幸福雑音
女性向け二次創作サイト。 イベント参加情報もここに載せています。 オフは忍たま、オンでは青エク中心。
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☆リクエスト企画ss「ロンド3」 「ロンド2」の翌朝
kuroさんのリクエストで「ロンド」の続編です。でもオフで長編あげているので今回も番外編です。
雪男に勝呂から引き離された次の日は、幸か不幸か学校の無い土曜日だった。
「姉さん、起きた?」
「今起きた。」
雪男は既に普段着に着替えている。燐はもぞもぞとベッドの上で着替え始めていた。雪男は椅子に座って背を向けている。後ろの気配を探りながら姉が全て着替え終えたところを見計らって振り向く。
「姉さん。ゆうべはお風呂に入ってないだろ。」
「えー。別にいいじゃん一日くらい。」
昨晩のしおらしさがまるでない。いつまでも引きずられるのは雪男にとっても都合が悪いが、邪な想いを肯定するならば、泣いている姉は雪男には堪らないものがあったのに。寝たら元通りなのには少々苦笑いを浮かべざるをえない。でもそうやってくるくる変わる姉の表情を見るのは悪くない。しかし風呂に入らなくても平気な姉というのは、男にとって受け入れがたい、率直に言うと幻滅の対象だった。
「つべこべ言わず入ってきて。折角姉さんの為に沸かしてきたばっかりなのに。」
この寮は実質上、奥村姉弟の家といっても差し支えない場所だ。雪男が塾の講師という立場であるので、管理人も兼ねて大丈夫という変な状況がまかり通っていた。燐は勿体ねえよなとぶつぶつ言いながらタオルと下着を準備している。
「手鏡も持っていきなよ。いつも頭の後ろぼさぼさにしがちなんだから。」
姉の抱える入浴セットの上に雪男は手鏡を置いた。
「別にお前だけなんだから。誰が見るってわけでもないじゃん。」
「少しは弟の前でも身奇麗にして欲しいんだけど。」
恋の相手に、身内だからという理由で、無造作なところばかり見せられるのは正直辛かった。所詮は勝手な男の幻想だけど。燐にとっては自分は男のうちに入っていなんだろうけど。少しでも弟でも男なんだとわかって欲しい。
雪男は燐の背中を押して部屋から追い出した。背中をドアに凭れ掛からせて廊下の気配が消えるのを待った。
「網走に行ってもこんな調子じゃ困るな。」
二人きりの生活に夢を馳せていたものだが、ちょっと現実を振り返ってみたら途方に暮れてしまった。
* * *
燐は脱衣所につくと籠に着替えを置いた。雪男に手渡された手鏡もそこに置く。着ているものをぽんぽんと脱ぎ捨てると、家庭用の風呂よりは多少は大きい湯船に漬かった。
「なんか起きたあとの風呂って、目が冴え過ぎて好きじゃねえんだよ。雪男のやつがうるさく言うから。」
雪男は朝風呂の目が覚める感じが好きだと言う。そんな弟の好みが反映されているのか、湯の温度は少し熱めだった。なので燐は長いこと入っていられずに、すぐに洗い場に出て身体を洗うことにした。
「なんだかんだ言って、あいつって世話焼きだもんな。その好意は姉ちゃんとして無視出来ないし。でもやっぱ、勿体ねえよな。俺一人が入るのにこんなたっぷり湯を張ってくれても。そうだ。あいつも一緒に入ればいいじゃねえか。あー、今更呼びにいけねえ。」
今度唐突に風呂に入って来いと言われたら、忘れなかったら一緒に入ろうと誘ってやると燐は的外れな決意を胸に秘めた。ただの勿体ない根性だった。
燐は身体をかなりいい加減に洗い終わると、背を向けた熱めの湯船を憂鬱そうに見た。勿体ないので水でぬるめにするのは遠慮したいが、雪男の温度接待は燐には熱すぎる。その証拠に湯に漬かった燐の肌はピンクを通り越して、真っ赤に染まっていた。
「あーもう。やっぱりいいや!」
風呂場に着てから十分も経たないうちに燐は脱衣所に出た。すると奇妙な現象を目にした。雪男に渡された手鏡から青い炎が立ち上っている。燐の持ってきた服やらタオルやらを燃やしながら。
