幸福雑音
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☆ss「エメロード後編」雪男とシュラ、アマイモン。デザートバイキング編
「おっしゃれ♪ おっしゃれ♪」
ホテルのデザートビュッフェが始まる時間まで間があるので、シュラはアマイモンを連れて自分の宿舎に戻り、外出着を選んでいた。
「この間みたいにスーツ着込むほどじゃないから――。」
クローゼットの奥からそれなりなエレガントカジュアルっぽいワンピースを出して、いそいそと着替え始める。アマイモンはそれをぼーっとしながら見ていた。
ドアがノックされる。
「アマイモンの着替え持ってきましたよ。」
雪男は普通のスーツに着替えていて、片手に自分の学校の制服一揃いを抱えている。
「おー。準備が早いのは雪男ちゃんの取り柄だね。アマイモン。そこお兄さんの持ってる服に着替えろよ。」
アマイモンはデザート食べ放題の為ならと雪男が差し出す制服に渋々着替える。雪男はアマイモンのネクタイを締めるのを手伝おうと思ったが、アマイモンは雪男が声を掛ける前に自分で綺麗にネクタイを締めていた。
「アマイモンはネクタイ結べて偉いな。」
雪男は思わずアマイモンを褒めてしまった。慌てて自分の口元を覆う。その様子をシュラは少し冷めた目で見ていた。アマイモンの平坦な顔が少し痙攣している。どうやら笑おうとしているらしいが、普段は使わない顔の筋肉が上手く動いてくれないらしい。雪男が社交辞令ではなく、こんな悪魔に親切にしているのがシュラにはいまいち解せなかったが、悪魔の兄がいるせいだと頭の中で回答を出した。
「おお! いっちょまえなDKの出来上がりだな。」
「なんです? その、KYみたいな語感。」
「男子高校生の略のつもりだったんだけど。」
言わねえよと雪男は呟く。そして自分たち三人のメンバー構成のアンバランスさにくらっとくる。絶対にデザートビュッフェで浮いてしまうのは目に見えていた。あまり堅気らしくないワンピース姿の女と、サラリーマンっぽいけど中身は男子高校生のスーツ姿の男。そして目の下に隈を作った無表情の男子高校生。あらゆる意味で最強の組み合わせだった。せめてアマイモンが女の子なら、雪男は無理矢理連れてこられたくらいの設定で通じると思っただけに。
「ちゃんと服着ましたから、早く行きましょうよ。」
アマイモンが雪男の袖を引っ張る。雪男はよしよしとアマイモンの頭を撫でた。
気のせいではなく、こいつら馴れ合いやがってとシュラは思った。弟同士で波長があったと思えない馴れ合い加減だった。だからささやかに主導権を握るつもりで号令を掛ける。
「ほんじゃ、デザートバイキングにでっぱーつ!」
オーっと返してくれたのは、覇気の無いアマイモンの声だけだった。
* * *
雪男は次から次へとケーキやらフルーツやらの皿をシュラとアマイモンの陣取った席に運んでいた。その合間に紅茶のポットやドリンクや水も運んでやる。花柄の可愛らしいテーブルクロスが掛かった小さなテーブルは、そのお菓子の山に一時は埋めつくされたが、一人の女と一匹の悪魔の腹の中に次々とそれは消えていく。
「おうっ。ここのデザートビュッフェは、っぱねえな。味といい種類といい。紅茶のフレーバーのバリエーションといい。」
「それなりの値段はしますけどね。勘定は僕持ちですけど。」
文句を言いながらも女子供に勘定を持たせる雪男ではなかった。前回の高級レストランにて最終的に割り勘になってしまったのが余程悔しかったらしい。デザートバイキングごときでは雪男は自分の矜持を曲げる気にはなれなかった。浮いてしまうと思っていたが、そんなのはそういうことを気にするのは雪男だけで、周りはそれぞれにいかに自分の好みのデザートを効率よく確保するかに始終して、奇妙な三人組をじろじろと気にすることはなかった。
