幸福雑音
女性向け二次創作サイト。 イベント参加情報もここに載せています。 オフは忍たま、オンでは青エク中心。
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☆☆リクエスト企画ss「パンタグリュエル」勝燐
木音さんのリクエストで「勝燐で燐に勉強を教えるはずが、途中で飽きた燐の構って攻撃に負けてちょっとだけ休憩するつもりが、勝呂の方が勉強以外で燐を構うことに夢中になってしまう。楽しかったけど、しまったと後悔する的な勝呂君な話」です。
少しニュアンスが変わってしまってすみませんでした。
朝洗面所の前まで来ると兄がいた。
目の前にある鏡に顔を近づけている。鏡の表面のすれすれまで近づくと、うぎゃあと叫んで顔を覆っていた。雪男はその様子を立ち止まって見ていたが、兄の右手が上がって拳が鏡に届く前に慌てて声をかけた。
「ストップ兄さん。鏡割っちゃ駄目。」
「あわわ。おっとっと……」
燐は止めてくれて助かったぜと言いながら雪男から顔を逸らしている。その頬のあたりはまだ赤みが残っていた。どんだけ一人で恥ずかしい思いをしていたんだか。
「勝呂君は兄さんとキスするとき、どんな顔したって気にしてないと思うんだけど。」
「え? お前なんでそれわかるの?」
雪男は冷めた目をしてわたわたしている兄に言う。
「あんなに何かに顔を近づける行為は限られてるよ。しかもその後もんどりうって恥ずかしがっているのを見れば大体想像つくし。」
「兄貴のそんな姿を見て、そんな冷静に声かけてくんなよ。それにもんどりまでうってねえ。」
恥ずかしさの上塗りの兄だった。雪男は溜息をつく。
「まあねえ。兄さんが自分の挙動を意識し始めたのは良い傾向だと思うよ。」
少々皮肉を混じらせた雪男の言葉に燐は噛み付いてくると思いきや、上目遣い(身長差のせい)で、何か問いかけたそうにしている。
「どうしたの?」
「ああ。えーと……。お前最近、俺と勝呂が会ってても目くじら立てなくなったよなあ。身体検査もしなくなったし。」
「僕も頭が冷えることはあるよ。ていうか、身体検査は浮ついている兄さんに対するお仕置きの意味もあったし。」
「そうならそうと口で言ってくれよ! あれ凄く恥ずかしかったんだからな!」
「でも口だけだと、兄さんは堪えてくれないだろうし。反省も進歩も実践型なんだから。」
燐はかつて自分が雪男に言ったことに反論できずに唸っている。
「勝呂君は基本真面目なんだから、兄さんが悪いほうに誘導しなけりゃ、僕に心配させるようなことをする人じゃないと、最初から分かっていたよ。」
「じゃあ俺がいつも問題だったってことかい!」
雪男は数秒の沈黙のあと、そうだね何時も兄さんが問題なんだと口にした。雪男としては、自分がいつも腹の中に溜め込んでいるある思いも込めていた。燐はそれを理解出来ないまま、そうかよと落胆していた。
本当にこの兄は何も分かっていない。自分のことさえも碌に理解していない。
「さっきの鏡の前の奇行を見たら想像できるんだけど、今日も勝呂君に迷惑をかけるつもりだったんじゃないの? 勉強会の途中で変に彼を挑発したら駄目だよ。もう少しは神妙にしておいたほうがいいよ。」
説教じみた言葉の中には嫉妬も混じっていたが、前のように爆発することはない。ただ燻っているだけだ。しかし雪男はそれが不快だと感じていない。
「お、おう。きちんと勉強教えて貰うから、心配するなよ。俺だって真面目に出来るんだからな。」
「はいはい。」
そんな言葉を一ミリも信じていない雪男。
どうせこの兄はまた勝呂に甘えてしまうんだろう。勝呂は勝呂でそんな兄を突っぱねることが出来てないんだから、二人ともお相子だ。つくづく勝呂が理性の塊の男で良かったと雪男は安堵している。だから自分の嫉妬も割りと早い時期に収まったのだろうと思っている。
洗面所をあとにしようとする兄に、雪男は声をかけた。
「勝呂君は父さんじゃないんだからね。」
「なんでそこでジジイが出てくるんだよ。」
「彼はかっこいいけど父さんじゃないから。」
「当たり前じゃん。」
