幸福雑音
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☆ss「エメロード前編」 雪男とシュラ、アマイモン。吉野屋編
「誰かあ。誰か助けてくださーい。」
絹を裂くようなと言いたいが、あまり抑揚のない男の悲鳴が雪男の耳に届いた。学園の敷地内であるが、あまり人の訪れない元は公園だったらしい場所。正十字学園は敷地は広いが、無駄な施設が多いと常日頃から思っていた雪男だった。あと装飾過多な建物とか。しかし今はそんなことはどうでもいい。
「アマイモンじゃないか。」
声と特徴的な喋り方でそれと見当がつく。
――しかし。
さて、助けるべきかどうか迷うところだ。
どうしてこんなうらびれた所を雪男が通り掛ったかと言うと、昼間たっぷり昼寝をしていた甲斐性なしの兄が、夕方からふらっと外に出て行って明け方近くになっても帰ってこないので、流石に「別に心配していたわけじゃないんだからね!」と嘯くというか、ツンデレしている場合でもなくなった雪男が探しに出て来たのだ。兄は悪魔の身の上なので、本来ならば夜行性なのだが、平日の昼間は勉強や塾の実習を叩き込んで無理矢理起こしている。しかし週末には雪男の努力も虚しく、昼夜が逆転してしまう。そしてこれも今の状況とは関係ない。
「にゃはははは!」
今度は馴染みのある女の声が聞こえてくる。正十字学園の敷地内で何やってるんだこいつらと雪男は思った。今は幸いにも学校が休みになっている日曜日の明け方だった。もしアマイモンが一般人のいるところまで戦闘区域を広げたとしても、対処出来ないわけではない。ふむと雪男は一人で頷く。とりあえず声のする現場へ向かった。
「やだあ。このお姉さん怖いですぅ。」
「にゃは。いい加減死ぬか、虚無界にけえれっ。」
雪男の視界に入って来たのは魔剣を操って、か弱い悪魔をいたぶるシュラだった。しかしか弱い悪魔と言っても、アマイモンは八候王の一人。シュラに一方的に追い回される程度の悪魔じゃないはずなのに。その雪男の心を読んだかのようにアマイモンが叫ぶ。
「僕お腹がすいてるんですっ。」
そうか。たぶん理事長に金をせびりに来たのだろう。そこをシュラに見つかったんだろう。空腹の所為で頭も身体も上手く動かなくて、逃げるのが精一杯なのだろう。しかし相変わらず顔と言葉は平坦この上なかった。あまり切実に助けてやろうとは思えない、そんな感じだった。
「蛇矛っ。」
シュラが大技を炸裂させる。かろうじてアマイモンはよろけながらそれを避けた。雪男は辺りを見ると、周りの生垣やベンチは台風の直撃を食らった後のように、吹き飛んだり一刀両断されている。きっと何発も何発も大技の大売出しを繰り出したんだろう。
雪男の携帯が震える。雪男は画面を見た。(雪男の携帯は最新のスマートフォンだった。たぶん擬人化すれば渡辺謙になるだろう。)
「理事長……。」
『グーテンアーベント。』
「なんの御用ですか? フェレス卿。」
そこいらのコンビニのゴミ箱を投げたくなるような声が暢気にこんばんはと言った。
『私の寝室から貴方たちが見えているのですが、弟のアマイモンもいるようなので上手いこと追い返して頂けませんか?』
雪男は学園の建物にくるっと背を向けて顔をしかめる。
「フェレス卿。弟君はお腹がすいているそうですよ。」
メフィストの含み笑いがかすかに聞こえてくる。
『では、何かご馳走してやって下さい。それではグーテンナハト。』
「あのっ。切れた……。」
おやすみなさいじゃねえんだよと雪男は頭を抱える。これであの二人の間に割って入るしかなくなった。再び二人がいる方向を向けば、先ほどよりもっと惨事のあなた的なことになっていた。アマイモンはまるで逃げ回る子猫ちゅわんのように壊れたベンチの影から影へと移動している。とっくに雪男の存在に気付いているのだろう。時々恨めしそうな目を向けながら「助けてくださーい。」と叫んでくる。
「まあ、いっか。」
雪男は開き直って銃を構えると、自分の頭上に向けて引き金を引いた。
「おわっ。」
わずかなタイムラグがあってシュラが尻餅をつく。
「空砲ですよ。それに貴女、僕に気がついてて無視してましたね。今更威嚇射撃に驚いた振りしないで下さい。」
「にゃはは。ばれたか。」
シュラは雪男のほうに来るかと思いきや、ベンチの影のアマイモンに近づくと、震えているその頭をかいぐりかいぐりと撫で始めた。
