幸福雑音
女性向け二次創作サイト。 イベント参加情報もここに載せています。 オフは忍たま、オンでは青エク中心。
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☆ss「ドールハウス」シュラアサ 過去捏造
霧隠シュラは、聖騎士になる前のアーサーを知っていた。前聖騎士であるかつては師匠だった藤本獅郎のあまりの変貌に失望したシュラが、日本を離れてヴァチカンに勤務していた時だった。そんなある日、上のほうから打診があった。
「青い夜から十年以上が過ぎて、聖職者や祓魔師の数もある程度は回復した。しかし、上級の資格を取れる人材はまだまだ不足傾向にある。そしてその上に立つ人間の候補となるともっと数が足りない状況だ。だからあの男に関しては、出自も経歴も度外視で聖騎士に任命してしまった事情がある。」
前置きからして藤本への敵意が窺えた。男は長い前置きの続きをまだ喋り続けている。
「あの男は実力はあるが、いまいちヴァチカンに従順とは言い難い。というのも、代々続いたどの家の出でもないし、祓魔師になった経緯も不透明だからだ。君が見切りを付けて日本からヴァチカンに来てくれたことは、当然の帰結かもしれない。」
自分の師匠をくそみそに言われてもシュラは眉一つ動かさない。当時のシュラはヴァチカン内で藤本の耄碌ぶりを、自分から同僚に愚痴っては憂さを晴らしていた。ヴァチカンのエリート連中は、何故かそんな弟子の憂鬱に深く同情してくれているような口ぶりだった。シュラの言葉を鵜呑みにすることで、藤本もたいしたことないと安心したかったのかもしれない。身内から、しかもたった一人ともいえる愛弟子から攻撃されるようでは、聖騎士としての高く評価される人望も疑わしいものだからだ。
目の前の偉いさんは藤本とそう歳の変わらない壮年の男で、ヴァチカン勤務と言っても、直接現場に立つことはなくお役所仕事をこなすような立場だった。いわゆる家庭で子供に尊敬されないタイプの父親といった感じだった。藤本とは真逆の。
「私こそ出自の知れない人間なんですが、そんな私に何を?」
勝手に同調してくるならともかく、それに付け込まれるつもりはシュラにはなかった。候補生からとんとん拍子に昇格した自分こそ、ヴァチカンにとってはキープしおきたい人材だろうが、幾ら今の藤本に反発しようが、権力者に良いように使われるのはごめん被りたいところだった。
それにこの男は、シュラが完璧に藤本に対して愛想を尽かしているからヴァチカンにいると思い込んでいるらしい。
シュラ自身は何かの場では口汚く藤本を罵ったこともあるが、それは未練の裏返しでもある。そういうふうに言わなければ、弟子以上に見てくれないツレナイ男に対する辛さを和らげることが出来なかったからだ。だから余計に激しい言葉で目の前にいない男のことを悪し様に言ってしまっていた。
『あのことも、言ってないし。』
藤本のブラックボックスとも言える、シュラへの頼みごとについての話は誰にもしていない。そこのところがまだ少しは藤本に対して期待しているところなんだろう。あの男が男を廃業するまでに、ひょっとしたら自分を女として見てくれるかもしれないと、ちょっとずれた希望を持ってしまうのだ。
そんなことより、目の前の胡散臭い話があった。
「アーサー・О・エンジェルという青年のことはもちろん知っているな?」
「祓魔師としての実力もあって、出自経歴ともに完璧。そしてヴァチカンへの忠誠も堅い。本当にヴァチカンの祓魔師の鑑みたいな男ですね。」
男はシュラの言葉に深く頷いているが、憂鬱そうに溜息をついた。
「しかしそんな彼も完璧とは言い難いんだよ。」
そうか?
