ひょっとしたら今夜が最後のチャンスかもしれない。
竜士は生唾を飲み込んで燐に覆いかぶさろうとした。が――。
「あ。俺テレビ見るー。」
燐が突然布団から出ると、部屋の隅に置かれた、かなり忘れられた感がある分厚い二十型サイズのテレビの前に座った。竜士の手が空を切って虚しく掠めてしまう。そんな竜士をほっといたままで燐はテレビのスイッチをオンにした。
竜士は仕方なく燐の横までいくと隣に座った。
「これ映るんか? 地デジ対応とかしてなさそうやけど。」
テレビの分厚さと埃の被り具合がそれを証明しているようだった。
「いいんだよ。ここに百円入れれば映るってお義母さんが言ってた。」
竜士は燐の頭に拳骨を入れる。
「それってエッチビデオのチャンネルやろうがっ。お前はなんつーもんを……。」
「お義母さんが暇で興味あるなら見てもええよって言ってた。」
「おかーん。」
竜士は留守中の母親にツッコミを入れる。なんとも言えない竜士の横で燐は嬉しそうに百円を投入している。
「なんか本番の無修正ものらしいぜ。これもお義母さんが言ってたけど。」
「おかーん。」
竜士は再び吼えた。嫁になんちゅうもんを見せるつもりやと、竜士は自分の顔を手で押さえて何かに耐えていた。しかしその顔が徐々に真顔に戻る。指の隙間から隣の嫁の顔を窺う。
『ひょっとしたらおかんは……』
いつまで経っても嫁に対して甲斐性を見せない息子に業を煮やしたのかもしれない。
『いや。妨害しとったのは、おかんを筆頭に親戚一同とも言える奴らの所為やないか。でもこれも遅ればせながらの罪の意識というか、罪滅ぼしかもしれへん。』
虎子はおぼこい燐に対してそのような映像を見ることによって、何かきっかけになればと思ったかもしれない。だから、今夜二人っきりになるタイミングを図って、燐に対して成人指定の映像を見せる情報を入れ知恵した。ご都合主義な考えだが一応それで筋が通るし、竜士としてもいきなり押し倒すよりはやりやすいとも考えた。
「ほんでも、エロビデオに刺激されるなんてなあ……」
ひとりでに出た独り言を燐は聞いて竜士のほうを見た。
「お前も見るの?」
「ええやろ。」
「うん。ただちょっと意外だな――。真面目なお前がなー。」
「お前いい加減俺のこと、真面目真面目言うのやめてくれへん?」
しかしわずかながらに「一緒にエロビデオを見る」という行為の効果が見え始めている。
テレビはほんの少し起動に時間が掛かって、黒画面にレーベルが表示されたあと、見るからに大自然というような映像が二人の目に飛び込んできた。
「野外ものなんかな?」
しかし目を凝らしても女優はおろか男優の姿も見えない。細かい砂利の浅い川が映し出されていた。カメラはその川の流れにだんだん近づいているらしい。
竜士は首を傾げた。これはいったい何を撮りたいのだろうか? カメラの端々に紅葉した木の葉が映っている。
「燐なんかこれ、エッチビデオやないんやない? おかんに騙されたんと違うか?」
「えー。そんなことないだろ?」
「せやかてこれ、どう見てもただの日本の自然なんとかみたいな映像やで。それにしてもおかんのボケにしては大人しいな。燐をからかうにしても、もっとがっかりなもんを選びそうな気がするけどな。」
カメラはやけに水面が激しく水しぶきを上げるさまを突然映し出す。しかし人間が水中で何かしているにしては人間の姿が見えないし、水中に隠れているにしても川が浅すぎる。川面に何か魚の背びれらしいものが見えた。
「?」
竜士は目を凝らして映像を見て合点がいった。いきなり切り替わった画面は水中を映している。
「おいこれ……」
「わあっ。すごい激しいな。」
うっと竜士は息を詰まらせる。自分の母親らしいボケっぷりに。
「本番で無修正やけど、これは――。シャケの産卵やないか!」
確かに生々しいし男女の愛の営みだろうが――。
「そうだな。川底に産み付けられた卵にオスがぴゅーって。」
「ぴゅーってなんや! ぴゅーってっ。ふざけるなや!」
竜士は何かをテレビに投げつけたい衝動に駆られたが、燐がわくわくしている横でそれは出来なかった。
「あ。クマが来る。クマ来るなよっ。」
川を上って川を遡上する鮭たちに、黒い影が忍び寄る。愛しあう鮭を無情にも引き裂く捕食者だった。秋ごろなのだから冬眠前の貴重なたんぱく質を求めにやってきたのだろう。
「あ。ああ! 食べられちゃったよ!」
「ほんまやな。本番場面があっという間にスプラッタやな。」
言葉とは裏腹に竜士の言葉は冷めていた。燐は顔を歪めていたが、思いなおしたように独り言を言っている。
「くそう! クマのやつなんて酷いんだ。……いやでも、あの二人が愛し合った結晶は川の中で息づいてるんだ。」
ようこんなもので感動出来るなと竜士は溜息が出る。
「燐。イクラ好きやったよな?」
「ああ。大好きだぜ。」
「お前はクマを責める権利無いで。」
竜士は黙って布団の中に戻っていく。こんなの見せられて勝呂は、「いざっ」と夫婦生活に突入するような達人ではないのだ。仮にここで燐を布団の中に引きずり込んでことに及んだとしたら、鮭の産卵に興奮して初夜に挑んだ男というレッテルを貼られてしまう。誰にかと言えば自分自身に。そしてそんな思い出を嫁とのちに話すことになるのも、なんだか嫌なものだった。
「おやすみ。燐。」
「おう。おやすみ。」
おかんは一体何を考えているんだろう。そして嫁も一体何を考えているのか分からない。その気もないのに自分の真面目さと潔癖さが継続されてしまったことだけは確かだった。
『まあええわ。二十歳までになんとかすれば。』
今から考えてみれば、「二人きり」という非日常に浮かれて焦っていただけかもしれない。そんなことには動じない普段どおりの嫁が正しいのかもしれない。
『まあ、ええか。こいつが俺の嫁やというのは変わらんし。俺の家族や親戚はもともとボケとツッコミでグダグダやし。』
環境に流されて変に気が長くなってしまった自分を肯定している時点で、勝呂竜士・十九歳のこれからもなんとなく予想出来るようだった。
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読書、二次創作
自己紹介:
忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
柴はツイッターもしています。http://twitter.com/#!/hitsugi12
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