幸福雑音
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☆ss「フレーズ」メフィ燐 獅燐前提 15000hitリクエストの前話
「お腹でも空いてるんですか?」
声のするほうに振り向いて黙っていると長身の男はなおも言ってきた。
「悲しそうな顔をしているので。」
「俺が悲しそうだと腹が空いてるってことになるのかよ。メフィスト。」
違ったんですかと言わんばかりにメフィストは肩を竦める。そしてポケットから特徴的なプラスチックボトルに入ったラムネを手渡してきた。燐は渋々それを受け取る。腹が減っているのかと尋ねてきた割には、随分とチープなものをくれるもんだ。
燐は何をするでもなく寮の建物の前でぼーっとしているところだった。金曜日の十一時といえば夜更かしタイムの真っ最中でクロと遊んでいるはずだけど、今夜はメフィストが何故か遊びに来ていた。
「お前、あいんつばいどらいとかほざいたら、ここに定食一セットくらい出せるんじゃないのかよ。」
「私は悪魔ですが余程のことがないかぎり魔法使いを気取る気はないんですよ。末の弟の寂しい口を慰める程度のことは、自分のありあわせのお菓子で間に合わせるわけです。ラムネがお嫌いでしたら都こんぶなんかもありますから。」
「ラムネでいいよ……。」
この悪魔は日本贔屓とは聞いていたけど、敢えてスシ・テンプラ・サシミではなく、駄菓子やカップラーメンに好みがいくところが、胡散臭いこの男に似合っていると燐は思った。そういえば禁煙十五年目だった故・藤本獅郎も口が寂しかったのか、よく都こんぶを噛んでいたような気がする。
燐は訊いてみた。
「あれってお前がジジイにあげてたりしてたのか?」
「あれとは何です?」
「都こんぶ。禁煙してたジジイがよく噛んでた。お前、ジジイと友達だったんだよな?」
「そうですよ。獅郎は友達でした。」
随分とすんなり認めてくれた。もっと捻くれたというか、はぐらかされると思っていただけに、燐は虚を突かれたように口を開けていた。その口の中にラムネが数粒放り込まれる。
「ガムより腹持ちがいいと好評でしたよ。ちなみにラムネ菓子はあなたたちがお好きだと聞いたことがあります。見たことがありますが正解ですね。手紙の文面で読んだことがあるんですよ。文通してましたから。」
口の中のラムネ菓子は噛むまでもなく溶けてなくなっていく。本当に中身がカスカスそうなこいつがくれる菓子にぴったりだよと思ったが、どうやらメフィストは燐の好みに合わせていてくれていたつもりらしい。それは十年くらい前の話だけど。十年前の好きなものをくれたって、普通はその好意に気付けるもんじゃない。
「年寄りは昔のことのほうが記憶の中で色彩が鮮やかなんですよ。現在に近づくほど、なんか信用ならない記憶だと思い込んでしまうんですよ。」
燐の顔を窺うようにメフィストは尋ねてくる。
「ラムネ菓子お好きですよね?」
「嫌いじゃ、ない。」
「なら良かったです。」
燐は上目遣いにメフィストの顔を見た。メフィストはというと、あまり燐に関心がないように手の平に乗せた都こんぶの箱をいじっている。自分から声を掛けてきたくせに放置かよと思った。燐にとっては恋心の対象である勝呂も長身であるが、メフィストのそれは大きく上回っている。そのくせ厚みの無い身体が印象的すぎて余計に胡散臭く見えているのかもしれない。そういえば死んだ養父もけしてがたいががっしりしているわけじゃなかった。ふと胸に蘇った思いが目の奥を刺激して、涙が出そうになった。だからそれを誤魔化すために会話を続けようと思った。
「メフィストさあ、ジジイと本当に友達だったのか?」
「友達ですよ。」
「文通以外になんかしてたのか?」
メフィストは黙って燐の側に腰を下ろした。少し砂が散らばっている地面に(舗装はされている)そんなスーツ姿で直座りしてもいいのかよと燐は突っ込んだ。メフィストはあなたこれ一張羅だと思ってるんですかと返す。それもそうだなと燐は納得した。似非魔法使いは今日はとことん魔法を使わないらしい。
「文通以外にもたくさんありますよ。」
「どんな。」
メフィストはその長い指を折りながら燐に微笑みかける。
「文通と。それから毎年、暑中見舞いと年賀状と、バースデーカードも交換してましたね。」
「そんなん見たことねえよ。」
「あらあら。獅郎はとことん私の存在は君たちに隠してたみたいですね。」
今は自分の素性もすっかり分かっている燐は、事情が事情だからなと納得した振りをしている。でも、このメフィストという男はこの学園に来てからは自分を異質な存在として扱うようなそぶりは無い。弟の雪男のほうがよっぽどピリピリしているくらいだ。
「プリクラも撮ってましたけど、それこそ見たことないと返されますよねえ。」
手帳を取り出したメフィストは、表紙の端に張られたシールを燐に見せびらかす。それにはごく普通のオッサンが二人立っているだけで、申し訳程度に二人の胸あたりにポップな色の線で「藤本」と「メフィスト」としか書いていないプリクラだった。それには燐も苦笑いしか浮かばない。
「今の私でしたら、女子高生顔負けのプリクラに出来るんですがね。一緒に撮る相手がいないから腕の見せ所がないんですよ。今度撮りにいきませんか?」