シュラは首を傾げる。アーサーという男は、ヴァチカンが求める要素は全て揃っているようには見えるのに、何故そんなにこの偉いさんは暗い顔をしているんだろう。
「彼には君の元師匠で現聖騎士の藤本のような華やかな戦果とか戦歴が足りない。」
シュラは開いた口が塞がらない。それが秘蔵っ子の秘蔵っ子たる由縁だろうと心の中にツッコミを入れた。ヴァチカンにとって貴重な純粋培養だからこそ、雨風に当てず育ててきたんだろうに。いわゆる汚い現実と乖離させて完全潔白無菌状態で育てたんだろうに。
「それは年齢のこともありますから仕方ないでしょう。」
本当に表面を撫でただけの言い方を選んでシュラはさりげなく男のボケた言葉に反論する。しかし男は真剣な顔で、そうではないのだと言う。
「藤本は規格外な聖騎士とはいえ、ヴァチカン以外では支持率が異様に高い。人望もある。藤本が参加する作戦は異常に士気が高くなり、その結果、想定された以上の戦果を上げてくる。」
近頃の藤本に失望しているのは直接の弟子で、藤本の弱みを知っているシュラくらいだ。シュラが未練たらたらの藤本への悪口を言えるのは、藤本をあまり良く思っていない者が他より多い、総本山ヴァチカンにおいてしかない。他所でそんなことを言えば、村八分どころの扱いではないだろう。名家の出が統率している支部でも、悪魔に対する実行部隊の要員は先頭を切って戦う、飄々として人間味があって、それでいて実力は随一の藤本を賞賛する者も多い。
「藤本と並ぶ存在に今すぐしたいわけですね。そのエンジェルを。」
無茶すぎるとシュラは呆れた。
「どうかね?」
「正直言いますと、彼にとって酷だと思いますよ。」
「何故かね?」
そんなこともわからねえのかオッサンとシュラは溜息が漏れそうになった。現場を離れてそんな肥満した身体を揺すぶっているから、ヴァチカンの外の人間にとって理想の姿が藤本に取って変わられてしまうんだよと、心中で毒づく。
「まずさっき言ったように、年齢差と経験の差が歴然としすぎてます。そしてこれは私の想像上のことですが、アーサーという青年はあまりにも神の側に偏った物の見方をしているのではないでしょうか。上はそれを賞賛するでしょうが、下の現場の人間にとっては現実味が無さ過ぎて、ついていけないと考えかねません。戦い方にしても悪魔を知ろうとしないで、嫌悪の対象としているのみで対しているようでは、祓魔師としては甘いと考えます。」
敢えて歯に衣着せぬ率直な言葉を言ってみた。当然のように男の眉が歪む。小娘の言葉に反論したくて仕方ないだろうが、シュラの言うことが正論だと分かっているようだ。
シュラはこほんと咳払いした。
「あまりにも言いすぎました。しかし後半に言ったことは、経験で補うことは出来ると思います。あと十年か二十年すれば彼も藤本と同等か、それ以上になれると思います。確実に。」
「十年二十年じゃ遅すぎるんだよ。」
「まあそれまで藤本が聖騎士として健在である保証はないですよね。そして貴方もこれから十年二十年も藤本に対して苦々しい思いを抱えて、このヴァチカンに仕えているのも業腹でしょうし。」
アーサーより少しでも上の世代に藤本に対抗できる存在はいない。実力から考えて一番近いのはやはり直接の弟子であるシュラしかいない。しかしシュラも世代としては若すぎるし、藤本が危険視される要因となった出自と経歴の危うさを抱えている。つまりそういうことなのだろう。
「君がエンジェルを補佐して彼に手柄を与えてくれないか?」
「私が十年二十年の年月が必要な部分を補えと?」
きたー。シュラはなんともいえない気持ちになった。
あくまで一番手はアーサーにしたいらしい。当たり前の判断だ。おまけにこの男はアーサーの係累だ。身内びいきもいい加減にしろと怒鳴りたくなる。しかしそこは堪える。直属の上司がいなくて、ヴァチカンの中でふらふらしているばかりなので、シュラはやっつけ仕事ばかりで碌な作戦に従事したことがなかった。そこに目を付けられたとしたら、自分の不徳の為せる業としか言いようが無い。
それでもすぐに返事をするわけにはいかない。
「少し考えさせて……」
「悪くない話だと思うのだがね。」