バイキングとは、いかに自分の席を拠点として量なり種類なりで成果(満足)を得られるかにかかっている。しかも自分が選んで行動に出るということが、どれだけの自由と責任があることを自覚しているか。それが簡単に表に現れてしまう。しかし、この三人組では役割分担がはっきりしているお陰で、その気苦労は軽減されていた。運んでくれば運んでくるだけ食べる役の二人は食べるし、食べる二人が満腹になって手を止めるのは当分先の話だろう。
シュラは雪男が持ってきたクリームソーダをストローで吸いながら言う。
「お前ロケ弁で恨まれてるんだったら、たまには兄ちゃんにも奢ってやれよ。」
「甘やかさないのも愛なんです。」
いやお前は甘やかさなすぎじゃないかとシュラは思った。お前は何処のロッテンマイヤーさんなのだと。そのうちあの兄が夢遊病になっても知らねーぞとも思った。しかし口には出さない。アマイモンが雪男に向かってぐずったからだ。
「お兄ちゃん。紅茶が熱いですっ。ふーふーしてくださいお兄ちゃん!」
いつのまにかアマイモンの中で雪男は「お兄さん→お兄ちゃん」になっている。雪男は奥歯の虫歯が痛いような笑みでアマイモンのカップを受け取り、ふーふーと冷ましてやる。シュラはなんとなくこいつもう駄目だなと思った。それにしてもこの地の王が兄のメフィストに甘えるなんてこともあまり見たことないのに、どうして雪男には甘え倒しているのだろう。こいつらおかしいんじゃねーのと一人ごちる。
実の兄にとことん優しくない弟と、実の兄に甘えられない弟。妙な共鳴関係になっているのだろうか。
『メフィストの弟――。』
シュラは反射的に立ち上がる。そういえばとシュラは思い出したように慌てて口にする。
「あいつ……。メフィストの身内に会ったらどうしても訊きたいことがあったんだっ。」
雪男がシュラを見上げる。
「シュラさん。もう少し待っててあげましょうよ。」
以心伝心ではないだろうが、雪男も同じことを思っていたらしい。しかし、目の前で無表情ながらアマイモンが甘いもんを食べるのを中断させるのは可哀相だとも思ったらしい。シュラを静止して、デザートのお代わりを取りに行き、皿いっぱいに盛り上げたそれをアマイモンの目の前に置くと、これを片付けたらお話がありますと宣言した。
「食べながらでもお話はできますよ。お兄ちゃん。」
「いいのかい? お姉さんに遠慮しなくてもいいんだよ?」
「いいです。お姉さんの用事が気になるので。」
シュラは真剣な目でアマイモンに問いかける。
「お前の兄貴のメフィストと、雪男の義父の藤本獅郎の関係ってなんだったんだ?」
アマイモンは一瞬首を傾げた。
「お友達だと思います。」
雪男とシュラは顔を見合わせる。それは生前の藤本獅郎が便宜上で言った関係だと思っていたからだ。つまりその関係はアマイモンの口からまた重ねられた嘘だと判断してしまう。
「どう思います? シュラさん。」
「もしかしたら弟のこいつも、兄弟で口裏合わせて隠してるんじゃねえの。」
「いや。このひとも案外、自分の兄と僕の義父のことについては、よく分かってないのかもしれません。」
二人のひそひそ声を聞いていないようで聞いていたのか、アマイモンは重ねて言う。
「友達ですよ。根拠もありますよ。」
「「どんなあ?」」
雪男とシュラの声がはもった。アマイモンはクリーム付のシフォンケーキを飲み込むと、雪男に冷まして貰った紅茶を両手に持つ。
「兄上と藤本は文通してました。」
「ペンパルだと!」
「暑中見舞いと年賀状とバースデーカードもやり取りしてましたよ。毎年欠かさず。」
「すげーお友達だ!」
「バレンタインにチョコの交換もしてました。」
「友チョコ!」
「そういえばお兄ちゃんとお兄ちゃんのお兄さんに、兄上はお年玉も藤本に渡してました。」
「そりゃあもう友達じゃなくて、親戚の域だよ!」
「あの謎のお年玉は理事長からだったのか! 図書券だったけど。」
「プリクラも二人で撮ってました。」
「女子かよっ。」
「逆に怪しくなってきましたね。二人でっていうところが特に。」
