幸福雑音
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☆「Esperanza-ゆきおスノーマン-」(勝燐・獅燐前提。雪男とシュラ)
サタンの息子を隠匿していた――。ヴァチカンからの追及を受けていたはずのメフィストは、ちゃっかりと指揮権を取り戻し日本本部の祓魔師達を招集した上、京都遠征を敢行しようとしていた。
誰かを生涯を通して守り抜くというのは、どういうことだろう。
まずは環境的なものを考えなければならないだろう。その人の周りに危険なモノが近づかないようにしなければならない。そして次は自分自身のスキルの問題だ。スキルを習得するだけでは足りない。より一層それを高い位置に押し上げなければならない。
ここは結界が張られた正十字学園の敷地内にあるトレーニングルーム。雪男は自分に向かって来るゴム弾を銃で打ち抜く。この場所だからこそ兄を守り、自分の能力も向上出来る。
『好きだよ。好きだよ。兄さん――。』
思いの丈を銃弾に込める。そして向かってくる凶弾を打ち落とす。雪男の愛はまさにハンドガンから放たれる銃弾そのものだった。障害を全て打ち抜いて自分の後ろにいる誰かを守る愛。でも振り向いた自分に向けられる表情は、果たして笑顔だろうか?
それがずっと分かりたくなくて、雪男は振り向かずに後ろの誰かを守り抜こうとする。
『僕は兄さんの思いなんてどうでもいいんだ。ただ死んで欲しくないんだ。いなくなって欲しくないんだ。理事長の玩具にされたくないんだ。サタンの道具にされたくないんだ。そして――。』
それが全て果たせたら、兄がなんと言おうと抵抗しようと自分のものにする。当たり前のようにそう心に決めていた。だから今、兄が勝呂竜士と付き合っていようと、雪男にとってはそんなこと関係ない。ただ自分が兄に触れる前に他の男に汚されるのは真っ平ごめんだった。
『兄さんは本当に馬鹿だ。』
もう既に兄の初めてのキスは勝呂に奪われている。しかしサタンの息子だということがバレた途端に手の平を返された。馬鹿な兄のことだから悩んでいるかどうかは分からないが、雪男を問い詰めていたときの勝呂の表情からは苦悩が読み取れた。燐がどう思って釈明しようとしても、それを受け付けるような余裕は見られなかった。そんな両者のすれ違いを見て雪男は、二人ともいい気味だと思った。
時間が経つごとに設定したとおり、自分に向かって放たれる弾の速度が上がってくる。その速度にもまるで動じず、眉も歪めることなく打ち落とす。
『兄さんを守るのは僕だ!』
ピーっと甲高い音が鳴り響きトレーニングの終了を宣言する。全弾命中。ノーミス。乱れない息も、上がらない心拍数も、雪男に「これでいい」と思わせることはなかった。
「くそっ。」
なんで舌打ちしたか分からない。でもせずにはいられなかった。
どうせいつかはこんなことになるんだと思っていた。頭の悪い兄がいつまでも自分の正体を隠しておけるもんか。ただでさえ雪男の忠告も聞かずに勝呂と付き合うなんて馬鹿な真似をしたんだから。
それでも悔しい。一時でも兄の心が他の男に傾いたという事実は変えられない。馬鹿で諦めが悪くて、一途な兄はきっと、勝呂と仲直りしようとするだろう。手酷く拒絶されればいい。あの能天気な顔が悲しみに歪めばいい。存分に泣けばいい。後悔すればいい。
明日から京都への遠征が始まる。幸か不幸か雪男は別行動だ。
「今度の件が片付くまでには、兄さんの心の整理もつくんだろうな。」
「どう整理をつけさせたいのかな? 雪男君。」
聞きなれた憎らしい女の声が後ろから響く。シュラが缶チューハイを片手に胡坐を掻いていた。
「任務の前日に何やってんですか? あんた。」
「そういう雪男ちゃんこそ、任務前に何考えてた?」
シュラの吐き出す息にアルコールの匂いが混じっている。雪男は顔をしかめる。
「先に私が答えよっか。……任務始まったらそれこそ呑めねーだろ。」
理屈としては筋が通るかもしれないが、シュラが本当にその言葉に順ずるかは疑わしい。雪男としては別に答える義理もへったくれも無いが、何も言わなかったら言わなかったで、背けた背にシュラの冷笑が向けられるのは必然なので、雪男は脚色した自分の考えを口にする。
「今回の任務が無事に済めば、僕はもう有無を言わさずに兄さんの行動を制限して、僕の言うことだけを聞かせるつもりです。」
「え? あの愉快な仲間たちと仲直りさせるつもり無いのかよ。」
「無理でしょう。ああなったら。」
「わかんないよー?」
「どっちにしたって、兄さんに残された時間は半年なんです。仲間との関係修復まで出来る余裕は無いですよ。」
「祓魔師は一人じゃ戦えないって言ったその口で――。」
そういえばシュラ一学期の一時期に塾生に混じっていた。自分のことはさぞ皮肉交じりに見ていたんだろう。そこは少し手痛いところだった。
「お前。自分が一番正しいと思ってるだろ? 完全にして無欠。そして冷徹。私の好み通りに育ってはいるけど、なんかお前見てたら自分の好みを全否定したくなるぜ。」
雪男はシュラから視線を外すとぼそっと呟く。
「そんなんだから、父さんに一度だって抱いて貰えなかったんだ。」