『お久しぶりだな。お前のパパだぞ!』
「あー。またお前かよ。」
雪男のいないときに燐の所持品を駄目にしながらサタンがプチ降臨してくることは何回もあったが、娘が全裸のときに降臨したのは今回が初めてだった。燐は決まりきった文句を今回も口にする。
「お前のことを父親だなんて思ってねえよ!」
『でもお前は周りの人間とか弟にとっては、『オレの娘』なんだぜ。』
サタンが嬉しそうに言うと、手鏡の表面にひびが走る。
「だからそのうち、てめえをぶっ飛ばす。俺を娘に持ったことを後悔させてやる。」
『あーあ。勝呂君がいらん知恵を娘につけるから。』
「お前さえどうにかすれば、俺は自由になれるんだよ。」
『純粋だねえ。健気だねえ。本当にオレ、だけ、どうにかすれば、お前は自由なのかな?』
燐は首を傾げてサタンの言うことを煩そうに聞いている。サタンはそんな娘の表情に含み笑いの声を漏らした。
『それにしてもお前、だんだん女っぽくなってきたじゃねえか。』
「俺は元から女だよ。」
『その無自覚なところをどうにかすればそれこそ、お前の好き勝手に生きられるんだけどな。ちょっと自覚的になってくれよ。悪魔の娘なんだから。』
燐は開いた口が塞がらない。サタンは畳み掛ける。
『お前の弟がなんで、お前が懐いている男に突っかかるか分かってねえだろ。』
「それは俺が迂闊だったから。網走行きは決まっているのに、必要以上に仲良くなってるのを心配してくれてるから。」
『お前は本当に馬鹿だな。どうしてそもそもお前の網走行きに弟までついてくるんだ? お前の弟は自分の得になりそうもないのに人生をお前に投げ打っても構わない、そんな阿呆なお人よしなのか?』
「雪男を巻き込んじまったのは、本当にすまないって思ってる。だから、俺は強くなってお前をぶっ飛ばしてやる。そうすれば俺も自由だし、雪男だって俺に巻き込まれずに済むんだ。」
燐の剣幕にサタンは声を詰まらせる。しかしその詰まった声は哄笑として脱衣所を満たす。
『ははは、あははっはははは! おめでたいとは違う。健気過ぎて見てられねえ! お前の弟はとんだ果報者だ。それを知らずにあの弟はこそこそひそひそ、せせこましいみみっちい真似ばかり考え付くから始末におけねえ。』
燐は脱衣所の隅に置いてあったボンベを取ってくると、ノズルを鏡に向けた。
『あ。お前それ聖水だろ。』
「雪男を、馬鹿にするな。雪男はせせこましくないし、みみっちくない。」
『もう少し喋らせろよ。お前の弟の悪口言ったことは謝るから。ほんとごめん。』
燐はノズルを構えたまま鏡のサタンに対峙している。次また燐の知り合いの悪口を言ったら遠慮なく聖水を浴びせる気満々だった。
サタンは語る。
『お前、悪魔の娘なんだからさ。純潔でいる必要なんて無いじゃねえか。お前がその気になれば、お前の大好きな勝呂君ももっとお前に優しくしてくれるし、お前の弟だってお前の言うことを聞かせられるんだぜ。人間の女だって平気でやってることなんだぞ。お前が遠慮なんかしてどうする。』
「俺がどうその気になりゃあ、そうなるって言うんだ?」
『お? 少しは耳を貸してくれるのか?』
サタンの言うことに耳を貸すのは燐は嫌だったが、勝呂と雪男の間のなんだかわからないわだかまりが解決出来るヒントになるならと、燐はサタンの言葉に興味を持ってしまった。
「てめえの言うことなんか聞くか。」
そう言いながらも燐は一向に手鏡に聖水を浴びせようとしない。サタンはその燐の気持ちを見透かしたように、優しげな声で娘に言う。
『お前は自分が女だって知っていながら、女だっていう事実を何一つ生かしていない。女ってお前が思うより得出来る生き物なんだぜ。男は好きな女次第でなんとでも操られる哀しい生き物なんだ。』
「俺は別にあいつらを操るつもりなんてない。俺はあいつらが少しでも仲良くなれるならと思ったりするだけで。」