今までの長ったらしい前置きだとか解説が関係なくなるほどの強引な畳みかけだった。何が悪くない話だとシュラは思った。要はアーサーの踏み台になれと言ってきている。よっぽど自分は野心が無いとか、献身も厭わないとか、好き勝手な想像を膨らまされているらしい。このたれ目で挑発的な格好をしている女が、どうしてそんなふうなお人よしに見えるんだろうか? やはり藤本の弟子だったことが尾を引いているのだろうか。
「えー。今決心しますから、ちょっと私のために言って欲しいことがあるんですけど?」
「何かね?」
シュラは景気づけにお願いしますと言って、男に頼んだ。
「私の不肖の師匠の悪口を思いつく限り言ってくれませんか。」
「お安い御用だよ。」
本当にお安い御用だったらしい。シュラの今まで重ねてきた藤本への罵詈雑言はやはり、愛情の裏返しとしか思えなかった。男の口からはいやらしくて辛辣で嫉ましくて堪らないというような呪いの言葉が次々と溢れかえってきた。
* * *
本日はお日柄も良くと言うのではないのだろうが、あの偉いさんに承諾の返事をしたその翌日にアーサーその人からシュラは呼び出されてしまった。これは業務内に入るのかと件の偉いさんに問いかけてみた。偉いさんは無言のまま辞令の紙を差し出した。そしてシュラは仕方なくエンジェル家の門をくぐった。
アーサーの私室だという部屋に通された。初回から露骨過ぎる案内だった。
「やあ君かい。」
歯切れが良くて爽やかな挨拶だった。うざいくらいに。しかし見るからに素直なので好感は持てる。
「はじめましてぇ。霧隠ぇシュラぁ、とぉ言いますぅ。」
巻き舌でわざとむかつかせる名乗りをしてみた。これに対する反応でたいていは相手がどんな奴か判断できる。滅多なことじゃやらかさないけれど。
「緊張しているのかい? ここで座って楽にしていいから。」
アーサーは自分が座っていた椅子から立ち上がってシュラに譲る。そして自分はその向かいに部屋の隅から椅子を引っ張ってきて座った。シュラは部屋を見回して「あー」と思った。
アーサーが座っていたのは部屋の奥がわ、つまり上座かとシュラは変に納得する。
「日本風の作法はこれでよかったよな?」
「座敷じゃないと意味ないけどな。」
アーサーはシュラが部屋に入ったとき、上座で待ち構えていたから輪をかけて意味が無い。案の定、アーサーの尻で暖められた椅子のすわり心地は悪かった。
シュラとアーサーは机を挟まずに椅子に腰掛けて向かい合っていた。
「不肖の師匠に苦労させられたそうだね。可哀想に。」
「可哀想か! 私は助けられた恩もあったし、いろいろとあいつに対して思いだしたのもつい最近のことだし。それも私が勝手に思ってたりすることだし。かわいそがられる謂れはないんだけど。」
「そう思わなければ、やり切れないんだね。」
同情してくれるのはいいが、上から目線なのがむかつく。しかしこの程度は他のヴァチカン連中にも見られる傾向なので、まだ流せる範囲だった。
「君は今まで尽くす相手を間違えていたんだよ。」
私は藤本に尽くしてたっけ?
日本から来た女だというだけで、そんな演歌の文句のような人生を想像されても困る。シュラは寧ろラテン音楽のほうが好きだ。
「たはは……。」
「その困ったような笑い方、図星だね。」
他の発想は無いらしい。シュラは今日のところは挨拶だけなので早いとこ流して退散しようと思った。目の前でニコニコ笑っているアーサーは、ニコニコ笑いながらシュラの頭から足の先までを観察しているようだった。どうせこいつも男なんだから、挑発的な格好のシュラに何か思っているんだろう。
「君は――。」
ほらきたとシュラは思った。アーサーが口を開く。
「どころかしこもツルツルだ。腕毛もすね毛も無い。」
シュラは椅子から転げ落ちる。ついでに尻餅をついてしまった。
「いや一応自分女なんで、無駄毛の処理くらいは欠かしてないんですけど。」
「え? オレはやらないよ。ていうか、それ処理ってやつしてるんだ。」
「女は大抵無駄毛は剃ってるんですよ。だからツルツルなんっすよ!」
世間じゃあったほうが驚かれるんだぞとシュラは付け足した。アーサーはへえそうなのと言い掛けたが、途中で「そうだった」とわざとらしく頷く。
「任務で忙しくてちょっと一般知識を忘れていたよ。そうだよね。女はそうするよね。」
忘れてたんじゃなくて知らなかったんだろう。そしてそれを寸前で取り繕ったつもりなんだろう。というか、ある程度の経験がある男なら普通に知っているところだ。どう見ても思春期を過ぎて随分と経つだろうに、そんなことも知らないということは――。
「あんたは――」