それ以上は言わない。雪男は頭に疑問符を浮かべる兄を見送った。
* * *
今更だが今日は日曜日。全寮制の正十字学園としては何のために全寮制かというと、日曜日にも学業に専念して欲しいという、学校サイドの事情というか理想もある。裕福な子女も多く通うので、未来のエリートを育てるために、わざと生徒を閉じ込める。彼らからすれば経済的には十分可能なはずの娯楽から一歩退かせている。それでも一部の生徒は経済的な余裕すらないので、寮で似たもの同士で愚痴り合うか前向きに勉強するしかない。
燐は勝呂のお陰で、後者の立場になれた。勝呂がいなければ、ただだらだらと学園内で無駄な時間を過ごして雪男のストレスを増やしていただろう。
勝呂がいるから燐にとっては辛くて堪らない勉強、しかも自主的な勉強も逃げ出さないでいられる。雪男が勝呂との交際を、まあ渋々ながらも黙認しているのは、そういうプラス面がおおいに貢献しているからだった。
「なあ。勝呂。三時間経ったよ? 俺ちょっと休憩していいかな?」
「あのなあ。もう少し考えろや。もうちょっとでこの問題解けるやろ。そしたら楽になれるんやで。化学は解答途中で計算やめるとかなりきついで。」
「うん。」
勝呂の顔を見上げる燐から勝呂は目を逸らす。計算のややこしさに目を潤ませた燐を見たら、甘やかしたい衝動に負けてしまう。今は勝呂の燐への甘やかしをやんわりと食い止めてくれる子猫丸もいないし、燐と同じ部類で出来ない子な甘やかしたいとは思わない志摩もいない。何かで誰かで誤魔化せない辛さを勝呂は抱えながら自分の勉強も進める。
「もうちょっと。もうっちょっと。はあ……。なあ勝呂。シャーペンで出来たタコが疼くんだけど。そんで、計算してる数字が霞んで見えてきた。」
手の痛みと、眼精疲労。それがどうしたと勝呂は思った。そんなものは勉強する上では当たり前の副産物だ。目の前で数式が大名行列始めるとか、ピンクの象が見えてこない限りはどういうことないと勝呂は思っている。それぐらいの経験がないと、成績上位者になれないと勝呂は知っている。
そこまでは追い込む気はないが、その寸前くらいは入学して数ヶ月経つのだから、そろそろ頑張って欲しいところだ。でもたぶん今回は無理かもしれない。せめて燐が今やっている問題が解けたら――。
「勝呂、見て。これ合ってる、かな?」
勝呂は逸らしていた目を燐のノートに向ける。
「まあええやろ。」
「本当!」
確かに使っている公式を間違えてないし、筆算でのちまちまとした計算も合っている。解答欄は指定された小数点での数値で出されている。勝呂はほっとする。今回は駄目だしせずに済みそうで良かった。
「ほら燐。アメちゃんや。舐めとけ。」
「ありがとう。」
勝呂はポケットからアメを取り出す。勉強の合間の糖分補給にいつも常備しているものだった。それを個包装を解いて燐の口に放り込む。
「大分出来るようになってきたなあ。一学期の最初はほんま、どうなるか思うとったけど。」
「勝呂のお陰だよ。ほんと。」
「いや。お前の場合、奥村先生いう頭のいい身内がいるんやから。やれば出来るんやないのか。今もちょっとだけ手こずったけど出来よったし。」
燐はアメをもごもごと口の中でさせながら言う。
「勝呂はわかってない。馬鹿は俺のポリシーだから、変えようがない。」
「かっこつけて言うな。お利口さんになれば色々楽になることもあるんやで。それになあ、俺は普段からお前を馬鹿扱いしとると思われてるかもしれへんけど、ほんまはやれば出来る子やと思ってるから。」
燐は口の中でアメを噛み砕きながら、それに返す。
「なんか言ってること、うちのジジイみてえ。」
「お前の死んだ親父さんのことか。せやなあ、親の立場やったら俺以上に言うのは当たり前やなあ。」
うちの生臭坊主とは違うんやなと勝呂は心の中で呟く。あの父親は息子の必死な向上心にまるで理解がなかった。楽なほうに逃がそうとばかりしていた。勝呂が三月に高校へ進学のために京都を出る直前まで。
