幸福雑音
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☆ss「マクベス」 「アラベスク」シリーズ過去編 雪燐「カプリチョーソ」の続き
「大丈夫だよね? 覚悟は出来てるよね?」
燐は魔法の鍵で雪男に付き添われて、正十字騎士団の本部にある上級祓魔師のための居住区に来ていた。危険対象の上、監視対象である燐がここを訪れたのに、何の警戒も動きもないのは、事前に雪男が現・聖騎士に話を通していたから。燐がここを訪れたのは、現・聖騎士のアーサー・オーギュスト・エンジェルの申し出を承諾する旨を伝えにきたからである。つまりある意味では遅ればせながら、燐はかつて父の墓前でメフィストと、初めての授業の時にいざこざの中で雪男に勧められた、騎士団へ出頭に出ることを呑んだ形になった。
居住区は学校から離れた上層部にあった。当然、燐と雪男の寮とは比べ物にならないほどの建物が立ち並ぶ。普通の町より外国人が多い。
「ここにはシュラさんの家もあるから、見つからないように気をつけないと。」
雪男は呟く。そして兄の腕を取って、外観はまるで城というような屋敷に入っていく。雪男が言うには、ヴァチカンに家がある祓魔師のための集合住宅らしかった。古風な外観は城のようだが、マンションみたいなものだろう。
雪男はメモどおりの手順で城の中を進んでいく。途中でエレベーターに乗り、ガラス張りの壁から二人で外を眺める。
「俺があいつのところについたら、雪男はどうするんだ?」
雪男は一瞬だけ口ごもる。しかしはっきりと口にした。
「僕に見届けてもらうつもりはないでしょ? 僕はアーサー卿に対しては何も心配していないから。卿は約束は守る人だし、実力も人格も優れた人だよ。兄さんも彼を信頼すれば、彼もきっと信頼に答えてくれる。」
「アーサーが信頼できそうなのはわかった。」
なのになんで、こんなに心が沈むんだろう。冷静に考えれば本当に悪い話ではない。心が沈むのはやはり、懲戒審問のことと足を切られたことを引き摺っているからなのか。
「兄さん。懲戒審問で何が起こったのか、僕は話で聞いただけしか知らない。だから僕は兄さんからしてみれば、あの人を手放しで信頼しすぎていると思われても、仕方ないのかもしれない。」
「俺はそんなつもりじゃ……」
そこまで顔色に出ていたのか。燐は思わず雪男から目を逸らす。雪男は背けた燐の顔を自分のほうに向けさせると、その肩を抱き締めた。
「少しの間、いや何年かの間の辛抱だ。兄さん、僕がヴァチカンでも通用するような実力をつけたら、必ず兄さんを迎えに行くから。」
「雪男――。」
ならば俺を今すぐ助けてくれよ。燐の目は言外に無意識に訴えていた。雪男はその視線に対して首を横に振る。それでも言いたいことはあった。
「本当は僕は、他の男に指の一本だって兄さんに触れさせたくない。兄さんが男との生々しい行為を受け入れなければならないなんて、考えただけで気が狂いそうだよ。」
「俺が嫌そうな顔したからか?」
そうではないと雪男は再び首を振る。
この単純な兄は、まだ弟の本当の気持ちに気付かない。たぶん雪男が告白するまで、永遠に気付くことはない。他の男との行為が許せないんじゃない。そういうことを兄にしたいと思うのが自分だからだ。何度心の中でその思いを否定しても、神に許しを請うても、完全に消し去ることは叶わない。
アーサーとの話があったとき、いっそのこと自分が先に兄を陵辱してしまおうかと思った。しかしそんなことをすれば、兄はそのことをアーサーに隠し通すことが出来ないに違いない。もしそれがばれたら、それこそ兄の中の人間を誑かす悪魔をヴァチカン側に確定させてしまう。
この手を離せば、兄は他の男に抱かれることにはなるけど、不可能だとずっと思っていたヴァチカン側の庇護を受けることは出来る。煮えくり返りそうな腸を抑え込んで、雪男は兄に笑いかける。
「僕が勝手に嫌だと思ってるだけだよ。僕は兄さんが生きていられれば、それでいい。でも必ず僕のもとに連れ戻すから。」
エレベーターの扉が開く。開いた扉の外には珍しく普段着のアーサーが待っていた。燐は唐突に背中を雪男に押されて外に出る。そして雪男は兄が振り向かないうちに扉をボタン一つで閉ざした。
一人きりのガラス張りの小部屋に雪男は一人取り残される。下っていくエレベーター。その中で雪男は涙を流して崩れ落ちていた。小部屋はガラス張りで外の景色はあけすけに見えているのに、外にいる誰もが泣いている雪男には気付かなかった。
ついに過去編書きました。次回はアーサーと燐の話です。
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絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
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