幸福雑音
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☆ss「24-③」雪燐+しえみ
雪男に開けてもらった扉の先はビルの屋上のように豪風が吹くブリッジへの出口だった。ブリッジの突端に位置するのがしえみの家のフツマヤである。二手に分かれた階段の片方は店に通じている。そしてもう片方は、店の一人娘がこつこつと守っている広い庭だった。
雪男にとっても燐にとっても特別な少女だった。早くから実社会に揉まれ少々すれっからした雪男にとっては世間知らずの天然なところが、不良の燐にとっては育ちの良さからくるボケが眩しい存在だった。性格面だけでなくその造作も、申し分のない垂れ目といい、ボリュームのある胸といい、金髪なのに私服は和服のみという一見現実離れした取り合わせといい、どこからツッコミを入れようか迷うところも魅力的に映る。(雪男は巨乳に対する耐性はあったが。)
四月から兄弟関係が激変した奥村兄弟がなんとなく未だになんだかんだ仲良く出来ているのも、しえみが関わっていないとは言えない。要は二人ともしえみが好きなのだった。お互いに対する思いとは別腹で。だからこそ関係が煮詰まらない。焦げ付いて異臭を放って咽返ることもなかった。
当のしえみといえば、なんとなく気持ちは雪男寄りだと燐は思い込んでいるが、相互関係の容赦の無さ(引け目の無さともいう)は、燐としえみのほうが実質的には近い。先に出会った雪男の時間的差もあっという間に埋まってしまったぐらいだ。
今のところは円満なフィフティフィフティの三角関係といった具合だった。
雪男より前を歩いていた燐は、なんの迷いもないように庭のほうの階段を目指す。雪男はそんな兄に声を掛けようかどうか迷った。当然兄はまだ祓魔師ではないので許可なく店舗には近寄れない。だから庭のほうに回っているのかと考えたが、幾ら熱心なしえみでも、今日この時に庭に偶然いるとは限らないだろう。一応家のほうに先にいくのが常套だと思ったわけだが。
「おーい。」
魔除けの扉越しに兄に先に中に向かって手を振られてしまった。
「燐。雪ちゃん。」
なんと。しえみは燐の呼びかけに申し合わせたようにそこにいた。いつものように腕を土で汚して庭いじりしているのではなく、いつもの和服に白いエプロンを付けて笑っている。しえみは門を開けて二人を招きいれた。
「早かったね。あ。違った。いらっしゃい。」
「待たして、いや。いきなり来てごめんな。」
そんなこと全然ないよとしえみは言う。
「ちょうど良かったよ。」
祓魔塾のお花畑コンビ(雪男の心中命名・席も隣同士に座ることが多いし、二人ともボケ属性なので)、しえみと燐はいつもどおりほけほけと挨拶を交わしている。しかし雪男の前で流れていた言葉は、妙な違和感を感じさせる。
『早かったね? 待たせて?』
いつもの二人のボケだろうか? 燐は自分のリュックを胸の前に持ってきて、しえみに見せびらかす。
「今日は休みだから外で雪男と飯食おうって思ったんだ。たくさん作ったからお前も一緒にどうかなと思って。」
「いいよ。ちょっと待ってて。」
しえみは自分の部屋である蔵に入っていった。燐はリュックサックを下ろすと中から運動会の席取りの定番の青いレジャーシートを取り出して芝生の上に広げる。
しばらくすると上体を前かがみ気味にしてしえみが出てくる。手押し式のワゴンを押しながら舗装されてない庭を、ワゴンに乗せてあるポットや茶器を落とさないように慎重に運んでくる。
「……。そんなに気を遣わなくていいのに。」
兄が今朝作っていたサンドイッチくらいでは割に合わない歓迎っぷりに開いた口が塞がらない。雪男はすっかりあっけに取られた。苦労してティーセットを運んでくるしえみを手伝おうとする気遣いも忘れるくらいに。
はっと我に返って兄のほうを振り向くと、兄はリュックの中から某猫型ロボットよろしく大量の軽食を出していた。サンドイッチのお弁当を持っていくにしては、やけに大きなリュックの中に入れてきて、不自然に膨らんでいると思っていたら、見た目どおりたくさん入っていた。
「兄さん。すごいねそれ。」
色とりどりのタッパーを燐は開いて見せる。
「おう。サンドイッチだろ。スコーンだろ。それとサラダだろ。それと特製のロースとビーフも入れてきた。あ。手作りジャムと。本場仕込のクロテッドクリームはメフィストのところからくすねてきたし。本当はバスケットに入れてそれらしくしたかったけど。」
「本場のクロテッドクリーム? 兄さん。ちょっと怖いよ、そのラインナップ。」