上司に対してあんた呼ばわりはちょっとぞんざい過ぎると思ったが、他に呼びかける言葉が見つからない。
「うん。なんだい?」
シュラに何か追及されると思ったのか目が泳いでいる。
「あんた、女と付き合ったことないだろう。」
「………………うん。学校はずっと男子校だったし。ここに来てからも周りは男ばっかだったし。」
そうだろう。ねんごろになった女どころか、同じ所で衣食や勉強を共にした女もいそうにない。だから無駄毛の処理にいちいち驚いているんだ。シュラはだめもとでアーサーに問いかける。
「母親は? お姉さんとか、妹とかは?」
「してるとこ見たことないし。」
「そりゃそうだ。でも、なんか話じゃ聞かない?」
上司と部下の初顔合わせの話題が最低すぎる。いっそのこと自分の露出度の高い乳とか肌とか、太ももとか、これまた挑発的な色の髪に言及して欲しかったところだ。
アーサーは腕まくりをして自分の金色の産毛が生えた二の腕を撫でている。
「ありえねえ。しょっぱな無駄毛の話なんてありえねえだろ。」
「なんか言った?」
シュラは気を取り直して座ったまま最敬礼をする。
「失礼しました。最初からくだけすぎました。本日から私が貴方を補佐することになりました。」
「それは前もって聞いている。」
アーサーは捲くった腕を袖にしまって真剣な顔をした。
「君は歴戦の兵らしいから、期待しているよ。」
そういうふうに上から目線の偉そうなことを言っている姿を見たら、さっきまでの世間知らずっぷりが白昼夢に思えてくる。しかしここで型に嵌れるところが、この男にとって弱点になりかねないとシュラは考える。無邪気にして尊大。素材としては悪くない。ではやはりこの男をして小器か大器かを分けるのは、それにつく人間次第らしい。
ここは最初からがつんといくべきだろう。とりあえず、ある程度は鍛えないと。シュラは脳内の電卓を弾く。演算結果は予想以上に手が掛かかりそうな男だと出た。
やりがいがあるぜとシュラは不敵な笑みを浮かべた。つられて笑い返してくる男の胸倉をいきなりシュラは掴んで自分のほうに引き寄せた。
「な、なんだい?」
「部下として一つ要求していいか?」
「え? 何を?」
「早いうちに」
うんうんとアーサーは頷いている。素直。可愛い。でもそれじゃ駄目。シュラは断頭台のロープを切る言葉を吐く。
「童貞捨てて来い。」
アーサーは声もなくシュラの顔を凝視している。
「品行方正で経験値の少ない奴は悪魔に付け込まれやすい。何の経験かも問わずによ。その理屈は分かるよな。」
「君の言いたいことは理解している。でも相手がいないんだ。」
アーサーはシュラの顔を見つめ続けている。
「君がオレをどうにかしてくれるのかな?」
アーサーは期待しているような眼差しをシュラに向けた。
「甘えんじゃねえ!」
シュラは自分の片手でアーサーの両頬から顔を掴みあげる。どれだけ整った顔をしていても、これをされたらどんな人間でも間抜け面になってしまう。アーサーも例外じゃなかった。
「なんでもかんでもお膳立てしてもらえると思ったら大間違いだ。」
「でも自信ないよ。」
「堂々と、情けないことをはっきり言うな。ていうかお前の見てくれだったら、引っかかる女はいくらでもいる。あ、でも病気にだけは気をつけろよ。」
アーサーは再びうんうんと頷く。シュラはアーサーの顔を離してやる。もとどおりの整った顔に戻った。
「君は本心からオレに忠告してくれているんだね。今まで僕が知らなかったことを知るべきだと。ありがとう。」
本心と言えば本心なのかもしれないが、シュラはアーサーが言うほどに入れ込むつもりはなかった。というか、アーサーの言葉はいい話にしてそれで片付けてしまいかねないような気がしたので、シュラは改めて念を押す。
「童貞捨てて来い、つーのはマジ近日中にクリアして貰わなくちゃ困るんだからな。」
「えー。」
「えーじゃねえ。」
「だって、童貞捨てる前に経験しておくべきことが沢山あるような気がするけど。」
要するに恋のプロセスを踏んでそれに至るべきだと言いたいらしい。一般人ならそれは正論だが、悪魔を相手にする祓魔師としては、そんな良識に従ってもらっては困る。
「悪魔に付け込まれるって言っただろうが! これから私はお前をえげつない世界に引っ張りこんじまうんだから、童貞捨てることで躊躇されちゃ、この先やっていけねえぞ。今のままじゃ藤本超えるのに十年二十年じゃ全然足りねえんだよ。」
