幸福雑音
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☆ss「Esperanza-きんぞうモンキー-」蝮←柔造←金造。「まむしスネーク」の後日談
金造が柔造の蝮への感情を聞かされて二週間後の雨の降る夕方、金造は正十字騎士団京都出張所深部の事務所に立ち寄った。一番隊隊長の宝生蝮が折りしも帰り支度をしていた。真面目で遅くまで残る癖のある蝮には珍しいことだった。
カレンダーを見てみる。六月四日。蝮の誕生日だった。金造は納得した。
「よお。蝮…………はんっ。」
「なんやその鳴き声は。」
「蝮はん言うたんやないか。」
蝮は煩そうに目の前の金造を見据える。京都出張所の事務所の出入り口でまた志摩と宝生が喧嘩かと、明陀出身ではない祓魔師が足早に避難し始めている。屋内でキリクを振り回されたり、蛇を召喚されたりしての大騒ぎに巻き込まれたくないからだ。身内で構成される組織の困ったところだった。
「金造。私に何か用があるん?」
今日の蝮はしかし機嫌がいいらしい。外がざんざん降りの雨だからだろうか。事務所の中は薄暗い。節約のためなのか、深部一番隊隊長の習性からかは分からないが、蛍光灯ぐらいつけてばいいんじゃないかと金造は思った。
しかし今は、そんなことは今は気にしないほうがいい。
「用言うんやないんやけど。お前から柔兄への伝言ちゃんと伝えといたから。」
「伝言言うて、二週間くらい前やないか。」
「だから事後報告や。ていうかお前なあ、幾ら俺におおきに言うといて言うても、毎日柔兄と一日一回くらいは顔合わしとんやろ。直接本人にも言うんが筋やないか。」
年上相手に説教じみたことを言うつもりはなかったが、柔造がほのかに気がある女かと思うと胸がムカムカして言わずにはいられなかった。
「それは私かて失礼やなと思ったけど。何回も言うのもなあ。しつこいんやないか。」
蝮はきょとんとしている。蝮は実際には柔造には何もツッコミを入れられていない。それを彼女も了承している。しかし何故か五つ下の柔造の弟に、二週間前の前の至らない自分を無意味に責められる理由が分からない。
金造は今日に限っては自分のヒステリックな言動に対して反応が薄い蝮に、拍子抜けの感じがして余計にストレスを募らせる。
「金造?」
「まあ、ええ。」
金造は辺りを見回す。就業時間が過ぎているので周りに無関係な人間はいない。所属の違う男と女が同じオフィスで仕事後に二人きりという状況は、普通ならその二人はただの仲ではないと勘繰られてもおかしくは無いだろうが、志摩と宝生ではその恋愛構図は想像しにくい。お互いに何か因縁をつけているんだろうと思われるのが関の山だ。現に金造は蝮に対して結構挑発的なことを言ってしまっていたが、今回の蝮はよっぽど機嫌がいいのかそれに乗ってこない。
金造はここ二週間のもやもやをここで晴らすために、蝮に問いかけてみる。
「まあ、ええわ。ほんで、蝮…はん。あんたに訊きたいんやけどなあ。あんた、俺に、おねえはんって呼ばれる気ある?」
「なんで赤の他人の申に姉扱いされんとあかんのん。それにおねえはんなら、志摩にもおるやろ。」
「ああもう! じれったいし鈍いんじゃあ。義理のおねえはんになる気があるんかって訊いとるんや。」
はあ? 蝮の甲高い疑問の声が廊下に木霊する。
「柔造か、あんたの一つ上のお兄が、うちの婿に来るいうことなんか? そないな話、父様から聞いた覚え無いんやけど。」
「どっちもやらんわい! お前がうちに来るんや。強いて言えば柔兄の嫁に!」
蝮は胸の前で両手を振っている。
「はあ? 私かて跡取りやの知っとるやろ?」
「はあはあ言うな。お前ら姉妹どれも似たようなもんやから、錦や青に跡取りの座を譲ってもええやろ。」