雪男は兄が広げる料理の量だけでなく品数も怖かった。あの寮には兄の料理友達の悪魔・ウコバクもいるが、いまだかつてこんなに小洒落た飯に遭遇したことはない。兄のイメージには合わないが、しかしよく考えてみれば、こと料理のことになると変な知識があるのかもしれない。およそ兄には似つかわしくないが、家庭料理の知識がお洒落な軽食にも範囲が広がったに違いない。そう考えるといろいろと雪男の中で整理がついてきた。
燐の料理と相俟って、しえみの持ってきたワゴンにも嗅ぎなれたハーブティーの香りが漂ってきていた。突っ立っている雪男に構わず二人はパタパタとセッティングをしている。
しえみはレジャーシートの上に白いテーブルクロスを広げていた。しえみが持ってきた大き目の皿に燐がサンドイッチやらスコーンやらサラダやローストビーフを盛り付ける。その傍らには三人分のティーカップとハーブティーの入ったポット。
「……ちょっとこれ、凄いんじゃない。」
盛大に遊ぶ感じは避けたいとか、のんびりしたいとか、そんなこだわりは雪男にはあった。しかしそれをこんな具体的な形で作り上げることは出来なかっただろう。ただただ、感嘆の声を上げるしかない。
まるで嵐じみた準備が終わって燐としえみはにこにこしている。
「さあ。お坊ちゃまこちらへどうぞ。」
「お坊ちゃまとか言わないでよ。」
今更ながら食事の準備を手伝わなかった恥ずかしさがこみ上げてくる。雪男は靴を脱いでレジャーシートの上に座った。
「いい感じだろ? なんていうのかなあれ? ビアガーデン?」
「ガーデンパーティーだろ。」
「それだ。」
雪男は見慣れたはずのしえみの庭で居心地悪そうにきょろきょろしている。
「そんなことより兄さん。よくこんなに作ったね。」
「燐ってほんと凄いよね。天才的だよね。」
「ま、まあ。いいじゃねえか。早く食おうぜ。」
三人揃っていただきますと言う。いつも近くにいると思っていたが、こうやって三人で食事を取るのは初めてだった。
「しえみさん。急に押しかけてこんなに食べ物を持ち込んでごめん。しかもお皿とか、お茶とか気を遣わせてしまって。僕もまさか兄さんがこんなに持ってくるとは思わなかったんだ。」
「全然大丈夫。燐の作るご飯美味しいし嬉しいし。」
確かに兄の作る食事は美味しい。
しかし何か変な緊張感に包まれて腰が据わらない感じだ。似たような場面を思い出すと、昼休みにどこからともなくやってきた女子達にキャーキャー言われて食事に集中出来ない感覚だ。しかしそれよりはふわふわした感じだった。
「あう……」
目の前でしえみと兄はがつがつとサンドイッチを頬張っている。(ガツガツしているのは兄のほうだ。しえみの状況はどちらかというと、一口は小さいが頬が膨らんでハムスターのようだった。)体裁は完璧なガーデンパーティーな感じだったのに、いつのまにやら小学生の遠足の様相だった。だとしたら雪男は引率の先生だろうか。
「あー……。せっかくのお上品な料理が……。」
いや、兄らしいのだろうけど。しえみの用意したティーセットや皿はなんとなく年代物の逸品っぽかったが、しえみが簡単に蔵から持ち出せるのだから違うのだろうか。でもスプーンやフォークはどう見ても銀製だった。雑貨屋で売っているものとは明らかにものが違う。気にはなるが、気にしていたら却ってしえみに失礼だと思って、雪男は気にしないことにした。
注がれたハーブティーも熱々で心地よく胃に染み込んでくれた。
なんだかとても贅沢な感じだった。色んな意味で腹いっぱいだった。
「私。スコーンとか食べるの初めてなんだ。」
しえみと燐はお互いの鼻にクリームを付けあいっこして遊んでいる。それを雪男は叱る気になれない。
「俺も初めて作ったよ。あ、でも味とかはメフィストのところで食ったことあるから大丈夫だと思うぜ。」
「大丈夫だよ。ねえ雪ちゃん。美味しいよねこれ。」
「そ、そうだね。まさか兄さんがお菓子作りにまで手を出すとは思わなかった。」
そして何時の間にメフィストと一緒に食ったのかと疑問に思った。
燐は照れたように言う。
「いや。いっぺんやってみたかったんだよ、こういうの。」
そんなことは雪男は聞いたことがない。駄菓子やゴリゴリ君を齧っていた頭の中でこんなことを考えていたのかと、兄の侮れなさに面食らった。
それにしても――。しえみの家に向かう前に、しえみを一緒に飯に誘おうとは雪男には言っていたが、昼食に付き合わせるには大袈裟すぎるような気がする。突然の来訪でありながら、しえみはまるで面食らっている様子はない。燐の用意した料理やら、しえみの歓迎に驚いているのは雪男ばかりだった。