『他人のことより自分のことだろ。お前が自分の好きなように物事運べたら、それで解決するんだよ。さっきも言ったろ。お前がその気になりゃあ、どんな男でもお前の思い通りになる。甘い声で掻き口説けばいい。優しくて、私の望みを叶えて、私を自由にして。それで、そのやあっこくてでかい胸を押し付けて、身体を男に委ねればいい。たったそれだけで、お前は今の惨めな境遇から抜け出せるんだぜ。お前を縛り付けている偉そうな聖職者どもも、一皮剥けばただの男なんだ。どんな綺麗ごとを並べて、強がって高潔に生きると決めても、悦楽だとか快楽だとかに逆らえない。精神よりも肉の誘惑のほうが勝るように頭ん中が出来てるんだよ。お前の真面目で姉思いな弟や、お前を気遣う勝呂君も同様だよ。本当はお前の身体にむしゃぶりつきたいのに、お前が、そんなんだから必死に我慢して堪えてくれてやせ我慢してるんだよ。そんな馬鹿で阿呆で律儀過ぎるほど痩せ我慢強い男どもに、ささやかな気持ちばかりのご褒美をあげてやる感覚でいいんだ。いつもありがとう。これは私の気持ちだから。だから受け取って欲しいの。言うことは、たったそれだけでいい。一度でもお前を、その腕に抱いた男はその日からお前の思うがまま。つまらん人間関係を気にして苦しむこともなくなる。なあ、燐――。パパはお前にはすごい素質があると思うんだ。お前がそれを知らずに不遇な十五年を過ごしたことは、本気で悲しいことだと思ってる。お前の今までは本当はお前が置かれるべき立場じゃなかったんだよ。その才能を今後も生かせないで、しんどい人生を送る羽目になってる姿を見るのは、オレは苦しくてしょうがないんだ。お前は網走にあるという雪国の教会に閉じ込められる必要なんてないんだ。パパは虚無界に来てくれなんて言わない。盛大に物質界で面白おかしく暮らしてくれよ。そうだ善は急げだ。そのあられもない格好でお前の弟のところに行って、俺のことを好きにしていいって言ってみろよ。あの堅物の弟が、ケダモノに変わる様は面白いに決まってるぞ。それに! あいつは散々お前のために十年近く頑張ってたんだから、お前がその身を以って報いてやれ。二人きりの休日を淫靡に背徳的に弟と過ごすのも悪くないぞ。勝呂君にはどうしようか? 目の前でスカートを捲り上げて制服のリボンをほどきながら、放課後の教室で、その足の間のお宝で昇天させてやるのも良いよな。坊主っていう人間は、お前が思うよりスケベな生き物なんだ。たがが外れりゃ、本性はそこらへんの男よりえげつないんだぜ。なんせあいつらは人間の本質について普通の人間より詳しいんだからな。ああそうだ。お前は頭が良くないから、弟と勝呂君との秘密の二重生活は無理があると思うから、どっちかに関係がばれたら、いっそ三人で仲良くくんずほぐれつすればいい! そしたら雪男君と勝呂君の仲をお前が取り成したことにもなる。ああ! パパなんだかドキドキしてきたぞ! 燐! 燐! お前は物質界も虚無界に変えてしまうくらいの可能性を――』
「すまん。お前の話全然わからんわ。」
燐の手がボンベの栓を抜く。
『ぎゃあああ!』
手鏡に宿る程度の青い炎は聖水によって消された。燐は溜息をつく。
「服。どうしよ。」
聖水ボンベを使ったから緊急の警報が鳴っている。雪男が銃を構えながら脱衣所に駆け込んできた。
「姉さん! どうかしたの! って、何。」
「雪男。パンツもブラも燃えちゃったんだ。サタンのやつが来た。」
燐はとことこと雪男の前に歩いてくる。雪男は背中を見せながら慌ててシャツを脱いで後ろ手で姉に渡した。
「早く部屋に帰ってパンツとブラを着てよ!」
「なんだよ。怒らなくてもいいじゃねえか。」
「怒ってるんじゃないよ。パニックになってるから大声になってるだけだから。何が起こったかは部屋に帰ってから聞くから。僕は理事長に報告しに行ってくるから、ちゃんと部屋に帰ったら着替えてて!」