そのとき蝮は誰にも、親にも、姉妹にも打ち明けずに、胸に秘めていた秘密が胸を過ぎった。藤堂三郎太に示唆された明陀の後ろ暗い側面について知っているのは、今のところ自分だけだ。そして、いずれは自分が単独行動でそれをどうにかしようと思っている。
そうすれば当然、自分は今確定している跡取りの資格を失うだろう。つまり妹たちのどちらかが宝生の跡取りになる。遅かれ早かれ、そうなる。
しかしそれは今、金造に言われてわずかに自覚したに過ぎない。今はまだ跡取りの重圧から逃げるつもりはないし、それを他人に言うなど愚の骨頂だと性格が一途な蝮でも判断がついた。
「あほらし。」
「あほらしとはなんや。」
「私は柔造の嫁になるつもりはあらへんわ。大体、柔造もそんな気ないやろ。それをあんたが騒ぎ立ててどうなるん?」
「それは……そう、やけど。」
当人同士はそんな気を微塵も見せていないのに、身内でありながらも外野である金造が一人騒いでいるのが今の現状だ。アホみたいだと言われて当然だった。
「金造。あんたが何焦っとるんかは知らんけど、私は柔造にそんな気は全然あらへんから。」
金造はこの言葉が決定打なのかとイラつきながらも少しほっとする。その溜息から何か察したらしい蝮は、いつになく優しい口調で呟く。
「志摩と宝生が手を取って勝呂の本家を盛り立てるのはええ思うよ。」
仲の悪い両家が協力し合えば明陀にとっても重畳だ。しかし金造は、蝮の言い草に違和感を感じていた。そしてまた蝮が口を開く。
「ほんでも、そしたら柔造にはうちの妹のどっちかを嫁にして、そっちのあんたの一つ上のお兄を私の婿にすればええんやないかな? うん。それやったら、どっちも跡取りが家を出ていかんで済むやろ。」
あほお! 全っ然わかっとらへん!
金造が吼える。声の限り。
「誰が政略結婚の話しとんや。お前の妹が代わりになるはずあらへん。だって柔兄がずっと気にしとんのは、お前だけや!」
蝮はもうその表情しか出来ないのかというくらいの、あっけに取られて開いた口が塞がらないという顔をしている。本当にこの女は柔兄に対してなんも思うところが無いんやなと金造は確信する。
「柔兄のなんが不満言うんや。柔兄、おなごはんにはモテモテやぞ。お前は高校の時にそれ見とったやろ。」
「それは、柔造にモテ期が来とったんやと思っとった。ほれ、人生に何回か来るアレかなあっと。」
「違うわ! 柔兄は俺が物心つく頃からずっとモテモテや。お前こそ今自分がモテ期やと思ったことあるんか?」
「私はまだ来てないと思ってるし。」
金造は蝮の淡々とした言い方に余計に頭にくる。雨が降っていることといい、蝮が挑発に乗ってこないことといい、あくまでこの口論は自分が暴走しているだけなことといい、何一つ金造にとっていいことがない。
「お前はピット器官で物見てるんかい! お前迎えに行った時に、柔兄あんなにソワソワしとったのに。」
「そうやったかな?」
「バックミラーとかでお前の余所行き姿チラチラ見とったとか。」
「私は初心者の運転が怖くてそれどころやなかったから。」
「なんでそんな時に限って常識人な感覚なんや。ていうか柔兄は安全運転の優良ドライバーや。」
「そうやな。信号も黄色で止まっとったなあ。偉い思うたわあ。それに比べて無理やり前に割り込んできた黒のステラにはむかついたなあ。あれも初心者やったなあ。」
「そんなスバルのマイナーな車の車種のことは思い出せて――。」
金造はぜえぜえと息を吐いている。横入りした車ほども気にされていない柔兄が可哀想で可哀想で仕方が無かった。しかし蝮は柔造の安全運転だけは素直に褒めてくれた。こういう妙なポイントを押さえてくれるところが余計に金造をむかつかせる。
「もう柔兄を振り回さんで欲しいわ。」
「別に振り回しとるつもりは無いんやけど。いうか、私いつあいつ振り回すようなこと言った?」
それは本当のことだった。蝮が柔造に対して思わせぶりなことを言ったりやらかした事実は、客観的にはない。勝手に柔造が振り回されているし、それを見て金造が腹を立てているだけだ。金造がやけくそになって言う。