「藤本――。君の師匠の……。破天荒で、破廉恥で破戒者の聖騎士。」
アーサーは藤本の二つ名を呟く。
なんだこいつ。
シュラはアーサーの突然のわずかな変化に釘付けになる。豹変とまでとはいかないけれど、何かが明らかに違っている。その何かはシュラには分からない。アーサーに説明を求めても、アーサーは「わからない」としか言えないだろうから。
「オレは十年も二十年もかけてられない。だから君がオレの部下になったんだっけ。オレがこのざまじゃ、君がオレの隣にいる意味がない。――。わかった。やってみるよ。」
シュラは肩を竦める。
「突然なんだよ。」
「目が覚めただけだよ。」
アーサーは立って両手を広げる。そのままシュラをハグした。
「オレのことをよろしく頼むよ。シュラ。」
おいおいとシュラは呆れた。
「とにかくお前が聖騎士になるまでは、とことん付き合ってやるよ。」
「うん。嬉しいよ。」
シュラを抱きしめる腕に力が篭る。しかしそれにシュラは鼻白む。
「聖騎士になるまでだかんな。」
「えー?」
えー? じゃねえんだよとシュラはアーサーの腕から逃れると、その鼻先を指で弾いた。
シュラとアーサーの出会い編でした。これから若旦那と番頭の腐れ縁が始まります。
「青い夜から十年以上が過ぎて、聖職者や祓魔師の数もある程度は回復した。しかし、上級の資格を取れる人材はまだまだ不足傾向にある。そしてその上に立つ人間の候補となるともっと数が足りない状況だ。だからあの男に関しては、出自も経歴も度外視で聖騎士に任命してしまった事情がある。」
前置きからして藤本への敵意が窺えた。男は長い前置きの続きをまだ喋り続けている。
「あの男は実力はあるが、いまいちヴァチカンに従順とは言い難い。というのも、代々続いたどの家の出でもないし、祓魔師になった経緯も不透明だからだ。君が見切りを付けて日本からヴァチカンに来てくれたことは、当然の帰結かもしれない。」
自分の師匠をくそみそに言われてもシュラは眉一つ動かさない。当時のシュラはヴァチカン内で藤本の耄碌ぶりを、自分から同僚に愚痴っては憂さを晴らしていた。ヴァチカンのエリート連中は、何故かそんな弟子の憂鬱に深く同情してくれているような口ぶりだった。シュラの言葉を鵜呑みにすることで、藤本もたいしたことないと安心したかったのかもしれない。身内から、しかもたった一人ともいえる愛弟子から攻撃されるようでは、聖騎士としての高く評価される人望も疑わしいものだからだ。
目の前の偉いさんは藤本とそう歳の変わらない壮年の男で、ヴァチカン勤務と言っても、直接現場に立つことはなくお役所仕事をこなすような立場だった。いわゆる家庭で子供に尊敬されないタイプの父親といった感じだった。藤本とは真逆の。
「私こそ出自の知れない人間なんですが、そんな私に何を?」
勝手に同調してくるならともかく、それに付け込まれるつもりはシュラにはなかった。候補生からとんとん拍子に昇格した自分こそ、ヴァチカンにとってはキープしおきたい人材だろうが、幾ら今の藤本に反発しようが、権力者に良いように使われるのはごめん被りたいところだった。
それにこの男は、シュラが完璧に藤本に対して愛想を尽かしているからヴァチカンにいると思い込んでいるらしい。
シュラ自身は何かの場では口汚く藤本を罵ったこともあるが、それは未練の裏返しでもある。そういうふうに言わなければ、弟子以上に見てくれないツレナイ男に対する辛さを和らげることが出来なかったからだ。だから余計に激しい言葉で目の前にいない男のことを悪し様に言ってしまっていた。
『あのことも、言ってないし。』
藤本のブラックボックスとも言える、シュラへの頼みごとについての話は誰にもしていない。そこのところがまだ少しは藤本に対して期待しているところなんだろう。あの男が男を廃業するまでに、ひょっとしたら自分を女として見てくれるかもしれないと、ちょっとずれた希望を持ってしまうのだ。
そんなことより、目の前の胡散臭い話があった。
「アーサー・О・エンジェルという青年のことはもちろん知っているな?」
「祓魔師としての実力もあって、出自経歴ともに完璧。そしてヴァチカンへの忠誠も堅い。本当にヴァチカンの祓魔師の鑑みたいな男ですね。」
男はシュラの言葉に深く頷いているが、憂鬱そうに溜息をついた。
「しかしそんな彼も完璧とは言い難いんだよ。」
そうか?