雪男のシャツは燐には大きいので、きわどいところは全て隠れてくれた。燐はじろじろと雪男の顔を見ながら脱衣所を出て行く。
「はあ……。もう、姉さんってば。」
雪男の携帯が鳴る。表示される名前はメフィストからだった。
「もしもし。」
『今回は父上が差し出がましい真似をして、誠に申し訳ありませんでした。』
「サタンが出現したと分かった時点で、さっさとこちらに来て対処して欲しかったですよ。」
『私はどっちつかずですからね。堂々と父上と対峙するわけにもいかないんですよ。それに今回の父上の干渉は本当に馬鹿馬鹿しくて。お姉さんに事情を聞いたら、貴方も呆れると思います。』
本当にそれで済むのかよと雪男は眉間に皴が寄った。
一方、燐は部屋に帰って下着を付けながら一人ごちていた。
「なんだよ。雪男のやつ、俺のすっぽんぽん見ても全然嬉しそうじゃなかったじゃねえかよ。いつものように叱られたぞ。サタンの言うことは当てになんねえよな。」
しかし燐の口元には笑みがあった。サタンの言ったことが真実じゃなくて良かったと。たぶんそれは勝呂にも当てはまる。燐はサタンの言うことがわけがわからなかった割に、その言葉の不快な部分を感じ取ってはいた。
「俺は人を好き勝手に利用して、他人の力で自由になりたくねえよ。」
疲れたようなノックが聞こえてくる。
「姉さん。もう着替えたよね。」
「あとシャツを着るだけだから。」
「早く着替えてよ!」
雪男がドアの向こうで声を張り上げる。燐はくすくす笑いながら、わざとのんびりとベッドの上に置いたシャツに手を伸ばした。
「姉さんまだ?」
「まーだー。」
雪男は知らない。男として意識されない幸せを。
しかしそれは知らないからこそ幸せなことなのかもしれない。
今回は雪男メインで行こうと思ったら、サタン様大暴れ回でした。pixivで魔王様とタグで呼ばれた雪男君ですが、本物の魔王様と比べたらまだまだ青いということです。
リクエスト企画参加ありがとうございました。
「ロンド」は本編を続き物でオフで書いているので、オンのほうでは番外編のみになります。よろしければまたリクエストください。
雪男に勝呂から引き離された次の日は、幸か不幸か学校の無い土曜日だった。
「姉さん、起きた?」
「今起きた。」
雪男は既に普段着に着替えている。燐はもぞもぞとベッドの上で着替え始めていた。雪男は椅子に座って背を向けている。後ろの気配を探りながら姉が全て着替え終えたところを見計らって振り向く。
「姉さん。ゆうべはお風呂に入ってないだろ。」
「えー。別にいいじゃん一日くらい。」
昨晩のしおらしさがまるでない。いつまでも引きずられるのは雪男にとっても都合が悪いが、邪な想いを肯定するならば、泣いている姉は雪男には堪らないものがあったのに。寝たら元通りなのには少々苦笑いを浮かべざるをえない。でもそうやってくるくる変わる姉の表情を見るのは悪くない。しかし風呂に入らなくても平気な姉というのは、男にとって受け入れがたい、率直に言うと幻滅の対象だった。
「つべこべ言わず入ってきて。折角姉さんの為に沸かしてきたばっかりなのに。」
この寮は実質上、奥村姉弟の家といっても差し支えない場所だ。雪男が塾の講師という立場であるので、管理人も兼ねて大丈夫という変な状況がまかり通っていた。燐は勿体ねえよなとぶつぶつ言いながらタオルと下着を準備している。
「手鏡も持っていきなよ。いつも頭の後ろぼさぼさにしがちなんだから。」
姉の抱える入浴セットの上に雪男は手鏡を置いた。
「別にお前だけなんだから。誰が見るってわけでもないじゃん。」
「少しは弟の前でも身奇麗にして欲しいんだけど。」
恋の相手に、身内だからという理由で、無造作なところばかり見せられるのは正直辛かった。所詮は勝手な男の幻想だけど。燐にとっては自分は男のうちに入っていなんだろうけど。少しでも弟でも男なんだとわかって欲しい。