ここまで根拠を言ったのに、雪男とシュラがちっともすっきりした顔をしないことにアマイモンは顔をしかめる。
「どういうふうに、うちの兄上と藤本が怪しいんだと思ってるんです? ボクにどんな答えを期待してるんですか。」
それを言われたら、シュラは息が詰まってしまう。雪男も同様だった。
雪男とシュラは藤本獅郎とメフィストフェレス、そして奥村燐の間に纏わる、自分たちが入り込めない事情を知りたくて、この地の王に問いかけた。しかし地の王の答えは、けして満足して納得出来るものじゃない。藤本とメフィストの間にあったものが、そんなほのぼのとした優しくてあったかいもので満たされるわけがない。しかし可能性もなくはないと、裏の裏を覗いて見なくてはならないのかとも思う。メフィストは悪魔としてもはぐれ者だし、藤本も祓魔師としてははぐれ者だった。
夢見がちなはぐれ者同士の馬鹿な大人たちの思い描いた御伽噺の主人公が奥村燐なのだろうか? きっとそうだと言われれば納得はするだろう。しかしそれも嘘かもしれないと思って、じきに別の答えを期待する。そしてそれらしい仮説を立てて、その別の答えを期待する繰り返しになる。だって雪男もシュラもとっくに御伽噺は卒業したから。
でも御伽噺の主人公は御伽噺を卒業するなんて思いもしないだろう。燐はその御伽噺のストーリーの中で、もがくことに一生懸命なのだから。
「ボクは一緒に夢を見られるのがお友達だと思います。だから藤本獅郎と兄上はお友達だと思います。」
この悪魔は自分の言ったことがどれだけ残酷か分かっていない。悪魔だけに。そんな絵空事の為に藤本は死に、アマイモンの言葉を信じるならば、メフィストフェレスは藤本と語り合った夢の為にたった一人でこの現世で戦っていることになる。
そんなの泣けてくるじゃないか。自分たちはメフィストは同情も情状酌量の余地のない何か企んでいると思って、アマイモンを尋問したはずなのに。返ってきた答えは自分たちにとって、とことん都合が悪すぎる。お菓子みたいに甘くて柔らかい真実の一つだった。
現実から足を踏み外せない自分たちにとっては、その砂糖菓子で出来た城が現実にあったとしても、それは幻だと言い張らなければ、自分の信じるものが分からなくなってしまう。
「お兄ちゃんとお姉さんもボクの友達になってくれますか?」
雪男とシュラは頷いた。とりあえず大人だから。またアマイモンの頬がわずかに痙攣している。笑おうとしているみたいだ。悪魔というのは人間よりも案外、無邪気で薄汚れてはいないらしい。アマイモンは再びデザートの山を片付け始めた。
アマイモン越しにシュラと雪男は顔を見合わせる。どちらの目も、今後はどちらからもこの話題には触れないようにしようぜという合図だった。雪男はまた席を立ってプレートにケーキを乗せて戻ってきた。
「シュラさんもどんどんいきましょうよ。ちち復活の為に。」
シュラはプレートのケーキと雪男の顔を見比べて、おうと答えた。そして白いクリームが塗りたくられた小さな可愛いショートケーキを、苺ごとぐさりとフォークで突き刺す。ケーキはフォークに掛かったシュラの力で、形を歪に変えながらフォークを飲み込んでいく。
「お姉さん。ケーキが痛そうです。」
「ケーキに痛覚があるか!」
今までの悪魔の戯言に振り回されていた自分の思考を切り替えるためにしたつもりだったのに。また悪魔に茶々を入れられた。雪男は肩を竦めるとまた紅茶のお代わりを取りに行く。
「お兄ちゃんは本当に優しいですね。自分は一個もケーキ食べないで、ボクたちの為に甲斐甲斐しくお代わりを持ってきてくれます。」
「おい雪男君。てめえもケーキ食べろよ。甘いもん嫌いなわけじゃないだろ。払う料金は何も食べなくても三人前かかるんだぞ。」
戻ってきた雪男の口元にシュラはケーキを押し付ける。それを雪男は困ったように見ていた。
「僕は。あ、えーと……。なんか兄さんに悪くて。」
「それならいい考えがあります。」