シュラは首を傾げる。アーサーという男は、ヴァチカンが求める要素は全て揃っているようには見えるのに、何故そんなにこの偉いさんは暗い顔をしているんだろう。
「彼には君の元師匠で現聖騎士の藤本のような華やかな戦果とか戦歴が足りない。」
シュラは開いた口が塞がらない。それが秘蔵っ子の秘蔵っ子たる由縁だろうと心の中にツッコミを入れた。ヴァチカンにとって貴重な純粋培養だからこそ、雨風に当てず育ててきたんだろうに。いわゆる汚い現実と乖離させて完全潔白無菌状態で育てたんだろうに。
「それは年齢のこともありますから仕方ないでしょう。」
本当に表面を撫でただけの言い方を選んでシュラはさりげなく男のボケた言葉に反論する。しかし男は真剣な顔で、そうではないのだと言う。
「藤本は規格外な聖騎士とはいえ、ヴァチカン以外では支持率が異様に高い。人望もある。藤本が参加する作戦は異常に士気が高くなり、その結果、想定された以上の戦果を上げてくる。」
近頃の藤本に失望しているのは直接の弟子で、藤本の弱みを知っているシュラくらいだ。シュラが未練たらたらの藤本への悪口を言えるのは、藤本をあまり良く思っていない者が他より多い、総本山ヴァチカンにおいてしかない。他所でそんなことを言えば、村八分どころの扱いではないだろう。名家の出が統率している支部でも、悪魔に対する実行部隊の要員は先頭を切って戦う、飄々として人間味があって、それでいて実力は随一の藤本を賞賛する者も多い。
「藤本と並ぶ存在に今すぐしたいわけですね。そのエンジェルを。」
無茶すぎるとシュラは呆れた。
「どうかね?」
「正直言いますと、彼にとって酷だと思いますよ。」
「何故かね?」
そんなこともわからねえのかオッサンとシュラは溜息が漏れそうになった。現場を離れてそんな肥満した身体を揺すぶっているから、ヴァチカンの外の人間にとって理想の姿が藤本に取って変わられてしまうんだよと、心中で毒づく。
「まずさっき言ったように、年齢差と経験の差が歴然としすぎてます。そしてこれは私の想像上のことですが、アーサーという青年はあまりにも神の側に偏った物の見方をしているのではないでしょうか。上はそれを賞賛するでしょうが、下の現場の人間にとっては現実味が無さ過ぎて、ついていけないと考えかねません。戦い方にしても悪魔を知ろうとしないで、嫌悪の対象としているのみで対しているようでは、祓魔師としては甘いと考えます。」
敢えて歯に衣着せぬ率直な言葉を言ってみた。当然のように男の眉が歪む。小娘の言葉に反論したくて仕方ないだろうが、シュラの言うことが正論だと分かっているようだ。
シュラはこほんと咳払いした。
「あまりにも言いすぎました。しかし後半に言ったことは、経験で補うことは出来ると思います。あと十年か二十年すれば彼も藤本と同等か、それ以上になれると思います。確実に。」
「十年二十年じゃ遅すぎるんだよ。」
「まあそれまで藤本が聖騎士として健在である保証はないですよね。そして貴方もこれから十年二十年も藤本に対して苦々しい思いを抱えて、このヴァチカンに仕えているのも業腹でしょうし。」
アーサーより少しでも上の世代に藤本に対抗できる存在はいない。実力から考えて一番近いのはやはり直接の弟子であるシュラしかいない。しかしシュラも世代としては若すぎるし、藤本が危険視される要因となった出自と経歴の危うさを抱えている。つまりそういうことなのだろう。
「君がエンジェルを補佐して彼に手柄を与えてくれないか?」
「私が十年二十年の年月が必要な部分を補えと?」
きたー。シュラはなんともいえない気持ちになった。
あくまで一番手はアーサーにしたいらしい。当たり前の判断だ。おまけにこの男はアーサーの係累だ。身内びいきもいい加減にしろと怒鳴りたくなる。しかしそこは堪える。直属の上司がいなくて、ヴァチカンの中でふらふらしているばかりなので、シュラはやっつけ仕事ばかりで碌な作戦に従事したことがなかった。そこに目を付けられたとしたら、自分の不徳の為せる業としか言いようが無い。
それでもすぐに返事をするわけにはいかない。
「少し考えさせて……」
「悪くない話だと思うのだがね。」
今までの長ったらしい前置きだとか解説が関係なくなるほどの強引な畳みかけだった。何が悪くない話だとシュラは思った。要はアーサーの踏み台になれと言ってきている。よっぽど自分は野心が無いとか、献身も厭わないとか、好き勝手な想像を膨らまされているらしい。このたれ目で挑発的な格好をしている女が、どうしてそんなふうなお人よしに見えるんだろうか? やはり藤本の弟子だったことが尾を引いているのだろうか。
「えー。今決心しますから、ちょっと私のために言って欲しいことがあるんですけど?」
「何かね?」
シュラは景気づけにお願いしますと言って、男に頼んだ。
「私の不肖の師匠の悪口を思いつく限り言ってくれませんか。」