雪男は燐の背中を押して部屋から追い出した。背中をドアに凭れ掛からせて廊下の気配が消えるのを待った。
「網走に行ってもこんな調子じゃ困るな。」
二人きりの生活に夢を馳せていたものだが、ちょっと現実を振り返ってみたら途方に暮れてしまった。
* * *
燐は脱衣所につくと籠に着替えを置いた。雪男に手渡された手鏡もそこに置く。着ているものをぽんぽんと脱ぎ捨てると、家庭用の風呂よりは多少は大きい湯船に漬かった。
「なんか起きたあとの風呂って、目が冴え過ぎて好きじゃねえんだよ。雪男のやつがうるさく言うから。」
雪男は朝風呂の目が覚める感じが好きだと言う。そんな弟の好みが反映されているのか、湯の温度は少し熱めだった。なので燐は長いこと入っていられずに、すぐに洗い場に出て身体を洗うことにした。
「なんだかんだ言って、あいつって世話焼きだもんな。その好意は姉ちゃんとして無視出来ないし。でもやっぱ、勿体ねえよな。俺一人が入るのにこんなたっぷり湯を張ってくれても。そうだ。あいつも一緒に入ればいいじゃねえか。あー、今更呼びにいけねえ。」
今度唐突に風呂に入って来いと言われたら、忘れなかったら一緒に入ろうと誘ってやると燐は的外れな決意を胸に秘めた。ただの勿体ない根性だった。
燐は身体をかなりいい加減に洗い終わると、背を向けた熱めの湯船を憂鬱そうに見た。勿体ないので水でぬるめにするのは遠慮したいが、雪男の温度接待は燐には熱すぎる。その証拠に湯に漬かった燐の肌はピンクを通り越して、真っ赤に染まっていた。
「あーもう。やっぱりいいや!」
風呂場に着てから十分も経たないうちに燐は脱衣所に出た。すると奇妙な現象を目にした。雪男に渡された手鏡から青い炎が立ち上っている。燐の持ってきた服やらタオルやらを燃やしながら。
『お久しぶりだな。お前のパパだぞ!』
「あー。またお前かよ。」
雪男のいないときに燐の所持品を駄目にしながらサタンがプチ降臨してくることは何回もあったが、娘が全裸のときに降臨したのは今回が初めてだった。燐は決まりきった文句を今回も口にする。
「お前のことを父親だなんて思ってねえよ!」
『でもお前は周りの人間とか弟にとっては、『オレの娘』なんだぜ。』
サタンが嬉しそうに言うと、手鏡の表面にひびが走る。
「だからそのうち、てめえをぶっ飛ばす。俺を娘に持ったことを後悔させてやる。」
『あーあ。勝呂君がいらん知恵を娘につけるから。』
「お前さえどうにかすれば、俺は自由になれるんだよ。」
『純粋だねえ。健気だねえ。本当にオレ、だけ、どうにかすれば、お前は自由なのかな?』
燐は首を傾げてサタンの言うことを煩そうに聞いている。サタンはそんな娘の表情に含み笑いの声を漏らした。
『それにしてもお前、だんだん女っぽくなってきたじゃねえか。』
「俺は元から女だよ。」
『その無自覚なところをどうにかすればそれこそ、お前の好き勝手に生きられるんだけどな。ちょっと自覚的になってくれよ。悪魔の娘なんだから。』
燐は開いた口が塞がらない。サタンは畳み掛ける。
『お前の弟がなんで、お前が懐いている男に突っかかるか分かってねえだろ。』
「それは俺が迂闊だったから。網走行きは決まっているのに、必要以上に仲良くなってるのを心配してくれてるから。」
『お前は本当に馬鹿だな。どうしてそもそもお前の網走行きに弟までついてくるんだ? お前の弟は自分の得になりそうもないのに人生をお前に投げ打っても構わない、そんな阿呆なお人よしなのか?』
「雪男を巻き込んじまったのは、本当にすまないって思ってる。だから、俺は強くなってお前をぶっ飛ばしてやる。そうすれば俺も自由だし、雪男だって俺に巻き込まれずに済むんだ。」
燐の剣幕にサタンは声を詰まらせる。しかしその詰まった声は哄笑として脱衣所を満たす。