しかし燐のいう父親にしても、このやれば出来る馬鹿を追い詰めるまでの厳しさはなかったように見受けられる。実際は甘やかされたんじゃないかと思う。じゃないと同年代の男にここまで甘えてくるわけがない。
勝呂は何かがチカっと胸に刺さったような気がした。
「勝呂?」
「ああ? なんや?」
自分の心の中を読まれたのかと一瞬焦ったが、次に自分に向かって伸びてくる腕を見て、勝呂は取り越し苦労を悟った。
「なあ。勝呂ぉ……」
「だからなんや?」
燐の場合は目だけが物を言うわけではない。全身で訴えかけてくる。いつのまにか離れていた身体がぴたっとくっついているし、顔も異様に近いような気がする。
「ほれ。もうひとつアメちゃん。」
「うん。」
またひとつアメを口の中に放り込んでやった。嬉しそうに燐はそれを舐めている。アメを催促されていたように解釈した振りをしたが、無邪気そうな顔をして燐の勝呂への接触はますますエスカレートしようとしていた。
こいつ。何気に俺のダムを決壊させるつもりやな。
勝呂は燐の行動にそこはかとなく危惧を覚える。口の中で温められた甘いアメの匂いをぷんぷんさせながら、燐はまた勝呂と呼ぶ。右手は膝に、左手は肩にかかっている。もう膝に乗られるのも時間の問題だった。
「燐――。」
「またアメちゃん?」
やっぱりこいつは分かっとってやっていると勝呂は確信する。最初から巧妙に誘われていた。自分では無意識なのだろうが。勉強に飽きたか疲れたかしてごねるところから、こうやって膝に乗るチャンスを待っていたんだろう。勝呂がそうせざるをえなくなる心理に誘導してしまう。なんだか同じ祓魔師候補生相手に失礼極まりないが、もの凄く悪魔的な何かを感じさせる。
「アメでもいいけど俺。なあ、勝呂?」
悪魔の甘言なら突っぱねて拒絶する。しかし悪魔のような好きな相手の誘いならどうだろう?
「あかんなあ。」
「何が?」
それには答えずに勝呂は燐の腕を引いて抱き寄せた。
「勝呂……」
燐はくすぐったそうに身じろぐ。その感触が余計に勝呂の心の何かをくすぐってやまない。
「勝呂。キス……」
「わかっとるわ阿呆。」
こうやって憎まれ口を叩かないとやってられない。勝呂は燐に覆いかぶさるとその口に自分の口を重ねる。まだ甘いアメの味が残っていた。
* * *
「あーあ……。雪男に注意されてたんだけどな。」
甘ったれ男の弟の名前を耳にした途端、勝呂は背筋が震えた。
「奥村先生、なんか言うたんか?」
「あんまり勝呂を挑発して迷惑かけるなって。」
勝呂は内心どこまで把握されてるんやと思った。それ以前に意外とこの兄弟はツーカーなのだと再認識した。
「俺は迷惑やと思わんけど。」
「そうだよな。抱きついてきたのは勝呂が先だったよな。」
それは、ちゃうやろ。勝呂は雪男の心配の意味を読み取った。迷惑はかけられたつもりはないが、どこまでも対処に困る誘いはあったと思う。
本当にこの目の前の馬鹿は、巧妙な心理戦のようなものを仕掛けて、見事に勝ちを取っていく。言うなればアレのような。
「悪魔、か……」
「なんか言った?」
にこっと笑った口元から尖った犬歯が覗く。犬歯にしては鋭すぎるように見えた。
「気のせいやろ。」
ちょっと二重写しに見えただけだ。いるわけがない数式の大名行列やピンクの象が見えたようなものだ。それは勉強疲れの脳が見せたものじゃない。色ボケした脳が見せたものだから。だから燐が、とんでもない大悪魔に見えてしまうんだ。
「ちょっと怖なるわ。お前のこと。」
散々キスしたのにまたキスしたくなる。
「大丈夫。俺ただの馬鹿だから。」
「お前のポリシーかい。」
そしてそれは安全であることの保証だった。その保証を勝呂は信用してみようと思う。
「大丈夫。雪男にはちゃんと勉強してたって嘘つくから。」
やっぱり悪魔かもしれないと思った。
前半の雪男は私の都合で付け足してしまいました。すみません。メインのほうもなんだからずれにずれてこんなんになりました。後悔というよりは畏れですかね。
これにこりないで、またリクエストなりくださると嬉しいです。ありがとうございました。