朝食後に、燐がリュックにあれだけのタッパーを詰め込んでいるところを、この目でしっかり見ていた癖に。
そのときには何も気づかなかったが――。
『ひょっとして兄さんとしえみさんは、こういうのを前から計画していたんだろうか?』
しかしこの休日の前提を考えれば辻褄が合わなくなる。出掛けようとか言い出すきっかけは雪男にあったのだ。二人がそんな雪男の唐突な提案を事前に知ることは不可能としか言いようが無い。雪男自身にしたってメフィストのあの提案が無ければ、休日を休日らしく過ごすなんて考えもしなかっただろう。
『でも。美味しいもの食べながらこんなことを考えるのもな。』
今日は気楽に過ごすと決めているのだから。それにサプライズで誕生日パーティーを仕組まれたような嬉しさは、気のせいじゃないだろう。大好きな女の子が淹れてくれたハーブティーに、兄がこの場の為のように作ってくれたような料理の数々。そして周りは色とりどりの花や木々に囲まれた別天地。
「幸せって、こういうことかな?」
「たまにはこういうのもいいだろ。」
燐としえみが並んで目の前でにこにこと笑っている。
「うん。なんだか準備が良すぎる気がするけどね。」
ぎくっと燐の肩が震える。しえみの頬も少し引きつっていた。本当にこの二人は嘘が下手だ。サンドイッチは目の前で兄が作っていたが、スコーンだのローストビーフだの、くすねてきたクロテッドクリームなど時間と手間が掛かるものは、どうやってあの場で用意したのだろう? あらかじめ用意されていたに違いない。
「二人とも、ありがとう。」
「いや。ありがとうは燐だよね。」
「いやいや。雪男が今朝言い出さなかったら、こういうの作らなかったし。」
いろいろ辻褄も理屈も合わない。でも今日は前提からしてそういう休日なのだ。理屈も辻褄も滅茶苦茶になるに決まっている。
そう思うと、雪男らしくなく、何もかもを受け入れられた。
①~③まではなんとなくほのぼのでまとめてみました。こっからが勝負どころだと意気込んでおります。
雪男にとっても燐にとっても特別な少女だった。早くから実社会に揉まれ少々すれっからした雪男にとっては世間知らずの天然なところが、不良の燐にとっては育ちの良さからくるボケが眩しい存在だった。性格面だけでなくその造作も、申し分のない垂れ目といい、ボリュームのある胸といい、金髪なのに私服は和服のみという一見現実離れした取り合わせといい、どこからツッコミを入れようか迷うところも魅力的に映る。(雪男は巨乳に対する耐性はあったが。)
四月から兄弟関係が激変した奥村兄弟がなんとなく未だになんだかんだ仲良く出来ているのも、しえみが関わっていないとは言えない。要は二人ともしえみが好きなのだった。お互いに対する思いとは別腹で。だからこそ関係が煮詰まらない。焦げ付いて異臭を放って咽返ることもなかった。
当のしえみといえば、なんとなく気持ちは雪男寄りだと燐は思い込んでいるが、相互関係の容赦の無さ(引け目の無さともいう)は、燐としえみのほうが実質的には近い。先に出会った雪男の時間的差もあっという間に埋まってしまったぐらいだ。
今のところは円満なフィフティフィフティの三角関係といった具合だった。
雪男より前を歩いていた燐は、なんの迷いもないように庭のほうの階段を目指す。雪男はそんな兄に声を掛けようかどうか迷った。当然兄はまだ祓魔師ではないので許可なく店舗には近寄れない。だから庭のほうに回っているのかと考えたが、幾ら熱心なしえみでも、今日この時に庭に偶然いるとは限らないだろう。一応家のほうに先にいくのが常套だと思ったわけだが。
「おーい。」
魔除けの扉越しに兄に先に中に向かって手を振られてしまった。
「燐。雪ちゃん。」
なんと。しえみは燐の呼びかけに申し合わせたようにそこにいた。いつものように腕を土で汚して庭いじりしているのではなく、いつもの和服に白いエプロンを付けて笑っている。しえみは門を開けて二人を招きいれた。
「早かったね。あ。違った。いらっしゃい。」
「待たして、いや。いきなり来てごめんな。」
そんなこと全然ないよとしえみは言う。
「ちょうど良かったよ。」
祓魔塾のお花畑コンビ(雪男の心中命名・席も隣同士に座ることが多いし、二人ともボケ属性なので)、しえみと燐はいつもどおりほけほけと挨拶を交わしている。しかし雪男の前で流れていた言葉は、妙な違和感を感じさせる。