『ははは、あははっはははは! おめでたいとは違う。健気過ぎて見てられねえ! お前の弟はとんだ果報者だ。それを知らずにあの弟はこそこそひそひそ、せせこましいみみっちい真似ばかり考え付くから始末におけねえ。』
燐は脱衣所の隅に置いてあったボンベを取ってくると、ノズルを鏡に向けた。
『あ。お前それ聖水だろ。』
「雪男を、馬鹿にするな。雪男はせせこましくないし、みみっちくない。」
『もう少し喋らせろよ。お前の弟の悪口言ったことは謝るから。ほんとごめん。』
燐はノズルを構えたまま鏡のサタンに対峙している。次また燐の知り合いの悪口を言ったら遠慮なく聖水を浴びせる気満々だった。
サタンは語る。
『お前、悪魔の娘なんだからさ。純潔でいる必要なんて無いじゃねえか。お前がその気になれば、お前の大好きな勝呂君ももっとお前に優しくしてくれるし、お前の弟だってお前の言うことを聞かせられるんだぜ。人間の女だって平気でやってることなんだぞ。お前が遠慮なんかしてどうする。』
「俺がどうその気になりゃあ、そうなるって言うんだ?」
『お? 少しは耳を貸してくれるのか?』
サタンの言うことに耳を貸すのは燐は嫌だったが、勝呂と雪男の間のなんだかわからないわだかまりが解決出来るヒントになるならと、燐はサタンの言葉に興味を持ってしまった。
「てめえの言うことなんか聞くか。」
そう言いながらも燐は一向に手鏡に聖水を浴びせようとしない。サタンはその燐の気持ちを見透かしたように、優しげな声で娘に言う。
『お前は自分が女だって知っていながら、女だっていう事実を何一つ生かしていない。女ってお前が思うより得出来る生き物なんだぜ。男は好きな女次第でなんとでも操られる哀しい生き物なんだ。』
「俺は別にあいつらを操るつもりなんてない。俺はあいつらが少しでも仲良くなれるならと思ったりするだけで。」
『他人のことより自分のことだろ。お前が自分の好きなように物事運べたら、それで解決するんだよ。さっきも言ったろ。お前がその気になりゃあ、どんな男でもお前の思い通りになる。甘い声で掻き口説けばいい。優しくて、私の望みを叶えて、私を自由にして。それで、そのやあっこくてでかい胸を押し付けて、身体を男に委ねればいい。たったそれだけで、お前は今の惨めな境遇から抜け出せるんだぜ。お前を縛り付けている偉そうな聖職者どもも、一皮剥けばただの男なんだ。どんな綺麗ごとを並べて、強がって高潔に生きると決めても、悦楽だとか快楽だとかに逆らえない。精神よりも肉の誘惑のほうが勝るように頭ん中が出来てるんだよ。お前の真面目で姉思いな弟や、お前を気遣う勝呂君も同様だよ。本当はお前の身体にむしゃぶりつきたいのに、お前が、そんなんだから必死に我慢して堪えてくれてやせ我慢してるんだよ。そんな馬鹿で阿呆で律儀過ぎるほど痩せ我慢強い男どもに、ささやかな気持ちばかりのご褒美をあげてやる感覚でいいんだ。いつもありがとう。これは私の気持ちだから。だから受け取って欲しいの。言うことは、たったそれだけでいい。一度でもお前を、その腕に抱いた男はその日からお前の思うがまま。つまらん人間関係を気にして苦しむこともなくなる。なあ、燐――。パパはお前にはすごい素質があると思うんだ。お前がそれを知らずに不遇な十五年を過ごしたことは、本気で悲しいことだと思ってる。お前の今までは本当はお前が置かれるべき立場じゃなかったんだよ。その才能を今後も生かせないで、しんどい人生を送る羽目になってる姿を見るのは、オレは苦しくてしょうがないんだ。お前は網走にあるという雪国の教会に閉じ込められる必要なんてないんだ。パパは虚無界に来てくれなんて言わない。盛大に物質界で面白おかしく暮らしてくれよ。そうだ善は急げだ。そのあられもない格好でお前の弟のところに行って、俺のことを好きにしていいって言ってみろよ。あの堅物の弟が、ケダモノに変わる様は面白いに決まってるぞ。それに! あいつは散々お前のために十年近く頑張ってたんだから、お前がその身を以って報いてやれ。