「ほんなら態度で表せ。」
「いつもとはいわんけど、ある程度は喧嘩しとるやん。」
もう蝮にはどうしていいか分からない。喧嘩以外にどうしろというのだろうか。
金造にとっては柔兄の喧嘩腰は、好きな子ほどとか、可愛さあまっての領域であることを、近くいて感じている。そんな柔造に蝮は、まるで意識もくそもないような嫌味を機械的に返しているんだろう。
幼馴染の近すぎる距離とか、お互いが跡取りだとか、家同士が仲が悪いとか、祓魔師だとか、蝮が柔造に対して鈍くなる原因が沢山あるのも金造は知っている。
百歩譲って思ったことだが、蝮はまだ柔造への気持ちを気づいてないだろうとか思ったが、仮にそんな気持ちがあって気づくとしても、この女にとっては十年単位の遥か未来のことだろう。そんな気の遠くなるような未来まで金造は柔造を待ちぼうけさせたくなかった。
そしてこの女への思いを打ち切らせることが正義のようであり、互いにとって良い事だと金造は思うようになってきた。金造は外の雨の音に耳を澄ませる。それが自分に決断を促しているようだった。
「蝮。今からうちの家に来てくれん。柔兄もう帰ってきとる頃やから。そこではっきりさせようや。」
蝮はこの金造についていかなかったら、余計に事がこじれると思って仕方なく頷いた。
「蝮。柔兄にメールせえ。車で迎えに来て欲しいって。」
「迷惑やないの? 私は傘持っとるし、歩いて行ってもええんやけど。」
金造はきっと蝮を睨む。いつもなら難なく見返せるその目つきなのに、何故かこの時ばかりはその目に威圧されてしまった。
「引導を渡す男に、最後の我侭言ったれや。」
「わ、わかったわ。……打てばええんやろ。――済まないんやけど、ちょっと車で迎えに来て欲しいです。ごめんなさい。蝮。……これでええ?」
「ええことにしたるわ。」
今日が誕生日。特別な日にメールで呼び出された柔造は、多分ウキウキしながら車を走らせることだろう。でも今日が最後だ。
蝮は相変わらずわけがわからないとブツブツ言いながら柔造を待っている。この女になんとも思われてないと告げられる兄の心中を思うと気の毒どころの騒ぎではないが、そんなのはこんな女を好きになった柔造が悪いのだと言い聞かせる。だから自分も報いを受けようと金造は思った。
この女に柔造が振られたあと、自分も兄に告白して玉砕してやろうと誓った。
京の町にまだまだ雨は降り続いていた。
誕生日なのに何故か災難な蝮ちゃんでした。このあと柔造と蝮は心置きなく喧嘩するトムとジェリーのような関係になります。そしてその晩の出来事は志摩さんちでは「六四事件」と語られます。
金造の告白については、また機会がありましたら。
カレンダーを見てみる。六月四日。蝮の誕生日だった。金造は納得した。
「よお。蝮…………はんっ。」
「なんやその鳴き声は。」
「蝮はん言うたんやないか。」
蝮は煩そうに目の前の金造を見据える。京都出張所の事務所の出入り口でまた志摩と宝生が喧嘩かと、明陀出身ではない祓魔師が足早に避難し始めている。屋内でキリクを振り回されたり、蛇を召喚されたりしての大騒ぎに巻き込まれたくないからだ。身内で構成される組織の困ったところだった。
「金造。私に何か用があるん?」
今日の蝮はしかし機嫌がいいらしい。外がざんざん降りの雨だからだろうか。事務所の中は薄暗い。節約のためなのか、深部一番隊隊長の習性からかは分からないが、蛍光灯ぐらいつけてばいいんじゃないかと金造は思った。
しかし今は、そんなことは今は気にしないほうがいい。
「用言うんやないんやけど。お前から柔兄への伝言ちゃんと伝えといたから。」
「伝言言うて、二週間くらい前やないか。」
「だから事後報告や。ていうかお前なあ、幾ら俺におおきに言うといて言うても、毎日柔兄と一日一回くらいは顔合わしとんやろ。直接本人にも言うんが筋やないか。」