「おらっ。もう剣はしまうから。」
「本当ですか?」
いかにも信用していなさそうに聞こえるのはやはり抑揚の無さからだろう。しかしシュラはむかついている様子も無くアマイモンを撫で続ける。
「うーん。この頭のでっぱりがなんとも……。」
「お姉さんが悪魔をおもちゃにしていますっ。」
そこへ雪男も駆けつける。限りなくやる気無さそうに。
「シュラさん。夜も明けないうちから地の王討伐なんて、貴女らしくない働きっぷりですね。」
「いや。昼寝してたから目が冴えてたし。」
「あんたも悪魔ですか。」
雪男は溜息をつく。早くこの地の王に飯を食わせてやって、さっさとご帰還願いたいところだった。だから二人にさりげなく提案した。
「お二人とも、お腹がすいたでしょう?」
そう言って今度はなにげなくシュラのほうを振り返った雪男は、あっと叫ぶ。
「シュラさんのちちが――。」
「私のちちがどうしたって?」
水着みたいな衣服から零れんばかりだった胸が、どう見てもツーサイズくらい小さくなっていた。シュラはいけねっと舌を出す。
「長い付き合いなのに雪男ちゃんには教えてなかったな。」
「え? まさかそのちちが偽物とかいう、まだ日本では知られればスキャンダルっぽく騒がれる話題ですか。」
「わけねーだろ。魔剣使うのはカロリー消耗するんだよ。こいつに――」
シュラはアマイモンを自分の胸に引き寄せた。そして後を続ける。
「蛇矛。虚々。しめて五十発ほど、ぶっぱなしたからな。一発につきそりゃあ、とてつもないエネルギーがいるんだから、皮下脂肪が消費されちまったわけだ。」
「その自慢のちち、脂身だって暴露しましたね。」
「その脂身に興奮するのがてめーら男だろうが。皮下脂肪馬鹿にしてると、雪山で簡単に死んじまうんだぞ。」
雪男はこの人なら雪山どころか砂漠でも赤道直下でも生きられると思った。
「貴女の脂身には興味はありませんが」
「嘘つけ!」
「興味ありません!」
雪男はきっぱりと言い切った。ちぇっとシュラの舌打ちが聞こえる。二人のやり取りを見てアマイモンが手を上げる。
「私もこのお姉さんの脂身に興味はありません。私は奥村燐の近くにいる、金髪の娘の脂身を味見してみたいです。」
「どいつもこいつも若いほうがいいってかい。」
話題がとてつもなく脱線している。もう既に太陽は東の空から昇っていた。しかし雪男はアマイモンにこれだけは言いたかった。
「しえみさんのちちに詰まっているのは、脂身じゃありません。――あれは夢と希望なんです。」
「えー。それじゃ食べても美味しくないんじゃありませんか? やっぱり悪夢とか絶望のほうが美味しそうですよね。」
「それならこの人の脂身に詰まってますから。」
「お前ら! メルヘンチックにエグイことばかり言いやがってっ。」
シュラは再び舌打ちするが、雪男とアマイモンはお互いに手こそ取り合わないが乳談義で共感し合っているようだった。そこはかとなく、アマイモンと雪男がシンクロしている。嫌な兆候だとシュラは思った。しかしシュラは懸命に無視だ無視だと己を叱咤して野郎二人に飯食いに行くぞと呼びかけた。
* * *
アマイモンが二十四時間経営のファミレス飯が嫌だと言うので、二十四時間経営の牛丼屋に連れて行って朝定食なり牛丼なりを頼んで、とりあえず食わせることにした。
「シュラさんは別に牛丼屋なんて大衆的なところについてこなくていいんですよ。上級の祓魔師なんですから、本部で朝食としゃれ込めばいいでしょう。絵になるでしょう貴女なら。」
「私だって一人で飯食うの寂しいんだよ。昔の知り合いは色んなとこに飛ばされてるし。」
「一人で飯食えなきゃ、女一人で生きていけませんよ。」
「雪男君。一生私が独身なこと前提で話進めないでくれなーい?」
「まあ、ご飯食べてるんですから、もっと和やかにしましょうよ。」
二人の会話を無視するかのように、箸を二刀流にしてアマイモンは牛丼の特盛に牛皿特盛と、ハムエッグ焼き魚定食を口に運んでいる。シュラは牛丼の並にサラダ、雪男は朝定の焼き魚定食を頼んでいた。
「雪男。牛丼屋で焼き魚定食はねえだろ。」
「朝から牛丼はきついですよ。」
「けっ。てめーは女子かよ。あっ、でも私もサラダ食べてるもーん。女の子っぽいよね?」
「無理矢理ですよね。牛丼食ってる時点で。」
「ああ言えばこう言う。」