冗談なのか本気なのか分からなかったので燐は答えなかった。しかしメフィストが嬉々としてプリクラの落書きコーナーでペンを振るう姿はありありと想像できた。むしろこの不慣れな名前だけ書かれたプリクラこそ現実味を感じられなかった。
「あとバレンタインに友チョコの交換をしてました。獅郎は普通に美味しそうなチョコを送ってくれました。私は捻くれた悪魔ですから、ラッピングされた箱の中に心づくしを忍ばせていましたけど。」
「心づくし?」
手作りチョコなのだろうかと燐は怪訝そうにメフィストを見ている。メフィストは右手の最後の指を折る。
「これは知らなかったとは言わせません。私はあなたたち兄弟宛にお年玉を送ってましたよ。」
「ひょっとして、あの誰からか分からない図書券のことか?」
「はい。普通に現金を獅郎に託けても良かったのでしょうけど。」
「俺、一度も使ったことない。」
「どうして使わなかったんですか? それは今どうなっているんです?」
「図書券だもん。ジジイは漫画買うのに使っちゃいけねーって言うから、全部雪男にあげた。」
メフィストは噴出した。本当にこの末弟は知恵が回らない。世の中には金券ショップという裏技が表通りに転がっているのに。本の好きな弟に全部やってしまうあたりが、やはり弟思いのお兄ちゃんという微笑ましいところだろう。
「私のお年玉は雪男君だけが得しちゃったようですね。」
「でも一応は礼を言っとくわ。毎年、ありがとうございました。」
「いいえ。どういたしまして。来年のお年玉も図書券になるでしょうけど、私は獅郎のように漫画に使っちゃ駄目という条件は言いませんので、お好きに使いなさいな。私は漫画が大好きですからね。」
「もういいよ。そんなガキじゃねえし。」
「寂しいこと言わないでくださいよ。」
「いや。本当にいいから。それよりも月の小遣い増やして欲しいんだけど。」
「それなら早く祓魔師の資格取って、自分で稼げばいいじゃないですか。意外と給料いいんですよ。」
燐は気弱そうに俯く。多分無意識だろうとメフィストは腕を組む。弟の前では「なってやる」と言い張っているけど、不安は無いわけではないらしい。メフィストから見れば弟の雪男に比べてメンタル面の素質はあるように見えるけど、中学までの勉強だとかの蓄積の無さ故の遅れが、燐の曇った顔に覗かせる疲れに出ているように見えた。
「メフィスト……」
メフィストの膝に燐の手が伸びてきた。なんだろうと思っていると、今度はもう片方の手が首に回ってくる。つまり抱きつかれた。やれやれとメフィストは嘆息する。わけのわからない不定愁訴の他にホームシックも患ってしまっているらしい。
「ガキじゃないんじゃなかったんですか。」
「そのはずなんだけど。なんか急にどっときた。」
燐は努めて意識しないようにはしているだろうが、弟との差は縮まらないし、弟は弟で今日も任務で留守にしている。燐を一人残して。その弟が帰ってきたとしても、たぶん弟は燐に干渉するか抑制方面の行動ばかりしてしまうんだろう。それも愛故なのだろうけど。
「疲れたのならば早く休みなさい。私はそろそろお暇しますから。」
「あっ……」
でも燐は離れようとしない。
「お父さんが恋しいのですか? それなら尚更私に縋るのはやめなさい。」
「そうだよな。お前香水臭いし。」
「紳士の嗜みですよ。」
メフィストに抱きついたまま燐は呟いた。
「ジジイは――。いっつも黒いカソック姿でさ。それに染み付いたお日様の匂いしかしなかったんだ。」
「あなたがたの為にタバコをやめましたからね。」
そして冷徹で完璧な聖騎士であることもやめた。
メフィストは両手を燐の身体に回す。燐に訊かれた藤本との交友関係の実態を胸の中に反芻する。それは――。
文通は双子の近況報告とヴァチカンの動向を伝え合う連絡手段だった。暑中見舞いと年賀状とバースデーカードはそのまま兄弟の成長の記録だったし、プリクラを撮ったのもその空間で色々悪企みを話し合ったついでだった。そしてバレンタインのチョコの箱の中には、資金としての現金や有価証券を忍ばせた。あとお年玉は――。
藤本とメフィストの友情には常に、奥村兄弟の気配が常にあった。メフィストは直接の接触はしなかったが、燐と雪男については十五年間見守ってきたと言ってもいい。
メフィストはすっと燐から離れる。うずくまった燐だけがそこに残された。
自分が話したり構ったりするのは、ここまでだと思ったから。
「もう行っちゃうのかよ。」
本当にラムネみたいにカスカスな奴。燐の目が恨めしそうに気紛れで捻くれた悪魔に向けられていた。
「お年玉はあなたたちが二十歳になるまで送らせてもらいますよ。」
そう言って燐に背を向ける。
「馬鹿――。」
燐の恨み言にメフィストは口の端を上げる。そうだそれでいいと呟いて夜の闇に消えていった。
メフィ燐なのでリクエストとはずれてしまうので、別の話として書きました。ちょっと「エメロード」補足が書けてよかったです。まだメフィストが燐に対してどう思ってるのか、藤本との関係が確定してないので、かなり曖昧でした。すみません。ここからリクエスト作品の「レザン」に続きます。
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絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
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