「お安い御用だよ。」
本当にお安い御用だったらしい。シュラの今まで重ねてきた藤本への罵詈雑言はやはり、愛情の裏返しとしか思えなかった。男の口からはいやらしくて辛辣で嫉ましくて堪らないというような呪いの言葉が次々と溢れかえってきた。
* * *
本日はお日柄も良くと言うのではないのだろうが、あの偉いさんに承諾の返事をしたその翌日にアーサーその人からシュラは呼び出されてしまった。これは業務内に入るのかと件の偉いさんに問いかけてみた。偉いさんは無言のまま辞令の紙を差し出した。そしてシュラは仕方なくエンジェル家の門をくぐった。
アーサーの私室だという部屋に通された。初回から露骨過ぎる案内だった。
「やあ君かい。」
歯切れが良くて爽やかな挨拶だった。うざいくらいに。しかし見るからに素直なので好感は持てる。
「はじめましてぇ。霧隠ぇシュラぁ、とぉ言いますぅ。」
巻き舌でわざとむかつかせる名乗りをしてみた。これに対する反応でたいていは相手がどんな奴か判断できる。滅多なことじゃやらかさないけれど。
「緊張しているのかい? ここで座って楽にしていいから。」
アーサーは自分が座っていた椅子から立ち上がってシュラに譲る。そして自分はその向かいに部屋の隅から椅子を引っ張ってきて座った。シュラは部屋を見回して「あー」と思った。
アーサーが座っていたのは部屋の奥がわ、つまり上座かとシュラは変に納得する。
「日本風の作法はこれでよかったよな?」
「座敷じゃないと意味ないけどな。」
アーサーはシュラが部屋に入ったとき、上座で待ち構えていたから輪をかけて意味が無い。案の定、アーサーの尻で暖められた椅子のすわり心地は悪かった。
シュラとアーサーは机を挟まずに椅子に腰掛けて向かい合っていた。
「不肖の師匠に苦労させられたそうだね。可哀想に。」
「可哀想か! 私は助けられた恩もあったし、いろいろとあいつに対して思いだしたのもつい最近のことだし。それも私が勝手に思ってたりすることだし。かわいそがられる謂れはないんだけど。」
「そう思わなければ、やり切れないんだね。」
同情してくれるのはいいが、上から目線なのがむかつく。しかしこの程度は他のヴァチカン連中にも見られる傾向なので、まだ流せる範囲だった。
「君は今まで尽くす相手を間違えていたんだよ。」
私は藤本に尽くしてたっけ?
日本から来た女だというだけで、そんな演歌の文句のような人生を想像されても困る。シュラは寧ろラテン音楽のほうが好きだ。
「たはは……。」
「その困ったような笑い方、図星だね。」
他の発想は無いらしい。シュラは今日のところは挨拶だけなので早いとこ流して退散しようと思った。目の前でニコニコ笑っているアーサーは、ニコニコ笑いながらシュラの頭から足の先までを観察しているようだった。どうせこいつも男なんだから、挑発的な格好のシュラに何か思っているんだろう。
「君は――。」
ほらきたとシュラは思った。アーサーが口を開く。
「どころかしこもツルツルだ。腕毛もすね毛も無い。」
シュラは椅子から転げ落ちる。ついでに尻餅をついてしまった。
「いや一応自分女なんで、無駄毛の処理くらいは欠かしてないんですけど。」
「え? オレはやらないよ。ていうか、それ処理ってやつしてるんだ。」
「女は大抵無駄毛は剃ってるんですよ。だからツルツルなんっすよ!」
世間じゃあったほうが驚かれるんだぞとシュラは付け足した。アーサーはへえそうなのと言い掛けたが、途中で「そうだった」とわざとらしく頷く。
「任務で忙しくてちょっと一般知識を忘れていたよ。そうだよね。女はそうするよね。」
忘れてたんじゃなくて知らなかったんだろう。そしてそれを寸前で取り繕ったつもりなんだろう。というか、ある程度の経験がある男なら普通に知っているところだ。どう見ても思春期を過ぎて随分と経つだろうに、そんなことも知らないということは――。
「あんたは――」
上司に対してあんた呼ばわりはちょっとぞんざい過ぎると思ったが、他に呼びかける言葉が見つからない。
「うん。なんだい?」
シュラに何か追及されると思ったのか目が泳いでいる。
「あんた、女と付き合ったことないだろう。」
「………………うん。学校はずっと男子校だったし。ここに来てからも周りは男ばっかだったし。」
そうだろう。ねんごろになった女どころか、同じ所で衣食や勉強を共にした女もいそうにない。だから無駄毛の処理にいちいち驚いているんだ。シュラはだめもとでアーサーに問いかける。
「母親は? お姉さんとか、妹とかは?」
「してるとこ見たことないし。」
「そりゃそうだ。でも、なんか話じゃ聞かない?」
上司と部下の初顔合わせの話題が最低すぎる。いっそのこと自分の露出度の高い乳とか肌とか、太ももとか、これまた挑発的な色の髪に言及して欲しかったところだ。