「だから、和やかにしようってさっき言ったばかりですよね。」
前回のように高級レストランじゃないから、互いに空気を読みあう必要は無いので、雪男とシュラはやりたい放題だった。アマイモンは一人ではぐはぐと大量の食事を咀嚼している。
焼き魚定食をちまちま食べる雪男と、大量の飯をかきこむ悪魔を見比べながらシュラは呟く。
「よくもまあそんな低カロリー食でそこまで育ったよなあ。しかも大食いなわけでもないし。どういう成長効率だよ。」
雪男は自分の顎に手を当てる。本人にしてみても不思議なことだったらしい。
「兄さんにも言われたことがあるんですけど、思い当たるのはアレしかないんですよ。」
「アレって?」
雪男は分かりませんかとシュラに問いかける。
「貴女も祓魔師の任務に参加されてたなら、思いつくでしょう。任務の後には必ず弁当が出てましたよね? 僕が祓魔師になっていたとバラした後、兄にその話をなんとなくしてしまったら、けっ、ロケ弁かよ。良いご身分だなと拗ねられましたよ。僕たちの体格差がそこで出てしまったんだとしたら、それこそ皮肉な話で、兄にしてみれば苦々しかったと思いますけど。」
「あー。アレは美味かった。そうだよな。祓魔師として先んじられたことが、身長差の原因になったとしたら、あの馬鹿には相当根に持たれても仕方ないかもな。うーん。それにしてもあの弁当は旨かったよ。」
「どうせ本部にいる間にちょくちょくは食べられると思いますよ。」
「ヴァチカンの飯も旨かったけど、やっぱ日本人の弁当は米だよねー。」
二人の話を聞いていないように見えたアマイモンがシュラの発言を聞いて顔を上げる。
「ボクも祓魔師になれたら、それ食べれるんですか?」
雪男が溜息をつく。
「貴方の場合、祓魔師になるところから駄目でしょう。」
地の王はすっかり物質界に来てからのわずかな間で自分の立場を忘れているようだ。そうですか、といかにもがっかりしたように肩を竦めている。三人とも馬鹿話をしている間に、それぞれの頼んだメニューは完食していた。お茶を啜りながらシュラはぼやく。
「ちちがまだ元に戻らない……。」
「食べたばっかりでそれは無理でしょう。」
「お兄さん正直に言います。僕もまだお腹足りません。」
そんなこと言われても。雪男はまたも頭を抱える。しかしあっさりとシュラが解答を出した。
「ならまた食べに行けばいいだろ。ただしもう飯はいいからな。」
「ご飯じゃないなら、何を食べればいいのですか?」
疑問形の癖にアマイモンの目は輝いている。
「パンが無いならお菓子って言うだろ。」
雪男は嫌な流れを感じてとっさに店員を呼ぼうと手を上げ言った。
「ここで追加注文すればいいじゃないですか。」
アマイモンとシュラが雪男の腕を両方から押さえつけた。
「雪男ちゃん。第二ラウンドはデザートバイキングなんてどう?」
「ボクはお姉さんの意見に賛成です。デザート食べたいです。」
シュラとアマイモンは申し合わせたように越後屋とお代官様のような悪い笑みを浮かべる。上一級祓魔師と上級悪魔にタッグを組まれては、天才といえども中一級祓魔師ごときでは手も足も出ない。
「僕がお金を出しますから、お二人でどうぞ。」
雪男はポケットから財布ごと二人の前に差し出す。それほどまでにしてここでこの因縁を断ち切りたかった。
「駄目。雪男ちゃんも一緒に行くの。」
「お兄さんと一緒じゃないと嫌です。」
二人は両端から雪男の腕を取る。
「なんで僕が――。」
兄のロケ弁への恨みが巡り巡って雪男に降りかかっているのだろうか。嫌な両手に花を抱えて雪男は勘定を済ませると、三人連れ立って吉野屋をあとにした。
目指すはホテルのデザートバイキング。雪男の長い食い倒れの一日が始まった。
pixivでスリラーを上げた時にアンケート一位を取ってしまった「吉野屋」です。あのときアンケートに答えて下さった皆様ありがとう御座います。後編は第二位の「デザートバイキング」にこの三人組はいきます。
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忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
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