『早かったね? 待たせて?』
いつもの二人のボケだろうか? 燐は自分のリュックを胸の前に持ってきて、しえみに見せびらかす。
「今日は休みだから外で雪男と飯食おうって思ったんだ。たくさん作ったからお前も一緒にどうかなと思って。」
「いいよ。ちょっと待ってて。」
しえみは自分の部屋である蔵に入っていった。燐はリュックサックを下ろすと中から運動会の席取りの定番の青いレジャーシートを取り出して芝生の上に広げる。
しばらくすると上体を前かがみ気味にしてしえみが出てくる。手押し式のワゴンを押しながら舗装されてない庭を、ワゴンに乗せてあるポットや茶器を落とさないように慎重に運んでくる。
「……。そんなに気を遣わなくていいのに。」
兄が今朝作っていたサンドイッチくらいでは割に合わない歓迎っぷりに開いた口が塞がらない。雪男はすっかりあっけに取られた。苦労してティーセットを運んでくるしえみを手伝おうとする気遣いも忘れるくらいに。
はっと我に返って兄のほうを振り向くと、兄はリュックの中から某猫型ロボットよろしく大量の軽食を出していた。サンドイッチのお弁当を持っていくにしては、やけに大きなリュックの中に入れてきて、不自然に膨らんでいると思っていたら、見た目どおりたくさん入っていた。
「兄さん。すごいねそれ。」
色とりどりのタッパーを燐は開いて見せる。
「おう。サンドイッチだろ。スコーンだろ。それとサラダだろ。それと特製のロースとビーフも入れてきた。あ。手作りジャムと。本場仕込のクロテッドクリームはメフィストのところからくすねてきたし。本当はバスケットに入れてそれらしくしたかったけど。」
「本場のクロテッドクリーム? 兄さん。ちょっと怖いよ、そのラインナップ。」
雪男は兄が広げる料理の量だけでなく品数も怖かった。あの寮には兄の料理友達の悪魔・ウコバクもいるが、いまだかつてこんなに小洒落た飯に遭遇したことはない。兄のイメージには合わないが、しかしよく考えてみれば、こと料理のことになると変な知識があるのかもしれない。およそ兄には似つかわしくないが、家庭料理の知識がお洒落な軽食にも範囲が広がったに違いない。そう考えるといろいろと雪男の中で整理がついてきた。
燐の料理と相俟って、しえみの持ってきたワゴンにも嗅ぎなれたハーブティーの香りが漂ってきていた。突っ立っている雪男に構わず二人はパタパタとセッティングをしている。
しえみはレジャーシートの上に白いテーブルクロスを広げていた。しえみが持ってきた大き目の皿に燐がサンドイッチやらスコーンやらサラダやローストビーフを盛り付ける。その傍らには三人分のティーカップとハーブティーの入ったポット。
「……ちょっとこれ、凄いんじゃない。」
盛大に遊ぶ感じは避けたいとか、のんびりしたいとか、そんなこだわりは雪男にはあった。しかしそれをこんな具体的な形で作り上げることは出来なかっただろう。ただただ、感嘆の声を上げるしかない。
まるで嵐じみた準備が終わって燐としえみはにこにこしている。
「さあ。お坊ちゃまこちらへどうぞ。」
「お坊ちゃまとか言わないでよ。」
今更ながら食事の準備を手伝わなかった恥ずかしさがこみ上げてくる。雪男は靴を脱いでレジャーシートの上に座った。
「いい感じだろ? なんていうのかなあれ? ビアガーデン?」
「ガーデンパーティーだろ。」
「それだ。」
雪男は見慣れたはずのしえみの庭で居心地悪そうにきょろきょろしている。
「そんなことより兄さん。よくこんなに作ったね。」
「燐ってほんと凄いよね。天才的だよね。」
「ま、まあ。いいじゃねえか。早く食おうぜ。」
三人揃っていただきますと言う。いつも近くにいると思っていたが、こうやって三人で食事を取るのは初めてだった。
「しえみさん。急に押しかけてこんなに食べ物を持ち込んでごめん。しかもお皿とか、お茶とか気を遣わせてしまって。僕もまさか兄さんがこんなに持ってくるとは思わなかったんだ。」
「全然大丈夫。燐の作るご飯美味しいし嬉しいし。」
確かに兄の作る食事は美味しい。
しかし何か変な緊張感に包まれて腰が据わらない感じだ。似たような場面を思い出すと、昼休みにどこからともなくやってきた女子達にキャーキャー言われて食事に集中出来ない感覚だ。しかしそれよりはふわふわした感じだった。
「あう……」
目の前でしえみと兄はがつがつとサンドイッチを頬張っている。(ガツガツしているのは兄のほうだ。しえみの状況はどちらかというと、一口は小さいが頬が膨らんでハムスターのようだった。)体裁は完璧なガーデンパーティーな感じだったのに、いつのまにやら小学生の遠足の様相だった。だとしたら雪男は引率の先生だろうか。