アーサーは腕まくりをして自分の金色の産毛が生えた二の腕を撫でている。
「ありえねえ。しょっぱな無駄毛の話なんてありえねえだろ。」
「なんか言った?」
シュラは気を取り直して座ったまま最敬礼をする。
「失礼しました。最初からくだけすぎました。本日から私が貴方を補佐することになりました。」
「それは前もって聞いている。」
アーサーは捲くった腕を袖にしまって真剣な顔をした。
「君は歴戦の兵らしいから、期待しているよ。」
そういうふうに上から目線の偉そうなことを言っている姿を見たら、さっきまでの世間知らずっぷりが白昼夢に思えてくる。しかしここで型に嵌れるところが、この男にとって弱点になりかねないとシュラは考える。無邪気にして尊大。素材としては悪くない。ではやはりこの男をして小器か大器かを分けるのは、それにつく人間次第らしい。
ここは最初からがつんといくべきだろう。とりあえず、ある程度は鍛えないと。シュラは脳内の電卓を弾く。演算結果は予想以上に手が掛かかりそうな男だと出た。
やりがいがあるぜとシュラは不敵な笑みを浮かべた。つられて笑い返してくる男の胸倉をいきなりシュラは掴んで自分のほうに引き寄せた。
「な、なんだい?」
「部下として一つ要求していいか?」
「え? 何を?」
「早いうちに」
うんうんとアーサーは頷いている。素直。可愛い。でもそれじゃ駄目。シュラは断頭台のロープを切る言葉を吐く。
「童貞捨てて来い。」
アーサーは声もなくシュラの顔を凝視している。
「品行方正で経験値の少ない奴は悪魔に付け込まれやすい。何の経験かも問わずによ。その理屈は分かるよな。」
「君の言いたいことは理解している。でも相手がいないんだ。」
アーサーはシュラの顔を見つめ続けている。
「君がオレをどうにかしてくれるのかな?」
アーサーは期待しているような眼差しをシュラに向けた。
「甘えんじゃねえ!」
シュラは自分の片手でアーサーの両頬から顔を掴みあげる。どれだけ整った顔をしていても、これをされたらどんな人間でも間抜け面になってしまう。アーサーも例外じゃなかった。
「なんでもかんでもお膳立てしてもらえると思ったら大間違いだ。」
「でも自信ないよ。」
「堂々と、情けないことをはっきり言うな。ていうかお前の見てくれだったら、引っかかる女はいくらでもいる。あ、でも病気にだけは気をつけろよ。」
アーサーは再びうんうんと頷く。シュラはアーサーの顔を離してやる。もとどおりの整った顔に戻った。
「君は本心からオレに忠告してくれているんだね。今まで僕が知らなかったことを知るべきだと。ありがとう。」
本心と言えば本心なのかもしれないが、シュラはアーサーが言うほどに入れ込むつもりはなかった。というか、アーサーの言葉はいい話にしてそれで片付けてしまいかねないような気がしたので、シュラは改めて念を押す。
「童貞捨てて来い、つーのはマジ近日中にクリアして貰わなくちゃ困るんだからな。」
「えー。」
「えーじゃねえ。」
「だって、童貞捨てる前に経験しておくべきことが沢山あるような気がするけど。」
要するに恋のプロセスを踏んでそれに至るべきだと言いたいらしい。一般人ならそれは正論だが、悪魔を相手にする祓魔師としては、そんな良識に従ってもらっては困る。
「悪魔に付け込まれるって言っただろうが! これから私はお前をえげつない世界に引っ張りこんじまうんだから、童貞捨てることで躊躇されちゃ、この先やっていけねえぞ。今のままじゃ藤本超えるのに十年二十年じゃ全然足りねえんだよ。」
「藤本――。君の師匠の……。破天荒で、破廉恥で破戒者の聖騎士。」
アーサーは藤本の二つ名を呟く。
なんだこいつ。
シュラはアーサーの突然のわずかな変化に釘付けになる。豹変とまでとはいかないけれど、何かが明らかに違っている。その何かはシュラには分からない。アーサーに説明を求めても、アーサーは「わからない」としか言えないだろうから。
「オレは十年も二十年もかけてられない。だから君がオレの部下になったんだっけ。オレがこのざまじゃ、君がオレの隣にいる意味がない。――。わかった。やってみるよ。」
シュラは肩を竦める。
「突然なんだよ。」
「目が覚めただけだよ。」
アーサーは立って両手を広げる。そのままシュラをハグした。
「オレのことをよろしく頼むよ。シュラ。」
おいおいとシュラは呆れた。
「とにかくお前が聖騎士になるまでは、とことん付き合ってやるよ。」
「うん。嬉しいよ。」
シュラを抱きしめる腕に力が篭る。しかしそれにシュラは鼻白む。
「聖騎士になるまでだかんな。」
「えー?」
えー? じゃねえんだよとシュラはアーサーの腕から逃れると、その鼻先を指で弾いた。
シュラとアーサーの出会い編でした。これから若旦那と番頭の腐れ縁が始まります。
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