幸福雑音
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新刊「ロンド」サンプル文
青の聖域新刊「ロンド」のサンプルです。
サタンの娘は十八歳の四月一日から網走にて一生を過ごす。
これを聞いた当初、勝呂はこの運命を惨いと思った。それでも心の片隅では納得してしまった。これはサタンの娘に対する当然の対策だと。
自分は出雲に言わせれば恥ずかしげもなく「サタンを倒す」なんて言った男だ。多少急ぎ気味にはなるが、三年間も時間があれば、どうにか出来ないことはないと思った。どうにか出来ると思えなければ、あの日、あの少女――、奥村燐を抱き締められなかった臆病な自分が情けなくて、気持ちで負けてしまいそうだったから。
三年生の三月までにサタンをどうにかすると言う事は、もしかしたら奥村燐の網走行きを阻止出来るかもしれないということだ。奥村雪男から燐がサタンの娘である真実を聞かされて、燐と距離を置いてしまって、数日丸々過ごして考えた青臭くて無謀な結論だった。
勝呂がここまで燐に入れ込む理由ははっきり言って、無いに等しい。真実を聞かされた当初は、燐と関わらなければ良かったとか、まだまだ引き返せるとか考えていた。でも燐を今更ほうって置くことが出来なかった。
やっと決心がついたところで、燐にこの自分らしくない思いつきを話してみた。すると燐は目を輝かせて言った。
『あのサタンを倒せば、俺は網走に行かなくて済むんだよなっ。どうして思いつかなかったんだろ。サタン倒せたら、勝呂と離れなくてもいいし。雪男巻き込んで網走に引きこもる必要も無いじゃん。』
『ただの思いつきや……。自分でも無茶なことは分かってる。』
『でも、ありがとうな! 勝呂が思いついてくれなかったら……ううん。とにかく、ありがとう!』
出会った当初の頭が悪くて無愛想な少女はそこにはいなかった。ましてやサタンの娘という運命に翻弄される孤独な少女なんていなかった。そこには新しい希望を見つけた前向きな少女がいる。その希望を与えたのは他ならぬ自分だったようだ。
もしかしたら、ぬか喜びに終わる変な希望だったのかもしれない。それを無責任に口に出してしまって、後から後悔させるかもしれない。でも、この彼女の笑顔は、当時の勝呂にはかけがえのない真実だった。
* * *
「やあ。奥村先生。網走に赴任されたとはいえ、こうしょっちゅう顔を合わせていると、未だに貴方が私の学校の教え子のように思えてきますね。」
「そうですね。理事長。」
雪男はにこやかに返事をしたが、心中ではそれならそう何度も呼び出さないで欲しいと思った。祓魔師にとって、鍵を使った移動は常識中の常識だ。
「今日もお姉さんはお留守番ですか。」
「はい。」
短く答えて、少し愛想が無かったかなと雪男は気になったが、メフィストに対して恨み言はあるのでまあいいかと流すことにした。あまり姉である燐から目を離したくないのに、この悪魔はしょっちゅう自分を呼びつけては姉の様子を聞きたがる。この悪魔曰く――。
「末の妹の様子は気になりますよ。」
だそうだ。雪男はそれに異議を唱えたい。彼女はお前の妹じゃない、僕の姉だと。メフィストにしてみれば何桁いるか分からない兄弟姉妹のうちの一人だ。だけど雪男にとっては「唯一の姉」だ。分母の小ささが勝ちを決めるわけじゃないが、思いの密度を同じにされては不愉快だ。
そんな雪男の思いを知ってか知らずかメフィストは軽口を叩く。
「たまには連れて来てくれればいいものを。なんだかんだで、燐にとってもここは母校なんですから。」
義父が死んでこの学校に移ってきた当時、燐が例外的に威嚇しない男の一人にメフィストがいた。つっかかりながらも、燐とメフィストの関係は良好とも言えるものだった。死んだ義父のように燐をからかいながらも甘やかさず、放任しているようで、さりげなく気を配っているのが雪男には気に食わなかった。自分の役所を掻っ攫われたような気分だったから。
「姉の処遇は貴方を越えてヴァチカンから下されたものです。幾ら貴方に請われても無理なものは無理です。」
それは半分近くが嘘だった。なんだかんだで成人するまではメフィストが後見人になっている。ヴァチカンの権限という制限が科されようが、メフィストには燐の顔を見たり様子を窺う権利がある。メフィストはそれを見透かしているのだろうが、雪男の言い分には反対も賛成もしていない。
「そうですか。」
「それでは失礼してよろしいでしょうか?」
「いいですよ。」
雪男はメフィストが指差すドアの鍵穴に魔法鍵を差し込んで回した。扉の向こうは網走の教会の礼拝堂だった。
「雪男? そんな懺悔室の隅で何してんだ?」
短時間の用事の時には、特に姉に行き先を伝えていない。あちらこちらの正十字騎士団の教会を手伝っていると日頃から言っているので、本部に呼び出されているということは燐には黙っていた。燐も訊かないのだから、姉の能天気さにはある意味感謝している。
自分がしょっちゅうメフィストに会っていると知られれば、姉は間違いなくついていこうとするだろう。そのついでに学園で出来た友人とも再会しようとするだろう。
今のところ、上手く姉を幽閉している状態を納得させている。この生活を雪男は末永く続けたいと願った。
サタンの娘は十八歳の四月一日から網走にて一生を過ごす。
これを聞いた当初、勝呂はこの運命を惨いと思った。それでも心の片隅では納得してしまった。これはサタンの娘に対する当然の対策だと。