「なんだと。ガキが。」
シュラが手に持った缶チューハイを握りつぶす。溢れた炭酸水がシュラの手を濡らして床に落ちる。
「僕は貴女とは違う。兄さんを守りきって、絶対兄さんを僕のものにしてみせる。」
「うわっ。生々しっ。」
「貴女だって父さんに生々しいこと思ってたでしょ。」
「………。雪男ちゃん、それ小学校の時から思ってたとしたら、すげえ末恐ろしいんだけど。その末ってのが今なんだけど。」
シュラは潰された缶を床に置く。はあっと長い溜息をついた。
「ま、いいや。お前と同等で構わない。ここで先輩面はやめておく。私は藤本獅郎が好きだった。」
「そうやってしおらしく宣言すれば、僕から、何か本音らしきものでも引き出せると思ってるんですか。」
シュラの獅郎への恋心を雪男は知っていた。たぶん獅郎も気付いていた。しかし雪男が見た二人からは、恋人同士というか男女の仲というような気配は感じなかった。不自然なくらいに健全な師弟関係だった。そしてそれは見ようによっては獅郎のシュラへの思いやりに見えたが、微妙にそうではなかった。
「だから私は奥村燐が嫌いだ。」
俯いたシュラの突然の言葉を雪男は、やっぱりそうかと言わんばかりに聞いていた。雪男が生前の義父に感じていた、兄を見る義父の眼差しへの違和感が確証に変わった。
「生まれて十五年も藤本と一緒にいられたあいつが嫌いだ。最後まで藤本に放り出されることなく死を看取ったあいつが嫌いだ。私に頼みごとをするくらい大切に思われていたあいつが大っ嫌いだ。」
それはそうだろう。雪男はらしくなくシュラに共感した。だから口に出してしまう。
「それを言うなら、僕も父さんのことが嫌いだったのかもしれませんね。」
「家族思いで親孝行な雪男ちゃんらしくないんだけど。」
「父さんと兄さんの関係が普通の父子関係で、あの二人のネックがサタンだけなら僕はそう思わなかったでしょう。」
シュラは雪男の黒い言葉に頷いた。やっぱりこいつは気付いていた。私と同等で同類のクズだった。
「兄さんの初恋を奪った父さんが嫌いだ。」
「いや。雪男ちゃん。お前は嫌いになるギリギリのところで、獅郎が死んだんじゃないのか。燐に対しての獅郎はおかしかったからな。まあ。考えたくなかっただろうけど。もしかしたら、あと五年も経てば、獅郎と燐は――。」
獅郎と燐は――。
シュラの言葉の続きを掻き消したくて雪男は叫ぶ。
「やめろお!」
雪男はシュラに向けて銃口を向けた。
銃口を向けただけでなく、その指は引き金を引いた。その引き金は本来、五年後の自分が父に向かって、引いてしまうものだったかもしれない。
「あぶねえよ。」
銃口からは硝煙の匂いが漂っている。シュラは間一髪のところで頭を伏せていた。
「はあ……はあ……。」
雪男はもうシュラに銃口を向ける様子はない。シュラは雪男に大丈夫かなと確認を取って、雪男が頷くのを待った。
「良かったじゃんか。お父さんに銃を向けずに済んでさ。」
「そうですよ。父さんの本当の気持ちは兄さんにもう伝わることもないし、兄さんが父さんへの気持ちに気付くこともない。」
雪男はまた自分が動揺するかもしれないと思い、銃を二丁とも床に置く。
「傍観者の私達が気付いていたことは、永遠に表に現れることはない。だって私達は燐にそんなこと知られたくないからね。私はそれで、ざまーみろって思って溜飲が下がるよ。」
「嫌な女ですね。」
でも正しいことだろう。「ざまーみろ」と永遠に結ばれることがない恋人たちに呟いてみる。
「これからも本音で貴女と話したいですね。」
「え? 私もう真っ平だけど。まあいっか。もし雪男ちゃんに悪魔落ちされたら、それこそ燐が嫌いな以上に、あの人に顔向け出来ないわ。」
「なんかその前提って抜けませんね。」
「お前はさ。あの勝呂君って子に『ざまーみろ』って思っても、ちっともすっきりしたって顔してないもん。」
「まあ彼は兄さんにとっては、父さんの身代わりみたいなもんでしょうから。父さんみたいにカッコいいってね。」
「あーあ。やっぱり藤本が絡むか……。いらん置き土産ばっか残しやがって。残された者の身になってくれよだよな。雪男ちゃん。あ。そうだ。気苦労の多い雪男ちゃんに言っとくけど、悪魔落ちするときは私も呼んでよね。一人だけで楽にさせる気ねーから。」
雪男は心底嫌そうな顔をして再び銃を拾い上げる。
「僕は悪魔落ちしませんよ。」
その言葉にシュラは頷かなかった。肯定の言葉もその口から出なかった。
沈黙だけがその答えだった。
以前記事でアンケート紛いのことをした、esperanzaの回答を元にして書いてみました。回答を下さったrukuさん有難うございます。思う存分雪男視点やったら、雪男の性格がとことん悪くなってしまいました。
釣られてシュラも性根が悪くてすみません。
合言葉は「ざまーみろ」で。
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忍たまで「幸福雑音」というサークルで、大阪のイベントに出没しています。
絵描きの竹さんと字書きの柴の二人サークルです。
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