アマイモンはフォークでシュラのほぼ復活した胸の谷間を差した。
「このお姉さんの四次元谷間にケーキをしまって、奥村燐に持って帰ってあげればいいんですよ。」
シュラはその提案に困惑する。
「えっ。そんな使い方したことないけど。上手くいくかなあ。」
「いくわけないでしょ。ていうか、バイキングで持ち帰りは違法ですから。タッパー持ってくるより大胆不敵ですよ。」
しかしアマイモンはしれっと言う。
「お姉さんの身体の中に入っているのですから、食べているのと一緒でしょう。」
「うん、そうだな。やってみるか。」
いい年をした大人のシュラが違法行為に踏み込む。
「雪男。ちょっとそこに立って、その図体で私の手元を隠せよ。」
「あんた本当にやる気かよ。」
そう言いつつ雪男はテーブルに凭れて外の景色を見る振りをする。シュラは手付かずのあまりクリームの装飾のないチーズケーキを選んで、胸の谷間に近づける。チーズケーキは胸の谷間の奥に吸い込まれた。あーあ、と雪男は軽い罪悪感に襲われる。しかし気を取り直してアマイモンのプレートのほうを指差した。
「兄さんはシュークリームと苺タルトも好きですから、それも頼みます。」
* * *
雪男は旧寮六〇二号室の自分の部屋に帰る。アマイモンとは正十字学園の入り口のゲートの前で別れた。服は明日のために返してもらっている。さようならと言ったアマイモンは、人差し指で口の両端を上げていた。笑った顔を見せているつもりなんだろう。
シュラからは四次元谷間からケーキを出してもらって、用意しておいたナプキンに包んで持ち帰ることになった。ケーキの保存状態は思っていたより良好だった。シュラはまた塾でと言って去って行った。
騒がしくも楽しい一日が終わる。また兄を守るための日々を憂鬱に思うわけじゃないけど、兄の弟でも教師でもなく過ごした一日が短く思えた。常に自分は兄より上の人間でなければならないという気負いをすっかり忘れていて、自分は案外普通の人間なんじゃないかと思えた。こんな雪男を、もし兄に見られたら、兄はどう思うんだろう。
兄はたぶんそんな雪男を馬鹿にしない。そんな雪男にがっかりしない。その逆の反応ばかりがありありと想像出来る。
『お前も意外と普通じゃん。』
そう言って喜んでくれるような気がする。でも雪男としては、そんな喜ばれ方は御免被ると思ってしまう。やはり自分の抱えている兄へのコンプレックスは根が深いらしい。
目の前の窓から見える夕暮れの風景を眺める。ガラス窓に映ったドアが開いた。
「ただいまっ。雪男、朝からいなかったけど任務だったのか?」
何も知らない兄が問いかける。雪男の頭には今日の楽しかったことがめまぐるしく蘇って目眩を起こさせる。雪男は頭を振って兄に向き直ると、にっこりと笑った。
「任務だって? 兄さん、今日は日曜日だよ。神様が定めた休日だよ。」
燐が「え?」っと首を傾げる。その頭をアマイモンにしてやったように撫でてあげた。
「雪男。お前どうかしたのか?」
「僕だって兄さんが知らない場所で楽しい休日を過ごしたんだよ。」
誰と、何処で、いつ、どのように、どんなことをして。そんなことを言い出すのは野暮だった。燐は何かを察してそうだなと満面の笑みを浮かべる。雪男は机の上のナプキンを指差すと、お土産と言って笑い返した。
デザートバイキング編でした。結局はシュラさんとアマイモンとのおでかけは満更でもない雪男君です。
ロケ弁ってホームページとか見ても豪華ですよね。仕出し屋さん仕事しすぎです。京都編のとらやで出ていた弁当が豪華そうだったので、勝手に任務には弁当がつきものだと捏造してしまいました。そうじゃないと燐と雪男の体格差が物理的な意味で証明しようがなかったのです。そりゃあ、たくさん食ってるほうがでかくなるということで。飲食店シリーズはまた書くかもしれません。今度はシリアスで。
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