もう一人、リクエスト受け付けているかたがいらっしゃるのですが、もう少しだけお待ちください。そのほかリクエストは21日まで受け付けてますので、お気軽にご連絡ください。
少しニュアンスが変わってしまってすみませんでした。
朝洗面所の前まで来ると兄がいた。
目の前にある鏡に顔を近づけている。鏡の表面のすれすれまで近づくと、うぎゃあと叫んで顔を覆っていた。雪男はその様子を立ち止まって見ていたが、兄の右手が上がって拳が鏡に届く前に慌てて声をかけた。
「ストップ兄さん。鏡割っちゃ駄目。」
「あわわ。おっとっと……」
燐は止めてくれて助かったぜと言いながら雪男から顔を逸らしている。その頬のあたりはまだ赤みが残っていた。どんだけ一人で恥ずかしい思いをしていたんだか。
「勝呂君は兄さんとキスするとき、どんな顔したって気にしてないと思うんだけど。」
「え? お前なんでそれわかるの?」
雪男は冷めた目をしてわたわたしている兄に言う。
「あんなに何かに顔を近づける行為は限られてるよ。しかもその後もんどりうって恥ずかしがっているのを見れば大体想像つくし。」
「兄貴のそんな姿を見て、そんな冷静に声かけてくんなよ。それにもんどりまでうってねえ。」
恥ずかしさの上塗りの兄だった。雪男は溜息をつく。
「まあねえ。兄さんが自分の挙動を意識し始めたのは良い傾向だと思うよ。」
少々皮肉を混じらせた雪男の言葉に燐は噛み付いてくると思いきや、上目遣い(身長差のせい)で、何か問いかけたそうにしている。
「どうしたの?」
「ああ。えーと……。お前最近、俺と勝呂が会ってても目くじら立てなくなったよなあ。身体検査もしなくなったし。」
「僕も頭が冷えることはあるよ。ていうか、身体検査は浮ついている兄さんに対するお仕置きの意味もあったし。」
「そうならそうと口で言ってくれよ! あれ凄く恥ずかしかったんだからな!」
「でも口だけだと、兄さんは堪えてくれないだろうし。反省も進歩も実践型なんだから。」
燐はかつて自分が雪男に言ったことに反論できずに唸っている。
「勝呂君は基本真面目なんだから、兄さんが悪いほうに誘導しなけりゃ、僕に心配させるようなことをする人じゃないと、最初から分かっていたよ。」
「じゃあ俺がいつも問題だったってことかい!」
雪男は数秒の沈黙のあと、そうだね何時も兄さんが問題なんだと口にした。雪男としては、自分がいつも腹の中に溜め込んでいるある思いも込めていた。燐はそれを理解出来ないまま、そうかよと落胆していた。
本当にこの兄は何も分かっていない。自分のことさえも碌に理解していない。
「さっきの鏡の前の奇行を見たら想像できるんだけど、今日も勝呂君に迷惑をかけるつもりだったんじゃないの? 勉強会の途中で変に彼を挑発したら駄目だよ。もう少しは神妙にしておいたほうがいいよ。」
説教じみた言葉の中には嫉妬も混じっていたが、前のように爆発することはない。ただ燻っているだけだ。しかし雪男はそれが不快だと感じていない。
「お、おう。きちんと勉強教えて貰うから、心配するなよ。俺だって真面目に出来るんだからな。」
「はいはい。」
そんな言葉を一ミリも信じていない雪男。
どうせこの兄はまた勝呂に甘えてしまうんだろう。勝呂は勝呂でそんな兄を突っぱねることが出来てないんだから、二人ともお相子だ。つくづく勝呂が理性の塊の男で良かったと雪男は安堵している。だから自分の嫉妬も割りと早い時期に収まったのだろうと思っている。
洗面所をあとにしようとする兄に、雪男は声をかけた。
「勝呂君は父さんじゃないんだからね。」
「なんでそこでジジイが出てくるんだよ。」
「彼はかっこいいけど父さんじゃないから。」
「当たり前じゃん。」
それ以上は言わない。雪男は頭に疑問符を浮かべる兄を見送った。
* * *
今更だが今日は日曜日。全寮制の正十字学園としては何のために全寮制かというと、日曜日にも学業に専念して欲しいという、学校サイドの事情というか理想もある。裕福な子女も多く通うので、未来のエリートを育てるために、わざと生徒を閉じ込める。彼らからすれば経済的には十分可能なはずの娯楽から一歩退かせている。それでも一部の生徒は経済的な余裕すらないので、寮で似たもの同士で愚痴り合うか前向きに勉強するしかない。