「あー……。せっかくのお上品な料理が……。」
いや、兄らしいのだろうけど。しえみの用意したティーセットや皿はなんとなく年代物の逸品っぽかったが、しえみが簡単に蔵から持ち出せるのだから違うのだろうか。でもスプーンやフォークはどう見ても銀製だった。雑貨屋で売っているものとは明らかにものが違う。気にはなるが、気にしていたら却ってしえみに失礼だと思って、雪男は気にしないことにした。
注がれたハーブティーも熱々で心地よく胃に染み込んでくれた。
なんだかとても贅沢な感じだった。色んな意味で腹いっぱいだった。
「私。スコーンとか食べるの初めてなんだ。」
しえみと燐はお互いの鼻にクリームを付けあいっこして遊んでいる。それを雪男は叱る気になれない。
「俺も初めて作ったよ。あ、でも味とかはメフィストのところで食ったことあるから大丈夫だと思うぜ。」
「大丈夫だよ。ねえ雪ちゃん。美味しいよねこれ。」
「そ、そうだね。まさか兄さんがお菓子作りにまで手を出すとは思わなかった。」
そして何時の間にメフィストと一緒に食ったのかと疑問に思った。
燐は照れたように言う。
「いや。いっぺんやってみたかったんだよ、こういうの。」
そんなことは雪男は聞いたことがない。駄菓子やゴリゴリ君を齧っていた頭の中でこんなことを考えていたのかと、兄の侮れなさに面食らった。
それにしても――。しえみの家に向かう前に、しえみを一緒に飯に誘おうとは雪男には言っていたが、昼食に付き合わせるには大袈裟すぎるような気がする。突然の来訪でありながら、しえみはまるで面食らっている様子はない。燐の用意した料理やら、しえみの歓迎に驚いているのは雪男ばかりだった。
朝食後に、燐がリュックにあれだけのタッパーを詰め込んでいるところを、この目でしっかり見ていた癖に。
そのときには何も気づかなかったが――。
『ひょっとして兄さんとしえみさんは、こういうのを前から計画していたんだろうか?』
しかしこの休日の前提を考えれば辻褄が合わなくなる。出掛けようとか言い出すきっかけは雪男にあったのだ。二人がそんな雪男の唐突な提案を事前に知ることは不可能としか言いようが無い。雪男自身にしたってメフィストのあの提案が無ければ、休日を休日らしく過ごすなんて考えもしなかっただろう。
『でも。美味しいもの食べながらこんなことを考えるのもな。』
今日は気楽に過ごすと決めているのだから。それにサプライズで誕生日パーティーを仕組まれたような嬉しさは、気のせいじゃないだろう。大好きな女の子が淹れてくれたハーブティーに、兄がこの場の為のように作ってくれたような料理の数々。そして周りは色とりどりの花や木々に囲まれた別天地。
「幸せって、こういうことかな?」
「たまにはこういうのもいいだろ。」
燐としえみが並んで目の前でにこにこと笑っている。
「うん。なんだか準備が良すぎる気がするけどね。」
ぎくっと燐の肩が震える。しえみの頬も少し引きつっていた。本当にこの二人は嘘が下手だ。サンドイッチは目の前で兄が作っていたが、スコーンだのローストビーフだの、くすねてきたクロテッドクリームなど時間と手間が掛かるものは、どうやってあの場で用意したのだろう? あらかじめ用意されていたに違いない。
「二人とも、ありがとう。」
「いや。ありがとうは燐だよね。」
「いやいや。雪男が今朝言い出さなかったら、こういうの作らなかったし。」
いろいろ辻褄も理屈も合わない。でも今日は前提からしてそういう休日なのだ。理屈も辻褄も滅茶苦茶になるに決まっている。
そう思うと、雪男らしくなく、何もかもを受け入れられた。
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柴仲達
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職業:
会社員
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自己紹介:
忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
柴はツイッターもしています。http://twitter.com/#!/hitsugi12
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