二人きりの休日を淫靡に背徳的に弟と過ごすのも悪くないぞ。勝呂君にはどうしようか? 目の前でスカートを捲り上げて制服のリボンをほどきながら、放課後の教室で、その足の間のお宝で昇天させてやるのも良いよな。坊主っていう人間は、お前が思うよりスケベな生き物なんだ。たがが外れりゃ、本性はそこらへんの男よりえげつないんだぜ。なんせあいつらは人間の本質について普通の人間より詳しいんだからな。ああそうだ。お前は頭が良くないから、弟と勝呂君との秘密の二重生活は無理があると思うから、どっちかに関係がばれたら、いっそ三人で仲良くくんずほぐれつすればいい! そしたら雪男君と勝呂君の仲をお前が取り成したことにもなる。ああ! パパなんだかドキドキしてきたぞ! 燐! 燐! お前は物質界も虚無界に変えてしまうくらいの可能性を――』
「すまん。お前の話全然わからんわ。」
燐の手がボンベの栓を抜く。
『ぎゃあああ!』
手鏡に宿る程度の青い炎は聖水によって消された。燐は溜息をつく。
「服。どうしよ。」
聖水ボンベを使ったから緊急の警報が鳴っている。雪男が銃を構えながら脱衣所に駆け込んできた。
「姉さん! どうかしたの! って、何。」
「雪男。パンツもブラも燃えちゃったんだ。サタンのやつが来た。」
燐はとことこと雪男の前に歩いてくる。雪男は背中を見せながら慌ててシャツを脱いで後ろ手で姉に渡した。
「早く部屋に帰ってパンツとブラを着てよ!」
「なんだよ。怒らなくてもいいじゃねえか。」
「怒ってるんじゃないよ。パニックになってるから大声になってるだけだから。何が起こったかは部屋に帰ってから聞くから。僕は理事長に報告しに行ってくるから、ちゃんと部屋に帰ったら着替えてて!」
雪男のシャツは燐には大きいので、きわどいところは全て隠れてくれた。燐はじろじろと雪男の顔を見ながら脱衣所を出て行く。
「はあ……。もう、姉さんってば。」
雪男の携帯が鳴る。表示される名前はメフィストからだった。
「もしもし。」
『今回は父上が差し出がましい真似をして、誠に申し訳ありませんでした。』
「サタンが出現したと分かった時点で、さっさとこちらに来て対処して欲しかったですよ。」
『私はどっちつかずですからね。堂々と父上と対峙するわけにもいかないんですよ。それに今回の父上の干渉は本当に馬鹿馬鹿しくて。お姉さんに事情を聞いたら、貴方も呆れると思います。』
本当にそれで済むのかよと雪男は眉間に皴が寄った。
一方、燐は部屋に帰って下着を付けながら一人ごちていた。
「なんだよ。雪男のやつ、俺のすっぽんぽん見ても全然嬉しそうじゃなかったじゃねえかよ。いつものように叱られたぞ。サタンの言うことは当てになんねえよな。」
しかし燐の口元には笑みがあった。サタンの言ったことが真実じゃなくて良かったと。たぶんそれは勝呂にも当てはまる。燐はサタンの言うことがわけがわからなかった割に、その言葉の不快な部分を感じ取ってはいた。
「俺は人を好き勝手に利用して、他人の力で自由になりたくねえよ。」
疲れたようなノックが聞こえてくる。
「姉さん。もう着替えたよね。」
「あとシャツを着るだけだから。」
「早く着替えてよ!」
雪男がドアの向こうで声を張り上げる。燐はくすくす笑いながら、わざとのんびりとベッドの上に置いたシャツに手を伸ばした。
「姉さんまだ?」
「まーだー。」
雪男は知らない。男として意識されない幸せを。
しかしそれは知らないからこそ幸せなことなのかもしれない。
今回は雪男メインで行こうと思ったら、サタン様大暴れ回でした。pixivで魔王様とタグで呼ばれた雪男君ですが、本物の魔王様と比べたらまだまだ青いということです。
リクエスト企画参加ありがとうございました。
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