燐は勝呂のお陰で、後者の立場になれた。勝呂がいなければ、ただだらだらと学園内で無駄な時間を過ごして雪男のストレスを増やしていただろう。
勝呂がいるから燐にとっては辛くて堪らない勉強、しかも自主的な勉強も逃げ出さないでいられる。雪男が勝呂との交際を、まあ渋々ながらも黙認しているのは、そういうプラス面がおおいに貢献しているからだった。
「なあ。勝呂。三時間経ったよ? 俺ちょっと休憩していいかな?」
「あのなあ。もう少し考えろや。もうちょっとでこの問題解けるやろ。そしたら楽になれるんやで。化学は解答途中で計算やめるとかなりきついで。」
「うん。」
勝呂の顔を見上げる燐から勝呂は目を逸らす。計算のややこしさに目を潤ませた燐を見たら、甘やかしたい衝動に負けてしまう。今は勝呂の燐への甘やかしをやんわりと食い止めてくれる子猫丸もいないし、燐と同じ部類で出来ない子な甘やかしたいとは思わない志摩もいない。何かで誰かで誤魔化せない辛さを勝呂は抱えながら自分の勉強も進める。
「もうちょっと。もうっちょっと。はあ……。なあ勝呂。シャーペンで出来たタコが疼くんだけど。そんで、計算してる数字が霞んで見えてきた。」
手の痛みと、眼精疲労。それがどうしたと勝呂は思った。そんなものは勉強する上では当たり前の副産物だ。目の前で数式が大名行列始めるとか、ピンクの象が見えてこない限りはどういうことないと勝呂は思っている。それぐらいの経験がないと、成績上位者になれないと勝呂は知っている。
そこまでは追い込む気はないが、その寸前くらいは入学して数ヶ月経つのだから、そろそろ頑張って欲しいところだ。でもたぶん今回は無理かもしれない。せめて燐が今やっている問題が解けたら――。
「勝呂、見て。これ合ってる、かな?」
勝呂は逸らしていた目を燐のノートに向ける。
「まあええやろ。」
「本当!」
確かに使っている公式を間違えてないし、筆算でのちまちまとした計算も合っている。解答欄は指定された小数点での数値で出されている。勝呂はほっとする。今回は駄目だしせずに済みそうで良かった。
「ほら燐。アメちゃんや。舐めとけ。」
「ありがとう。」
勝呂はポケットからアメを取り出す。勉強の合間の糖分補給にいつも常備しているものだった。それを個包装を解いて燐の口に放り込む。
「大分出来るようになってきたなあ。一学期の最初はほんま、どうなるか思うとったけど。」
「勝呂のお陰だよ。ほんと。」
「いや。お前の場合、奥村先生いう頭のいい身内がいるんやから。やれば出来るんやないのか。今もちょっとだけ手こずったけど出来よったし。」
燐はアメをもごもごと口の中でさせながら言う。
「勝呂はわかってない。馬鹿は俺のポリシーだから、変えようがない。」
「かっこつけて言うな。お利口さんになれば色々楽になることもあるんやで。それになあ、俺は普段からお前を馬鹿扱いしとると思われてるかもしれへんけど、ほんまはやれば出来る子やと思ってるから。」
燐は口の中でアメを噛み砕きながら、それに返す。
「なんか言ってること、うちのジジイみてえ。」
「お前の死んだ親父さんのことか。せやなあ、親の立場やったら俺以上に言うのは当たり前やなあ。」
うちの生臭坊主とは違うんやなと勝呂は心の中で呟く。あの父親は息子の必死な向上心にまるで理解がなかった。楽なほうに逃がそうとばかりしていた。勝呂が三月に高校へ進学のために京都を出る直前まで。
しかし燐のいう父親にしても、このやれば出来る馬鹿を追い詰めるまでの厳しさはなかったように見受けられる。実際は甘やかされたんじゃないかと思う。じゃないと同年代の男にここまで甘えてくるわけがない。
勝呂は何かがチカっと胸に刺さったような気がした。
「勝呂?」
「ああ? なんや?」
自分の心の中を読まれたのかと一瞬焦ったが、次に自分に向かって伸びてくる腕を見て、勝呂は取り越し苦労を悟った。
「なあ。勝呂ぉ……」
「だからなんや?」