年上相手に説教じみたことを言うつもりはなかったが、柔造がほのかに気がある女かと思うと胸がムカムカして言わずにはいられなかった。
「それは私かて失礼やなと思ったけど。何回も言うのもなあ。しつこいんやないか。」
蝮はきょとんとしている。蝮は実際には柔造には何もツッコミを入れられていない。それを彼女も了承している。しかし何故か五つ下の柔造の弟に、二週間前の前の至らない自分を無意味に責められる理由が分からない。
金造は今日に限っては自分のヒステリックな言動に対して反応が薄い蝮に、拍子抜けの感じがして余計にストレスを募らせる。
「金造?」
「まあ、ええ。」
金造は辺りを見回す。就業時間が過ぎているので周りに無関係な人間はいない。所属の違う男と女が同じオフィスで仕事後に二人きりという状況は、普通ならその二人はただの仲ではないと勘繰られてもおかしくは無いだろうが、志摩と宝生ではその恋愛構図は想像しにくい。お互いに何か因縁をつけているんだろうと思われるのが関の山だ。現に金造は蝮に対して結構挑発的なことを言ってしまっていたが、今回の蝮はよっぽど機嫌がいいのかそれに乗ってこない。
金造はここ二週間のもやもやをここで晴らすために、蝮に問いかけてみる。
「まあ、ええわ。ほんで、蝮…はん。あんたに訊きたいんやけどなあ。あんた、俺に、おねえはんって呼ばれる気ある?」
「なんで赤の他人の申に姉扱いされんとあかんのん。それにおねえはんなら、志摩にもおるやろ。」
「ああもう! じれったいし鈍いんじゃあ。義理のおねえはんになる気があるんかって訊いとるんや。」
はあ? 蝮の甲高い疑問の声が廊下に木霊する。
「柔造か、あんたの一つ上のお兄が、うちの婿に来るいうことなんか? そないな話、父様から聞いた覚え無いんやけど。」
「どっちもやらんわい! お前がうちに来るんや。強いて言えば柔兄の嫁に!」
蝮は胸の前で両手を振っている。
「はあ? 私かて跡取りやの知っとるやろ?」
「はあはあ言うな。お前ら姉妹どれも似たようなもんやから、錦や青に跡取りの座を譲ってもええやろ。」
そのとき蝮は誰にも、親にも、姉妹にも打ち明けずに、胸に秘めていた秘密が胸を過ぎった。藤堂三郎太に示唆された明陀の後ろ暗い側面について知っているのは、今のところ自分だけだ。そして、いずれは自分が単独行動でそれをどうにかしようと思っている。
そうすれば当然、自分は今確定している跡取りの資格を失うだろう。つまり妹たちのどちらかが宝生の跡取りになる。遅かれ早かれ、そうなる。
しかしそれは今、金造に言われてわずかに自覚したに過ぎない。今はまだ跡取りの重圧から逃げるつもりはないし、それを他人に言うなど愚の骨頂だと性格が一途な蝮でも判断がついた。
「あほらし。」
「あほらしとはなんや。」
「私は柔造の嫁になるつもりはあらへんわ。大体、柔造もそんな気ないやろ。それをあんたが騒ぎ立ててどうなるん?」
「それは……そう、やけど。」
当人同士はそんな気を微塵も見せていないのに、身内でありながらも外野である金造が一人騒いでいるのが今の現状だ。アホみたいだと言われて当然だった。
「金造。あんたが何焦っとるんかは知らんけど、私は柔造にそんな気は全然あらへんから。」
金造はこの言葉が決定打なのかとイラつきながらも少しほっとする。その溜息から何か察したらしい蝮は、いつになく優しい口調で呟く。
「志摩と宝生が手を取って勝呂の本家を盛り立てるのはええ思うよ。」
仲の悪い両家が協力し合えば明陀にとっても重畳だ。しかし金造は、蝮の言い草に違和感を感じていた。そしてまた蝮が口を開く。
「ほんでも、そしたら柔造にはうちの妹のどっちかを嫁にして、そっちのあんたの一つ上のお兄を私の婿にすればええんやないかな? うん。それやったら、どっちも跡取りが家を出ていかんで済むやろ。」
あほお! 全っ然わかっとらへん!
