幸福雑音
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☆ss『カンチガイ』伊雑、相変わらずのよれよれ
「――ですから。僕の同室の留三郎って野郎のことなんですけどね。月の綺麗な夜に僕が雑渡さんを偲んでいたんですよ。そうしたら無粋にもあの野郎は衝立越しから声を掛けてくるわ、自分の恋愛事情を愚痴ってくるわ。終いには一緒になって思う相手を偲ぼうぜってことになってしまったんですよ。」
ここはある街道にある小さな茶屋だった。忍術学園の生徒と、タソガレドキ関係者がどちらも通ることの少ない街道だったので、伊作と雑渡はここの常連客になっている。菓子がそこらの茶屋より小振りだが上等で、茶器も可愛いと町の娘にも評判だった。だからこそ、この男二人の常連客の浮きぶりはものすごいものがあった。しかし伊作も雑渡も、もともとそんなことを気にするような人種ではなかった。
伊作が雑渡に語るのは数日前の夜の愚痴だった。雑渡は頬に手を当ててそうなのとか細い声で相槌を打っている。伊作は雑渡のことを偲んでいたと言葉ではきれいに誤魔化しているが、ぶっちゃけ伊作がしていたのは身も蓋もない言い方をすれば、オ●ニーという行為で、月が綺麗だとかというのは唯の飾り文句だった。別に月があろうがなかろうが特に関係ないが、そういった方がかっこいいと思い込んでいるのが伊作の年頃である。
「僕もあいつに結局は同情したわけなんですが。だけど後から考えればそこまで親身になる必要なんかなかったなって。我ながらなんてお人よしなんだろうと呆れましたよ。まあ所詮奴は僕と違って童貞野郎ですから。」
伊作が言うところの一緒になってとは、連れションよろしくマスの掻きあいっこをしていたということだ。そんなふうに同室者を引き合いに出して、主張しなくても良い優越感を誇っている伊作だった。まさに団栗の背比べとか、目くそ鼻くそのレベルである。
「そうだね……」
伊作は自分勝手に結論をまとめたところで、雑渡の顔色が少し悪いことに気がついた。そういえばこの茶屋に来てから、雑渡は茶以外のものには口を付けていないし、伊作への相槌も曖昧というかおざなりなところもあった。
「雑渡さん。もしかして体調でも悪いんですか?」
伊作は保健委員として自負があったつもりだが、愚痴の夢中になってしまった自分が恥ずかしくなる。よくよく見ればやはりいつもの雑渡じゃない。声はか細いし目は寂しそうというか悲しげだし。もしかしたら体調じゃなく気持ちの問題なのかもしれない。
そこで伊作ははっとした。もしかしたらこの人は今日、ここで、別れ話とか言い出すつもりだったのか。
「雑渡さん。今の僕に不満があるなら言って下さい。」
「違う。そんなの、ない。」
やはり消え入りそうな声で雑渡は言う。言葉では伊作の問いを打ち消しているが、またもや伊作は自分の悪い想像を発展させた。
『無い……って。もはや取り付く島もないのか? 至らないところを修正しても無駄と思われているのか? それほどに気持ちが冷めてしまっているということか?』
伊作の顔が青くなって、色を失った唇をわなわなと震わせている。思わず雑渡の袖を引いて雑渡を無理やり自分のほうを向かせる。そして、その覆面と包帯に包まれた頬に手を伸ばした。
「!」
ふいに雑渡が伊作の横から消えた。慌てて見渡すと茶屋から三間離れた先に佇んでいる。そして伊作に泣きそうな顔を向けながらふるふると首を振った。
伊作は腰掛の上に雑に茶代を置き、雑渡のもとに駆け寄る。そして今度こそは逃がさないように雑渡の手首を掴む。
「雑渡さん! 僕は絶対あなたと別れません。」
雑渡は困り果てたように首を傾げている。
「貴方にとっては食い足りない、たかが十五の若造かもしれませんが。僕にとって貴方は掛け替えのない人なんです。今はいろいろと不平不満があるかもしれません。でも長い目で見れば、貴方を失望させたままで終わらせません。だから、もう少し待って貰えませんか?」
雑渡はまたもふるふると首を振る。その目にはうっすらと涙が溜まっていた。
『泣くほど嫌なのか。僕のこと。今までのラブラブは、僕がそう思い込んでいただけなのか。ただの一人芝居の夢芝居だったのか? そんな。そんな。余りにも残酷だ。』
伊作は目の前が闇に覆われそうになった。思わず足元がぐらついてしまいそうになる寸前――。
「痛い……。伊作くん。」
「痛い?」
雑渡の訴えに伊作は意識を取り戻す。それは冷静な医者の顔だった。
「痛いのはどこなんですか?」
「歯。」
「口を開けてみて下さい。」
雑渡はおずおずと覆面と包帯ずらして口を開く。伊作はその口の中を覗き込んだ。
「あー…。親知らずにでかい穴空いてますよ。そりゃ痛いでしょうねえ。これ、どんだけほったらかしにしてたんですか?」
雑渡は伊作に言い返そうとするが、歯の痛みで何も言えない。
「雑渡さん。今すぐ忍術学園の保健室に直行ですよ。その虫歯を抜きましょう。」
伊作に捕まえられている雑渡の身体が硬直する。
「抜いてしまえば楽なんですよ。どうせ親知らずなんですから。他の歯に虫歯が移らない内にやってしまいますよ。」
雑渡は今度は駄々をこねるように思い切り首を振り、か細い声で反論する。
「抜いたら痛いんじゃない……。」
「抜かないとずっと痛いですよ。」
「でも僕は忍術学園じゃあ曲者だし。」
「今回ばかりは貴方は一刻を争う治療の必要な人です。誰にも文句は言わせませんよ。」
雑渡は見た目にも分かるように肩を落として、小さな声で伊作に懇願の言葉を吐く。
「優しくして。痛くしないでね?」
「うっ。」
伊作はまさかの言い回しに心臓を打ち抜かれた。しかし寸でのところで医者の顔を崩さずに済んだ。
「良い子にしていれば、優しくしてあげます。いいですね?」
雑渡はうんと、子どものように頷いた。
雑渡さんの虫歯の原因は梅干の種を奥歯で割ったとき、親知らずが欠けたまま放置したからです。雑渡さんの泣くところを書いてみたかった。
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忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
柴はツイッターもしています。http://twitter.com/#!/hitsugi12
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