燐の場合は目だけが物を言うわけではない。全身で訴えかけてくる。いつのまにか離れていた身体がぴたっとくっついているし、顔も異様に近いような気がする。
「ほれ。もうひとつアメちゃん。」
「うん。」
またひとつアメを口の中に放り込んでやった。嬉しそうに燐はそれを舐めている。アメを催促されていたように解釈した振りをしたが、無邪気そうな顔をして燐の勝呂への接触はますますエスカレートしようとしていた。
こいつ。何気に俺のダムを決壊させるつもりやな。
勝呂は燐の行動にそこはかとなく危惧を覚える。口の中で温められた甘いアメの匂いをぷんぷんさせながら、燐はまた勝呂と呼ぶ。右手は膝に、左手は肩にかかっている。もう膝に乗られるのも時間の問題だった。
「燐――。」
「またアメちゃん?」
やっぱりこいつは分かっとってやっていると勝呂は確信する。最初から巧妙に誘われていた。自分では無意識なのだろうが。勉強に飽きたか疲れたかしてごねるところから、こうやって膝に乗るチャンスを待っていたんだろう。勝呂がそうせざるをえなくなる心理に誘導してしまう。なんだか同じ祓魔師候補生相手に失礼極まりないが、もの凄く悪魔的な何かを感じさせる。
「アメでもいいけど俺。なあ、勝呂?」
悪魔の甘言なら突っぱねて拒絶する。しかし悪魔のような好きな相手の誘いならどうだろう?
「あかんなあ。」
「何が?」
それには答えずに勝呂は燐の腕を引いて抱き寄せた。
「勝呂……」
燐はくすぐったそうに身じろぐ。その感触が余計に勝呂の心の何かをくすぐってやまない。
「勝呂。キス……」
「わかっとるわ阿呆。」
こうやって憎まれ口を叩かないとやってられない。勝呂は燐に覆いかぶさるとその口に自分の口を重ねる。まだ甘いアメの味が残っていた。
* * *
「あーあ……。雪男に注意されてたんだけどな。」
甘ったれ男の弟の名前を耳にした途端、勝呂は背筋が震えた。
「奥村先生、なんか言うたんか?」
「あんまり勝呂を挑発して迷惑かけるなって。」
勝呂は内心どこまで把握されてるんやと思った。それ以前に意外とこの兄弟はツーカーなのだと再認識した。
「俺は迷惑やと思わんけど。」
「そうだよな。抱きついてきたのは勝呂が先だったよな。」
それは、ちゃうやろ。勝呂は雪男の心配の意味を読み取った。迷惑はかけられたつもりはないが、どこまでも対処に困る誘いはあったと思う。
本当にこの目の前の馬鹿は、巧妙な心理戦のようなものを仕掛けて、見事に勝ちを取っていく。言うなればアレのような。
「悪魔、か……」
「なんか言った?」
にこっと笑った口元から尖った犬歯が覗く。犬歯にしては鋭すぎるように見えた。
「気のせいやろ。」
ちょっと二重写しに見えただけだ。いるわけがない数式の大名行列やピンクの象が見えたようなものだ。それは勉強疲れの脳が見せたものじゃない。色ボケした脳が見せたものだから。だから燐が、とんでもない大悪魔に見えてしまうんだ。
「ちょっと怖なるわ。お前のこと。」
散々キスしたのにまたキスしたくなる。
「大丈夫。俺ただの馬鹿だから。」
「お前のポリシーかい。」
そしてそれは安全であることの保証だった。その保証を勝呂は信用してみようと思う。
「大丈夫。雪男にはちゃんと勉強してたって嘘つくから。」
やっぱり悪魔かもしれないと思った。
前半の雪男は私の都合で付け足してしまいました。すみません。メインのほうもなんだからずれにずれてこんなんになりました。後悔というよりは畏れですかね。
これにこりないで、またリクエストなりくださると嬉しいです。ありがとうございました。
もう一人、リクエスト受け付けているかたがいらっしゃるのですが、もう少しだけお待ちください。そのほかリクエストは21日まで受け付けてますので、お気軽にご連絡ください。
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忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
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