自分は出雲に言わせれば恥ずかしげもなく「サタンを倒す」なんて言った男だ。多少急ぎ気味にはなるが、三年間も時間があれば、どうにか出来ないことはないと思った。どうにか出来ると思えなければ、あの日、あの少女――、奥村燐を抱き締められなかった臆病な自分が情けなくて、気持ちで負けてしまいそうだったから。
三年生の三月までにサタンをどうにかすると言う事は、もしかしたら奥村燐の網走行きを阻止出来るかもしれないということだ。奥村雪男から燐がサタンの娘である真実を聞かされて、燐と距離を置いてしまって、数日丸々過ごして考えた青臭くて無謀な結論だった。
勝呂がここまで燐に入れ込む理由ははっきり言って、無いに等しい。真実を聞かされた当初は、燐と関わらなければ良かったとか、まだまだ引き返せるとか考えていた。でも燐を今更ほうって置くことが出来なかった。
やっと決心がついたところで、燐にこの自分らしくない思いつきを話してみた。すると燐は目を輝かせて言った。
『あのサタンを倒せば、俺は網走に行かなくて済むんだよなっ。どうして思いつかなかったんだろ。サタン倒せたら、勝呂と離れなくてもいいし。雪男巻き込んで網走に引きこもる必要も無いじゃん。』
『ただの思いつきや……。自分でも無茶なことは分かってる。』
『でも、ありがとうな! 勝呂が思いついてくれなかったら……ううん。とにかく、ありがとう!』
出会った当初の頭が悪くて無愛想な少女はそこにはいなかった。ましてやサタンの娘という運命に翻弄される孤独な少女なんていなかった。そこには新しい希望を見つけた前向きな少女がいる。その希望を与えたのは他ならぬ自分だったようだ。
もしかしたら、ぬか喜びに終わる変な希望だったのかもしれない。それを無責任に口に出してしまって、後から後悔させるかもしれない。でも、この彼女の笑顔は、当時の勝呂にはかけがえのない真実だった。
* * *
「やあ。奥村先生。網走に赴任されたとはいえ、こうしょっちゅう顔を合わせていると、未だに貴方が私の学校の教え子のように思えてきますね。」
「そうですね。理事長。」
雪男はにこやかに返事をしたが、心中ではそれならそう何度も呼び出さないで欲しいと思った。祓魔師にとって、鍵を使った移動は常識中の常識だ。
「今日もお姉さんはお留守番ですか。」
「はい。」
短く答えて、少し愛想が無かったかなと雪男は気になったが、メフィストに対して恨み言はあるのでまあいいかと流すことにした。あまり姉である燐から目を離したくないのに、この悪魔はしょっちゅう自分を呼びつけては姉の様子を聞きたがる。この悪魔曰く――。
「末の妹の様子は気になりますよ。」
だそうだ。雪男はそれに異議を唱えたい。彼女はお前の妹じゃない、僕の姉だと。メフィストにしてみれば何桁いるか分からない兄弟姉妹のうちの一人だ。だけど雪男にとっては「唯一の姉」だ。分母の小ささが勝ちを決めるわけじゃないが、思いの密度を同じにされては不愉快だ。
そんな雪男の思いを知ってか知らずかメフィストは軽口を叩く。
「たまには連れて来てくれればいいものを。なんだかんだで、燐にとってもここは母校なんですから。」
義父が死んでこの学校に移ってきた当時、燐が例外的に威嚇しない男の一人にメフィストがいた。つっかかりながらも、燐とメフィストの関係は良好とも言えるものだった。死んだ義父のように燐をからかいながらも甘やかさず、放任しているようで、さりげなく気を配っているのが雪男には気に食わなかった。自分の役所を掻っ攫われたような気分だったから。
「姉の処遇は貴方を越えてヴァチカンから下されたものです。幾ら貴方に請われても無理なものは無理です。」
それは半分近くが嘘だった。なんだかんだで成人するまではメフィストが後見人になっている。ヴァチカンの権限という制限が科されようが、メフィストには燐の顔を見たり様子を窺う権利がある。メフィストはそれを見透かしているのだろうが、雪男の言い分には反対も賛成もしていない。
「そうですか。」
「それでは失礼してよろしいでしょうか?」
「いいですよ。」
雪男はメフィストが指差すドアの鍵穴に魔法鍵を差し込んで回した。扉の向こうは網走の教会の礼拝堂だった。
「雪男? そんな懺悔室の隅で何してんだ?」
短時間の用事の時には、特に姉に行き先を伝えていない。あちらこちらの正十字騎士団の教会を手伝っていると日頃から言っているので、本部に呼び出されているということは燐には黙っていた。燐も訊かないのだから、姉の能天気さにはある意味感謝している。
自分がしょっちゅうメフィストに会っていると知られれば、姉は間違いなくついていこうとするだろう。そのついでに学園で出来た友人とも再会しようとするだろう。
今のところ、上手く姉を幽閉している状態を納得させている。この生活を雪男は末永く続けたいと願った。
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自己紹介:
忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
柴はツイッターもしています。http://twitter.com/#!/hitsugi12
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