金造が吼える。声の限り。
「誰が政略結婚の話しとんや。お前の妹が代わりになるはずあらへん。だって柔兄がずっと気にしとんのは、お前だけや!」
蝮はもうその表情しか出来ないのかというくらいの、あっけに取られて開いた口が塞がらないという顔をしている。本当にこの女は柔兄に対してなんも思うところが無いんやなと金造は確信する。
「柔兄のなんが不満言うんや。柔兄、おなごはんにはモテモテやぞ。お前は高校の時にそれ見とったやろ。」
「それは、柔造にモテ期が来とったんやと思っとった。ほれ、人生に何回か来るアレかなあっと。」
「違うわ! 柔兄は俺が物心つく頃からずっとモテモテや。お前こそ今自分がモテ期やと思ったことあるんか?」
「私はまだ来てないと思ってるし。」
金造は蝮の淡々とした言い方に余計に頭にくる。雨が降っていることといい、蝮が挑発に乗ってこないことといい、あくまでこの口論は自分が暴走しているだけなことといい、何一つ金造にとっていいことがない。
「お前はピット器官で物見てるんかい! お前迎えに行った時に、柔兄あんなにソワソワしとったのに。」
「そうやったかな?」
「バックミラーとかでお前の余所行き姿チラチラ見とったとか。」
「私は初心者の運転が怖くてそれどころやなかったから。」
「なんでそんな時に限って常識人な感覚なんや。ていうか柔兄は安全運転の優良ドライバーや。」
「そうやな。信号も黄色で止まっとったなあ。偉い思うたわあ。それに比べて無理やり前に割り込んできた黒のステラにはむかついたなあ。あれも初心者やったなあ。」
「そんなスバルのマイナーな車の車種のことは思い出せて――。」
金造はぜえぜえと息を吐いている。横入りした車ほども気にされていない柔兄が可哀想で可哀想で仕方が無かった。しかし蝮は柔造の安全運転だけは素直に褒めてくれた。こういう妙なポイントを押さえてくれるところが余計に金造をむかつかせる。
「もう柔兄を振り回さんで欲しいわ。」
「別に振り回しとるつもりは無いんやけど。いうか、私いつあいつ振り回すようなこと言った?」
それは本当のことだった。蝮が柔造に対して思わせぶりなことを言ったりやらかした事実は、客観的にはない。勝手に柔造が振り回されているし、それを見て金造が腹を立てているだけだ。金造がやけくそになって言う。
「ほんなら態度で表せ。」
「いつもとはいわんけど、ある程度は喧嘩しとるやん。」
もう蝮にはどうしていいか分からない。喧嘩以外にどうしろというのだろうか。
金造にとっては柔兄の喧嘩腰は、好きな子ほどとか、可愛さあまっての領域であることを、近くいて感じている。そんな柔造に蝮は、まるで意識もくそもないような嫌味を機械的に返しているんだろう。
幼馴染の近すぎる距離とか、お互いが跡取りだとか、家同士が仲が悪いとか、祓魔師だとか、蝮が柔造に対して鈍くなる原因が沢山あるのも金造は知っている。
百歩譲って思ったことだが、蝮はまだ柔造への気持ちを気づいてないだろうとか思ったが、仮にそんな気持ちがあって気づくとしても、この女にとっては十年単位の遥か未来のことだろう。そんな気の遠くなるような未来まで金造は柔造を待ちぼうけさせたくなかった。
そしてこの女への思いを打ち切らせることが正義のようであり、互いにとって良い事だと金造は思うようになってきた。金造は外の雨の音に耳を澄ませる。それが自分に決断を促しているようだった。
「蝮。今からうちの家に来てくれん。柔兄もう帰ってきとる頃やから。そこではっきりさせようや。」
蝮はこの金造についていかなかったら、余計に事がこじれると思って仕方なく頷いた。
「蝮。柔兄にメールせえ。車で迎えに来て欲しいって。」
「迷惑やないの? 私は傘持っとるし、歩いて行ってもええんやけど。」
金造はきっと蝮を睨む。いつもなら難なく見返せるその目つきなのに、何故かこの時ばかりはその目に威圧されてしまった。
「引導を渡す男に、最後の我侭言ったれや。」
「わ、わかったわ。……打てばええんやろ。――済まないんやけど、ちょっと車で迎えに来て欲しいです。ごめんなさい。蝮。……これでええ?」
「ええことにしたるわ。」
今日が誕生日。特別な日にメールで呼び出された柔造は、多分ウキウキしながら車を走らせることだろう。でも今日が最後だ。
蝮は相変わらずわけがわからないとブツブツ言いながら柔造を待っている。この女になんとも思われてないと告げられる兄の心中を思うと気の毒どころの騒ぎではないが、そんなのはこんな女を好きになった柔造が悪いのだと言い聞かせる。だから自分も報いを受けようと金造は思った。
この女に柔造が振られたあと、自分も兄に告白して玉砕してやろうと誓った。
京の町にまだまだ雨は降り続いていた。
誕生日なのに何故か災難な蝮ちゃんでした。このあと柔造と蝮は心置きなく喧嘩するトムとジェリーのような関係になります。そしてその晩の出来事は志摩さんちでは「六四事件」と語られます。
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自己紹介:
忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
柴はツイッターもしています。http://twitter.com/#!/hitsugi12
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